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2019年6月 4日 (火)

マイケル・ギルモア「心臓を貫かれて」文藝春秋 村上春樹訳

僕らはいったい何を引き継いだのだろう? そしてそれはどこからやってきたのだろう? それが問題なのだ。
  ――夢

「あいつがそばまで迫っていたんだ」
  ――第2部 黒い羊と、拒絶された息子 第4章 さすらいの年月

「母さん、大丈夫だよ」と彼(ゲイリー)は言った。「俺が自分を傷つけてほどには、誰にも俺を傷つけることはできないんだから」
  ――第5部 血の歴史 第1章 ターニング・ポイント

【どんな本?】

 1977年1月17日、アメリカ合衆国ユタ州で死刑が執行される。処刑されたのはゲイリー・ギルモア(→Wikipedia)、罪状は二件の殺人。幼い頃から犯罪を繰り返し、人生の半分以上を監獄で過ごした男の末路だった。当時のアメリカでは死刑廃止に向けて動きつつあった。しかしゲイリーは自ら死刑を望み、当時のアメリカに大きな議論を巻き起こす。

 著者はゲイリーの弟である。父フランク、母ベッシーの間には四人の男の子がいた。長男フランク・ジュニア、次男ゲイリー、三男ゲイレン、そして四男の著者マイケル。

 ゲイリーは殺人の科で死刑となり、その前にゲイレンは刺された怪我が元で亡くなっていた。彼ら呪われた一族はいかにして生まれ、どのように暮らしてきたのか。

 ローリングストーン誌などに寄稿し筆力を磨いた著者が、長兄フランク・ジュニアなどの協力を得て描き出した、壮絶な一家の愛憎の物語。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Shot in the Heart, by Mikal Gilmore, 1994。日本語版は1996年10月15日第一刷。単行本ハードカバー縦二段組み本文約582頁に加え、訳者あとがき15頁。8.5ポイント25字×20行×2段×582頁=約582,000字、400字詰め原稿用紙で約1455枚。文庫本なら上中下の三巻ぐらいの大容量。今は文春文庫から上下巻で出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。敢えて言えば、舞台の多くがアメリカの1940年代~1960年代なので、その頃の風俗を知っていると迫真感が増すかも。

【構成は?】

 ほぼ時系列で話が進むので、できれば頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  • 第1部 モルモンの幽霊
  • 第1章 兄弟
  • 第2章 血の絆
  • 第3章 ジョーダン・レインの家
  • 第4章 アルタと死んだインディアン
  • 第2部 黒い羊と、拒絶された息子
  • 第1章 黒い羊
  • 第2章 拒絶された息子
  • 第3章 フェイの秘密
  • 第4章 さすらいの年月
  • 第5章 定着した一家
  • 第3部 兄弟
  • 第1章 見知らぬ者たち
  • 第2章 片隅の少年
  • 第3章 青春の暴走
  • 第4章 父との暮らし
  • 第4部 ある種の人々の死にざま
  • 第1章 兄たちの肖像
  • 第2章 丘の上の家
  • 第3章 あるセールスマンの死
  • 第4章 レクイエム
  • 第5章 武装強盗事件
  • 第6章 離散する家族
  • 第7章 それぞれの帰還
  • 第8章 反抗
  • 第9章 歩く死者
  • 第5部 血の歴史
  • 第1章 ターニング・ポイント
  • 第2章 高名なる殺人者
  • 第3章 最後の言葉
  • 第6部 涙の谷間に
  • 第1章 家族の最後
  • 第2章 新しい家庭、古い幽霊
  • 第3章 秘密と骨と
  • 第4章 故郷からの手紙
  • エピローグ 
  • 審判
  • 後記
  •  訳者あとがき

【感想は?】

 愛と暴力のクロニクル。

 この一家の歴史を掘り起こすのは、かなり骨の折れる作業だったと思う。特に父親フランクの足跡を辿るのはひどく難しいし、最後まで明らかになっていない部分も多い。

 父フランク、ある意味じゃ才人なのだ。奇術は巧みだし、金儲けも巧い。だが過去は詳しく語らない。母ベッシーと結婚してしばらくの間は、なかなかに謎な暮らしを続ける。長い間アメリカ各地を巡る旅に出て、大金を稼いで帰ってくる。ここでピンときた人は、かなり鋭いか、または古い映画のファンだろう。

 母ベッシーはユタのモルモン教徒で、ご多分に漏れず子だくさんの大家族に育つ。いささか進歩的な気質はユタの風土に合わず、父フランクと出合い正体も知らずに結婚。

 次第にフランクの正体が明らかになるあたりは、そこらの小説の上を行く驚きの連続だ。それでも愛想をつかさないのは、女が一人で生きてくのが難しい時代背景もあるんだろうけど、ベッシーの気性の激しさも感じさせる。またユタ州とモルモン教の歴史、特に血生臭い部分を拾い上げていて、ここが読者の意見の分かれるところ。

 つまりモルモン教の影響を感じるか、違うんじゃないかと思うか。私はあまり関係ないと思った。いやソレ以外の要素が大きすぎるのだ。

 やがてベッシーも父フランクの正体を知り、彼が奇妙な旅を続ける理由も理解するようになる。だが子供が生まれ成長するに従い、家族揃っての定住を望むベッシーが出すアイデアは、暗い場面が続く本作の中じゃ珍しく大笑いが止まらないところ。しかも、それが巧くいっちゃうんだから世の中は分からない。改めて考えると、まっとうにやれば充分に良き紳士となれる資質があるんだよな、父フランク。

 ところが、家庭の外じゃともかく、家の中じゃ暴れまくるのだ、父フランクが。何かとケチをつけては妻や子供を痛めつける。ベッシーも黙っちゃおらずにやり返したり、ちゃぶ台返しカマしたり。にも関わらず、別れようとはしないんだから、家族の関係ってのはわからない。

 そういう家庭で育ったゲイリーとゲイレンは、お約束通りの不良街道まっしぐら。事件を起こす度に、父フランクとベッシーは駆けずり回り、弁護士を手配して有力者に嘆願書を出し、何とか丸く収めようとする。ゲイリーのご機嫌を取るために車を買い与えたりしてるあたりは、単に外面を気にしてるだけじゃなく、やっぱり息子が可愛いんだろうなあ、としみじみ感じてしまう。

 なら家族で喧嘩なんかしなけりゃいいじゃん、またはサッサと縁を切りゃいいじゃん、と思うんだが、そんな事を思いつきすらしない絆の強さがあるのだ、この家族は。が、暴力の嵐に包まれて育ったゲイリーは、どうしても社会に適応できない。

「俺が権威というものを憎むのは、そいつらが俺に、親父のことを思い出させるからだよ」
  ――第3部 兄弟 第1章 見知らぬ者たち

 そのワリを食っちゃったのが、長男のフランク・ジュニア。読んでいて、私はこの人が最も切なかった。幼い頃はゲイリーのトバッチリで折檻を食らい、長じては家族の尻ぬぐいに奔走する。にも関わらず、グレもせずひっそりと生き続ける。本質的に賢くて優しい人なのだ。学歴さえあれば、是非とも教師になってほしいタイプ。にも関わらず、彼は全く報われない。

「…俺は、なんとかできるだけ母さんの役に立とうと、心血を注いできたんだ。でもその見返りに俺がもらったのは、ただ憎しみだけだった」
  ――第6部 涙の谷間に 第3章 秘密と骨と

そのときこう思った。そんなに自分が大変な思いをしていても、親に相談することもできないんだなって……。
  ――第6部 涙の谷間に 第4章 故郷からの手紙

 もう一つ、フランク・ジュニアの悲しさを際立たせる一文がある。あまり目立たないんだが、母ベッシーが、末っ子のマイケルにこう語る所だ。

「私はせめてひとりの子供にだけはまともに育ってもらいたいんだよ」
  ――第4部 ある種の人々の死にざま 第8章 反抗

 おいおい、なんでフランク・ジュニアを勘定に入れない? 彼だってまっとうに生きてるじゃないか。もっとも、本書の多くがフランク・ジュニアの協力によるものなので、そういう部分はあるのかもしれない。

 なぜゲイリーのように歩く凶器のような人間が生まれるのか。その謎の一端を、この本は示していると思う。著者の傾向か、オカルトっぽい記述もあって、その解釈は読者次第だ。著者が自らのルーツと心の暗黒部に向き合い、血と涙を流しながらも真実を掘りあてようと足掻き、なんとかその一端を日の当たる場所に引きずり出した、痛みと悲しみの年代記。

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