SFマガジン2019年8月号
「ぼくの掲げる理念はつねに、すべての人が自分らしく生きて、自分の信じる価値を追求することだ」
――宝樹「だれもがチャールズを愛していた」稲村文吾訳「このに入るときに銃を取り上げないのは、どのみちエンハンサーから能力を取り上げることはできないからだ」
――冲方丁「マルドィック・アノニマス」第26回里見:そこはゆるく考えましょう。『ウテナ』の百合は、SFでいうとグレッグ・イーガンのようなものですよ。
溝口:『けいおん!』の百合はケン・リュウのようなものですね。
――イベント採録:SF雑談4 世界の合言葉は百合
堺三保/里見哲郎/宮澤伊織/梅澤佳奈子(コミック百合姫編集長)/溝口力丸(本誌編集部)
376頁の標準サイズ。
特集は二つ。メインは「『三体』と中国SF」。次いで「『ガールズ&パンツァー』と戦車SFⅡ」。
小説は13本。まず特集「『三体』と中国SF」として4本、王晋康「天図」上原かおり訳,何夕「たゆたう生」及川茜訳,趙海虹「南島の星空」立原透耶訳,宝樹「だれもがチャールズを愛していた」稲村文吾訳。次いで特集「『ガールズ&パンツァー』と戦車SFⅡ」でティモシー・J・ゴーン「子連れ戦車」酒井昭伸訳。
連載は4本。椎名誠のニュートラル・コーナー「景気のいいチビ惑星の安売り火山」,冲方丁「マルドィック・アノニマス」第26回,藤井太洋「マン・カインド」第9回,夢枕獏「小角の城」第54回。
読み切り&不定期掲載は4本。菅浩江「博物館惑星2・ルーキー 第8話 にせもの」,上遠野浩平「変身人間は裏切らない」,草上仁「エアーマン」,小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」冒頭。
まず特集「『三体』と中国SF」。
王晋康「天図」上原かおり訳。重度の自閉症である16歳の少年、張元一が心血を注いで描いたという「天図」。何かはわからないが、科学に関係しているかもしれない。いくつかの分野の数十人の科学者に問い合わせたが、返事が来たのは沈世傲のみ。若いながらも高い評価を得た科学者で、囲碁の愛好者だ。時間をかけて調べてみたいと言う。
中国だと AlphaGo は阿法狗になるのか、なんて変なことに感心しつつ。そんなAIの進歩に棋士たちが抱える想いを足掛かりに、優れた才能を持ちつつも重い障害を抱える少年と、少年に細やかな愛情を注ぐ祖父の姿を描いてゆく。主人公らの動きは日本だと公私混同とも言われかねないが、こういう軽快なフットワークが中国の躍進を支えているのかも、などと思ったり。
何夕「たゆたう生」及川茜訳。現在、灰灰は負のエントロピーを有する正の世界にいる。エネルギーの身体は、光の速度で動ける。鶯鶯の父・敖敖は、二百年にわたり実験を続けた末に鶯鶯を目覚めさせ、鶯鶯の身体を物質から解放した。今、鶯鶯は負の世界にいる。こちらのプランク定数は負の値だ。
エントロピーだのプランク定数だのと使われている言葉はグレッグ・イーガンっぽいが、そこに描くビジョンはむしろバリトン・J・ベイリーのような気がする。つまりクレイジーながらも壮大なのだ。負のプランク定数なんて発想からして、やたらクラクラしてくる。終盤に出てくるブラウンワームも「そのブラウンかい!」と見事にしてやられた。
趙海虹「南島の星空」立原透耶訳。平安市はスモッグに苦しんでいた。それを避けるため、二十個のドーム環境・珍珠城を作り上げる。これは人を二つに分けた。珍珠に住む資格のある者と、資格のない者。天体観測者の啓明と、環境保護業務に携わる天琴の夫婦も。天琴は十歳の娘・小鴿を連れ、珍珠に移る。スモッグのため天体観測は難しくなっていたが、啓明は自分の道を諦められなかった。
今でも中国では信用スコアが浸透している。この作品でも、珍珠の居住資格は順位をつけてリスト化している。こうやって人の優劣を基準に沿ってハッキリさせちゃうのは、科挙の影響なんだろうか。冷酷で残酷ではあるけど平等で合理的でもあるんだよね。少なくともタテマエでは。そんな社会でも、人は足掻くのだ。短いながらも、しっとりした気持ちになる作品。
宝樹「だれもがチャールズを愛していた」稲村文吾訳。感覚までもリアルタイムで共有できる感覚配信。チャールズ・マンは、その感覚配信のスターだ。航空艇<ペガスス>号を駆るパイロットであり、作家でもある。彼のファンは世界中で億を超える。今日、チャールズは太平洋横断選手権のため、アメリカから東京へ向かっていた。
蒼井みやび(蒼井そら)はともかく朝倉南って、をいw それぞれモデルに沿った役柄なのも、よくわかってらっしゃる。リアルタイム配信のスターだけに、街中でファンと出会う場面も、よくできてるw 感覚の配信でどんなのが人気になるかというと、アレは当然として、やっぱりスポーツなんだろうか。
立原透耶「『三体』のその後」。やはりヒューゴー賞受賞の影響は、中国国内でも大きかったようで、それまで「子供の読み物」だったSFが、純文学誌や新聞にも載るようになったとか。おまけに企業はもちろん政府まで国内外で支援してるというから羨ましい。
陸秋槎「傷痕文学からワイドスクリーン・バロックへ」。「傷痕文学とは、文化大革命を経験した作家たちが時代の傷痕を描いた作品群」って、今の中国はソコまで書けるのか。なんか印象が大きく変わるなあ。「≪三体≫以外のSFをあまり読んだことがない『自称』SFファンも少なくない」って所で苦笑い。日本でも「日本沈没」が当たった頃はそんな感じだったかも。あ、でも、ゴジラがあったか。
大森望の新SF観光局 第68回 『三体』こぼれ話。特集には入ってないけど、内容的に特集の続きみたいなもん。「中国語できないのに中国SFを中国語から訳す仕事」って、どうやるんだw
特集「『三体』と中国SF」はここまで。
椎名誠のニュートラル・コーナー「景気のいいチビ惑星の安売り火山」。奇妙な惑星を発見したニュースは、インデギルカ号に大騒ぎを引き起こす。興奮した乗客たちの勢いに押され、艦長は惑星への往復シャトル運航を決定する。ナグルスと市倉は現地滞在スタッフとなり、チコはシャトルの運航に携わる羽目になった。
今回は、かなり急いで原稿を書いた雰囲気がある。インデギルカ号って、実はやたら大きな世代交代宇宙船だったのね。「しめつけツナギ」「宇宙おむつ」なんて命名が、微妙にマヌケで、いかにもシーナなセンスだ。
冲方丁「マルドィック・アノニマス」第26回。ハンターは街の裏を仕切る面々を集め、協力を呼びかけようとする。だが<誓約の銃>の代表マクスウェルは、ケイトら<戦魔女>を挑発し、場を荒らしにかかる。バジルがなんとか騒ぎを抑えた後に、ハンターは会合の目的を、そして自らの目標を打ち明け…
前半では、一触即発の緊張感あふれる悪党どもの会合の場面。みんな悪党だけあって、スキあらば美味しい立場を奪おうと誰もが狙っている。そんな油断ならない連中ばかりの組織を、ナンバー2としてまとめなきゃいけないバジル君の苦労が、ヒシヒシと伝わってくる。後半はバロット視点に移り、雰囲気もガラリを変わって…
上遠野浩平「変身人間は裏切らない」。早朝、犬のモロボを連れて散歩するコノハ・ヒノオは、懐かしい顔を見た。ボンさんと呼ばれる老人だ。だが、何か違う。黙ってすれ違ったとき、老人から声を掛けられる。ヒノオが感じたとおり、別人だった。だが老人は別人と見破られたことに驚く。しかもフォルテッシモを恐れているらしい。
「変装さん」はいいねえ。もちろん、統和機構の合成人間です。ブギーポップ・シリーズは外から見た統和機構を描くのに対し、このシリーズは合成人間の視点で統和機構の内幕を書いてるんだけど、やっぱりよくわからない。
ティモシー・J・ゴーン「子連れ戦車」酒井昭伸訳。ケンタウルス座α星系の主惑星。人類はこの惑星をテラフォームしたが、やがて去った。現在、この惑星を管理しているのは、人類が作り出したロボットたちだ。電脳戦車の<古兵>は、ニュー・モールデン市へ急ぐ。<二倍幅>との子作りの許可が下りたのだ。
人類なきあとも、その創作物たちは戦いを続けていた…って、バーサーカー・シリーズかよw マシンばかりの世界観が気持ちいい。マグマ級のスペックの馬鹿々々しさに大笑いw 戦車である必要はあるのかw その使い方も、まあ、なんというか。中盤に出てくる図書館の場面は、思わずため息が漏れそうな壮観。いいなあ、そんな図書館があったら、住みつきたい。
小川一水「ツインスター・サイクロン・ランナウェイ」冒頭。ガス惑星ファット・ビーチ・ボールの主力産業は漁業だ。ただし漁場は海じゃないし、獲物も魚じゃない。漁場は惑星大気、獲物は昏魚。昏魚は大気の上層と中層のあいだを飛ぶ生物で、深層にある炭素・珪素に加え窒素・酸素・塩素なども含んでいる。普通、漁師は男女のペアで漁に出る。だがテラのパートナーは…
百合アンソロジー『アステリズムに花束を』収録作品の冒頭のみを掲載。舞台は遠未来の異星系、木星みたいな巨大ガス惑星。そこで異星生物を狩る漁師が主人公って、どこが百合なのかと思ったら、ちゃんとそういう設定になっていたw しかも、自然環境だけでなく、テラたちが暮らす社会の構造まで作り込んでるから、そういう点でも美味しそうな作品。
菅浩江「博物館惑星2・ルーキー 第8話 にせもの」。アフロディーテ五十周年として、絵画・工芸部門は贋作展覧会を企画した。贋作と真正品を並べ、違いを比べるのだ。同じころ、問題が持ち上がった。<都会焼>の「片桐彫松竹梅」とそっくりの壺が古美術商で見つかったのだ。来歴も同じで、違うのはシールだけ。そのシールは…
今回は美術品の贋作騒ぎに、ペテンを絡めた話。たしかに贋作展覧会は面白そうだなあ。古美術商ってのも胡散臭い業界で、素人が下手に手を出すと痛い目を見る世界みたいで、しかもソレを込みにして業界が成り立ってる風があるから油断できない。今回は兵頭健の「失言」と同じことを考えてしまった。
藤井太洋「マン・カインド」第9回。チェリー・イグナシオやレイチェル、そしてトーマ・クヌート。彼らは人間離れした能力を持つ。その秘密を握るゼペット・ファルキ博士は、何者かに射ち殺された。そして、今なお「彼ら」と同じ子供たちが生まれている。チェリーたちは脱出を試みるが…
そういえば藤井太洋はデビュー作 Gene Mapper でも遺伝子改造技術を扱ってたなあ。私ももちっと賢いイケメンで髪も豊かに生まれたかった…って、そうじゃない。難しそうなのは層下視で、これに対応できる脳を持つってのは、どんな気分なんだろう。今の私たちとは、まるっきり違う現実の中で生きてるんだろうなあ。
草上仁「エアーマン」。稀代のエア・アーティストが亡くなった。エア・ギター、エア・相撲、エア・クッキング、エア・クラフト…。幾つもの分野で、彼は本物のように装うことができた。刑事も実はエア死ではないかと疑ったのだが…
3頁のショートショート。エアーマンって、そういう意味かいw しかもオチが酷いw それはともかく、久しぶりに草上仁の短編集が出るのは嬉しい。まさかエア告知じゃないよね?
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