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2019年9月15日 (日)

ジョージ・ジョンソン「もうひとつの世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP社 吉田三知世訳

…重要なのは、その実験の計画と実施が美しいこと、思考の流れが、無駄のない美しいものであることだ。
  ――まえがき

色とは屈折率にほかならないのだ。
  ――第3章 アイザック・ニュ-トン 色とは何か

電池はある形のエネルギー――化学的エネルギー――を別の形のエネルギー――電気的エネルギー――に変換する「るつぼ」だったのだ。
  ――第6章 マイケル・ファラデー 奥深く隠されしもの

ウィリアム・トムソン「ジュールが多くの点で間違っていることは確かだと思いますが、彼はどうやら極めて重要な事実を発見したようです」
  ――第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか

【どんな本?】

  2002年、≪フィジックス・ワールド≫誌は「一番美しいと思う物理学の実験」のアンケートを取る。その結果は書籍「世界でもっとも美しい10の科学実験」としてまとまった。ただ、≪フィジックス・ワールド≫誌は物理学雑誌のため、選ばれた実験は物理学だけだ。

 これを科学全体に広げたら、どうなるだろう? そう考えた著者は、自分なりの基準で10の実験を選ぶ。先の著作と重なる実験もあれば、新しく登場した実験もある。

 これらの実験を通し、科学の楽しさ・美しさを伝えようとする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Ten Most Beautiful Experiments, by George Johnson, 2008。日本語版は2009年9月29日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約210頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×17行×210頁=約157,080字、400字詰め原稿用紙で約393枚。文庫本ならやや薄め。

 文章はのなれていて親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。中学卒業程度の理科の素養があれば、充分に読みこなせる。というか、初歩的な内容が多いので、むしろあまり科学に詳しくない人の方が楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所から拾い読みしてもいい。

  • まえがき
  • 第1章 ガリレオ・ガリレイ 物体はほんとうはどのように動くのか
  • 第2章 ウィリアム・ハーヴィ 心臓の謎
  • 第3章 アイザック・ニュ-トン 色とは何か
  • 第4章 アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ 徴税請負人の娘婿
  • 第5章 ルイージ・ガルヴァーニ 動物電気
  • 第6章 マイケル・ファラデー 奥深く隠されしもの
  • 第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか
  • 第8章 A・A・マイケルソン 宇宙で迷う
  • 第9章 イワン・パブロフ 測定不可能なものを測定する
  • 第10章 ロバート・ミリカン ボーダーランドで
  • あとがき 11番目のもっとも美しい実験
  • 謝辞/訳者あとがき/図のクレジット/原注と参考文献/索引

【感想は?】

 けっこう本を読む方だし、そこそこ科学にも詳しいと自分じゃ思っていた。が、実はそうでもなかったようだ。

 特に強く感じたのが、「第9章 イワン・パブロフ 測定不可能なものを測定する」。かの有名な「パブロフの犬」のパブロフ先生だ。読む前は、こう思っていた。「あの条件反射ね。その何が凄いの?」

 まず、パブロフが調べたのは、「犬が唾液を出す」という現象だけじゃない。他にも様々な事を調べている。

 例えば唾液の成分だ。本書では二種類を紹介している。一つは美味しい食べ物に反応する唾液で、これはムチン(→Wikipedia)を含む。しかも、同時に胃や十二指腸は消化の準備を始めている。私たちの体は、ベルトコンベア式の優れた消化工場なのだ。

 もう一つは、嫌な味のもの、からし油や塩を与えた場合。この時の唾液は「ほとんど水」で、つまりは洗浄水だ。たかが唾液だけど、目的によって成分を調整しているのだ。体って凄い。

 俗説じゃパブロフはベルの音と餌を関連付けたことになっている。だが、実際は様々な刺激で反応を導きだした。閃光・物体の回転の方向・物体の形・メトロノームのテンポの違い・音の高さ…

 ここまで読んで、やっと私は気づいた。つまり、パブロフは、現在の動物実験の基礎を築いたのだ。マウスに迷路を走らせたり、餌の数を識別させたり、ミラーニューロンに気づいたり。こういった実験は、みなパブロフが見つけた条件反射が基礎にある。

 ちなみにパブロフ先生、実はかなり犬好きで、実験動物の犬も名前をつけて可愛がっていたとか。

 それとは違う意味で、科学者の本性を感じるのが、「第5章 ルイージ・ガルヴァーニ 動物電気」。ガルヴァーニはカエルの肢に電気を流して痙攣させ、アレッサンドロ・ボルタと対立しながら、電池の理論の基礎を固めてゆく。このどこに科学者の本性があるのか、というと。

 ガルヴァーニの没年は1798年。今ざっと Wikipedia で調べた限りじゃ、電気が役に立ちそうな気配が漂うのは1753年の静電気電信機で、実際に電信が使い物になるのは19世紀に入ってから。とすると、ガルヴァーニがカエルを相手に格闘していた頃は、電気が何の役に立つのか、ほとんど何もわかっていない。

 つまりガルヴァーニは、単に電気の正体が知りたかっただけなのだ。科学者ってのは、そういう生き物なのである。「知りたい」、ただそれだけのために、何年も頭を抱えて考え込み、しち面倒くさい実験を繰り返す、そういう生物らしい。だから「それが何の役に立つ?」なんて尋ねても無駄なのだ。わははw

 もっとも、先の Wikipedia の記事を見る限り、ファラデーが1831年に電磁誘導を理論化する前に、色々な形で電信を実用化する試みがなされている。案外と世の中は理論→応用ではなく、応用→理論の順で事が運ぶケースも多いみたいだ。

 それを実感するのが、「第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか」。ラヴォアジェの質量保存則と並ぶ科学の基本、エネルギー保存則を見つけた人である。もともと彼が考えていたのは、いわば電気力発電みたいなモノだった。

 モーターを作る際、電磁石の強さは電流の二乗に比例する事に彼は気づく。「なら電流を二倍流せばモーターは四倍強力になるよね、おお、無限エネルギーだヤッホー」。

 ところが、やってみるとうまくいかない。電流を増やしても、コイルが熱くなるだけ。その代わり、奇妙なことにジュールは気づく。電池を倍にすると、コイルの熱は四倍になる。「もしかして、電気のエネルギーは熱に変わったんじゃね?」熱力学の受胎である。

 これらの理論化は1840年代だ。だが、ジェームズ・ワットの蒸気機関改良はは1769年。こちらも、理論より先に応用そして産業利用が始まっている。案外と理論は応用の後を追うらしい。改めて考えると、弓矢もニュートンが運動エネルギーを考える遥か以前にできているし、弦楽器も音楽理論より前に出現してるんだよなあ。

 最後の「第10章 ロバート・ミリカン ボーダーランドで」は、電子の重さを測る実験だ。単に測るだけじゃなく、それがとびとびの値であることを確認している。今でこそ電子は常識だが、当時としては画期的な発見だったろう。

 …は、いいけど、改めて考えると、電子1個と陽子1個の電荷は、符号が逆で絶対値は同じって、なんか不思議だよなあ。いや量子力学をちゃんと学べばわかるんだろうけど。

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