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2019年8月14日 (水)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 3

最初の詩人は神々だった。詩は<二分心>の誕生とともに始まった。古代の精神構造における神の側はたいてい、いやことによるとつねに、韻文で語っていたのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

…音楽を聞いて味わうときにも人は脳の右半球を使っている…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

<二分心>を持つ人間は空想などしない。経験するだけだった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

時代とともに性質が移り変わるという事実は、催眠が所定の刺激に対する決まった反応ではなく、時代の期待や先入観に応じて変化することを如実に物語っている。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第4章 催眠

互いに敵意を抱いていたのは、科学と宗教ではなく、科学と教会なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

意識と認知は別物で、この二つははっきりと区別されるべきだ。
  ――後記

紀元前1000年以前の人々は、けっして罪悪感を抱かなかった。
  ――後記

 ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ヒトが意識を獲得したのは、約三千年前だ。
 それ以前、人は<二分心>に従っていた。神々の声を聞く心と、それに従う人間の心である。

 本書は、この大胆かつ独創的な仮説を唱え、歴史の遺物や文献によって検証し、現代にも残る名残りを挙げてゆく。

 この記事では、現代の名残りを挙げる「第3部 <二分心>の名残り」を中心に紹介する。

【はじめに】

 第3部で<二分心>の名残りとして挙げているのは六つ。宗教,憑依,詩と音楽,催眠,統合失調症,そして科学とエセ科学だ。なお、最後の「後記」は、本書の初版に寄せられた批判への反論が中心となっている。

 どうでもいいが、私が最近に読むノンフィクションは、よくダニエル・デネット(→「解明される宗教」,→Wikipedia)が出てくる。こっちの世界じゃ有名な人なんだと、いまさら思い知った。

【宗教】

<二分心>の名残りをひときわ色濃くとどめるとりわけ大切なものと言えば、複雑な美しさを備えた多種多様な宗教の伝統だろう。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第1章 失われた権威を求めて

 という事で、最初の名残りは宗教だ。神の声を失った人々は、それに代わるものを求めた。すべての人が一斉に神の声を失ったワケじゃない。数少ないながらも、神の声が聞こえる者もいた。そういう人が、神託を受けたのだ。文化人類学だとシャーマンと呼ばれる人たちだね。現代日本の霊能者も、この系譜なんだろう。

 ここで面白いのはイエス・キリストの話。彼はユダヤ教を改革しようとした。その理由を、こう説明している。ユダヤ教は<二分心>向けだ。意識を持つ人間には、新しい宗教が必要だったから、と。

 ちなみに Wikipedia によると釈迦は紀元前5世紀、老子は紀元前6世紀、孔子も紀元前5~4世紀なので、もしかしたら東洋の方が先に意識を獲得したのかも。

【憑依】

憑依が初めて現れたのはいつだろうか。(略)
少なくともギリシアにおいては、(略)『イーリアス』にも、『オデュッセイア』にも、ほかの初期の詩にも、憑依はもとより、憑依をわずかにでも匂わせる場面はいっさい出てこない。(略)
<二分心>が消えた後を受けたのが憑依だった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 悪魔憑きや狐憑き、そして恐山のイタコがこれだろう。でも「首尾よく神を呼び寄せるには、霊媒が純朴で垢抜けていないほうがよい」って、ヒドスw。あ、そういえば、~の霊言とか自称する人もムニャムニャ。

 ここではウンバンダ(→コトバンク)なんてオカルト心をくすぐるネタも出てくるが、それ以上に面白いのが異言(→Wikipedia)。知らない筈の言語を喋る、という現象なのだが、これには特徴があって…

ホメロスの叙事詩に非常によく似た、強勢の有無の規則的な変化と、上がっていって最後に下がる抑揚は、信じ難いことに、異言を語る者の母国語が何語であっても変わらない。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 共通する独特のリズムとビートを持っている、というのだ。それって、もしかして…

【詩と音楽】

 そのホメロスのイーリアス、ギリシア語の朗読が Youtube にある。いかにも上品だが、このリズムってもしかしたらラップになるんじゃね?と思ったら、やっぱりやってる人がいた(→Youtube)。ラッパーとは現代の詩人だと思うこともあるんだが、その確信が強まる動画だなあ。

 長い文章などを覚えるには、リズムや抑揚があると覚えやすい。「古代の詩ははるかに歌に近かった」とあるが、そうでない詩は忘れられたのかも。それはともかく、歌に近いとなると、ますますラップに似てくる。著者がヒップホップを聞いたら、どう思うんだろう? まあいい。問題は、詩と二分心にどんな関係があるのかって事だ。

詩は、<二分心>の神の側が語る言葉として始まった。<二分心>が崩壊すると、まだ神の言葉を聞くことのできる者が預言者として残る。(略)また一部は詩人という特別な職業について、神が語る過去の出来事を人々に伝えた。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

 詩人が言う詩神とは、二分心時代の神の声の再降臨だ、というわけ。詩神の正体が無意識の叫びだとすれば、現代のヒップホップがアレなのも当然だよね。

【催眠】

 催眠状態とはどういうものか、私は知らなかった。この本にはわかりやすい例が出てくる。催眠にかかったフリしてる人と、本当に催眠にかかった人の違いだ。

 部屋の端から端まで歩けと命じ、途中に邪魔物になる椅子を置く。そして「椅子などない」と告げる。すると…

 ニセモノは、椅子にぶつかる。が、ホンモノは、椅子をよけて歩くのだ。よけてるんだけど、それを自覚していない。そういえばオリバー・サックス(だったかな?)の著作に、自分の足が動かないことを認めない人、というのが出てきた。「そうである」事を、自覚できないのだ。ヒトの脳は、時としてそういう働きをするらしい。

【統合失調症】

…本書の仮説によると、前2000年期より前は誰もが統合失調病だった…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 と、大胆な仮説で始まるこの章、中身は皆さんのご想像通り。もっとも、私は統合失調症について全く分かっていない事を思い知らされた。例えば、こんな事とか。

統合失調症患者は通常の意識的なやり方では想像できないので、役を演じたり、見せかけの行動をしたり、架空の出来事について話したりすることが不可能なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 演技ができないいのだ。だから、「もし医者だったらどうするかと訊かれても、自分は医者ではないと答えるだろう」。これと似たようなやりとりを某匿名掲示板でやった事があるんだが、相手は患っていたのか、単に面倒くさがってたのか。たぶん後者だろうなあw

【科学】

 最後のまとめとなる章だ。ここでは簡潔に、人類の歴史をまとめてある。

前2000年期に、人間は神々の声を聞くのをやめた。
前1000年期には、まだ神の声が聞こえた人たち、つまり宣託者や預言者もまた、徐々に消えていった。
紀元後の1000年期には、かつて預言者が言ったり聞いたりした言葉の記録された聖典を通して、人々は自分たちには聞こえぬ神の言いつけを守った。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

 そして、神託にも聖典にも頼れぬとわかったヒトは、他の確実なものを求め、科学やオカルトやエセ科学に頼るのだ。

【最後に】

 正直、読み終えた今でも半信半疑だ。特に第3部は、ちと突っ走りすぎの感がある。第2部も、根拠が地中海周辺に偏っているのが気に入らない。はい、感情的になってますw でもやっぱりヴェーダ(→Wikipedia)にも触れて欲しいじゃないか。特にリグ・ヴェーダは Wikipedia によると「紀元前18世紀ころにまで遡る歌詠を含む」とあるし。いや読んだことはないけどw

 というか、この本を真剣に検証しようとすると、ヴェーダ語から学ばなきゃいけない。つくづく、学問の道とは遠く果てしないものだ。

 それはともかく、ピーター・ワッツの諸作品(「ブラインドサイト」「エコープラクシア」「巨星」)を読みこなすには、必須の一冊だろう。SF者としては、読んでおいて損はない。また、歴史上の人物は私たちと全く違う考え方をしていた、なんてのは当たり前ではあるけど、それをキチンと考慮するのはいかに難しいかを実感させてくれる本でもあった。

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