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2019年4月11日 (木)

ジョーン・C・ウィリアムズ「アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々」集英社 山田美明・井上大剛訳

本書では、アメリカ(およびヨーロッパ)が独断的なナショナリズムに向かう原因となっている階級間の認識の差を取り扱う。
  ――第1章 なぜ、階級の話をするのか?

『政府の施しなんていらない、自分でなんとかする』
  ――第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?

なぜエリートは目新しいものを求め、ワーキング・クラスは安定を求めるのか?
  ――第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?

優秀さを重視する専門職エリートは、有色人種は優秀さに欠けると見なしている。一方、道徳性を重視するホワイト・ワーキング・クラスは、有色人種は道徳性に欠けると見なしている。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

一つクイズを出そう。「高度な科学知識と重い物を持ち上げる力、その両方を必要とする仕事とはいったい何でしょうか?」
答えは「看護」だ。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

なぜ、2012年のロムニーのときよりも多い、全体の1/3ものヒスパニックがトランプに投票したのだろうか?
  ――第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?

ホワイト・ワーキング・クラスは政府が貧困層を補助することに怒っている。そのため、貧困層への補助が減りさえすれば、たとえ自分たちが不利益を被ろうともその政策は魅力的なのだ。
  ――第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?

【どんな本?】

 2016年のアメリカ合衆国大統領選は、世界中の注目を集め、激戦の末に共和党のドナルド・トランプが勝った。過激な言動で最初は共和党内でもイロモノ候補と思われたトランプが勝ち残ったのだ。

 なぜヒラリー・クリントンは勝てなかったのだろう? 民主党の政策は貧しい者に手厚いのに、なぜ多くの市民はソッポを向いたのだろう? 著者はその原因を、民主党の勘ちがいにある、としている。アメリカ人の多くは、白人の賃金労働者だ。民主党は彼らの支持を失い、トランプは彼らの心を掴んだ、と。

 では、アメリカの主流である白人の賃金労働者は、どんな状況にいるのか。彼らはどんな風に暮らしているのか。彼らは何を求めているのか。彼らは何を守ろうとしているのか。なぜ彼らはトランプを称え、クリントンを嫌うのか。

 ハーバード・ビジネス・レビュー誌の記事「アメリカのワーキング・クラスについて多くの人が知らないこと」を元に、民主党を再生させる方針を提案する、一般向けの解説書。

 なお、「世界に吹き荒れるポピュリズムを支える“真・中間層”の実態」との副題がついている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は White Working Class : Overcoming Class Cluelessness in America, by Joan C. Williams, 2017。日本語版は2017年8月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約213頁に加え、渡辺靖の解説8頁。9.5ポイント40字×16行×213頁=約136,320字、400字詰め原稿用紙で約341枚。文庫本なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。アメリカでは共和党がやや保守的、民主党がややリベラル、ぐらいを知っていれば充分。

【構成は?】

 第1章と第2章は、テーマである「ホワイト・ワーキング・クラス」を定義する部分なので、最初に読んだ方がいい。それ以外の各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 第1章 なぜ、階級の話をするのか?
  • 第2章 ワーキング・クラスとは、どんな人々なのか?
  • 第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?
  • 第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?
  • 第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?
  • 第6章 なぜ、ワーキング・クラスは大学に行こうとしないのか?

 

  • 第7章 なぜ、ワーキング・クラスは子供の教育に熱心に取り組まないのか?
  • 第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?
  • 第9章 ワーキング・クラスは性差別者なのか?
  • 第10章 ワーキング・クラスは、製造業の仕事が戻ってこないことを理解していないのか?
  • 第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 

  • 第12章 なぜ、国からもっとも恩恵をうけているはずの人たちが、感謝しないのか?
  • 第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?
  • 第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?
  • 最後に
  • 解説 渡辺靖

【感想は?】

 「ヒルビリー・エレジー」や「社会はなぜ左と右にわかれるのか」と同じく、リベラルの立場から右派を理解しようとする本だ。いや、エリートの立場から、白人の賃金労働者をわかろうとする、と言った方が妥当かもしれない。これを「上から目線で見やがって」と感じ、鼻持ちならないと思う人もいるだろう。

 キッカケは2016年のアメリカ合衆国大統領選だ。共和党のドナルド・トランプが勝ち、民主党のヒラリー・クリントンが負けた。これが出発点だ。潔く、本書はこう語る。

私たちは負けたのです。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

 「私たち」とは、民主党であり、その支持者であるリベラルでもある。なぜ負けたか。アメリカの所得中間層から嫌われたからだ。ちなみに中間層とは、家計所得分布の下位3割より上で上位2割より下を示す。100世帯を所得順に並べたら、21位~70位までの50世帯にあたる。要は「普通の人たち」ですね。

 そういう普通の人たちは、ヒラリー・クリントンを嫌い、ドナルド・トランプに熱狂した。似たような事は日本でも起きている。貧しい者に優しい共産党は嫌われ、金持ちを優遇する自民党は強い。それはエリートを中心としたリベラルが、賃金労働者である普通の人々をわかっていないから、そう主張する本だ。

 例えば、引っ越しを例にとる。優れた専門技能を持つ人は、気軽に引っ越しできる。どこであろうと仕事は見つかるし、大学時代の友人も全国にいる。一流大学は、世界中から人材が集まっている。だから、世界中にコネがある。

 対して、高卒の労働者はそうはいかない。地元には昔から親しく付き合った人がたくさんいて、困った時はお互いに助け合えるが、他の土地に行ったらよそ者になる。引っ越しで背負うリスクが違うのだ。こういう近所付き合いを、「ロケットボーイズ」は巧みに描いていた。となれば、教育方針も違ってくる。

「エリートの子供たちは、いずれ巣立っていくものとして育てられ、実際に巣立ってゆく。ワーキング・クラスは子供を地元に引き留めておきたがる」
  ――第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?

 だが、「ロケットボーイズ」の舞台となったコールウッドは、次第に寂れてしまう。コールウッドだけじゃない。デトロイトに象徴されるように、仕事は減って賃金労働者は誇りを持てなくなっている。幸い「ロケットボーイズ」の著者の親はそれを見越し、地元を離れるよう教育したが、誰もが先を見通せるわけじゃない。

1970年以降、専門職エリートの給料が劇的に上昇し続けたのに対し、高卒男性の賃金は47%も減少した。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 日本でもバブル崩壊後、景気は良くて停滞、実質的には悪くなる一方な気配だ。企業は即戦力を求めるが、働く側からすれば経験を積もうにも仕事がない。どないせえちゅうねん。うがあ。

 なら賃金を上げようとするリベラルが人気を集めそうなもんだが、現実は逆だ。これには労働組合への失望がある。アメリカでも労働組合の加入率は減り、力を失ってしまった。こうなると、鶏が先か卵が先か、わかんないなあ。

 それより不可解なのは、貧しい者に対する救済策を、彼らが嫌うことだ。「それって妬みじゃねえの?」と私は思っていた。でも、現実はそれほど単純じゃない、と本書は教えてくれた。つまり、制度的な欠陥もあるのだ。普通の人から見ると、貧困層の救済策は、全く恩恵がないように見えるのだ。にも関わらず税金はふんだくられる。となれば、怒りたくもなる。

 ちなみに生活保護制度の欠陥は日本も似ているから、同じような現象が起きるのも仕方がない。

 などの問題を明らかにするだけでなく、本書はちゃんと解決策も出している。党の方針を決める者に届くかどうかはともかく、私たちが声を上げる価値はあると思う。

 などとは別に、ハッキリと「私たちは負けたのです」と認め、それは己の無知が原因だと考え、ソッポを向いた人々から学び、自らを変えようとする姿勢は、さすがエリートだと思う。こうやって常に学ぼうとする態度が、エリートを支えてるんだろうなあ。

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