林譲治「星系出雲の兵站 1~4」ハヤカワ文庫JA
「英雄などというものは、戦争では不要だ。為すべき手順と準備が万全なら、英雄が生まれる余地はない。勝つべき戦いで勝つだけだ。英雄の誕生とは、兵站の失敗に過ぎん」
――1巻 p239「勝てる軍隊とは、凡人を戦力化できる組織なんだよ」
――1巻 p362忠誠を尽くせば、手柄を立てる機会を与えられる。恥ずかしいほどわかりやすい。
――2巻 p169目立たないこと、それこそが有能さの証明だ。(略)真に有能な人間は、全体に目配りし、トラブルの兆候を発見し、それが問題となる前に対処する。
――3巻 p77「権力には責任が伴うということだな」
――4巻 p29
【どんな本?】
遠未来。異星人の侵略を恐れる人類は、多数の播種船を送り出す。播種船の一つは故郷と断絶しながらも出雲星系で文明を築き、他の四つの星系にも進出していた。うち出雲に次ぐ規模の壱岐星系で、異星人のものらしき無人衛星が見つかる。
二千年来、文明を発達させ、異星人を恐れて軍を維持してきた人類だが、異星人との接触は初めてだ。異星人は高度なステルス技術を持ち、また人類文明の情報を熱心かつ密かに収集していたらしい。
軍事・経済の主力を担う出雲星系に対し、壱岐星系は独立の気運が育ちつつある。また有力な一族が権力を寡占する状況から、それを脱しようとする中間層の台頭が始まっていた。多くの軋轢を抱えたまま、人類は正体不明の異星人に対処するのだが…
架空戦記でも活躍したベテランSF作家が、前線から政治そして産業までを俯瞰した視点で描く、ユニークなスペースオペラ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
発行年月日と頁数は以下。
- 1巻:2018年8月25日 本文約369頁に加え、あとがき2頁。
- 2巻:2018年10月25日 本文約359頁。
- 3巻:2019年1月25日 本文約302頁。
- 4巻:2019年4月25日 本文約329頁に加え、あとがき3頁。
文庫本で縦一段組み、9ポイント40字×17行×(369頁+359頁+302頁+329頁)=約924,120字、400字詰め原稿用紙で約2,311枚。文庫で四巻は妥当なところ。
文章は一見ぶっきらぼうな印象を受けるが、読んでみると実にわかりやすくて読みやすい。つまりは伝わりやすさを重視し余計なモノを削った、ハードボイルドな文章だ。
内容はサイエンス重視の軍事物なので、中学卒業程度の科学の知識と、多少の軍事知識が必要。科学はわからなくても凝ってる所が見えない程度で済む。が、軍事は登場人物の行動原理に関わるので、少し知っておいた方がいい。特に大事なのが軍政(→Wikipedia)と軍令(→Wikipedia)。スーパーのチェーンなら、軍令は店舗で働く人、軍政はそれ以外の人事や経理や仕入れ元開拓かな?
【感想は?】
最初にこの本を知ったとき、「これは全巻揃ってから読み始めた方がいいな」と思った。大当たりだ。
なぜって、そりゃもちろん読み始めたら止まらないからだ。一応、巻で区切っちゃいるが、お話そのものはスンナリと繋がっている。なお、この四巻は第一部で、既に第二部が始まってます。始まってなきゃ困る。
書名に「兵站」とあるし、兵站に関する話も多い。この作品での兵站は、「必要な時期に、必要な物資を、必要量供給」すること。ついでに付け加えるなら、「必要な場所へ」だろう。実はこの「必要な場所」ってのが、この作品の舞台設定の巧みなところ。
舞台は、五つの星系から成る。最も歴史の古い出雲星系が社会的な中心であり、軍事・政治・経済・技術・産業共に強力なリーダーシップを持つ。対して異星人?が見つかった壱岐星系は出雲から遠く、力量も出雲に遠く及ばない。にも関わらず、そこそこ地場産業が育っていて、出雲への対抗意識もある。壱岐独自の軍も持ってるし。出雲が徳川幕府なら、壱岐は薩摩藩ぐらいの位置かな?
その壱岐に異星人らしき存在が見つかった。なら、主な戦場は壱岐の近くになるだろう。この場合、戦闘に必要なモノ一切合切を、出雲から運んでたらキリがないし、そもそも間に合わない。だから壱岐で調達したい。ところが壱岐は経済規模も小さく産業基盤も弱い。しかも異星人?との接触は初めてで、相手の意図も規模も全く分からない。そんな状態で、何をどれぐらい用意すりゃいいのさ。
と、暗中模索の状況で物語は始まる。もっとも、暗中模索とは言いつつ、相手はコッソリ覗き見してるような奴で、しかもコッチが探りを入れると、徹底的に正体を隠そうとする。陰険な奴だね。異星人に関しては古い言い伝えもあり、だからこそ軍を組織・維持してきたわけで、気配はいかにも物騒だ。
そんなワケで、序盤では「いつ、何を、どれだけ」の前に、そもそも壱岐の産業基盤の強化から考えなきゃいけなかったり。これが壱岐の社会構造とも密接にかかわってるあたりが、実に渋くてオジサン好みだ。
などの兵站の話も美味しいんだが、いささか派手さには欠ける。が、心配ご無用。実はスペースオペラとしての見せ場も、たくさん用意してあるから。互いの意図を探り合う頭脳戦,艦隊同士の撃ち合い,血しぶき舞い散る白兵戦,そしていかにも強そうな新兵器。
中でも巧いと思ったのは、白兵戦がある所。なにせ恒星系レベルのスペースオペラだ。普通に考えたら、艦隊決戦でケリがついてしまう。射程距離数千km、速度秒速数千kmの世界だし。そんな舞台で、時速ンkm単位の歩兵にどんな仕事がある? この問題をどうクリアしてるのか、お楽しみに。
とかの白兵戦に始まる戦術レベルのネタも、てんこ盛りだから嬉しい。中でも印象に残っているのが、三角飛びw いやジャッキー・チェンの映画ならともかく、そーゆーレベルでやりますかw
そういったクレイジーなネタが飛び出すかと思えば、キチンとニュートン力学に沿った戦術もアチコチで見えるからたまらない。というか、その辺の科学的な面を充分に考えているからこそ、三角飛びのマッドさが引き立つんだけど。
綿密に考え抜かれた科学考証、兵站の難しさを際立たせる舞台設定、アクの強い登場人物、頭脳戦・肉弾戦・新兵器を取りそろえたバトル、そして驚きの異星人の正体。一見地味なタイトルだけど、実は思いっきり重量級かつ見せ場たっぷりの正統派スペースオペラだ。充分に時間を取って一気に読もう。でないと、禁断症状に苦しむ羽目になる。
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