スー・バーク「セミオーシス」ハヤカワ文庫SF 水越真麻訳
わたしのまわりにある緑は、わたしが決して知ることのない秘密を持っている。
――p46「親世代は新しい地球を欲しがった。わたしたちが欲しいのは、パックスよ」
――p135鉄を感じる。
――p190“わたしの都市”ですって!
――p304「わたしたちには防衛が必要よね?」
――p389「わたしたちはそれぞれ、自分である必要がある。おそらく、自分以上のものになる必要すらある。本当の自分に忠実なら、わたしたちは自分の最良の性質が伸びるのを手伝うことができる」
――p559
【どんな本?】
アメリカの新鋭SF作家スー・バークの、本邦初紹介作品。
環境破壊と戦乱で疲弊した地球を逃れ、50人が新天地を求め旅立った。彼らが降り立った星は地球より重力が大きく、地球より十億年ほど老いており、生命に溢れている。移民者はここをパックスと名づけ、それぞれの専門知識を活用しながら社会を築き始めた。長い航宙や着陸時の事故や製品の寿命などで仲間や文明の利器を失いながらも、パックスの生物相などを調べつつ、ヒトの生態的な地位を得ようとする。
移民者たちが見つけた食べられる植物の一つが、スノーヴァインと名づけた蔓だ。これに成るオレンジ色の実はビタミンCが豊富で美味しい。少なくとも村の西のスノーヴァインは安全だった。しかし、東のスノーヴァインの実を食べた三人が死んだ。実に毒があったのだ。遺伝的には同じ個体なのに。植物学者のオクタボは謎に挑むが…
未知の環境に適応して新しい社会を築き上げようとする植民者たちの姿を、七世代に渡って描く、宇宙年代記。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は SEMIOSIS, by Sue Burke, 2018。日本語版は2019年1月15日発行。文庫本で縦一段組み本文約572頁に加え、七瀬由惟の解説7頁。9ポイント41字×18行×572頁=約422,136字、400字詰め原稿用紙で約1,056枚。上下巻に分けてもいい分量。
文章はこなれている。内容も特に難しくない。多少、DNAやRNAなど生物学の用語が出てくるが、わからなければ読み飛ばして構わない。というか、あまし厳密に考えるとイロイロとツッコミどころが多いので、その辺は軽くスルーしましょう。
【感想は?】
じっくりと描く、ファースト・コンタクト物。
ファースト・コンタクトにも、幾つかのパターンがある。1)異星人が地球に来る 2)宇宙でバッタリ 3)地球人が異星に行く。この作品は3)に当たる。
異星で見つける場合、地球人が技術的に優位なケースが多い。こういう場合、結果がロクな事にならないのは、南北アメリカ大陸やオーストラリアの歴史が証明している。なんたってコミュニケーションが取れる同じ種を相手にしてさえ、共生できずにほとんど皆殺しにしてきたんだから。
そこでSFでは色々と工夫を凝らす。少人数で非武装の学術探査船だったり、破損した宇宙船の不時着だったり。「アヴァロンの戦塵」では、冷凍睡眠技術の不備でおバカになってる、なんてユニークなアイデアを持ってきた。対して、本作では、長い航宙や着陸時の衝撃などで、幾つもの機器が壊れた事になっている。おまけに、人数も無事に地上に降り立ったのは31人だけ。
そのため、人数的にも技術的にも移民者に大きな優位はない。否応なしに新世界パックスと共生しなきゃいけない状況だ。おまけに、地球を脱出した理由が、環境破壊と戦争を逃れるため、だ。移民者たちの総意として、野放図な開拓はできない。
こういう理想ってのは、往々にして世代を経るごとに色あせ、偽善だらけのタテマエに変わってしまう。実際、この物語の中では裏切りも犯罪も起き、血も流れるのだが…
ここで著者の優しさが出てるのは、地球人と異星人の生態が大きく異なっている点だ。同じ資源を消費し同じモノを排泄する生物同士が共存するのは難しい。例えば作物を荒らすアブラムシはヒトに嫌われる。だがアブラムシを食べるテントウムシは大歓迎だ。ミミズに至っては、その生態でほとんどヒトと共通点はないが、ミミズの糞は畑を肥やす。生態が似ていると競争になってしまうが、違えば共存の道も見えてくる。
とはいえ、生態が違うということは、コミュニケーションも難しいということだ。何せ基盤となる感覚からして違う。そのため、この作品では、異星人と意思を通じ合わせるのに、数世代を費やす羽目になる。この緩やかな時間感覚が、この作品の特徴の一つだろう。
だからといって、物語そのものまでゆっくりしているワケじゃない。巧みに各世代ごとの重要なイベントに焦点を定め、お話そのものは起伏に富んだものになった。最初の世代では物語全体の背景を語ると共に、三人の死をキッカケにパックスに潜む謎の存在を示唆する。次の世代では、もう一つの謎と、移民社会の変化を描く。
この移民社会の変化が、なかなかに容赦ないあたり、著者の一筋縄じゃ行かない性格が出てるなあ、と思ったり。なにせ「環境破壊と戦乱に倦んだ」人々が「共生を目指す」物語だ。ニューエイジっぽい理想に満ちた甘ったるい話かと思ったら、チャンと毒を仕込んである。
この毒が最後まで効いてるのが、やっぱりハヤカワの青背たる所以か。そう、決して「互いの善意」による共生では、ないのだ。この異星人、なかなかに頼れる奴ではあるけど、かなりムカつく台詞を吐くし、どこまで信用していいのか不安になる所もある。ときおり、「あまし余計な知恵をつけさせちゃヤバいんじゃないの?」なんて思ったり。
と同時に、異星人の独白には、やはりSFに欠かせないセンス・オブ・ワンダーをタップリと仕込んであるのが、スレたSF読みには嬉しい描写。こういう、ヒトとは全く違う生物の視点を味わえるってのが、SFの醍醐味の一つだよなあ。もっとも、あんな生物になりたいかと言われたら、ちと悩んじゃうけどw
ヒポキャットやヒポライオンなんて可愛い生物も出てくれば、肉食ナメクジなんて気色悪いのもうじゃうじゃ湧いてくるし、終盤での多種族入り乱れての決戦では、ちょっと「ホビットの冒険」のクライマックスを思わせるスペクタクルが味わえる。新しい世界の創生を描く、神話的なSF作品だ。
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