D・H・ウィルソン&J・J・アダムス編「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」創元SF文庫 中原尚哉・古沢嘉通訳
はじめに神は画面を創造された。
――桜坂洋 / リスボーン先週、彼からメッセージが届いた。“葬儀に来て。かならず”とあった。
――ホリー・ブラック / 1アップ「わたしはわたしのやり方でやりたいの」
――ヒュー・ハウイー / キャラクター選択「おまえはだれだ?」
「ツウォリア。なにかお困りのことは?」
――アンディ・ウィアー / ツウォリア「無知であることと、知ろうとしないこととは別物なんだよ」
――ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊
【どんな本?】
Press Start to Play は、ビデオゲームをテーマとした短編SFアンソロジーで、2015年に出版された。全26編を収録した中から、12編を選んで訳したのが本書だ。
テキストアドベンチャー,MMORPG,FPS,VRなど懐かしのゲームから少し未来のゲームなどの素材を、All You Need Is Kill の桜坂洋,オデッセイ(火星の人)のアンディ・ウィアーなど映画化でも有名な作家に加え、大嵐を巻き起こしているケン・リュウやデジタル物では定評のあるコリイ・ドクトロウなど活きのいい作家に調理させた、新鮮で贅沢な短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は Press Start to Play, 2015。日本語版は2018年3月16日初版。文庫本で縦一段組み本文約347頁に加え、米光一成の解説7頁。8ポイント42字×18行×347頁=262,332字、400字詰め原稿用紙で約656枚。文庫本としては少し厚め。
文章はこなれている。内容も特に難しい作品はない。意外にも、あまりゲームをやらない人でも、ドラマなどでゲームの画面を見たことがあれば楽しめる作品が多い。
【収録作は?】
作品ごとに編集部による解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。
- アーネスト・クライン / 序文 / Ernest Christy Cline / 中原尚哉訳
- 桜坂洋 / リスボーン
- 深夜の牛丼屋。バイトのおれが一人で店を切り盛りしていて、ちょうど客が途切れた頃に、強盗が一人で押し入ってきた。フルフェイスのヘルメットをかぶり包丁を振っている。オッサンだ。包丁を持つ手が震えている。めんどうを避けて金を渡そうとしたときに、何の因果か別の客が入ってきた。大男だ。しかも強盗を取り押さえるつもりらしく…
- All You Need Is Kill と似たアイデアを、不景気な現代の日本で繰り広げた作品。冒頭からして牛丼屋の深夜ワンオぺで、とてもじゃないがトム・クルーズ主演とはいかないw ちょうど某チェーン店の深夜ワンオぺが話題になったころ。しかも店員は女なんで物騒極まりないが、それでも盗まれた方がもう一人雇うより安いって理屈なんだから酷い話だ。
- デヴィッド・バー・カートリー / 救助よろ / David Barr Kirtley / Save Me Plz / 中原尚哉訳 / Realms of Fantasy 2007
- もう四カ月もメグはデボンと話していない。部屋を訪ねたら、デボンは行方不明だという。デボンはゲームにハマっていた。「エルドリッチの王国」。それが原因で二人は距離をおいた。でも今となっては、デボンの手がかりはこのゲームだけ。仕方なくメグは「エルドリッチの王国」を手に入れ始めたが…
- 冒頭から「メグは車を駐め、剣をつかんで腰に佩いた」なんて文が出てきて「あれ?」と思ってると…。メグちゃん、いい女じゃないか。それでもゲームの引力ってのは強いもので。まあ、ハマった時ってのは、それこそ寝食を忘れて浸っちゃうんだよなあ。にしても、メグちゃん、こんなデボンのどこがいいんだかw
- ホリー・ブラック / 1アップ / Holly Black / 1UP / 中原尚哉訳 / 2015
- ゲーム仲間のソレンが死んだ。亡くなる前にソレンから受け取ったメッセージに従い、わたしたちは彼の葬儀に出かける。今まで一度も会ったことはない。でも、わたしとデッカーとトード、そしてソレンは親友だった。葬儀のあと、三人はソレンの部屋を訪れる。ここ数週間、ソレンはほとんどメッセージもよこさなかった。それも…
- 若く孤立しがちな十代のゲームおたくの生態がよく出ている。ケッタイなファッション・センス、妙なこだわり、そして何はともあれコンピュータとネットワーク。ネットワークごしでしか知らないながらも、親友だと思っていた仲間が遺した、テキストアドベンチャー・ゲーム。ゲームのスリルと、ゲーム仲間の若々しさが眩しい。にしてもトードw
- チャールズ・ユウ / NPC / Charles Yu / NPC / 中原尚哉訳 / 2015
- きみは地面をさぐり、ひたすらイリジウムを集める。休憩室では冷凍食品の食事。そこにカーラが来た。昼休み中、カーラはしゃべり続ける。やばいやばい。いい気分だ。いまのところ、カーラはフリーだとか。仕事中もカーラのことばかり考えている。今日は火曜日、プラズマの雨が降り、なにもかもが溶ける。だが今日は禁を破って亀裂の中でやりすごそうとしたら…
- 異星の基地で、ひたすらイリジウムの収集に明け暮れる NPC を主人公とした作品。カップヌードルはともかく、なんでヲタクはドクター・ペッパーが好きなんだろうw 私は今でもあの味に慣れない。
- チャーリー・ジェーン・アンダース / 猫の王権 / Charlie Jane Anders / Rat Catcher's Yellows / 中原尚哉訳 / 2015
- シェアリーは35歳の若さで、難病に伴う認知症を患ってしまった。連れ合いのグレースは、シェアリーのためにゲームを手に入れる。「猫の王権」。若者たちの間で流行っているだけでなく、認知症患者の症状を抑えるのに効果があると認められている。最初は嫌がっていたシェアリーだが、始めてみると優れた腕を発揮して…
- 「音楽嗜好病」によると、音楽が脳の障害の克服に役立つ事もあるとか。同様に、ゲームを役立てる研究もある。とかのメイン・テーマ以上に、この作品では、介護する立場の描写が見事。シェアリーの表情や姿勢や服装などの細かい部分から、大切な人を介護するとはどんな事なのかが、静かに、でも切実に伝わってくる。そして、そんな人たちに必要なのは何か、も。
- ダニエル・H・ウィルソン / 神モード / Danniel H. Wilson / God Mode / 中原尚哉訳 / 2015
- 僕は20歳。オーストラリアのメルボルン大学に留学中だ。ビデオゲーム制作を学んでいる。サラも同じアメリカ人で、英語を学んでいる。「山のむこうには何があるの?」とサラは訊ねる。「コンピュータが描画しないものは……存在しないんだ」と僕は答える。ニュースでは、星が消え続けると報じている。
- インべーダー・ゲームなど昔のゲームは、いかにも二次元の原色でノッペリとした画面だったけど、色数が増えるにつれ微妙に陰影がついてきた。それでも所詮はドット絵で、大型のモニタで見るとジャギーが目立ったり。テクスチャ・マッピングを使いこなすようになったのは、いつごろからなんだろ? いやどうでもいい話だけどw
- ミッキー・ニールソン / リコイル! / Micky Neilson / RECOIL! / 中原尚哉訳 / 2015
- ジミー・ニクソンは友人のツテで、夜に有名なゲーム制作会社の機材を使えるようになった。上手くいけば職にありつけるかもしれない。深夜二時過ぎに、社内テスト中のゲーム「リコイル!」で遊んでいたところ、タイミング悪く警備員が回ってきた。見つかるとマズいんで隠れたが、入ってきたのは警備員だけじゃない。物騒な雰囲気のロシア人らしき連中も…
- 発売前のFPSで遊んでいたら、本物の銃撃戦に巻き込まれてしまった、という話。「ロボット兵士の戦争」によると、合衆国海兵隊も無人航空機のパイロットにゲームヲタクを使ってるとか。かと思えば、「戦争の心理学」では、FPSの流行で銃犯罪者の腕が上がってるなんて物騒な話もある。はたしてジミー君は…
- ショーナン・マグワイア / サバイバルホラー / Seanan McGuire / Survival Horror / 中原尚哉訳 / 2015
- アーティはいとこにあたる。彼の地下室は、ある種の者にとってはお宝ギッシリの洞窟だ。大量のコミック、DVD、コレクターズアイテム。今、アーティは新しいゲームをインストールしたところ。起動ボタンを押したら、いきなり照明が消えた。電話もつながらない。おまけにあたしの足も床に貼りついちゃった。なんでも、フォーラムで拾ってきたゲームだとか。
- ちなみにアーティも語り手のアンチモニーも、インクブスの血縁。この世界では、妙な奴らがヒトに紛れて妙な奴らが暮らしているらしい。そんな連中がコミックを読んで楽しめるのかw まあ、こういう設定はレイ・ブラッドベリの「集会」など、SFの定番の一つではあるんだけどw ネットで拾った得体の知れないゲームなんかインストールするもんじゃないって話w
- ヒュー・ハウイー / キャラクター選択 / Hugh Howey / Select Chatacter / 中原尚哉訳 / 2015
- 娘のエイプリルが寝付いたら、わたしはゲームを始める。今日は珍しく、夫のジェイミーが早く帰ってきた。きまりが悪かったけど、ジェイミーはわたしのプレイが見たいという。市街戦のゲームだ。兵士になって戦場を駆け、反乱軍の兵と戦うゲーム。でもわたしの武装は銃剣をつけた自動小銃と拳銃、それと五個の水筒だけ。
- 優れたプログラムってのは、往々にして作者の思惑とは全く違った使われ方をする。これはゲームも同じで、優れたゲームはプレイヤーやプレイスタイルによって全く違ったゲームに化ける。ガンパレード・マーチだと、お気に入りのキャラクター同士をカップルにする仲人プレイなんてのを見つけた人は、ほんと凄いと思う。「SFマガジン2016年12月号」にも大谷真弓訳で収録された。
- アンディ・ウィアー / ツウォリア / Andy Weir / Twarrior / 中原尚哉訳 / 2015
- 世間じゃ華やかに思われているプログラマーを続けてきたコナーズだが、懐は寂しい。おまけにスピード違反で切符を切られ、いよいよピンチ…と思ったら、なんと切符は警察の記録にないという。後でヤバい事になるんじゃないかと怯えながらブラウザを閉じたとき、インスタントメッセージが届いた。
- 銀行にアクセスした直後、得体の知れないメッセージが来たら、そりゃビビるよなあ。「漏れ」とか「香具師」とか「乙」とかのネット・スラングが楽しいだけじゃなく、文章のテンポも心なしかキビキビしてる。つか訳者も出入りしてたのかw
- コリイ・ドクトロウ / アンダのゲーム / Cory Doctorow / Anda's Game / 中原尚哉訳 / Salon.com 2004.11.15
- 12歳の時、アンダは勧誘役のライザと出合い、憧れのクランであるファーレンハイトに入った。幾つかのミッションをこなし、小隊長にまで昇格したころ、変わったミッションの話がきた。軍曹のルーシーと組んで、マネーを稼ぐ。ゲーム内のゴールドじゃない。現実に使えるカネだ。
- 肉体の筋力は関係ない筈のゲームでも、実際は野郎ばかり。若い娘が素性を晒せば変態男が蠅のように群がってくる。かと思えば、金にモノを言わせて貴重なアイテムを買いあさる奴もいる。などのオンライン・ゲームが抱えるダークサイドを、これでもかと見事に描き出した作品。加えて戦闘場面の迫力も、この作品集では飛びぬけている。
- ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊 / Ken Liu / The Clockwwork Soldier / 古沢嘉通訳 / Clarkesworld 2014.1
- ライダーは宇宙を駆け巡るバウンティ・ハンター。依頼に応じて獲物を見つけては捕らえ、依頼人に引き渡す。今回の獲物はアレックス、依頼人はその父親で有力者だ。ありがたいことにアレックスは抵抗せず、部屋でコンピュータをいじっているだけ。彼はテキスト・ベースのゲームを作っていて…
- 「1アップ」同様に、テキストアドベンチャー・ゲームがキモとなる作品。いずれの作品も、ゲームとしては原始的なテキストだからこその工夫が活きている。気持ちを刺激するって点では、手紙より優れているのかも。PKD閾などの遊びも楽しい。
- 米光一成 / 解説
「1アップ」は、登場人物の若々しさが光る。ライトノベルの市場でもイケそうな気がするんだけど、短編は難しいのかなあ。ゲーム雑誌に載ればイケるかも。「猫の王権」では、シェアリーのしぐさや服装を通して、介護する者が置かれている状況を伝えるあたりに感服した。「ツウォリア」は、ジャーゴンだらけでありながらサクサク読める会話が心地いい。
中でも最も気に入ったのは、「アンダのゲーム」。もちろん、オーソン・スコット・カードの傑作にひっかけた作品。そういえば登場人物の年齢も同じぐらいだなあ。肉体の能力は関係ないはずなのに、相変わらずゲームの世界は野郎ばっかりだし、女が身元を明かす危険は、更に増している。加えて殺伐としたプレイやRMTや不摂生な生活など、ゲームが持つ闇の部分をハッキリと描きながらも、娯楽読み物としてのオトシマエはキッチリとつけるあたりが見事だ。
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