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2019年5月 6日 (月)

高山羽根子「オブジェクタム」朝日新聞出版

「…単純な数字がつながって関係のある情報になり、集まって、とつぜん知識とか知恵に変わる瞬間がある。生きものの進化みたいに」
  ――オブジェクタム

先月、妻が他界しました。
  ――L.H.O.O.Q.

【どんな本?】

 「うどん キツネつきの」で鮮烈にデビューした高山羽根子の作品を集めた、第二作品集。祖父と共に秘密の新聞を作っていた少年時代の思い出を描く「オブジェクタム」,出征した夫と残された妻の手紙で綴る「太陽の側の島」,先立たった妻が遺した犬を探す男の話「L.H.O.O.Q.」、いずれもトボけた法螺話のような味わいの三篇を収録。

  SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇の10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年8月30日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約159頁。9ポイント39字×16行×159頁=約99,216字、400字詰め原稿用紙で約249枚。文庫本でも薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しい理屈は出てこない。敢えて言えば、表題作の「オブジェクタム」が、昭和の頃の風景や風俗が出てくるので、若い人にはピンと来ないかな、ぐらい。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

オブジェクタム / 小説トリッパー2018年春号
 子どものころに住んでいた町にやってきた。あのころ、町内には壁新聞が貼られていた。月に一回ぐらいのペースで、十数か所に。誰が何の目的で作り貼っているのか、誰も知らない。でも、熱心に読んでいる人も多かった。別に人騒がせなことが書いてあるわけじゃない。「スーパーと八百屋の茄子と柿の傷み具合」など、役に立つような立たないような、そんな記事だ。
 子どものころに見ていた風景が、まざまざと蘇ってくる。曲がり角で不意に見かける、ような気がする何か。河川敷に捨てられているゴムタイヤや空き缶。草ぼうぼうの空き地にコッソリ作った秘密基地。ふだんは通らない道に迷い込んだ末に見つけた、古ぼけた建物。公民館に集まる大人たち。
 そんな、誰もあまり気にかけない、ごく当たり前にソコにあるようなモノや、普段からよく見かける少し変わった人々にも、ちゃんとソコに辿りつくまでの由来や、その人がそうである理由がある。壁新聞に関わることをキッカケに、少年はそれまで見えなかった町や人々の姿を知りはじめる。
 壁新聞に関わることをキッカケに、少年はそれまで見えなかった町や人々の姿を知ってゆく。茄子の傷み具合,柄タイツ,そして図書館。見過ごしがちなモノゴトの中に、秘密を解く鍵が少しづつ潜んでいる。ただし、それらを組み合わせて物語を作り上げるのは、読み解く者の役目だし、すべての鍵が揃うとは限らない。
 とかのお話とは別に、そこに使われるガリ版やパンチカードなどの小道具や、ガラクタが転がっている河川敷の風景が、私にはたまらなく懐かしく嬉しかった。
南の側の島 / 婦人公論2016年4月12日号
 夫の真平は南方の島に出征した。妻のチズは幼い息子の陽太郎と共に、空襲に怯えながら日々を過ごしている。出征とはいえ、真平がやっているのは土地の開墾だ。気候はよく土地も肥えているのか、作物はすくすくとよく育つ。ときおり上空に敵機を見かけるが、何もせずに飛び去ってゆく。現地の者は普段はのんびりしているが、近く祭りがあるとかで、最近は何やらそわそわし始めて…
 南方に出征した夫と、留守宅を守る妻との心温まる手紙のやり取り…かと思っていたらw 航空機を駆使する現代戦と、のんびりした島の暮らしを対比させ、ってな読み方もある。でも、「SFマガジン2018年2月号」の映画紹介とかを見ると、著者の好みをそのまんま出しただけじゃないかと思う。それぐらい「祭り」の場面は鮮烈で、実はこの場面を描きたかったんだろうなあ、とか。いやどう考えても某迷作映画のパロディというか。
 にしてもこの人、「うどん、キツネつきの」もそうなんだけど、得体の知れない生き物を拾って育てる話が好きだなあ。
L.H.O.O.Q. / 文學界2016年8月号
 妻が若くして逝った。あまり器量のいい方ではなかったが、言い寄る男は多かったようだ。もっとも、妻は興味を示さなかったようだが。これは他の男に限らず、私にも興味がなかったらしく、我儘な乱暴者だった。たいした遺産はなかったが、雄犬を飼っていた。太った小型犬だ。特に私が面倒を見ていたわけではないが、犬は妙に私に懐いて…
 L.H.O.O.Q. って何かと思って調べたらマルセル・デュシャン(→Wikipedia)の作品の一つ、「彼女はおしりが熱い」(→Artpedia)が見つかった。とすると、何か元ネタがあるんだろうか? ヒトは強く興味を惹かれると瞳孔が開くから云々、なんて理屈もつけられるけど、たぶんそれは野暮なんだろう。

 表題作の「オブジェクタム」は、少しづつ「鍵」が集まって物語が見えてくる構造が巧い。でもそれ以上に、「南の側の島」の祭りの場面が余りにも強烈だ。きっと著者の趣味だろw いっそ妻子を呼び寄せちゃえばいいのにw

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