SFマガジン2019年6月号
「おれはおれを、君に託す」
――冲方丁「マルドゥック・アノニマス」「俺たち、どうなってしまったのかな?」
「地獄に堕ちたのさ」
――サム・J・ミラー「髭を生やした物体X」茂木健訳この二人は俺とは違う。
――藤井太洋「マン・カインド」第8回
376頁の標準サイズ。
特集は三つ。メインは「追悼・横田順彌」。次いで「栗本薫/中島梓没後10年記念賞特集」と「小川一水『天冥の標』完結記念特集」。
小説は11本。まず「追悼・横田順彌」として横田順彌の2本、「かわいた風」と「大喝采」。連載は4本。椎名誠のニュートラル・コーナー「巡回軌道」,冲方丁「マルドィック・アノニマス」第25回,藤井太洋「マン・カインド」第8回,夢枕獏「小角の城」第53回。
読み切り&不定期掲載は5本。菅浩江「博物館惑星2・ルーキー 第7話 一寸の虫にも」,小川哲「ムジカ・ムンダーナ」,小野美由紀「ピュア」,琴柱遥「讃州八百八狸天狗講考」,サム・J・ミラー「髭を生やした物体X」茂木健訳。
まずは特集「追悼・横田順彌」。
横田順彌「かわいた風」。焼けはて、かわききった星に、宇宙放浪者ロアはいた。空は青く澄んでいるが、生きるものはいない。/ライフヘルパーが、キャサリンに歴史を教えている。最近のキャサリンは、なかなかいうことを聞かない。/フランクとパトリシアの夫婦は、スイスへの移住を考えている。戦争ばかりを考える政治家に嫌気がさしたのだ。
1976年の発表。米ソが核兵器を突きつけ合う冷戦のさなか、という時代背景が色濃く出た作品。さすがに正面切ってのメンチの切りあいこそなくなったものの、核兵器は減っちゃいないどころか、プーチンの軍事戦略はは核を前面に押し出したもので、物騒な状況は今も変わっていない。
横田順彌「大喝采」。明治44年12月2日、鵜沢龍岳と黒岩時子が、押川春浪の家に訪ねてきた。話題は噂の活動写真「ジゴマ」から、妙な方向へと流れが変わる。陛下に関わる話だ。それというのも、先月の肥筑平野の大演習に行幸のおり、陛下は活動写真をご覧になったのだが…
お得意の押川春浪物で、細かい時代考証が楽しめる作品。「ジゴマ」はともかく、「ニチ」「ヒルム」「セイキスピヤー」なんて言葉が、時代の香りを伝えてくる。弁士次第で映画の出来が変わるってあたりは、サイレントならではの味。案外とMADが、その伝統を受け継いでたりして。そういえば、なぜ字幕って発想がなかったんだろう? 当時のフィルムじゃ難しかったんだろうか?
横田順彌「ぼくの亜米利加旅行」。1975年(だと思う)、鏡明・荒俣宏・伊藤典夫と共に、ロスアンジェルスSF大会やサンフランシスコとニューヨークを巡った旅行記。筆者のサービス精神が伺えるユーモアあふれる文章が楽しい。ポール・アンダースンの隣の席とか羨ましすぎる。にして、アメリカに行ってまで古本を漁るとはw
以上、特集「追悼・横田順彌」はここまで。
椎名誠のニュートラル・コーナー「巡回軌道」。インデギルカ号から、深宇宙探査用のロケットに乗り込み、チコと市倉、そしてナグルスの三人は、目的の惑星に向かう。早いスピードで自転する中心惑星を、ドーナツのような外惑星が取り囲んでいる。ただし外惑星は、食い散らかされたように幾つかに割れている。
扉のイラストで、やっと「あ、そういう事なのね」と舞台の形が分かった。宇宙探査と名前は偉そうだが、この人が書く人物の旅ってのは、どいつもこいつも行き当たりばったりな感じがぬぐえないのは、やっぱり筆者の行動様式を反映してるんだろうかw
冲方丁「マルドィック・アノニマス」第25回。バロットはイースターズ・オフィスなどの協力を得て、<クインテット>のアジトを襲い、ウフコックを取り戻す。たちまち抜群のコンビネーションを発揮するバロットとウフコックは、<クインテット>と互角以上に渡り合う。特にバジルとは交渉の余地があると感じ取ったバロットは…
今回もアクションは少ないが、相変わらず緊張感が漂う展開が続く。しかも<クインテット>の内情が明かされるにつれて、バジルにも肩入れしたくなるからややこしい。法が通用しない分、バロットより苦しい立場なのかも。トゥイードルディの性格って、某書のジョン・アンダーソンに似てるなあw
小川哲「ムジカ・ムンダーナ」。フィリピンの小さな島、デルカバオには、五百人ほどのルテア族が住んでいる。彼らには独自の文化がある。音楽を取引に使うのだ。高橋大河は、目的があってデルカバオに来た。もっとも裕福な男が所有し、一度も演奏されたことのない、もっとも価値のある音楽を聴くために。
よく言われるように、貨幣ってのは不思議なもので、価値があると多くの人が信じるから価値がある。誰も聴いたことがないのに、なぜ価値があると思われているのか。とかの謎はともかく、私は音楽のネタだと、頭の中で次々と音楽が鳴りだして、なかなか文章に集中できないんだよなあ。冒頭のロブの話でも、AerosmithのDUDE(→Youtube)やScorpionsのSteamrock Fever(→Youtube)が鳴りだして…
小野美由紀「ピュア」。衛星ユングには15歳から18歳のメスが住む学園星だ。月に一度、レッド・トーンの期間中に地上に行き、“狩り”をする。男と交わり、終われば食べる。卒業後、私たち特Aクラスは上級士官として軍の服役が待っている。だが子供をたくさん産めば“名誉女性”となり兵役免除だ。ヒトミちゃんは美しい。全身が宝石箱みたく輝く翡翠色の鱗に覆われ…
ちょっと芸風は鈴木いづみに似てるかも。マミちゃん、そんなにがっついたら、そりゃできるモンもできませんがなw 男女の肉体の強さが入れ替わり、生殖がテーマとなれば暗くなりがち。しかも事後には女が男を喰っちゃうし。でも性欲と食欲を強く結びつけ、主人公のユミが多少能天気なあたりが、スプラッタながらも明るい雰囲気に仕上がってる。いやほんとグチュグチュヌラヌラなんだけどw
サム・J・ミラー「髭を生やした物体X」茂木健訳。ヘリ操縦士のマクレディは、全滅したマクマード南極観測基地から、かろうじて生きて帰った。だが、彼はときおりマクレディではない。その間、マクレディには記憶がない。何かがマクレディの身体を乗っ取っている。ニューヨークでマクレディはかつての恋人ヒューと出合う。そしてヒューを吸収し…
映画「遊星からの物体X」に捧げる一編。「命がけで南極に住んでみた」によると、南極基地でも定期的に上映されるとか。食われた者の視点ってのが面白い。と同時に、同性愛や人種問題、そして「遅れちてきた移民」などを巧みに盛り込んでいる。そうか、だからマクレディなのか、と感心した。でもアレには勝てないってのは、SFの伝統?
琴柱遥「讃州八百八狸天狗講考」。讃州丸亀京極氏屋形で怪異があった。便所から手が出て女の尻を撫でる。輪弥という若侍がそれを聞き、女物の小袖をかぶり便所にはいる。すると下から毛むくじゃらの手が出てきたので、脇差で切りつけた。キャッと声がし、残ったのは狸の前足。以後、便所の怪異はなくなった。あくる年、輪弥の枕元に…
渡辺綱の鬼の腕ならぬ狸の腕かいw 讃州で八百八狸ってあたりは、いかにも由来がありそうだし、どこまで本当でどこからが作り話かと思ったら、どんどんとんでもない方向に話が向かってw だから二億五千年なのかw やっぱり狸ってのは、どうにもユーモラスな方にいっちゃう生き物でw オチもヒドいw
藤井太洋「マン・カインド」第8回。これも話が佳境にさしかかったためか、ネタバレせずに内容を紹介するのは難しい。現在の技術革新が続けば、間違いなくこういう技術も使われ始めるだろう。昔からあるテーマだけど、時代的にも技術的にも「今、そこにある」問題だけに、深く考え込んでしまう。果たして移行は平穏に進むんだろうか。
菅浩江「博物館惑星2・ルーキー 第7話 一寸の虫にも」。兵頭健は憂鬱だ。今回の任務は探し物。しかも27匹。<デメテル>空港から逃げ出したタマムシの捕獲だ。ただのタマムシじゃない。遺伝子改造され、七センチほどに大きくなった、俗称ニジタマムシである。繁殖方法は不明で、下手をすると大増殖して生態系を破壊しかねない。
イシードロって、どっかで聞いたような名前だなw お気楽極楽な性格が、いかにも南欧人。その弁護士もいい性格してるw それより変人ぶりが際立ってるのが、昆虫担当の学芸員カミロ・クロポトフ。学者さんにありがちなタイプだよね。ピントが合ってる時と合ってない時の落差が凄い人。にしてもニジタマムシ、ニール・ショーンあたりはすぐ気に入りそうだなあ。
池澤春奈「SFのSは、ステキのS」。ヒトの体は少しづつ入れ替わるのを「モー娘。パラドックス」って、をいw プロ野球チームもそうだよね。次々と選手が入れ替わるのに、チームとしては同じ。これが大学や高校のチームだと、もっと入れ替わりが速いんだけど、それでもファンは「同じチーム」として認識してる。音楽だとベンチャーズとか。ディープ・パープルは…イアン・ペイスがいるか。
鹿野司「サはサイエンスのサ」、今回のテーマはアルゴクラシー。imidas によると、「人工知能に政策立案・決定を委ねること」。現代中国じゃアリババなど信用サービスの普及で、取引の信用度が上がりサービスも良くなったとか。そういえば中国は昔から科挙でエリートを選抜してたなあ。これがあの国の変化を阻んだんだろうか。
大森望「新SF観光局」。ラヴィ・ティドハーとアンソロジー編纂の苦労で盛り上がったって話。にしてもイスラエルとパレスティナの作家が同じ本に収まるってのも凄い。「(著者の)人数が増えると完成した本を各国に送るだけで数千ドルの経費がかか」るって、確かにそりゃ大変だ。
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