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2019年4月28日 (日)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP社 青木薫訳

本書で取り上げた実験はどれも、科学における大きなパラダイム・シフト――アリストテレスの運動観からガリレオの運動観へ、光の粒子像から波動像へ、古典力学から量子力学へ――を力強く例証しているか、あるいはそれらパラダイム・シフトを起こさせる契機となったかのいずれかである。
  ――序文 移り変わる刹那

斜塔の実験には今日なおわれわれを驚かせる力があるのだ。
  ――第2章 球を落とす

「これを理解したとき、私は前述のガラス磨きの仕事をやめました。というのもこの性質があるせいで、望遠鏡の性能には限度があるとわかったからです」
  ――第4章 決定実験

「地球の自転を見に来られたし」
  ――第7章 地球の自転を見る

「あの実験を見た者は、言葉通りの意味において電子を見たのです」
  ――第8章 電子を見る

私が行った意見調査では、この実験を挙げた人が他を引き離して圧倒的に多かった。
  ――第10章 唯一の謎

【どんな本?】

 2002年、著者は≪フィジックス・ワールド≫誌で読者にアンケートを取る。「一番美しいと思う物理学の実験は何か」。読者が挙げた実験は三百以上にのぼる。その中から、最も人気の高かった10の実験を選び、それぞれの実験は何を調べようとしたのか・どのように実験が行われたのか・その実験はどんな意味があるのかなど、実験の背景・理論・実態そして影響を語り、科学における実験の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Prism and the Pendulum : The Ten Most Beautiful Experients in Science, by Robert p. Crease, 2003。日本語版は2006年9月19日1版1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約296頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント45字×17行×296頁=約226,440字、400字詰め原稿用紙で約567枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容は後に行くほど高度になり、また実験を素人が再現するのも難しくなる。

【構成は?】

 歴史的に古い実験から新しい実験へと話が進む。これは同時に科学の進歩に合わせた構成にもなっている。各章はほぼ独立しているので、興味のある所だけを拾い読みしてもいい。とはいえ、全他の流れとしては科学の歩みをなぞる形になるので、できれば頭から読んだ方が楽しいだろう。

  • 序文 移り変わる刹那
  • 第1章 世界を測る
    エラトステネスによる地球の外周の長さの測定
    interlude なぜ科学は美しいのか
  • 第2章 球を落とす
    斜塔の伝説
    interlude 実験とデモンストレーション
  • 第3章 アルファ実験
    ガリレオと斜面
    interlude ニュートン=ベートーヴェン比較論
  • 第4章 決定実験
    ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解
    interlude 科学は美を破壊するか
  • 第5章 地球の重さを量る
    キャヴェンディッシュの切り詰めた実験
    interlude 科学と大衆文化の統合
  • 第6章 光という波
    ヤングの明快なアナロジー
    interlude 科学とメタファー
  • 第7章 地球の自転を見る
    フーコーの崇高な振り子
    interlude 科学と崇高
  • 第8章 電子を見る
    ミリカンの油滴実験
    interlude 科学における知覚
  • 第9章 わかりはじめることの美しさ
    ラザフォードによる原子核の発見
    interlude 科学の芸術性
  • 第10章 唯一の謎
    一個の電子の量子干渉
    interlude 次点につけた実験
  • 終章 それでも科学は美しくありうるか?
  • 謝辞/訳者あとがき/図・写真一覧/原注/索引

【感想は?】

 「重大な」では、ない。「美しい」だ。同じようで、微妙に違う。美しさは重大さを含んでいるが、それ以外の何かもあるのだ。

 なんとなく、わかるのもある。第1章から第4章、それと第6章と第7章は、私も美しいと感じる。これをグループAとしよう。第5章は、美しさの理由が少し違う。これはグループB。第8章以降は、量子力学の世界だろう。これはグループCだ。

 グループAは、幾つかの共通点がある。最も大きいのは、私にもわかる点だ。わはは。

 ソレで何が証明できるのか。どんな理屈で証明できるのか。ソレが人々の世界観を、どう変えるのか。そういった事が、私にもわかるのだ。また、簡単に再現できる(気がする)のも大きい。実験が単純なほど美しいと私は感じるのだ。

 第1章のエラトステネスによる地球の外周を測る実験(→Wikipedia)は、単に地球の大きさがわかるだけじゃない。世界観とダイレクトに直結している。世界=地球が球形であることを明らかにしたのだ。それも、夏至の日に影の長さを測るという、極めて簡単な方法で。この、単純さと事の重大さの落差こそ、私が美しいと感じる理由だ。

 第2章と第3章は、ガリレオが主役を務める。科学におけるガリレオの影響の大きさがよくわかる構成だ。いずれも物を落とす実験なのか、彼の性格のため…じゃ、ないよね、たぶん。もしかしたら弾道学と関係あるのかも。

 第2章では、ピサの斜塔から重い玉と軽い玉を落とした事になっている。そしてゆで理論(→ピクシブ百科事典)は敗れるのだ。まあ、ゆで理論と言うと馬鹿な話のようだが、人の直感的としては、重い物の方が早く落ちるような気がするし、当時の人々もそう考えていたのだ。なんたって元祖はアリストテレスだし。

 第3章になると、更に一歩先へと進む。斜面に球を転がして、その速さの変化を求めるのである。実際には、一定時間内に転がった距離の変化なんだけど。ここで問題なのは、「一定時間」をどうやって測ったのか、という点。なんと、「腕のいいリュート奏者だったガリレオは、正確に拍子を取ることができた」。楽器演奏は物理学にも役立つのだ。ホンマかいな。

この本には書いてないけど、この実験は軍事にも大きな影響を与えたはずだ。というもの、昔は大砲の玉は、垂直に落ちると思われていたからだ。アルファ実験によって、放物線を描く事が明るみになる。当時の情勢を考えると、これは実にヤバい知識だよなあ。

 第4章の決定実験と第6章の二重スリット実験は、光の性質に関するもの。第4章でニュートンが「光は粒子だ」とした説を、第6章でヤングが「光は波だ」とひっくり返すのが感慨深い。いずれも、ちょっとした道具があれば自分でも出来そうなのが嬉しい。

 第7章のフーコーの振り子は、第1章の続編といった趣がある。私は上野の科学博物館で見た。何より、仕掛けの単純さが感動させる。要は紐の長い振り子ってだけなんだから。振り子自体は、同じ軌道を描いて揺れ続ける。だが地球は自転している、つまり振り子以外の世界が回っているので、私たちが見ると振り子の軌道が変わっていくように見える。動いているのは私たちであって、振り子じゃないのだ。

 単に振り子ってだけの単純な仕掛けで、地球の自転を感じさせる。実に見事な実験だと感服してしまう。

 とかの中で、美しさの毛色が違うと感じるのが、第5章のキャヴェンディッシュの実験。「地球の重さを量る」とあるが、彼が実際に量ったのは、二つの重い球の間に働く力だ。理屈は単純だが、これを現実に量るとなると、話は全く違ってくる。というのも、あまりに小さな力であるために、ちょっとした事柄が大きな誤差となるからだ。

 装置が重ければ、装置が球に力を及ぼしてしまう。温度が違えば対流で球が揺れる。球が鉄だと地磁気の影響を受ける。などの「雑音」を無くすために、キャヴェンディッシュは実験装置に徹底的に凝るのだ。この実験を最も美しいと感じるのは、オーディオ・マニアじゃないかと思う。また、この実験に票を入れたのは、実験物理学者だろう。彼らが日頃から苦労して心がけている「雑音を取り除く事」の難しさを、キャヴェンディッシュの実験が鮮やかに現わしているのだから。

 第9章は量子力学の実験ながら、自分でもできそうな気になる。これはアルファ線の正体を探る実験だ。まずガラス管の中にラドンを入れる。ラドンはアルファ線を出すことが知られていた。次に、そのガラス管を大きな真空のガラス管の中に入れる。二重のガラス管の中にラドンを閉じ込めるのだ。

 小さなガラス管と大きなガラス管の間は真空の筈だ。だが、時間がたつと、ヘリウムが溜まるのである。ヘリウムの元は、ラドンが出したアルファ線だろう。つまり、アルファ線=ヘリウムということだ。

 なんか簡単そうだし、今でも追実験できそうだが、interlude で望みを叩き潰すからいけず。

 正直、第8章以降は、自分の目で見ないと、ピンとこないと思う。いや実際に見ても、やっぱり「何かトリックがあるんじゃないか?」と勘ぐってしまうだろう。だからこそ、「美しい」のだ。私たちの直感を裏切り、理性が生み出した方程式に従う、そんな性質が、これらの実験の美しさの源なんだと思う。

【あなたなら?】

 著者も語っているように、この本の実験は物理学に偏っている。もともと質問が「一番美しいと思う物理学の実験」だし。科学に目を広げると、私は次の二つを付け加えたい。

  • ヤン・ファン・ヘルモント(→Wikipedia)の柳の木の実験。鉢に柳の木を植え、五年ほど育てる。減った土の重さと柳の重さを比べ、「柳は水で育った」と主張した。
  • グレゴール・ヨハン・メンデルのエンドウマメの交配実験(→Wikipedia)。今から考えれば、彼は遺伝学という新しい学問分野の種を蒔いたのだ。

 あと、思考実験も加えていいなら、メンデレーエフの元素周期表(→Wikipedia)も加えたい。混沌の中に美しい秩序を見いだすってのは、科学の面白さそのものだと思う。

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