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2019年7月17日 (水)

三方行成「トランスヒューマンガンマ線バースト童話集」早川書房

 とにかく、女の子がひとりおりました。
 名前はシンデレラといいました。環大西洋連合王国の臣民です。正式に名乗らせようとすると公開暗号鍵やら契約知性アドレスやら煩雑なので、ここでは省略しましょう。
  ――地球灰かぶり姫

【どんな本?】

 2018年の第6回ハヤカワSFコンテストで優秀賞に輝いた作品を加筆修正したもの。

 シンデレラ、かぐや姫、白雪姫、アリとキリギリス。誰もが知っているおとぎ話だけど、これの舞台をテクノロジーが進歩した遥か未来に移し替え、科学的な裏付けを与えたらどうなるか。奇矯な発想を元に妄想を暴走させ、丹念かつ強引な解釈でおとぎ話を語りなおす、アイデアとギャグに満ち溢れた連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年11月25日発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約251頁に加え、第6回ハヤカワSFコンテスト選評6頁。9ポイント45字×18行×251頁=約203,310字、400字詰め原稿用紙で約509枚。文庫なら普通の厚さの一冊分。

 最近のインターネットの影響を受けた、ややくだけた文章。私は親しみやすくて好きだが、好みは別れるかも。内容は最新科学っぽいガジェットがたくさん出てくるけど、わからなかったら「なんか凄いモン」ぐらいに思っていれば大丈夫。

【収録作は?】

 一見独立しているように見えて、実はちゃんと構成上の工夫があるので、素直に頭から読もう。

地球灰かぶり姫
 シンデレラは幼い頃に母を事故で亡くしました。父は後妻を迎えましたが、やがて気力を失い体が弱り、シンデレラの看病の甲斐もなく、父も他界します。継母は連れ子の二人の娘とともにシンデレラを苛め抜きます。絶望したシンデレラの前に、魔女が現れました。魔女はシンデレラに尋ねます。「何が欲しい?」
 ああ、うん、そういう話ではあるんだけどw 話が始まって4行目から「公開暗号鍵」だの「契約知性アドレス」なんて言葉が出てくるので、まっとうなおとぎ話じゃないのはすぐ見当がつきますw とーちゃんが気力をなくすあたりも、現代風なのがなんともw カボチャの馬車や舞踏会のタイムリミットも出てくるし、それにちゃんと理屈がついているのも芸が細かいw
竹取戦記
 竹取の翁は、野山の竹をとって暮らしていました。しかし竹も黙ってはいません。マイクロフィラメントを張り巡らし、ウィルスを潜ませたメッセージを翁に送って防ぎます。それでも翁は竹の防御をかいくぐり、竹を手に入れるのでした。ある日、翁は謎の熱源を発見します。そこから翁は赤ん坊を拾い、育て始めたのですが…
 えっと…竹…なのかw やたら口が悪いし。つか普通、竹はしゃべらないだろw カグヤがやたらと育ちが速く、人を惹きつけるのも原作通りだけど、性格も雰囲気もだいぶ違うw そりゃ確かに竹は中身が空っぽだけどw つか何だよ日本粘菌機構ってw などと笑いながら読んでいたら、ティプトリーのネタの後、カグヤの意外な正体が。
スノーホワイト/ホワイトアウト
 女王さまは今朝も鏡に尋ねます。「鏡よ鏡、この世でいちばんいい朝を迎えられるのはだれ?」鏡は答えます。「あなたですよ、女王さま」。ここは女王さまの国なのです。しかし、そこに奇妙なモノが忍び込んできました。白く冷たい雪片です。鏡に尋ねても、雪の正体はわかりません。雪は次第に女王の国のアチコチに現れ…
 パンを焼きスーパーヒーロー着地を決める女王さまってw 白雪姫といえば可憐な美少女を思い浮かべるけど、この作品では不気味な白ヌキの影みたいな存在。もっとも女王さまも、かなりの戦闘能力を持つ暴れん坊だけどw などの語りのあと、この連作短編集の舞台裏が少しだけ覗ける、ちょっとした転回点をなす作品。
<サルベージャ>vs 甲殻機動隊
 ガンマ線バーストの数十年後、木星の第二衛星エウロパ。氷に覆われた海を行くはカニ・テナガエビ・シャコ・タダタダタダヨウガニかな成る甲殻機動隊。目的は放棄されたトランスヒューマンの都市の偵察。トランスヒューマンは彼らを使役するため知性化したが、なぜかエウロパから姿を消した。そこで彼らはトランスヒューマンの遺跡を漁りはじめたのだが…
 お話も後半に入り、舞台はガンマ線バースト後の世界。甲殻機動隊って、ソッチかいw これも芸が細かくて、タダタダタダヨウガニってネタかと思ったら本当にいたし。カニのサイドステップはすぐわかったが、シャコの右左はかなりマニアック(→Wired.jp)。ちょっとデビッド・ブリンの知性化シリーズを思い出してしまった。
モンティ・ホールころりん
 おじいさんとおばあさんは、モンティ・ホールのクイズに挑戦します。大中小、三つの箱からおじいさんは大きい箱を選びます。モンティが中ぐらいの箱に合図すると、中からヤギが飛び出します。そしてモンティはおじいさんに尋ねます。「チェンジ? オア、ノーチェンジ?」
 これまたガンマ線バースト後の世界だけど、舞台はなんと太陽系外縁のオールト雲。こういう舞台設定は、ジョン・ヴァーリイの八世界シリーズみたいだし、トランスヒューマンと○○の関係はブルース・スターリングの某シリーズっぽい。いや「竹取戦記」を考えると、グレッグ・イーガンの「ディアスポラ」かも。
アリとキリギリス
 公共広場で、女と男が出会いました。公共広場は管理を放棄されていましたが、いろいろあって里山の仮想環境イメージを維持するため、管理人を募りました。その一人が女です。男はバイオリンで調子っぱずれな音楽を奏でていました。つまりは暇を持て余している貧乏人です。
 今までの作品を束ね、一つの物語へと収束させるパート。

 「地球灰かぶり姫」で見事に発揮されているように、とにかくツカミが抜群に巧い。冒頭の数行でイカレきった作品世界に引きずり込まれてしまう。かといってただの一発屋ってワケじゃなく、途中でもテンションを保ったまま、一気に最後まで読者を掴んで離さない吸引力がある。ぜひとも、このままSFを書き続けて欲しい。

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