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2019年8月の12件の記事

2019年8月28日 (水)

スティーヴン・ピンカー「暴力の人類史 下」青土社 幾島幸子・塩原通緒訳

中絶が広く利用されるようになった時期から今日までのあいだで、あらゆる種類の暴力の発生率は低下しており、(略)子どもの命の価値は急激に上昇しているのである。
  ――第7章 権利革命

1960年から2000年までに、アメリカにおける書籍の年間発行数は約五倍に増えたのである。
  ――第7章 権利革命

心理学者のフィリップ・テトロックは、神聖視されている資源に対してはタブーの心理――ある種の考えが明るみに出されることへの怒りの反応――が働くのだろうと述べている。神聖な価値は、ほかのどんなものとも交換が考えられない価値なのだ。
  ――第9章 善なる天使

暴力に心を奪われる作家も、暴力に反発を覚える人びとも、ある一点では共通している。彼らは兵器のことしか見ていないのだ。
  ――第10章天使の翼に乗って

…宗教は、どんなものの歴史においても単一の力となったことがないのである。
  ――第10章天使の翼に乗って

  スティーヴン・ピンカー「暴力の人類史 上」青土社 幾島幸子・塩原通緒訳 から続く。

【感想は?】

 「第7章 権利革命」までは、「第4章 人道主義革命」「第5章 長い平和」「第6章 新しい平和」と同様に、私たちの常識がどれほど変わってきたのかを示す。

 これは私にも思い当たることがある。煙草への感覚は、ここ20年ほどで大きく変わった。昔はくわえ煙草で道を歩いても何も言われなかったが、今は罰金だ。太平洋戦争終戦の時には、もっと激しい衝撃を味わっただろう。倫理とは変わるものなのだ。中でも大きく変わったのが、人権に関わる感覚だ。

(かつて)レイプは女性に対する犯罪ではなく、その女性の父親、夫、あるいは所有者(彼女が奴隷だった場合)といった、男性に対する犯罪だったのだ。
  ――第7章 権利革命

 おいおいマジかよ、と思うかもしれないが、今だってパキスタンあたりで起きる「名誉の殺人」も、その奥に「女は男の所有物」って感覚があるなら、理屈は通る気がする。同性愛に関しても…

多くの法体系は男性の同性愛だけを犯罪としているが、女性の同性愛だけを犯罪としている法体系は一つもなく、男性同性愛者に対する憎悪犯罪は女性同性愛者に対する憎悪犯罪に比べて、約五倍も多い。
  ――第7章 権利革命

 うん、そうだよね。百合は尊い←違う これも、法や制度は男が支配してたから、とすれば、わかる気がする。いや説明しろと言われたらできないけど。

【第8章 内なる悪魔】

 第8章では、ヒトの心のメカニズムに立ち入って、暴力を引き起こすアクセルを探る。これは五つだ。捕食・支配・復讐・サディズム・イデオロギー。

 捕食はわかりやすい。金が欲しい、ヤりたい、お前が邪魔、そんな所。自分の利益や欲望のためなら他者の犠牲を顧みない、ただそれだけ。

 支配も最近は説明しやすい。要はマウンティング。意外なのが自尊心・自己評価との関係で…

精神病質者をはじめとする暴力的な人びとは、自己愛が強く、しかも自分の業績に比例して自分を高評価するのではなく、生まれつきの特権意識からそうしている。
  ――第8章 内なる悪魔

 うぬぼれの強い人ほどヤバいのだ。最近話題の「あおり男」とかは、これだろうなあ。「のび太のくせに生意気だぞ」とかは、こういう人の気持ちを巧く表してるよね。だから、彼らは自分が悪いとは思っていない。

実際の悪行を犯している人びとは(略)、本人としては合理的で正当と感じながら、被害者からの挑発も含めたもろもろの状況に反応して、その悪行を犯しているからである。
  ――第8章 内なる悪魔

 根本的に世界観を変える必要があるのだ。犯罪者にセラピーが必要な理由が、これだろう。当然、被害者は復讐の念に燃える。

復讐は病気などではない。復讐は「よい人」が搾取されるのを予防するという意味で、協力に必要なものなのである。
  ――第8章 内なる悪魔

 やはり「あおり男」の例だと、多くの人が犯人たちだけでなく、似たような真似をする者に対し厳しい目を向けるようになった。かつて危険運転致死傷罪の罰則が厳しくなったように、今後はあおり運転への対処も厳しくなるだろう。とはいえ、今の日本の風潮を思うと、暗い気分になる事も書かれてて。

人は誰かからの操作で他人を傷つけてしまった場合、その傷つけた人に対しての自分の見方をあとから変えて、その人の価値を落としてしまうことがある。
  ――第8章 内なる悪魔

 とかは、某国との関係を考えると、モロだよね、と思ってしまう。おまけに…

19世紀と20世紀のナショナリズム運動は、売文家の一団を雇い入れ、自分たちの国の不朽の価値と栄光をうたった上っ面だけの歴史を書かせていた。
  ――第9章 善なる天使

 いや21世紀になってもやってる国があるんですけど。まあ、気持ちはいいんだよね、あーゆー「俺たちスゴい」って物語は。

【第9章 善なる天使】

 そういう困った傾向に対するブレーキも、ちゃんと人間は持ってる。著者は共感・自己制御・理性そして進化をあげる。

 共感は、人の痛みを我がことのように感じたり、泣く赤ん坊をあやしたりする気持ちだ。「反共感論」にあるように、これはときどき困った働きをする。同じ被害を受けた人見ても、それが日本人だと同情するけど、外国人だと「ざまあみろ」と思ったり。でも、これも物語が変えることができるのだ。

…架空の人物を含め、誰かの視点を通じて物事を見てみると、それまで共感をもてなかったその誰かや、その誰かが属する集合に対しても共感がもてるようになるのである。
  ――第9章 善なる天使

 きっと日本もアニメのお陰で随分と得してると思うんだが、どうでしょうね。

 自己制御は身に染みる。「食べたい、でも痩せたい」だ。

経済学者たちの指摘によれば、人びとに好きなように任せておくと、まるで自分があと数年で死ぬと思っているかのように、退職後に備えての貯蓄をほとんどしないのだそうだ。
  ――第9章 善なる天使

 すんません。これについては偉そうなことは言えません。テヘw

 理性と進化では、かの有名なフリン効果(→日経サイエンス)を例に挙げる。実はこれ、私は疑ってたのだ。IQの平均が上がってるって、変じゃね? 知能指数の平均は常に100になるはず。が、それは私の勘ちがいだった。確かに平均は100なんだ。でも、IQ100の得点が上がってたのだ。

今日の平均的なティーンエイジャーは、1950年にタイムトラベルできれば、そこではIQ118になれる。
  ――第9章 善なる天使

 これは抽象的にモノを考える能力が上がってるらしい。もっとも、こんなニュースもある(→TrendsWarcher)。でも「魚をたくさん食べて育った子どもたちが、より高いIQを持つ傾向がある」って、これ「暴力の解剖学」にあったアレじゃ? 要は「魚を食べると頭がよくなる」です。

 もう一つ、イデオロギーの対立で、ありがちな誤解が、これ。

(ジョナサン・)ハイトによれば、イデオロギーの両極端にいる双方の信奉者は、互いに相手を不道徳だと見なしがちだが、実際のところ、彼ら全員の脳内では道徳回路が同じように明るく輝いており、ただ、道徳とは何かということに関しての概念がまったく違っているだけなのである。
  ――第9章 善なる天使

 これについては「社会はなぜ左と右にわかれるのか」が詳しい。保守・リベラル・リバタリアンの違いは、何を重んずるかの違いなのだ。保守が権威を大切にするのに対し、リベラルは平等を大切にし、リバタリアンは自由を求める。だから道徳教育とか言っても話がかみ合わない。それぞれ、よかれと思ってるんだけど。

【おわりに】

 上巻は納得できるところが多かった。若い男がヤバい、なんてのは「「自爆する若者たち」」とピッタリはまる。「戦争文化論」は「人は楽しいから戦争するんだ」みたいな本だけど、それを楽しまなくなるようになった、とすれば納得がいく。なんの本だか忘れたけど、「文化人類学者は左派ばっかり」なんて話を読んだことがある。これも彼らが「他者の視点」を豊かに持っているためなら、理屈が通る。

 が、逆に「強引じゃね?」と思う部分もある。例えば下巻p525だ。旧東欧は巧く民主化できたけど中央アジア諸国はアレだ。この原因を著者は学校教育などの制度や人々の資質に求めてる。でももっと単純な理由があるのだ。

 地図を見ればいい。民主主義は西欧や北米が本場だが、中央アジアは本場から地理的にも経済的にも遠く、人の交流も少ない。しかもいずれも内陸国で、ロシアを通さないと欧米と貿易できない。政治・軍事・経済いずれの面でも、ロシアが首根っこを押さえている。そしてロシアは手下の民主化を喜ばないし、USAも内陸国への介入には及び腰だ。チェチェンも見捨てたしね。だって海軍力を使えないし。

 とかの勇み足はあるものの、豊富に集められた統計資料には唸らされるし、論調が明るいのも気持ちいい。ちょっとしたトリビアにも事欠かないし、パレスチナ問題の意外な解決案には舌を巻いた。コワモテな印象を与える外見にしては、意外と読みやすいし、秋の夜長には相応しい本だろう。

【関連記事】

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2019年8月26日 (月)

スティーヴン・ピンカー「暴力の人類史 上」青土社 幾島幸子・塩原通緒訳

本書は、人間の歴史のなかで最も重大な出来事ともいえることをテーマにしている。(略)長い年月のあいだに人間の暴力は減少し、今日、私たちは人類が地上に出現して以来、最も平和な時代に暮らしているかもしれないのだ。
  ――はじめに

犯罪学者の間では、失業率と暴力犯罪のあいだには明確な相関関係は存在しないことは長く知られている。
  ――第3章 文明化のプロセス

…初期の複雑な社会はすべて、犠牲者のない犯罪を犯した者に拷問や手足切断のような残酷な罰を課す、絶対的な神権国家だったのだ。
  ――第4章 人道主義革命

人口比で見た史上最悪の残虐行為は、中国唐時代の八年間にわたった安禄山の乱および内戦(安史の乱、→Wikipedia)である。人口調査によればこの戦乱で唐の人口の2/3が失われたとあり、これは当時の世界人口の1/6にあたる。
  ――第4章 人道主義革命

戦争の継続期間は指数関数的に分布しており、最も多いのは最も短い戦争である。
  ――第4章 人道主義革命

「民族自決」が孕む危険の一つは、ある区切られた土地と完全に一致する民族文化集団、という意味での「国民」など現実には存在しないということだ。
  ――第5章 長い平和

発展途上国の子どもの主な死亡原因は、マラリア、コレラ・赤痢などの下痢性疾患、肺炎・インフルエンザ・結核などの呼吸器感染症、麻疹の四つである。
  ――第6章 新しい平和

殺人や戦争、ジェノサイドによる死者数と比較すると、世界のテロによる死者数はさほど多くない。(略)これまで本章で見てきた他の暴力による死者数とは、少なくとも二桁の違いがある。
  ――第6章 新しい平和

【どんな本?】

 2001年9月11日以来、世界は不穏に包まれている。ソマリア沖では海賊が暴れ、アフガニスタンはタリバンが跳梁跋扈し、シリアでは内戦が続いている。新聞や週刊誌は凶悪犯罪や家庭内暴力のネタにこと欠かない。世界は危険に満ちている。少なくとも、テレビでニュースを見る限りは、そう感じる。

 本当にそうなのか? 著者は多くの資料を漁り、統計を駆使して、意外な事実にたどり着く。暴力は減った、しかも今世紀においても現在進行形で減りつつある、と。

 認知科学者である著者が、大国同士の戦争からテロやマイノリティの虐殺、組織暴力から街角のケンカまで、様々な形での暴力の統計を集め、私たちが暮らしている現代と、かつて人びとが暮らしていた過去の姿を洗い出し、思い込みによる盲点に光を当てると共に、何が暴力を減らしたのか、その理由を探る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Better Angels of Our Nature : Why Violence Has Declined, by Steven Pinker, 2011。日本語版は2015年2月10日第1刷発行。単行本ハードカバー上下巻で本文約642頁+570頁=1,212頁に加え塩原通緒による訳者あとがき3頁。9ポイント47字×19行×(642頁+570頁)=1,082,316字、400字詰め原稿用紙で約2,706枚。文庫なら5~6冊分の巨大容量。

 文章は比較的にこなれている。とは思うが、学者ではなく一般人向けであることを考えると、もう少し工夫してほしかった。小さなことだが、例えば「暴力は減少し」より「暴力は減り」の方が親しみやすい。そういう細かい部分で、「賢い人向け」な印象を与えてしまう。とっても面白い本だけに、これはもったいない。

 分厚い上下巻だから手ごわそうに感じるが、見た目ほど中身は難しくない。日頃から「文明と戦争」や「昨日までの世界」を好むタイプの人なら、「似たような事が書いてある」と感じるかも。

【構成は?】

 テーマが常識を裏切るものだけに、特に上巻では丹念な検証に多くの紙数を充てている。トリビアが好きならいいネタが詰まっているのでキッチリ読もう。そうではなく、手っ取り早く結論が欲しければ、流し読みしてもいいかも。

  •  上巻
  • はじめに
  • 第1章 異国
    人類前史/ホメロスのギリシャ/ヘブライ語聖書/ローマ帝国と初期キリスト教/中世の騎士/近代初期のヨーロッパ/ヨーロッパと初期のアメリカ合衆国における名誉/20世紀
  • 第2章 平和化のプロセス
    暴力の論理/人類の祖先の暴力/ヒトの社会の種類/国家と非国家社会における暴力発生率/文明とそれに対する不満
  • 第3章 文明化のプロセス
    ヨーロッパにおける殺人の減少/ヨーロッパにおける殺人の減少の原因/暴力と階層/世界各地の暴力/アメリカ合衆国における暴力/1960年代における非文明化/1990年代における再文明化
  • 第4章 人道主義革命
    迷信による殺人 人身御供、魔女狩り、血の中傷/迷信による殺人 神への冒涜、異端、背教に対する暴力/残虐で異常な刑罰/死刑/奴隷制/専制政治と政治的暴力/大規模戦争/人道主義革命の源泉/共感と人間の生命への配慮/文芸共和国と啓蒙的人道主義/文明と啓蒙主義/血と土
  • 第5章 長い平和
    統計と物語/20世紀は本当に最悪だったのか?/殺しあいのケンカの統計(その1) 戦争の時期/殺しあいのケンカの統計(その2) 戦争の規模/大国の戦争の推移/ヨーロッパの戦争の推移/背景としてのホップス哲学と王朝と宗教の時代/王権の時代の三つの潮流/反啓蒙主義イデオロギーとナショナリズムの時代/イデオロギーの時代の人道主義と全体主義/長い平和 いくつかの数字/長い平和 人びとの意識と出来事/長い平和は核による平和か?/長い平和は民主的な平和か?/長い平和は自由主義的な平和か?/長い平和はカント的な平和か?
  • 第6章 新しい平和
    大国や欧州以外の地域における戦争の推移/ジェノサイドの推移/テロリズムの推移/天使も踏むを恐れるところ
  •  下巻
  • 第7章 権利革命
    公民権と、リンチや人権差別ポグロムの減少/女性の権利と、レイプや殴打の減少/子供の権利と、子殺しや尻叩きや児童虐待やいじめの減少/同性愛者の権利と、ゲイバッシングの減少や同性愛の非犯罪化/動物の権利と、動物虐待の減少/権利革命はどこから来たか/歴史から心理学へ
  • 第8章 内なる悪魔
    人間の暗黒面/モラリゼーションギャップと、純粋悪の神話/暴力の器官/プレデーション(捕食者)/ドミナンス(支配、優位性)/リベンジ(報復、復讐)/サディズム/イデオロギー/純粋悪と、内なる悪魔と、暴力の減少
  • 第9章 善なる天使
    共感/セルフコントロール(自己制御)/最近の生物学的進化?/道徳とタブー/理性
  • 第10章 天使の翼に乗って
    重要だが一貫していないもの/平和主義者のジレンマ/リヴァイアサン/穏やかな通商/女性化/輪の拡大/理性のエスカレーター/考察
  •  訳者あとがき/参考文献/注/索引

【感想は?】

 今、やっと上巻を読み終えたところなので、そこまでの感想を。

 先に書いたように、「文明と戦争」や「昨日までの世界」などと似た傾向の本だ。だから、そういうのが好きな人向き。ただし、既に読んでいる人にとっては、新鮮さが薄いかも。例えば二つの世界大戦があった20世紀は戦争の時代みたく言われるけど…

現代の欧米諸国の戦争による死亡率は、最も戦争で荒廃した世紀でさえ、非国家社会の平均のおよそ1/4であり、最も暴力的な社会の1/10以下にすぎない。
  ――第2章 平和化のプロセス

 と、文明化される前に比べればはるかにマシだぞ、と数字で教えてくれる。この「数字で」ってのが、この本の特徴。文明化される前、世界ってのは物騒な所だったのだ。今でも余所者が邪険にされる地域があるけど、それはヒトがそういう状況で進化してきたせいかも。

 ただ、前二作とは違う部分もある。例えば戦争の原因だ。「文明と戦争」では、縄張りや女など貴重な資源の奪い合い、としていた。「戦争は政治の延長」とするクラウゼヴィッツの影響だろうか。だが、実際は…

…ほとんどの調査で、(非国家社会の人びとが)戦闘の理由として最も頻繁にあげられるのは復讐である。
  ――第2章 平和化のプロセス

 と、過去の因縁が原因らしい。一応、合理的な理由もあって、要は「殺られる前に殺れ」なんだけど。つまり感情のもつれですね。これは集団同士の戦争に限らず、個人間のケンカもそう。というか、この本のもう一つの特徴が、集団による戦争から個人間の殺人まで、様々なスケールの暴力を見渡していること。その殺人では…

殺人のもっとも一般的な動機は、侮辱されたことへの報復、家庭内の争議がエスカレートしたもの、恋人の裏切りや失恋、嫉妬、復讐、自己防衛など、道徳的なものだという。
  ――第3章 文明化のプロセス

 なんて意外なデータが出てくる。利害じゃないのだ。少なくとも金銭的な利害じゃない。また、こういう犯罪を犯すのは…

暴力の研究が明らかにした最大の普遍的な特徴は、暴力の加害者の大部分が15~30歳の若い男性だということだ。
  ――第3章 文明化のプロセス

 はい、若い男がヤバいんです。ちなみに「殺してやる」を読むと、合理的な説明がつく…気がしてきます。なお、この章では1990年代以降、USAで急激に殺人が減った、と指摘していて、その原因について推察してるけど、幾つか大事な点を見逃してると思う。それについては後述。

 第四章以降は再び国家単位の話に戻るんだが、ここでは「信念」や「イデオロギー」の怖さが身に染みる。

立証不可能な信念を持つことのより大きな危険は、それを暴力的手段によって守りたいという誘惑が生まれることにある。
  ――第4章 人道主義革命

宗教的か政治的かを問わず、イデオロギーによる戦争は、戦闘死者数のべき分布の尾を長く延ばす。
  ――第6章 新しい平和

…数百万人単位で人を殺害するには、イデオロギーが必要だ。
  ――第6章 新しい平和

 第二次世界大戦で最大の死者が出たのは独ソ戦だった。いずれも強固な信念を持つ者同士のぶつかり合いだ。お陰で両軍の将兵はもちろん、戦場となった土地に住む民間人も地獄に叩き落された(「スターリングラード」「ベルリン陥落」)。

 それより怖いのが、政府による民衆殺戮である。スターリンの飢餓、毛沢東の大躍進、クメール・ルージュのキリング・フィールド。

…虐殺行為に関する大多数の研究者の間では、20世紀には戦死者よりもデモサイド(民衆殺戮、政府または民兵による民間人の大量虐殺)による死者のほうが多かったことで意見は一致している。
  ――第6章 新しい平和

 まあ、死者数で最大の貢献をしたのは毛沢東だろうなあ。クメール・ルージュはともかく、スターリンと毛沢東はレッテル貼りを巧みに使った。富農とか、反革命派とか。これは共産主義に限らず、ナチスだってホロコーストをやらかしてる。これも、やはりレッテル貼りが効果的だ。

人をカテゴリーの一例と見なす認知習慣は、人と人とが衝突する場面では実に危険である。ホップスの言う三つの暴力の誘因――利益、恐怖、抑止――が、個人間のケンカの原因から民族紛争の理由に変わってしまうのだ。
  ――第6章 新しい平和

ジェノサイドを起こしやすくする、さらにもう一つの因子は、排他的イデオロギーである。
  ――第6章 新しい平和

 「○○は蠅だ」「○○はゴキブリだ」などと、巧みな比喩で特定の属性を持つ人たちを貶めるのも、虐殺への足掛かりとなる。

隠喩による思考には、二つの方向がある。嫌悪感の隠喩を、道徳的に価値が低いと見なす人間にたいして用いるだけでなく、物理的な嫌悪感を抱かせる人間を、道徳的な価値が低いと見なしてしまうのだ。
  ――第6章 新しい平和

 …とかを読みつつ、現代日本の風潮を考えると、ちと気持ちが暗くなったり。でも、気をつけようね。偉い人は勇ましいことを言うけど…

戦争することで利益を得るのは権力者であって、そのコストは国民が負担しなければならない。
  ――第4章 人道主義革命

 最後にもう一つ。少し前から、薄々そうじゃないかな、と思ってた事がハッキリ書いてあったのは「やっぱり」と思ったのだ。

再生不能で独占されやすい資源が豊富な国は、経済成長が遅々として進まず、政府は無能で、暴力が多発する傾向にある。
  ――第6章 新しい平和

 具体的に思い浮かぶのはメキシコとナイジェリア。いずれも石油収入が増えたのに反比例して治安が悪化した。USAのように他の産業も発達してて様々な勢力がせめぎあってるならともかく、特定の地下資源だけに頼る国ってのは、社会が腐りやすいのだ。だって真面目に稼ぐより偉い人に取り入った方が楽に甘い汁が吸えるし。その辺は「国家はなぜ衰退するのか」をどうぞ。

 というあたりで、下巻へと続く。

【関連記事】

【北米の1990年代に何が起きたか】

 本書の「第3章 文明化のプロセス」225頁に、衝撃的なグラフがある。1990年代、北米での殺人が急激に減ったのだ。もう少し詳しく言うと、1993年あたりから落ち始め、1999年~2000年あたりで水平になる。あ、そうそう、グラフが示してるのは絶対数じゃなくて、10万人あたりの殺人件数ね。

 この原因を著者はグダグダ言ってるが、普通に考えれば最大の要因は合衆国大統領だろう。そう、あのエロもといビル・クリントンだ。もっとも、彼が大統領職に就いたのは1993年で、その手腕の効果が出始めるには1~2年かかる筈だから、辻褄としては少し苦しい。

 たぶん、複数の原因があるんだろう。そこで私はこういう説を唱えたい。「任天堂とSONYが安全をもたらした」と。では、次にその年譜を示そう。

  • 1985 任天堂、北米進出
  • 1989 ゲームボーイ発売
  • 1991 SuperNES(北米版スーパーファミコン)発売
  • 1993 DOOMブーム
  • 1994 PlayStation発売

 「1985年に進出なら、1985年から安全になるはず」と思うかもしれない。だが、犯罪が多いのは「15歳~30歳の男」だ。対してファミコンに飛びついたのは、小さい男の子である。犯罪年齢には達していない。当たり前のように家庭にゲーム機が普及した今でも、高齢のプレーヤーは少ない。こういう文化は、幼い者が流行を先取りするのだ。

 そこで、だ。1989年に11歳で Dragon Warrior(北米版ドラゴンクエスト) に出会った少年は、1993年に15歳になったら何をするだろう?

 そう、Dragon Warrior IV を楽しむのだ。いや DOOM で撃ちまくるかもしれないし、VIPER でハァハァするかもしれない。いずれにせよ、盛り場でチンピラと角突き合わせる時間は減る。それよかレベル上げだ。今日こそメタルスライムを…

 実際、「犯罪は『この場所』で起こる」では「犯罪の機会を減らせ」と主張しているし、有名なゲームがリリースする時期には犯罪が減るって研究もある(→リセマム)。

 これにキチンとウラを取るには、北米での家庭用ゲーム機の普及率の推移を調べる必要があるんだが、残念ながら見つからなかった。何かあったら教えてください←いやお前がやれよ

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2019年8月22日 (木)

林譲治「星系出雲の兵站 1~4」ハヤカワ文庫JA

「英雄などというものは、戦争では不要だ。為すべき手順と準備が万全なら、英雄が生まれる余地はない。勝つべき戦いで勝つだけだ。英雄の誕生とは、兵站の失敗に過ぎん」
  ――1巻 p239

「勝てる軍隊とは、凡人を戦力化できる組織なんだよ」
  ――1巻 p362

忠誠を尽くせば、手柄を立てる機会を与えられる。恥ずかしいほどわかりやすい。
  ――2巻 p169

目立たないこと、それこそが有能さの証明だ。(略)真に有能な人間は、全体に目配りし、トラブルの兆候を発見し、それが問題となる前に対処する。
  ――3巻 p77

「権力には責任が伴うということだな」
  ――4巻 p29

【どんな本?】

 遠未来。異星人の侵略を恐れる人類は、多数の播種船を送り出す。播種船の一つは故郷と断絶しながらも出雲星系で文明を築き、他の四つの星系にも進出していた。うち出雲に次ぐ規模の壱岐星系で、異星人のものらしき無人衛星が見つかる。

 二千年来、文明を発達させ、異星人を恐れて軍を維持してきた人類だが、異星人との接触は初めてだ。異星人は高度なステルス技術を持ち、また人類文明の情報を熱心かつ密かに収集していたらしい。

 軍事・経済の主力を担う出雲星系に対し、壱岐星系は独立の気運が育ちつつある。また有力な一族が権力を寡占する状況から、それを脱しようとする中間層の台頭が始まっていた。多くの軋轢を抱えたまま、人類は正体不明の異星人に対処するのだが…

 架空戦記でも活躍したベテランSF作家が、前線から政治そして産業までを俯瞰した視点で描く、ユニークなスペースオペラ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 発行年月日と頁数は以下。

  • 1巻:2018年8月25日 本文約369頁に加え、あとがき2頁。 
  • 2巻:2018年10月25日 本文約359頁。
  • 3巻:2019年1月25日 本文約302頁。
  • 4巻:2019年4月25日 本文約329頁に加え、あとがき3頁。

 文庫本で縦一段組み、9ポイント40字×17行×(369頁+359頁+302頁+329頁)=約924,120字、400字詰め原稿用紙で約2,311枚。文庫で四巻は妥当なところ。

 文章は一見ぶっきらぼうな印象を受けるが、読んでみると実にわかりやすくて読みやすい。つまりは伝わりやすさを重視し余計なモノを削った、ハードボイルドな文章だ。

 内容はサイエンス重視の軍事物なので、中学卒業程度の科学の知識と、多少の軍事知識が必要。科学はわからなくても凝ってる所が見えない程度で済む。が、軍事は登場人物の行動原理に関わるので、少し知っておいた方がいい。特に大事なのが軍政(→Wikipedia)と軍令(→Wikipedia)。スーパーのチェーンなら、軍令は店舗で働く人、軍政はそれ以外の人事や経理や仕入れ元開拓かな?

【感想は?】

 最初にこの本を知ったとき、「これは全巻揃ってから読み始めた方がいいな」と思った。大当たりだ。

 なぜって、そりゃもちろん読み始めたら止まらないからだ。一応、巻で区切っちゃいるが、お話そのものはスンナリと繋がっている。なお、この四巻は第一部で、既に第二部が始まってます。始まってなきゃ困る。

 書名に「兵站」とあるし、兵站に関する話も多い。この作品での兵站は、「必要な時期に、必要な物資を、必要量供給」すること。ついでに付け加えるなら、「必要な場所へ」だろう。実はこの「必要な場所」ってのが、この作品の舞台設定の巧みなところ。

 舞台は、五つの星系から成る。最も歴史の古い出雲星系が社会的な中心であり、軍事・政治・経済・技術・産業共に強力なリーダーシップを持つ。対して異星人?が見つかった壱岐星系は出雲から遠く、力量も出雲に遠く及ばない。にも関わらず、そこそこ地場産業が育っていて、出雲への対抗意識もある。壱岐独自の軍も持ってるし。出雲が徳川幕府なら、壱岐は薩摩藩ぐらいの位置かな?

 その壱岐に異星人らしき存在が見つかった。なら、主な戦場は壱岐の近くになるだろう。この場合、戦闘に必要なモノ一切合切を、出雲から運んでたらキリがないし、そもそも間に合わない。だから壱岐で調達したい。ところが壱岐は経済規模も小さく産業基盤も弱い。しかも異星人?との接触は初めてで、相手の意図も規模も全く分からない。そんな状態で、何をどれぐらい用意すりゃいいのさ。

 と、暗中模索の状況で物語は始まる。もっとも、暗中模索とは言いつつ、相手はコッソリ覗き見してるような奴で、しかもコッチが探りを入れると、徹底的に正体を隠そうとする。陰険な奴だね。異星人に関しては古い言い伝えもあり、だからこそ軍を組織・維持してきたわけで、気配はいかにも物騒だ。

 そんなワケで、序盤では「いつ、何を、どれだけ」の前に、そもそも壱岐の産業基盤の強化から考えなきゃいけなかったり。これが壱岐の社会構造とも密接にかかわってるあたりが、実に渋くてオジサン好みだ。

 などの兵站の話も美味しいんだが、いささか派手さには欠ける。が、心配ご無用。実はスペースオペラとしての見せ場も、たくさん用意してあるから。互いの意図を探り合う頭脳戦,艦隊同士の撃ち合い,血しぶき舞い散る白兵戦,そしていかにも強そうな新兵器。

 中でも巧いと思ったのは、白兵戦がある所。なにせ恒星系レベルのスペースオペラだ。普通に考えたら、艦隊決戦でケリがついてしまう。射程距離数千km、速度秒速数千kmの世界だし。そんな舞台で、時速ンkm単位の歩兵にどんな仕事がある? この問題をどうクリアしてるのか、お楽しみに。

 とかの白兵戦に始まる戦術レベルのネタも、てんこ盛りだから嬉しい。中でも印象に残っているのが、三角飛びw いやジャッキー・チェンの映画ならともかく、そーゆーレベルでやりますかw

 そういったクレイジーなネタが飛び出すかと思えば、キチンとニュートン力学に沿った戦術もアチコチで見えるからたまらない。というか、その辺の科学的な面を充分に考えているからこそ、三角飛びのマッドさが引き立つんだけど。

 綿密に考え抜かれた科学考証、兵站の難しさを際立たせる舞台設定、アクの強い登場人物、頭脳戦・肉弾戦・新兵器を取りそろえたバトル、そして驚きの異星人の正体。一見地味なタイトルだけど、実は思いっきり重量級かつ見せ場たっぷりの正統派スペースオペラだ。充分に時間を取って一気に読もう。でないと、禁断症状に苦しむ羽目になる。

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2019年8月19日 (月)

ロバート・A・アスキンズ「落葉樹林の進化史 恐竜時代から続く生態系の物語」築地書館 黒沢玲子訳

本書の最終目標は、生態系の普遍的なパターンや、保全問題に幅広く用いることができる解決策を探ることである。
  ――前書き

…この160万年の間に氷期と間氷期は四回ではなく、18~20回も交互に訪れていたことがわかった。
  ――第2章 白亜紀の森

更新世代以前の化石記録を分析した結果では、くり返し訪れた氷河期を生き延びた樹木の属は東アジアでは96%、北米東部では82%あるのに対して、ヨーロッパは29%に過ぎない。
  ――第2章 白亜紀の森

…人類は火を手にしたことで、熱帯アフリカのサバンナの外へ生活圏を拡大することができただけでなく、出ていった先でサバンナを作りだすこともできたのだ。
  ――第3章 人類出現後の落葉樹林

日本の伝統的な建造物にみられる瓦屋根や(檜皮や藁など)樹皮で葺いた屋根、イグサの畳、唐紙の襖といった繊細で優雅な構造は、こうした木材不足の時代に発達したのである。
  ――第3章 人類出現後の落葉樹林

日本の森林は第二次世界大戦中に乱伐されて深刻な被害を受けた。1941年から1945年の間に森林の15%が伐採されただけでなく、化学肥料が手に入らないので、その代わりに落ち葉や下層植生が利用されたため、残った森林の質も著しく低下した。
  ――第4章 自然林の減少と持続可能な森林の創出

動植物の種数は、農地開発や木材用に伐採されてから回復しつつある二次林よりも、原生林の方で生息数がはるかに多い。
  ――第5章 巨木と林内の空き地

日本の京都ではヤマザクラの開花時期について、驚くほど長期間にわたる記録が取られている。このサクラの開花は1000年以上続く恒例の桜祭りの開催を告げる合図になっている。(略)桜祭りの時期は朝廷の記録や日記類に記されているので、サクラの開花時期は9世紀以降の1200年間の60%の時期について推定できる。
  ――第8章 世界的気候変動の脅威

原生自然を重視するアメリカの自然保護運動はおおむねアメリカ独自の運動だった。(略)
ヨーロッパでは、森でもほとんどが管理された人為的な環境である。(略)
…日本に大規模な自然林がほとんど残されていない最大の原因が国の政策であることは明らかだが、ミニチュアの自然を大事にする伝統も一因になっているのかもしれない。
  ――第10章 三大陸の保全戦略を融合する

【どんな本?】

 北米、ヨーロッパ、そして日本。それぞれ遠く離れた地域でありながら、遠くからみた森の風景は、なんとなく似ている。気候が似ているためだろう。いずれも温帯にあり、降水量も多い。

 と同時に、微妙な違いもある。

 何度も訪れた氷期・間氷期など気候の変化と、海や山脈などの地形。そこに住む動植物などの生態系。そしてヒトの暮らし方と森との付き合い方。

 これらの自然環境や歴史の違いは、現代に生きる人々の自然観や自然環境保護にも影響を与えている。

 それぞれの地域は、どんな歴史を辿って現代に至ったのか。気候の変化や地形、そして動植物などの生態系は、森をどう変えるのか。人の手が入らない原生林は、どのような姿なのか。そして人はどのように森と付き合い、森をどう変えてきたのか。

 鳥類額と生態学を専門とする著者が、北米・ヨーロッパ・日本の三者の自然環境および歴史を考慮しながら、森が現在の姿に至った経緯を語り、これからの森林保護のあり方を探る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Swing the World's Deciduous Forests : Ecological Perspectives from East Asia, North America, and Europe, by Robert A. Askins, 2014。日本語版は2016年11月20日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約300頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント49字×19行×300頁=約279,300字、400字詰め原稿用紙で約699枚。文庫本ならやや厚い一冊分。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、樹や鳥の名前が次々と出てくるので、図巻かGoogleを見られると便利だろう。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 前書き
  • 第1章 よく似た風景 ニューイングランドと京都の春の森
    日本と北米の森林が似ているのはなぜか?/森林生態系の一般法則を求めて
  • 第2章 白亜紀の森 落葉樹林の起源
    北極地方の落葉樹林/落葉樹林の恐竜/白亜紀の森林生態系の終焉/新しい森の出現/気候変動と落葉樹林の衰退/落葉樹林の再編成/保全上の意義
  • 第3章 人類出現後の落葉樹林
    落葉樹林に生息する大型哺乳類の絶滅/火災と落葉樹林/農業の発達と森林の縮小/落葉樹林から農地へ/保全上の意義
  • 第4章 自然林の減少と持続可能な森林の創出
    森林保護の起源/ヨーロッパの持続可能な森林管理/日本の木材資源と水源の保護/北米の落葉樹林の衰退と回復/保全上の意義
  • 第5章 巨木と林内の空き地
    ポーランドに残る壮大な原生林/古い森に見られる若木/樹幹のギャップに特殊化した鳥類種/森林の壊滅的被害と新しい森の成長/火災とナラの木/原生林の生態的重要性/若い森の種と、体内の大きな空き地を必要とする種/保全上の意義
  • 第6章 孤立林と森林性鳥類の減少
    北米東部の鳥類が減少した原因/北米東部の鳥類にとって大森林が重要な理由/日本の森林性鳥類/森林の分断化に対する鳥類の一般的な反応パターン/森林の分断化とヨーロッパの森林性鳥類/ヨーロッパの鳥が森林の分断化に強い理由/世界のミソサザイ/ヨーロッパの森林性鳥類の減少/保全上の意義
  • 第7章 オオカミが消えた森の衰退
    失われたオオカミ/日本のオオカミ/オジロジカが変える北米の森/姿を消した下層植生の鳥/オジロジカの最適密度はどのくらいか?/シカの個体数を狩猟で減らす/自然の捕食者によってシカの個体数は減るか?/ヨーロッパの森のシカ問題/保全上の意義
  • 第8章 世界的気候変動の脅威
    急激な気候変動の証拠/生物個体は気候変動にすばやく適応して、その生息地で生き延びられるか?/生物の進化は気候変動についていけるか?/生物は気候変動を生き延びるために、分布域を変えられるか?/樹木の分布に対する気候の温暖化の影響/種の「分散援助」が必要になるか?/気候変動に対する柔軟性の限界/保全上の意義
  • 第9章 もう一つの脅威 海を越える外来種
    重要樹木を脅かす病原体と昆虫/森林に被害をもたらす病原体や昆虫の蔓延を食い止める戦略/持ち込まれた森林の害虫や病原体を駆除する方法/生物的防衛の危険性と将来性/耐性を備えた樹種の品種改良/樹種が失われると起こる長期的変化/他の侵略的外来種/保全上の意義
  • 第10章 三大陸の保全戦略を融合する
    北米の原生自然を保全する/現代の生態学的研究の観点からみた原生自然の保全/人手のはいったヨーロッパの自然環境を保護する/現代の生態学的研究の観点からみた人為的自然環境の保全/ミニチュア的自然 日本の自然保護/日本の自然保護に対する政治的制約/現代の生態学的研究の観点からみた「ミニチュア的自然」の保護/三地域の保全方法を融合させる
  • 謝辞/訳者あとがき/参考文献/注/生物名索引/事項索引

【感想は?】

 京都の紅葉の風景は、人為的に作り出されたものだったのか。

 当たり前だが、紅く染まるのは落葉樹だけだ。特に鮮やかなのはカエデだろう。ところが、「畿内に元々あった森林の優占樹種は落葉樹ではなく、常緑広葉樹や針葉樹だった」。

 ご存知のように、京都は歴史の古い土地だ。そして少し前まで、ヒトの最大のエネルギー源は薪だった。寺や仏像を建てるにも木材が要る。東大寺を建てるには900ヘクタールの原生林が必要だったとの推定もある。3km×3kmの森を潰した勘定だ。伐採で常緑樹や針葉樹が消えたスキに、カエデが侵入したのである。という事は、長く放置したら元の常緑樹+針葉樹に戻ってしまうのか。

 実際、全く人の手が入らない原生林というのは、なかなか手こずるシロモノらしい。本書が最初の例に挙げているのは、ポーランドのビャウォヴィエジャ森林特別保護区。ポーランド王室の種猟場として保護されたのが幸いし、第一次世界大戦後に国立公園として保護されるようになる。

 ここでは、林床の12~15%が倒木や落枝で覆われている。こりゃ移動するのも一苦労だ。それは辛いが、学者には格好の観察フィールドになる。面白いことに、一つの種が一帯を征服するのではなく、幾つもの種が雑然と混在しているのだ。というのも、原生林の中にいろいろな環境があるからだ。

 うっそうと繁っているように見えて、所々に空が見える所がある。本書では「樹冠ギャップ」と呼ぶ。寿命や嵐で巨木が近くの木を巻き添えにして倒れたり、火事で一帯が焼けたりしてできる。こういう所を好む生物もいるのだ。そこを、最初は草や低木が占領する。やがて日向を好み成長の早いサクラやハコヤナギが進出する。

 一般に植林によってできた人工林や皆伐の後にできる二次林は、すべての樹の年齢が同じだ。だから中の環境も似たようなものになる。対して原生林は老いも若きも混在しているので、鬱蒼としたところもあればギャップもある。そしてギャップを好む生物もいる。この本はクロズキンアメリカムシクイやコウモリを例に挙げている。

 テキトーに開けてりゃいいのかというと、そうでもない。ある程度の規模の森が必要な種もいる。実は鳥にも社会があって、一定規模の群れが維持できないと棲みつかない鳥もいるのだ。

親のなわばりを離れて数週間しか経っていない(ノドグロルリアメリカムシクイの)幼鳥は、さえずりや鳴き声を(CDプレーヤーで)流さなかった対照区よりも、流した場所の方を頻繁に訪れた。この実験結果は、幼鳥はさえずりや鳴き声に惹きつけられたことを示唆している。
  ――第6章 孤立林と森林性鳥類の減少

 若い鳥は、仲間がたくさんいる所に集うらしい。敵に襲われた時に、その方が被害が少ないからなんだろうか。そういえばハトも群れで飛ぶなあ。

 とはいえ、保護にも問題があって。この本では金華山(→Wikipedia)のシカが例として出てくる。聖域としてシカを保護したのはいいが、増えすぎて樹皮まで食べ、また若木も食い尽くし、森が草原に変わってしまった。草原に生えるシバもシカは大好きなので、更に個体数が増える。

 こういう問題はアメリカでもあって、対策の一つは狩猟、もう一つはシカを狩るオオカミの導入だ。ここで昔からの疑問の一つが解消した。ヨーロッパの童話じゃオオカミは恐ろしい悪役だが、私はオオカミにあまり悪い印象を持っていない。むしろ精悍で仲間を大事にする獣、みたいなイメージだ。これは私だけじゃなく東アジア全体の傾向らしい。というのも…

ヨーロッパの伝統文化ではオオカミは否定的に捉えられているが、日本の伝統的な見方や描写は曖昧で複雑であある。(略)
ヨーロッパでは(略)畜産と作物の混合農業が主要だった。(略)草地に放牧されていたウシやヒツジの大きな群れはオオカミのような大型の捕食者に狙われやすかった。
日本でもウマやウシ、スイギュウは重要な家畜だったが、主に交通や耕作の手段として利用されていたので、大きな群れで飼うことはあまりなく、オオカミから守るのも楽だった。
  ――第7章 オオカミが消えた森の衰退

 向こうじゃ、肉を取るためにウシやヒツジを群れで飼う。それを襲うオオカミは害獣だったのだ。でも日本じゃあまし肉を食わないんで、オオカミの害も少ない。だからあまし悪い印象もなかったのだ。ところが…

1730年に日本に狂犬病が持ち込まれた後、日本人のオオカミに対する態度が一変した。
  ――第7章 オオカミが消えた森の衰退

 今、ちょっと Wikipedia で調べたら、やっぱり長崎発祥だった。交易は経済的な恩恵がある反面、こういう危険もあるんだよなあ。ちなみにイギリスじゃ東アジアから持ち込まれたキバノロとニホンジカとキョンが増えて困ってるとか。そういえば千葉でもキョンが騒ぎになったなあ(→千葉日報)。

 外来種にしてもシカみたく大きな生き物はまだマシで、怖いのは虫や病気だ。

気候変動は長期的には大きな脅威かもしれないが、北半球の落葉樹林が直面している最大の脅威は、特定の樹種にとりつく病原体や昆虫の蔓延であり、数年で絶滅や地域絶滅の淵に追い込まれる樹種が生じることがある。
  ――第9章 もう一つの脅威 海を越える外来種

 これもオオカミ同様に捕食者の導入って手もあるが、マングースの例もあるように、適切な役者を選ぶのが難しい。が、ツガカサアブラムシ対策は笑ってしまった。1995年、マイケル・モンゴメリーは天敵を求め中国に赴き、そこで50種のテントウムシを見つけたのはいいが…

そのうちの21種が未記載の新種だった
  ――第9章 もう一つの脅威 海を越える外来種

 中国、おそるべし。恐竜の化石といい、今世紀の生物学者は中国に熱い目線を送ってるんだろうなあ。

 などの自然の話もいいが、北米・ヨーロッパ・日本を対比させているのも楽しいところ。気候や地形の違いもあれば、それぞれの土地での自然との付き合い方の違いもある。また、自然保護の理想についても、それぞれで考え方が違う。野生の北米、田園のヨーロッパ、鎮守の森の日本とでもいうか。

 にしても、つくづく林学の本は地質学から古人の日記までと視野がやたら広くて面白い。これからも、のんびりこっちの方面も読んでいこうと思う。

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2019年8月15日 (木)

S・J・モーデン「火星無期懲役」ハヤカワ文庫SF 金子浩訳

「で、そこはどこなんだ? 七人の囚人を送り込んで刑務所を建てさせ、そこに死ぬまで閉じ込めようっていう場所は?」
「火星だ」
  ――p18

フランクの命は息の数で勘定できた。体を動かせば動かすほど、残りの数が少なくなった。
  ――p198

「…やつらはおれたちを、資源としか思ってないんだ」
  ――p257

「働け。おれがおまえらに求めるのはそれだけだ」
  ――p288

おれはどんな事故で死ぬんだろう? スーツの故障? 空気に問題が発生する?
  ――p432

【どんな本?】

 21世紀半ば。フランクことフランクリン・キットリッジは51歳。工務店を営んでいたが、今は120年の懲役で刑に服している。息子に麻薬を売るバイニンを殺したのだ。

 そんなフランクに、取引が持ちかけられた。民間企業が火星に基地を作ろうとしている。まず監督官と七人の囚人を送り込み、基地を建設して居住環境を整える。次に科学者を送り、囚人たちは基地の保守や増築を担う。基地建設の初期は最も厳しく危険な工程だ。エリートを使えば費用がかさみ、被害者が出れば大きな非難を浴びる。そこを囚人に任せれば、費用を節約できて失敗時の炎上も小さくて済む。

 フランクは取引に応じた。同僚となる囚人たちは気難しい奴もいるが、人の良さそうな奴もいて、なんとかやっていけそうだ。だが監督官はいけすかないし、訓練場の様子もおかしい。それでも訓練の内容は生存と建設の技術を磨く相応しいながらも厳しいもので…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は ONE WAY, by S. J. Morden, 2018。日本語版は2019年4月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約517頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント40字×17行×517頁=約351,560字、400字詰め原稿用紙で約879枚。上下巻に分けてもいい分量。

 文章はこなれている。内容も分かりやすい。科学考証はしっかりしているが、楽しむ分には特に気にしなくてもいい。敢えて言えば、火星の大気は地球の1/100未満で、しかも二酸化炭素ばかりって事ぐらい。要は空気がないも同じなんです。

【感想は?】

 解説によると、出版社からは「火星の人」の二番煎じとして注文を受けたそうだ。確かにそういう部分はある。

 似ているのは、火星でのサバイバルということ。この点で、特に技術面における迫真性は、「火星の人」とタメを張る。大きな違いは、生存者が万能のエリートではなく、それぞれが専門技能を持つ囚人である点と、複数である点だ。また、主催が民間企業なのも大きい。

 お陰でマーク君のように多様な創意工夫の才はないし、生き残るための資源も大量に必要になる。その分、SFとしては技術面での面白さがグッと増えた。人が頼りない分、それを補佐するメカの役割が大きくなっている。

 最初に頼もしく感じるのは、バギー。火星じゃ空気がないから、もちろん内燃機関は使えない。電動車である。ロケットで運ぶんで、軽くなくちゃいけない。ってんで、タイヤとエンジンをシャーシで結びつけただけみたいな、武骨なシロモノになる。もちろん、気密はない。宇宙服を着て乗る。しかも速度はせいぜい時速16km程度。地上なら渋滞してるかのようなスピードだ。

 にもかかわらず、序盤から中盤にかけては、このバギーが実に頼もしく思えてくる。まさしく命綱の役割を果たすのだ。

 バギーから始まって、彼らが自分たちの生存環境を整えていくあたりは、次から次へと想定外のトラブルが降りかかり、緊張感がまったく途絶えない。これには主催が民間企業である点も手伝って、けっこうセコい理由でピンチが訪れたりする。特に厳しいのが電力で、これの確保には最後まで苦労する。

 などの自然相手の苦労に加え、チームならではの問題も持ち上がる。何せ囚人だけに、チームワークを築くのが難しい。だけでなく、一人また一人と死んでゆく。

 というと犯人捜しのミステリのようだが、そこは巧みにヒネってある。けっこう早いうちに犯人の目星がつくのだ。これは、彼らにはわからないが読者にはわかるよう、作中にヒントを散りばめているため。おかげで誰が何のために犯行を重ねるのか、ミステリが苦手な私でも、だいたいの見当がついた。

 じゃつまらないかというと、逆だから憎い。奴の目的がアレだとすると、彼らは極めてヤバい状況にある。しかも、環境が整うに従って、むしろヤバさは増してしまう。読者はわかるが、彼らはわからないし、わかっても対策がない。このサスペンスは最後まで続き、読者を引っ張ってゆく。

 などに加え、個人的には主人公フランクがオッサンなのが嬉しい。

 なにせ51歳、いい歳である。囚人仲間には、もっと齢を経た者までいる。おまけに長い刑務所暮らしで、体がナマっている。にも関わらず、孤立無援の火星で生き延び、基地まで建設しなきゃいけない。だもんで、訓練で感じる厳しさもひとしお。この辺は、SFが歴史を経て年配の読者が増えたからこその描写だろう。いやホント、ランニングの場面は実に痛々しかった。

 真空に近い環境での作業に伴う困難や危険を描く場面では、意外な問題を指摘してSF者を唸らせつつ、巧みに捻った設定と小説ならではの構成でサスペンスを盛り上げ、最後まで読者をグイグイと引っぱってゆく、今世紀ならではの本格的なSF娯楽大作だ。

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2019年8月14日 (水)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 3

最初の詩人は神々だった。詩は<二分心>の誕生とともに始まった。古代の精神構造における神の側はたいてい、いやことによるとつねに、韻文で語っていたのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

…音楽を聞いて味わうときにも人は脳の右半球を使っている…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

<二分心>を持つ人間は空想などしない。経験するだけだった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

時代とともに性質が移り変わるという事実は、催眠が所定の刺激に対する決まった反応ではなく、時代の期待や先入観に応じて変化することを如実に物語っている。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第4章 催眠

互いに敵意を抱いていたのは、科学と宗教ではなく、科学と教会なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

意識と認知は別物で、この二つははっきりと区別されるべきだ。
  ――後記

紀元前1000年以前の人々は、けっして罪悪感を抱かなかった。
  ――後記

 ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ヒトが意識を獲得したのは、約三千年前だ。
 それ以前、人は<二分心>に従っていた。神々の声を聞く心と、それに従う人間の心である。

 本書は、この大胆かつ独創的な仮説を唱え、歴史の遺物や文献によって検証し、現代にも残る名残りを挙げてゆく。

 この記事では、現代の名残りを挙げる「第3部 <二分心>の名残り」を中心に紹介する。

【はじめに】

 第3部で<二分心>の名残りとして挙げているのは六つ。宗教,憑依,詩と音楽,催眠,統合失調症,そして科学とエセ科学だ。なお、最後の「後記」は、本書の初版に寄せられた批判への反論が中心となっている。

 どうでもいいが、私が最近に読むノンフィクションは、よくダニエル・デネット(→「解明される宗教」,→Wikipedia)が出てくる。こっちの世界じゃ有名な人なんだと、いまさら思い知った。

【宗教】

<二分心>の名残りをひときわ色濃くとどめるとりわけ大切なものと言えば、複雑な美しさを備えた多種多様な宗教の伝統だろう。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第1章 失われた権威を求めて

 という事で、最初の名残りは宗教だ。神の声を失った人々は、それに代わるものを求めた。すべての人が一斉に神の声を失ったワケじゃない。数少ないながらも、神の声が聞こえる者もいた。そういう人が、神託を受けたのだ。文化人類学だとシャーマンと呼ばれる人たちだね。現代日本の霊能者も、この系譜なんだろう。

 ここで面白いのはイエス・キリストの話。彼はユダヤ教を改革しようとした。その理由を、こう説明している。ユダヤ教は<二分心>向けだ。意識を持つ人間には、新しい宗教が必要だったから、と。

 ちなみに Wikipedia によると釈迦は紀元前5世紀、老子は紀元前6世紀、孔子も紀元前5~4世紀なので、もしかしたら東洋の方が先に意識を獲得したのかも。

【憑依】

憑依が初めて現れたのはいつだろうか。(略)
少なくともギリシアにおいては、(略)『イーリアス』にも、『オデュッセイア』にも、ほかの初期の詩にも、憑依はもとより、憑依をわずかにでも匂わせる場面はいっさい出てこない。(略)
<二分心>が消えた後を受けたのが憑依だった。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 悪魔憑きや狐憑き、そして恐山のイタコがこれだろう。でも「首尾よく神を呼び寄せるには、霊媒が純朴で垢抜けていないほうがよい」って、ヒドスw。あ、そういえば、~の霊言とか自称する人もムニャムニャ。

 ここではウンバンダ(→コトバンク)なんてオカルト心をくすぐるネタも出てくるが、それ以上に面白いのが異言(→Wikipedia)。知らない筈の言語を喋る、という現象なのだが、これには特徴があって…

ホメロスの叙事詩に非常によく似た、強勢の有無の規則的な変化と、上がっていって最後に下がる抑揚は、信じ難いことに、異言を語る者の母国語が何語であっても変わらない。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第2章 預言者と憑依

 共通する独特のリズムとビートを持っている、というのだ。それって、もしかして…

【詩と音楽】

 そのホメロスのイーリアス、ギリシア語の朗読が Youtube にある。いかにも上品だが、このリズムってもしかしたらラップになるんじゃね?と思ったら、やっぱりやってる人がいた(→Wikipedia)。ラッパーとは現代の詩人だと思うこともあるんだが、その確信が強まる動画だなあ。

 長い文章などを覚えるには、リズムや抑揚があると覚えやすい。「古代の詩ははるかに歌に近かった」とあるが、そうでない詩は忘れられたのかも。それはともかく、歌に近いとなると、ますますラップに似てくる。著者がヒップホップを聞いたら、どう思うんだろう? まあいい。問題は、詩と二分心にどんな関係があるのかって事だ。

詩は、<二分心>の神の側が語る言葉として始まった。<二分心>が崩壊すると、まだ神の言葉を聞くことのできる者が預言者として残る。(略)また一部は詩人という特別な職業について、神が語る過去の出来事を人々に伝えた。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第3章 詩と音楽

 詩人が言う詩神とは、二分心時代の神の声の再降臨だ、というわけ。詩神の正体が無意識の叫びだとすれば、現代のヒップホップがアレなのも当然だよね。

【催眠】

 催眠状態とはどういうものか、私は知らなかった。この本にはわかりやすい例が出てくる。催眠にかかったフリしてる人と、本当に催眠にかかった人の違いだ。

 部屋の端から端まで歩けと命じ、途中に邪魔物になる椅子を置く。そして「椅子などない」と告げる。すると…

 ニセモノは、椅子にぶつかる。が、ホンモノは、椅子をよけて歩くのだ。よけてるんだけど、それを自覚していない。そういえばオリバー・サックス(だったかな?)の著作に、自分の足が動かないことを認めない人、というのが出てきた。「そうである」事を、自覚できないのだ。ヒトの脳は、時としてそういう働きをするらしい。

【統合失調症】

…本書の仮説によると、前2000年期より前は誰もが統合失調病だった…
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 と、大胆な仮説で始まるこの章、中身は皆さんのご想像通り。もっとも、私は統合失調症について全く分かっていない事を思い知らされた。例えば、こんな事とか。

統合失調症患者は通常の意識的なやり方では想像できないので、役を演じたり、見せかけの行動をしたり、架空の出来事について話したりすることが不可能なのだ。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第5章 統合失調症

 演技ができないいのだ。だから、「もし医者だったらどうするかと訊かれても、自分は医者ではないと答えるだろう」。これと似たようなやりとりを某匿名掲示板でやった事があるんだが、相手は患っていたのか、単に面倒くさがってたのか。たぶん後者だろうなあw

【科学】

 最後のまとめとなる章だ。ここでは簡潔に、人類の歴史をまとめてある。

前2000年期に、人間は神委が身の声を聞くのをやめた。
前1000年期には、まだ神の声が聞こえた人たち、つまり宣託者や預言者もまた、徐々に消えていった。
紀元後の1000年期には、かつて預言者が言ったり聞いたりした言葉の記録された聖典を通して、人々は自分たちには聞こえぬ神の言いつけを守った。
  ――第3部 <二分心>の名残り 第6章 科学という占い

 そして、神託にも聖典にも頼れぬとわかったヒトは、他の確実なものを求め、科学やオカルトやエセ科学に頼るのだ。

【最後に】

 正直、読み終えた今でも半信半疑だ。特に第3部は、ちと突っ走りすぎの感がある。第2部も、根拠が地中海周辺に偏っているのが気に入らない。はい、感情的になってますw でもやっぱりヴェーダ(→Wikipedia)にも触れて欲しいじゃないか。特にリグ・ヴェーダは Wikipedia によると「紀元前18世紀ころにまで遡る歌詠を含む」とあるし。いや読んだことはないけどw

 というか、この本を真剣に検証しようとすると、ヴェーダ語から学ばなきゃいけない。つくづく、学問の道とは遠く果てしないものだ。

 それはともかく、ピーター・ワッツの諸作品(「ブラインドサイト」「エコープラクシア」「巨星」)を読みこなすには、必須の一冊だろう。SF者としては、読んでおいて損はない。また、歴史上の人物は私たちと全く違う考え方をしていた、なんてのは当たり前ではあるけど、それをキチンと考慮するのはいかに難しいかを実感させてくれる本でもあった。

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2019年8月13日 (火)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 2

文明とは、全住民が知り合い同士でないほどの広さの町々における生活術を指す。
  ――第2部 歴史の証言 第1章 神、墓、偶像

神々は誰かの想像から生まれた虚構などでは断じてなく、それは人間の意志作用だった。神々は人間の神経系、おそらくは右大脳半球を占め、そこに記憶された訓戒的・教訓的な経験をはっきりした言葉に変え、本人に何をすべきか「告げた」のだ。
  ――第2部 歴史の証言 第2章 文字を持つ<二分心>の神政政治

神々の崇拝において祈りが中心的な位置を占める行為として顕著になるのは、もはや神々が人間と(「申命記」第34章10節の言葉を借りれば)「面と向かって」話さなくなってからだ。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化 

ごく最近まで、偶然という概念はいっさい存在しなかった
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

以上、前兆占い、籤占い、卜占、自然発生的占いという占いの四つの主要な型を見てきた。ここで注意したいのは、それらは思考や意思決定が、自己の精神の外側からもたらされる方法だと考えられる点と、それらはこの順番で意識の構造にどんどん近づいているという点だ。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

意識の特徴である時間の空間化がなければ、歴史は誕生しえない
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

意識の出現は、(略)聴覚的な心から視覚的な心への転換と解釈できる。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

『イーリアス』には隠し事がない。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

意識と道徳は一体となって発達する。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

旧約聖書とは本質的に、<二分心>が失われ、残存するエロヒムが穏やかに沈黙の中へと後退し、それに続いて混乱と悲劇的暴力が起こり、預言者たちの中に神の声を再び得ようと空しく探したあげく、ついに道徳的規範にその代用品が見出されるまでを描いた物語なのだ。
  ――第2部 歴史の証言 第6章 ハビルの道徳意識

 ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 1 から続く。

【どんな本?】

 約三千年前まで、人類には意識がなかった。

 それまで、人類は二つに分かれた心<二分心>で生きていた。片方は神のように語る=命じる心であり、主に脳の右半球が担っていた。もう一つは神の言葉を聞く=従う心であり、主に脳の左半球である。

 確かに、人類はその歴史のどこかで意識を獲得したんだろう。だが、三千年前とは、いささか新しすぎるのではないか。なぜ三千年前だとわかるのか。三千年前に、何が起きたのか。また、意識の代わりが<二分心>とは、あまりにオリジナリティがすぎるのではないか。

 第2部では、これらの疑問に答え、根拠を示すべく、様々な遺跡や文献を漁り、また歴史上の出来事を挙げてゆく。町の形、偶像、そして『イーリアス』と『旧約聖書』。

 独動的で大胆かつ奇想天外な仮説を、膨大な知識によって裏付ける、圧倒の第2部。

【はじめに】

 今は第3部の半ばぐらいまで読み終えたところだ。正直、著者の仮説はちと怪しいと思い始めている。が、だとしても、SFや伝奇小説は、敢えて騙された方が楽しい。そういう姿勢でこの記事を書いている。

【衝突】

 三千年前とは言うが、全世界で同時とは言っていない。

 そう、所によって早かったり遅かったりした。だから、<二分心>の社会と意識の社会が衝突する事もある。1532年11月のスペイン人とインカ帝国の出会いがソレだ。

 インカ帝国滅亡の原因を探る説としては、なかなか斬新だと思う。もっとも、私はブライアン・フェイガンの意見を聞いてみたい(→「水と人類の一万年史」)。

【物的証拠】

 さすがにモノから心を探るのは難しい。が、それでも都市の形や絵画などから、著者はなんとか根拠を見いだそうとする。

 中でも気になったのは、神像や偶像の目比率だ。これは 目の直径/頭の長さ の数字である。要は目がデカい。これは目力とでもいうか、神の権威を強調したもの、としている。

 人間の目は約10%なのに対し、シュメールの遺跡やエジプトの神殿から発掘された神像は、目比率が18~20%に及ぶ。インダス文明も20%超える、とあるが、今Google画像検索でざっと見ると、確かに大きいけど切れ長の目が多いなあ(→画像検索)。

 それより私が連想したのは、遮光器土偶だ。Wikipedia によると遮光器土偶は「縄文晩期のものが多い」とあるので、著者が主張する三千年前とほぼ合致する。

 実はもう一つ、「ねんどろいど」を思い浮かべたのだが、これが将来に発掘された時、果たしてどう解釈されるのやらw

【神々の戦い】

 神話の解釈にはいろいろある。その一つに、様々な神は、有力な部族を象徴している、とするものだ。これに<二分心>を当てはめると、実に面白い構図が出来上がる。つまり、部族同士の争いは、まんま神同士の戦いになるのだ。少なくとも、当時の人にとっては。

 エジプト神話で解釈が難しい「カー」も、二分心仮説なら理屈が通る。つまり脳内の声がカーだ。おお、すげえ。とすると、守護霊ってのは、<二分心>の残響なんだろうか。

【変化】

 では、何が<二分心>を消したのか。

 著者は七つの原因を挙げている。うち四つは<二分心>より意識の方が有利だ、とする理由だ。だが、それは、生存競争に勝った事を示すだけで、なぜ意識が出現したのかは説明しない。

 なら、何が意識を生んだのか。

 一つは文字だ。これで神の声が弱まった。例えばハンムラビ法典だ。脳内の声に従えばいいなら、法律は要らない。文書化とは、脳内の声を外に出すことだ。これにより、脳内の声を超える権威ができてしまった。

 次に大災害。BC1628のデラ島(→Wikipedia)の火山噴火により、地中海周辺地域は壊滅的な打撃を受け、難民が近辺にも押し寄せた。難民は神に見捨てられたと感じただろう。

 そして最後に、難民や交易などを通じた異民族との接触。他者を理解するには、脳内の声だけでは不充分だ。特に交易では、異民族を理解しなきゃいけない。

相違を観察することが意識のアナログの空間の起源になるかもしれない。
  ――第2部 歴史の証言 第3章 意識のもと

 それ以前からボチボチと現れていた意識を、これらの要素が育てていったのだ。

【懐古】

 去っていった神を、人々は探し求める。

世界の諸宗教に共通する大テーマが、ここで初めて問われている。なぜ神々は人間のもとを去ってしまったのか。
  ――第2部 歴史の証言 第4章 メソポタミアにおける心の変化

 これを補うために、ヒトは様々なモノを生み出す。祈り、占い、そして道徳。

『イーリアス』に出てくる、神々の操り人形である人間は、道徳的判断ができない。
  ――第2部 歴史の証言 第5章 ギリシアの知的意識

 昔は道徳がなかった、というのも衝撃的だ。第2部第6章では、旧約聖書を元に仮設の検証を企てる。旧約聖書には残酷で理不尽な場面が多いが、それを道徳の欠如として解釈するとは、なんとも大胆だよなあ。

 ちなみに第2部第5章は『イーリアス』での検証だ。私は旧約聖書もイーリアスも読んでいないので何とも言えないが、いずれもアレな説のネタとしては鉄板なだけに、なんか怪しいと感じると共に「巧く料理したら面白い物語が書けるかも」などと思ってしまう。

【最後に】

 などと、色々と茶化しつつ読んだのだが、そうでもしないと著者の世界に引きずり込まれるという危機感を抱いたからだ。幸か不幸か私は古典も歴史も教養に欠けるため、キチンとした検証はできないが、できれば反論の書も読んでみたいと思う。そういう毒消しがないと、洗脳されそうな気配になっている。

 などと危ぶみつつ、次の記事に続く。

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2019年8月12日 (月)

ジュリアン・ジェインズ「神々の沈黙 意識の誕生と文明の興亡」紀伊國屋書店 柴田裕之訳 1

…私たちは意識とは何かを規定することから新たに始める必要がある。(略)あるものの正体を明かす手がかりすら得られないとき、それが何でないかを問うことから始めるのは賢明なやり方だ。
  ――序章 意識の問題

何かを理解するというのは、より馴染みのあるものに言い換え、ある比喩にたどり着くことだ。つまり、馴染み深さが、理解したという気持ちに通ずる。
  ――第1部 人間の心 第2章 意識

意識が言語の後に生まれたとは!
  ――第1部 人間の心 第2章 意識

おしなべて、『イーリアス』には意識というものがない
  ――第1部 人間の心 第3章 『イーリアス』の心

…意思は神経系における命令という性質を持つ声として現われたのであり、そこでは命令と行動は不可分で、聞くことが従うことだったのだ。
  ――第1部 人間の心 第4章 <二分心>

私が<二分心>と呼ぶ構造にまとめられた脳は、何千年もの間。人間の文明の基礎だった。それなのに、訓戒の声が聞こえなくなり、代わって意識という新しい仕組みを得るというような機能の変化を、どうしてこれほど短い間に遂げえたのだろうか。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

…ほとんどの種にとって、群れの大きさの上限を決定するのは、この意思疎通システムだ。
  ――第1部 人間の心 第6章 文明の起源

【どんな本?】

 約三千年前まで、人類は意識を持っていなかった。

 本書は、この大胆かつ奇想天外な仮説を唱え、その根拠を示して検証し、現代にも残る名残を挙げてゆくものだ。

 しかし、誰だって反論したくなるだろう。ヒトが歴史上のどこかで意識を獲得したのは確かだ。だが、三千年前=紀元前千年ごろとは、いささか近すぎるのではないか。もっと前から、メソポタミア/エジプト/インダス/黄河などの四代文明があったではないか。意識もなしに、どうやって文明を築き維持していたのか。そもそも、意識の有無を、どうやって検証するのか。

 著者は、これらの問いに対し、まず「意識とは何か」「それは何の役に立つのか」から問い直し、古代の遺物・遺跡や『イーリアス』に代表される文献を検証し、仮説に裏付けを与えてゆく。

 正規の大発見か、はたまたトンデモか、または今後の発展が期待される新たな学問の源なのか。各界に話題を読んだ問題の書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Origin of Consciousness in the Breakedown of the Bicaameral Mind, by Julian Jaynes, 1976, 1999。日本語版は2005年4月6日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約560頁に加え、訳者あとがき8頁。9ポイント45字×18行×560頁=約453,600字、400字詰め原稿用紙で約1,134枚。文庫なら厚めの上下巻ぐらいの大容量。

 学術書らしく文章はやや硬い。内容もけっこう難しい。何せ扱うのが「意識」だけに、深く考えないと理解できない部分もある。また、古代史の知識もあった方がいい。特に大事なのはメソポタミアとギリシア。そして、最も重要なのは『イーリアス』だ。いや私はいずれも疎いんだけど。

【構成は?】

 序文では、こう説明している。

第1部では、私がたどり着いた考えの数々をそのまま提示する。
第2部では、歴史的な証拠を検証する。
第3部では、推論を行って現代における現象の説明を試みる。

 そんなワケで、素直に頭から読むといいだろう。

  • 序文
  • 序章 意識の問題
  • 第1部 人間の心
  • 第1章 意識についての意識
  • 第2章 意識
  • 第3章 『イーリアス』の心
  • 第4章 <二分心>
  • 第5章 二つの部分から成る脳
  • 第6章 文明の起源
  • 第2部 歴史の証言
  • 第1章 神、墓、偶像
  • 第2章 文字を持つ<二分心>の神政政治
  • 第3章 意識のもと
  • 第4章 メソポタミアにおける心の変化
  • 第5章 ギリシアの知的意識
  • 第6章 ハビルの道徳意識
  • 第3部 <二分心>の名残り
  • 第1章 失われた権威を求めて
  • 第2章 予言者と憑依
  • 第3章 詩と音楽
  • 第4章 催眠
  • 第5章 統合失調症
  • 第6章 科学という占い
  •  後記/訳者あとがき/原注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 第2部の第5章まで読み終えた時点で、この記事を書いている。

 何せ読み終えていないので、著者の説に賛成も反対もできない。が、とりあえず、野次馬根性をそそられるのは事実だ。なんたって、「ヒトが意識を獲得したのは三千年前だ」なんて大胆な話なんだから。

 そんなことを言われたら、「ブラインドサイト」「エコープラクシア」「巨星」と読んできたSFファンとしては、読まずにいられないじゃないか。果たして意識を持たぬ者が、文明を構築できるのだろうか。そんな社会は、維持できるんだろうか。あ、でも、蟻やミツバチは社会を作ってるなあ。

 と、突然にヒト以外の生物の話を出したのは他でもない、著者も最初は動物行動学の研究者としてキャリアを歩み始めたからだ。そこで興味深い実験の話がある。ネズミに電気ショックを与える実験だ。

 単に電気ショックを与えるだけなら、腫瘍はできない。餌や水を得るには通電した格子板を通らなければならいと、腫瘍ができる。「食べたい、でもビリビリは嫌」という葛藤が腫瘍を作るのだ。葛藤のストレスってのは、相当に大きいものらしい。そういえばスティーブ・ジョブスはいつも同じ服を着ていたって話があるなあ。何かを選ぶのは、心の負担になるからって理由で。

 そんなワケで、ヒトは指針を求める。指針が必要なのは、意識があるからだ。意識がなければ、そんなモノは要らない。自動的に体が動くんだから。でも、それで暮らしていけるのか?

 案外と、たいていの事はできたりする。酔っぱらいは意識がなくても、ちゃんと自分の家に帰るし。本書では自動車の運転を引き合いに出す。助手席の人とお喋りしていても、たいていは問題なく運転できる。クラッチを踏みシフトレバーを入れ替えアクセルを踏んで再びクラッチをつなぐ。こういう動作を、ドライバーは無意識に行っている。

 どころか、多くのスポーツは、個々の筋肉を意識すると、かえって巧くいかない。自分がどうやって歩いているのか、普通は考えたりしない。往々にして、意識なんてない方がいいのだ。

ここでは、私たちの活動の多くに意識はたいした影響を持たないと結論しておけば事足りる。
  ――第1部 人間の心 第1章 意識についての意識

 では、それ以前の人々は、どうやって暮らしていたのか。そこでこの本のもう一つの大胆な仮説、<二分心>が出てくる。極論すると、神々の声を発する右脳と、それを聞く左脳だ。ヒトは、自らの脳が発する声を「神々の声」と考え、それに従って生きてきたのだ。

前章で導き出された途方もない仮説は、遠い昔、人間の心は、命令を下す「神」と呼ばれる部分と、それに従う「人間」と呼ばれる部分に二分されていた、というものだ。
  ――第1部 人間の心 第4章 <二分心>

…人間の側に必要な機能は左(優位)半球にあり、神々の側に必要な機能は右半球により顕著に現れていると考えられる。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

 もっとも、「生まれつき大脳の半分がないけど普通に暮らしてる60歳の男」なんてニュースもある(→RUSSIA BEYOND)。だから実はそれほどハッキリと右脳・左脳が役割分担してるワケじゃないらしい。物理的な脳の部位=ハードウェアと、それが担う役割=ソフトウェアは別、と考えれば、著者の説もアリかもしれない。コンピュータでアプリケーションが主記憶のどのアドレスにロードされるか、みたいな感じかな?←もっとわかんねえよ

 それはともかく、著者の説を受け入れると、SF者としては第1部の終盤で強烈なアッパーを食らうから怖い。

現在、意識が神経学的にどのようであろうと、その状態がいつの時代にも不変であると考えるのは誤りだろう。
  ――第1部 人間の心 第5章 二つの部分から成る脳

 おお、これぞまさしくピーター・ワッツの世界ではないか。将来、脳とコンピュータが直結したら、ヒトの精神構造は、根本的に変わるかもしれない。意識に成り代わる何者かが、立ち現れる可能性がある。なんかゾクゾクしてきたなあ。いや著者の視線=過去とは逆の方向=未来を向いた発想だけど。…ああ、ボーグって、そういうことか。

 というところで、次の記事に続く。

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2019年8月 9日 (金)

ピーター・ワッツ「巨星 ピーター・ワッツ傑作選」創元SF文庫 嶋田洋一訳

名前はどうでもいい。名前は居場所の記号に過ぎない。バイオマスはどれも交換可能だ。
  ――遊星からの物体Xの回想

正しい受容ニューロンを刺激すれば、脳が勝手にスパムを生成するのだ。
  ――神の目

「あの人たちがずっとやってきたのは、流行する専門用語をでっち上げることだけでしょ」
  ――乱雲

「道徳って本当は何だかわかる?」
  ――付随的被害

それはわたしの決断でなくてはならなかった。彼らが手を血で汚さなくても済む方法はそれしかない。
  ――ホットショット

「難局?」
「接触シナリオなんだ、たぶん」
  ――島

【どんな本?】

 「ブラインドサイト」「エコープラクシア」と、突き放した目線でクールかつドライな作品で話題を呼んだピーター・ワッツの、日本独自の短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年3月22日初版。文庫本で縦一段組み、本文約351頁に加え、高島雄哉による解説5頁。8ポイント42字×18行×351頁=約265,356字、400字詰め原稿用紙で約664枚。文庫本では少し厚め。

 文章は硬い。内容も、かなり取っつきにくい。異常なモノゴトを当たり前のように描いたり、普通のことを科学の言葉で表したり。つまりは思いっきり濃いSFが読みたい人向きの芸風です。

【収録作は?】

 それぞれ日本語作品名 / 英語作品名 / 初出。

天使 / Malak / Engineering Infinity 2010
 死の天使、アズラエル。与えられた計画に従って空中を哨戒し、プログラムに従って自ら標的を選び攻撃する、自動戦闘機械。友軍は緑、中立は青、敵は赤。敵味方の識別は、彼らの行動により変わる。攻撃してくれば敵。味方を攻撃すれば敵。攻撃した際の利益と、守るべき対象の損害の割合、付随的被害の予想値=PCDを常に計算し、攻撃実施後に再評価する。
 今のところ、無人攻撃機はヒトが操縦している。でもいずれ妨害電波によるジャミングや乗っ取りが激しくなるだろうし、そうなれば自律的に判断して攻撃するモノも出てくるだろう。そんなマシンが野良になったら…と思ったが、実は既に野良の殺戮マシンが世に溢れているのだった。地雷・機雷そして不発弾である。頭が悪いわりに辛抱強く寿命も長い上に補給要らずだから実にタチが悪い。
遊星からの物体Xの回想 / The Thing / Clarksworld Magaazine 2010年1月号
 わたしは無数の世界を渡り歩いてきた。探検家として、外交官として、伝道師として。だが衝突時に多くの派生体を失い、蓄えた叡智も失い、氷に包まれた。再び目覚めたとき、二本足の派生体がわたしを囲んでいた。そこで彼らと交霊しようとしたが…
 みんな大好きジョン・カーペンターの傑作「遊星からの物体X」を、物体Xの視点で語りなおした作品。「わたし」が人間の世界を学ぶ過程の描き方が、実にセンス・オブ・ワンダーに溢れていて気持ちいい。
神の目 / The Eyes of God / The Solaris Book of New Science Fiction Vol.2 2008
 空港の搭乗前セキュリティには、スキャン待ちの列ができている。スワンク、脳をスキャンし、犯罪を犯しかねない者を見つけ出す。そして危険と判断された者は、一時的に脳の配線を変える。これで空は安全になった。
 宗旨替えしたオックスフォード大学の無神論者は彼(→Wikipedia)だろうなあw 今でも脳の一部を刺激することで、人為的に宗教的な法悦を作りだせるらしい(→「確信する脳」「書きたがる脳」)。また、時間はかかるし精度も極めて荒いが、その人の倫理的な傾向も洗い出せるとか(→「社会はなぜ左と右にわかれるのか」)。P・K・ディックが好みそうな主題だが、料理法はいかにもワッツらしい。
乱雲 / Nimbus / On Spec 1994年夏季号
 雲が人を襲い始めた。戦いを挑む者もいるが、まったく相手にならない。生き残った者は城壁内の要塞に立てこもり、なんとか命をつないでいる。雲が何を考えているのか、誰も分からない。でも娘のジェスは、今日も屋外で雲の声を聴いている。雲から漏れる電波を受信器で拾うのだ。だが、雲が何を語っているのかは、ジェスにも分からない。
 今だってクジラやイルカの声を聴く人はいる。だが、それが何を意味しているのかまでは分からない。それぞれ勝手に解釈してるけど、解釈があっている保証は全くない。考えてみりゃ、同じ人間同士でさえ互いが何を考えてるか理解しあえず、結局は武力で解決してきたのが人類の歴史なわけで、他の種族とコミュニケーションが取れるなんてのは、たいへんな思い上がりなのかも。
肉の言葉 / Flesh Made Word / Prairie Fire 1994夏季号
 ウェスコットは実験を重ねる。チンパンジーなどの動物が、死の瞬間に何を考えるのか。脳の活動を記録して、それを探ろうとする。その日、実験が終わった時、恋人のリンが入ってきた。飼い猫のゾンビが事故に遭った。助かる望みはない。獣医は安楽死を薦めている、と。ウェスコットの昔の恋人キャロルもまた…
 次々と実験動物を殺し実験を重ねるウェスコットは、心底から冷たい機械のような人間に見える。長く飼っていた猫のゾンビが死んだ時も、全く動じない風だし。とまれ、リンが見切りをつけたのは、別の理由じゃないかと思うんだが、どうなんだろ?
帰郷 / Home / On Spec 1999夏季号
 北太平洋、アリューシャン列島近辺の海中。それは元は人間だった。身体を改造し、海中の暮らしに適応した。400気圧の水圧にも耐え、何でも食べる。その代償に、人間としての理性を失い、知能は蜥蜴並みになった。何かに導かれ、ここに来たようだ。ステーションは呼びかける。「ようこそお帰りなさい」
 ちょっとシマックの名作「都市」の第四話「逃亡者」に似た風景だけど、その背景にある事情は見事に裏返ってる。「命がけで南極に住んでみた」に、南極基地で冬を越す常連さんが出てくるけど、そんな感じなのかも。異論はあるだろうけど、ハッピーエンドだと私は思う。「ティファニーで朝食を」のホリーなら、どうしただろうか。
炎のブランド / Firebrand / Twelve Tomorrows 2013
 ライアン・フレッチャーは、煙草に火をつけようとした時、炎を吹き出した。メイ=リー・バドゥラは仮設トイレで爆発した。グレタとロジャーのヤング夫妻はベッドで焼死体となった。いずれもドーラは巧く始末した。グリーンヘックス社から目をそらすよう仕向けたのだ。グリーンヘックス社は藻のプラスミドを改造し、食料やドラッグやガソリンを生み出すようにしている。
 プラスミド(→Wikipedia)はDNAだが、核でもミトコンドリアでもない。油をつくる藻の研究は、今でも行われている(→Wikipedia)。石油輸入国の日本としてはなんとか実用化したい技術だが、今はまだ費用的に難しいようだ。煙草が安全の印になるのも、ここ半世紀の煙草産業がやってきた事を考えると、皮肉が効いている。
付随的被害 / Collateral / Upgraded 2014
 ナンディタ・ベッカー伍長は改造人間である。人工筋肉などで肉体を強化しているだけでなく、脳にもコンピューター・インタフェースを埋め込み、反応速度も高速化した。意識が決定を下す前に、肉体が行動を起こすのである。その日、ベッカー伍長は作戦区域に入り込んだ者を射ち殺した。それは民間人だった。この事件をジャーナリストのアマル・サブリエが嗅ぎつけ…
 軍とサブリエの盗聴・防諜合戦が楽しい。ドローンが街中をウロチョロするようになると、インタビュウの場所を選ぶのも大変だw 兵を強化しようって発想を遡ると、棍棒や投石まで遡るかも。その時代にも誤認・誤射はあっただろうから、これは古くて新しい問題…かと思ったら、お話は思わぬ方向へとスライドしていき…。
ホットショット / Hotshot / Reach for Infinity 2014
 ディアスポラ計画。巨大な宇宙船で宇宙を航行し、超光速航行を可能とするワームホール網を作り上げる。その乗務員は生まれる前から遺伝子を改造され、乗務員となるべく育てられる。自ら乗務員となる事を望むように。しかしベッキーは違った。乗り込む前、ベッキーは二ヶ月の猶予を求め、太陽へのダイブを試みる。
 以降、「巨星」「島」と続く三部作(実は四部作だが第二部は未訳)の開幕編。この選択は自分の意志なのか、強いられたものなのか。というベッキーの悩みが主題なんだけど、それより太陽へのダイブの描写が強烈すぎて、そっちの方が強い印象を残してしまうw
巨星 / Giants / Extreme Planets 2014
 ワームホール構築船<エリオフォラ>。普段は人工知能のチンプが管理し、乗務員は眠っている。チンプが処理できない事態になった時、何人かの乗務員を起こす。今、起きたのは、ぼくとハキムの二人。この星系は、デブリと小惑星を除けば、赤色巨星と氷結した巨大惑星。<エリオフォラ>は赤色巨星への衝突コースを辿っていた。
 人工知能チンプとリンクしているぼくと、リンクを壊したハキム。コンピュータの記憶・計算能力を、モニタ越しなんて不細工なインタフェースではなく、リアルタイムで使いたい、と思うことはよくある。そうすりゃいつどこでもポケモンGOが…って、違うw この作品も、そういう主題より、描かれる風景に圧倒されてしまうのが難点かもw
島 / The Island / The New Space Opera 2 2009
 <エリオフォラ>が航行を初めて十億年ほどが過ぎた。起きたサンディは、息子と名乗るディクスと問題にあたる。目前の赤色矮星が、奇妙な変動をしている。変動は対数直線的に増加し、92.5標準秒で繰り返す。恒星の光を信号に使うほどのテクノロジーを持った知性からのメッセージだ。
 チンプとリンクした者の視点で描かれた前作に対し、今回はリンクがない者の視点で描く作品。やはり今作も仕掛けの大きさや鮮やかさの輝きが見事すぎて、主題がかすれてしまうのがなんともw 改めて考えると、ヒトを超える知能を作る技術が可能なら、いつかは作ってしまうのがヒトなんじゃなかろか。とすると、アレもコレも…

 クールかつ乾いた文体で、思いっきり奇想天外かつ過激な発想を叩きつけてくるのが、ピーター・ワッツの怖いところ。でもテーマの原点を突き詰めると、例えば「天使」だと落とし穴にまで遡って考えちゃったり。それはそれとして、末尾の三作は、とにかく描かれる場面の迫力が凄い。じっくり、時間をかけて楽しもう。

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2019年8月 6日 (火)

岩瀬昇「日本軍はなぜ満州大油田を発見できなかったのか」文春新書

杉山元参謀総長「本報告の調査および推論の方法はおおむね完璧で間然とするところがない。しかしその結論は国策に反する。したがって、本報告の謄写本は全部直ちに焼却せよ」
  ――第5章 対米開戦、葬られたシナリオ

【どんな本?】

 蒸気機関の戦争だった第一次世界大戦に対し、第二次世界大戦は石油の戦争となった。戦車も航空機も空母も燃料は石油だ。太平洋戦争では、南方の油田を目指し帝国陸海軍が突進した。陸軍・海軍ともに、石油の重要性はわかっていたようだ。

 では、戦前・戦中の石油を含む大日本帝国のエネルギー政策は、どんなものだったのか。例えば満州には大慶油田(→Wikipedia)や遼河油田(→Wikipedia)が眠っているが、大日本帝国はなぜ発見できなかったのか。米国が先導する経済制裁に対し、どのような対応策を取ったのか。更には、日米の圧倒的な経済力の差を、どう認識して開戦に踏み切ったのか。

 著者は三井物産及び三井石油開発に勤務し、退職後もエネルギーアナリストとして研究を続けている。終戦直後、軍や政府の資料は多くが焼却されてしまった。しかし、石油関連会社など民間の資料は残っている。

 本書はこれらに加え、戦後に出版された軍人・民間人の手記や回顧録などを丹念に漁り、また仕事を通じて培ったエネルギー関連の豊かな人脈を駆使して、戦前・戦中における大日本帝国のエネルギー政策を検証する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2016年1月20日第1刷発行。新書版で縦一段組み本文約238頁。9ポイント42字×16行×238頁=約159,936字、400字詰め原稿用紙で約400枚。文庫本なら少し薄めの一冊分ぐらい。

 文章は比較的こなれている。内容も特に難しくない。全体を理解するには日本現代史と石油の双方の知識が必要だが、本当に重要な点は本書内にちゃんと書いてあるので、あまり前提知識は要らない。その分、頁数の割に中身は濃い本だが、じっくり読めば必要な事は理解できるので、あせらずに読もう。また日付を元号と西暦の双方で書いてある工夫が有り難い。

【構成は?】

 ほぼ時系列順に進むので、なるべく頭から読もう。

 はじめに
第1章 海軍こそが主役
第2章 北樺太石油と外交交渉
第3章 満州に石油はあるか
第4章 動き出すのが遅かった陸軍
第5章 対米開戦、葬られたシナリオ
第6章 南方油田を奪取したものの
第7章 持たざる者は持たざるなりに
 主な引用・参考文献

【感想は?】

 今も昔も、国の盛衰はエネルギー次第なのだ。

 昔については、「森と文明」で思い知った。大英帝国の躍進も、豊かな炭田があったからだ。では、大日本帝国のエネルギー政策はどうだったのか。これを検証するのが、この本だ。

 全編を通し、著者の静かな怒りが伝わってくる。決して罵らず口調も荒げず、淡々と事実を記すだけだ。だからこそ、当時の大日本帝国の支配層が、いかに現実を受け入れようとしなかったか、思い込みにはまり込んで愚行に走ったかを、根拠に基づいて冷静かつ論理的に指摘してゆく。

 なにせ冒頭の「はじめに」から、「戦前、戦中を通じ、国家としての統一された石油政策が存在したとはいいがかたく」とある。当時の大日本帝国が、マトモな経済政策や軍需政策を持っていなかったのは、「海上護衛戦」でも散々に指摘されていた。

 第一部では、海軍は比較的に早くから石油の重要性を認識していた、とある。が、その直後に、水ガソリン詐欺事件を引っ張り出す。1938年、詐欺師が水をガソリンに変えると触れ込んで、海軍上層部が危うく騙されかけた事件だ。技術屋はペテンだと指摘したにも関わらず、井上成美軍務局長曰く「上長批判はけしからん」。いや化学に上長もヘッタクレもねえだろうに。

 もちろん著者は「ヘッタクレ」なんて下品な言葉は使わない。調査と取材で得た事実を記すだけである。それだけに強い説得力を持って、当時の軍はそういう体質だったのだ、という現実が痛いぐらいに伝わってくる。

 実はもう一つ、重要な点がある。本書全般を通し、陸軍と海軍を対比して描いている点だ。「第6章 南方油田を奪取したものの」では、1942年11月に海軍のタンカー黒潮丸がパレンバンで陸軍の製油所から給油を受けた事件を紹介している。上との連絡が取れず、独断で給油を指示した陸軍の廠長、なんと上からお叱りを受け、昇進も邪魔されている。独断はけしからん、と。

 独断云々はタテマエで、陸海軍の睨み合いが原因なのは、読んでいればだいたいわかる。そもそも陸海軍が別々に石油政策を持っている事がおかしい。まあ、他にもあらゆる軍需品に関してマトモな計画がなかったのは、「海上護衛戦」で散々に毒づいてるけど。

 とかの分かりやすい量の問題に加え、当時の大日本帝国は質の問題も抱えていた。走り屋はみんな知ってるオクタン価(→Wikipedia)だ。これも当時の事情は…

揮発油(ガソリン、ジェット燃料)の品質基準に「オクタン価」というものがあることを、日本の石油関係者が知ったのは、昭和七(1932)年から一年間、海軍機関少佐だった渡辺伊三郎が欧米視察に出たときのことだった。
  ――第4章 動き出すのが遅かった陸軍

 というから、陸海軍の技術軽視は凄まじい。もっとも、「兵士というもの」にも、陸軍兵士は技術の話をほとんどしなかった、とあるので、世界的に陸軍は技術を軽んじる傾向があるのかも。対して空軍兵はエンジンを重視したとかで、空軍が独立してたドイツじゃ技術屋は比較的にマシだったんだろうなあ。

 終盤では、開戦前に日米の経済力を比べた秋丸機関(→Wikipedia)と、それとは別に陸軍参謀本部が新庄健吉陸軍主計大佐に命じて行った経済力調査の顛末が出てくる。結果は、ご想像のとおり。なんで「愚行の世界史」か取り上げなかったのか、と不思議に思うぐらい、愚か極まりない結論に向かって突っ走ってゆく。

 他にもソ連に翻弄される北樺太油田、満州での関東軍あげてのペテン、軍事機密に阻まれ必要な統計すら取れない縦割り組織の悲劇、「軍人、軍馬、軍犬、軍鳩、軍属」と揶揄される軍の技術者軽視など、もはや笑うしかない当時の大日本帝国の出鱈目さを、あくまでも冷静沈着に事実だけを記す形で綴ってゆく。

 歴史を掘り起こし、そこから国家のエネルギー戦略の教訓を学ぶと共に、あの戦争の原点を探ろうとする、見た目は薄いながらも中身は極めて濃い本だ。

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2019年8月 5日 (月)

ベッキー・チェンバーズ「銀河核へ 上・下」創元SF文庫 細美遥子訳

「おれたちが何をやってるか、ちょっと思い出してくれるか? あちこち飛びまわって、宇宙空間に穴を――文字どおりの穴を――あけてるんだぞ」
  ――GC標準306年 129日 苦情

みんなが変わっているところなら自分が変わっていると思うことはない。
  ――GC標準306年 163日 ポート・コリオル

スイッチを切ることのできない重力が、アシュビーはあまり好きではない。
  ――GC標準306年 249日 コオロギ

「だってさ、こいつを直すこと以上にやりたいことなんてないんだから」
  ――GC標準306年 335日 ケドリウム

「彼は存在している。それが罪だ」
  ――GC標準307年 45日 十月二十五日

「建設にはたくさん、たくさんの失敗がつきものです」
  ――GC標準307年 121日 異端者

「レンチならうちにもあるよ」
「うん、でもこれはあたしのレンチだから」
  ――GC標準307年 158日 ハード・リセット

【どんな本?】

 アメリカの新人作家ベッキー・チェンバーズのデビュー作。

 遠未来。地球は荒れ果て、人が住めなくなった。金持ちは火星に移り住み、そうでない者は離郷人となり宇宙をさすらい、または他の星に移り住む。やがて異星人に出会った人類は、様々な種族で構成するGC=銀河共同体の末席を得た。

 火星出身のローズマリー・ハーパーは、出自を隠して事務員の職を得る。勤め先は<ウェイフェアラー>、建設作業船だ。銀河を安定して超光速航行する「トンネル」を、宇宙空間に穿つ。中古でつぎはぎだらけの船だが、着実な仕事には定評がある。

 クルーはバラエティに富んでいた。船長のアシュビー・サントソ、藻類学者のアーティス・コービン、機械技師のキジー・シャオ、コンピュータ技師のジェンクスは人類。パイロットのシシックスはエイアンドリスク人、医師兼調理人のドクター・シェフはグラム人、ナビゲーターのオーハンはシアナット・ペア、そしてAIのラヴィーことラヴレイス。

 ローズマリーが仕事に慣れた頃、<ウェイファウラー>に大仕事が舞い込んだ。銀河系中心部にトンネルを穿つという。そこは好戦的で謎に包まれた種族トレミの支配地域だ。<ウェイファウラー>は張り切って銀河中心部への長い航海に乗り出すが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Long way to a Small Angry Planet, by Becky Chambers, 2015。日本語版は2019年6月28日初版。文庫本の縦一段組み上下巻で本文約316頁+320頁=約636頁に加え、訳者あとがき5頁。8ポイント42字×18行×(316頁+320頁)=約480,816字、400字詰め原稿用紙で約1,203枚。文庫本の上下巻は妥当なところ。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。突飛な技術や様々なエイリアンが出てくるが、深く考え込まないように。大らかな気持ちで「そういうものだ」で済ませられる人向け。

【感想は?】

 いかにも今風なスペース・オペラ。なんといっても、主役がエリート科学者や軍人ではなく、一介の建設業者だし。

 それだけに、銀河の覇権をめぐる戦いは起きないし、宇宙の秘密を暴くわけでもない。若く未熟な主人公が、個性豊かなクルーたちに揉まれながら、色とりどりの異境を巡ってゆく物語だ。そういう点では、「大航宙時代 星界への旅立ち」と雰囲気が少し似ている。

 似ている点は他にもある。デビューの経緯が今世紀ならではの点もそうだし、実はあまり大きな事件が起きないのも同じだ。それ以上に、ジュブナイルと言ってもいいぐらい心地よくサクサク読めて、読了後はホンワカした気分になる所がソックリ。たぶん大きな賞は取れないだろうけど、私はこういう作品も大好きだ。

 何より、設定に著者の姿勢が強く出ている。GC=銀河共同体は、多くの強大な異種族で構成され、人類は新参の弱小種族だ。それだけならデビッド・ブリンの知性化シリーズに似ているが、この作品世界だとGC内は平和に共存している。いや昔は色々あったらしいし、今でも小さな火花が散ることはあるが、全般的に「戦争は未熟で野蛮」ということになっている。

 そんな世界だから、そこに住む者の多くは「違う」ことに鷹揚だ。人類にしたって、セコい料簡じゃ生きていけない。他種族排斥なんてやってたら、こっちが弾きだされてしまう。そういう立場に人類を置いた点に、著者の考え方が現れている。

 これはローズマリーが<ウェイフェアラー>に乗り込む冒頭からハッキリと出ていて、著者の理想とする世界がスグのわかるのが優れもの。新しい職場に不安を抱くローズマリーを、温かく迎えるのが、エイリアンのシシックスやドクター・シェフ。対して、いかにもいけすかないのが人類のコービンだったり。

 まあコービンはありがちな不平屋なんだけど、キジーとジェンクスの造形は酷いw いや読んでいくと段々と好きになるのよ。けど登場時は、いかにもなハッカーというかジャンクフード大好きなガキがそのまま大きくなった奴らというかw ある意味、シシックスやドクター・シェフより理解が難しい連中かもしれないw

 とはいえ、世界は広い。銀河系ともなれば、広さは桁違いだ。だもんで、探せば同好の志はたくさんいるし、彼らが集まる所もある。上巻の「ポート・コリオル」では、昔の秋葉原で抵抗やジャンクパーツを漁った者にとっては懐かしい風景が広がってたり。

 かと思えば、シシックスの故郷の風景は、ちょっと砂漠の大家族っぽかったり。まあ大家族なのは事実なんだけど、イエメンあたりのベドウィンとはだいぶ違うあたりが、この著者らしいところ。一見、知的種族らしからぬ子育てだけど、彼らの生殖方法や生活環境を考えると、これはこれで理屈に叶ってたりする。生殖は簡単だけど成長が難しい環境だと、やっぱりねえ。

 そんな連中だから、クルーの食事風景もかなりアレなものになったり。考えてみれば今の私たちも牡蠣なんて一見グロテスクなモノを美味しく食べてるし、系統樹から見たら○○○○○と同じ○○動物なんだから、調理法によっちゃイケそうなモンだが、思い込みってのは難しいもんで。うーん、でも一度は挑戦してみたい。

 愉快で個性豊かな面々が、オンボロ中古船に乗って、バラエティ豊かな銀河を旅する物語。大げさな仕掛けはないけど、次々と移り変わる宇宙の風景や、奇妙な異星人の性格や暮らしは読んでいて飽きない。何より、人類を弱小種族の位置に置きながらも、虐げられる立場ではないあたりに、著者の想いが込められている。

 50年代のスペース・オペラの形を受け継ぎながらも、まったく異なる方向へと進化を遂げた、今世紀ならではの明るく楽しい娯楽作品だ。

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2019年8月 1日 (木)

「モノができる仕組み事典 日用品から旅客機まで50種の完成するまでの工程を現場写真で構成」成美堂出版

化粧箱入りや付録付きなどの特殊包装は、1つ1つ人の手で包装する。
  ――光ディスク(CD)

缶の中に蒸気を当てて空気を追い出し、同時にフタを閉めて密閉する。すると中の蒸気が冷えて水になり、体積が減った分が真空になる
  ――ツナ缶

【どんな本?】

 私たちの身の回りにあるパソコン・携帯電話・カップめん・鉛筆などは、どんな材料からどんな工程で作っているんだろう? どの工程が手作りで、どの工程を自動化しているんだろう? 原材料はどこから来て、製品ができるまで何日ぐらいかかるんだろう?

 巨大な船や繊細なグランドピアノ、美味しいマヨネーズから量産品のペットボトルまで、製造している工場に直接出向いて取材し、豊富なカラー写真とわかりやすいイラストで、現代の工業製品の製造過程を伝える、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2007年11月20日発行。単行本ソフトカバーで約220頁、横組みで本文は全頁フルカラー。紙面の半分以上はイラストや写真が占めているので、文字数は見た目の半分未満。

 狭い紙面にむりやり解説文を押し込めた感がある。そのため文章はかなり説明不足だったり、専門用語が連発したり。文字サイズも小さくて、年寄りにはキツい。写真も迫力ありそうなものが多いのだが、やはり小さすぎる。内容の濃さに比べ、とにかく紙数が足りないのだ。丹念に取材しているのは伝わってくるので、頁数を倍にするなり複数冊にするなりして、余裕のある構成にして欲しかった。

 また、「6 資材」は、他の記事の原材料が主なので、最初のほうに持ってきてほしかったなあ。

【構成は?】

 2~7頁の記事を並べた構成だ。それぞれの記事は独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 1 オプト・メカトロニクス
  • デスクトップパソコン(液晶一体型)
  • プラズマテレビ
  • 光ディスク(CD)
  • 光ファイバケーブル
  • 時計
  • 自動販売機
  • パチンコ機
  • 2 乗り物
  • 自動車
  • タイヤ
  • バイク
  • 油圧ショベル
  • 飛行機
  • 新幹線
  • 3 音楽・スポーツ
  • グランドピアノ
  • トランペット
  • フォークギター
  • ピンポン球
  • 野球グラブ
  • 野球バット
  • 野球ボール
  • ゴルフボール
  • 4 食品
  • マヨネーズ
  • インスタントコーヒー
  • ツナ缶
  • レトルトカレー
  • ティーバッグ
  • ビール
  • チョコレート
  • カップめん
  • 5 生活用品
  • スニーカー
  • 洋服
  • タオル
  • ペットボトル
  • アルミホイル
  • トイレットペーパー
  • 鉛筆
  • 使い捨てカイロ
  • ガラス魔法瓶
  • 口紅
  • 薬(錠剤)
  • コンタクトレンズ
  • 工業化住宅
  • 6 資材
  • 板ガラス
  • 屋根瓦
  • 鉄鋼
  • セメント
  • 潤滑油
  • 早わかり講座
  • 液晶テレビ
  • 携帯電話
  • エアコン
  • カメラ
  • 国民食から世界食、宇宙食へ その心は「食足世平」
  • 乾電池
  • 電球
  • 「やってやろう」の精神が開発を成功させる
  • 紙幣
  • 製鉄所でのエネルギーと資源の循環
  • 石油精製

【感想は?】

 駆け足の工場見学50連発。

 考えてみれば、私の身の回りにある物は、みんな誰かが作った物ばかりだ。でも、それをどうやって作るのかは、滅多に考えない。物によっては作り方の都合で「そういう形」になっているのもある。でも、私たちは「アレはそういう形」と思い込んでたりする。

 例えばアルミホイル。片面はピカピカで、もう片面はザラザラしか感じになっている。そういうものだと思い込んでたが、作り方の問題だった。アルミホイルは薄い。なんと厚さ0.012mmである。これローラーで薄く延ばすのだ。元は厚さ0.4mmのアルミ板を、何回もローラーで延ばし0.024mmまで薄くする。仕上げにアルミ板2枚を重ねてローラーを通し、0.012mmになる。

 この時、ローラーに接する側には油を塗る。油を塗った側はピカピカになるのだ。

 にしても、こんな薄さを保つ精度も驚きだし、穴が開いたり破れたりしないのも凄い。ちなみに延ばしたアルミ箔を巻き取る速度は最大で分速1250mって、時速75kmかい。すんげえスピードだなあ。下手に触ったら体を真っ二つに切り裂かれそうだ。

 こういう身近なものは興味を惹かれる分、やっぱり楽しく読めるのだ。レトルトカレーも参考になった。ルー・トマト&リンゴ・野菜類、それぞれ別々に炒めたり焙煎した後で、まとめて煮込んでる。最初から全部を混ぜて煮込むんじゃないんだなあ。ちなみに、この手の食品の開発じゃ米軍が暗躍してます(→「戦争がつくった現代の食卓」)。

 麺類を音立ててすする事の是非が話題になったりしたけど、お茶をすするのはやはり行儀悪いって風潮が強いのかな。でも、ある意味、音を立ててすするのは、お茶への敬意でもあるのだ。というのも、紅茶のテイスティングでは…

すすりあげるように口に含むのは、香りを際立たせるため。
  ――ティーバッグ

 とある。とすると、お茶を音を立ててすするってのは、「このお茶は香りがとてもよい」ってメッセージに…ならんか、やっぱし。

 全般的に機械化された工程が多いんだが、意外と手作業もある。洋服は、型紙こそCADで作るものの、縫製はミシンかけとアイロンかけの繰り返し。ほとんど手作業だったり。

 やはり意外なのが、船。この本に出てくる船はボートじゃなくて、大型の貨物船だ。で、記事に出てくる工程の大半が、溶接なのだ。小さい部品を溶接して小組立品を、小組立品を溶接して大組立品を、大組立品を溶接してブロックを…ってな感じ。溶接は万能なのか。もう一つ意外なのが「進水式」。てっきり完成してからやるのかと思ったが、そうじゃない。配線・配管・内装とかの前に進水式をやっちゃう。

 やっぱり溶接って凄いと思うのが、トランペット。元はプラナリアみたいな形の平らな真鍮板だ。これをロウ付けで管にしてる。トランペットもギターも、楽器は精度が要求されるわりに手作業が多いのも意外だった。もっとも、手間じゃグランドピアノの凄まじさがブッチギリだけど。そりゃお値段も納得だよなあ。にしても7オクターブ以上の音域を、たった20種類の太さの弦で出してるってのも意外。

 思い込みを覆されたのも多くて、その筆頭がタイヤ。はい、自動車のタイヤです。あれホイールキャップは様々な形や色があるけど、タイヤそのものは黒一色だよね。他の色にできないのかと思ったら、やっぱ難しいみたい。というのも、「カーボンブラック(墨)はゴムを丈夫にするため」と、そういう色である必要性があるのだ。

 また加硫(→Wikipedia)も勘違いしてた。予めゴムに硫黄を混ぜて型に流し込むと思ってたが、微妙に違う。形を作った段階じゃ、ゴムはプニプニまたはフニャフニャなのだ。これを熱すると、形が崩れにくくなる。この加硫工程は後のスニーカーでも出てくるんだが、つまりは地面に接する部分はゴムが大活躍してるんだなあ。

 などと面白いネタは次々と出てくるんだが、なにせ一品目あたりの頁数が少ない。「そこんとこ、もちっと詳しく」とお願いしたくなる所がたくさんあって、例えば油圧ショベルじゃ履帯とか油圧シリンダとか油圧ポンプとか掘り下げてみたくなるんだが、そこは専門の本を読めってことなんだろう。

 文句ばかり言っちゃってるようだが、それだけ興味をそそられるネタが満載だったからで、決してつまらない本じゃない。大当たりしそうな映画の予告編をギッシリ詰めこんだ、そんな感じの本なのだ。

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