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2019年5月10日 (金)

中村融編「猫は宇宙で丸くなる 猫SF傑作選」竹書房文庫

「なんで猫さんは大きくならなきゃいけないの?」
  ――ジェフリー・D・コイストラ「パフ」

「知ってる。さっき会った」
  ――ナンシー・スプリンガー「化身」

強盗は猫!?
警察と夜警、「金庫破り」を射殺
  ――シオドア・スタージョン「ヘリックス・ザ・キャット」

「頭がよくて、信用されてる猫には、そうする方法がいくらでもあるんだ」
  ――ジェイムズ・ホワイト「共謀者たち」

「これはわれわれよりおまえたちにとって大事なことなんだぞ、チビ助!」
  ――ジェイムズ・H・シュミッツ「チックタックとわたし」

これはスティーナとバット、クリフ・モーラン、そして<火星の女帝>の物語だ。
  ――アンドレ・ノートン「猫の世界は灰色」

【どんな本?】

 ロバート・A・ハインラインの「夏への扉」や神林長平の「敵は海賊」シリーズ、高千穂遥の「ダーティペア」シリーズなど、猫?が活躍するSFは多い。本書は1950年代の作品から今世紀の作品まで、主にアメリカの猫SF・猫ファンタジイの傑作を集めた、日本独自の作品集。

 天才仔猫パフを描く「パフ」、妖艶な猫の視点の物語「化身」、知能を得た動物たちの脱出劇「共謀者たち」、そしてタイトルそのままの「宇宙に猫パンチ」など、バラエティ豊かな作品が楽しめる。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇で15位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月7日初版第一刷発行。文庫本で縦一段組み本文約421頁に加え、編者あとがき6頁。8.5ポイント41字×17行×421頁=約293,437字、400字詰め原稿用紙で約734枚。文庫本としては厚め。

 SFとはいっても、小難しい理屈は出てこないので、理科が苦手でも大丈夫。

【収録作は?】

 作品ごとに解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

<地上編>

ジェフリー・D・コイストラ / パフ / Jeffery D. Kooistra / PUFF / 山岸真訳 / アナログ1993年12月中旬号
 幼い娘のヘイリーのために、生物工学者のわたしはパフを作り上げた。上手くいけば、パフは子猫のまま長く過ごす。成猫になるのは、寿命が来る数年前だ。さいわいヘイリーはパフが気に入った。だが、パフはただの子猫ではなかった。
 子猫ってのは、凶暴なまでに可愛い。そのままでいてほしいって気持ちは、よくわかる。でも成長するとヤンチャで、予め覚悟して準備をしておかないと大変な事になるのも、よくわかる。小さく見えたって、牙と爪を備えた天性のハンターだし。
ロバート・F・ヤング / ピネロピへの贈りもの / Robert F. Young / Pattern for Penelope / 中村融訳 / イフ1954年10月号
 ミス・ハスケルは、教師だった。定年を迎え、今は猫のピネロピと共に年金でつつましく暮らしている。ピネロピはミルクが好きで、ミルク代は頭痛の種だ。二月一日、激しい雪と風の朝、ミス・ハスケルは奇妙な少年を見た。薄着で丘の頂に立っている。心配して家に迎え入れたミス・ハスケルだが…
 ロバート・F・ヤングの影響を強く感じる作家と言えば、梶尾真治だろう。芸幅の広い梶尾真治だが、「美亜へ贈る真珠」などロマンスと時間旅行を絡めた作品は、ヤングのエッセンスを色濃く受け継いでいる。この作品はロマンスが出てこないが、心温まる展開はヤング節が全開だ。
デニス・ダンヴァーズ / ベンジャミンの治癒 / Dennis Danverts / Healing Benjamin / 山岸真訳 / レルムズ・オブ・ファンタシー2009年8月号
 16歳のとき、ぼくは<治療の手>の力を得た。一歳年上の猫ベンジャミンの心臓が止まったとき、ベンのため強く祈った。するとベンは元気になり、以来30年、ベンはぼくと一緒に暮らしている。最近はそれに恋人のシャノンが加わった。幸いシャノンもベンが気に入った。ただ、一つ問題がある。普通、猫は47年も生きない。
 生まれた時から一緒にいる猫を喪ったなら、その悲しみはどれほどのものだろう。だが、たいていのペットはヒトほど長く生きない。昔ならともかく、最近はペットも定期的に獣医に診てもらうようになっている。となれば、47年も生きる猫は色々と困った事態を引き起こす。などはともかく、ローストチキンの場面は爆笑。
ナンシー・スプリンガー / 化身 / Nancy Springer / In Carnation / 山田順子訳 / Catfantastic Ⅱ 1991
 彼女は実体化した。これは九つ目の命だ。幸い、すぐにカーニヴァルを見つけた。力試し、観覧車、オートバイの曲乗り、鏡の迷路、そして欲の匂い。獲物を探し、彼女は会場を物色する。若く、たくましく、醜くない男を。そして見つけた。「あててみようか男」。サングラスで目が見えないが、なにかを持っている。
 「猫は命を九つ持っている」という伝説と、アレを絡めた作品。胡散臭い出し物がズラリと並び、なんかワクワクするが、数日すればどこともなく去ってゆく移動カーニヴァルの怪しげな雰囲気がいい。昭和の頃は酉の市などで蛇女などの怪しげな出店があったんだが、最近はどうなんだろう?
シオドア・スタージョン / ヘリックス・ザ・キャット / Theodore Sturgeon / Helix the Cat / 大森望訳 / Astounding 1973
 ヘリックスは大きな牡の黒猫で、ぼくの親友だ。一年前、ぼくは新しい柔軟ガラスを開発していた。最初のガラス瓶が完成したとき、それが起きた。銃弾が耳元をかすめるような音が聞こえたんだが、ヘリックスには聞こえなかったようだ。しかも手に持っていた栓が勝手に飛び出し、瓶の口におさまった。
 わはは。ヘリックス君、大暴れ。地下室の若き発明家がケッタイなモノを創りだし、それが元で大騒ぎに、ってパターンの作品。スタージョンというと文学的で高尚なイメージがあるが、これは全く違う。狐と狸いや猫の化かし合いというか。ほんと、猫って何を考えてるんだろうなあw

<宇宙編>

ジョディ・リン・ナイ / 宇宙に猫パンチ / Jody Lynn Nye / Well Worth the Money / 山田順子訳 / Cats in Space 1992
 交易船の船長を目指すジャーゲンフスキーに、チャンスが舞い込んできた。ドレブ星人から得たテクノロジーを用いた新型宇宙船<パンドラ>のテスト航行だ。新型だけに危険もあるが、成功すれば特別手当に加え昇進もあり得る。二人のクルー、ダイアニとオカベ、加えて船猫のケルヴィンと共にパンドラは出航し…
 タイトルでだいたいのお話は見当がつくにせよ、こうヒネリを入れるかw もともと捕食獣だし、そういう状況だと頼りになるかも。ただ、その気になるかっていうと、なにせ気まぐれな生き物だけに、そこは問題でw 日本でも三毛猫は縁起がいいとして船乗りに愛されたとか。将来はどうなるんだろうなあ。
ジェイムズ・ホワイト / 共謀者たち / James White / The Conspitarors / 中村融訳 / ニュー・ワールズ1954年6月号
 航行中の宇宙船の中で、<変化>がおきた。<変化>は、脳が小さいほど速い。最初は<小さな者たち>、ネズミだ。知能があがり、テレパシーを使えるようになる。船内でたった一匹の猫、フェリックスの<変化>はゆっくりだが、猫ならではの行動の自由がある。<小さな者たち>と協力して脱出計画を進めているが、そこは猫と鼠。
 図体、というか脳が小さいほど速く賢くなるというアイデアが楽しい。これに加え、狩られる側である鳥のシンガーや鼠の<小さな者>が、ハンターである猫のフェリックスに対し抱く本能的な恐怖が、物語に緊張を与えている。孤独な立場であっても果敢に闘いに挑もうとするフェリックスの姿は、冒険小説のヒーローそのもの。猫の中に熱い血が流れている限り、不可能ということはないのだ。
ジェイムズ・H・シュミッツ / チックタックとわたし / James H. Schmitz / Novice / 中村融訳 / アナログ1962年6月号
 腹黒い叔母のハレットに連れられ、15歳のテルジーはジョンタロウに来た。ここは広大な動物保護区で、狩猟家の楽園でもある。一緒に来たTT=チックタックは、どうも様子がおかしく、何かを伝えたがっているようだ。TTは五年前にテルジーと出合った。当時は猫ぐらいの大きさだったが、今は90kgぐらいに成長した。肢に吸盤があり、体の色を変えられる。
 さすがシュミッツ、やっぱりロリコンだった←をい。わはは。いやだって15歳の天才少女テルジーちゃんと巨猫のチックタックが、いぢわるな叔母ハレットの陰謀に立ち向かう話だし、「惑星カレスの魔女」の著者だし。まあTTは猫じゃなくてカンムリネコだけど。ちょっと映画版「風の谷のナウシカ」みたいな雰囲気の、心地よいジュブナイル。
アンドレ・ノートン / 猫の世界は灰色 / Andre Norton / All Cats Are Gray / 山田順子訳 / ファンタスティック・ユニヴァース1953年8・9月号
 スティーナは大型コンピュータのオペレータで、宙港を渡り歩いている。いつもだぶだぶのつなぎ姿で、滅多に口を開かない。だが彼女が口を開いた時は、じっくり聞いた方がいい。その時、クリフ・モーランはどん底だった。そんなクリスのテーブルに、スティーナが来た。肩に猫のバットをのせて。「そろそろ<火星の女帝>が現れるころよ」
 <火星の女帝>は行方不明になった観光船で、お宝がどっさり載っている、との噂。まるきしタイタニックかU-977か。一攫千金を夢見て捕獲に向かった者もいるが、多くは帰らず、数少ない生還者も堅く口を閉ざす。幽霊船の謎に挑むのは情報通のスティーナと猫のバット、そして野望のほかには借金しかないクリス。という、正統派の宝探しの冒険の物語。
フリッツ・ライバー / 影の船 / Fritz Leiber / Ship of Shadows / 浅倉久志訳 / ファンタシー&サイエンス・フィクション1969年7月号
 <ウインドラッシュ>、またの名をザ・シップ。水夫はキャビンの中に住んでいる。二日酔いのスパーを、猫が叩き起こす。「バカ!ウシュノロ!ヨッパライ!」。野良猫らしい。キムと名づけた。そしてキーパーが営む酒場<こうもりの巣>に出勤する。ゆうべは狼男と吸血鬼と魔女が暴れ、ガーリーとスイートハートが吸血鬼の餌食になった、そうキーパーは言っている。
 帆船ってのは帆があるだけじゃなく、それを操るためのロープも船上に複雑怪奇なまでに張り巡らされてる。舞台の<ウインドラッシュ>も、アチコチにロープがあるから、似てると言えば似てる。が、猫はしゃべるし「排泄管」なんてのはあるし、おまけに吸血鬼や狼男も出る。はてさて。

 いかにもな猫の本音がのぞける「ヘリックス・ザ・キャット」は、皮肉が効いてていい。「共謀者たち」は猫が孤独なヒーローを演じる物語で、一種のハードボイルド。中でも最も猫が活躍するのは、タイトルでわかるように「宇宙に猫パンチ」かな。映像化するなら、実写よりアニメの方が絶対に面白い。

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