ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2
文明とは、全住民が知り合い同士でないほどの広さの町々における生活術を指す。
――第2部 歴史の証言 第1章 神、墓、偶像神々は誰かの想像から生まれた虚構などでは断じてなく、それは人間の意志作用だった。神々は人間の神経系、おそらくは右大脳半球を占め、そこに記憶された訓戒的・教訓的な経験をはっきりした言葉に変え、本人に何をすべきか「告げた」のだ。
――第2部 歴史の証言 第2章 文字を持つ<二分心>の神政政治神々の崇拝において祈りが中心的な位置を占める行為として顕著になるのは、もはや神々が人間と(「申命記」第34章10節の言葉を借りれば)「面と向かって」話さなくなってからだ。
――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化ごく最近まで、偶然という概念はいっさい存在しなかった
――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化以上、前兆占い、籤占い、卜占、自然発生的占いという占いの四つの主要な型を見てきた。ここで注意したいのは、それらは思考や意思決定が、自己の精神の外側からもたらされる方法だと考えられる点と、それらはこの順番で意識の構造にどんどん近づいているという点だ。
――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化意識の特徴である時間の空間化がなければ、歴史は誕生しえない
――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化意識の出現は、(略)聴覚的な心から視覚的な心への転換と解釈できる。
――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識『イーリアス』には隠し事がない。
――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識意識と道徳は一体となって発達する。
――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識旧約聖書とは本質的に、<二分心>が失われ、残存するエロヒムが穏やかに沈黙の中へと後退し、それに続いて混乱と悲劇的暴力が起こり、預言者たちの中に神の声を再び得ようと空しく探したあげく、ついに道徳的規範にその代用品が見出されるまでを描いた物語なのだ。
――第2部 歴史の証言 第6章 ハビルの道徳意識
ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 1 から続く。
【どんな本?】
約三千年前まで、人類には意識がなかった。
それまで、人類は二つに分かれた心<二分心>で生きていた。片方は神のように語る=命じる心であり、主に脳の右半球が担っていた。もう一つは神の言葉を聞く=従う心であり、主に脳の左半球である。
確かに、人類はその歴史のどこかで意識を獲得したんだろう。だが、三千年前とは、いささか新しすぎるのではないか。なぜ三千年前だとわかるのか。三千年前に、何が起きたのか。また、意識の代わりが<二分心>とは、あまりにオリジナリティがすぎるのではないか。
第2部では、これらの疑問に答え、根拠を示すべく、様々な遺跡や文献を漁り、また歴史上の出来事を挙げてゆく。町の形、偶像、そして『イーリアス』と『旧約聖書』。
独動的で大胆かつ奇想天外な仮説を、膨大な知識によって裏付ける、圧倒の第2部。
【はじめに】
今は第3部の半ばぐらいまで読み終えたところだ。正直、著者の仮説はちと怪しいと思い始めている。が、だとしても、SFや伝奇小説は、敢えて騙された方が楽しい。そういう姿勢でこの記事を書いている。
【衝突】
三千年前とは言うが、全世界で同時とは言っていない。
そう、所によって早かったり遅かったりした。だから、<二分心>の社会と意識の社会が衝突する事もある。1532年11月のスペイン人とインカ帝国の出会いがソレだ。
インカ帝国滅亡の原因を探る説としては、なかなか斬新だと思う。もっとも、私はブライアン・フェイガンの意見を聞いてみたい(→「水と人類の一万年史」)。
【物的証拠】
さすがにモノから心を探るのは難しい。が、それでも都市の形や絵画などから、著者はなんとか根拠を見いだそうとする。
中でも気になったのは、神像や偶像の目比率だ。これは 目の直径/頭の長さ の数字である。要は目がデカい。これは目力とでもいうか、神の権威を強調したもの、としている。
人間の目は約10%なのに対し、シュメールの遺跡やエジプトの神殿から発掘された神像は、目比率が18~20%に及ぶ。インダス文明も20%超える、とあるが、今Google画像検索でざっと見ると、確かに大きいけど切れ長の目が多いなあ(→画像検索)。
それより私が連想したのは、遮光器土偶だ。Wikipedia によると遮光器土偶は「縄文晩期のものが多い」とあるので、著者が主張する三千年前とほぼ合致する。
実はもう一つ、「ねんどろいど」を思い浮かべたのだが、これが将来に発掘された時、果たしてどう解釈されるのやらw
【神々の戦い】
神話の解釈にはいろいろある。その一つに、様々な神は、有力な部族を象徴している、とするものだ。これに<二分心>を当てはめると、実に面白い構図が出来上がる。つまり、部族同士の争いは、まんま神同士の戦いになるのだ。少なくとも、当時の人にとっては。
エジプト神話で解釈が難しい「カー」も、二分心仮説なら理屈が通る。つまり脳内の声がカーだ。おお、すげえ。とすると、守護霊ってのは、<二分心>の残響なんだろうか。
【変化】
では、何が<二分心>を消したのか。
著者は七つの原因を挙げている。うち四つは<二分心>より意識の方が有利だ、とする理由だ。だが、それは、生存競争に勝った事を示すだけで、なぜ意識が出現したのかは説明しない。
なら、何が意識を生んだのか。
一つは文字だ。これで神の声が弱まった。例えばハンムラビ法典だ。脳内の声に従えばいいなら、法律は要らない。文書化とは、脳内の声を外に出すことだ。これにより、脳内の声を超える権威ができてしまった。
次に大災害。BC1628のデラ島(→Wikipedia)の火山噴火により、地中海周辺地域は壊滅的な打撃を受け、難民が近辺にも押し寄せた。難民は神に見捨てられたと感じただろう。
そして最後に、難民や交易などを通じた異民族との接触。他者を理解するには、脳内の声だけでは不充分だ。特に交易では、異民族を理解しなきゃいけない。
相違を観察することが意識のアナログの空間の起源になるかもしれない。
――第2部 歴史の証言 第3章 意識のもと
それ以前からボチボチと現れていた意識を、これらの要素が育てていったのだ。
【懐古】
去っていった神を、人々は探し求める。
世界の諸宗教に共通する大テーマが、ここで初めて問われている。なぜ神々は人間のもとを去ってしまったのか。
――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化
これを補うために、ヒトは様々なモノを生み出す。祈り、占い、そして道徳。
『イーリアス』に出てくる、神々の操り人形である人間は、道徳的判断ができない。
――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識
昔は道徳がなかった、というのも衝撃的だ。第2部第6章では、旧約聖書を元に仮設の検証を企てる。旧約聖書には残酷で理不尽な場面が多いが、それを道徳の欠如として解釈するとは、なんとも大胆だよなあ。
ちなみに第2部第5章は『イーリアス』での検証だ。私は旧約聖書もイーリアスも読んでいないので何とも言えないが、いずれもアレな説のネタとしては鉄板なだけに、なんか怪しいと感じると共に「巧く料理したら面白い物語が書けるかも」などと思ってしまう。
【最後に】
などと、色々と茶化しつつ読んだのだが、そうでもしないと著者の世界に引きずり込まれるという危機感を抱いたからだ。幸か不幸か私は古典も歴史も教養に欠けるため、キチンとした検証はできないが、できれば反論の書も読んでみたいと思う。そういう毒消しがないと、洗脳されそうな気配になっている。
などと危ぶみつつ、次の記事に続く。
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