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2019年4月17日 (水)

崔文衡「日露戦争の世界史」藤原書店 朴菖熙訳

日露戦争は単なる日本とロシア両国間だけの戦争などではなくそれは韓国・満州をつつみこんだアジアの戦争であり、欧米列強が介在し、帝国主義国間の利害が直接、かつ複雑に絡み合った、一つの世界大戦であったと見なされる。
  ――序文

クロパトキンは義和団事件が起こると「たいへん喜ばしいことである。これが我々に満州占領の口実を与えてくれるだろう」と喜んだ。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪日英同盟≫はその成立とともにロシアを当惑させ、先ずは彼らの対清外交を委縮させた。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪六か条の対ロシア協商草案≫ 第二条:ロシアは韓国における日本の優越した利益を承認し、日本は満州における鉄道経営におけるロシアの特殊利益を承認する。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

ルーズベルトは韓国での利権を日本に譲り、満州において日本とロシアを対決させて勢力の均衡を維持したいと考えた。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

列強はもともと韓国に対する日本の独走をけん制する意図がなかった。ロシアの場合牽制する意思があったとしてもそれだけの能力が無かった。
  ――第4章 日露戦争と国際関係

…日本は、イギリス・フランスの支援の下、ロシアとの間で満州問題が解決されてはじめて≪韓国併合≫が可能になった。すなわち、ロシアは日本と野合し、イギリス・フランスは日本の韓国併合を黙認した。前者は満州での自国の権益維持のためであり、後者両国は対独包囲網構築に日本を利用せんがためであった。
  ――第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫

【どんな本?】

 日露戦争は、その名のとおり日本とロシアの戦争だ。しかし、その陰で、ヨーロッパ各国やアメリカは活発に外交活動を続け、また一部では軍が動くこともあった。それぞれの国の内情と思惑は、どんなものだったのか。そして、戦争の帰趨は、各国の動きにどう影響したのだろうか。

 日本・ロシア・清・韓国はもちろん、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツなど主要な国々で資料を集めて分析し、当時の世界情勢の中での出来事という俯瞰的な視点で日露戦争と韓国併合を捉えなおす、専門家向けの研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 韓国版の翻訳だ。少し調べたが、朝鮮語での書名はわからなかった。訳者あとがきによると、韓国版の書名は(日本語に訳すと)「国際関係史から見た日露戦争と日本の韓国併合」だとか。日本語版は2004年5月30日初版第1刷発行。予定ではソウル・東京同時出版。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約324頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント46字×17行×324頁=約253,368字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はやや硬い。内容はかなり専門的で、はっきり言って研究者向け。読みこなすには、当時の事件や社会情勢に関して、相応の前提知識が必要だ。

 例えば閔王妃殺害(→Wikipedia)や俄館播遷(→Wikipedia)などについて、「ソレは何か」の説明はない。いきなり背景や影響など、深く掘り下げた記述が入る。その程度は説明しなくてもわかる人向けの本だ。これは日露だけに関わらず、ボーア戦争(→Wikipedia)やアメリカのマニラ湾侵攻(→Wikipedia)など、広い範囲の世界史の知識が必要だ。

 また、朝鮮半島や満州の地名がたくさん出てくるので、GoogleMap か世界地図があると便利。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • 序文
  • 第1章 列強の東アジア分割競争
  • 総説
  • 1 列強の中国大陸分割競争
    • 1 ドイツの膠州湾占領、及びロシアの旅順・大連占領とその余波
    • 2 イギリスの威海衛獲得とロシアの南下阻止
    • 3 日本・フランスなど列強の租借地獲得
  • 2 アメリかのマニラ湾侵攻と列強の反応
    • 1 ルーズベルトの単独命令とデューイのマニラ湾侵攻
    • 2 アメリカのマニラ湾侵攻に対する日本・イギリス・ドイツの反応
    • 3 アメリカのマニラ湾侵攻に対するロシアの反応
    • 4 米国のフィリピン領有決定
    • 5 アメリカの中国門戸解放政策通牒
  • 3 韓半島をめぐる日本とロシアの対立
    • 1 列強の混戦から日本・ロシア対決への転移
    • 2 韓半島支配をめぐる日本とロシアの対立
    • 3 俄館播遷期の日本の対ロシア妥協外交と韓国に関するロシアの対日外交
    • 4 韓国王の還宮とその後の日本とロシアの対立
    • 5 ロシアの旅順・大連租借と西 ローゼン協商

 

  • 第2章 ロシアの満州占領と列強の反応
  • 総説
  • 1 ≪露清単独秘密協定≫と日本の対応
    • 1 義和団事件とロシアの満州占領
    • 2 アレクセーエフ 増棋協約と列強の対露疑惑
    • 3 ロシアの≪韓国中立案≫と日本の≪満韓不可分一体論≫
  • 2 ロシアの満州支配に対する列強の反応
    • 1 ≪ラムズドルフ 楊儒協約≫とドイツ・フランスの対ロシア支援の限界
    • 2 イギリス・アメリカのロシア牽制と対日紫煙の限界
    • 3 日本の対ロシア単独対応と≪1901年3月~4月の戦争危機≫
  • 3 ≪日英同盟≫の成立とその意味
    • 1 日本・イギリスの利害一致と≪同盟の絆≫
    • 2 同盟締結のための日本とイギリスの利害調整と意見折衷
    • 3 ≪日英同盟≫の内容とロシアの対応策模索
    • 4 ロシアの対応措置と≪露清満州撤兵協約≫

 

  • 第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道
  • 総説
  • 1 ロシアの撤兵条約不履行と≪ニューコース≫の確立
    • 1 ベゾブラゾフの登場とツァーリのヴィッテ不信
    • 2 ベゾブラゾフの東アジア視察旅行と≪前進政策≫
    • 3 閣僚・外交実務陣の対策会議と過渡期的混乱
    • 4 ロシアの対清≪七ヶ条要求≫とツァーリの≪ニューコース≫政策採択
    • 5 旅順会議と東アジア総督・東アジア問題特別委員会
  • 2 列強の対ロシア抗議とイギリス・アメリカの対日支援の限界
    • 1 列強の対ロシア消極外交とロシアの対清≪七ヶ条要求≫に対する抗議
    • 2 アメリカの対ロシア寛容外交と日・米・英の対ロシア共同戦線の限界
  • 3 日本の対ロシア協商原則確定と開戦外交
    • 1 日本の対ロシア協商原則確定
    • 2 日本の対ロシア開戦外交
  • 4 アメリカの反ロシア親日政策と対韓政策
    • 1 アメリカの対ロシア宥和から強硬への転換
    • 2 ルーズベルトの販路親日政策の確立
    • 3 ルーズベルトの対韓政策とアレンの批判
  • 5 アメリカの対日積極支援と日本の対ロシア開戦
    • 1 アメリカの対日積極支援とイギリスの対日支援の限界
    • 2 ロシアの孤立と専制政治の矛盾

 

  • 第4章 日露戦争と国際関係
  • 総説
  • 1 日露開戦とアメリカの対日政策
    • 1 アメリカの対日積極支援措置と日本の勝利牽制
    • 2 アメリカ政府の≪日本の韓国保護≫内定とアレンの所信放棄
  • 2 日露戦争の戦況変化とバルチック艦隊
    • 1 戦況の変化とロシア・バルチック艦隊の東進
    • 2 日本のバルチック艦隊撃破と戦争の終結
  • 3 戦況の推移と国際情勢の変化
    • 1 ≪英仏協商≫締結のための両国トップの相互訪問
    • 2 ≪ドッガー・バンク事件≫とドイツの≪大陸同盟≫提議
    • 3 奉天会戦と第一次モロッコ事件
    • 4 バルチック艦隊の壊滅と≪ビョルケ密約≫
    • 5 アルヘシラス会議とドイツの孤立
  • 4 戦況の推移と講和問題
    • 1 戦況の推移と講和問題の抬頭
    • 2 戦況の推移と日本の講和条件の追加要求
  • 5 戦況の推移と日本の韓国植民地化推進
    • 1 日本軍の仁川上陸と日韓議定書・第一次日韓協約の強圧
    • 2 海戦の戦況変化と日本の韓露間諸条約廃棄強圧
    • 3 バルチック艦隊の来航と日本の独島(竹島)併合
  • 6 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の韓国保護
    • 1 ≪桂・タフト秘密協約≫と日本の韓国保護
    • 2 ≪第二次日英同盟≫と日本の韓国保護
    • 3 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の≪韓国保護≫
    • 4 乙巳保護条約(第二次日韓協約)とアメリカの駐韓公使館の自発的閉鎖

 

  • 第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫
  • 総説
  • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの抗議と日本の対応
    • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの対日抗議
    • 2 西園寺内閣の対アメリカ・イギリス妥協政策と軍部及び満鉄側の反撥
  • 2 ≪第一次日露協約≫と日本の≪韓国併合≫の企て
    • 1 終戦直後の日ロ間の敵意と接近の背景
    • 2 ≪第一次日露協約≫の締結とその意味
    • 3 ロシアの対日支援外交と≪丁未七条約(第三次日韓協約)≫
  • 3 アメリカの東アジア政策と日本の≪韓国併合≫の黙認
    • 1 日本移民の問題と日本の日清条約強圧に対するアメリカの反日感情
    • 2 独清米協商案と日本の対アメリカ友好追及
    • 3 ≪高平・ルート協定≫と日本・アメリカの一時和解
  • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化計画と第二次日露協約
    • 1 タフト政府とアメリカの対日強硬策
    • 2 アメリカの満州鉄鉄道買収政策と日露の動向
    • 3 日本の満州独占の企てと≪露米提携≫対≪日露提携≫
    • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化提議と≪第二次日露協約≫
  • 5 日本の≪韓国併合≫
  • 原注/訳者あとがき/関連資料(関連年表・人名索引)

【感想は?】

 軍事の本ではない。外交史の本だ。

 戦闘の記述は、ほとんどない。出てくるのは旅順攻略・対馬海戦・奉天会戦ぐらいだ。それも兵器や戦闘の推移にはほとんど触れない。

 その分、関係する各国の内政状況と、それぞれが外交に抱く思惑について、濃密かつ精微な記述が続く。これにより、特にヨーロッパとアメリカから見た日露戦争…というより中国と満州と朝鮮半島の位置づけが、次第につかめてくる。

 主役はもちろん日本とロシアだ。これにヨーロッパ勢としてイギリス・フランス・ドイツが加わり、新興勢力としてアメリカが横車を押す形となる。読み終えると、日露戦争は第一次世界大戦への大きな曲がり角に思えてくるし、また太平洋戦争への道筋までうっすらと見えてくる。

 対して、戦場となった清と、日本にとっては重要な眼目だった韓国の影は薄い。当時はそういう立場だったんだろう。ちなみに本書では「朝鮮」ではなく「韓国」を使っている。また「竹島」ではなく「独島」としている。

 戦前の各国の立場を大雑把に言うと。

 日本は韓国を完全に植民地化したい。だが南下を企てるロシアが煩い。特に邪魔なのが遼東半島の大連と旅順の軍港と、満州に敷いた鉄道。おまけに鴨緑川周辺にまでロシア人がウロチョロしていて、韓国への侵入を目論むのもウザい。

 ロシアは満州が欲しい。その拠点として旅順と大連を確保した。またシベリア鉄道と満州の鉄道をつなげ、極東への動脈としたい。そのためには北上してくる日本が邪魔になるんで、あの手この手で嫌がらせを仕掛ける。特に韓国は手ごろな道具だ。

 つまり日本は韓国の完全支配を、ロシアは満州の確保が目的だった。それぞれ、その言い訳として、日本はロシアの満州進出を、ロシアは日本の韓国支配を、「奴らは悪いことしてるよね」と世界に訴えようとした、そういう構図だ。

 アメリカにとって重要なのはフィリピンだ。台湾を支配する日本とはぶつかりたくない。よって言い分としては、「日本の韓国には目をつぶるからフィリピンには手を出すな」となる。当時の日本はフィリピンに執着はないから、「おk、把握」な態度。また、満州の利権に食い込みたいので、ロシアが邪魔。

 イギリスはロシアの南下にピリピリきてる。既にインド(当時のインドは現在のパキスタンを含む)やアフガニスタンでロシアとぶつかってるし。だもんで、極東にまでは手が回らない。そこで日本がロシアを抑えてくれるんならラッキーじゃん。

 ドイツは植民地獲得に出遅れたんで、中国を喰いたい。だもんで、中国に食い込もうとする日本が邪魔だ。また、イギリスやフランスと睨み合ってる間柄なんで、ロシアを味方につけたい。特にフランスとロシアの仲を割きたい。

 フランスもドイツと睨み合ってる。だから、ロシアにはドイツを牽制して欲しい。もともとロシアとは縁が深いし。

 そんなわけで、日英米 vs 露独仏 みたいな構図で、日露戦争に突っ込んでいく。この対立の構図が、アメリカのマニラ侵攻での各国海軍の配置で鮮やかに浮き上がるのが面白い。

 とかの構図が、日露戦争の終結で大きく変わってゆく「第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫」が、読んでいて最も面白かった。この手の本にありがちなように、最初は五里霧中だったのが、読み進むにつれて全体の構図が見えてくるって効果もある。と同時に、本書の眼目である国際関係が、戦争の帰趨で大きく動くため、そのダイナミズムが楽しい。

 ロシアは極東からバルカン半島へと目を転じ、オーストリア&ドイツと対立を深める。これにより英仏との利害一致が増え、日本との対立は軽くなる。いかにも第一次世界大戦に向けて走り出しているようだ。

 あおりを食ったのは韓国で、日本の支配は着々と進む。加えて日本は満州にも手を伸ばし、これがアメリカとの対立の種へと育ってゆく。ここでは鉄道王ハリマン(→Wikipedia)も顔を出し、ビジネスマンの視野の広さと抜け目の無さと世界を飛び回るバイタリティに感心すると共に、当時の鉄道が持つ世界情勢への影響の大きさが伝わってくる(→「世界鉄道史」「鉄道と戦争の世界史」)。

 日露戦争を、日露だけに留まらず、世界史の中の事件として捉えた俯瞰的な視点で描くと共に、当時の国際関係と関係諸国の内情にまで踏み込んで説得力を持たせた、研究者向けの歴史の本だ。かなり専門的なのでいささか歯ごたえはあるが、じっくり読めばジワジワと味が出てくる、そんな本だった。

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