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2019年4月14日 (日)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「楽園炎上」創元SF文庫 茂木健訳

<こちらを見ている知らない人間がいたら、警戒せよ>
  ――p15

素材がナイロンだろうと蜘蛛の糸だろうと、網は網であり食事は食事だ。
  ――p163

「おまえは完全に正気かと訊かれて、自信をもってうなずける人もいないんじゃないか?」
  ――p302

「あんたが本当は何者なのか、わからなくなってきたよ。たぶん、今までもわかっていなかったんだろう」
  ――p397

「真実を知るほうが、愚者の楽園で生きるよりずっとまし」
  ――p493

【どんな本?】

 「時間封鎖」シリーズで大ヒットをかっ飛ばしたロバート・チャールズ・ウィルスンによる、ちょっと懐かしい雰囲気の侵略SF長編。

 第一次世界大戦は1914年に終わり、第二次世界大戦は起きなかった架空の世界。地球は「電波層」に覆われていた。これは電波を反射・拡散させ、世界的な通信を容易にする。と同時に、あらゆる電波通信を監視し、微妙に「検閲・改変」して、人類の運命を歪めていた。

 この性質に気づく者もいた。だが電波層=超高度群体は、見破った者を人知れず始末してしまう。そこで一流の科学者・数学者・技術者たちは世界的な秘密組織<連絡協議会>を作り、研究を続ける。だが、それも2007年まで。超高度群体は刺客を使い、連絡協議会の主要メンバーを虐殺したのだ。

 刺客は擬装人間。ヒトそっくりの姿でヒトそっくりに振舞う。だが実際は超高度群体が操る生体ロボットで、意識も感情もないが、巧みな演技で人を欺く。皮膚を切れば赤い血が流れるが、深く傷つけると緑色の悪臭を放つ液体を流す。

 キャシー・アイヴァースンは18歳の少女。12歳の弟トーマスと共に、伯母ネリッサ(リス)と暮らしている。彼女らは2007年に両親を超高度群体に殺された。以後7年間、連絡協議会の生き残りや遺族たちと密かに連絡を取り合い、目立たぬよう、またいつでも逃げ出せるよう、警戒と準備を怠らずに生きてきた。

 そんなキャシーの家の前に、擬装人間が現れた。生憎と伯母のリスは出かけている。電話は超高度群体に盗聴されるので使えない。キャシーはトーマスを連れ、連絡協議会の仲間の元へと急ぐのだが…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015海外篇10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Burning Paradise, by Robert Charles Wilson, 2013。日本語版は2015年8月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約486頁に加え、大野万紀の解説7頁。8ポイント42字×18行×486頁=約367,416字、400字詰め原稿用紙で約919枚。上下巻に分けてもいい長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一部にSF的に凝った仕掛けがあるけど、深く突っ込まず「そういうもの」と思っていれば充分。味付けはSFというよりホラーやサスペンスなので、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 1950年代~60年代の香りを21世紀に蘇らせた、B級サスペンスSF。

 なんたって、設定がいい。大掛かりなところでは電波層。これのお陰で第二次世界大戦は免れたが、コンピュータの発展は妨げられた。そのため、この作品の世界は、インターネットもスマートフォンもない、やや懐かしい雰囲気が漂っている。

 たぶん、著者は、そういうのが好きなんだろう。冒頭から主人公のキャシーはレコードを聴いてるし。現実の18歳の娘なら、iPhone などのデジタル・オーディオ機器を使うはずだ。アパートから街路を見おろせば、そこには古書店がある。いいねえ、古書店。そういう街並みが好きなんだろうなあ。

 加えて、電波層のせいで電話が使えない。奴らは密かに電気信号を盗聴し、検閲し、改竄する。そのため、家族や仲間に何かを伝えるにも、郵便か直接に会って伝えるしかない。この制約が、追っかけっこのスリルを盛り上げる。

 そんな少しかび臭い舞台で展開する物語が、これまた懐かしのB級侵略サスペンスSF映画そのもの。その最大の仕掛けが、擬装人間だ。ヒトそっくりの格好で、ヒトそっくりに振舞うが、実態は電波層=超高度群体の操り人形。わはは。ゼイリブかよw しかもお約束通り、体の中には緑色の臭い液体が詰まってる。そうだよね、緑色でなくちゃw

 奴らは人知れず侵略を進めていた。だが、わずかながら、それに気づく者もいた。彼らは秘密組織=連絡協議会を作り、奴らの正体を暴いて対抗しようとしていたが、奴らに気づかれ虐殺される。数少ない生き残りは身分を偽り目立たぬよう生きてきた。その生き残りの一人、キャシーに擬装人間が迫り、あわてて逃げ出すが…と、いかにも映画監督のジョン・カーペンターが食いつきそうな設定だ。

 以後はキャシーの逃避行が中心となって物語が進む。ここでも、擬装人間の設定が活きてくる。なにせ人間そっくりで、正体を見極めるには体を深く傷つけるしかない。誰が人類で誰が侵略者なのか、全くわからない。奴らはヒトの言葉を喋るが、それが嘘か本当か見極めるすべはない。お陰で、出会う人すべてが信用できない。

 更に、冒頭近くで、擬装人間が内情を語る場面がある。これも舞台装置をひっくり返しかねない話なんだが、何せ嘘ばかり言う奴らのこと、その話もどこまで信用していいものやら。

 しかも、連絡協議会の生き残りの中心メンバー、ウェルナー・ベックが、これまた怪しさプンプンのオッサンで。

 強引で精力的かつ、偏執的なまでに注意深く電波層や疑似人間を用心する。おまけに金持ちw 謎の金持ちは、この手のお話のお約束ですね。一見、頼りになるようだけど、果たして信用できるのかどうか。単に用心深いだけなのか、イカれているのか、はたまた擬装人間なのか。彼が機内食を食べる場面とかは、実にゾクゾクする。

 やはりB級SFに欠かせないのが、荒野に一人で住む荒っぽくて胡散臭い男。ターミネーター2だと、サラとコナーを匿うメキシコの一家みたいな立ち位置にあるキャラクター。本作のユージーン・ダウドは、そんな役を担う自動車修理屋だ。野郎の一人暮らしだから清潔とはほど遠く、機械油のにおいをプンプンさせ、裏商売にも通じた胡散臭いオッサン。

 こういう奴が顔を出すと、それだけで私はニタニタしてしまう。お約束の道具立てやキャラクターが出てくると、それだけで嬉しくなるのだ。

 とかのB級侵略SFや懐かしSFのイースター・エッグがアチコチに埋まっているのも、マニアには嬉しい点。南極の氷床コアは映画「遊星からの物体X」だろうし、ゲイルズバーグは侵略SFの古典「盗まれた街」の作家ジャック・フィニイのもう一つの代表作「ゲイルズバーグの春を愛す」だろう。イギリスのウィンダムは「呪われた村」の作家ジョン・ウィンダムかな。

 そういう空気を色濃く漂わせるだけに、グロい場面もアチコチにある。冒頭で擬装人間が緑色の体液をブチ撒けるのを皮切りに、ドロドロ・グニャグニャ・ウニョウニョなシーンもキッチりと書き込んであるので、そういうのが好きな人はお楽しみに。特に終盤、最終決戦の場面では、気色悪さの大サービスだ。ああ、ゾワゾワする。

 その上で、ちゃんとソレナリの屁理屈を加えてるあたりは、21世紀のSFに相応しい。中でも最も大きな役割を担うのが、随所に挿入される昆虫学者イーサン・アイヴァースンの論文の要旨。昆虫学者ってのがミソで、あの六本脚の生物の生態ってのは、私たちから見たら確かに異様なんだけど、同時に合理的でもあるんだよなあ。

 懐かしのB級侵略サスペンスSFの香り高い、娯楽ホラー作品だ。リラックスして楽しもう。

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