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2019年9月13日 (金)

石川宗生「半分世界」東京創元社

その家はドールハウスさながら、道路側のおよそ前半分が綺麗さっぱり消失していた。
  ――半分世界

「だとしても、こんなになにもないところに999の路線ですよ」
  ――バス停夜想曲、あるいはロッタリー999

【どんな本?】

 「吉田同名」で2016年の第7回創元SF短編賞を受賞した新鋭SF作家・石川宗生のデビュー短編集。

 ごく普通の月給取りが何の前兆もなく突然19329人に増殖してしまう「吉田同名」、半分にぶった切られ外から丸見えの家で暮らす四人家族及び彼らの追っかけを描く「半分世界」、町の全部をフィールドとしたサッカー?が延々と続く「白黒ダービー小史」、と、異様な状況に直面しつつも常識的?に生きる人々を克明に描く、すっとぼけた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年1月26日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約291頁に加え、飛浩隆の解説9頁。9ポイント43字×19行×291頁=約237,747字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。一応はSFとしたが、難しい理屈は全く出てこない。ただし「突然サラリーマンが19239人に増殖する」「半分にぶった切られた家で普通に暮らす」など、かなりイカれた設定で話が進むので、それを受け入れられるか否かで好みが分かれるところだろう。

【収録作は?】

 それぞれ作品名/初出。

吉田同名 / 「アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選」2016年6月
吉田大輔、36歳、サラリーマン。妻と幼い息子が一人。三年前、仕事を終え駅から家に向かい歩く途中で、突然19329人に分裂/増殖してしまう。すべての吉田氏は体格も記憶も性格も同じだが、意識はそれぞれ独立している。人間がいきなり増殖した事件に社会は混乱し…
 クレイジーな設定で筒井康隆と比べられる著者だが、私はドリフターズの「もしもこんな…」シリーズのコントを連想した。一頁目の「そう語るのは吉田大輔氏の一人、吉田大輔氏である」で大笑い。もっとも、設定こそイカれているものの、語り口はあくまでも落ち着いていて真面目なのが、かえっておかしさを盛り上げる。奥さんの小代子さんの通報も、実にまっとうなんだけど、受ける方も困るよなあw いずれにせよ、出てくる人はみんなマトモで常識的で冷静なのに、そこに描かれる風景がいちいち狂ってるのが楽しい作品。
半分世界 / ミステリーズ!vol.80 2016年12月
ある朝、藤原さんの家は前半分が消え、表から丸見えになっていた。にも関わらず、藤原一家は何事もなかったように暮らしている。翻訳会社の副社長を務めるケンスケ氏、落ち着いた雰囲気のユカ夫人、引きこもりだのカズアキくん、華やかな女子大生のサヤカちゃん。向かいの森野グリーンテラスには、藤原家に注目するフジワラーと呼ばれる者たちがタムロし…
 注目されつつも普通に暮らす藤原一家よりも、彼らに注目するフジワラーたちの生態が楽しい作品。ビートルマニアにもジョン派・ポール派・ジョージ派・リンゴ派があるように、フジワラーにも様々な派閥があり、また各派閥の中でも様々な主張を持つ者たちが喧々囂々の議論を繰り広げるあたりは、ネット上でのヲタクたちの論争を見るようだ。とまれ、そんなコミュニティも藤原家との「見られる者・見る者たち」な関係があってこそ成り立つわけで、「もっと深く藤原家を知りたい」気持ちと、現在の関係を保ちたい気持ちの葛藤は…
白黒ダービー小史 / Webミステリーズ! 2017年8月
長方形をしたその町では、昼夜を問わず白黒ダービーが続いている。町全体がフィールドだ。戦っているのはホワイツとブラックス。南と北の端にスタジアムがあり、ゴールマウスがある。住民も白と黒に分かれ、勢力は拮抗している。ゲームは延々と続き…
町全体をフィールドとした、いつ始まったのかさえ不明なサッカー?のゲームを続ける町を舞台に、ロミオとジュリエットみたいな恋を絡めたお話。それこそ世紀単位で続くゲームを、爽やかなスポーツ物みたく描くトボけた芸がたまらないw 特に後半に出てくる、かつてキーパーだったトムじいさんがいい味出しまくりw なにせフィールドもやたら広いだけに、ルールも奇妙奇天烈だし、ゲームも歴史になってるあたりが、もうねw なんかいい話みたくまとめてるあたりも、なんなんだw
バス停夜想曲、あるいはロッタリー999 / 書き下ろし
バスを降りる。471番のバスに乗り換える予定だ。日差しが強い。赤茶けた道が交差する十字路。ここには001番から999番のバスが止まる。なのに、近くにあるのは大きな岩が幾つか、サボテンと灌木。他には売店も何もない。バスが来るのは1時間に1~2本。471番は来ない。付近の岩陰では、何人かづつが固まってバスを待つ。バスが来るたび、人は入れ替わる。最初に話をした男は、三日間も待っている、と言った。
 うおお、騙されたw 最初は、恐らく中南米を舞台とした貧乏旅行記かと思った。お互いバスを待つ間だけの、一時的な仲間たちの、他愛のない会話劇かと。集団内に一応のルールはあるが、別に文書化されているわけじゃない。日々仲間は入れ替わり、わずかな期間でで新人がベテランになってしまう。
 安宿の大部屋を泊まり歩く長い旅の経験があるなら、「あるよね、そういうの」などと馴染みの宿を懐かしんだり。以前の旅人の置き土産が珍重されてたり、一時的なあだ名で呼び合ったり、物々交換したり。「あるほど、安宿の大部屋をバス停に変えたのか、面白い工夫だねえ、雰囲気も良く出てるし」なんて思っていた。
 ところが、次の節に入ると、話は微妙に方向にズレていく。が、前の節の終わり方から、次の節への変化が、「うん、まあ、そういうのもアリかな」なんて勝手に納得しつつ読み進めていくと…
 いやあ、実にお見事。あんな貧乏ったらしい幕開けから、こんな物語世界へと広げてゆくとはw とにかく、騙りの魅力にあふれた、鮮やかな馬鹿話w いいなあ、こういう人を喰った駄法螺ってw

 前に読んだのが、やたらと重厚長大な本なので、思いっきりお馬鹿な本を読みたいと思って選んだ本なのだが、これが大当たり。存分に楽しませてもらいました。これだからSFはやめられない。

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