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2019年4月 5日 (金)

サイモン・シン「数学者たちの楽園 『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち」新潮社 青木薫訳

398712+436512=447212
  ――第3章 ホーマーの最終定理

優れたクイズとジョークは人を考えさせ、答えがわかった瞬間に、人を微笑ませる
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「…アニメは純粋数学に似ている。あるセリフにどんなニュアンスを含めるか、セリフ回しをどうするかまで、徹底的にコントロールできる。あらゆることがコントロール可能だ。アニメは数学者の宇宙なんだ」
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「信じられない、幾何学が何かの役に立つなんて」
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

平均的人間には、乳房がひとつと、睾丸がひとつある。
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

この問題が誕生してから30年以上を経ているというのに、力ずくの計算をせずにすむよう、パンケーキ数を予想する式を見いだした者はいないのだ。
  ――第9章 無限とその向こう

ウォルト・ディズニー「金銭的なことを言えば、六分半の短いアニメを構成する四万五千枚の作画について、すべての手から指を一本減らせば、スタジオとして数百万ドルの経費削減になる」
  ――第12章 πをもうひと切れ

「白鳥座X-1で起こることは、白鳥座X-1にとどまる」
  ――第17章 フューチラマの定理

【どんな本?】

 アメリカで人気の長寿アニメ番組「ザ・シンプソンズ」。ユルくてお気楽極楽なファミリー・ドラマかと思いきや、実はごく狭い市場に向けた濃いネタをゴマンと仕込んでいたのだ。仕込んだのは、シンプソンズの脚本チーム。そこには、数学や物理学の学位を持つ者が寄り集まっていた。

 数学や科学の優れた才能を持つ者が、なぜアニメの脚本家になったのか。人によっては頭痛すら訴えるほど嫌われる数学のネタを、リラックスして楽しむべき番組に、なぜ、どのように仕込んだのか。どんなネタを、どこに仕込んでいるのか。そのネタには、どんな意味があるのか。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」など、現代の最新科学・数学トピックを、わかりやすく、かつエキサイティングに伝えてきたサイモン・シンが、人気番組「ザ・シンプソンズ」に隠された暗号を読み解く、マニアックでユーモラスなドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Simpsons and Their Mathmetical Secrets, by Simon Singh, 2013。日本語版は2016年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約358頁に加え、訳者まえがき8頁+訳者あとがき4頁、それにジョーク集「算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験」15頁+数学のエピソード集「付録」9頁。実に豪華なオマケだ。

 9ポイント35字×18行×358頁=約225,540字、400字詰め原稿用紙で約564枚、文庫本なら普通の厚さの一冊分。と言いたいところだが、実際はもっと多い。というのも、少し手の込んだレイアウトのため。紙面の下1/4ほどが脚注の領域になっていて、頁をめくらずに脚注を読めるようにしている。編集の手間は増えるが、読者には嬉しい工夫だ。

 文章はこなれている。ネタの多くは数学だが、中学卒業程度でもなんとかなる。加減乗除と累乗が分かれば、大半のギャグが笑えるだろう。加えて虚数を知っていれば充分。というか私がその程度だ。あ、それと、数学以上に、実は英語の素養が大事だったりする。なんたってギャグの基礎は地口だし。

 もう一つの重要なネタは、シンプソンズそのもの。キャラクターはアチコチで見かけるものの、番組は見たことはない人が多いだろう。実は私もそうだ。でも大丈夫。必要なことは文中に全部書いてある。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。シンプソンズを知らない人は、「訳者まえがき」と「第0章 シンプソンズの真実」だけは読んでおいた方がいいかも。

  • 訳者まえがき
  • 第0章 シンプソンズの真実
  • 第1章 天才バート
  • 第2章 πはお好き?
  • 第3章 ホーマーの最終定理
  • 第4章 数学的ユーモアの謎
  • 第5章 六次の隔たり
  • 第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

 

  • 第7章 ギャルジェブラとギャルゴリズム
  • 第8章 プライムタイム・ショー
  • 第9章 無限とその向こう
  • 第10章 案山子の定理
  • 第11章 コマ止めの数学
  • 第12章 πをもうひと切れ
  • 第13章 ホーマーの三乗
  • 第14章 フューチュラマの誕生

 

  • 第15章 1729と、「夢のような出来事」
  • 第16章 一面的な物語
  • 第17章 フューチラマの定理
  • エπローグ
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験
  • 付録/索引

【感想は?】

 サイモン・シンの本は、ややお堅くて難しそうな雰囲気がある。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」とか、タイトルからしていかにも「お勉強」な空気が漂ってるし。でも 実際に読むと、わかりやすいわワクワクゾクゾクするわで、楽しんだ上に賢くなった気分が味わえる、とってもおトクな本だ。

 その点、この本は、カバーがラッカーで塗ったようなまっ黄色な上に、テーマがアニメの「ザ・シンプソンズ」。親しみやすさは抜群だろう。で、読んでみると、やっぱり印象がだいぶ違う。何が違うと言って、エピソードの多くが「ギャグ」なのだ。思いっきり読者を笑わせてくれる本なのである。

 お陰で書評が書きにくくってしょうがない。だってギャグのネタを明かすのはミステリで犯人をバラすようなもんだし。ちなみにこの記事の最初の引用もギャグだ。サイモン・シンの本だってのがスパイスになってるのも憎い。

 優れた本格ミステリは、謎解きの際に証拠と論理の道筋を辿る場面が楽しい。この本でも、一つのギャグからそのネタを辿る道筋が楽しかったりする。

 例えば「第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王」だ。シンプソン家の次女で八歳の天才児、リサ・シンプソンが少年野球チームのコーチを引き受ける話である。当然、賢いリサはデータ野球に突っ走る。となればしめたもの、脚本陣はやりたい放題だ。これは著者のサイモン・シンも同じで、「マネー・ボール」の話を得々と語ったり。

 ちなみに、ちゃんと「マネーボール」の後日談もある上に、付録にはサッカー版までついてます。

 こういう寄り道が楽しいのもサイモン・シンならでは。私はネイピア数e(→Wikipedia)の話が面白かった。いや意味わかんないんだよね、eって。「自然対数の底」とか言われても、何それ美味しいの?だし。でもこの本みたく具体的に語られると、なんか分かった気分になれる。いや「なぜその値に収束するのか」と言われると、やっぱり説明できないんだけど。あとP=NPもわかりやすかった。

 残念ながら、世の中には数学や科学を嫌う人も多い。そんな人にも、シンプソンズはウケる。これは脚本陣がちゃんとわきまえてて、「わかる奴だけわかりゃいいい」な態度でネタを仕込んでるからだ。どころか、「いや普通わかんねーだろ」な仕込み方までしてるから困る。

 注目すべきポイントの一つは、文字だ。分かりやすいのは本の背表紙や黒板の式だが、何の気なしに出て来た数字も重要だったりする。こういうのは注意深く見てけば気が付くが、時おりワザとわからなくしてるのがあるから困るw ダラダラと長い文章が流れてきたら要注意で、中には「たった四秒ほどのシーンに、34ものコマ止めギャグ」を仕込んでたり。

 それでも文字は、ちゃんと目印があるからいい。難しいのはちょっとした落書きの絵や部屋にある小物で、ティーポットがマニアックな意味を持ってたりとかは、誰に向けて脚本を書いてるんだかw

 制作陣がコレだから、観る側も意地になってスロー再生して探したり。こういう油断もスキもない番組作りを真似する奴が、日本にも出てきたから困る。なんじゃいスーパーバリザーって。まあいい。マジになるのがオタクだけならともかく、本職の数学者までアツくなって論文を書いちゃうから怖い。

 これはネタを探すというより、アニメのネタを数学の問題として解くって形になるんだが、「数学ってのはどこにでも転がってるんだなあ」なんて感心してしまった。晩飯のメニューを決めるなんて問題も、きっとどっかの数学者が論文を書いてるに違いない。いや制約条件が色々あるでしょ、冷蔵庫のなかの食材とか昨日のメニューとか調理の時間とか財布の中身とか。

 一見、何の関係もなさそうなアニメと数学を、どういう因果かつないでしまった「ザ・シンプソンズ」の制作陣と、それを鋭く嗅ぎつけて徹底的にほじくり返したサイモン・シンの、絶妙なコンビネーションが産んだ、ユーモアたっぷりのドキュメンタリー。ちょっとした暇つぶしのつもりで読み始めてもいい。その後、しばらくは数学の問題に頭を占領されるかもしれないけどw

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