デヴィッド・ハジュー「有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代『悪書』狩り」岩波書店 小野耕世・中山ゆかり訳
ジャニス・ヴァロー・ウィンクルマン(ジャニス・ヴァロー)「私はそこには戻れなかったのです――死ぬほど怖かったんですよ。あの人たちが私になにをしたか、あなたは知らないんですか?」
――プロローグ…スーパーマンは大恐慌を生きのびた者たちに直接話しかける。彼自身も他の星からの移民なのだ。
――第1章 社会なんかくそくらえ アメリカン・コミックス誕生ジュールズ・ファイファー「その当時、俺たちのものだとほんとうに思えるものは、ほかになかった」
――第2章 金かせぎだったのさ コミックスのゴールド・ラッシュ時代「見たかね? 絵によって何が可能かわかったかね?」
――第4章 若者が危ない カトリック教会の禁書リスト「彼らがぼくらを利用しようとしているのだと思ったし、それが正しいことだとは思えなかった。そのことが、ぼくを相当に怒らせた。そしてそれ以後は、先生たちのことを以前とは同じように考えることは二度となくなってしまった」
――第7章 ウーファーとツイーター 大騒ぎは続く「…子どもたちは、われわれがしようとしていたことをほんとうに気に入ってくれていた。それはこちらが彼らを子ども扱いしなかったからだと思う。というか、われわれ自身が実際には子どもだったんだな。まあ、だからこそわれわれは、子どもたちを見下したりしなかったわけだけど」
――第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!! 花咲くロマンス・コミックス「なぜなら、これは親たちの問題であって、子どもたちの問題ではないと思っていたからだ」
――第10章 頸静脈のなかのユーモア ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊ビル・ゲインズ「彼らは自分たち向けのコミックスが嫌いなのではない!」「君たち向けのコミックスが嫌いなのだ!」
――第13章 われわれは何を恐れているのか? 公聴会が開かれるビル・ゲインズ「私は今、そのホラーと犯罪もののコミックスのすべてを廃刊にする決心をしました。この決断は即時に実行されます」
――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが………親たち(略)は、そのための解決策を必死に求め、そしてコミックブックがそのお格好のターゲットとなった。……なぜならコミックブックには、信頼に足る擁護者がいなかったからだ。
――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……コミックスの題名に使われる言葉に関するフィッツパトリック法の規制が、もし他の書籍にも適用されることがあれば、ドフトエフスキーの『罪と罰』やソモーヌ・ド・ボーヴォワールの「第二の性』も禁止されたことだろう。
――第15章 マーフィーの法則 コミックス・コードという自主検閲チャールズ・F・マーフィー「だめだ。黒人を描くことはできない」
――第16章 受難は続く ゲインズが選んだ道
【どんな本?】
スーパーマン,バットマン、キャプテン・アメリカ、スパイダーマン…。アメリカン・コミックスと聞けば、多くの人がヒーロー物を思い浮かべるだろう。そのアメリカン・コミックスは、19世紀末に新聞の日曜版のコミックに始まり、1950年代前半までは隆盛を誇る。だがコミックスの流行と共に反発も強まり、1954年の「コミックス・コード」制定に伴ない市場は崩壊、長い雌伏を強いられる。
アメリカのコミックスはいかに始まったのか。それはどんな者たちがどのように作り、どんなところで売られ、誰が買って読んだのか。コミックスが描いたのはどんな内容で、何を売り物にし、売れ筋はどう移り変わったのか。そして「コミックス・コード」はどんな経緯で制定され、どんな規制がどんな形で行われたのか。
コミック・コード制定と共に派手に飛び散ったEC社(→Wikipedia)を中心に、アメリカン・コミックの勃興と繁栄そして突然の没落を描く、20世紀のコミック黙示録。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は THE TEN-CENT PLAGUE : The Great Comic-Book Scare and How It Changed America, by David Hajdu, 2008。日本語版は2012年5月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約409頁に加え、小野耕世の訳者あとがき「アメリカのコミックブックとともに育って」12頁。9ポイント24字×21行×2段×409頁=約412,272字、400字詰め原稿用紙で約1,031枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多いので、できれば人名索引が欲しかった。当然ながら、アメリカン・コミックスに詳しい人ほど楽しめる。SF者の私はハリイ・ハリスンが顔を出したのが嬉しかった。
【構成は?】
ほぼ時系列に話が進むので、できれば素直に頭から読んだ方がいい。
- プロローグ
- 第1章 社会なんかくそくらえ
アメリカン・コミックス誕生 - 第2章 金かせぎだったのさ
コミックスのゴールド・ラッシュ時代 - 第3章 犯罪はひきあう
犯罪コミックス大躍進 - 第4章 若者が危ない
カトリック教会の禁書リスト - 第5章 血だまり
コミックス弾劾の声 - 第6章 では、ぼくらがなすべきことをしよう
有害コミックスを燃やせ!
- 第7章 ウーファーとツイーター
大騒ぎは続く - 第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!!
花咲くロマンス・コミックス - 第9章 ニュートレンド
ホラー・コミックスの大ブーム - 第10章 頸静脈のなかのユーモア
ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊 - 第11章 パニック
「マッド」の姉妹誌「パニック」 - 第12章 ペイン博士の勝利
ワーサムの新著「無垢なる者たちへの誘惑」
- 第13章 われわれは何を恐れているのか?
公聴会が開かれる - 第14章 もう、うんざりなんだ!
ゲインズは反撃したが…… - 第15章 マーフィーの法則
コミックス・コードという自主検閲 - 第16章 受難は続く
ゲインズが選んだ道 - エピローグ
- 訳者あとがき アメリカのコミックブックとともに育って 小野耕世
- 付録/原書註
【感想は?】
いかにも悪書狩りに焦点を当てたような書名だが、通して読むとだいぶ印象は違う。
先に書いたように、アメリカン・コミックスの誕生から勃興と隆盛、そして1954年の崩壊に至るまでの歴史とする方が相応しいだろう。もちろん、崩壊の原因は悪書狩りだ。だから、コミックスを敵視する運動についても、その始まりから1954年の勝利まで、詳しく書いてある。
そういう点では、コミックス平家物語といった趣もあったり。
表紙でもだいたい想像がつくんだが、当時のアメリカン・コミックスは、私たちに馴染みのある日本の漫画とは、大きく違う。全頁がカラーで、頁数は16頁~32頁。一つのストーリーは8頁ぐらい。だから、2~4個ぐらいの別々のお話が入ってる。売り場も書店じゃない。ニューススタンドやドラッグストアだ。それが「1952年には、アメリカ合衆国では約五百タイトル」もあった。
日本の漫画雑誌は、一つの雑誌に様々な傾向の作品が載っている。スポーツ物、ラブコメ、群像劇、冒険ファンタジイ、ギャグ、ホラー、ミステリ。でも、当時のアメリカン・コミックスは、傾向ごとに分かれていた。犯罪物、恋愛物、ホラー、ヒーロー物、戦争物など。「ONE PIECE」と「ぼくたちは勉強ができない」は、別のタイトルとして出るのだ。
出版体制も全く違う。週刊少年ジャンプは「小説すばる」と同じ集英社が出している。が、当時のEC社はコミックス専門だ。日本じゃ漫画家は出版社と独立している。だがEC社は、社内に制作チームを抱えている。そうそう、日本の漫画家は一人で書く人もいるけど、アメリカン・コミックスは早いうちからスタジオ形式でチーム制作だ。それも、かなり細かく工程が分かれている。
キャラクター・デザイン、ストーリー展開、レイアウト&下書き、主人公を描く人、脇役を描く人、背景を描く人、色を塗る人、文字を描く人。それぞれ別々の人が担当する。日本でも売れっ子の漫画家はキッチリと会社形式にしてるだろうけど、アメリカはかなり初期から分業体制だった。たぶん、これは、手のかかるカラーばっかりってのも原因なんだろう。
しかも、EC社だと、社内で制作スタジオを持ってたりする。そのためか、ボスのビル・ゲインズの影響力がやたら強い。また、地理的にも、大半のコミックスの制作陣はニューヨークに集中してるのも特徴だろう。これが検閲に対する大きな弱点になる。というのも、ニューヨークで規制が強まれば、アメリカのコミックスが全滅してしまうからだ。
1930年代から興隆に向かうコミックスだが、ハッキリ言って業界はどうにも節操がない。スーパーマンが流行れば続々と他のスーパーヒーロー物が後を追い、犯罪物が売れれば柳の下のドジョウが百近くも現れ、それが世間の顰蹙を買えば恋愛物に乗り換え、次にはドギツさが売り物のホラーへと誰もがなびく。
中でも酷いのが、「ザ・スピリット」。これががヒットすると、同じ制作陣にまるきしパクリの「ミッドナイト」を作らせるのだ。「ザ・スピリット」の作者ウィル・アイズナーに何かあった時の保険って理由だが、著作権にうるさい現在のアメリカからは考えられない話だ。
新しいモノが流行れば、それに反発する者たちもいる。コミックスも例外じゃない。まして犯罪だのドギツいホラーだのを、派手なカラーで描けば、反射的におぞましく感じる人も出てくる。1940年に児童文学者ノスターリング・ノースが始めたコミックス批判は、第二次世界大戦後にカトリック教会が受け継ぎ、精神科医のフレデリック・ワーサムの著書「無垢なる者たちへの誘惑」として結実する。
この動きに対しては、根拠の薄さや論理の破綻を本書内でもさんざんに指摘しているが、同時に冷静に話し合える雰囲気じゃなかったのも伝わってくる。まあ、現代日本でコミック規制を叫ぶ人たちも、話が通じないって点じゃ同じだけど。
中でも泣いていいのか笑うべきなのかわかんないのが、12歳で首を吊って自殺したウィリアム・ベッカーの母親。息子は絶えずコミックブックを読んでいた、「私はコミックブックを見つけ次第、一冊残らず埋めていました」。いや子供だって自分の好きな物を否応なしに奪われたら絶望するだろ、と思うんだが、母親はそうは考えない。
息子はコミックブックの真似をしたんだ、と言い張るし、陪審も「事故死と認定したが、コミックブックに責任があると認めた」。いったん悪役を割り振られたら、そのレッテルをはがすのは難しい。
こういう人たちの考え方を最もよく表していると私が思うのは、コミックス・コードの一般規定パートAの第五条だ。
警察官、裁判官、政府官僚や尊敬されるべき機関が、これら既存の権威者たちに対する軽蔑を生み出すような手法で表されてはならない。
権威には逆らうな、というわけだ。これを他ならぬアメリカ人が望むってのが腹立たしい。
OK、じゃアメリカもイギリス国王ジョージ3世に逆らうべきじゃなかったよな。ルターは教会に歯向かうべきじゃなかったし、ジーザスはローマに頭を下げるべきだった。フランスはマキなんか組織してナチスと戦っちゃいけなかったし、1944年のワルシャワ蜂起もけしからんってわけだ。違うか? こういうのを望む人ってのは、ジョナサン・ハイトが言う「権威/転覆」に敏感な人たちなんだろう。
すまん、興奮して本書の内容から外れてしまった。
終盤ではコミック・コードが敷かれた後の悲惨な状況を描いてゆく。これはまさしく理不尽な検閲で、「審判の日」(→Wikipedia)をめぐるやり取りは狂気すら感じてしまう。
アメリカン・コミックスの黎明期から勃興、そして規制による壊滅まで、膨大な資料と取材によって裏を取り、誠実に描いた歴史書と言っていい。単に世間の流れを追うだけでなく、コミック業界の内側にまで入り込み、その営業形態や制作体制に至るまで細かく書いているのも嬉しい。表現規制に興味があるなら、一度は読んでおこう。
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