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2019年7月14日 (日)

クリスティー・アシュワンデン「Good to Go 最新科学が解き明かす、リカバリーの真実」青土社 児島修訳

「誰もが知っているアスリートが支持しているのなら、誰がその商品の効果の科学的根拠を求める?」
  ――第2章 水分補給

…肝心の質問が残っています。それは“運動後には何を食べればいいの?”です。端的に言えば、その答えは“身体が求めているものを食べればいい”です。
  ――第3章 栄養補給

人は治療が痛みを伴うものだと、“痛いのは効いている証拠だ”と考える傾向があるのです。
  ――第4章 アイシング

言葉巧みな商人が何世紀にもわたって栄えてきたのには理由があります――私たちは、何かを信じたがっているのです。
  ――第8章 サプリメント

「朝の気分や感情は、おそらくリカバリーのもっとも正確な予測因子だ」
  ――第10章 データ

「その手法を使う人が積極的に関わったり、代償を支払ったりしているとき、プラシーボの効果はより大きくなると考えられている」
  ――第11章 プラシーボ効果

【どんな本?】

 スポーツの練習中には、水分を取るべきなんだろうか? 昔は水を飲んではいけないと言われていた。だが最近は水分を補給すべきとする説が多い。実際にはどうなんだろう? 疲れた時にマッサージを受けると心地よい。だが、それは本当に効いているんだろうか? アスリート向けに様々なサプリメントが売られているが、その効果はどれほどなんだろう?

 リカバリー、疲労回復。高みを目指すアスリートは、より迅速なリカバリーを望む。野球などのプロ選手は、短いシーズンに旅をしながらもコンディションを保ち、多くの試合をこなさなければならない。彼らにとって、効果的なリカバリーは必須だ。それだけに、色々なリカバリー製品や方法が世に溢れており、アマチュアのアスリートにも広がっている。

 スポーツドリンク、アイシング、マジックウィンドウ、アイシング、マッサージ、瞑想、サプリメント、スポーツウォッチ。これら「科学的」と銘打たれた製品や理論は、本当に科学的な裏付けがあるのか。プロのアスリートや私たちは、なぜこれらに惹かれるのか。そして、厳しいトレーニングをこなしているにも関わらず、伸び悩む選手がいるのはなぜか。

 より優れた結果を残すために、またはより長くスポーツを楽しむために、重要な要素でありながら往々にして見落とされがちなリカバリーについて、自らもノルディックスキー・ランニング・自転車などを楽しむサイエンスライターが、アスリートや科学者への取材に加え体当たり取材も交えて送る、リカバリーと現代科学のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Good to Go : What The Athlete In All Of Us Can Learn From The Strange Science Of Recovery, by Christie Ashwanden, 2019。日本語版は2019年4月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約277頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント46字×18行×277頁=約229,356字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。ただし、様々なリカバリーが流行している現代アメリカ向けの作品なので、無駄に厳しいだけの練習がハバを利かしている現代日本の感覚からすると、「へえ、今のアメリカってそうなんだ」的な雰囲気もある。

【構成は?】

 第1章は必ず読もう。「科学的とはどういうことか」を説明しており、以降の章の基礎となる部分だ。第2章~第8章は、個々のリカバリー方法を扱っている部分なので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。第9章~終章は、結論へと向かう「まとめ」のパート。

  • はじめに
  • 第1章 アルコール ビールはリカバリーに役立つ?
  • 第2章 水分補給 “喉が渇いてから飲む”でもパフォーマンスは落ちない?
  • 第3章 栄養補給 “運動直後の栄養補給のゴールデンタイム”など存在しない?
  • 第4章 アイシング 患部を冷やすのはリカバリーには逆効果?
  • 第5章 血流 マッサージにパフォーマンス向上効果はない?
  • 第6章 心理的ストレス 瞑想、フローティングのリカバリー効果は?
  • 第7章 睡眠 最強のリカバリーツール?
  • 第8章 サプリメント 効果を裏付けるエビデンスは少ない?
  • 第9章 オーバートレーニング症候群 真面目な選手ほど危ない?
  • 第10章 データ 数えられるものが重要なわけではなく、重要なものが数えられるとも限らない?
  • 第11章 プラシーボ効果 大半のリカバリー手法の効果はプラシーボにすぎない?
  • 結論 身体の声に耳を澄ます
  • 謝辞/訳者あとがき/注

【感想は?】

 健康に関して、科学が出す結論は往々にしてみもふたもない。本書の結論はこうだ。

「ちゃんと寝ろ。そして朝の気分に従え」

 リカバリー=疲労回復に関する限り、睡眠以外は総崩れだ。中には逆効果だったり、どころか悲惨な副作用を伴うものもある。ただし頭から否定しているわけでもなければ、ハッキリしたガイドラインも示していない。結局、「害がなく効くと思うならやれば?」みたいな結論だ。

 本書の最大の特徴は、著者自身がスポーツ好きであり、取り上げたリカバリー・グッズや方法を自分が実際に試している点だ。これは最初の「第1章 アルコール」からそうで、自らが被験者の一人となって効果を調べている。実験の目的はこうだ。「汗をかいた後のビールは美味しい。これリカバリー効果があるんじゃね?」

 そこで友人やアスリート仲間と組み実験に挑むが、結果は怪しげな数値になる。ここで大事なのは結果よりも、そこに至る過程、すなわち実験の内容だ。著者らが用いたのはRTE法、ドレッドミルで何分まで頑張れるか。これを一日一回、三日行う。被験者は二つの組に分かれる。1組は普通のビール、2組はノンアルコールビール。二重盲検を用い、被験者は自分がどっちの組かは知らない。被験者は10人。

 この実験、製薬会社で開発に携わっている人は、開いた口がふさがらないだろう。ツッコミどころが多すぎる。本当に二重盲検になっているのか? 実はなっていなくて、被験者はみな味で自分が何を飲んだのか知っていた。RTE法も怪しくて、むしろ距離を決めタイムを計る方がいい。実験以外の時間、被験者は何をしてる? 何よりサンプル数が少なすぎる。実験は一回だけで再現性を確かめてない。

概して、実験の規模が小さいとサンプル数も少なくなり、規模が大きな場合に比べて信頼性が低下します。また、実験者にとって好ましい結果が出やすく傾向があることも知られています。
  ――第1章 アルコール

 そんな風に、冒頭で「科学的」なんて言葉に疑問を抱くよう、読者に強く印象付けるのである。その上で、以降もグッズやメソッドを自ら試しつつ、それらの裏付けをメーカーや業者に問い合わせ、その実体を明らかにしてゆく。まあ、結論は「みんな鰯の頭みたいなもん」なんだけど。

 とまれ、体験取材してるのは、読み物として野次馬根性で面白い。睡眠グッズとしてパジャマまで買ってたり。私もフロートタンク(→Wikipedia)は試したくなった。要は濃い塩水に浮かぶってだけなんだけど、気持ちよく寝れそう。

 もっと手軽に試せるのが、スポーツ飲料。「第2章 水分補給」では、ゲータレードの誕生秘話が面白い。ちなみに最近流行りの「電解質」、これ下世話な言い方をすると「塩」です(→Wikipedia)。こういう耳慣れない言葉を使うのも、販売戦略なわけ。ちなみに熱中症の時は水を飲むのも善し悪しで、逆に水の取りすぎ=低ナトリウム血病の場合もあるとか。この辺は専門家、つまり医師に聞くべきだろうなあ。

 こういった「電解質」などの言葉にはじまり、企業はあの手この手で売り込みをかける。スター選手を広告塔にしたり、雑誌に広告を出したり。

 これらの手口を原理から暴いているのも、本書の楽しいところ。特に効きそうなのが、FOMO=fear of missing out、何かを見逃すことへの恐れ。これが最も有効なのが、サプリメント。だってあなた、日頃の自分の食生活で、すべての栄養素が充分に摂れている、と断言できますか? 栄養士じゃあるまいし、たいていの人は、なんとなく食べてるはず。これ突かれると弱いんだよね。

 と、そういうヒトの心の弱みにつけ込む形で商売する企業もあれば、アスリートが自ら罠に飛び込む場合もあって、それをテーマにしているのが「第9章 オーバートレーニング症候群」。理屈は簡単。

もっと練習すればもっと大きな成果が得られるはずだ
  ――第9章 オーバートレーニング症候群

 まあ、普通はそう考えるよね。これはスポーツに限らず、勉強でも同じだろう。ところが、これには落とし穴があって、それをこの本は何度も戒めている。それは何かというと、睡眠。

リカバリーの魔法の秘密が存在するとするならば、それは睡眠です。
  ――第7章 睡眠

 寝不足だと、どんなに練習しても無駄、どころか下手すると長期のスランプに陥るぞ、と繰り返し忠告してる。睡眠の重要性は「[戦争]の心理学」でも、合衆国陸軍の印象的な実験のデータがあるんで、ぜひ参考にしていただきたい。

 ちなみにこの本、注にも強烈なネタが埋まっているので油断できない。「第2章 水分補給」の注5は大笑い。某研究者が電解質も補給できるビールを開発しようと研究を始めたが…。うん、ヒトって、夢中になると、視野が狭くなるんだよねw

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