« 大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房 | トップページ | SFマガジン2019年8月号 »

2019年7月 2日 (火)

デルフィーヌ・ミヌーイ「シリアの秘密図書館 瓦礫から取り出した本で図書館を作った人々」東京創元社 藤田真利子訳

「本を読むのは、何よりもまず人間であり続けるためです」
  ――p51

「サラエボのことを読むと、ひとりぼっちじゃないと思える。僕たちの前に、ほかの人たちも同じ困難を経験してきたんだって」
  ――p125

「町を破壊することはできるかもしれない、でも考えを破壊することはできない」
  ――p167

【どんな本?】

 2013年の末、ダマスカスの南西7kmの町、ダラヤ。反政府軍の支配地域として、アサド政府軍による包囲が一年ほど続いている。毎日ヘリコプターから樽爆弾が降り注ぎ、瓦礫だらけとなった町で、青年たちは崩れ落ちた家を掘り返していた。そこは小学校の校長の家だったが、一家は既に町から避難している。青年たちが掘り出していたのは、本だった。

 21歳のアフマド・ムジャヘドは、それまで本に縁がなかった。だが、友人に誘われて本の発掘を手伝ううちに、アフマドの何かが変わった。

 それからアフマドは仲間を集めてピックアップトラックで町を走り回り、瓦礫の下から本を掘り出し始める。やがて集まった本は一万四千冊になる。置き場所を考えなきゃいけない。

 そこで彼らは地下に公共図書館を作る。ダラヤで最初の図書館だ。それまで、アサド政権下のダラヤには図書館がなかった。青年たちは棚板を切り、本の破れを修理し、テーマ別に分類してアルファベット順に並べる。本には持ち主に返せるように、所有者の名前を書き入れた。そして窓には砂袋を積み上げる。

 やがて図書館が開館する。休館日は礼拝のある金曜日、それ以外は九時から十七時まで。無差別に投げ落とされる爆弾の雨が降る中、図書館には人々が集まり始める。十年前の抵抗運動の闘士、映像ジャーナリスト志望の青年、自由シリア軍の兵士、家で待つ妻や子供のために本を借りに来る人もいる。

 ダラヤから1500km離れたイスタンブールに住む著者は、フェイスブックでダラヤの図書館を知る。やがてアフマドに辿りついた著者は、スカイプやワッツアップを介して、彼らの物語に触れ…

 シリアはどんな国で、いったい何が起きているのか。自由シリア軍・ヌスラ戦線・自称イスラム国は、どんな勢力なのか。アサド政府軍は、どのように戦っているのか。包囲された町で、人々はどうやって暮らしているのか。そしてアフマドたちは、死と隣り合わせの状況にありながら、なぜ図書館を運営するのか。

 空襲の下で暮らす人々の視点で描く、ちょっと変わったシリア内戦のレポート。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Les Passeurs de livres de Daraya : Une bibliothèque secrète en Syrie, Delphine Minoui, 2017。日本語版は2018年2月28日初版。単行本ハードカバー縦一段組み本文約178頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント40字×16行×178頁=約113,920字、400字詰め原稿用紙で約285枚。文庫本でも薄い一冊分。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。いちおうカテゴリーは軍事としたけど、特に軍事知識は要らない。「なんか今シリアは大変なことになってるよね」ぐらいに知っていれば充分。

【感想は?】

 内戦の現地報告だ。それだけに、読者の政治的な立場で評価は大きく変わる。

 この本だと、最大の悪役は大差をつけてアサド政府だ。次に自称イスラム国、ヌスラ戦線と続く。自由シリア軍は比較的にマシだけど、あまりいい扱いじゃない。だから、アサド政権を支持する人には腹立たしい本だろう。さようなら。

 ルポルタージュと言うには、客観性にいささかの疑問はつく。なにせ著者はイスタンブールにいて、現地ダラヤに行っていない。当時のダラヤはアサド政府軍に包囲されていて、ジャーナリストは出入りできなかった。

 では、どうやって取材したのかと言うと、これが今世紀ならではの方法。インターネット経由のお喋りソフトであるスカイプや、スマートフォンのメッセージ・アプリケーションのワッツアップで、秘密図書館のメンバーであるアフメドらと連絡を取り合ったのだ。そんなワケで、本書はダラヤの住民の視点で描かれる。

 ここが少々ややこしい。実のところ、アフメドらはノンポリってワケじゃない。アサド政府軍は包囲前に避難勧告を出していて、それでも残ったのが彼らだ。だから、反政府組織ではあるのだ。とまれ、いきなり「殺されたくなければ出て行け」と言われて、ハイそうですかと素直に住み慣れた家を出ていきますか? そうやって我が家から叩き出す政府を支持できますか?

 まあいい。この本では、なぜダラヤがしぶとく抵抗を続けたのかを、アフマドの父に遡って説明している。民主化を求める運動では、筋金入りなのだ、ダラヤという町は。また、そんなダラヤに対し、アサド政府軍がどう対応したのかも。加えて、為政者にとって、市民のデモがどんな意味を持つのかも、読み取れるだろう。これを読むと、香港のデモの解釈も違ってきます。

 そんな風に、サリンや樽爆弾が毎日降り注ぐ中、彼らは秘密図書館に通い続ける。この図書館が出来る前のシリアの出版事情は、独裁政権のお約束通りの検閲バッチリだ。が、彼らが作った図書館は文字通りの掘り出し物で、実はソレナリに色々あったのがわかる。だけじゃない。スカイプやワッツアップを使いこなす青年だけあって、電子図書まで扱い、さらには自主出版にまで手を出す。わはは。

 そんな彼らの多くが、包囲前はあまり本を読まなかった、というのも意外な話。そして本を読むようになって、どう変わっていったのかってあたりは、本好きの涙腺を刺激しまくりだ。爆弾もミサイルも検問も気にせず、気軽に書店や図書館に通える暮らしの有難みを、改めて感じさせてくれる。私って、実は贅沢な環境に恵まれてたんだなあ。

 とまれ、さすがに一万冊を超える本があれば、片っ端から全部読むって訳にもいかない。本の選び方にも性格が出る。うーむ、私はやっぱり優柔不断だったかw でもさ、ズラリと並ぶ本棚を眺めるのって、ちょっとウィンドウ・ショッピングみたいな楽しさがあるよね、ね。

 選ばれる本だって、人気不人気がある。彼らの間でベストセラーになるのは何かってのも、ちょっとした野次馬根性で楽しめた。いかにもアラブだなあと思う本もあれば、私たちにも馴染みの本もあるし、包囲下のダラヤならではの実用書もある。ここに少し不満があって、できれば「本書内に出て来た本の一覧」が欲しかったなあ。

 潤沢な予算と兵器と兵力に加え、イランやロシアの傭兵、そして御法度の毒ガスまでも使って、市民たちの自由を押しつぶそうとするアサド政府軍に対し、「秘密図書館」という奇想天外な方法で抗おうとした若者たちの物語。本が好きな人はもちろん、「市民から見たシリア内戦」を知りたい軍ヲタにもお薦めの一冊だ。

【関連記事】

|

« 大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房 | トップページ | SFマガジン2019年8月号 »

書評:軍事/外交」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 大森望監修「カート・ヴォネガット全短編4 明日も明日もその明日も」早川書房 | トップページ | SFマガジン2019年8月号 »