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2019年9月の14件の記事

2019年9月29日 (日)

菅浩江「永遠の森 博物館惑星」ハヤカワ文庫JA

自分にはそう見えるからこれでいいんだ
  ――この子はだあれ

「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
  ――嘘つきな人魚

街路樹は変わらないのに、その名前を知らないことを思い知っている自分は、自分ではないような気がする。
  ――きらきら星

【どんな本?】

 口当たりのいい文章に乗せ、新しいテクノロジーに関わることで露わになる人間の業を容赦なく暴き出す菅浩江が、芸術をテーマに綴る連作短編集。

 <アフロディーテ>は、巨大な博物館だ。月と地球のラグランジュ点3に、小惑星を引っ張ってきた。大きさはオーストラリア大陸ほど。マイクロ・ブラックホールにより重力を制御し、深海から火星の地表まで、あらゆる環境を再現した。

 部署は大きく三つに分かれている。音楽・舞台・文芸全般の<ミューズ>、絵画と工芸の<アテナ>、動植物の<デメテル>。学芸員の多くは手術でデータベースと直結しており、頭で思い浮かべたイメージで古今の芸術や生物の情報を引き出せる。

 田代孝弘は<アポロン>に属している。先の三部門の調停を行う部署だ。例えば、歴史的な意義を持つピアノは、音楽を扱う<ミューズ>と工芸を受け持つ<アテナ>の奪い合いになる。珍しい木材を使っていれば、植物を縄張りとする<デメテル>も乱入しかねない。どう決着しようと、三部署から恨まれる立場だ。

 珍しい物が持ち込まれたり、斬新なイベントが行われたりするたび、やっかい事が孝弘に降りかかってくる。そして<アフロディーテ>は旺盛に収集と活動を続け、揉め事は絶えないのであった。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2001年版」のベストSF2000国内篇でトップ、2001年星雲賞の日本長編部門受賞。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2000年7月、早川書房より単行本で刊行。私が読んだのは2004年3月15日発行のハヤカワ文庫JA版。文庫で縦一段組み本文約435頁に加え、三村美衣の解説「美しい科学と文学の殿堂へようこそ」9頁。9ポイント39字×17行×435頁=約288,405字、400字詰め原稿用紙で約722枚。文庫本としては厚い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。最新の科学の成果をコッソリ使っているが、ソコはあまり気にしなくていい。わからなくても「そういうものだ」程度に流しておけば楽しめる。それより重要なのは芸術や工芸の素養だろう。でも、実はコッチも大丈夫。たいてい二種類の登場人物が出てくる。詳しい人と素人だ。わからない人は、素人側の登場人物の目線で読めば、美味しく味わえる。

【収録作は?】

天上の調べ聞きうる者
80号の大きな抽象画が届く。描いたのはコーイェン・リー、無名の作曲家で、三年前に亡くなった。脳神経科病棟の絵画療法で描いた作品だ。題して「おさな子への調べ」。絵画の専門家の多くは無価値と切り捨てるが、辛口の美術評論家ブリジッド・ハイアラスが珍しく絶賛し、また病棟の患者の一部も作品を熱心に見つめていた。果たしてこの作品に価値はあるのか?
 病院の名前にちゃっかりネタを仕込むあたり、やっぱり好きなんだろうなあw そういえばバブルの頃は、日本の金持ちが絵画を買い漁って価格を吊り上げた事があったっけ。ほんと投資家って厄介だ。「冬の時代」と言われながらもSFを愛し続けた者には身に染みる作品。好きなんだからしょうがないよね。
この子はだあれ
 職場をでた孝弘は、若い女に呼び止められる。セイラ・バンクハースト、資料室の所属だ。直接接続に妙な思い入れがあるらしい。要件は人形の名前を探り当てること。元は博物館が招いた恐竜学者と人類学者の老夫婦だ。博物館が別件で協力を仰ぎ招いたところ、夫妻は資料室に籠り調べていた。目的は二人が所有する抱き人形。骨董市で買ったものだが、不思議な表情をしている。
 ぬいぐるみも人形も、しょせんはモノだ。にも関わらず、私たちはそこから感情を読み取ってしまう。邪神セイバーみたいな安物の量産品なら、デザインなり製造なりのミスだろうでケリがつくし、手作りの一品ものなら作者の腕のせいにできる。だが、そのハイブリッドとなると…
夏衣の雪
 デメテルで笛方の家元襲名披露を行う。広告代理店がからみ、大きなイベントになる。主役は十五代目鳳舎霓生、16歳だ。先代の祖父が襲名時に行った「夏に雪を降らせる」演出を再現したい。そこで霓生の兄で自らも笛方であり、マネージャーも兼ねる瑛にリハーサルを頼んだが、うまくいかない。しかも衣装の手配が混乱していて…
 和服や笛のネタが満載。こんなん書けるのは世界広しといえど菅浩江だけだろう。私はさっぱりわからなかったが、幸い主人公の孝弘も私同様の野暮天だったw 孝弘と滝村さんのアレも、仕事で部外者と打ち合わせした経験の多い人には、けっこう身につまされる話。よくあるんだよね、困ったことにw そこのSE、身に覚えがあるでしょ。
享ける手の形
 シーター・サダウィはダンサーだ。十代のころには、天才としてもてはやされた。しかし、客ウケを狙い演出が過剰となった上に、彼女の影響を受けたダンサーが次々と出てきたため、次第に自分の芸を見失ってゆく。年齢を重ねると共に体も利かなくなり、性格も僻みっぽくなった。そんなシーターが<アフロディーテ>で公演することになったのだが…
 珍しく孝弘の出番がない作品。ロック・ミュージシャンには若くして才を認められる人が多い。エリック・クラプトンとジェフ・ベックは、いろいろと試したあげく原点のブルースに回帰して何度も復活してきたが、ジミー・ペイジは何やってんだ? まあ、そういう人にファンが何をできるかというと、うーん。
抱擁
 展示室で老いた男が倒れた。マサンバ・オジャカンデス、<アフロディーテ>の元職員。<アテナ>のネネ・サンダースの先輩らしい。実は倒れたわけではない。彼は直接接続者だった。初期の版のため、使うには集中する必要があり、また応答も遅い。そのため、傍からは体調を崩して倒れたように見えたのだ。
 その昔、メロトロンて楽器があった。キーボードを押すと、その音を録音したテープを再生する。一種のアナログ・サンプラーだね。なら色んな楽器の音を録音すりゃどんな楽器も代用できそうなモンだが、再生時にテープの回転が微妙にフラつくため、やや陰鬱な不安定さを持つメロトロン独特の音になる。これをわざわざデジタル・サンプラーで録音してるもの好きなプレイヤーもいたり。まあ、将来は…いや、現在でもそういうデジタル・エフェクトがあるんだろうなあ。そんな風に、昔のアイデアが再利用される事もあるんです。
永遠の森
 お騒がせ新人のマシュー・キンバリーが、また騒動を引き起こしている。マシュー自らが企画した「類似と影響」展の所長のOKが出たのだ。共通点のある作品を並べて展示しようという企画だ。問題は、バイオ・クロック。これは遺伝子組み換え技術で制御した植物の変化で時間を測る。その展示物は、オリジナリティを争って裁判になっている。
 作中じゃ酷くけなされてるけど、私はいいと思うなあ、「類似と影響」展。槍玉にあげられてる一つ、インカのタペストリとモンゴルのショールも、技術史に興味を持つ者としちゃ是非じっくり見たい。もちろん、詳しい解説付きで。それはともかく、作品そのものは、初期の傑作短編のリベンジといった感がある。終盤では、総毛だつほどの盛り上がりだ。
嘘つきな人魚
 最新の技術を駆使しているとはいえ、環境の維持は手間がかかる上に神経をすり減らす。<アフロディーテ>の海を管理するアレクセイ・トラスクは機嫌が悪い。原因は児童主体の博物館惑星見学ツアーだ。イタズラな子供が海にゴミを捨てたら、海の微妙なバランスが狂う。そんなアレクセイに、10歳ほどの子どもが声をかけた。「あそこの人魚、今どうなってるんですか」
 現代の工業製品で盛んに使われている技術を、こう使うか~、と感心した。ならあの本はアイデアの宝庫ではないか。まあ、そこから宝を見つけられるか否かが、優れたクリエイターと凡人の違いなんだろう。何であれ、過去の作品を黒歴史として封じている人には、いろいろと刺さる作品。ええ、ブログなんか書いてると、黒歴史ばっかりです。開き直って公開してるけど。
きらきら星
 二週間ほど前から、<アフロディーテ>は注目の的だ。小惑星イダルゴで発見された物体の解析が、<アフロディーテ>に任されたのだ。物体は二種類。1cmほどの種子らしき物二つと、一辺14mmの五角形で厚さ3mmほどの彩色片が数百。彩色片は<アテナ>のクローディア・メルカトラスのチームが預かった。その助っ人に呼ばれた図形学者のラインハルト・ビシュコフが問題で…
 SF者はラインハルトって名前で金髪の小僧を思い浮かべるが、見事に予想を裏切ってくれるw ワザとだろうなあ、きっとw 性格はともかく、数学者や物理学者の語る「美しさ」と、芸術家の語る「美しさ」の溝は、埋められるんだろうか。そこに橋を架けるのも、SFの役割の一つなのかも。ちなみに小惑星イダルゴは実在します(→Wikipedia)。
ラヴ・ソング
 ベーゼンドルファー・インペリアルグランド、人呼んで「九十七鍵の黒天使」。世界的に有名な老ピアニストのナスターシャ・ジノビエフの愛器だ。海上施設キルケ・ホールの杮落し公演のため<アフロディーテ>に運ばれたが、ナスターシャの許可が下りず調律もままならない。かつてのナスターシャの演奏データを聴いたところ、奇妙なことに…
 お騒がせ小僧マシュー、「九十七鍵の黒天使」、謎の遺物、姿を消した美和子など、今までの作品で張った伏線を鮮やかに回収し、更なる高みへと読者を誘うグランド・フィナーレ。

 テクノロジーと芸術は、一見あまり関係なさそうだけど、「倍音」や「音楽の進化史」を読むと、実は密接に関係してるんだなあ、と感じる。マイクやアンプなど音響機器が発達しなければ、ロックもヒップホップもなかっただろう…って、音楽ばっかだな。まあ現代アートも合成塗料あってのものだし。そういう「未来の芸術」を垣間見せてくれるセンス・オブ・ワンダーと共に、それでも掴み切れない美の本質を求める人々の足掻きがドラマを醸し出す、まさしくサイエンスとフィクションの狭間にある「何か」に挑んだ意欲作だ。

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2019年9月27日 (金)

ナショナル・ジオグラフィック別冊「科学の迷信 世界をまどわせた思い込みの真相」日経BPムック

春分の日または天文学上、春の最初に当たる日に、卵を垂直に置いたら立つ、というのは本当だ。
また、このワザを試しに秋分の日とか、夏至や冬至の日などにやってみても、確かに立つ。
ついでに言うと、一年中、どの日にやっても立つ。

【どんな本?】

 重い物は軽い物より早く落ちる? 指をポキポキと鳴らすと関節炎になる? レミングは集団自殺する? ダウジングで地下水が見つかる?

 昔から人々の間には様々な事件や怪物やジンクス、おまじないなどの言い伝えがあったし、現代でも新たな都市伝説や陰謀論が流布しては消えてゆくが、占星術のように長い年月を経て生き延びるものもある。

 天動説や瀉血など、当時の一流の知識人までもが信じていた説から、ホメオパシーや永久機関などいかにも怪しげなもの、そしてネス湖の怪獣やミステリーサークルなど遊び心をそそるネタまで、バラエティに富んだ話を100個集め、豊富な写真とイラストで楽しく読めるように工夫した、一般向けのお楽しみムック。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は 100 Hoaxes and Mistakes That Fooled Science, 2018。日本語版は2018年10月14日発行。雑誌より一回り大きいサイズで横三段組み本文約150頁。8.5ポイント15字×42行×3段×150頁=約283,500字、400字詰め原稿用紙で約709枚。文庫なら厚い一冊分なんだが、紙面の2/3ぐらいは写真やイラストなので、実際の文字数は3割ぐらい。小説なら中編の分量。

 文章は読みやすい。内容も初歩的・入門書的なものが多い。

【構成は?】

 1~2頁の独立した記事をカテゴリごとに集めた形なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

Chapter1 物理と科学の迷信
Chapter2 古代の迷信
Chapter3 人体の迷信
Chapter4 生物の迷信
Chapter5 地球の迷信
Chapter6 宇宙の迷信

【感想は?】

 SFやオカルトのネタ定番帳。

 つまりは古今の迷信を集めた本だ。迷信にも色々あるが、特に科学のフリをしたモノを集めている。

 中には錬金術や火星の運河やなど、ずっと昔に廃れたものもあるし、ホメオパシーや「ワクチンで自閉症になる」なんて現代でも猛威を振るっているものもある。こういう最近になって出てきたモノはすぐに廃れそうな気がするが、歴史の古い占星術は廃れそうにない。そういえば占星術にも西洋式だけでなく中国式とかもあるけど、こっちはあまし流行らないなあ。なんでだろうね。

 全般的に初歩的なモノが多いが、私の勘ちがいを指摘してくれたモノもあった。例えば「指の節を鳴らすと関節炎になる」。これは勘ちがいを教えてくれるだけでなく、ドナルド・L・アンガー(→Wikipedia)の実証実験が凄い。科学者の鑑だw あと、「大人の脳細胞は増えない」もすっかり勘違いしてた。思い込みの元は確かラリイ・ニーヴンの「無常の月」だったかな?

 ちとガックリきたのが、「毛はそると濃くなる」。いや頭頂部が砂漠化している者にとって、「じゃ丸坊主にして剃れば…」と妙な期待を抱いたが、「それで毛包がよみがえったという話は聞かない」。ぐぬぬ。

 やはり勘ちがいを指摘されたのが、「体温は頭から失われてゆく」。このネタ元は「米陸軍サバイバル全書」で、体温の40~45%は頭から失われる、だから帽子をかぶれ、とある。

 実は間違いとも言い切れない。追実験で確かめたところ、「外気にさらされている肌から熱が逃げる」。そして、米陸軍が測った際は、極地仕様のサバイバルスーツを着ていたが帽子はかぶっていなかった。つまり、最も露出面積が広いのが頭部だったのだ。日本じゃあまり帽子が流行らないことを考えると、あながち間違いでもないでしょ、でしょ。

 とはいえ、全般的に初歩的なネタが多いので、科学の本としてはいささか食い足りない感がある。また、個々の記事が短いため、いずれも科学的な説明やエピソードの記述が短すぎて、ちと駆け足だよなあ、と感じる部分は多い。が、逆に、だからこそネットで検索して、より深く突っ込んで調べる楽しみもある。

 特にソッチの楽しみを与えてくれるのが、日本ではあまり知られていないネタ。

 私が最初に「おおっ!」と思ったのが、「レッドマーキュリー」。1991年のソ連崩壊のドサクサに紛れ、国外に持ち出された赤軍の秘密兵器を示すものだ。本書では謎の金属だったりステルス塗料だったり。何せソ連、国土は広いし周辺はアレな国ばかり、サスペンス小説のネタとしては実に美味しい。でも、きっと既に誰かが書いてるね。フォーサイスの「第四の核」は、違ったっけ?

 陰謀論で有名なのは「月着陸捏造説」だが、「ケムトレイル」(→Wikipedia)を知る人は少ないだろう。長く残る飛行機雲だが、これを「有害物質をまき散らしている」と考える人がいるのだ。いやコッソリ何かを蒔くなら、目立たないようにするんじゃね? 航空機産業が盛んなアメリカらしい陰謀論だなあ。

 やはり知らなかったのが、コロイダルシルバー。銀には抗菌特性があるとして、微小な銀の粒子を混ぜた水を特効薬として売っているとか。今、検索したら、日本語でもウジャウジャ出てきた。マジかい。商売人は逞しいねえ。でも摂りすぎると肌に青みがかったり最悪の場合は脳卒中を引き起こすので、ロクなモンじゃない。

 とかの中で、ケリがついていない話もある。特にSF者として気になるのが、「宇宙戦争」だ。1938年10月30日、H・G・ウェルズ原作オーソン・ウェルズ翻案のラジオ・ドラマ「宇宙戦争」がパニックを引き起こした、とする事件だ(→Wikipedia)。ところがこのパニック、「番組放送後に新聞社が創作した話だったという」。信じちゃった人もいるが、大きな騒ぎにはならなかった、と。今の所、実態はよくわからない。

 などの文章以上に、何せ版が大きいだけに、豊富に収録した写真やイラストの魅力も大きい。Chapter4 の扉の恐竜のCGとか、壁紙にするためデジタルで欲しくなったり。またシカみたいな角の生えた野ウサギ「ジャッカロープ」とか、いかにもアメリカの田舎らしい法螺も楽しい。家族で楽しむ本だろう。

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2019年9月26日 (木)

シオドア・スタージョン「ヴィーナス・プラスX」国庫刊行会 大久保譲訳

レダム人に対しては、どんなシンボルが使われるのか? 火星プラスXか? 金星プラスXか?
  ――p109

「私たちが求めているのは意見です。あなた自身の意見なんですよ、チャーリー・ジョンズ」
  ――p144

「両親が子どもを作る。子どもが両親を作る」
  ――p173

「人間の世界に及ぶ神の手というのは、死者が生者に科した枷となるのがしばしばです。神の命令は、共同体の中の年長者たちの解釈を通して告げられる。しかしそうした人々は、歪んだ記憶を持ち、過去に浸っているばかりで現実を直視せず、心の中の情愛は干上がってしまっている」
  ――p193

何の取りえもない人間が自分が優れていると証明する唯一の方法は、他の誰かを劣った存在とみなすことだ。
  ――p209

【どんな本?】

 短編の名手として有名なSF作家シオドア・スタージョンが、冷戦の火花が散る時代に叩きつけた、思いっきり過激で挑発的なユートピア小説。

 チャーリー・ジョンズ、母親と二人で暮らす27歳の男。昨夜やっと、恋人のローラと思いを遂げたばかり。仕事から家に帰った…はずだが、目覚めたのは銀色の世界。

 レダムと呼ばれるそこは、奇妙な世界だった。空は一面の銀色で、建物は逆立ちしているみたいだし、空中と思った所はエレベーター。そして何より変なのは人だ。ファッションがケッタイなのはともかく、男か女かわからない。いや、男らしき二人が妊娠している。

 変わった世界だが、チャーリーを呼び寄せた者たちは、害意も敵意もないようだ。彼らの目的もわかった。「私たちについて知り、意見を聞かせて欲しい」。

 不思議な世界レダムを鏡として使う事で、私たちの社会の歪みをデフォルメして見せる、思いっきりスパイスの利いた長編SF小説。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Venus Plus X, by Theodore Sturgeon, 1960。日本語版は2005年4月25日初版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約288頁に加え、あとがき3頁+訳者あとがき9頁。9ポイント44字×18行×288頁=約228,096字、400字詰め原稿用紙で約571枚。文庫なら普通の厚さだろう。

 文章は読みやすい。内容もわかりやすい。SFとはいえ科学や技術の描写はアレなので、気にしてはいけない。まあ半世紀以上も前の作品だし、主題もソッチじゃないし。そんなんだから、理科が苦手でも大丈夫。

 あ、それと。性も重要なテーマだけど、ポルノとしては使い物にならないので、そのつもりで。

【感想は?】

 これはわかりやすいスタージョン。

 短編集「海を失った男」は技巧に走った作品が多い。「ビアンカの手」とか、私は結局最後までオチが分からなかった。

 が、この作品は、とってもわかりやすい。「夢見る宝石」や「人間以上」もそうだったけど、スタージョンの短編は玄人好みで、中編・長編はわかりやすいのが多いのかも。また、内容も「ガリバー旅行記」や「すばらしい新世界」に続く、一種のユートピア/ディストピア小説だし。

 もちろん、SFならではのセンス・オブ・ワンダーもある。さすがに世界が銀色なのは半世紀間のセンスだよなあ、と思うが、昔はそういう感覚だったんです。これを変えたのがスター・ウォーズで、微妙に汚れてボロいミレニアム・ファルコンとか…あ、いや、それは置いて。例えば、チャーリーがレダム語で、「ここは何という惑星なんだ?」と尋ね、「地球だ」と返ってきた後の、こんな台詞。

「要するに、どんな言語にも『地球』を意味する言葉があるってことだ。(略)火星語なら火星のことを『地球』と呼ぶはずだし、金星語では金星のことを『地球』と呼んでいるだろうし」
  ――p45

 私たちが「地球」と言うとき、そこには「母星」という意味がこもっている。火星で生まれ火星で育ち火星で生きている火星人は、火星を母星だと思っているだろう。だから、火星にいる火星人に「ここはどこだ?」と尋ねたら、「ここは私の母星だ」と答える。これを日本語に訳せば、「地球」が最もしっくりくる。

 こういう、言葉へのこだわりもスタージョンの特徴だろう。それだけに訳者も相当に工夫しているようで、ルビも見落とせない。三人称単数を示す単語をめぐる考察も、作品のテーマである性を含みつつ、いかにもスタージョンな味がする。そういえば、日本語だと、アイツ/あれ/奴/あの人/あの方とか、性を含まない三人称単数って、けっこうバリエーションは豊かだなあ。

 この小説、実はチャーリーのパートと並行して、現代の普通の家庭生活の話も進む。もっとも、こっちはたいした事件が起きるわけじゃないんだけど。だからこそ、レダム世界の引き立て役として、強いコントラストをなすパートだ。でありながら、彼らの職業が広告代理店で、言葉に縁が深いのも、スタージョンらしいところ。

 などの細かい芸が光る序盤に対し、中盤から終盤にかけては、むしろ武骨とすらいえる骨太なスタージョンが味わえるのが楽しい。もっとも、序盤でもちゃんと準備運動が入っている。例えば先の「地球」だ。立場が違えば、同じ言葉でも示すモノは違ってくる。これを出発点として、本作では次々と私たちの足元をすくい、ノーミソの溝に溜まったホコリをジャブジャブと洗い流してくれる。ああ、気持ちいい。

 激動の60年代らしく、宗教にキッチリと切り込んでるあたりも、なかなか愉快だった。現代アメリカ・パートの教会のエピソードとか、いかにも広告代理店が考えそうなシロモノだが、さすがにこれはネタだろうなあ。

 逆にレダム世界の宗教は、今から思えば、冷戦下とはいえ科学技術と経済が足を揃えて発展していた、当時の明るい気分が根底にあるんだよなあ。私のようなオッサンは、そういう雰囲気の中で書かれたSFで育っただけに、その発想を支える未来への希望が、「ああ、これぞ俺のSFだ」な感じで心地よかったり。

 奇妙な世界レダムを鏡として使い、私たちの世界の歪みを見せつける、皮肉たっぷりのユートピア小説。「SFは気になるけど数式は苦手」な人にお薦め。

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2019年9月24日 (火)

マーティン・プフナー「物語創世 聖書から<ハリー・ポッター>まで、文学の偉大なる力」早川書房 塩原道緒・田沢恭子訳

テキスト、とりわけ基盤テキストというのは、世界に対する人の見方を変え、さらに世界に働きかける方法も変える。
  ――第1章 アレクサンドロスの寝床の友

人類の進化の歴史は文字の発明によって、私たちにとってたどり着くのが不可能な時代と、他者の心にたどり着ける時代とに分けられる。
  ――第2章 宇宙の王 ギルガメッシュとアッシュールバニバル

基盤テキストとは、神聖だと宣言され、それ自体が崇拝の対象となるものなのだ。
  ――第3章 エズラと聖書の誕生

コルテスはユカタン半島への最初の侵略時に、別のものも見つけて懐にした。二冊のマヤの本である。
  ――第8章 『ポポル・ヴフ』とマヤ文化 第二の独立した文学伝統

文学の歴史は焚書の歴史でもある。本が燃やされるのは、書かれた物語に威力があることの証なのだ。
  ――第8章 『ポポル・ヴフ』とマヤ文化 第二の独立した文学伝統

物語を語る力に打ち勝つには、もっと物語を語るしかない。
  ――第9章 ドン・キホーテと海賊

この宣言書(『フランス植民地支配の過程』)に先立って彼(ホー・チ・ミン)が書いたベトナムの独立宣言書は、アメリカ独立宣言書を手本にしていた
  ――第12章 マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東 共産党宣言の読者よ、団結せよ!

「これは著者の同意なく出版されたものです」
  ――第13章 アフマートヴァとソルジェエニーツィン ソビエト国家に抗った作家

語り部は記憶しているエピソードの蓄えから、その場、その時の観客にあわせて最も適したエピソードを選ぶので、毎回、語られる内容は違ってくる。
  ――第14章 『スンジャタ叙事詩』と西アフリカの言葉の職人

存続を保証する唯一の方法は、それを使いつづけることなのだ。
  ――第16章 ホグワーツからインドへ

【どんな本?】

 『イリアス』,『聖書』,『源氏物語』,『ドン・キホーテ』,『共産党宣言』,そして『ハリー・ポッター・シリーズ』。昔から優れた物語や書物は私たちを魅了してきただけでなく、私たちの考え方を変え、世界をも動かしてきた。

 と同時に、口伝えで始まった物語の伝達・伝承は、文字・製紙・印刷などの発明や技術開発によって様相を変え、それによって物語もまた新しい姿と力を得るに至った。

 著者は文献にあたるだけでなく、物語ゆかりの地を訪れ、それぞれの物語が生まれ育った環境と歴史を辿り、物語が社会に与えた衝撃と影響、そして現代における意味を探ってゆく。

 本と物語の半生を綴る、本好きのためのちょっと変わった歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Written World : The Power of Stories to Shape People, History, Civilization, by Martin Puchner, 2017。日本語版は2019年6月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約398頁に加え、田沢恭子による訳者あとがき6頁。9.5ポイント48字×19行×398頁=約362,976字、400字詰め原稿用紙で約908枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。有名な古典作品が次々と出てくるのだが、読んでなくても大丈夫。実は私もほとんど読んでいない。読んだのは『ポポル・ヴフ』と『千夜一夜物語』だけだ。偏ってるな、わははw それぞれの本の大事なところは本書内で説明しているので、だいたいの見当がつく。

【構成は?】

 各章は穏やかに繋がっているが、ほぼ独立しているので、気になった所から読み始めてもいい。

  • はじめに 地球の出
  • 文学の世界の地図
  • 第1章 アレクサンドロスの寝床の友
    紀元前336年、マケドニア/若きアキレウス/ホメロスの響き 紀元前800年、ギリシャ/アジアのギリシャ化/アレクサンドロスのホメロス/アレクサンドロスの文学的記念碑
  • 第2章 宇宙の王 ギルガメッシュとアッシュールバニバル
    西暦1844年ごろ、メソポタミア/基盤テキストと文字の発明/アッシュールバニバルの書記教育 紀元前670年ごろ、メソポタミア/剣と葦/未来のための図書館
  • 第3章 エズラと聖書の誕生
    紀元前6世紀、バビロン/紀元前458年、エルサレム/巻物の民/エルサレム 聖書の町
  • 第4章 ブッダ、孔子、ソクラテス、イエスの教え
    ブッダ 紀元前5世紀、インド北東部/孔子 紀元前5世紀、中国北部/ソクラテス 紀元前399年、アテナイ/イエス 紀元1世紀、ガラリヤ湖(イスラエル)/翻訳と様式をめぐる闘い/中国の二つの発明 紙と印刷/火と石
  • 第5章 紫式部と『源氏物語』 世界史上最初の偉大な小説
    西暦1000年、京都/紙と屏風の世界/漢字、筆談、日本文学/宮廷暮らしの指南書/作者の回顧
  • 第6章 千夜一夜をシェヘラザードとともに
    第一千年紀、バグダッド/なぜシェヘラザードはこれほどたくさんの物語を知ってるのか/物語の枠組み/アラブの紙の道/オルハン・パクムのイスタンブール
  • 第7章 グーテンベルク、ルター、新たな印刷の民
    1440年ごろ、マインツ/発明はこうする/神の言葉を機械が記す/マルティン・ルター 聖書学者の怒り 1517年、ヴィッテンベルク
  • 第8章 『ポポル・ヴフ』とマヤ文化 第二の独立した文学伝統
    罠と本 1532年、ペルー/書物戦争 1519年、ユカタン半島/1562年の大アウトダフェ/『ポポル・ヴフ』 協議の書/マルコス副司令官 2004年、チアパス
  • 第9章 ドン・キホーテと海賊
    1575年、地中海/中世騎士物語の何がまずいのか/文芸海賊とどう戦うか
  • 第10章 ベンジャミン・フランクリン 学問共和国のメディア起業家
    1776年、北米植民地/新聞という新市場/学問共和国/学問共和国への課税/コンテンツプロバイダー
  • 第11章 世界文学 シチリア島のゲーテ
    1827年、ワイマール/文学の世界市場/起源を探して 1787年、シチリア島
  • 第12章 マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東 共産党宣言の読者よ、団結せよ!
    1844年、パリ~1848年、ロンドン/新しいジャンルの誕生 宣言書/読者たち レーニン、毛沢東、ホー・チ・ミン、カストロ
  • 第13章 アフマートヴァとソルジェエニーツィン ソビエト国家に抗った作家
    1935年ごろ、レニングラード/アフマートヴァ、バーリンと会う/証言の文学 アフマートヴァ、ソルジェニーツィンに会う/ノーベル文学賞
  • 第14章 『スンジャタ叙事詩』と西アフリカの言葉の職人
    吟唱される叙事詩/識字の第一の波 中世後期、マンデ人の領土/イブン・バットゥータのマリ訪問 1352年、タンジール/識字の第二の波/新しい文学大系
  • 第15章 ポストコロニアル文学 カリブ海の詩人デレク・ウォルコット
    2011年、セントルシア/カリブ海のホメロス/グロス・アイレット/神経をやられた大西洋沿岸にて
  • 第16章 ホグワーツからインドへ
    書字技術の新たな革命/ある文学祭 2014年、ラージャスターン州ジャイプル/新しいものと古いもの
  • 謝辞/訳者あとがき/図版クレジット/原注/索引

【感想は?】

 本にはたくさんの魅力がある。その一つは、時を超えることだ。

 と書くと、昔の人の言葉が現代に届くから、または現代の言葉が未来に届くから、と思うだろう。実際、本書は紙数の多くを、そういう点に割いている。特にハッキリ出ているのが「第5章 紫式部と『源氏物語』」だろう。

 ここでは、紫式部がこと細かく描いた都の暮らしの風景が、優れた歴史資料となっている、と説く。と同時に、発表当時はマナー読本や流行通信、または恋愛指南として読まれただろう、と推測している。この章が引用してる更級日記で、源氏物語に没頭する愉悦を語るくだりでは、世界中の本好きや映画ファンが激しくうなずくだろう。この菅原孝標女ちゃんの可愛さったら。そう、

いつの時代も、文学のもたらす最大の魔法とは、亡くなって久しい人も含めて他者の心に触れる手立てを読者に与えてくれることである。
  ――第5章 紫式部と『源氏物語』 世界史上最初の偉大な小説

 が、それだけじゃない。現代に書かれた物語が、過去を照らすこともある。それを気づかせてくれたのが、「第15章 ポストコロニアル文学」。ここでは、カリブ海の小国セントルシア出身のノーベル文学賞作家デレク・ウォルコットを訪ね、物語が国家に与える力を探ろうとする。この章は、こう始まる。

新しい国は、その国民に自分たちが何者であるかを伝えられる物語を必要とする。
  ――第15章 ポストコロニアル文学 カリブ海の詩人デレク・ウォルコット

 それ以前の「第10章 ベンジャミン・フランクリン」では合衆国の独立宣言を、「第12章 マルクス、エンゲルス、レーニン、毛沢東」ではソビエト連邦や中華人民共和国の源流となった共産党宣言を扱った。そして文書や書物が国家を築くこともあるのだ、と説いてきた。

 実際には、国家を築くというより、国民を作るとした方が妥当かな、と今は思う。なぜかというと、この章の冒頭の文章で私が思い浮かべたのが、『古事記』と『日本書紀』だからだ。

 いずれも歴史書であり、また創世神話を含む。神話としては、国家が主導して編纂した点で、独自性が光っている。なぜ国家が主導して創世神話を編んだのか。上の引用で、その目的が分かった。中央集権国家として、国民に一体感を持たせるために、国民みんなが共に持つ一つの神話が必要だった。それが記紀なのだ。

 と、そんなわけで、現代に書かれたポストコロニアル文学が、過去の大和朝廷の目論見を照らしてくれることもあるのだ。いや単に私が早合点してるだけって可能性もあるけど…

ヘブライ語聖書が生きながらえたのは、特定の土地や王や帝国に依存していなかったからである。これらの要素が不要で、聖書をどこへでも持ち運ぶ信者を生み出すことができたおかげなのだ。
  ――第3章 エズラと聖書の誕生

 と、書物(旧約聖書)があったからこそ、民族としてのユダヤ人が存在し得たって例もあることだし。

 もちろん、遠い過去から現代へと続く物語の基本形もある。教師と生徒の物語だ。本書ではプラトンが用いた対話篇を例に、これが多くの人を惹きつける理由をこう語る。

王や皇帝の物語とは対照的に、師と弟子を中心としたテキストは、たいていの人にとって身につまされる経験を利用している。私たちはみな一度は生徒だったし、そのときの思い出を生涯にわたって持ちつづけている。
  ――第4章 ブッダ、孔子、ソクラテス、イエスの教

 そうか、だから「なんでここに先生が!?」は面白いのか←違うだろ それはともかく、これで学園物がウケる理由もわかる。人は大人になると、営業や技術者や役人や商店主などに分かれ、「共通する体験」がなくなってしまう。でも学園生活は、みんな体験している。誰だって、自分に関係がある物語が好きだ。つまり学園物は、みんなが体験しているから、市場が大きいのだ。

 技術史として面白いのが、「第7章 グーテンベルク、ルター、新たな印刷の民」。

 印刷の始祖として名高いグーテンベルクだが、ここに描かれる彼の実像は、技術者というよりしたたかで冒険心に富む起業家が近い。また彼が最初に印刷したのは聖書だとばかり思っていたが、実際はラテン語の文法書だったというのも知らなかった。また彼は印刷の応用にも長けていた。免罪符の印刷は今のフォーム印刷だし、反トルコを煽る冊子はチラシやパンフレットの元祖だろう。そして聖書は…

グーテンベルクの聖書は、単に手書きのように見えるというレベルではなかった。もっと見栄えがよく、どれほど修業を積んだ修道士も夢見ることすらしないほどの正確さと対称性を実現していた。
  ――第7章 グーテンベルク、ルター、新たな印刷の民

 そう、美しかったのだ。人の手による写本よりも。かく言う私も、機械が字を書いてくれるのにはとっても助かっている。だって私の字はアレだし。ってのは置いて。ここでは、多色刷りに挑戦しつつも見切りをつける、経営者としての思い切りの良さも印象深い。

 それはそれとして、印刷した免罪符で荒稼ぎした教会も、多くの聖書が出回ったことで、大きなツケを支払う羽目になる。そう、ローマ・カトリックのパンクス、「音楽の進化史」でも大暴れしたマルティン・ルターだ。彼は聖書をドイツ語に訳し冊子やチラシを刷っては配り、世論を巧みに煽ってゆく。

ルターの生きた時期にドイツで発表された刊行物の1/3以上が、マルティン・ルターによるものだった。彼は印刷という新たな世界に誕生した最初のスーパースターであり、印刷を通じた論争という新しいジャンルの支配者となった。
  ――第7章 グーテンベルク、ルター、新たな印刷の民

 そういえばヒトラーもラジオを巧みに使っていた。ドイツ人はお堅いって印象があるけど、実は新しいメディアの使い方には長けてるんじゃね?

 そんな技術の進歩に逆行したのが、ソビエト時代の作家たち。アンナ・アフマートヴァの苦闘を描く「第13章 アフマートヴァとソルジェエニーツィン」では、まるきしレイ・ブラッドベリの「華氏451度」な場面まで出てくる。ブラッドベリも、まさか自分が現実を描いてるとは思わなかったろうなあ。

 ここに出てくるサミズダートとトルストイのジョークは、ちょっとカクヨムあたりで実際にやってみたかったり。え? 三方行成? 何それ美味しいの?

 とかの歴史やエピソードが楽しいだけじゃなく、読みたくなる本が増えるのも、本好きには嬉しいところ。やっぱ『源氏物語』ぐらいは日本人として読んどかないとなあ、などと思いつつ、いちばん心を惹かれたのは『スンジャタ叙事詩』なんだが、残念ながら今の所は日本語訳が出ていない。うぐう。

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2019年9月22日 (日)

高木徹「ドキュメント 戦争広告代理店 情報操作とボスニア紛争」講談社

本書は、番組(2000年10月29日放送の『NHKスペシャル「民族浄化」ユーゴ・情報戦の内幕』)で紹介しきれなかった取材の成果や、その後得た最新情報を加え、国際紛争の陰で戦われたPR戦争の凄まじい実態を書き表したものである。
  ――序章 勝利の果実

ボスニア・ヘルツェゴミナ外相シライジッチというキャラクターそのものをニュースにすること、それがこの会見の戦略だった。
  ――第2章 PRプロフェッショナル

「民族浄化」という言葉がなければ、ボスニア紛争の結末はまったく別のものになっていたに違いない。
  ――第6章 民族浄化

ユーゴスラビア首相ミラン・パニッチ「So, hekp me God」
  ――第9章 逆襲

セルビア共和国大統領スロボダン・ミロシェビッチ「真実というものは、やがておのずと明らかになるものさ。いずれ、今出ている話はみんな嘘だとわかるよ」
  ――第10章 強制収容所

「あなた方は、PRに使う資金があるのなら、それを現地で苦しんでいる人々の人道救助に使うべきではないでしょうか」
  ――第11章 凶弾

パニッチは、ひとつの覚悟を決めていた。
それは、セルビア、そしてユーゴスラビア連邦に対する悪のイメージをミロシェビッチ一人に負わせ、(略)大統領職を辞任してもらい、その後を西側に受けのいい自分がとってかわろう、という計画だった。
  ――第13章 「シアター」

元EC和平特使キャリントン卿「ひとつの国に“悪”のレッテルを貼ってしまうことは、間違いなんだ」
  ――第13章 「シアター」

「(ミロシェビッチは)まず国内のメディアにしか興味がなかったですね」
  ――第14章 追放

「紛争当時から今日に至るまで、ボスニアは名前だけの“多民族国家”にすぎませんからね」
  ――第14章 追放

ボスニア・ヘルツェゴッビナ共和国外務大臣ハリス・シライジッチ「これがお前らと仕事をする最後だ!」
  ――終章 決裂

【どんな本?】

 1989年の東欧崩壊に続き、元ユーゴスラビアはスロベニア・クロアチア・マケドニアが独立、これに続きボスニア・ヘルツェゴビナも独立を求める。そのボスニア・ヘルツェゴビナには多くの民族が住んでいた。主にカトリックのクロアチア人,主に正教のセビリア人,主にモスレムのボスニア人、そしてロマなど。これが原因となり、ボスニア・ヘルツェゴビナは激しい内戦に突入する(→Wikipedia)。

 新ユーゴの主体はセビリア共和国だ。軍もセビリア人が多い。そのため、内戦も当初はセビリア人勢力が優勢だった。しかし、人口ではモスレムが最も多いため、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府はモスレムが中心となる。

 この内戦を収めるべく、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府は国際社会の協力を求める。だが誕生したばかりで、たいした産業も地下資源もない小国家の内戦に、国際社会の目を集めるのは難しい。

 それでも、ボスニア・ヘルツェゴビナ政府の努力は実を結んだ。マスコミは「セルビア人が悪、ボスニア人が被害者」という構図の報道を続け、ついにはNATOの介入へとつながる。

 その陰にあったのは、アメリカの民間PR企業の活躍だった。

 ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争を素材に、国際的な世論の動向すら動かすPR企業と、それに影響される合衆国そして国連の政治を生々しく描く、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2002年6月30日第1刷発行。私が読んだのは2002年11月7日の第7冊。売れたんだなあ。今は講談社文庫から文庫版が出ている。単行本ハードカバー縦一段組み本文約311頁に加え、あとがき2頁。9ポイント43字×19行×311頁=約254,087字、400字詰め原稿用紙で約636枚。文庫なら少し厚い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。ただし、書いてあるのは「いかにマスコミと政治家を動かしたか」であって、肝心のボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の実態は、ほとんど書いていない。実態については、「国際社会と現代史 ボスニア内戦」が参考になるだろう。というか、私はそれしか読んでない。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 序章 勝利の果実
  • 第1章 国務省が与えたヒント
  • 第2章 PRプロフェッショナル
  • 第3章 失敗
  • 第4章 情報の拡大再生産
  • 第5章 シライジッチ外相改造計画
  • 第6章 民族浄化
  • 第7章 国務省の策謀
  • 第8章 大統領と大統領候補
  • 第9章 逆襲
  • 第10章 強制収容所
  • 第11章 凶弾
  • 第12章 邪魔者の除去
  • 第13章 「シアター」
  • 第14章 追放
  • 終章 決裂
  • あとがき

【感想は?】

 15年前の作品だ。それでも、この本の衝撃は全く衰えていない。

 世間的なボスニア紛争の印象は、先に書いた通り「悪のセルビア人がボスニア人を虐殺した」だろう。だが、実態はもっと複雑だ。私は、こう思っている。ネタ元は佐原徹哉著「国際社会と現代史 ボスニア内戦」。

はじまりはヤクザの火事場泥棒だ。独立のドサクサに紛れてヤクザが民族主義者を装い、または民族主義者を抱き込み、権力と財産を奪おうと争いを始めた。セルビア・モスレム・クロアチア、いずれもヤクザがいた。

 しかし、こんなややこしい構図を、世間は納得しない。ハッキリした悪役が欲しい。そこで悪役を割り振られたのが、ユーゴスラビア連邦の最大権力者ミロシェビッチである。彼がボスニア・ヘルツェゴビナ国内のセルビア人をそそのかして虐殺を煽った、そういうストーリーで、世論は納得した。なんたって分かりやすいし。

 人は分かりやすい話が好きだ。私も銀英伝は帝国vs共和国だと思っている。実際にはフェザーンも暗躍してるんだが←わかりにくい例えはやめろ。 この本は、そういう「分かりやすい話」を、どうやって流布したか、その手口を鮮明に描いている。

 主な役者は新ボスニア・ヘルツェゴビナ外相ハリス・シライジッチと、そのプロデューサーを務めるPR企業ルーダー・フィン社国際政治局長ジム・ハーフ。一国の外相が、米国の民間企業と組んで、世界に広告を打ったのだ。

 これ自体が恐るべき話だ。そうなったのも、冷戦の終結が大きい。なにせ合衆国が唯一の超大国だ。だから合衆国政府を動かせば国際世論も動く。その合衆国政府は、何で動くか。そこが本書のキモだろう。結論を言えば、閣僚と議員とマスコミである。

 中でも私が最も興味を惹かれたのが、マスコミの動かし方だ。マスコミが動けば米国世論が動く。そして政府も議員も世論には敏感だ。では、どうやってマスコミに売り込むか。この手口の幾つかは、出世を求めるビジネスパーソンにも優れた指針となる。例えば、ハーフはシライジッチにこう指示している。

記者会見では必ず「数項目のポイントを立てた新提案を行え」
  ――第3章 失敗

 目新しい中身はなくてもいい。「n個の提案」など、記事タイトルをつけやすいネタを記者に与えろ、そういう意味だ。他にも「情報機器を備えたプレスセンターを作れ」など記者の便宜をはかれ、という趣旨のアドバイスが続々と出てくる。

 だけでなく、有名記者や有力NPOに、FAXで速報を送ってたり。「いかに売り込むか」のコツを、生々しく描いている。そういう点では、営業さんにも役立つ本かもしれない。いや辣腕の営業さんには常識かもしれないけど。

 加えて、現在のマスコミ、特にテレビのニュース報道のクセもよくわかる。本書では、新ボスニア・ヘルツェゴビナ外相ハリス・シライジッチがマスコミの矢面に立つ。元は大学で歴史の教授だったシライジッチ、素で話をさせると、困ったことになる。前置きが長すぎるのだ。

正確に事実を伝えるには、そうなった経緯が大事だ。だから歴史から話を始めようとする。だが、これは米国のマスコミに好かれない。マスコミが欲しいのは、数秒で伝わるキャッチフレーズだ。本書では「サウンドバイト」と呼んでいる。ソコだけ切り取って電波で流せば人々の目を惹きつける、そういう映像をマスコミは求める。そこでプロデューサーのハーフは役者のシライジッチに釘をさす。

PR企業ルーダー・フィン社国際政治局長ジム・ハーフ「重要なのは今日サラエボで何が起きているか、それだけです。それに絞って話をしてください」
  ――第5章 シライジッチ外相改造計画

 歴史も背景も省け、起きている事だけを話せ、と。困ったことに、現在の日本のマスコミも、背景は説明せず起きた事だけを報じる形が中心になっている気がするんだが、あなたどう思いますか。例えばボスニア紛争の実情を、あなた知ってました? 私は知りませんでした。で、結局、背景事情や歴史的経緯は書籍などで補わなきゃいけないんだけど、その書籍の売り上げはブツブツ…

 まあいい。お陰でセルビア人が悪役というイメージが定着してしまい、前線で紛争の実態を見ていた国連防護軍サラエボ司令官ルイス・マッケンジーが、こう語ると…

「悪いのはセルビア人だけではない。戦っているすべての勢力に問題がある」
  ――第12章 邪魔者の除去

 「お前はセルビア人の肩を持つのか!」と袋叩きにされたり。

 対して、新ユーゴおよびセルビア共和国も合衆国の市民権を持つミラン・パニッチを首相に引っぱりだし、巻き返しを目論む。このパニッチとミロシェビッチの考え方の違いも、政治劇として面白い。立場こそ首相ながら国際的な視野で事態を見るパニッチと、セルビアに権力基盤を置くミロシェビッチでは、方針が違って当然なんだろう。

 他にも日本の外務省への愚痴もあって、これが実に辛辣だったり。正直、著者の主張には素直に賛同できない。だが、現実をありのままに伝えるという点では、文句なしに優れた著作だと思う。今後、最新ニュースを見る目が、少しだけ変わるかもしれない。

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2019年9月20日 (金)

三方行成「流れよわが涙、と孔明は言った」ハヤカワ文庫JA

孔明は泣いたが、馬謖のことは斬れなかった。
硬かったのである。
  ――流れよわが涙、と孔明は言った

「えうれか」
  ――走れメデス

こいつは世にも珍しい、車とつがうドラゴンの物語だ。
  ――竜とダイヤモンド

【どんな本?】

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」で2018年の第6回ハヤカワSFコンテストの優秀賞を勝ち取り、笑劇のデビューを果たした新人SF作家・三方行成の最新SF?短編集。

 有名な諸葛亮孔明と馬謖のエピソードから始まりながらも脱線に脱線を重ねあらぬ方向へと物語が転がってゆく表題作「流れよわが涙、と孔明は言った」、奇妙な味の三部作「折り紙食堂」、作品名からオチをつけている「走れメデス」、不気味な世界を舞台とした「闇」、噂のドラゴンカーセックスをテーマとした「竜とダイヤモンド」の五作を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年4月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約234頁。9ポイント40字×17行×234頁=約159,120字、400字詰め原稿用紙で約398枚。文庫本としては薄い部類。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も、SFというより馬鹿話なので、理科が苦手でも全く問題ない。気軽に楽しむタイプの作品集だ。

【収録作は?】

 それぞれ 題名 / 初出 の順。

流れよわが涙、と孔明は言った / 小説投稿サイト「カクヨム」2017年
 いきなりの強烈なギャグ作品。孔明は泣いて馬謖を斬…斬…斬れない。硬い。なぜだ。
 冒頭、たったの2行で見事に読者を引き込んでしまう。ホントこの人、反則的なまでにツカミが巧い。以後、最初からズレた物語は、行を重ねるごとに更にズレてゆき、テンポのいい語りに乗せて、次から次へと「なぜにそうなる」な方向へとスッ飛んでゆく。今気が付いたけど、これ、上手な漫才コンピの「もし…だったら」的なギャグに芸風が似てるかも。
折り紙食堂 / 小説投稿サイト「カクヨム」2018年
 挫折してうなだれたあなたは、何かを腹に入れようと店をさがす。店は見つかったが、どうにも怪しい。「折り紙食堂」。変だな、と思いつつも、空きっ腹には勝てず店に入ると…
 三部作。最近の流行り「○○食堂」のパロディなのかな? 作品名どおり、「折り紙食堂」をテーマに、最初の作遺品は店の親父の何やら意味深でよさげな言葉が続くが、なんじゃいこのオチはw やはり折り紙+食堂で腹を満たすのは無理だったかw
走れメデス / 書き下ろし
シラクサの王ヒエロンは金で王冠を作らせたが、職人が材料の一部を盗んだのではないかと疑う。そこでアルキメデスを呼び出し、冠を壊さずに調べよ、と命じた。
 これまた有名な話を足掛かりにしながらも、いきなり話は妙な方向に突っ走ってゆく。ある意味、グレッグ・イーガンの向こうをはる数学SFなんだが、この人の手にかかると、やはりこうなるかw
闇 / 「人は死んだら電柱になる:電柱アンソロジー」2014年
 世界は闇につつまれた。だが、電柱がある。電柱についた灯かりが照らす範囲の中は、安全だ。だが、そこから少しでも出て闇に触れると、人は引き込まれる。両親は相次いで死んだ。足をすべらせて、闇に触れたのだ。その両親が死んだあたりに、新しい電柱が二本見つかった。明かりが照らす範囲が増えただけでなく、ほかの村へとつながる橋ができた。そこに「彼」がきた。
 闇に包まれた不条理な世界で展開する、不気味なホラー。よくこんな設定を思いつくなあ。でも、この設定を元にゲームを作ったら、面白いかも。
竜とダイヤモンド / 「WHEELS AND DRAGONS ドラゴンカーセックスアンソロジー」2018年
 ひったくりが、その坊ちゃんからバッグを奪って逃げた。そして俺がバッグを取り戻し、坊ちゃんに返した。バッグにはダイヤモンドの原石が幾つか入っていた。それが始まりだ。俺は坊ちゃんに取材を申し込み、あっさりと了解してもらえた。そして坊ちゃんの家に向かったが…
 ドラゴンカーセックスってなんじゃい、と思ったら、そういうことか(→ピクシブ百科事典)。そんなモン、どうお話を作るのか、と思ったら、テレビスペシャル版「ルパン三世」みたくヒネリの利いた、ちょっとハードボイルドなファンタジイに仕上がってる。みょんみーw

 「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」からツカミの巧さは光っていたが、表題作では更に鋭さが増している。競争の激しい小説投稿サイトで鍛えたからだろうか。語りのスピード感もあるし、突拍子もない発想もいい。ただ、通勤電車や静かな喫茶店で読むには向かないかもw

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2019年9月19日 (木)

オーウェン・ジョーンズ「チャヴ 弱者を敵視する社会」海と月社 依田卓巳訳

本書の狙いは、(略)「チャヴ」という戯画の陰で見えなくなっている大多数の労働者階級の実像を、多少なりとも示すことだ。(略)われわれが最終的に取り組まなければならないのは、差別そのものではなく、差別を生み出す源、すなわち社会だ。
  ――はじめに

…本書には、重要なテーマが三つあった。
第一に、イギリスは階級のない社会であるという迷信を打破すること。(略)
第二に、貧困などの社会問題は個人の責任であるという有害な主張に立ち向かうこと。
そして第三に、同じような経済的利益をめざす人々が改革に取り組むことで社会は進歩する、という考えを後押しすることだ。
  ――ふたたび、親愛なるみなさんへ

「保守党は特権階級の仲間の連合で成り立っている。大きな党是はその特権を守ることだ。そして選挙に勝つ秘訣は、必要最小限のほかの人々に必要最小限のものを与えることだ」
  ――2 「上から」の階級闘争

…「福祉のたかり屋」を叩けば、低賃金の労働者の支持が集まりやすい。(略)しかし、現実に社会保障制度で攻撃されたのは、「怠け者」ではなく、工業の崩壊で最大の被害を受けた労働者階級のコミュニティだった。
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

よく知らない人のことを馬鹿にするのは簡単だ。
  ――4 さらしものにされた階級

「フランク・ランバートやデイビッド・ベッカムといった労働者階級のヒーローが、まず何をすると思う? 労働者階級のいる地域からチェシャー州やサリー州に引っ越すんだ。ロールモデルたちも、自分の階級を信頼していないということだ
  ――4 さらしものにされた階級

英国犯罪調査は、労働者階級の人々の方が、中流階級より明らかに犯罪被害に遭いやすいことを示している。
  ――7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔

【どんな本?】

 チャヴ。イギリスで、貧しく教養のない白人労働者を示す言葉。アメリカならホワイト・トラッシュやプアアホワイトが近いと思う。日本だと、ヤンキー、かな?

 進学する能力も意思もなく、定職につかず気分次第で低賃金の仕事に就いたり辞めたりして、若いうちに子供を作り、公共住宅に住み、失業手当や生活保護に頼って暮らし、酒を飲んで街をほっつき歩いちゃ仲間内の喧嘩に明け暮れ、隙があれば盗みや恐喝で小遣いを稼ぐ。服はジャージやパーカーなどのスポーツウェアにスニーカー。新聞やワイドショウの犯罪報道の常連。

 そんな印象の人を示す言葉だ。往々にして蔑み嫌う意図で使う。

 だが、彼らの本当の姿は、どうなのか。なぜ彼らは蔑まれ嫌われるのか。かつては産業の基盤を支える誇り高い存在だった労働者は、どこに消えたのか。

 著者は1970年代以降のイギリスの政治・経済政策を追い、チャヴの存在やその印象は、保守党政権によって作られたものだ、と主張する。その政策とは何で、どのように作用したのか。貧しい者の代弁者であるはずの労働党は、何をしていたのか。

 20世紀末から現代にいたる、民主主義国家の政治・経済政策を、「階級」という視点で鋭く分析し批判する、熱い怒りに満ちたアジテーションの書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は CHAVS : The Demonization of the Working Class, by Owen Jones, 2012。日本語版は2017年7月28日初版第1刷発行。私が読んだのは2018年9月1日の第2刷。売れてます。ソフトカバー縦一段組み本文約370頁。10ポイント49字×19行×370頁=約344,470字、400字詰め原稿用紙で約862枚。文庫なら厚い一冊か薄い上下巻ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容はイギリスの経済政策の批判である。なので、多少は政治と経済の知識があった方がいい。外国の話なので、ちょっと見は近寄りがたく感じるだろう。だが、ここに書かれている保守党サッチャー政権の政策は、日本の自民党政権の政策とよく似ているし、対抗する労働党の政策も、旧民主党と似ている。加えて、貧しい人の話なので、豊かな人にはピンとこないかも。

【構成は?】

 全体を通してのストーリーはある。が、それぞれの章は独立した記事としても読める。なので、気になった所から拾い読みしてもいい。

  • まえがき
  • 1 シャノン・マシューズの奇妙な事件
  • 2 「上から」の階級闘争
  • 3 「政治家」対「チャヴ」
  • 4 さらしものにされた階級
  • 5 「いまやわれわれはみな中流階級」
  • 6 作られた社会
  • 7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔
  • 8 「移民嫌悪」という反動
  • 結論 「新しい」階級政治へ
  • 謝辞
  • 親愛なるみなさんへ
  • ふたたび、親愛なるみなさんへ
  • 原注

【感想は?】

 はじめにハッキリさせておこう。本書は貧しい人向けの本であり、学歴のない人向けの本だ。「貧しい」にもいろいろあるが、年収500万円に満たないなら、読む価値はある。これはあなたの本だ。もちろん、私の本でもある。

 中には豊かでないにもかかわらず、右派を支持する人もいるだろう。そんな人は、「8 『移民嫌悪』という反動」だけでも読んでほしい。特に「ガイジンは俺たちの職を奪い、安い公共住宅を占領している」と思うなら、是非とも読んでほしい。あなたの本当の敵は、ガイジンじゃない。

移民が賃金の影響を与えたという問題について、タブロイド紙が先頭に立ったキャンペーンでは、攻撃の矛先がまちがったほうに向いている。雇用者が賃金削減の口実に移民を用いたのなら、国民の非難を受けるべきは雇用した側だ。(略)
移民を取り締まらなくても改善はできる。たとえば、最低賃金を引き上げ、外国人労働者をほかの労働者より低賃金や悪条件で雇用するのをやめればいい。
  ――8 「移民嫌悪」という反動

 すまん。興奮して突っ走りすぎた。仕切りなおす。

 読みながら感じたのは、「これは本当にイギリスの話なのか。日本の話ではないのか」だ。

 たしかに固有名詞は違う。自民党ではなく保守党だし、民主党ではなく労働党だ。だが、描かれるストーリーはほとんど同じなのだ。

 もともと、イギリスは福祉国家として名をはせていた。だがイギリス病(→Wikipedia)と呼ばれる不況に陥り、サッチャー政権が登場する(→WIkipedia)。大胆に民営化し、金融緩和を推し進めた。結果、シティ(金融業)は活気を帯びたが、製造業は壊滅する。

 製造業壊滅の例として、本書は炭鉱を挙げている。これが私には国鉄民営化や郵政民営化と重なって見えた。イギリスの労働運動は炭鉱の労働組合がリードしていたが、廃鉱で組合は壊滅する。日本も国鉄の労働組合が賃上げをリードしていたが、民営化で影響力を失う。郵政民営化でも、最近は派遣労働者の待遇が問題になった。結果はイギリスも日本も同じだ。全国的に労働組合が力を失い、労働者の権利を代弁する全国的な組織がなくなったのだ。

 クビを切られた炭鉱労働者は、別の職を探す。ないわけじゃない。だが、あるのは低賃金で不安定な派遣やパートだ。人の出入りが激しいから、労働組合もない。

2009年12月に発表された統計によると、金融危機にもかかわらず、就労者の数は増えはじめている。だが、5万件の新しい仕事の大部分はパートタイムだった。
  ――5 「いまやわれわれはみな中流階級」

 …まるきし、今の日本じゃないか。まあいい。これに対しイギリス政府の見解はこうだ。「自己責任」。小泉改革かよ。資本主義である以上、競争があるのは仕方がない。私も能力主義は正しいと思っていた。しかし…

「…純粋なメリトクラシー(能力主義)を導入するなら、財産の相続は無効にし、私立校も廃止しなければならない」
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

 そう、能力主義を主張する者は、相続税の増税を主張するだろうか? ねえ、麻生太郎さん。しかも、だ。

イギリスで私立学校にかよえるのは100人中7人だけだが(略)上級公務員の半数近くは私立学校出身で、財務担当の重役の7割、著名ジャーナリストの半数以上、弁護士の10人中約7人…
  ――6 作られた社会

 能力を身に着けるための教育の機会が、生まれつきで決まっているのだ。そもそも日本の自民党は世襲議員ばっかりだし。加えて、能力主義には困った弊害もある。

…メリトクラシー(能力主義)は、「頂点に立っている者はそれだけの価値があるから」とか、「底辺にいる者はたんに才能が足りず、その地位がふさわしいから」といった正当化に使われる。
  ――3 「政治家」対「チャヴ」

 昔なら産業の礎としての誇りを持てた労働者が、能力主義では無能と蔑まれてしまう。働いて子供を養うトーチャン・カーチャンが、自分に誇りを持てないってのは、国としてもヤバいんじゃないの? というか、昔は働く者が誇りを持てたのだって所に、私は全く気付かなかった。そう、労働者は誇りを持っていいい、というか持つべきなのだ。

 同様に、「保守系の人は犯罪などを家族の問題にしたがるけど、それ自己責任と同様に、制度や政策のツケを個人に押し付けてるんじゃね?」なんて指摘には、目からうろこが落ちる気分になった。

 これに対し、労働者の代弁者であるべき労働党は、何をやっているのか。実は、労働党の議員は、労働者の暮らしの実態を知らないのだ。なぜって、彼らの多くは中流階級出身の高学歴だから。昔は労働組合出身で叩き上げの議員がいたけど、今は組合がアレだし。だから…

タイムズ紙メラニー・レイド「私たちのようなおとなしい中流階級には、この事件は理解できない」(略)「なぜならこの種の貧困は、アフガニスタンで起きることのように私たちの日常からかけ離れているからだ。デュースベリーの白人労働者の生活は、まるで外国のようだ」
  ――1 シャノン・マシューズの奇妙な事件

 そして、労働党は戦略を誤った。労働者の生活改善を放置して、マイノリティに優しいリベラルを演じた。だが…

リベラルな多文化主義は、不平等を純粋に「人種」の視点からとらえ、「階級」を無視している。
  ――8 「移民嫌悪」という反動

 これに失望した労働者は、労働党を見限る。その票を喰ったのは、愛国を訴え、生活保護を不正受給するたかり屋を叩くナショナリストだ。本書ではBNP=イギリス国民党だが、日本なら維新の会だね。だが、不正受給ったって…

(公認会計士リチャード・)マーフィーの試算では、脱税による財務省の損失は年間700憶ポンド(約10兆円)にのぼり、生活保護の不正受給額の70倍以上だ。
  ――5 「いまやわれわれはみな中流階級」

 なんだけど、彼らはパナマ文書(→Wikipedia)には大人しいんだよなあ。失業手当にしたって…

雇用者側から見ると、失業を「偽装」して生活している何十万人もの人々から給付金を奪い取ることは、少なくとも利益になる。いっそう多くの人が低賃金の仕事をめぐって競い合い、賃金の下落に拍車がかかるからだ。
  ――7 「ブロークン・ブリテン」の本当の顔

 資本主義の基本、需要と供給の関係だね。労働力の需要が変わらず供給すなわち求職者が増えれば、安い賃金で働く者も出てくる。それで得するのは雇う側だ。

不況が労働者の生活を踏みにじり、何千人もの人を失業させているなかで、再富裕層1000人の富が2009年から10年の間に30%も増え、史上最高の増加率だった…
  ――  ――結論 「新しい」階級政治へ

 もう一つ、維新やBNPが得意とする手口がある。宣伝だ。

徹底した宣伝活動には、お決まりの仕掛けがある――極端な例を見つけ出し、偏った情報にもっぱら取材し、統計や事実による裏づけのない大胆な主張をするのだ。
  ――ふたたび、親愛なるみなさんへ

 増えてもいない事象を「相次いでいる」と言って増えているように思い込ませる(→「日本の殺人」)なんてのは日本のマスコミの常套手段だが、BBCの例はもっと怖い。

 2009年にリンジー石油精製所でストライキが起きた。労働者の一人はこう話した。「ポルトガル人やイタリア人とはいっしょに働けない」。これを見た人は、こう思うだろう。「この労働者は人種差別主義者だ」。だが、放送は次の言葉をワザと省いていた。

「彼らから隔離されているからね」

 これでは意味が正反対になる。あのBBCですら、そういう印象操作をしているという事に、私は暗澹たる気持ちになった。

 他にも、

ジャーナリストのニック・コーエン「富裕層が見事にやりとげたことのひとつは、中流階級以下の多くの人々に、自分たちは中流だと信じ込ませたことだ」
  ――結論 「新しい」階級政治へ

 なんてのに、「そういえばかつて日本も一億総中流社会とか言われたなあ」なんて遠い目になったり。あれで「労働組合って、なんかビンボくさくてダサいよね」的に思い込まされたんだ。

 やたらエキサイトしたせいで、無駄に長いわりにまとまりのない記事になってしまった。中身はわからなくとも、興奮している事だけでも読者に伝わればいいと思う。つまり、そういう本です。

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2019年9月18日 (水)

どうやって面白い本を見つけるか

 本好きにとって、一世紀前に比べたら、現代は夢のような時代だ。なにせ怒涛のように新刊が出る。出るのはいいが、その中から好みの本を見つけるのは難しい。忙しい現代人にとって、本にかかる最大のコストは書籍代より読書に費やす時間だろう。いや私は貧しいんで書籍代も重大な問題なんだが、まあそれは置いて。

 ある程度の数を読んでいれば、好みの著者・作家が増えるから、それを追いかけるだけでも充分だろうが、新鮮な味も欲しい。そんなワケで、私が本を探すのに使っているネタを並べてみた。私の趣味に偏ってるけど、そこはご容赦ください。

【文学賞とか】

 権威主義と馬鹿にされようが、それでもモノによっては文学賞の類もけっこう信用できる篩になる。ただ、ノンフィクション関係は疎いんで、教えていただければ嬉しいです。

ヒューゴー賞:SF。世界SF大会のファン投票で決まる。

ネビュラ賞:SF。作家が決めるためか、やや玄人好みかも。

ローカス賞:SF。雑誌ローカスの投票で決まる。ヒューゴー賞より流行に敏感かも。

星雲賞:SF。日本SF大会のファン投票で決まる。

日本SF大賞:SF。作家が決める。星雲賞より斬新な作品が多いかも。

ハヤカワSFコンテスト(→Wikipedia):SF。早川書房主催の新人賞。長編。地力あふれる作品が多い気がする。

創元SF短編賞:SF。東京創元社主催の新人賞。短編。新しい地平を切り開く作品が多い印象。

Twitter文学賞:小説。Twitterによる人気投票。国内篇と海外篇がある。クセの強い主流文学が多い印象。賞を取った作品より、候補作リストを私は楽しみにしている。

日本翻訳大賞:翻訳作品が対象。これもTwitter文学賞同様、候補作一覧が楽しい。

ピューリッツァー賞:アメリカで出版された物に限っているのが辛いが、一般ノンフクション部門(→Wikipedia)はアタリが多い。

【インターネット】

 ブログ関係はリンク集をご覧ください。って、Twitter ばっかりだなあ。

ハマザキカク(→Twitter):変態編集者(ごめんなさい)。マニアックなノンフィクションが好きなら、是非ともフォローしよう。

早川書房 翻訳SFファンタジイ編集部(→Twitter):SF。

早川書房 ノンフィクション編集部(→Twitter):最近はヒットが多い気がする。

河出書房新社 翻訳書(→Twitter):主流文学が多いかも。

東京創元社(→Twitter):ミステリとSFが多い。読者の感想をリツィートしてくれるのも嬉しい。

豊崎由美≒とんちゃん(→Twitter):主流文学でもエッジの利いた作品が多い。

【ウィンドウ・ショッピング】

 もちろん、書店や図書館の書棚も漁ります。文学はもちろん、音楽・歴史・軍事・工学・旅行記・科学・倫理学・産業・国際情勢あたりを遊弋してると、時間がいくらあっても足りなかったり。あと、初心者向けの統計学が、社会学の棚にあったりするんで油断できません。

【おわりに】

 軍事関係が弱いと思ってるんだけど、いいソースがあったら教えてください。

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2019年9月17日 (火)

ルーシャス・シェパード「竜のグリオールに絵を描いた男」竹書房文庫 内田昌行訳

「グリオールの体に絵を描いているようなふりをして作業を進め、その胴を真実の光景で美しく飾るいっぽうで、やつに絵の具という毒をあたえ続けるのです」
  ――竜のグリオールに絵を描いた男

「あなたは彼をなんだと思っているのです?」(略)「神ではないとでも言うのですか?」
  ――鱗狩人の美しき娘

「その偉大な務めはグリオールに関係しているのでしょうね」
老女は肩をすくめた。「あらゆることがそうですから」
  ――ファーザー・オブ・ストーンズ

「これまでの人生が空虚だったせいで、あなたはわたしが何か達成感をあたえてくれると期待している。あなたが戻ってくるのはそれを望んでいるから。ふたりが進むべき道に、あなたとわたしがすでに足を踏み出しているから」
  ――嘘つきの館

【どんな本?】

 アメリカのSF/ファンタジイ作家ルーシャス・シェパードが遺した多くの作品の中から、「竜のグリオール」のシリーズ四編を選んで編んだ作品集。

 グリオールは巨大な竜だ。何世紀も生き、鼻づらから尾の先までは千八百メートルにも及ぶ。グリオールはカーボネイルス・ヴァリー一帯を支配し、住民たちを操っていた。あるとき、魔法使いがグリオールと戦った。グリオールの心臓は止まり呼吸も途絶えたが、命は奪えなかった。

 今、グリオールは巨大な体を谷に伏し、全く動かない。だが今なお谷の住民たちに影響を及ぼしていると言われる。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年9月6日初版第1刷。文庫本で縦一段組み本文約390頁に加え、おおしまゆたかの解説が豪華25頁。8.5ポイント41字×17行×390頁=約271,830字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本ではやや厚め。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。ただし、竜のイメージは大事かも。日本や中国の龍は聖なる獣みたいな印象があるが、グリオールは違う。底知れぬ邪悪さを秘め、賢いが賢明というより狡猾という感じ。それと単位がフィートなのがちと辛いかも。1フィートは約30cm、1マイルは約1.6km。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題。

竜のグリオールに絵を描いた男 / The Man Who Painted the Dragon Griaule
 谷はグリオールの殺害に報奨金をかけた。何百もの計画がたてられたが、みな失敗した。そして1853年、メリック・キャタネイが現れる。若者が持ち込んだ案はこうだ。グリオールに絵を描き、絵の具の毒で竜を殺す。提案は受け入れられ、作業が始まった。
 グリオールの巨大さに呆れてしまう作品。全長1.8km、高さ200m越えって、そりゃ生物というよりもはや地形だ。実際、絵を描く作業も、創作というより土木工事だし。そんな巨大な生物だけに、一つの独特な生態系を形作っているのも楽しい。こういった所は、映画「パシフィック・リム」のカイジュウを思い出したり。
鱗狩人の美しき娘 / The Scalehunter's Beautiful Daughter
 グリオールの鱗は薬として珍重される。男やもめのライオルは鱗狩人だ。谷の者は鱗狩人をのけ者にする。グリオールが鱗狩人を好まず、それが谷の者に影響しているからだ。ライオネルの娘キャサリンは妻の命とひきかえに生まれた。彼はキャサリンをグリオールの鱗の上で育てた。キャサリンは美しく育ち、何人もの男たちの間を飛び回った。だが…
 前作で少しだけ出てきたグリオールの生態系を、じっくりと味わえる作品。ドラゴンが火を噴くメカニズムにまで、ちゃんと理屈をつけてるのも楽しい。
 なにせ一つの環境、しかも竜なんぞという異様な生き物を中心とした世界だけに、そこに住む生物もなかなかに異様でおぞましい。狩猟隊の場面の迫力と気色悪さは半端ない。それに輪をかけて怖いのが、蔓草のシーン。いかにもグリオール生態系にふさわしく、この世界とは異なる「何か」を感じる。
 冒頭からグリオールとの強く結びついている様子のキャサリンが、終盤で己の運命を悟る所では、グリオールの底知れなさがジンワリと伝わってくる。動けないとはいえ、やはり竜は竜、しかも齢経た竜ともなれば…
ファーザー・オブ・ストーンズ / TheFather of Stones
ポート・シャンティの<竜の宮殿>で、僧侶マルド・ゼマイルが殺される。宮殿の門前にいた宝石研磨工ウィリアム・レイモスが捕まった。レイモスの娘ミリエルも、宮殿で見つかる。薬で麻痺状態になり、裸で祭壇に横たわっていた。凶器は始祖の石、グリオールの天産物と言われている。弁護士アダム・コロレイはレイモスと面会するが、レイモスは投げやりにグリオールのせいだ、と主張するだけ。
 グリオールの支配下にある谷を離れ、警察や法廷が機能している町ポート・シャンティで展開する法廷劇。主な視点が、弁護士のアダム・コロレイなのが巧い。貧しい育ちから理想を求めて身を立て、若いながらも頼りがいのある弁護士となった…が、経験を積むに従い現実を思い知り、今は少々疲れ気味。いい人なんだけど、やや燃え尽き気味なのだ。
 この構成が、物語が進むにつれボディブローのようにジワジワと効いてくる。最も邪悪で狡猾なのは、いったい何者なのか。グリオールなのか、彼らなのか、はたまた世界そのものなのか。
 「医者と弁護士には何も隠すな」とは言うが、この話の登場人物の言葉は、みんな信用できないのが凄い。肝心のレイモスは押し黙ったままだし、ミリエルも腹に一物ありそうだ。殺されたゼマイルも、調べが進むにつれ、ロクでもない目論見を持ってた事が明らかになる。
 この邪悪さはグリオールの影響なのか、もしくは人の正体なのか。少なくとも、こんな物語を書ける著者が極めて狡猾なのは間違いない。
嘘つきの館 / Liar's House
 ポート・シャンティの港長の馬車が、女を轢き殺した。女は荷役のホタ・コティブの妻だった。逆上したホタは港長とそのふたりの息子を殺して金目の物を奪い、逃げる際に使用人や警官も殺し、テオシンテに逃げ込む。この集落はグリオールに近く、無法者の巣だ。ホタは宿屋<竜木館>別名<嘘つきの館>に住み着く。42歳になったホタは、グリオールの近くを飛ぶ十数mの竜を見て、それを追うが…
 オッサンが若く美しい竜の娘に出会う話。おお、ファンタジイの王道だねえ、なんて思ったらとんでもない。いやこれまでの話を読めば、綺麗なロマンスにはならないだろうってのは想像がつくけどw
 なにせ若い竜の娘マガリの性格が、いかにも竜だし。口を開けば「肉」。まあ、竜だしなあ。やっぱり肉食なんだねえ。他にも、特に終盤で描かれる竜の生態が、実に生々しくて迫力に満ちている。この辺が、ファンタジイだけでなくSFファンも惹きつける魅力なんだろう。姿はヒトに似せていても、やはり根本的に違ういにしえの生き物なんだ、と伝わってくる。
 それほど異なった生き物であるにも関わらず、マガリと暮らすうちに、いろいろと変わってくるホタが切ない。だが、所詮はヒト、グリオールの企みはもっと老獪で…

 こうやって改めて感想を書いてみると、このシリーズはやっぱりグリオールの魅力が光ってる。いや光るというより、邪悪な霧が密かに忍び寄ってくる感じなんだけど。また、一種のファースト・コンタクト物としての魅力もある。つまり、グリオールは、ヒトとはまったく異なった思考方法で、独自の目的を持ち、極めて賢いながらも絶望的にコミュニケーションが取れない生物なのだ。しかも、その能力もまた計り知れない。知性はあるようだが、ヒトとは全く異なる働きをするみたいだし。あまし読み込むと、グリオールに魅入られそうな気さえしてきて、ちょっとした恐怖も味わえる、SFともファンタジイともホラーとも分類不能な、不気味で異形の物語だ。

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2019年9月15日 (日)

ジョージ・ジョンソン「もうひとつの世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP社 吉田三知世訳

…重要なのは、その実験の計画と実施が美しいこと、思考の流れが、無駄のない美しいものであることだ。
  ――まえがき

色とは屈折率にほかならないのだ。
  ――第3章 アイザック・ニュ-トン 色とは何か

電池はある形のエネルギー――化学的エネルギー――を別の形のエネルギー――電気的エネルギー――に変換する「るつぼ」だったのだ。
  ――第6章 マイケル・ファラデー 奥深く隠されしもの

ウィリアム・トムソン「ジュールが多くの点で間違っていることは確かだと思いますが、彼はどうやら極めて重要な事実を発見したようです」
  ――第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか

【どんな本?】

  2002年、≪フィジックス・ワールド≫誌は「一番美しいと思う物理学の実験」のアンケートを取る。その結果は書籍「世界でもっとも美しい10の科学実験」としてまとまった。ただ、≪フィジックス・ワールド≫誌は物理学雑誌のため、選ばれた実験は物理学だけだ。

 これを科学全体に広げたら、どうなるだろう? そう考えた著者は、自分なりの基準で10の実験を選ぶ。先の著作と重なる実験もあれば、新しく登場した実験もある。

 これらの実験を通し、科学の楽しさ・美しさを伝えようとする、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Ten Most Beautiful Experiments, by George Johnson, 2008。日本語版は2009年9月29日1版1刷。単行本ハードカバー縦一段組み本文約210頁に加え、訳者あとがき7頁。9.5ポイント44字×17行×210頁=約157,080字、400字詰め原稿用紙で約393枚。文庫本ならやや薄め。

 文章はのなれていて親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。中学卒業程度の理科の素養があれば、充分に読みこなせる。というか、初歩的な内容が多いので、むしろあまり科学に詳しくない人の方が楽しめるだろう。

【構成は?】

 各章は独立しているので、気になった所から拾い読みしてもいい。

  • まえがき
  • 第1章 ガリレオ・ガリレイ 物体はほんとうはどのように動くのか
  • 第2章 ウィリアム・ハーヴィ 心臓の謎
  • 第3章 アイザック・ニュ-トン 色とは何か
  • 第4章 アントワーヌ=ローラン・ド・ラヴォアジエ 徴税請負人の娘婿
  • 第5章 ルイージ・ガルヴァーニ 動物電気
  • 第6章 マイケル・ファラデー 奥深く隠されしもの
  • 第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか
  • 第8章 A・A・マイケルソン 宇宙で迷う
  • 第9章 イワン・パブロフ 測定不可能なものを測定する
  • 第10章 ロバート・ミリカン ボーダーランドで
  • あとがき 11番目のもっとも美しい実験
  • 謝辞/訳者あとがき/図のクレジット/原注と参考文献/索引

【感想は?】

 けっこう本を読む方だし、そこそこ科学にも詳しいと自分じゃ思っていた。が、実はそうでもなかったようだ。

 特に強く感じたのが、「第9章 イワン・パブロフ 測定不可能なものを測定する」。かの有名な「パブロフの犬」のパブロフ先生だ。読む前は、こう思っていた。「あの条件反射ね。その何が凄いの?」

 まず、パブロフが調べたのは、「犬が唾液を出す」という現象だけじゃない。他にも様々な事を調べている。

 例えば唾液の成分だ。本書では二種類を紹介している。一つは美味しい食べ物に反応する唾液で、これはムチン(→Wikipedia)を含む。しかも、同時に胃や十二指腸は消化の準備を始めている。私たちの体は、ベルトコンベア式の優れた消化工場なのだ。

 もう一つは、嫌な味のもの、からし油や塩を与えた場合。この時の唾液は「ほとんど水」で、つまりは洗浄水だ。たかが唾液だけど、目的によって成分を調整しているのだ。体って凄い。

 俗説じゃパブロフはベルの音と餌を関連付けたことになっている。だが、実際は様々な刺激で反応を導きだした。閃光・物体の回転の方向・物体の形・メトロノームのテンポの違い・音の高さ…

 ここまで読んで、やっと私は気づいた。つまり、パブロフは、現在の動物実験の基礎を築いたのだ。マウスに迷路を走らせたり、餌の数を識別させたり、ミラーニューロンに気づいたり。こういった実験は、みなパブロフが見つけた条件反射が基礎にある。

 ちなみにパブロフ先生、実はかなり犬好きで、実験動物の犬も名前をつけて可愛がっていたとか。

 それとは違う意味で、科学者の本性を感じるのが、「第5章 ルイージ・ガルヴァーニ 動物電気」。ガルヴァーニはカエルの肢に電気を流して痙攣させ、アレッサンドロ・ボルタと対立しながら、電池の理論の基礎を固めてゆく。このどこに科学者の本性があるのか、というと。

 ガルヴァーニの没年は1798年。今ざっと Wikipedia で調べた限りじゃ、電気が役に立ちそうな気配が漂うのは1753年の静電気電信機で、実際に電信が使い物になるのは19世紀に入ってから。とすると、ガルヴァーニがカエルを相手に格闘していた頃は、電気が何の役に立つのか、ほとんど何もわかっていない。

 つまりガルヴァーニは、単に電気の正体が知りたかっただけなのだ。科学者ってのは、そういう生き物なのである。「知りたい」、ただそれだけのために、何年も頭を抱えて考え込み、しち面倒くさい実験を繰り返す、そういう生物らしい。だから「それが何の役に立つ?」なんて尋ねても無駄なのだ。わははw

 もっとも、先の Wikipedia の記事を見る限り、ファラデーが1831年に電磁誘導を理論化する前に、色々な形で電信を実用化する試みがなされている。案外と世の中は理論→応用ではなく、応用→理論の順で事が運ぶケースも多いみたいだ。

 それを実感するのが、「第7章 ジェームズ・ジュール 世界はどのように仕事をするのか」。ラヴォアジェの質量保存則と並ぶ科学の基本、エネルギー保存則を見つけた人である。もともと彼が考えていたのは、いわば電気力発電みたいなモノだった。

 モーターを作る際、電磁石の強さは電流の二乗に比例する事に彼は気づく。「なら電流を二倍流せばモーターは四倍強力になるよね、おお、無限エネルギーだヤッホー」。

 ところが、やってみるとうまくいかない。電流を増やしても、コイルが熱くなるだけ。その代わり、奇妙なことにジュールは気づく。電池を倍にすると、コイルの熱は四倍になる。「もしかして、電気のエネルギーは熱に変わったんじゃね?」熱力学の受胎である。

 これらの理論化は1840年代だ。だが、ジェームズ・ワットの蒸気機関改良はは1769年。こちらも、理論より先に応用そして産業利用が始まっている。案外と理論は応用の後を追うらしい。改めて考えると、弓矢もニュートンが運動エネルギーを考える遥か以前にできているし、弦楽器も音楽理論より前に出現してるんだよなあ。

 最後の「第10章 ロバート・ミリカン ボーダーランドで」は、電子の重さを測る実験だ。単に測るだけじゃなく、それがとびとびの値であることを確認している。今でこそ電子は常識だが、当時としては画期的な発見だったろう。

 …は、いいけど、改めて考えると、電子1個と陽子1個の電荷は、符号が逆で絶対値は同じって、なんか不思議だよなあ。いや量子力学をちゃんと学べばわかるんだろうけど。

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2019年9月13日 (金)

石川宗生「半分世界」東京創元社

その家はドールハウスさながら、道路側のおよそ前半分が綺麗さっぱり消失していた。
  ――半分世界

「だとしても、こんなになにもないところに999の路線ですよ」
  ――バス停夜想曲、あるいはロッタリー999

【どんな本?】

 「吉田同名」で2016年の第7回創元SF短編賞を受賞した新鋭SF作家・石川宗生のデビュー短編集。

 ごく普通の月給取りが何の前兆もなく突然19329人に増殖してしまう「吉田同名」、半分にぶった切られ外から丸見えの家で暮らす四人家族及び彼らの追っかけを描く「半分世界」、町の全部をフィールドとしたサッカー?が延々と続く「白黒ダービー小史」、と、異様な状況に直面しつつも常識的?に生きる人々を克明に描く、すっとぼけた作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年1月26日初版。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約291頁に加え、飛浩隆の解説9頁。9ポイント43字×19行×291頁=約237,747字、400字詰め原稿用紙で約595枚。文庫本なら普通の厚さ。

 文章はこなれていて読みやすい。一応はSFとしたが、難しい理屈は全く出てこない。ただし「突然サラリーマンが19239人に増殖する」「半分にぶった切られた家で普通に暮らす」など、かなりイカれた設定で話が進むので、それを受け入れられるか否かで好みが分かれるところだろう。

【収録作は?】

 それぞれ作品名/初出。

吉田同名 / 「アステロイド・ツリーの彼方へ 年刊日本SF傑作選」2016年6月
吉田大輔、36歳、サラリーマン。妻と幼い息子が一人。三年前、仕事を終え駅から家に向かい歩く途中で、突然19329人に分裂/増殖してしまう。すべての吉田氏は体格も記憶も性格も同じだが、意識はそれぞれ独立している。人間がいきなり増殖した事件に社会は混乱し…
 クレイジーな設定で筒井康隆と比べられる著者だが、私はドリフターズの「もしもこんな…」シリーズのコントを連想した。一頁目の「そう語るのは吉田大輔氏の一人、吉田大輔氏である」で大笑い。もっとも、設定こそイカれているものの、語り口はあくまでも落ち着いていて真面目なのが、かえっておかしさを盛り上げる。奥さんの小代子さんの通報も、実にまっとうなんだけど、受ける方も困るよなあw いずれにせよ、出てくる人はみんなマトモで常識的で冷静なのに、そこに描かれる風景がいちいち狂ってるのが楽しい作品。
半分世界 / ミステリーズ!vol.80 2016年12月
ある朝、藤原さんの家は前半分が消え、表から丸見えになっていた。にも関わらず、藤原一家は何事もなかったように暮らしている。翻訳会社の副社長を務めるケンスケ氏、落ち着いた雰囲気のユカ夫人、引きこもりだのカズアキくん、華やかな女子大生のサヤカちゃん。向かいの森野グリーンテラスには、藤原家に注目するフジワラーと呼ばれる者たちがタムロし…
 注目されつつも普通に暮らす藤原一家よりも、彼らに注目するフジワラーたちの生態が楽しい作品。ビートルマニアにもジョン派・ポール派・ジョージ派・リンゴ派があるように、フジワラーにも様々な派閥があり、また各派閥の中でも様々な主張を持つ者たちが喧々囂々の議論を繰り広げるあたりは、ネット上でのヲタクたちの論争を見るようだ。とまれ、そんなコミュニティも藤原家との「見られる者・見る者たち」な関係があってこそ成り立つわけで、「もっと深く藤原家を知りたい」気持ちと、現在の関係を保ちたい気持ちの葛藤は…
白黒ダービー小史 / Webミステリーズ! 2017年8月
長方形をしたその町では、昼夜を問わず白黒ダービーが続いている。町全体がフィールドだ。戦っているのはホワイツとブラックス。南と北の端にスタジアムがあり、ゴールマウスがある。住民も白と黒に分かれ、勢力は拮抗している。ゲームは延々と続き…
町全体をフィールドとした、いつ始まったのかさえ不明なサッカー?のゲームを続ける町を舞台に、ロミオとジュリエットみたいな恋を絡めたお話。それこそ世紀単位で続くゲームを、爽やかなスポーツ物みたく描くトボけた芸がたまらないw 特に後半に出てくる、かつてキーパーだったトムじいさんがいい味出しまくりw なにせフィールドもやたら広いだけに、ルールも奇妙奇天烈だし、ゲームも歴史になってるあたりが、もうねw なんかいい話みたくまとめてるあたりも、なんなんだw
バス停夜想曲、あるいはロッタリー999 / 書き下ろし
バスを降りる。471番のバスに乗り換える予定だ。日差しが強い。赤茶けた道が交差する十字路。ここには001番から999番のバスが止まる。なのに、近くにあるのは大きな岩が幾つか、サボテンと灌木。他には売店も何もない。バスが来るのは1時間に1~2本。471番は来ない。付近の岩陰では、何人かづつが固まってバスを待つ。バスが来るたび、人は入れ替わる。最初に話をした男は、三日間も待っている、と言った。
 うおお、騙されたw 最初は、恐らく中南米を舞台とした貧乏旅行記かと思った。お互いバスを待つ間だけの、一時的な仲間たちの、他愛のない会話劇かと。集団内に一応のルールはあるが、別に文書化されているわけじゃない。日々仲間は入れ替わり、わずかな期間でで新人がベテランになってしまう。
 安宿の大部屋を泊まり歩く長い旅の経験があるなら、「あるよね、そういうの」などと馴染みの宿を懐かしんだり。以前の旅人の置き土産が珍重されてたり、一時的なあだ名で呼び合ったり、物々交換したり。「あるほど、安宿の大部屋をバス停に変えたのか、面白い工夫だねえ、雰囲気も良く出てるし」なんて思っていた。
 ところが、次の節に入ると、話は微妙に方向にズレていく。が、前の節の終わり方から、次の節への変化が、「うん、まあ、そういうのもアリかな」なんて勝手に納得しつつ読み進めていくと…
 いやあ、実にお見事。あんな貧乏ったらしい幕開けから、こんな物語世界へと広げてゆくとはw とにかく、騙りの魅力にあふれた、鮮やかな馬鹿話w いいなあ、こういう人を喰った駄法螺ってw

 前に読んだのが、やたらと重厚長大な本なので、思いっきりお馬鹿な本を読みたいと思って選んだ本なのだが、これが大当たり。存分に楽しませてもらいました。これだからSFはやめられない。

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2019年9月10日 (火)

バーバラ・W・タックマン「遠い鏡 災厄の14世紀ヨーロッパ」朝日出版社 徳永森儀訳 2

シャルル五世「彼ら(イングランド軍)をほっておけ。彼らは自滅するだろう。」
  ――第17章 クシーの出世

「われわれは同じ両親、アダムとイヴの子孫ではないのか?」
  ――第18章 獅子に立ち向かう地の虫

前もって地形を偵察することは、中世の戦争行為の一部ではなかった。
  ――第19章 イタリアの魅惑

金がなければ戦いもないというのが、騎士の時代の標準であった。
  ――第19章 イタリアの魅惑

聖職者フィリップ・ド・メジアー「世界の偉大なる貴婦人の一人――虚栄――に対する騎士道的愛によって動機づけられた贅沢と訓練不足によって崩壊した、前回の軍事作戦と同様になるであろう」
  ――第26章 ニコポリス

ハンガリー国王シギスムント「我らはこうしたフランス人の誇りと虚栄によって敗北した」
  ――第26章 ニコポリス

裁判の前に、彼女(ジャンヌ・ダルク)のおかげで王冠を手にしたのにシャルル七世も、またフランス側の誰も、彼女を身代金を払って取り戻したり、救う努力をしなかった。恐らくその理由は、一人の村娘によって勝利に導かれたことに対する貴族の恥辱によるものであったろう。
  ――エピローグ

 バーバラ・W・タックマン「遠い鏡 災厄の14世紀ヨーロッパ」朝日出版社 徳永森儀訳 1 から続く。

【どんな本?】

 凶作が続き、黒死病が猛威を振るった、14世紀のフランス。庶民の苦しみをよそに、騎士たちは贅沢に明け暮れ、貴族らは勢力争いに執心し、ついには教皇庁まで分裂してしまう。戦争に慣れた男たちは傭兵団コンパニーとして各地を荒らしまわり、または金で雇われ戦場で略奪を堪能する。そんな折、東から不吉な足音が迫っていた。

 当時のフランスの有力貴族、クシー領主アンガラン七世(→Wikipedia)を中心に、14世紀フランスの全てを描き出そうとする、巨大な歴史書。

【全般】

 第一部では、14世紀フランスをじっくりと描き、当時の人々の暮らしや勢力争いなどの背景を書き込んでいった。この第二部では、やっと主役のクシー領主アンガラン七世が表に出てくる。そのためもあってか、登場人物も王や貴族が中心となり、複雑な人間ドラマが展開してゆく。

【クシー】

 主役クシーの立場は、日本の江戸時代だと加賀前田蕃が近いだろうか。格も勢力も尾張・紀州・水戸の御三家に次ぐ実力者だ。跡目争いもあり、時として江戸に対抗しがちな御三家に対し、ほぼ王=将軍に忠実で、信頼も厚い。

 加えて、平和だった江戸時代と違い、当時のフランスは内外共に戦争が多い。フランスばかりかイタリアやチュニス、そしてハンガリーにまで出征している。その戦場の多くでクシーは戦い、優れた戦績をあげた。

 この本は、クシーを主人公としながらも、あまり人物像には踏み込まない。あくまでも歴史書であって、小説ではない、そういう立場だ。契約書や請求書などの事務的な文献から、彼の姿を浮き彫りにしようとしている。対して、彼の周囲の人物、例えば国王シャルル五世・六世は、本書の描写でぼんやりとだが姿形が思い浮かぶだけに、そんな著者の姿勢は何か意図がありそうだ。それが何なのかはわからないけど。

 波乱万丈の権力抗争が展開する中で、クシーは修羅場を巧みにかいくぐり、領地と財産を着実に増やしていったようだ。特に外交の手腕は見事で、縁戚を利用したイングランドや毒蛇が絡み合うイタリアなど、あちこちでフランスの命運を左右する重要な外交問題に関わっている。

 戦場に出ることも多く、何度も外征に従事し、生還を果たしていることから、軍人としても秀でていたのがわかる。ただし、戦略よりは自らの政治的な立場を重んじるタイプで、これがニコポリスの戦い(→Wikipedia)では命取りとなった。

 全般として、賢明で穏健な保守派、といったところか。理性的で賢いが、あくまでも当時の常識の範疇であり、時代の枠を壊すまでには至らない、そういう人だろう。

【庶民】

 騎士やコンパニーに痛めつけられ続けた庶民たちは、第二部でも何度も反乱を起こす。たいていは鎮圧されるのだが、唯一の勝利がスイスのゼンパッハの戦い(→コトバンク)。

 この戦いには、大きな意味がある。既にクレシーの戦い(→Wikipedia)やポアティエの戦い(→Wikipedia)で前兆があったように、騎士の時代が終わりつつあったのだ。

 地元ならではの地の利があったこと、起伏の多い地形で騎士お得意の騎馬突撃が活かせなかったこと、指揮が統一されていたことなど、いくつかの条件が重なったんだろうが、騎士が無敵という伝説は崩れてきた。

 それを予感してか、フランスも14世紀末に庶民を戦力に加えようと、庶民による弓部隊の結成を考えるが…

弓と大弓の練習が非常に普及した期間の後、貴族たちは、庶民が貴族の領地に反対するのに効果的すぎる武器をもつことになることを恐れ、(ダイスやトランプなどの)ゲーム禁止を廃止することを主張した。
  ――第25章 失われた機会

 反乱を恐れて軍事力の強化をワザと怠る。現代でもアラブなどの専制国家でよく見られる現象ですね。

【ニコポリス】

 こういった貴族や騎士の傲慢は、「第26章 ニコポリス」で頂点に達し、一気に転げ落ちてゆく。

 タイトル通り、描かれるのはニコポリスの戦い(→Wikipedia)。台頭しつつあるオスマン帝国が、ドナウ川を遡って西へと向かって進撃を始める。これを迎え撃つために、ハンガリー国王シギスムントが十字軍を要請、フランスの騎士を中心としたキリスト教軍が現ブルガリアのニコポルを攻めた戦いだ。

 この章は第二部の要約みたいな感がある。つまり、騎士の愚かさを、これでもかと執拗に描き出しているのだ。

 出発前から大行列と大宴会で無駄に金と時間と物資を浪費する。浪費は道中も同じで、食料が尽きれば途中の村や町を襲って強奪・虐殺三昧。どう見てもただのならず者集団だ。

 ここで、困ったことに緒戦でクシーが鮮やかな勝利を挙げてしまう。敵の前衛を騎兵で突つき、ワザと退却して追っ手をおびき出し、伏兵が待っている所に誘導して、袋叩きにする。チンギス・ハンのモンゴル軍が得意とし、薩摩は釣り野伏せ(→Wikipedia)と言い、イスラエル軍の戦車部隊は機動防御と呼ぶ手口だ。古今東西を問わず、こういう戦術ってのは、おおきく変わらないのもらしい。

 まあいい。なまじ緒戦で大戦果なだけに、騎士たちの気勢はあがる。そうでなくともつけあがりやすい連中な上に、クシーに功名を独占されちゃたまらん、などと考え始め…

 軍における統制がいかに大切か、ひしひしと感じさせてくれる一章だ。もっとも、当時の軍は現代の軍と全く違って、そもそも組織としての統一した指揮の下にないんだけど。もっとも、これは軍に限らず、政府からして強力な貴族の緩い連合にすぎない事が、本書の全編を通して伝わってくる。

【最後に】

 何せ文庫本にしたら五冊になろうかという巨大な著作だ。「テーマはこれ」と一言でいうのは難しい。ただ、当時の「国」が、現代の「国家」とは全く違う姿であるのは、充分に伝わってくる。また、華やかな面ばかりが描かれる「騎士」も、実態はヤクザと変わりない、どころか警察が発達していない分、ヤクザ以上にタチの悪い連中だとわかる。

 じっくりと描かれた、14世紀フランスを中心とした中世の西欧世界。物理的にも相当な重さなので通勤列車で読むのはつらいが、否応なしに「こことは違う世界」へと連れていかれる、本格的な歴史書だ。

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2019年9月 6日 (金)

バーバラ・W・タックマン「遠い鏡 災厄の14世紀ヨーロッパ」朝日出版社 徳永森儀訳 1

中世の時代の人々は、私たちの環境とはとても異なった精神的、道徳的、物理的な環境のもとに生きたので、異国の文明を形成するほどであった。
  ――まえがき 時代、主人公、障害物

中世が近代と異なるすべての特徴のうち、子供に対する比較的な無関心ほど目立つものはほかにはない。
  ――第3章 青春と騎士道

(ペストの)実際のキャリアーである鼠と蚤について14世紀は何の疑いももたなかった。それは多分それらがとても身近だったせいだろう。
  ――第5章 「これぞ世の終わり」 黒死病

彼(ロベール・コック)は当時としては大きな、76冊の蔵書を持っていた…
  ――第7章 破壊されたフランス 自由民の台頭と百姓一揆

どのくらいの割合の農夫が裕福で、どのくらいが貧乏かは、彼らが遺贈した物によって判断される。極貧の農夫たちは何も残す物はなかったので、無言のままである。
  ――第7章 破壊されたフランス 自由民の台頭と百姓一揆

人頭税と竈税の証拠によると、女性の死亡率は20~40歳では男性より高く、その原因は出産と病気にかかりやすいことだったと推定される。
  ――第9章 アンガランとイザベラ

司祭が管区司教から愛人をもつ許可を買うことができたら、一体彼はどうしてふつうの罪人以上に神により近づくことができようか。
  ――第14章 イングランドの混乱

彼(フランス国王の哲学顧問ニコラ・オレスム)の書物の一つは「地球はボールのように丸い」という文章で始まっていて、彼は地球の自転の理論を仮定した。
  ――第15章 パリの皇帝

【どんな本?】

 14世紀、フランス。気候は小氷期に突入して凶作が続き、英仏百年戦争に悩まされ、黒死病が猛威を振るい、農民の一揆が頻発し、無法者集団コンパニーが国土を荒らしまわる中に、騎士道の花が咲く中世。

 その頃の人々は、何を考えていたのか。聖職者は、貴族は、騎士は、都市の市民は、そして農民は、どのように暮らしていたのか。英仏百年戦争の実情は、どんなものだったのか。

 主人公はアンガラン七世(→Wikipedia)。フランス北部の大貴族でありながらも、イングランド国王エドワード三世の娘イザベラを妻とし、一時期はガーター勲章(→Wikipedia)も与えられた、複雑な立場の人物である。

 「愚行の世界史」「八月の砲声」など、大量の資料に支えられた重厚な歴史書を得意とするバーバラ・W・タックマンによる、14世紀フランスの綿密なスケッチ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Distant Mirror : The Calamitous 14th Century, by Barbara W. Tuchman, 1978。日本語版は2013年9月26日初版発行。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約1,007頁に加え、まえがき23頁+訳者あとがき9頁。9ポイント25字×20行×2段×1,007頁=約1,007,000字、400字詰め原稿用紙で約2,518枚。文庫本ならたっぷり5冊分ぐらいの巨大容量。通勤電車で読むと腕の筋肉が鍛えられマッスル。

 文章は、少々読みにくい。外交文書的っぽい皮肉や二重否定がよく出てくる。また、組み立て方も不親切だ。「主語A→主語B→述語B→述語A。」みたく、入れ子になった文が多い。「主語A→述語A。主語B→述語B。」と、二つの文に分ければわかりやすいのに。

 内容はかなり親切だ。しつこいぐらい細かく時代背景を説明しているので、西洋史をほとんど知らなくても、充分についていける。本書内にも地図があるが、地図帳を用意すると便利だろう。また、登場人物が極めて多いので、できれば人名索引か主な登場人物一覧が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

  • 凡例/地図と図版/まえがき
  • 序章 意識の問題
  • 第1部
  • 第1章 「われはクシーの殿なり」 王朝
  • 第2章 災いの中に生まれる 14世紀
  • 第3章 青春と騎士道
  • 第4章 戦争
  • 第5章 「これぞ世の終わり」 黒死病
  • 第6章 ポアティエの戦い
  • 第7章 破壊されたフランス 自由民の台頭と百姓一揆
  • 第8章 イングランドでの人質
  • 第9章 アンガランとイザベラ
  • 第10章 無法の息子たち
  • 第11章 金色に塗られた屍布
  • 第12章 二重の忠誠の義務
  • 第13章 クシーの戦い
  • 第14章 イングランドの混乱
  • 第15章 パリの皇帝
  • 第16章 教皇庁の大分裂
  • 第2部
  • 第17章 クシーの出世
  • 第18章 獅子に立ち向かう地の虫
  • 第19章 イタリアの魅惑
  • 第20章 第二のノルマン征服
  • 第21章 虚構の亀裂
  • 第22章 バーバリ攻囲
  • 第23章 暗い森の中で
  • 第24章 死の舞踏
  • 第25章 失われた機会
  • 第26章 ニコポリス
  • 第27章 暗雲天空にたれこめよ
  • エピローグ
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 まさしくスケッチだ。単行本で一千頁を超える大著だけに覚悟はしていたが、思った以上に解像度が高く、視野も広い。

 上の構成にあるように、全体は二部に分かれる。第一部では、時代背景をじっくり描く。一応、アンガラン七世が主役なのだが、彼は第一部じゃほとんど出てこない。

 じゃ第一部は何を書いているのかというと、舞台となる14世紀フランスの社会をじっくりと描いてゆく。ちなみに今は第一部を読み終えたところで、第二部の中身は皆目見当がつかんです、はい。

 14世紀というと、中国では元が衰えて明が成立し、中東ではオスマン朝が台頭し始めた頃だ。日本だと鎌倉末期~南北朝を経て室町初期にあたる。その頃のフランスの雰囲気は、日本の戦国時代が近い。世は戦乱で乱れ、群雄が割拠し、野盗が暴れまわる、そんな雰囲気である。フランス全土、というか西ヨーロッパ全体がソマリア状態とでも言うか。

 私は当時のフランスをほとんど知らない。せいぜい佐藤賢一の小説「双頭の鷲」と「赤目のジャック」ぐらいだ。「双頭の鷲」は英仏戦争でフランスの大元帥ベルトラン・デュ・ゲクランを描く痛快な活劇で、「赤目のジャック」は農民の一揆ジャックリーの乱を扱った歴史小説だ。いずれも本書に少しだけ出てくる。

 そのベルトラン・デュ・ゲクラン、「双頭の鷲」だと不細工に描かれていた。これは本書も同じで、「鎧を着た雄豚」と扱いが酷いw それでも「双頭の鷲」じゃ粗野で教養はなくても性格は愛嬌があり戦えば無敵な男と、主役らしい扱いだったが、本書ではよく言っても野盗の大親分でしかない。

 これは当時の欧州の軍事状況のためだ。今と違い、当時の国は常備軍を持っていない。そもそも国って概念すら怪しい。領主がそれぞれ騎士を抱えている。つまり軍事的には独立した小国が乱立しているようなものだ。その領主が国王に忠誠を誓う事で国になる。だから英仏の戦争になると、領主は情勢により英国についたりフランスについたりする。

 そんなんだから、司令官も統制が取れない。この弱点を突いたのが黒太子(→Wikipedia)で、本書でもホアティエの戦い(→Wikipedia)を細かく描いている。

 もっとも、その騎士たちも、巷で言われる騎士道とはかなり姿が違う。そもそも当時の軍はロクな補給がない。だから戦場近辺の村や町を略奪して糧食を奪うのである。こういった姿は「補給戦」にも出てきた。ばかりか、ついでに農民を殺し作物を焼き果樹を倒し家や農機具を壊し馬や牛を奪う。そうやって、敵領主の歳入を潰すのである。つまり焦土作戦だ。当時の軍隊は、そこに居るだけで迷惑千万な連中なのだ。

 しかも、戦争で主に殺されるのは歩兵である。馬に乗った騎士など身分の高い者は、なるべく生かして捕虜にする。後で身代金を取るためだ。身分の低い歩兵は、身代金が取れないので、その場で殺す。

 そんなワケで戦争はロクなモンじゃないが、戦争が終わっても農民の苦しみは続く。当時は常備軍がない。将兵の多くは臨時雇いの傭兵である。傭兵は戦いが終わったらお払い箱だ。だが仕事はなくても腹は減る。じゃ、どうするか。

 コンパニーとなる。傭兵隊長を中心に徒党を組み、町や村を襲って腹と財布を満たすのだ。流れの野盗団だね。これが数人ならともかく、千人単位で群れてるからタチが悪い。しかも領主や騎士は、連中の始末に関心がない。ツケ上がったコンパニー、しまいには教皇まで脅す始末。ビビった教皇は…

教皇(ウルバヌス五世)は躊躇せずに言った。「彼ら(コンパニーたち)にそれを与えよ。もし彼らがこの国を立ち去るのであればだが。」
  ――第10章 無法の息子たち

 「金を払うから出て行ってくれ」、そういうワケだ。そんなコンパニーを始末するためにも戦争が必要で、十字軍もコンパニーを追い払う目的で派遣してたり。こういうのって、現代のサウジアラビアがジハーディストに悩んでアフガニスタンに叩き出すのに似てるなあ。

 などと踏んだり蹴ったりな農民を、更に黒死病が襲う。頼みの綱の教会は腐敗し、そのスキに乗じてカルトが流行る。鞭打ち苦行者の姿は、まるきしイランのターズィエ(→Wikipedia)だ。当時の人々は殺伐とした見世物が大好きで…

モンスの市民たちは、隣の町から死刑の判決を受けた犯罪者を買って、彼が四つ裂きにされるのを見るのを楽しみにした。
  ――第6章 ポアティエの戦い

 そんな奴らがユダヤ人の虐殺を煽ったからたまらない。ちなみにこの時も「ユダヤ人が井戸に毒を入れた」なんてデマが流れてる。関東大震災でも「朝鮮人が井戸に毒を入れた」と流言されたし、災害が起きた時に「マイノリティが井戸に毒を入れた」というデマが流行るのは、人の世の常らしい。まあ今は水道が普及してるんで、別の形に姿を変えるんだろうけど。

 話がそれた。そんな風に痛めつけられた農民が立ち上がったのが、「赤目のジャック」描くところのジャックリーの乱(→Wikipedia)。このあたりを読んでいると、「農民が怒るのも当たり前だよなあ」と思えてしまう。結局は戦闘に慣れた騎士たちに制圧されるんだが、私の感想としては「結局、権力者ってヤクザと同じだよね」な気分になってしまう。

 などの大きな流れ以上に、本書の最大の魅力は、キッチリと書き込まれた細かい部分だろう。庶民の暮らしや軍の様子もそうだが、宮廷料理もメニューをキッチリ再現してる。これが実に野趣に富んでいて、牛骨髄のリッソウルはともかく兎肉のシチュー・ヒバリ肉の練り物・ヤツメウナギ・白鳥・クジャクと続く。上流階級は偏食じゃ務まらないのだ。

 そんなわけで、個々の人物より、綿密な調査によりビッシリと書き込まれた当時の人々の暮らしこそが、この本の第一部の魅力だろう。農民を虐げて喜んでる騎士の実態や、大学図書館の蔵書が千冊だったり、また糞尿の処理も調べてあって、そういう細かい所が面白い。まあ、そういう事なので、第二部の記事はしばらく後になります。

 どころで、なぜ日本では黒死病が流行らなかったんだろう?

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2019年9月 1日 (日)

SFマガジン2019年10月号

137機動旅団には、伝統ともいえる不文律があった。どれほど過酷な戦闘であっても、決して非戦闘員を傷つけてはならない。
  ――谷甲州「137機動旅団 新・航空宇宙軍史」

あそこへいかなきゃ。なぜかはわからないが、あの都に行かなきゃ。あそこにたどりつきさえすれば、それ以外のことはもうどうでもいい。
  ――ジーン・ウルフ「金色の都、遠くに在りて」酒井昭伸訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は三つ。メインは「神林長平デビュー40周年記念特集」、次いで「ジーン・ウルフ追悼特集」。特集とは言ってないけど「なめらかな世界と、その敵」刊行記念は伴名練の小特集と言っていいよね。

 小説は8本。

 まず「神林長平デビュー40周年記念特集」で短編「鮮やかな賭け」。「ジーン・ウルフ追悼特集」は4本、「ユニコーンが愛した女」柳下毅一郎訳,「浜辺のキャビン」村上博基訳,「太陽を釣り針にかけた少年」中村融訳,「金色の都、遠くに在りて 前編」酒井昭伸訳。

 連載は2本。椎名誠のニュートラル・コーナー「みんなかたぶつばかり」,夢枕獏「小角の城」第55回。

 そして読み切りが凄い。なんと谷甲州「134機動旅団 新・航空宇宙軍史」450枚を一挙掲載だ。

 まず神林長平「鮮やかな賭け」。わたしの許嫁は、ろくでもない男だ。見かけだけはいいが、何も考えてない。村の女には人気があるせいで、わたしは妬まれてしまう。その許嫁が変な賭けを持ち出した。「ぼくが丸一日、女と口をきかないでいられるかどうか」。受けたのはいいが、あの男が負けを認めるとは思えない。そこでオバアに相談に行ったが…

 最初は、文明化以前か、または文明崩壊後らしき舞台で、若いカップルのいさかいで話が始まる。が、オバアが登場するあたりで、色々とあやしくなってきた。以後、読者が思い込んでいた舞台設定はコロコロと裏切られ…。デビュー当時、P. K. ディックとよく比べられた著者らしく、オマージュも散りばめて、短い中に芸をギュッと詰めこんだ作品。

「ジーン・ウルフ追悼特集」の最初は「ユニコーンが愛した女」柳下毅一郎訳。遺伝子操作で作られたユニコーンが、大学のキャンパスに逃げ出した。遅れたら軍隊に射ち殺されてしまう。なんとか無事に逃がそうと、教授のアンダーソンとデュモンは急ぐ。学生たちがユニコーンを取り囲む中、一人の女生徒が飛び出し…

 そうか、ユニコーンも眼鏡っ娘が好きなのか←そうじゃない こういう幻獣を扱った話は、ラリイ・ニーヴンのシリーズもあったなあ。あれとは違って、本作はテクノロジーが生み出した生物。途中でアンダーソンが語る、ユニコーンの由来が楽しい。

 続いて「浜辺のキャビン」村上博基訳。ティモシーの父ライアンは、アイルランドから来た。今は政治家として成功している。息子のティモシーは、恋人のリッシーと浜辺のコテージでくつろいでいる。その日、ティモシーは船を見た気がした。マスト徒と帆、そして煙突を備えている。そして次の朝…

 アイルランド出身、七番目の息子、そして名前がティモシー・ジュニア。それぞれ深い意味がありそうなんだけど、私にはよくわからない。とまれ、最後のオチは鮮やかで、ちょっとフレドリック・ブラウンなど50年代のSF短編の香りがする。

 「太陽を釣り針にかけた少年」中村融訳。3頁の掌編。アトランティスの浜辺。若く愚かだった太陽は、少年の投げた餌に食いついてしまった。太陽は暴れ、または死んだふりをして逃れようとするが、少年は釣り竿を巧みに操って、太陽を逃がさない。

 馬鹿話のような、童話のような、または異国の民話のような。

 「金色の都、遠くに在りて 前編」酒井昭伸訳。ウィリアムは高校生。このところ、いつも同じ夢を見る。砂浜にいて、遠い山のむこうに美しい都がある。さまざまな高さの数かぎりない金の塔がそびえたち、色とりどりの旗が翻っている。そこに向かってウィリアムは歩き始める。いくつかの砂丘を越え入り江にさしかかったとき、金のリンゴを持つ裸の若く美しい娘に出会い…

 夢の中で裸の美少女や毛の長い犬に出会うティモシーは、それをノートに書き留めてゆく。やがて現実でも憧れの娘スーと仲良くなり、なんて展開は、最近流行りの異世界転生物を思わせる展開。金のリンゴを持つ美少女は見当がついたけど、ソコに冷静に突っ込むんかいw

 谷甲州「137機動旅団 新・航空宇宙軍史」。惑星ジャヌーは、多くの国が争っている。そこに地球系の住民が大挙して移住し、少数派ながらも支配権を握り、技術レベルも20世紀後半程度に凍結した。これに不満を抱いた原住民は武力で蜂起する。

 これを抑えるため、航空宇宙軍は137機動旅団を投入した。陸戦隊では最強と言われる部隊だ。中でも矢沢少尉が率いる偵察大隊は、最も危険で厳しい役割を受け持つ。先陣として敵の拠点に強行着陸し、橋頭保を確立し本体到着まで維持する。また敵の情報が不足している際は、強引に攻撃することで敵の出方を窺う場合もある。今回の目的は、ジャヌー上の軍事大国ドムジェの国家防衛軍を制圧すること。

 大気圏に突入し、着陸予定地点に向かう輸送機は、猛攻撃を受け…

 文句なしの長編を一挙に掲載だ。太っ腹だなあ。軌道上から急襲し、「アーマー」で暴れまわる偵察大隊は、ハインラインの名作「宇宙の戦士」とタブる。役割も似たようなものだ。ただし、「宇宙の戦士」の軌道歩兵は、一発食らわしてすぐ引きあげるのに対し、今作の偵137機動旅団は敵地を占領するまで居座るのが違う。この差は大きい。

 元は1979年発表の短編だから、ベトナム戦争を意識した作品だろう。しかし、作品の衝撃は全く衰えていない、どころか更に鋭さを増している。悲しい話だ。現代だと、イラクやアフガニスタンを思い浮かべながら読むといい。兵器の性能でも将兵の練度でも、米軍は圧倒的な優位だ。にも関わらず、いつまでたっても平定できない。そんな米軍の姿が、137機動旅団の姿に重なって見えてくる。

 これは偵察大隊の職務にも表れている。強行着陸&橋頭保維持はともかく、問題は威力偵察だ。その目的は、敵のドクトリンのデータを集めること。

 これがいかに馬鹿げた話か。

 ドクトリンのデータを集めるとは、突き詰めれば相手の考え方を理解するって事だ。相手が何を考えているかわからない、だからとりあえずブン殴って様子を見る。偵察大隊の職務は、そういう事だ。愚かにもほどがあるが、実際にイラクやアフガニスタンで USA はそういう真似をやらかしている。詳しくは「ブラックフラッグス」や「アメリカの卑劣な戦争」をどうぞ。

 などの重く苦しい主題は置いて。それ以外は全編が戦闘シーンと言っていいぐらいの、派手な爆発炎上の連続だ。しかも、キッチリと現代の軍事技術を取り込んでいる。冒頭の対空防衛網のあたりは、「エア・パワーの時代」の予言そのもの。戦い方によっては航空戦力があまり頼りにならないのは、シリア内戦が証明している。

 陸上の戦闘でも、圧倒的なテクノロジーと火力を誇る偵察大隊が、ヒヤヒヤする場面の連続だ。ハイテクの塊「アーマー」を着ていても、通信が切れると途端に強い不安に襲われる。こういう場面では、戦場で絆が培われる理由がわかる気がする。隣に戦友が居る、それだけで随分と心強くなるのだ。

 今までのSFは、原住民の視点で描かれることが多かった。それを敢えて航空宇宙軍の視点で描くことで、ただでさえ重厚なテーマが更に息苦しさを増している。CNN が映す砲火の下で、何が起きているのか。それを私たちに見せつける、衝撃の作品だ。

 最後に、どうでもいい話だが。

 SFマガジンの文字数がどれぐらいか、計算が面倒臭いので今まであまり考えなかった。が、今回の谷甲州「134機動旅団 新・航空宇宙軍史」で、大雑把に見当がついた。この作品、約110頁を占めてる。450枚で110頁なら、1頁あたり約4.1枚だ。挿絵や広告が入ってるし、記事によってレイアウトも違うから、かなりの誤差が出る。それでも、376頁なら1,542枚で、文庫本なら上中下の三冊分ぐらいの文字数、と計算できた。いや「それが何の役に立つのか」と聞かれたら答えられないけどw

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