草野原々「大進化どうぶつデスゲーム」ハヤカワ文庫JA
「大丈夫。小夜香ちゃんは絶対だから」
――p158「大丈夫よ、わたしは八倉巻早紀なんだから」
――p330
【どんな本?】
「最後にして最初のアイドル」で日本SF界をパニックに陥れた恐怖の若手作家・草野原々が送る、長編SF小説。
その朝。星智慧女学院は異変に見舞われる。校舎はボロボロになり、生徒たちは猿のような生き物に変身してしまう。校舎にはヒトより大きい二足歩行の猫が侵入し、元は生徒だった猿たちを引き裂いてゆく。なぜか人の姿のままでいた3年A組の18人に、スマートフォンから奇妙なメッセージが届く。
「おめでとうございます! みなさんは、生命進化を守る戦士に選ばれました!」
――p70
人類の生存を賭けた巨大猫とたちとの戦いに投げ込まれた少女たちの冒険を描く、「青春ハードSF百合群像劇」。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2019年4月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約339頁。9ポイント40字×17行×339頁=約230,520字、400字詰め原稿用紙で約577枚。文庫本では標準的な長さ。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。ときどき難しげな理屈が出てくるけど、分からなければ読み飛ばして構わない。それより大事なのは登場人物なので、巻頭の登場人物一覧には栞を挟んでおこう。
【感想は?】
魔法を使わない「魔法少女まどか☆マギカ」。ただし猫好きには向かない。なにせ猫が悪役だし。
女子高生18人が、800万年前に飛ばされて、巨大猫たちと戦う。単に戦うだけじゃなく、どちらかが滅びるまで殺り合う。まるきしマンガな設定だ。この無茶な設定に入れ込めるかどうかが、一つの障壁だろう。
この無茶な設定に、ソレナリに科学っぽい理屈をつけているのが草野原々の特徴というか。この強引な理屈付けは他にもアチコチに出てきて、例えば巨大猫が繁栄する原因なども、ちゃんと設定に組み込んでるあたりが楽しい。しかも、今になって読み返すと、冒頭の大惨事はコレの伏線になっていたり。
こういう世界設定の細やかさは随所に見られて、当時の生物相を描くあたりは、かなりキッチリ調べてあるのに驚く。こういう所って娯楽小説としては加減が難しいのだ。というのも、あまり科学的に厳密に書いちゃうと、かえって感覚的にはリアリティが薄れちゃったりする。というのも、あの辺の生物には私たちになじみ深い種も多いのだが、当時の姿は私たちが知っている姿とは全く違うからだ。
にも関わらず、ソコを敢えて現代の科学的知見に基づいて書くあたりに、私は作者のSF魂を感じた。他にもけっこうな量の蘊蓄も入ってて、「アレをこう使うか!」と感心させられる所も多いんだけど、全体を通してみると設定のおバカさで吹っ飛んじゃうのがナンというかw
で、肝心の百合なんだけど、これスピード感が70年代の漫画なのだ。
例えば「デビルマン」はコミックスで5巻、「幻魔大戦」が2巻。少女漫画だと「ベルサイユのばら」は本編10巻、「キャンディ・キャンディ」は9巻。いずれも今になって読むと、ストーリーのジェットコースターぶりが半端ない。現代の漫画なら4~5倍の枚数を費やすお話が、短い巻数にギッシリ詰まってる。それぐらい当時ヒットした漫画は濃い。
それだけに、当時は一話の充実感が大きかった。これはこの作品にも共通していて、とにかくお話がポンポンと進む。
なにせ登場人物が18人もいて、それぞれが独特の立ち位置を持っている。最初は昔の少年漫画っぽく、それぞれの登場人物の立ち位置は記号化されてる。例えば白鳥純華だ。登場時は八倉巻早紀の取りまきで気取った奴と思ったが、彼女のモノローグで印象はガラリと変わる。
こういう、最初の印象が裏切られたり、それぞれの関係が変わっていくあたりが、この作品の百合描写の美味しいところ。犬猿の仲だった○○と○○とか、そうくるかw 中でも、最初に登場するだけあって、空上ミカと峰岸しおり、そして八倉巻早紀と龍造寺桜華には注目しよう。当然、生き残りをかけたバトルでも大暴れします。
などの繊細な心の動きを描きつつも、血液ドバドバ内蔵グチョグチョなスプラッタ描写を随所に挟み込むのも、この作者の特徴で。冒頭の巨大猫 vs 猿からして、容赦なく内臓をブチまけるから容赦ない。そういう趣味なんでしょう、この人はw
とまれ、不満もあるのだ。なんたって、短すぎる。
例えば、小春あゆむと氷室小夜香。関係図では「親友」となっているが、明らかにタダゴトじゃない関係なのが、あゆむの台詞からうかがえる。きっと裏設定があると思うんだが、匂わせるだけで終わっちゃうのが切ない。
やっぱり登場場面を増やしてほしいのが、飯泉あすか。所々でいいアクセントを務めてるんだから、もちっと登場場面を増やしてほしかったなあ。そして、あの終わり方。ミカと○○が××なのはいいが、となると当然○○と○○は××と感じるだろうから…とか考え出すと、妄想マシーンが暴走を始めてしまう。
もしかしたら、「そんなに気になるならお前が二次創作しろ」という作者の陰謀なのかもしれない。
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