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2019年7月25日 (木)

「伊藤典夫翻訳SF傑作選 最初の接触」ハヤカワ文庫SF 高橋良平編

交易か? 戦争か? しかし交易するには双方の合意が必要だが、戦争するには、一方の決断だけでよい。
  ――マレイ・ラインスター「最初の接触」

「われわれ=彼らは、この方向に、あなた=従属物を調節するために求愛した」
  ――ジェイムズ・ブリッシュ「コモン・タイム」

「医師は非常に小さな生命体で、患者は恐竜だ」
  ――ジェイムズ・ホワイト「宇宙病院」

「針は盗んだ、とね」あきれた顔でくりかえし、「すると、分身処置を受けていないのか?」
  ――デーモン・ナイト「楽園への切符」

【どんな本?】

 日本のSF黎明期に海外SFを翻訳・紹介し、日本のSF界を導いた翻訳家・伊藤典夫の、主に初期の作品を集め紹介する、「ボロゴーヴはミムジイ」に続く短編集。

 今回はマレイ・ラインスターの緊張感あふれるファースト・コンタクト物「最初の接触」をはじめ、宇宙SFを集めた7編を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年5月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約400頁に加え、編者あとがき Seeker of Tomorrow 6頁。9ポイント40字×17行×400頁=約272,000字、400字詰め原稿用紙で約680枚。文庫本では厚い部類。

 文章はこなれている。内容も特に難しいものはない。ただし、発表が1945年~1958年なので、さすがに科学や技術の描写も古びている。その辺を許せる人向け。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語作品名 / 英語著者名 / 初出 の順。

最初の接触 / マレイ・ラインスター / First Contact / Murray Leinster / アスタウンディング1945年5月号
 地球から四千光年の彼方。観測船<ランヴァボン>は、異星の宇宙船を発見する。人類初の異星人との接触だ。互いの科学技術は同程度らしい。できれば友好的に交易の関係を築きたい。だが地球の位置を知られ、先手を打って攻撃されたら、人類は滅びる。それを防ぐには、今ここで敵船を皆殺しにするしかない。お互い睨み合ったまま身動きが取れず…
 第二次世界大戦のさ中という社会情勢を反映してか、ピンと張りつめた緊張感が全編に漂う作品。人類・異星人ともに、友好的な関係を築きたいが、同時に相手を信用しきれず、また自らの種も守らなければならない。一瞬後には自分たちが殺されるかもしれない恐怖を抱えつつ、なんとか妥協点を見つけ出そうとする緊張感がたまらない。両者の希望の光となるのは…
生存者 / ジョン・ウィンダム / Survival / John Wyndham / スリリング・ワンダー・ストーリーズ1952年2月号
 幼い頃はおとなしかったアリスは、夫とともに火星行きのロケット<ファルコン>に乗り込む。今、火星は開拓の途中。向こうの暮らしは決して楽ではない。<ファルコン>の乗員は6人、乗客は9人。うち女はアリスだけ。ところが、航路の途中で<ファルコン>に異常が見つかる。このままでは火星に着陸できない。救援は数カ月先だ。生存に必要な物資はギリギリで…
 「トリフィド時代」や「呪われた村」で有名な著者だけあって、状況が刻々と悪化していく中、乗員と乗客の苛立ちが募ってゆく描写が巧い。今になって読み直したら、「火星は開拓途中の荒っぽい所」なんて文章は見当たらない。これも登場人物の台詞だけで、それとなく読者に伝わるようになっている。こういうのが小説家の手腕なんだろう。
コモン・タイム / ジェイムズ・ブリッシュ / Common Time / James Blish / SF Quartery 1953年8月号
 超光速航行が危険なのはわかっていた。既にブラウンとセリーニが亡くなっている。DFC=3がオーヴァードライヴで光速を超えた時、ギャラードは異常に気づく。エンジンのハム音、重いまぶた、呼吸の欠如、時計の停止。その後、つのる恐怖に続き、理性を吹き飛ばすほどの苦痛。
 1950年代の作品でありながら、相対性理論がもたらす時間の歪みに真っ向から挑んだ前半には舌を巻く。もっとも、光速を超える理屈は未知すなわち架空の理論なんだけど、それを堅苦しい語り口でソレっぽく感じさせるのが、この人の芸風なんだろう。後半では全く様相を変えた話になるが、こちらでは堅苦しい文章がテーマにピッタリで見事な効果を上げていいる。
キャプテンの娘 / フィリップ・ホセ・ファーマー / The Captain's Daughter / サイエンス・フィクション・プラス1953年10月号
 地球の月に入港した貨物船に患者が出た。船長の娘だ。おまけに乗組員がひとり失踪している。医師のマーク・ゴーラーズは刑事のラスポールドと共に船に赴く。患者デビーの顔色は真っ白で、ひどくおびえている。けいれんと昏睡の発作があり、血糖値が異様に低く、口の中は傷だらけ。だが、他に異常は見当たらない。彼女らはレモー教徒の拠点メルビルから来た。
 医療ミステリ。ハーラン・エリスンとは違う意味でお騒がせ作家のファーマー、この作品も当時としては少し、いやかなりヤバいテーマを扱っている。特に自由の国アメリカではヤバいってのが皮肉だ。彼女の異常な症状の原因は中盤あたりで鋭い人なら見当がつくだろうが、その性質はなかなかに恐ろしい。正義とは何かって話も絡み、今なおちょっとした問題作でもある。
宇宙病院 / ジェイムズ・ホワイト / The Trouble wwith Emily / James White / ニュー・ワールズ1958年11月号
 第12空域宇宙総合病院は、銀河連合すべての知的生命の生活環境を用意している。コンウェイに与えられた仕事は、医師に協力すること。その医師アーレタペクは古いが最近発見された種族で、体は小さいが賢く謙虚でテレパシーを持ち、あらゆる物質をエネルギーに変換できる。しかも患者は正気で健康な…恐竜だ。
 ファーマーとは対極の、50年代の良心的・優等生的なSFを代表するような作品。一種のバディ物でもある。平和的で賢く精神も肉体も頑健ながら、いささか堅苦しいアーレタペク。社交的で熱意も行動力もあるが、アーレタペクには多少の反感を抱いてしまうコンウェイ。互いの生態・文化ギャップによる行き違いもあり、最初はギクシャクしていたコンビが、問題の解決に向けて走り出し、幾つもの支流が一つに収束してゆく終盤は、物語の心地よさの王道を味合わせてくれる。
楽園への切符 / デーモン・ナイト / Ticket to Anywhere / Damon Knight / ギャラクシイ1952年4月号
 リチャード・フォークは命を懸け、火星へ向かう貨物船で密航する。地球は変わった。分身処置により、人は心の中に<守り神>を持つ。これの普及により、犯罪も精神異常も減りつつある。そして戦争もなくなった。だが、フォークには分身処置が効かなかった。地球の将来に危機感を抱いたフォークは、最後の希望に賭けた。それは火星にある「ゲート」。
 ヒトが心の中に持つ、無謀で感情的で衝動的な、ケダモノのような何か。それは往々にして暴力や犯罪を引き起こす。だからソレを抑圧してしまえ、というのが分身処置だろう。まあ、実際、ヒトの脳は個体数が数十の小集団で狩猟採集してた暮らしに適応してて、数万や数億なんて集団には何かと不適合を興す。作品のカギとなるのはゲートで、なかなか意地の悪い仕掛けだ。遥か彼方の異星に通じてるんだが、どこに出るかわからない。でも、人類の祖先も、行く先に何があるか知らずに地球のアチコチへと広がっていったんだよなあ。
救いの手 / ポール・アンダースン / The Helping Hand / アスタウンディング1950年5月号
 クンダロアとスコンタールは半光年ほどの距離があった。地球人が両星と接触し、その科学技術が両星にもたらされた結果、両者は長く激しい戦争に突入する。地球の仲介により戦争は終結し、地球の支援による復興が話し合われることとなった。優雅かつ礼儀正しく振る舞うクンダロアの使者に対し、スコンタールの使者は無礼かつ敵意をむき出しにした態度で臨み…
 戦争で荒廃した社会に支援を与えって構図は、発表の時期を考えると、モロにマーシャル・プラン(→Wikipedia)を思い浮かべてしまう。これをアメリカ人のポール・アンダースンが書くかあ。実際、コカコーラ社がエッフェル塔を広告塔にしようとした、なんて話もあるから、あながち的外れでもないんだろう。

 いずれもガジェットこそ古いものの、扱っているテーマは今でも読者に刺さるものばかり。特に「楽園への切符」は、若いSFファンの心に強く訴えかけるものがあるだろう。「コモン・タイム」の後半の会話も、SFだからこそ味わえる感触に満ちている。私は「宇宙病院」のスタンダードな、でも巧みに物語を盛り上げる小説作法が好きだ。やっぱりSFは希望と野望に溢れていてほしい。

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