ジョシュア・ハマー「アルカイダから古文書を守った図書館員」紀伊国屋書店 梶山あゆみ訳
「トンブクトゥはからからに乾ききっているから(古文書の保存には)ラッキーだったのです」
――4 私設図書館第一号の誕生ハイダラが信仰していたのは、文字で書かれた言葉の力だ。本の表紙と表紙のあいだには、人間の多種多様な経験と思想が閉じ込められている。
――9 危険な同盟「私たちにイスラムを教えてくれるだと? ふざけるな! 私たちは生まれながらのイスラム教徒だ。イスラムはこの町に1000年も根づいてきたんだ!」
――11 征服と抑圧「その古文書とやらをもってこい。燃やしてやる」
――17 ニジェール川の輸送計画
【どんな本?】
トンブクトゥ(→Wikipedia)はアフリカのマリ共和国の中央部、ニジェール川のほとりにある都市だ。サハラ越えの交易の交点として、古くから栄え、様々な民族が往来した。時代により支配者は変わったが、特に14世紀後半からは学問と文化の都として名声を轟かせる。15世紀から写本づくりが盛んになり、16世紀では10万ほどの人口のうち1/4近くが各国から集った学者や学生だった。
重要な都市だけあって、戦乱に巻き込まれる事も多い。古書を収集しまたは先祖伝来の書物を継承する者も多いが、彼らは戦火や略奪を避けコレクションを秘匿する傾向が強い。
アブデル・カデル・ハイダラは名声高いマンマ・ハイダラの息子として生まれる。17歳の時に父マンマが亡くなり、遺言でマンマが継ぎかつ集めた古文書の管理役を継ぐ。やがて公的な機関アフマド・ババ研究所に属し、正式に古文書の維持管理や蒐集を学ぶ。また巧みに各国の財団や研究機関から基金を募り、父マンマが継承・収集した古文書を管理するマンマ・ハイダラ私設図書館を設立する。
そして2012年冬。サハラ砂漠で勢力を拡大したアルカイダ系イスラム過激派組織AQIM(→Wikipedia)は、独立を求めるトゥアレグ族組織と手を組み、支配地域を南に広げトンブクトゥを支配下に置く。過激なワッハーブ派を独自解釈するAQIMに古文書が見つかれば、先人の叡智の結晶もアッサリと焼き捨てられてしまうだろう。
危機を案じたアブデル・カデル・ハイダラは、大胆な手に打って出る。危険なトンブクトゥから、比較的に安全な首都バマコまで、約38万冊の古文書を密かに運び出そう。
だがハイダラには一小隊の兵力もない。地縁・血縁から国際的な財団まで、あらゆるコネと知恵を駆使しつつ、ハイダラは隠密裏に移送計画を進め、みごとに古文書を救って見せた。
古都トンブクトゥを中心としたニジェール川流域およびサハラ~サヘル地域の豊かな文化と歴史、そこに住む人々のバラエティに富む暮らし、現代のアフリカ大陸北部の社会情勢とAQIMをはじめとするアルカイダ系過激組織の内情、そして様々な立場で古文書を守る人々の姿を描き、北アフリカの歴史と現代を伝える、迫力に満ちたルポルタージュ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Bad-Ass Librarians of Timbuktsu : And Their Race to Save the World's Most Precious Manuscripts, by Joshua Hammer, 2016。日本語版は2017年6月30日第一刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約315頁に加え、訳者あとがき6頁。10ポイント43字×17行×315頁=約230,265字、400字詰め原稿用紙で約576枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。
文章はこなれていて読みやすい。内容もわかりやすい。敢えて言えば、北アフリカの地図があると迫力が増すだろう。
【構成は?】
このままドラマか映画になりそうな構成なので、素直に頭から読もう。
- 関連地図
- プロローグ
- 1 重責を負わされた少年
- 2 失われた黄金の歴史
- 3 古文書を探す苦難の旅
- 4 私設図書館第一号の誕生
- 5 トンブクトゥの新たな春
- 6 忍び寄るイスラム原理主義
- 7 警戒を強めるアメリカ
- 8 吹き荒れるテロの嵐
- 9 危険な同盟
- 10 トンブクトゥに迫る戦火
- 11 征服と抑圧
- 12 古文書救出作戦の開始
- 13 破壊と残虐
- 14 トンブクトゥ脱出
- 15 南下する恐怖
- 16 フランスの軍事介入
- 17 ニジェール川の輸送作戦
- 18 勝利と解放
- 19 戦いの終焉
- エピローグ
- 謝辞/訳者あとがき/原注/索引
【感想は?】
書名から受ける印象とは違い、主役アブデル・カデル・ハイダラによる「密輸」を描く部分は、思ったよりと少ない。全体の1/3ぐらいだろう。
では残りの2/3はというと、その背景事情をじっくりと書き込んでいる。これが意外と面白いのだ。先にトンブクトゥを中心とした地域の歴史をアッサリと紹介したが、これが実に意外性に満ちている。
まずトンブクトゥが古の学問の都ってのが興味をそそられる。日本だと萩や金沢みたいな感じかな? そこに住む人々も、ある意味で京都っぽい。家柄を重んじるのだ。いやホントに京都がそうなのかは知らないけど。アチコチに古文書が埋もれていたりするのも、歴史の風格を感じさせる。戦禍を避けるため、敢えて近隣の村などに避難させてたり。
そんなわけで、研究員となった若きハイダラ君は、アチコチに散らばった古文書を集める仕事に就く。最初は蒐集家にナメられっぱなしのハイダラ君が、凄腕の蒐集家として成長してゆく過程も面白い。なにせ先祖伝来のお宝だ。どこの誰とも知れない若造に、ハイそうですかと譲ってくれるわけもなくw
ここで描かれるニジェール川のほとりの風物も、読んでてワクワクした。ニジェール川の川筋が、これまた奇妙で、アフリカ大陸北部の西に出っ張ったあたりから始まり、東に向かって流れサハラの南西部を潤し、ギニア・マリ・ニジェール・ナイジェリアを通って大西洋にそそぐ。魚が採れるだけでなく、なんと水田まであるのには驚いた。
そんなわけで、かつてのトンブクトゥが豊かな街だったのも納得がいく。サハラ越えの交易地でもあるから、民族や文化も国際的だったんだろう。治安さえよければ、今だって国際文化都市として発展する潜在力は充分にありそうだ。
そう、治安さえよければ、だ。これを脅かすイスラム過激派についても、詳しく書いてあるのが、本書のもう一つの読みどころ。「ブラック・フラッグス」や「倒壊する巨塔」にあるように、国際化してるのが現代の特徴だ。この本でも、世界各国の地名・人名が登場する。
サウジアラビアのジェッダにあるキング・アブドゥルアズィーズ大学、リビアのカダフィ、パキスタンの宣教組織タブリーグ・ジャマート、AQIMではモフタール・ベルモフタール、アブデルハミド・アブ・ゼイド。加えて独立を求める地元トゥアレグ族過激派の顔役イヤド・アグ・ガリー。
彼らとカダフィ失墜や麻薬の密輸、そしてアルジェリア人質事件(→Wikipedia)がスルスルと結びついていくあたりは、推理小説を読んでいるような心地よさがある。いや実際は血生臭い話ばっかりなんだけど。カダフィの失墜がマリの情勢不安定に繋がっていくあたりは、何度も頷いてしまった。ゴキブリの巣を潰したはいいが、肝心のゴキブリは他に散らばった的な格好ですね。
ちなみに本書p145の麻薬密輸のルート、道筋はあってるけど流れは逆だろう。コカインの流れはコロンビア→ギニアビサウ→マリ→サハラ越え→欧州のはず(→「コカイン ゼロゼロゼロ」)。コカインは産地が南米で、消費地は欧米だし。原書は見てないんで、間違いが原文なのか翻訳なのかは不明。
そんな中で、ハイダラの密輸大作戦が始まる。何せ連中は聖者の聖廟すら叩き壊すのだ。歴史や伝統なんざ屁とも思ってない。本書によると、1802年にサウド家の二代目アブドゥルアズィース・イブン・サウードは、シーア派の聖地カルバラー(現イラク、→Wikipedia)でムハンマドの孫フサインの墓を荒らしてる。そりゃイランとサウジの仲が悪いわけだ。
確かサウジはイスラム最大の聖地メッカでも、異端認定した伝統あるモスクや聖廟を壊してるって話があったような。
とかの物騒な連中が占拠しているトンブクトゥに対し、終盤になってやっと米軍とフランス軍が重い腰を上げる。これ住民にとっては嬉しいニュースだが、読んでる私は実にハラハラした。
というのも、イラクのファルージャの戦闘が再現したら怖い。なにせファルージャでは「3万9千戸の建物のうち1万8千戸が半壊または全壊」である(→「ファルージャ 栄光なき死闘」)。トンブクトゥでこんな真似をされたら、古文書なんざ跡形もなく吹っ飛んでしまう。奴ら遠慮なくヘルファイア・ミサイル撃ちまくるし。
というか、バグダッドも世界に名の響き渡る古都だから、きっとたくさんの古文書があったはずで、その多くが戦火で失われたんだろう、と思うと、なんともなあ。
などの物騒な話の合間に、なんとかトンブクトゥを文化と共栄の象徴にしようとする「砂漠のフェスティバル」(→Youtube)の話も混じり、悪夢のような社会情勢の中でも希望の灯を灯そうとする人々の姿も、強い印象を残した。あの辺の音楽って、撥弦楽器が多いせいかギター大好きな私は血が騒ぐんだ。
意外性に満ちたトンブクトゥの歴史、バラエティに富んだニジェール川流域の地理と人々の暮らし、リビア・サウジアラビア・パキスタン・コロンビアと国際的に広がるテロ組織、思想や教義はもちろん天文学から性生活に至るまでの幅広い内容を含む古文書、そして文化を守るために知恵を振り絞る人々の努力。驚きとドラマに満ちた本だった。
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