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2019年4月の12件の記事

2019年4月28日 (日)

ロバート・P・クリース「世界でもっとも美しい10の科学実験」日経BP社 青木薫訳

本書で取り上げた実験はどれも、科学における大きなパラダイム・シフト――アリストテレスの運動観からガリレオの運動観へ、光の粒子像から波動像へ、古典力学から量子力学へ――を力強く例証しているか、あるいはそれらパラダイム・シフトを起こさせる契機となったかのいずれかである。
  ――序文 移り変わる刹那

斜塔の実験には今日なおわれわれを驚かせる力があるのだ。
  ――第2章 球を落とす

「これを理解したとき、私は前述のガラス磨きの仕事をやめました。というのもこの性質があるせいで、望遠鏡の性能には限度があるとわかったからです」
  ――第4章 決定実験

「地球の自転を見に来られたし」
  ――第7章 地球の自転を見る

「あの実験を見た者は、言葉通りの意味において電子を見たのです」
  ――第8章 電子を見る

私が行った意見調査では、この実験を挙げた人が他を引き離して圧倒的に多かった。
  ――第10章 唯一の謎

【どんな本?】

 2002年、著者は≪フィジックス・ワールド≫誌で読者にアンケートを取る。「一番美しいと思う物理学の実験は何か」。読者が挙げた実験は三百以上にのぼる。その中から、最も人気の高かった10の実験を選び、それぞれの実験は何を調べようとしたのか・どのように実験が行われたのか・その実験はどんな意味があるのかなど、実験の背景・理論・実態そして影響を語り、科学における実験の面白さを伝える、一般向けの科学解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Prism and the Pendulum : The Ten Most Beautiful Experients in Science, by Robert p. Crease, 2003。日本語版は2006年9月19日1版1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約296頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント45字×17行×296頁=約226,440字、400字詰め原稿用紙で約567枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容は後に行くほど高度になり、また実験を素人が再現するのも難しくなる。

【構成は?】

 歴史的に古い実験から新しい実験へと話が進む。これは同時に科学の進歩に合わせた構成にもなっている。各章はほぼ独立しているので、興味のある所だけを拾い読みしてもいい。とはいえ、全他の流れとしては科学の歩みをなぞる形になるので、できれば頭から読んだ方が楽しいだろう。

  • 序文 移り変わる刹那
  • 第1章 世界を測る
    エラトステネスによる地球の外周の長さの測定
    interlude なぜ科学は美しいのか
  • 第2章 球を落とす
    斜塔の伝説
    interlude 実験とデモンストレーション
  • 第3章 アルファ実験
    ガリレオと斜面
    interlude ニュートン=ベートーヴェン比較論
  • 第4章 決定実験
    ニュートンによるプリズムを使った太陽光の分解
    interlude 科学は美を破壊するか
  • 第5章 地球の重さを量る
    キャヴェンディッシュの切り詰めた実験
    interlude 科学と大衆文化の統合
  • 第6章 光という波
    ヤングの明快なアナロジー
    interlude 科学とメタファー
  • 第7章 地球の自転を見る
    フーコーの崇高な振り子
    interlude 科学と崇高
  • 第8章 電子を見る
    ミリカンの油滴実験
    interlude 科学における知覚
  • 第9章 わかりはじめることの美しさ
    ラザフォードによる原子核の発見
    interlude 科学の芸術性
  • 第10章 唯一の謎
    一個の電子の量子干渉
    interlude 次点につけた実験
  • 終章 それでも科学は美しくありうるか?
  • 謝辞/訳者あとがき/図・写真一覧/原注/索引

【感想は?】

 「重大な」では、ない。「美しい」だ。同じようで、微妙に違う。美しさは重大さを含んでいるが、それ以外の何かもあるのだ。

 なんとなく、わかるのもある。第1章から第4章、それと第6章と第7章は、私も美しいと感じる。これをグループAとしよう。第5章は、美しさの理由が少し違う。これはグループB。第8章以降は、量子力学の世界だろう。これはグループCだ。

 グループAは、幾つかの共通点がある。最も大きいのは、私にもわかる点だ。わはは。

 ソレで何が証明できるのか。どんな理屈で証明できるのか。ソレが人々の世界観を、どう変えるのか。そういった事が、私にもわかるのだ。また、簡単に再現できる(気がする)のも大きい。実験が単純なほど美しいと私は感じるのだ。

 第1章のエラトステネスによる地球の外周を測る実験(→Wikipedia)は、単に地球の大きさがわかるだけじゃない。世界観とダイレクトに直結している。世界=地球が球形であることを明らかにしたのだ。それも、夏至の日に影の長さを測るという、極めて簡単な方法で。この、単純さと事の重大さの落差こそ、私が美しいと感じる理由だ。

 第2章と第3章は、ガリレオが主役を務める。科学におけるガリレオの影響の大きさがよくわかる構成だ。いずれも物を落とす実験なのか、彼の性格のため…じゃ、ないよね、たぶん。もしかしたら弾道学と関係あるのかも。

 第2章では、ピサの斜塔から重い玉と軽い玉を落とした事になっている。そしてゆで理論(→ピクシブ百科事典)は敗れるのだ。まあ、ゆで理論と言うと馬鹿な話のようだが、人の直感的としては、重い物の方が早く落ちるような気がするし、当時の人々もそう考えていたのだ。なんたって元祖はアリストテレスだし。

 第3章になると、更に一歩先へと進む。斜面に球を転がして、その速さの変化を求めるのである。実際には、一定時間内に転がった距離の変化なんだけど。ここで問題なのは、「一定時間」をどうやって測ったのか、という点。なんと、「腕のいいリュート奏者だったガリレオは、正確に拍子を取ることができた」。楽器演奏は物理学にも役立つのだ。ホンマかいな。

この本には書いてないけど、この実験は軍事にも大きな影響を与えたはずだ。というもの、昔は大砲の玉は、垂直に落ちると思われていたからだ。アルファ実験によって、放物線を描く事が明るみになる。当時の情勢を考えると、これは実にヤバい知識だよなあ。

 第4章の決定実験と第6章の二重スリット実験は、光の性質に関するもの。第4章でニュートンが「光は粒子だ」とした説を、第6章でヤングが「光は波だ」とひっくり返すのが感慨深い。いずれも、ちょっとした道具があれば自分でも出来そうなのが嬉しい。

 第7章のフーコーの振り子は、第1章の続編といった趣がある。私は上野の科学博物館で見た。何より、仕掛けの単純さが感動させる。要は紐の長い振り子ってだけなんだから。振り子自体は、同じ軌道を描いて揺れ続ける。だが地球は自転している、つまり振り子以外の世界が回っているので、私たちが見ると振り子の軌道が変わっていくように見える。動いているのは私たちであって、振り子じゃないのだ。

 単に振り子ってだけの単純な仕掛けで、地球の自転を感じさせる。実に見事な実験だと感服してしまう。

 とかの中で、美しさの毛色が違うと感じるのが、第5章のキャヴェンディッシュの実験。「地球の重さを量る」とあるが、彼が実際に量ったのは、二つの重い球の間に働く力だ。理屈は単純だが、これを現実に量るとなると、話は全く違ってくる。というのも、あまりに小さな力であるために、ちょっとした事柄が大きな誤差となるからだ。

 装置が重ければ、装置が球に力を及ぼしてしまう。温度が違えば対流で球が揺れる。球が鉄だと地磁気の影響を受ける。などの「雑音」を無くすために、キャヴェンディッシュは実験装置に徹底的に凝るのだ。この実験を最も美しいと感じるのは、オーディオ・マニアじゃないかと思う。また、この実験に票を入れたのは、実験物理学者だろう。彼らが日頃から苦労して心がけている「雑音を取り除く事」の難しさを、キャヴェンディッシュの実験が鮮やかに現わしているのだから。

 第9章は量子力学の実験ながら、自分でもできそうな気になる。これはアルファ線の正体を探る実験だ。まずガラス管の中にラドンを入れる。ラドンはアルファ線を出すことが知られていた。次に、そのガラス管を大きな真空のガラス管の中に入れる。二重のガラス管の中にラドンを閉じ込めるのだ。

 小さなガラス管と大きなガラス管の間は真空の筈だ。だが、時間がたつと、ヘリウムが溜まるのである。ヘリウムの元は、ラドンが出したアルファ線だろう。つまり、アルファ線=ヘリウムということだ。

 なんか簡単そうだし、今でも追実験できそうだが、interlude で望みを叩き潰すからいけず。

 正直、第8章以降は、自分の目で見ないと、ピンとこないと思う。いや実際に見ても、やっぱり「何かトリックがあるんじゃないか?」と勘ぐってしまうだろう。だからこそ、「美しい」のだ。私たちの直感を裏切り、理性が生み出した方程式に従う、そんな性質が、これらの実験の美しさの源なんだと思う。

【あなたなら?】

 著者も語っているように、この本の実験は物理学に偏っている。もともと質問が「一番美しいと思う物理学の実験」だし。科学に目を広げると、私は次の二つを付け加えたい。

  • ヤン・ファン・ヘルモント(→Wikipedia)の柳の木の実験。鉢に柳の木を植え、五年ほど育てる。減った土の重さと柳の重さを比べ、「柳は水で育った」と主張した。
  • グレゴール・ヨハン・メンデルのエンドウマメの交配実験(→Wikipedia)。今から考えれば、彼は遺伝学という新しい学問分野の種を蒔いたのだ。

 あと、思考実験も加えていいなら、メンデレーエフの元素周期表(→Wikipedia)も加えたい。混沌の中に美しい秩序を見いだすってのは、科学の面白さそのものだと思う。

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2019年4月25日 (木)

グレッグ・イーガン「ビット・プレイヤー」ハヤカワ文庫SF 山岸真編訳

ショーンが送ってきたアプリは、インプラント群に指示してぼくの持つスペアのすべてを覚醒させ、さらに、覚醒したスペアをもともとの三色の帯域のあいだとその両側、計四つの新しい帯域に同調させることができた。
  ――七色覚

「重力が横むきになったときのこと。重力がわたしたちを地球の中心にむけて引っぱるのをやめて、そのかわりに東に引っぱるようになったとき」
  ――ビット・プレイヤー

「コストがほんのわずかで、だれかがそのプロセスから数セントをほじくり出せるかぎり、人間は黙々とガラクタをゴミ粉砕機に投入して、クランクをまわしつづけるのよ」
  ――ビット・プレイヤー

タルーラは太陽を持たないのだ。この惑星は少なくとも十億年間は宇宙の孤児として、なににもつなぎとめられることなく銀河系内を漂流してきた。遠い彼方の天文学者たちは、タルーラの地表は流水で覆われていると推測してきた
  ――孤児惑星

【どんな本?】

 硬派な芸風で人気を誇るオーストラリアのSF作家グレッグ・イーガンによる最近の短編を集めた、日本独自の短編集。

 ヒトの色覚を拡張する「七色覚」、売れっ子脚本家の記憶の多くと遺産を受け継いだロボットを描く「不気味の谷」、イーガン流の異世界転生物「ビット・プレイヤー」、難民問題を扱う社会派作品「失われた大陸」、そして「白熱光」と同じ舞台の超硬派SF「鰐乗り」「孤児惑星」の六編を収録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2019年3月25日発行。文庫本で縦一段組み本文約426頁に加え、編・訳者あとがき5頁+牧眞司の解説「神なき世界で『私』の根拠を問えるか?」7頁。9ポイント40字×17行×426頁=約289,680字、400字詰め原稿用紙で約725枚。文庫本としては厚い部類。

 最近のイーガンにしては、比較的に文章はこなれている方だろう。ただし、中身はキッチリとイーガンしてる作品が多く、ヒトの認知や原子の中身など、充分に味わうためには相応の素養と頭の柔らかさを求められる作品が多い。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 初出。

七色覚 / Seventh Sight / Upgraded 2014
 12歳のとき、ぼくは視覚インプラントに新しいアプリを入れた。普通の人は赤緑青の三色しか見えないが、ぼくは七つの色を見ることができる。しばらくは何を見てもぞっとしたが、すぐに慣れたし、それどころか豊かな色に溢れた世界を大切に思うようになった。その反面、テレビや映画は、のっぺりとして見える。ある日、公園の看板に手書きのメッセージを見つけ…
 現実に四色の色覚を持つ人はいるとか(→Wikipedia)。それをさらに拡張して七色にしたらどうなるか、というと…。とりあえず軍は赤外線が見える兵を欲しがるだろうなあ。一種の特殊能力だから何かと便利そうなんだが、このオチはw ちなみに絶対音感は缶詰の品質検査やコンクリートの劣化調査などに重宝するそうです。
不気味の谷 / Uncanny Valley / Tor.com 2017.8.9
 売れっ子だった脚本家の遺産と多くの記憶を、アダムは受け継いだ。あくまで「多く」であって、すべてではない。脚本家の葬儀に出席した時、初老の男に話しかけられた。だがアダムは彼を知らない。老人が住んでいた屋敷で暮らすうちに、アダムは幾つもの記憶のヌケに気が付く。その中の一つは…
 ロボットが記憶を受け継いだら、なんて発想は、P・K・ディックが好みそうなパターン。ただ、自分が「記憶を受け継いだロボットだ」と自覚しているあたりが、ディックと違うところ。やっぱりデジタルに関しちゃエストニアは進んでるなあ。比較的に小さい国だからインフラを充実させやすいためだろうか。
ビット・プレイヤー / Bit Player / Subterraneam Online 2014. Winter
 洞穴の中でサグレダは目覚めた。太陽は、ほぼ水平に洞穴を照らす。そして上にも下にも、ずっと垂直の壁が続いている。ここでは、モノは東に向かって落ちるのだ。ガーサーと名乗る女が、そばにいた。そこでサグレダは考え始める。だとしたら、この壁は何が支えている? 重力異常は、どこまで続いている? 海や川は、どうなっている?
 一種の異世界転生物。だが、小石を落としたらどうなるかとか、海はどうなるかとか、エネルギー保存則とかを考え始めるあたりが、いかにもイーガンw そこで示される仮説と、主人公たちの悩みは、「ゼンデギ」や先の「不気味の谷」と共通するもの。サグレダが世界の矛盾(またはバグ)を突いて前に進もうとするあたりは、懐かしい冒険SFの高揚感が蘇ってくる。と同時に、最初の意図とは全く違う***になっちゃってるやんけ!と突っ込みたくなったりw まあ、それはそれで面白い***だけどw 『皇帝の新しい重力』(→元ネタ)なんてお遊びも楽しい。
失われた大陸 / Lost Continent / The Starry Rift 2008
 アリが物ごころついてから、ホラーサーン地方は戦乱続きだ。最初は未来から来た奴らだ。彼らは武器をバラ撒き、将軍たちは争いあった。若い男たちを徴兵しに来たが、村は結束して抗った。そこに四年前に<学者たち>がきた。将軍たちや無法者どもを追い払い、平穏になったのはいいが、シーア派を差別し始める。アリを守るため、おじは時間旅行者を手配し…
 舞台はイラン東部またはアフガニスタン西部だろう。時間旅行なんてガジェットを使っちゃいるが、明らかに現代の難民問題を取り上げた社会的な作品。東欧及びソ連崩壊時には、大量の移住者がイスラエルに押し寄せた。ロシア・中国・北朝鮮のいずれかが戦乱に陥ったら、日本も対岸の火事とは言ってられなくなる。とまれ、この作品は主人公が男の子だけど、女の子を主人公にしたら、また違った側面が見えてくるんだろうなあ。
鰐乗り / Riding Crocodile / One Million A.D. 2005
 リーラとジャシムは結婚して一万年ほどたち、死ぬことを考えはじめる。銀河系の周辺地域は融合世界が広がり、多くの種族が暮らしている。だがバルジ=内縁部は孤高世界と呼ばれ、一切のコミュニケーションを断っている。プローブの類は送りかえされるので、何かがいるのは間違いない。百万年近く、この状況が続いている。リーラとジャニスは死ぬ前に孤高世界との接触を試そうと思い立ち…
 「白熱光」と同じ世界を舞台とした作品。「失われた大陸」を読んだ直後だからか、多くの種族が仲良く暮らす銀河って設定にイーガンの想いが詰まってる気がする。直径約10万光年もの広さがありながらも、光速の壁は破らずに話が展開するのもイーガンならでは。孤高世界を調べる方法は、悶絶物のマッドさ。しかも一回だけじゃないのが嬉しい。それを実現するプロセスも、オープンソースが盛り上がり始めた時代の熱さを感じる。
孤児惑星 / Hot Rock / Oceanic 2009
 融合政界で発見されたタルーラは放浪惑星だ。恒星系に属さず、銀河の中をさまよっている。なら地表は凍りついていそうなものだが、タルーラの表面には流水がある。アザールとシェルマはタラールの探査に赴く。奇妙なことに、タラールは単に温かいだけではなかった。自転極に近いほど寒く、四季まである。そんなエネルギーを、どこから捻りだしているのか?
 これまた「白熱光」と同じ世界を舞台とした作品。放浪惑星ってアイデアは昔フリッツ・ライバーが扱ってたけど、この作品は21世紀に相応しく科学の進歩を色々と取り入れてて、ワクワクするネタが次々と飛び出してくる。中には意味がわかんないのもあるけど、とんでもない発想なのはなんとなく伝わってくる。様々な切り口で証拠を集め、異常なエネルギーの源に、少しづつ近づいてゆく過程がとっても楽しい、SFの王道まっしぐらの作品。

 気のせいか、だんだんと盛り上がってくるような順番になってる。特に終盤を飾る「鰐乗り」と「孤児惑星」は、不可能と思われた事業に一歩一歩にじり寄っていったり、理不尽と思われる謎を明かすために証拠を集め仮説を立て、といった過程の、次第に高揚感が高まってゆく流れに、黄金期のSFのキラメキを感じた。

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2019年4月22日 (月)

デヴィッド・ハジュー「有害コミック撲滅! アメリカを変えた50年代『悪書』狩り」岩波書店 小野耕世・中山ゆかり訳

ジャニス・ヴァロー・ウィンクルマン(ジャニス・ヴァロー)「私はそこには戻れなかったのです――死ぬほど怖かったんですよ。あの人たちが私になにをしたか、あなたは知らないんですか?」
  ――プロローグ

…スーパーマンは大恐慌を生きのびた者たちに直接話しかける。彼自身も他の星からの移民なのだ。
  ――第1章 社会なんかくそくらえ アメリカン・コミックス誕生

ジュールズ・ファイファー「その当時、俺たちのものだとほんとうに思えるものは、ほかになかった」
  ――第2章 金かせぎだったのさ コミックスのゴールド・ラッシュ時代

「見たかね? 絵によって何が可能かわかったかね?」
  ――第4章 若者が危ない カトリック教会の禁書リスト

「彼らがぼくらを利用しようとしているのだと思ったし、それが正しいことだとは思えなかった。そのことが、ぼくを相当に怒らせた。そしてそれ以後は、先生たちのことを以前とは同じように考えることは二度となくなってしまった」
  ――第7章 ウーファーとツイーター 大騒ぎは続く

「…子どもたちは、われわれがしようとしていたことをほんとうに気に入ってくれていた。それはこちらが彼らを子ども扱いしなかったからだと思う。というか、われわれ自身が実際には子どもだったんだな。まあ、だからこそわれわれは、子どもたちを見下したりしなかったわけだけど」
  ――第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!! 花咲くロマンス・コミックス

「なぜなら、これは親たちの問題であって、子どもたちの問題ではないと思っていたからだ」
  ――第10章 頸静脈のなかのユーモア ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊

ビル・ゲインズ「彼らは自分たち向けのコミックスが嫌いなのではない!」「君たち向けのコミックスが嫌いなのだ!」
  ――第13章 われわれは何を恐れているのか? 公聴会が開かれる

ビル・ゲインズ「私は今、そのホラーと犯罪もののコミックスのすべてを廃刊にする決心をしました。この決断は即時に実行されます」
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

…親たち(略)は、そのための解決策を必死に求め、そしてコミックブックがそのお格好のターゲットとなった。……なぜならコミックブックには、信頼に足る擁護者がいなかったからだ。
  ――第14章 もう、うんざりなんだ! ゲインズは反撃したが……

コミックスの題名に使われる言葉に関するフィッツパトリック法の規制が、もし他の書籍にも適用されることがあれば、ドフトエフスキーの『罪と罰』やソモーヌ・ド・ボーヴォワールの「第二の性』も禁止されたことだろう。
  ――第15章 マーフィーの法則 コミックス・コードという自主検閲

チャールズ・F・マーフィー「だめだ。黒人を描くことはできない」
  ――第16章 受難は続く ゲインズが選んだ道

【どんな本?】

 スーパーマン,バットマン、キャプテン・アメリカ、スパイダーマン…。アメリカン・コミックスと聞けば、多くの人がヒーロー物を思い浮かべるだろう。そのアメリカン・コミックスは、19世紀末に新聞の日曜版のコミックに始まり、1950年代前半までは隆盛を誇る。だがコミックスの流行と共に反発も強まり、1954年の「コミックス・コード」制定に伴ない市場は崩壊、長い雌伏を強いられる。

 アメリカのコミックスはいかに始まったのか。それはどんな者たちがどのように作り、どんなところで売られ、誰が買って読んだのか。コミックスが描いたのはどんな内容で、何を売り物にし、売れ筋はどう移り変わったのか。そして「コミックス・コード」はどんな経緯で制定され、どんな規制がどんな形で行われたのか。

 コミック・コード制定と共に派手に飛び散ったEC社(→Wikipedia)を中心に、アメリカン・コミックの勃興と繁栄そして突然の没落を描く、20世紀のコミック黙示録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は THE TEN-CENT PLAGUE : The Great Comic-Book Scare and How It Changed America, by David Hajdu, 2008。日本語版は2012年5月24日第1刷発行。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約409頁に加え、小野耕世の訳者あとがき「アメリカのコミックブックとともに育って」12頁。9ポイント24字×21行×2段×409頁=約412,272字、400字詰め原稿用紙で約1,031枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくない。ただ、登場人物がやたらと多いので、できれば人名索引が欲しかった。当然ながら、アメリカン・コミックスに詳しい人ほど楽しめる。SF者の私はハリイ・ハリスンが顔を出したのが嬉しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列に話が進むので、できれば素直に頭から読んだ方がいい。

  • プロローグ
  • 第1章 社会なんかくそくらえ
    アメリカン・コミックス誕生
  • 第2章 金かせぎだったのさ
    コミックスのゴールド・ラッシュ時代
  • 第3章 犯罪はひきあう
    犯罪コミックス大躍進
  • 第4章 若者が危ない
    カトリック教会の禁書リスト
  • 第5章 血だまり
    コミックス弾劾の声
  • 第6章 では、ぼくらがなすべきことをしよう
    有害コミックスを燃やせ!

 

  • 第7章 ウーファーとツイーター
    大騒ぎは続く
  • 第8章 ラブだ……ラブだ……ラブなんだ!!
    花咲くロマンス・コミックス
  • 第9章 ニュートレンド
    ホラー・コミックスの大ブーム
  • 第10章 頸静脈のなかのユーモア
    ゲインズとカーツマン、「マッド」創刊
  • 第11章 パニック
    「マッド」の姉妹誌「パニック」
  • 第12章 ペイン博士の勝利
    ワーサムの新著「無垢なる者たちへの誘惑」

 

  • 第13章 われわれは何を恐れているのか?
    公聴会が開かれる
  • 第14章 もう、うんざりなんだ!
    ゲインズは反撃したが……
  • 第15章 マーフィーの法則
    コミックス・コードという自主検閲
  • 第16章 受難は続く
    ゲインズが選んだ道
  • エピローグ
  • 訳者あとがき アメリカのコミックブックとともに育って 小野耕世
  • 付録/原書註

【感想は?】

いかにも悪書狩りに焦点を当てたような書名だが、通して読むとだいぶ印象は違う。

 先に書いたように、アメリカン・コミックスの誕生から勃興と隆盛、そして1954年の崩壊に至るまでの歴史とする方が相応しいだろう。もちろん、崩壊の原因は悪書狩りだ。だから、コミックスを敵視する運動についても、その始まりから1954年の勝利まで、詳しく書いてある。

 そういう点では、コミックス平家物語といった趣もあったり。

 表紙でもだいたい想像がつくんだが、当時のアメリカン・コミックスは、私たちに馴染みのある日本の漫画とは、大きく違う。全頁がカラーで、頁数は16頁~32頁。一つのストーリーは8頁ぐらい。だから、2~4個ぐらいの別々のお話が入ってる。売り場も書店じゃない。ニューススタンドやドラッグストアだ。それが「1952年には、アメリカ合衆国では約五百タイトル」もあった。

 日本の漫画雑誌は、一つの雑誌に様々な傾向の作品が載っている。スポーツ物、ラブコメ、群像劇、冒険ファンタジイ、ギャグ、ホラー、ミステリ。でも、当時のアメリカン・コミックスは、傾向ごとに分かれていた。犯罪物、恋愛物、ホラー、ヒーロー物、戦争物など。「ONE PIECE」と「ぼくたちは勉強ができない」は、別のタイトルとして出るのだ。

 出版体制も全く違う。週刊少年ジャンプは「小説すばる」と同じ集英社が出している。が、当時のEC社はコミックス専門だ。日本じゃ漫画家は出版社と独立している。だがEC社は、社内に制作チームを抱えている。そうそう、日本の漫画家は一人で書く人もいるけど、アメリカン・コミックスは早いうちからスタジオ形式でチーム制作だ。それも、かなり細かく工程が分かれている。

 キャラクター・デザイン、ストーリー展開、レイアウト&下書き、主人公を描く人、脇役を描く人、背景を描く人、色を塗る人、文字を描く人。それぞれ別々の人が担当する。日本でも売れっ子の漫画家はキッチリと会社形式にしてるだろうけど、アメリカはかなり初期から分業体制だった。たぶん、これは、手のかかるカラーばっかりってのも原因なんだろう。

 しかも、EC社だと、社内で制作スタジオを持ってたりする。そのためか、ボスのビル・ゲインズの影響力がやたら強い。また、地理的にも、大半のコミックスの制作陣はニューヨークに集中してるのも特徴だろう。これが検閲に対する大きな弱点になる。というのも、ニューヨークで規制が強まれば、アメリカのコミックスが全滅してしまうからだ。

 1930年代から興隆に向かうコミックスだが、ハッキリ言って業界はどうにも節操がない。スーパーマンは流行れば続々と他のスーパーヒーロー物が後を追い、犯罪物が売れれば柳の下のドジョウが百近くも現れ、それが世間の顰蹙を買えば恋愛物に乗り換え、次にはドオギツさが売り物のホラーへと誰もがなびく。

 中でも酷いのが、「ザ・スピリット」。これががヒットすると、同じ制作陣にまるきしパクリの「ミッドナイト」を作らせるのだ。「ザ・スピリット」の作者ウィル・アイズナーに何かあった時の保険って理由だが、著作権にうるさい現在のアメリカからは考えられない話だ。

 新しいモノが流行れば、それに反発する者たちもいる。コミックスも例外じゃない。まして犯罪だのドギツいホラーだのを、派手なカラーで描けば、反射的におぞましく感じる人も出てくる。1940年に児童文学者ノスターリング・ノースが始めたコミックス批判は、第二次世界大戦後にカトリック教会が受け継ぎ、精神科医のフレデリック・ワーサムの著書「無垢なる者たちへの誘惑」として結実する。

 この動きに対しては、根拠の薄さや論理の破綻を本書内でもさんざんに指摘しているが、同時に冷静に話し合える雰囲気じゃなかったのも伝わってくる。まあ、現代日本でコミック規制を叫ぶ人たちも、話が通じないって点じゃ同じだけど。

 中でも泣いていいのか笑うべきなのかわかんないのが、12歳で首を吊って自殺したウィリアム・ベッカーの母親。息子は絶えずコミックブックを読んでいた、「私はコミックブックを見つけ次第、一冊残らず埋めていました」。いや子供だって自分の好きな物を否応なしに奪われたら絶望するだろ、と思うんだが、母親はそうは考えない。

 息子はコミックブックの真似をしたんだ、と言い張るし、陪審も「事故死と認定したが、コミックブックに責任があると認めた」。いったん悪役を割り振られたら、そのレッテルをはがすのは難しい。

 こういう人たちの考え方を最もよく表していると私が思うのは、コミックス・コードの一般規定パートAの第五条だ。

警察官、裁判官、政府官僚や尊敬されるべき機関が、これら既存の権威者たちに対する軽蔑を生み出すような手法で表されてはならない。

 権威には逆らうな、というわけだ。これを他ならぬアメリカ人が望むってのが腹立たしい。

 OK、じゃアメリカもイギリス国王ジョージ3世に逆らうべきじゃなかったよな。ルターは教会に歯向かうべきじゃなかったし、ジーザスはローマに頭を下げるべきだった。フランスはマキなんか組織してナチスと戦っちゃいけなかったし、1944年のワルシャワ蜂起もけしからんってわけだ。違うか? こういうのを望む人ってのは、ジョナサン・ハイトが言う「権威/転覆」に敏感な人たちなんだろう。

 すまん、興奮して本書の内容から外れてしまった。

 終盤ではコミック・コードが敷かれた後の悲惨な状況を描いてゆく。これはまさしく理不尽な検閲で、「審判の日」(→Wikipedia)をめぐるやり取りは狂気すら感じてしまう。

 アメリカン・コミックスの黎明期から勃興、そして規制による壊滅まで、膨大な資料と取材によって裏を取り、誠実に描いた歴史書と言っていい。単に世間の流れを追うだけでなく、コミック業界の内側にまで入り込み、その営業形態や制作体制に至るまで細かく書いているのも嬉しい。表現規制に興味があるなら、一度は読んでおこう。

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2019年4月21日 (日)

やめられるもんならやめてみろ

 長い小説を人に薦めるのは、ちと気が咎める。人によって好みが違うので、ストラーク・ゾーンを外れたらなんか悪いことをしたような気になる。とはいえ、気に入った作品はやっぱり薦めたくなるんで、思い切ってやってみた。

司馬遼太郎『竜馬がゆく』

 司馬史観なんて揶揄されるけど、それはそれだけ多くの人に読まれていて、影響を受けた人も多いからだ。ではなぜ読まれているのかというと、面白いからだ。多くの歴史上の人物を取り上げて、それぞれの人物の印象を変えた司馬遼太郎だが、中でも最も評価が大きく変わったのは、この作品の主人公・坂本竜馬だろう。その理由も簡単で、竜馬がとても魅力的な人物に描かれているからだ。

 文春文庫で全八巻という大長編で、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

田中芳樹『銀河英雄伝説』

 SFファンというのは厄介な連中で、変な選民または賤民意識みたいのがある。だもんで、SFで人気が出るのは、どっかトンガってあまし世間じゃウケない作品も多い。そんな中で、SFファンにも広く世間一般にも好まれている作品の一つが、これだ。

 舞台は遠未来の宇宙だが、実は科学的な部分はけっこうムニャムニャなので、あまり気にしないでいい。戦闘場面は艦隊戦が多いけど、スターウォーズというよりむしろ帆船同士の戦いの趣がある。敵船に乗り込んで白兵戦なんてのもあるしw

 それより魅力的なのは、数多く登場する人物たちだ。いずれもアクが強く、滅茶苦茶にキャラが立ってる。常勝の天才ラインハルト、その頼れる相棒キルヒアイス、彼らのライバルであるヤン・ウェンリー、体育会系に見えて実はアレなミッターマイヤー、ヘテロクロミアの女殺しロイエンタール、女殺しならいい勝負のシェーンコップとポプラン、そして偽善の権化トリューニヒト…

 文庫本で本編10巻に外伝5巻という大長編だから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

高橋克彦『竜の柩』

 伝奇小説だ。しかも、著者はカバーで「私は真正です」と断言しちゃってる。ちょっと検索すると、信者もけっこういるらしい。そういう点じゃヤバい本なんだが、実際に読んでみると、やたらめったら面白いんだから仕方がない。とにかく読ませる文章を書くのが巧みなんだな。

 伝奇物は「いかに狂った発想を読者に受け入れさせるか」がキモだ。その点、この著者は、身近なシロモノに関する膨大なウンチクで圧倒し「そうだったのか~」とガードを下げさせたスキに、頭のネジが数本吹っ飛んだスケールのデカい発想を叩きこんでくるからたまらない。諸星大二郎や半村良が好きなら、きっと楽しんで読める。

 文庫本で全6巻という大長編だから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。最初の一巻だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

池波正太郎『剣客商売』

 昭和の時代劇を語るなら、外せないのが池波正太郎。「鬼平犯科帳」「必殺仕事人」などのテレビ・シリーズが有名だが、この「剣客商売」はドラマの知名度じゃ一歩ゆずる。とはいえ、原作の小説の面白さはいずれも甲乙つけがたい。

 にも関わらずこれを選んだ理由は、とっつきやすいから。主人公は老いた剣客の秋山小兵衛と、その一人息子の大治郎。老境を迎え酸いも甘いもかみ分け、人として成熟しきった父の小兵衛。対して若く未熟ながら、それを自覚した素直な性根でぐんぐん成長してゆく大治郎の対比が、とってもわかりやすい。仮面ライダー風に言うなら、知恵と技の小兵衛と、勢いと力の大治郎といったところか。

 新潮文庫で本編16巻に番外編2巻という長大シリーズだから、その分量を見ただけで尻込みしたくなるかもしれない。だから「全部読め」とは言わない。一話完結の短編が続く形なんで、一巻の最初の「女武芸者」だけでいい。いやならそこで投げ出して構わない…そこでやめられるものなら、ね。

 以上四作品、いずれも出版されてから長くたっているにもかかわらずファンが途切れないのが面白さの動かぬ証拠。ちょっと暇が出来たら、少しでいいから味見していただきたい。ただし通勤電車内で読んで乗り過ごしても責任は取れません。

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2019年4月18日 (木)

D・H・ウィルソン&J・J・アダムス編「ゲームSF傑作選 スタートボタンを押してください」創元SF文庫 中原尚哉・古沢嘉通訳

はじめに神は画面を創造された。
  ――桜坂洋 / リスボーン

先週、彼からメッセージが届いた。“葬儀に来て。かならず”とあった。
  ――ホリー・ブラック / 1アップ

「わたしはわたしのやり方でやりたいの」
  ――ヒュー・ハウイー / キャラクター選択

「おまえはだれだ?」
「ツウォリア。なにかお困りのことは?」
  ――アンディ・ウィアー / ツウォリア

「無知であることと、知ろうとしないこととは別物なんだよ」
  ――ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊

【どんな本?】

 Press Start to Play は、ビデオゲームをテーマとした短編SFアンソロジーで、2015年に出版された。全26編を収録した中から、12編を選んで訳したのが本書だ。

 テキストアドベンチャー,MMORPG,FPS,VRなど懐かしのゲームから少し未来のゲームなどの素材を、All You Need Is Kill の桜坂洋,オデッセイ(火星の人)のアンディ・ウィアーなど映画化でも有名な作家に加え、大嵐を巻き起こしているケン・リュウやデジタル物では定評のあるコリイ・ドクトロウなど活きのいい作家に調理させた、新鮮で贅沢な短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Press Start to Play, 2015。日本語版は2018年3月16日初版。文庫本で縦一段組み本文約347頁に加え、米光一成の解説7頁。8ポイント42字×18行×347頁=262,332字、400字詰め原稿用紙で約656枚。文庫本としては少し厚め。

 文章はこなれている。内容も特に難しい作品はない。意外にも、あまりゲームをやらない人でも、ドラマなどでゲームの画面を見たことがあれば楽しめる作品が多い。

【収録作は?】

 作品ごとに編集部による解説が1頁ある。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。

アーネスト・クライン / 序文 / Ernest Christy Cline / 中原尚哉訳
桜坂洋 / リスボーン
 深夜の牛丼屋。バイトのおれが一人で店を切り盛りしていて、ちょうど客が途切れた頃に、強盗が一人で押し入ってきた。フルフェイスのヘルメットをかぶり包丁を振っている。オッサンだ。包丁を持つ手が震えている。めんどうを避けて金を渡そうとしたときに、何の因果か別の客が入ってきた。大男だ。しかも強盗を取り押さえるつもりらしく…
 All You Need Is Kill と似たアイデアを、不景気な現代の日本で繰り広げた作品。冒頭からして牛丼屋の深夜ワンオぺで、とてもじゃないがトム・クルーズ主演とはいかないw ちょうど某チェーン店の深夜ワンオぺが話題になったころ。しかも店員は女なんで物騒極まりないが、それでも盗まれた方がもう一人雇うより安いって理屈なんだから酷い話だ。
デヴィッド・バー・カートリー / 救助よろ / David Barr Kirtley / Save Me Plz / 中原尚哉訳 / Realms of Fantasy 2007
 もう四カ月もメグはデボンと話していない。部屋を訪ねたら、デボンは行方不明だという。デボンはゲームにハマっていた。「エルドリッチの王国」。それが原因で二人は距離をおいた。でも今となっては、デボンの手がかりはこのゲームだけ。仕方なくメグは「エルドリッチの王国」を手に入れ始めたが…
 冒頭から「メグは車を駐め、剣をつかんで腰に佩いた」なんて文が出てきて「あれ?」と思ってると…。メグちゃん、いい女じゃないか。それでもゲームの引力ってのは強いもので。まあ、ハマった時ってのは、それこそ寝食を忘れて浸っちゃうんだよなあ。にしても、メグちゃん、こんなデボンのどこがいいんだかw
ホリー・ブラック / 1アップ / Holly Black / 1UP / 中原尚哉訳 / 2015
 ゲーム仲間のソレンが死んだ。亡くなる前にソレンから受け取ったメッセージに従い、わたしたちは彼の葬儀に出かける。今まで一度も会ったことはない。でも、わたしとデッカーとトード、そしてソレンは親友だった。葬儀のあと、三人はソレンの部屋を訪れる。ここ数週間、ソレンはほとんどメッセージもよこさなかった。それも…
 若く孤立しがちな十代のゲームおたくの生態がよく出ている。ケッタイなファッション・センス、妙なこだわり、そして何はともあれコンピュータとネットワーク。ネットワークごしでしか知らないながらも、親友だと思っていた仲間が遺した、テキストアドベンチャー・ゲーム。ゲームのスリルと、ゲーム仲間の若々しさが眩しい。にしてもトードw
チャールズ・ユウ / NPC / Charles Yu / NPC / 中原尚哉訳 / 2015
 きみは地面をさぐり、ひたすらイリジウムを集める。休憩室では冷凍食品の食事。そこにカーラが来た。昼休み中、カーラはしゃべり続ける。やばいやばい。いい気分だ。いまのところ、カーラはフリーだとか。仕事中もカーラのことばかり考えている。今日は火曜日、プラズマの雨が降り、なにもかもが溶ける。だが今日は禁を破って亀裂の中でやりすごそうとしたら…
 異星の基地で、ひたすらイリジウムの収集に明け暮れる NPC を主人公とした作品。カップヌードルはともかく、なんでヲタクはドクター・ペッパーが好きなんだろうw 私は今でもあの味に慣れない。
チャーリー・ジェーン・アンダース / 猫の王権 / Charlie Jane Anders / Rat Catcher's Yellows / 中原尚哉訳 / 2015
 シェアリーは35歳の若さで、難病に伴う認知症を患ってしまった。連れ合いのグレースは、シェアリーのためにゲームを手に入れる。「猫の王権」。若者たちの間で流行っているだけでなく、認知症患者の症状を抑えるのに効果があると認められている。最初は嫌がっていたシェアリーだが、始めてみると優れた腕を発揮して…
 「音楽嗜好病」によると、音楽が脳の障害の克服に役立つ事もあるとか。同様に、ゲームを役立てる研究もある。とかのメイン・テーマ以上に、この作品では、介護する立場の描写が見事。シェアリーの表情や姿勢や服装などの細かい部分から、大切な人を介護するとはどんな事なのかが、静かに、でも切実に伝わってくる。そして、そんな人たちに必要なのは何か、も。
ダニエル・H・ウィルソン / 神モード / Danniel H. Wilson / God Mode / 中原尚哉訳 / 2015
 僕は20歳。オーストラリアのメルボルン大学に留学中だ。ビデオゲーム制作を学んでいる。サラも同じアメリカ人で、英語を学んでいる。「山のむこうには何があるの?」とサラは訊ねる。「コンピュータが描画しないものは……存在しないんだ」と僕は答える。ニュースでは、星が消え続けると報じている。
 インべーダー・ゲームなど昔のゲームは、いかにも二次元の原色でノッペリとした画面だったけど、色数が増えるにつれ微妙に陰影がついてきた。それでも所詮はドット絵で、大型のモニタで見るとジャギーが目立ったり。テクスチャ・マッピングを使いこなすようになったのは、いつごろからなんだろ? いやどうでもいい話だけどw
ミッキー・ニールソン / リコイル! / Micky Neilson / RECOIL! / 中原尚哉訳 / 2015
 ジミー・ニクソンは友人のツテで、夜に有名なゲーム制作会社の機材を使えるようになった。上手くいけば職にありつけるかもしれない。深夜二時過ぎに、社内テスト中のゲーム「リコイル!」で遊んでいたところ、タイミング悪く警備員が回ってきた。見つかるとマズいんで隠れたが、入ってきたのは警備員だけじゃない。物騒な雰囲気のロシア人らしき連中も…
 発売前のFPSで遊んでいたら、本物の銃撃戦に巻き込まれてしまった、という話。「ロボット兵士の戦争」によると、合衆国海兵隊も無人航空機のパイロットにゲームヲタクを使ってるとか。かと思えば、「戦争の心理学」では、FPSの流行で銃犯罪者の腕が上がってるなんて物騒な話もある。はたしてジミー君は…
ショーナン・マグワイア / サバイバルホラー / Seanan McGuire / Survival Horror / 中原尚哉訳 / 2015
 アーティはいとこにあたる。彼の地下室は、ある種の者にとってはお宝ギッシリの洞窟だ。大量のコミック、DVD、コレクターズアイテム。今、アーティは新しいゲームをインストールしたところ。起動ボタンを押したら、いきなり照明が消えた。電話もつながらない。おまけにあたしの足も床に貼りついちゃった。なんでも、フォーラムで拾ってきたゲームだとか。
 ちなみにアーティも語り手のアンチモニーも、インクブスの血縁。この世界では、妙な奴らがヒトに紛れて妙な奴らが暮らしているらしい。そんな連中がコミックを読んで楽しめるのかw まあ、こういう設定はレイ・ブラッドベリの「集会」など、SFの定番の一つではあるんだけどw ネットで拾った得体の知れないゲームなんかインストールするもんじゃないって話w
ヒュー・ハウイー / キャラクター選択 / Hugh Howey / Select Chatacter / 中原尚哉訳 / 2015
 娘のエイプリルが寝付いたら、わたしはゲームを始める。今日は珍しく、夫のジェイミーが早く帰ってきた。きまりが悪かったけど、ジェイミーはわたしのプレイが見たいという。市街戦のゲームだ。兵士になって戦場を駆け、反乱軍の兵と戦うゲーム。でもわたしの武装は銃剣をつけた自動小銃と拳銃、それと五個の水筒だけ。
 優れたプログラムってのは、往々にして作者の思惑とは全く違った使われ方をする。これはゲームも同じで、優れたゲームはプレイヤーやプレイスタイルによって全く違ったゲームに化ける。ガンパレード・マーチだと、お気に入りのキャラクター同士をカップルにする仲人プレイなんてのを見つけた人は、ほんと凄いと思う。「SFマガジン2016年12月号」にも大谷真弓訳で収録された。
アンディ・ウィアー / ツウォリア / Andy Weir / Twarrior / 中原尚哉訳 / 2015
 世間じゃ華やかに思われているプログラマーを続けてきたコナーズだが、懐は寂しい。おまけにスピード違反で切符を切られ、いよいよピンチ…と思ったら、なんと切符は警察の記録にないという。後でヤバい事になるんじゃないかと怯えながらブラウザを閉じたとき、インスタントメッセージが届いた。
 銀行にアクセスした直後、得体の知れないメッセージが来たら、そりゃビビるよなあ。「漏れ」とか「香具師」とか「乙」とかのネット・スラングが楽しいだけじゃなく、文章のテンポも心なしかキビキビしてる。つか訳者も出入りしてたのかw
コリイ・ドクトロウ / アンダのゲーム / Cory Doctorow / Anda's Game / 中原尚哉訳 / Salon.com 2004.11.15
 12歳の時、アンダは勧誘役のライザと出合い、憧れのクランであるファーレンハイトに入った。幾つかのミッションをこなし、小隊長にまで昇格したころ、変わったミッションの話がきた。軍曹のルーシーと組んで、マネーを稼ぐ。ゲーム内のゴールドじゃない。現実に使えるカネだ。
 肉体の筋力は関係ない筈のゲームでも、実際は野郎ばかり。若い娘が素性を晒せば変態男が蠅のように群がってくる。かと思えば、金にモノを言わせて貴重なアイテムを買いあさる奴もいる。などのオンライン・ゲームが抱えるダークサイドを、これでもかと見事に描き出した作品。加えて戦闘場面の迫力も、この作品集では飛びぬけている。
ケン・リュウ / 時計仕掛けの兵隊 / Ken Liu / The Clockwwork Soldier / 古沢嘉通訳 / Clarkesworld 2014.1
 ライダーは宇宙を駆け巡るバウンティ・ハンター。依頼に応じて獲物を見つけては捕らえ、依頼人に引き渡す。今回の獲物はアレックス、依頼人はその父親で有力者だ。ありがたいことにアレックスは抵抗せず、部屋でコンピュータをいじっているだけ。彼はテキスト・ベースのゲームを作っていて…
 「1アップ」同様に、テキストアドベンチャー・ゲームがキモとなる作品。いずれの作品も、ゲームとしては原始的なテキストだからこその工夫が活きている。気持ちを刺激するって点では、手紙より優れているのかも。PKD閾などの遊びも楽しい。
米光一成 / 解説

 「1アップ」は、登場人物の若々しさが光る。ライトノベルの市場でもイケそうな気がするんだけど、短編は難しいのかなあ。ゲーム雑誌に載ればイケるかも。「猫の王権」では、シェアリーのしぐさや服装を通して、介護する者が置かれている状況を伝えるあたりに感服した。「ツウォリア」は、ジャーゴンだらけでありながらサクサク読める会話が心地いい。

 中でも最も気に入ったのは、「アンダのゲーム」。もちろん、オーソン・スコット・カードの傑作にひっかけた作品。そういえば登場人物の年齢も同じぐらいだなあ。肉体の能力は関係ないはずなのに、相変わらずゲームの世界は野郎ばっかりだし、女が身元を明かす危険は、更に増している。加えて殺伐としたプレイやRMTや不摂生な生活など、ゲームが持つ闇の部分をハッキリと描きながらも、娯楽読み物としてのオトシマエはキッチリとつけるあたりが見事だ。

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2019年4月17日 (水)

崔文衡「日露戦争の世界史」藤原書店 朴菖熙訳

日露戦争は単なる日本とロシア両国間だけの戦争などではなくそれは韓国・満州をつつみこんだアジアの戦争であり、欧米列強が介在し、帝国主義国間の利害が直接、かつ複雑に絡み合った、一つの世界大戦であったと見なされる。
  ――序文

クロパトキンは義和団事件が起こると「たいへん喜ばしいことである。これが我々に満州占領の口実を与えてくれるだろう」と喜んだ。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪日英同盟≫はその成立とともにロシアを当惑させ、先ずは彼らの対清外交を委縮させた。
  ――第2章 ロシアの満州占領と列強の反応

≪六か条の対ロシア協商草案≫ 第二条:ロシアは韓国における日本の優越した利益を承認し、日本は満州における鉄道経営におけるロシアの特殊利益を承認する。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

ルーズベルトは韓国での利権を日本に譲り、満州において日本とロシアを対決させて勢力の均衡を維持したいと考えた。
  ――第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道

列強はもともと韓国に対する日本の独走をけん制する意図がなかった。ロシアの場合牽制する意思があったとしてもそれだけの能力が無かった。
  ――第4章 日露戦争と国際関係

…日本は、イギリス・フランスの支援の下、ロシアとの間で満州問題が解決されてはじめて≪韓国併合≫が可能になった。すなわち、ロシアは日本と野合し、イギリス・フランスは日本の韓国併合を黙認した。前者は満州での自国の権益維持のためであり、後者両国は対独包囲網構築に日本を利用せんがためであった。
  ――第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫

【どんな本?】

 日露戦争は、その名のとおり日本とロシアの戦争だ。しかし、その陰で、ヨーロッパ各国やアメリカは活発に外交活動を続け、また一部では軍が動くこともあった。それぞれの国の内情と思惑は、どんなものだったのか。そして、戦争の帰趨は、各国の動きにどう影響したのだろうか。

 日本・ロシア・清・韓国はもちろん、アメリカ・イギリス・フランス・ドイツなど主要な国々で資料を集めて分析し、当時の世界情勢の中での出来事という俯瞰的な視点で日露戦争と韓国併合を捉えなおす、専門家向けの研究書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 韓国版の翻訳だ。少し調べたが、朝鮮語での書名はわからなかった。訳者あとがきによると、韓国版の書名は(日本語に訳すと)「国際関係史から見た日露戦争と日本の韓国併合」だとか。日本語版は2004年5月30日初版第1刷発行。予定ではソウル・東京同時出版。

 単行本ハードカバー縦一段組みで本文約324頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント46字×17行×324頁=約253,368字、400字詰め原稿用紙で約634枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はやや硬い。内容はかなり専門的で、はっきり言って研究者向け。読みこなすには、当時の事件や社会情勢に関して、相応の前提知識が必要だ。

 例えば閔王妃殺害(→Wikipedia)や俄館播遷(→Wikipedia)などについて、「ソレは何か」の説明はない。いきなり背景や影響など、深く掘り下げた記述が入る。その程度は説明しなくてもわかる人向けの本だ。これは日露だけに関わらず、ボーア戦争(→Wikipedia)やアメリカのマニラ湾侵攻(→Wikipedia)など、広い範囲の世界史の知識が必要だ。

 また、朝鮮半島や満州の地名がたくさん出てくるので、GoogleMap か世界地図があると便利。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • 序文
  • 第1章 列強の東アジア分割競争
  • 総説
  • 1 列強の中国大陸分割競争
    • 1 ドイツの膠州湾占領、及びロシアの旅順・大連占領とその余波
    • 2 イギリスの威海衛獲得とロシアの南下阻止
    • 3 日本・フランスなど列強の租借地獲得
  • 2 アメリかのマニラ湾侵攻と列強の反応
    • 1 ルーズベルトの単独命令とデューイのマニラ湾侵攻
    • 2 アメリカのマニラ湾侵攻に対する日本・イギリス・ドイツの反応
    • 3 アメリカのマニラ湾侵攻に対するロシアの反応
    • 4 米国のフィリピン領有決定
    • 5 アメリカの中国門戸解放政策通牒
  • 3 韓半島をめぐる日本とロシアの対立
    • 1 列強の混戦から日本・ロシア対決への転移
    • 2 韓半島支配をめぐる日本とロシアの対立
    • 3 俄館播遷期の日本の対ロシア妥協外交と韓国に関するロシアの対日外交
    • 4 韓国王の還宮とその後の日本とロシアの対立
    • 5 ロシアの旅順・大連租借と西 ローゼン協商

 

  • 第2章 ロシアの満州占領と列強の反応
  • 総説
  • 1 ≪露清単独秘密協定≫と日本の対応
    • 1 義和団事件とロシアの満州占領
    • 2 アレクセーエフ 増棋協約と列強の対露疑惑
    • 3 ロシアの≪韓国中立案≫と日本の≪満韓不可分一体論≫
  • 2 ロシアの満州支配に対する列強の反応
    • 1 ≪ラムズドルフ 楊儒協約≫とドイツ・フランスの対ロシア支援の限界
    • 2 イギリス・アメリカのロシア牽制と対日紫煙の限界
    • 3 日本の対ロシア単独対応と≪1901年3月~4月の戦争危機≫
  • 3 ≪日英同盟≫の成立とその意味
    • 1 日本・イギリスの利害一致と≪同盟の絆≫
    • 2 同盟締結のための日本とイギリスの利害調整と意見折衷
    • 3 ≪日英同盟≫の内容とロシアの対応策模索
    • 4 ロシアの対応措置と≪露清満州撤兵協約≫

 

  • 第3章 アメリカ・イギリスの対日支援と日露開戦への道
  • 総説
  • 1 ロシアの撤兵条約不履行と≪ニューコース≫の確立
    • 1 ベゾブラゾフの登場とツァーリのヴィッテ不信
    • 2 ベゾブラゾフの東アジア視察旅行と≪前進政策≫
    • 3 閣僚・外交実務陣の対策会議と過渡期的混乱
    • 4 ロシアの対清≪七ヶ条要求≫とツァーリの≪ニューコース≫政策採択
    • 5 旅順会議と東アジア総督・東アジア問題特別委員会
  • 2 列強の対ロシア抗議とイギリス・アメリカの対日支援の限界
    • 1 列強の対ロシア消極外交とロシアの対清≪七ヶ条要求≫に対する抗議
    • 2 アメリカの対ロシア寛容外交と日・米・英の対ロシア共同戦線の限界
  • 3 日本の対ロシア協商原則確定と開戦外交
    • 1 日本の対ロシア協商原則確定
    • 2 日本の対ロシア開戦外交
  • 4 アメリカの反ロシア親日政策と対韓政策
    • 1 アメリカの対ロシア宥和から強硬への転換
    • 2 ルーズベルトの販路親日政策の確立
    • 3 ルーズベルトの対韓政策とアレンの批判
  • 5 アメリカの対日積極支援と日本の対ロシア開戦
    • 1 アメリカの対日積極支援とイギリスの対日支援の限界
    • 2 ロシアの孤立と専制政治の矛盾

 

  • 第4章 日露戦争と国際関係
  • 総説
  • 1 日露開戦とアメリカの対日政策
    • 1 アメリカの対日積極支援措置と日本の勝利牽制
    • 2 アメリカ政府の≪日本の韓国保護≫内定とアレンの所信放棄
  • 2 日露戦争の戦況変化とバルチック艦隊
    • 1 戦況の変化とロシア・バルチック艦隊の東進
    • 2 日本のバルチック艦隊撃破と戦争の終結
  • 3 戦況の推移と国際情勢の変化
    • 1 ≪英仏協商≫締結のための両国トップの相互訪問
    • 2 ≪ドッガー・バンク事件≫とドイツの≪大陸同盟≫提議
    • 3 奉天会戦と第一次モロッコ事件
    • 4 バルチック艦隊の壊滅と≪ビョルケ密約≫
    • 5 アルヘシラス会議とドイツの孤立
  • 4 戦況の推移と講和問題
    • 1 戦況の推移と講和問題の抬頭
    • 2 戦況の推移と日本の講和条件の追加要求
  • 5 戦況の推移と日本の韓国植民地化推進
    • 1 日本軍の仁川上陸と日韓議定書・第一次日韓協約の強圧
    • 2 海戦の戦況変化と日本の韓露間諸条約廃棄強圧
    • 3 バルチック艦隊の来航と日本の独島(竹島)併合
  • 6 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の韓国保護
    • 1 ≪桂・タフト秘密協約≫と日本の韓国保護
    • 2 ≪第二次日英同盟≫と日本の韓国保護
    • 3 ≪ポーツマス講和条約≫と日本の≪韓国保護≫
    • 4 乙巳保護条約(第二次日韓協約)とアメリカの駐韓公使館の自発的閉鎖

 

  • 第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫
  • 総説
  • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの抗議と日本の対応
    • 1 満州門戸閉鎖に対するアメリカ・イギリスの対日抗議
    • 2 西園寺内閣の対アメリカ・イギリス妥協政策と軍部及び満鉄側の反撥
  • 2 ≪第一次日露協約≫と日本の≪韓国併合≫の企て
    • 1 終戦直後の日ロ間の敵意と接近の背景
    • 2 ≪第一次日露協約≫の締結とその意味
    • 3 ロシアの対日支援外交と≪丁未七条約(第三次日韓協約)≫
  • 3 アメリカの東アジア政策と日本の≪韓国併合≫の黙認
    • 1 日本移民の問題と日本の日清条約強圧に対するアメリカの反日感情
    • 2 独清米協商案と日本の対アメリカ友好追及
    • 3 ≪高平・ルート協定≫と日本・アメリカの一時和解
  • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化計画と第二次日露協約
    • 1 タフト政府とアメリカの対日強硬策
    • 2 アメリカの満州鉄鉄道買収政策と日露の動向
    • 3 日本の満州独占の企てと≪露米提携≫対≪日露提携≫
    • 4 ノックスの満州諸鉄道中立化提議と≪第二次日露協約≫
  • 5 日本の≪韓国併合≫
  • 原注/訳者あとがき/関連資料(関連年表・人名索引)

【感想は?】

 軍事の本ではない。外交史の本だ。

 戦闘の記述は、ほとんどない。出てくるのは旅順攻略・対馬海戦・奉天会戦ぐらいだ。それも兵器や戦闘の推移にはほとんど触れない。

 その分、関係する各国の内政状況と、それぞれが外交に抱く思惑について、濃密かつ精微な記述が続く。これにより、特にヨーロッパとアメリカから見た日露戦争…というより中国と満州と朝鮮半島の位置づけが、次第につかめてくる。

 主役はもちろん日本とロシアだ。これにヨーロッパ勢としてイギリス・フランス・ドイツが加わり、新興勢力としてアメリカが横車を押す形となる。読み終えると、日露戦争は第一次世界大戦への大きな曲がり角に思えてくるし、また太平洋戦争への道筋までうっすらと見えてくる。

 対して、戦場となった清と、日本にとっては重要な眼目だった韓国の影は薄い。当時はそういう立場だったんだろう。ちなみに本書では「朝鮮」ではなく「韓国」を使っている。また「竹島」ではなく「独島」としている。

 戦前の各国の立場を大雑把に言うと。

 日本は韓国を完全に植民地化したい。だが南下を企てるロシアが煩い。特に邪魔なのが遼東半島の大連と旅順の軍港と、満州に敷いた鉄道。おまけに鴨緑川周辺にまでロシア人がウロチョロしていて、韓国への侵入を目論むのもウザい。

 ロシアは満州が欲しい。その拠点として旅順と大連を確保した。またシベリア鉄道と満州の鉄道をつなげ、極東への動脈としたい。そのためには北上してくる日本が邪魔になるんで、あの手この手で嫌がらせを仕掛ける。特に韓国は手ごろな道具だ。

 つまり日本は韓国の完全支配を、ロシアは満州の確保が目的だった。それぞれ、その言い訳として、日本はロシアの満州進出を、ロシアは日本の韓国支配を、「奴らは悪いことしてるよね」と世界に訴えようとした、そういう構図だ。

 アメリカにとって重要なのはフィリピンだ。台湾を支配する日本とはぶつかりたくない。よって言い分としては、「日本の韓国には目をつぶるからフィリピンには手を出すな」となる。当時の日本はフィリピンに執着はないから、「おk、把握」な態度。また、満州の利権に食い込みたいので、ロシアが邪魔。

 イギリスはロシアの南下にピリピリきてる。既にインド(当時のインドは現在のパキスタンを含む)やアフガニスタンでロシアとぶつかってるし。だもんで、極東にまでは手が回らない。そこで日本がロシアを抑えてくれるんならラッキーじゃん。

 ドイツは植民地獲得に出遅れたんで、中国を喰いたい。だもんで、中国に食い込もうとする日本が邪魔だ。また、イギリスやフランスと睨み合ってる間柄なんで、ロシアを味方につけたい。特にフランスとロシアの仲を割きたい。

 フランスもドイツと睨み合ってる。だから、ロシアにはドイツを牽制して欲しい。もともとロシアとは縁が深いし。

 そんなわけで、日英米 vs 露独仏 みたいな構図で、日露戦争に突っ込んでいく。この対立の構図が、アメリカのマニラ侵攻での各国海軍の配置で鮮やかに浮き上がるのが面白い。

 とかの構図が、日露戦争の終結で大きく変わってゆく「第5章 戦後の状況と日本の≪韓国併合≫」が、読んでいて最も面白かった。この手の本にありがちなように、最初は五里霧中だったのが、読み進むにつれて全体の構図が見えてくるって効果もある。と同時に、本書の眼目である国際関係が、戦争の帰趨で大きく動くため、そのダイナミズムが楽しい。

 ロシアは極東からバルカン半島へと目を転じ、オーストリア&ドイツと対立を深める。これにより英仏との利害一致が増え、日本との対立は軽くなる。いかにも第一次世界大戦に向けて走り出しているようだ。

 あおりを食ったのは韓国で、日本の支配は着々と進む。加えて日本は満州にも手を伸ばし、これがアメリカとの対立の種へと育ってゆく。ここでは鉄道王ハリマン(→Wikipedia)も顔を出し、ビジネスマンの視野の広さと抜け目の無さと世界を飛び回るバイタリティに感心すると共に、当時の鉄道が持つ世界情勢への影響の大きさが伝わってくる(→「世界鉄道史」「鉄道と戦争の世界史」)。

 日露戦争を、日露だけに留まらず、世界史の中の事件として捉えた俯瞰的な視点で描くと共に、当時の国際関係と関係諸国の内情にまで踏み込んで説得力を持たせた、研究者向けの歴史の本だ。かなり専門的なのでいささか歯ごたえはあるが、じっくり読めばジワジワと味が出てくる、そんな本だった。

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2019年4月14日 (日)

ロバート・チャールズ・ウィルスン「楽園炎上」創元SF文庫 茂木健訳

<こちらを見ている知らない人間がいたら、警戒せよ>
  ――p15

素材がナイロンだろうと蜘蛛の糸だろうと、網は網であり食事は食事だ。
  ――p163

「おまえは完全に正気かと訊かれて、自信をもってうなずける人もいないんじゃないか?」
  ――p302

「あんたが本当は何者なのか、わからなくなってきたよ。たぶん、今までもわかっていなかったんだろう」
  ――p397

「真実を知るほうが、愚者の楽園で生きるよりずっとまし」
  ――p493

【どんな本?】

 「時間封鎖」シリーズで大ヒットをかっ飛ばしたロバート・チャールズ・ウィルスンによる、ちょっと懐かしい雰囲気の侵略SF長編。

 第一次世界大戦は1914年に終わり、第二次世界大戦は起きなかった架空の世界。地球は「電波層」に覆われていた。これは電波を反射・拡散させ、世界的な通信を容易にする。と同時に、あらゆる電波通信を監視し、微妙に「検閲・改変」して、人類の運命を歪めていた。

 この性質に気づく者もいた。だが電波層=超高度群体は、見破った者を人知れず始末してしまう。そこで一流の科学者・数学者・技術者たちは世界的な秘密組織<連絡協議会>を作り、研究を続ける。だが、それも2007年まで。超高度群体は刺客を使い、連絡協議会の主要メンバーを虐殺したのだ。

 刺客は擬装人間。ヒトそっくりの姿でヒトそっくりに振舞う。だが実際は超高度群体が操る生体ロボットで、意識も感情もないが、巧みな演技で人を欺く。皮膚を切れば赤い血が流れるが、深く傷つけると緑色の悪臭を放つ液体を流す。

 キャシー・アイヴァースンは18歳の少女。12歳の弟トーマスと共に、伯母ネリッサ(リス)と暮らしている。彼女らは2007年に両親を超高度群体に殺された。以後7年間、連絡協議会の生き残りや遺族たちと密かに連絡を取り合い、目立たぬよう、またいつでも逃げ出せるよう、警戒と準備を怠らずに生きてきた。

 そんなキャシーの家の前に、擬装人間が現れた。生憎と伯母のリスは出かけている。電話は超高度群体に盗聴されるので使えない。キャシーはトーマスを連れ、連絡協議会の仲間の元へと急ぐのだが…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2016年版」のベストSF2015海外篇10位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Burning Paradise, by Robert Charles Wilson, 2013。日本語版は2015年8月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約486頁に加え、大野万紀の解説7頁。8ポイント42字×18行×486頁=約367,416字、400字詰め原稿用紙で約919枚。上下巻に分けてもいい長編。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。一部にSF的に凝った仕掛けがあるけど、深く突っ込まず「そういうもの」と思っていれば充分。味付けはSFというよりホラーやサスペンスなので、そういうのが好きな人向け。

【感想は?】

 1950年代~60年代の香りを21世紀に蘇らせた、B級サスペンスSF。

 なんたって、設定がいい。大掛かりなところでは電波層。これのお陰で第二次世界大戦は免れたが、コンピュータの発展は妨げられた。そのため、この作品の世界は、インターネットもスマートフォンもない、やや懐かしい雰囲気が漂っている。

 たぶん、著者は、そういうのが好きなんだろう。冒頭から主人公のキャシーはレコードを聴いてるし。現実の18歳の娘なら、iPhone などのデジタル・オーディオ機器を使うはずだ。アパートから街路を見おろせば、そこには古書店がある。いいねえ、古書店。そういう街並みが好きなんだろうなあ。

 加えて、電波層のせいで電話が使えない。奴らは密かに電気信号を盗聴し、検閲し、改竄する。そのため、家族や仲間に何かを伝えるにも、郵便か直接に会って伝えるしかない。この制約が、追っかけっこのスリルを盛り上げる。

 そんな少しかび臭い舞台で展開する物語が、これまた懐かしのB級侵略サスペンスSF映画そのもの。その最大の仕掛けが、擬装人間だ。ヒトそっくりの格好で、ヒトそっくりに振舞うが、実態は電波層=超高度群体の操り人形。わはは。ゼイリブかよw しかもお約束通り、体の中には緑色の臭い液体が詰まってる。そうだよね、緑色でなくちゃw

 奴らは人知れず侵略を進めていた。だが、わずかながら、それに気づく者もいた。彼らは秘密組織=連絡協議会を作り、奴らの正体を暴いて対抗しようとしていたが、奴らに気づかれ虐殺される。数少ない生き残りは身分を偽り目立たぬよう生きてきた。その生き残りの一人、キャシーに擬装人間が迫り、あわてて逃げ出すが…と、いかにも映画監督のジョン・カーペンターが食いつきそうな設定だ。

 以後はキャシーの逃避行が中心となって物語が進む。ここでも、擬装人間の設定が活きてくる。なにせ人間そっくりで、正体を見極めるには体を深く傷つけるしかない。誰が人類で誰が侵略者なのか、全くわからない。奴らはヒトの言葉を喋るが、それが嘘か本当か見極めるすべはない。お陰で、出会う人すべてが信用できない。

 更に、冒頭近くで、擬装人間が内情を語る場面がある。これも舞台装置をひっくり返しかねない話なんだが、何せ嘘ばかり言う奴らのこと、その話もどこまで信用していいものやら。

 しかも、連絡協議会の生き残りの中心メンバー、ウェルナー・ベックが、これまた怪しさプンプンのオッサンで。

 強引で精力的かつ、偏執的なまでに注意深く電波層や疑似人間を用心する。おまけに金持ちw 謎の金持ちは、この手のお話のお約束ですね。一見、頼りになるようだけど、果たして信用できるのかどうか。単に用心深いだけなのか、イカれているのか、はたまた擬装人間なのか。彼が機内食を食べる場面とかは、実にゾクゾクする。

 やはりB級SFに欠かせないのが、荒野に一人で住む荒っぽくて胡散臭い男。ターミネーター2だと、サラとコナーを匿うメキシコの一家みたいな立ち位置にあるキャラクター。本作のユージーン・ダウドは、そんな役を担う自動車修理屋だ。野郎の一人暮らしだから清潔とはほど遠く、機械油のにおいをプンプンさせ、裏商売にも通じた胡散臭いオッサン。

 こういう奴が顔を出すと、それだけで私はニタニタしてしまう。お約束の道具立てやキャラクターが出てくると、それだけで嬉しくなるのだ。

 とかのB級侵略SFや懐かしSFのイースター・エッグがアチコチに埋まっているのも、マニアには嬉しい点。南極の氷床コアは映画「遊星からの物体X」だろうし、ゲイルズバーグは侵略SFの古典「盗まれた街」の作家ジャック・フィニイのもう一つの代表作「ゲイルズバーグの春を愛す」だろう。イギリスのウィンダムは「呪われた村」の作家ジョン・ウィンダムかな。

 そういう空気を色濃く漂わせるだけに、グロい場面もアチコチにある。冒頭で擬装人間が緑色の体液をブチ撒けるのを皮切りに、ドロドロ・グニャグニャ・ウニョウニョなシーンもキッチりと書き込んであるので、そういうのが好きな人はお楽しみに。特に終盤、最終決戦の場面では、気色悪さの大サービスだ。ああ、ゾワゾワする。

 その上で、ちゃんとソレナリの屁理屈を加えてるあたりは、21世紀のSFに相応しい。中でも最も大きな役割を担うのが、随所に挿入される昆虫学者イーサン・アイヴァースンの論文の要旨。昆虫学者ってのがミソで、あの六本脚の生物の生態ってのは、私たちから見たら確かに異様なんだけど、同時に合理的でもあるんだよなあ。

 懐かしのB級侵略サスペンスSFの香り高い、娯楽ホラー作品だ。リラックスして楽しもう。

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2019年4月11日 (木)

ジョーン・C・ウィリアムズ「アメリカを動かす『ホワイト・ワーキング・クラス』という人々」集英社 山田美明・井上大剛訳

本書では、アメリカ(およびヨーロッパ)が独断的なナショナリズムに向かう原因となっている階級間の認識の差を取り扱う。
  ――第1章 なぜ、階級の話をするのか?

『政府の施しなんていらない、自分でなんとかする』
  ――第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?

なぜエリートは目新しいものを求め、ワーキング・クラスは安定を求めるのか?
  ――第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?

優秀さを重視する専門職エリートは、有色人種は優秀さに欠けると見なしている。一方、道徳性を重視するホワイト・ワーキング・クラスは、有色人種は道徳性に欠けると見なしている。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

一つクイズを出そう。「高度な科学知識と重い物を持ち上げる力、その両方を必要とする仕事とはいったい何でしょうか?」
答えは「看護」だ。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

なぜ、2012年のロムニーのときよりも多い、全体の1/3ものヒスパニックがトランプに投票したのだろうか?
  ――第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?

ホワイト・ワーキング・クラスは政府が貧困層を補助することに怒っている。そのため、貧困層への補助が減りさえすれば、たとえ自分たちが不利益を被ろうともその政策は魅力的なのだ。
  ――第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?

【どんな本?】

 2016年のアメリカ合衆国大統領選は、世界中の注目を集め、激戦の末に共和党のドナルド・トランプが勝った。過激な言動で最初は共和党内でもイロモノ候補と思われたトランプが勝ち残ったのだ。

 なぜヒラリー・クリントンは勝てなかったのだろう? 民主党の政策は貧しい者に手厚いのに、なぜ多くの市民はソッポを向いたのだろう? 著者はその原因を、民主党の勘ちがいにある、としている。アメリカ人の多くは、白人の賃金労働者だ。民主党は彼らの支持を失い、トランプは彼らの心を掴んだ、と。

 では、アメリカの主流である白人の賃金労働者は、どんな状況にいるのか。彼らはどんな風に暮らしているのか。彼らは何を求めているのか。彼らは何を守ろうとしているのか。なぜ彼らはトランプを称え、クリントンを嫌うのか。

 ハーバード・ビジネス・レビュー誌の記事「アメリカのワーキング・クラスについて多くの人が知らないこと」を元に、民主党を再生させる方針を提案する、一般向けの解説書。

 なお、「世界に吹き荒れるポピュリズムを支える“真・中間層”の実態」との副題がついている。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は White Working Class : Overcoming Class Cluelessness in America, by Joan C. Williams, 2017。日本語版は2017年8月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約213頁に加え、渡辺靖の解説8頁。9.5ポイント40字×16行×213頁=約136,320字、400字詰め原稿用紙で約341枚。文庫本なら薄い一冊分。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくない。アメリカでは共和党がやや保守的、民主党がややリベラル、ぐらいを知っていれば充分。

【構成は?】

 第1章と第2章は、テーマである「ホワイト・ワーキング・クラス」を定義する部分なので、最初に読んだ方がいい。それ以外の各章はほぼ独立しているので、気になった所だけをつまみ食いしてもいい。

  • 第1章 なぜ、階級の話をするのか?
  • 第2章 ワーキング・クラスとは、どんな人々なのか?
  • 第3章 なぜ、ワーキング・クラスは貧困層に反感を抱くのか?
  • 第4章 なぜ、ワーキングクラスは専門職には反感を抱き、富裕層を高く評価するのか?
  • 第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?
  • 第6章 なぜ、ワーキング・クラスは大学に行こうとしないのか?

 

  • 第7章 なぜ、ワーキング・クラスは子供の教育に熱心に取り組まないのか?
  • 第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?
  • 第9章 ワーキング・クラスは性差別者なのか?
  • 第10章 ワーキング・クラスは、製造業の仕事が戻ってこないことを理解していないのか?
  • 第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 

  • 第12章 なぜ、国からもっとも恩恵をうけているはずの人たちが、感謝しないのか?
  • 第13章 リベラル派はこれまでの重要な価値観や支持者を捨てることなく、ワーキング・クラスを受け入れることができるのか?
  • 第14章 なぜ、民主党は共和党に比べて、ワーキング・クラスの扱いが下手なのか?
  • 最後に
  • 解説 渡辺靖

【感想は?】

 「ヒルビリー・エレジー」や「社会はなぜ左と右にわかれるのか」と同じく、リベラルの立場から右派を理解しようとする本だ。いや、エリートの立場から、白人の賃金労働者をわかろうとする、と言った方が妥当かもしれない。これを「上から目線で見やがって」と感じ、鼻持ちならないと思う人もいるだろう。

 キッカケは2016年のアメリカ合衆国大統領選だ。共和党のドナルド・トランプが勝ち、民主党のヒラリー・クリントンが負けた。これが出発点だ。潔く、本書はこう語る。

私たちは負けたのです。
  ――第8章 ワーキング・クラスは人種差別者なのか?

 「私たち」とは、民主党であり、その支持者であるリベラルでもある。なぜ負けたか。アメリカの所得中間層から嫌われたからだ。ちなみに中間層とは、家計所得分布の下位3割より上で上位2割より下を示す。100世帯を所得順に並べたら、21位~70位までの50世帯にあたる。要は「普通の人たち」ですね。

 そういう普通の人たちは、ヒラリー・クリントンを嫌い、ドナルド・トランプに熱狂した。似たような事は日本でも起きている。貧しい者に優しい共産党は嫌われ、金持ちを優遇する自民党は強い。それはエリートを中心としたリベラルが、賃金労働者である普通の人々をわかっていないから、そう主張する本だ。

 例えば、引っ越しを例にとる。優れた専門技能を持つ人は、気軽に引っ越しできる。どこであろうと仕事は見つかるし、大学時代の友人も全国にいる。一流大学は、世界中から人材が集まっている。だから、世界中にコネがある。

 対して、高卒の労働者はそうはいかない。地元には昔から親しく付き合った人がたくさんいて、困った時はお互いに助け合えるが、他の土地に行ったらよそ者になる。引っ越しで背負うリスクが違うのだ。こういう近所付き合いを、「ロケットボーイズ」は巧みに描いていた。となれば、教育方針も違ってくる。

「エリートの子供たちは、いずれ巣立っていくものとして育てられ、実際に巣立ってゆく。ワーキング・クラスは子供を地元に引き留めておきたがる」
  ――第5章 なぜ、ワーキング・クラスは仕事がある場所に引っ越さないのか?

 だが、「ロケットボーイズ」の舞台となったコールウッドは、次第に寂れてしまう。コールウッドだけじゃない。デトロイトに象徴されるように、仕事は減って賃金労働者は誇りを持てなくなっている。幸い「ロケットボーイズ」の著者の親はそれを見越し、地元を離れるよう驚異良くしたが、誰もが先を見通せるわけじゃない。

1970年以降、専門職エリートの給料が劇的に上昇し続けたのに対し、高卒男性の賃金は47%も減少した。
  ――第11章 なぜ、ワーキング・クラスの男性は「ピンクカラー」の仕事に就こうとしないのか?

 日本でもバブル崩壊後、景気は良くて停滞、実質的には悪くなる一方な気配だ。企業は即戦力を求めるが、働く側からすれば経験を積もうにも仕事がない。どないせえちゅうねん。うがあ。

 なら賃金を上げようとするリベラルが人気を集めそうなもんだが、現実は逆だ。これには労働組合への失望がある。アメリカでも労働組合の加入率は減り、力を失ってしまった。こうなると、鶏が先か卵が先か、わかんないなあ。

 それより不可解なのは、貧しい者に対する救済策を、彼らが嫌うことだ。「それって妬みじゃねえの?」と私は思っていた。でも、現実はそれほど単純じゃない、と本書は教えてくれた。つまり、制度的な欠陥もあるのだ。普通の人から見ると、貧困層の救済策は、全く恩恵がないように見えるのだ。にも関わらず税金はふんだくられる。となれば、怒りたくもなる。

 ちなみに生活保護制度の欠陥は日本も似ているから、同じような現象が起きるのも仕方がない。

 などの問題を明らかにするだけでなく、本書はちゃんと解決策も出している。党の方針を決める者に届くかどうかはともかく、私たちが声を上げる価値はあると思う。

 などとは別に、ハッキリと「私たちは負けたのです」と認め、それは己の無知が原因だと考え、ソッポを向いた人々から学び、自らを変えようとする姿勢は、さすがエリートだと思う。こうやって常に学ぼうとする態度が、エリートを支えてるんだろうなあ。

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2019年4月10日 (水)

大森望監修「カート・ヴォネガット全短編1 バターより銃」早川書房

「この16人みんなが、わたしのやるチェスの駒になるんだよ」
  ――王様の馬がみんな……

「プロの兵士になる唯一の方法は流血だ」
  ――審判の日

「明日、戦争のない場所へおまえを連れていってやるよ」
  ――ハッピー・バースディ、1951年

恐怖を利用してなにかをさせる人間は、病気的で、哀れで、痛ましいほど孤独だ
  ――司令官のデスク

「真実を口にしちゃいけないのか?」
  ――化石の蟻

【どんな本?】

 「プレイヤー・ピアノ」「スローターハウス5」「猫のゆりかご」「タイタンの妖女」など、シニカルながらも温かみのある芸風でSFファンにもお馴染みのアメリカの人気作家カート・ヴォネガット。彼が遺した短編をまとめ、8個のテーマ別に並べた「COMPLETE STORIES」が、日本では四分冊に分かれての刊行となった。

 この巻「バターより銃」では、「戦争」と「女」を収録する。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は COMPLETE STORIES, by Kurt Vonnegut, 2017。2018年9月25日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約433頁に加え、大森望の解説7頁。9.5ポイント44字×19行×433頁=361,988字、400字詰め原稿用紙で約905枚。文庫なら上下巻に分けてもいい分量。

 いずれの作品も文章はこなれていて読みやすい。SFもあるが、1950年代の作品だけに、難しい仕掛けはほとんどない。むしろ、当時のSFだけに、現実に追い越された作品もある。当時は人工衛星がなかったのだと頭に留めておこう。

 それより、この巻で重要なのは、著者カート・ヴォネガットの戦争体験と、当時の時代背景だ。著者は第二次世界大戦の欧州で戦うが、ドイツ軍の捕虜になり、ドレスデンの捕虜収容所で連合軍の空襲に巻き込まれたが、なんとか生き延びた。この体験は後に傑作「スローターハウス5」として結実する。また、当時はアメリカとソ連が互いに核で脅し合う冷戦の最中であり、その緊張感が漂う作品が多い。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 原題 / 訳者 / 初出。

序文(デイゥ・エガース) / 鳴庭真人訳
イントロダクション(ジェローム・クリンコウィッツ&ダン・ウェイクフィールド) / 鳴庭真人訳

セクション1 戦争
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

王様の馬がみんな… / All the King's Horses / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1951年2月10日号
 ブライアン・ケリー大佐は、家族と部下を引き連れ、インドに向かった。だが輸送機は嵐でコースを外れ、不時着する羽目になる。あいにくとそこは共産ゲリラが支配する地域で、大佐ら16人はゲリラに捕えられてしまう。ゲリラのボスであるピー・インはケリー大佐に取引を持ち掛けたが…
 映画「ディア・ハンター」を連想する作品。吐き気がするほどわかりやすい形で戯画化してはいるが、現実の戦争を指揮する者がやっているのは、まさしくこういう事なんだよなあ。それでも、そこに住む人たちを考えなければの話で…
孤児 / D.P. / 伊藤典夫訳 / レディーズ・ホーム・ジャーナル1953年8月号
 ライン川近く、ドイツの米軍占領地に孤児院がある。修道尼たちが、81人の子供を養っていた。その一人、ジョーは<褐色の爆撃機>と呼ばれている。ジョーは両親のことを知りたがるが、シスターは話を逸らす。ある日、村人がジョーに話しかけた。「ジョー、お父さんが町に来てるぞ」
 第二次世界大戦後、少し落ち着きを取り戻したドイツを舞台とした作品。世間は落ち着いてきても、ジョーが孤児であることは変わらないんだよなあ。これ日本を舞台にすると、更に悲惨な話になってしまう。
人間ミサイル / The Manned Missiles / 宮脇孝雄訳 / コスモポリタン1958年7月号
 私、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国イルバ村の石工、ミハイル・イワンコフは、アメリカ合衆国フロリダ州タイタスヴィルの石油商であるあなた、チャールズ・アッシュランドに、あいさつとお悔みの言葉を申し上げます。あなたの手を握りましょう。
 ユーリ・ガガーリンが世界初の宇宙飛行を成し遂げるのは、作品発表の3年後なのを考えると、見事に時流を言い当てた作品だろう。現実のガガーリンの家族も、ミハイル・イワンコフと似て素朴な人たちだったようだ(→「ガガーリン」)。
死圏 / Thanasphere / 伊藤典夫訳 / コリアーズ1950年9月2日号
 地球の二千マイル上空から、ライス少佐の通信が届いた。彼の任務は、上空から敵地を偵察し、非常時には味方の誘導核ミサイルを観測すること。月面を横切る物体を観測した者は多かった。だがロケット顧問のグローシンガー博士はシラをきる。最高責任者のデイン将軍はライス少佐からの連絡に最初は喜んだが…
 まぎれもないSF。低軌道には国際宇宙ステーションが浮かび、GPS用や通信衛星・気象衛星そして数知れぬ偵察衛星が飛ぶ現代ならともかく、1950年には宇宙に何があるか全く分からなかった。ヴォネガットらしい皮肉が効いた作品。
記念品 / Souvenir / 浅倉久志訳 / アーゴシー1952年12月号
 質屋のジョー・ベインは、安く買いたたいて高く売る。月曜の朝、店に入ってきたのは、貧しそうな若者だった。不景気で金がない、この時計を五百ドルで買ってくれ、と。ルビーと四個のダイヤがはめ込まれた、立派な時計だ。ドイツ語の銘が彫ってある。先の戦争で手に入れたという。
 第二次世界大戦で従軍し、捕虜になった著者の体験が活きている作品。欲の皮の突っ張ったジョー・ベインが、朴訥な若者を騙す手口には舌を巻く。ビンボってのは、人の心を折るんだよなあ。戦争終結直後の混乱を巧く描いている。
ジョリー・ロジャー号の航海 / The Cruise of The Jolly Roger / 浅倉久志訳 / ケープコッド・コンパス1953年4月号
 陸軍で17年を過ごしたネイサン・デュラント少佐は、朝鮮で負傷し、退役する。陸軍に身を捧げるつもりだったデュラントは、病院で隣のベッドにいた男に影響され、中古のキャビン・クルーザーを買う。プロヴィンスタウンの港に上陸した彼を、四人の若者がスケッチしている。その絵は…
 ケープコッド・コンパスは、きっとご当地雑誌なんだろう。地元の風景や人々、そしてイベントを盛り込むだけでなく、巧みに料理して、本来の読者の気分をよくするように工夫している。
あわれな通訳 / Der Arme Dolmetscher / 浅倉久志訳 / アトランティック・マンスリー1955年7月号
 1944年、第二次世界大戦の西部戦線、ベルギー。学生時代にルームメイトからハイネの<ローレライ>を仕込まれたせいで、わたしは大隊通訳に任命されてしまった。不安におびえていたが…
 これまた従軍経験を活かした作品。案外と実話じゃなかろかw
バゴンボの嗅ぎタバコ入れ / Bagombo Snuff Box / 浅倉久志訳 / コスモポリタン1954年10月号
 戦時中、レアドは大尉として基地にいた。11年ぶりに町を訪れたレアドは、元妻のエミーに会おうと思い立つ。今は別の男と結婚し、二人の子供がいるらしい。イラクやセイロンやアマゾンなどを、レアドは飛び回ってきた。
 派手に飛び回っているレアドと、日々の暮らしに追いまくられているエミー。エミーの夫ハリーの心中は複雑だろうけど、儲け話に心が動く気持ちはよくわかる。…と思ったらw
審判の日 / Great Day / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 大柄だったおれは、16の時に歳を誤魔化して世界陸軍に入った。配属されたのはタイムスクリーン中隊。任務は極秘だ。ボスのポリツキー大尉も、重要な任務だとは言うが、中身についてはなにも話してくれない。
 これまた2037年を舞台としたSF。世界陸軍の名のとおり、国同士の争いがなくなっている、そんな想定で書かれている。そんな風に世の中が変わっても、アメリカの田舎の人間が考える事はほとんど変わっていない。アメリカの田舎に限らず、人はなかなか変わらないんだよなあ。
バターより銃 / Guns Befor Butter / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドイツ軍の捕虜になったアメリカ兵の三人、ドニーニとコールマンとニプタッシュは、暇さえあれば食べ物の話ばかりしている。ここはドレスデン、三人は空襲の後片付けに駆り出された。監視役のクラインハンス伍長もやる気がない。ドイツ軍の士官が来たときだけ、忙しそうにしていればいい。
 やはり捕虜になった経験を元にした作品。どの国だろうと、人はそれぞれ。それは兵も同じで、いい人も入れば嫌な奴もいる。クラインハンス伍長は無愛想だけど…。
ハッピー・バースティ、1951年 / Happy Birthday, 1951 / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦争が終わった日、老人は避難民の女から赤ん坊を預かった。以来、二人は、七年間も地下室に隠れて生き延びてきた。進駐軍に発見され、身分証明を書く段になって、老人はやっと気がついた。子供の誕生日も知らなかった、と。そこで、次の日を誕生日として、そのプレゼントを考えたが…
 「イワンの戦争」によると、多くの孤児が「連隊の息子」になったとか。家も家族も失った子供が、軍について行ったのだ。たぶんこれは赤軍だけじゃなく、他の軍も似たような事はあったんだろう。戦争を知っている老人と、何も知らない子供の対比が鮮やかな作品。子供のうちはこれでもいいけど…
明るくいこう / Brighten Up / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ドレスデンの捕虜収容所で、わたしはルイスと出合った。ニューヨークの貧民街で育ったルイスは、世の中をよく知っていた。わたしたちは外の作業に駆り出されたが、ルイスは監視兵に取り入って、当番兵になり、収容所に残った。また、捕虜仲間を相手に商売を始め…
 世の中ってのは往々にしてそんなモノで。目端が利いて商売っけのある奴ってのは、どこにでもいるんだよなあw
一角獣の罠 / The Unicorn Trap / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 西暦1067年のイギリス。村には18の絞首台が並び、死者がぶら下がっている。征服王ウィリアムの友人、恐怖公ロベールに吊るされたのだ。すぐ近くに、木こりの一家が住んでいた。エルマー、妻のアイヴィー、十歳の息子エセルバート。そこに恐怖公ロベールの使いが現れ…
 フランスはノルマンディーの王だったギヨーム(ウィリアム一世、→Wikipedia)によるイギリス征服を背景とした物語。なんて歴史の知識はなくても、庶民から見た侵略者とその取り巻きって関係は、すぐにわかる。
略奪品 / Spoils / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 ウォード氏はヨーロッパの戦場で、24人分の銀製食器をパクってきた。だがポールの略奪品は、錆びて曲がったドイツ空軍のサーベルだけで、それを妻のスーにからかわれる。それというのも…
 これも捕虜になった経験を元にしたお話。敗戦国ドイツでも西側はともかく、赤軍に占領された地域の悲惨さは「ベルリン陥落」などが詳しいが、ホラーやスプラッタが苦手な人にはお勧めしかねる。もっとも、東部戦線じゃドイツ軍も似たような真似をしてるんだけど。
サミー、おまえとおれだけだ / Just You and Me, Sammy / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 戦前、ニュージャージーには親独協会があった。わたしはドイツ系で、父も一時期は協会に関わっていたが、正体を知って退会した。だが、家族でドイツに渡った人たちもいた。戦争が終わった時、わたしはジョージと共にドイツの捕虜収容所にいた。ジョージは監視兵に巧く取り入ったが、捕虜仲間からは煙たがられていた。
 これもやはり捕虜経験を元にした作品。「明るくいこう」と同じく、巧みに監視兵に取り入り捕虜仲間相手の商売で稼ぐ男がジョージ・フィッシャーの名で出てくる。ただしこちらには続きがあって…。
司令官のデスク / The Commandant's Desk / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 チェコスロバキアの町ベーダ。戦争が終わり、ソ連軍にかわりアメリカ軍が進駐してきた。わたしは1916年にオーストリアの歩兵として戦って左足を失い、今は家具職人として娘のマルタと住んでいる。支配者は次々と変わった。ナチ、赤軍、チェコの共産党員。今度のアメリカ軍の司令官はイケイケのエヴァンズ少佐で、副官は落ち着いたドニーニ大尉。二人は折り合いが悪いようで…
 敗者であるチェコスロバキアの民間人の視点で描くあたりが、ヴォネガットらしい芸風。舞台こそ第二次世界大戦直後らしいが、現在のイラクやアフガニスタンやチェチェンに移しても充分に通用しそうな話だ。
追憶のハルマゲドン / Armageddon in Retrospect / 浅倉久志訳 / Armageddon in Retrospect 2008
 わたしは例の「ハルマゲドン事件」で有名なパイン研究所の管理職を務める者です。はじまりはドイツの故ゼーリヒ・シルトクネヒト博士の著作でした。博士は後半生をかけて世界に訴えましたが、その努力は実りませんでした。彼はこう信じていました。「精神を病む者たちは、悪魔にとりつかれている」と。
 どこぞの新興宗教の始まりと発展を描いた話、かと思ったらw 博士の肩書のある人が遺したケッタイな理論に、アレな金持ちが取り憑かれて財産をつぎ込み、そこに優れたプロデューサーが乗り込んで…。ヴォネガットがSF長編で発揮する、ひねくれたユーモアと馬鹿げたアイデアをたっぷりと詰めこんだ上に、オチも鋭いw
化石の蟻 / The Petrified Ants / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 ヨシフと弟のピョートルは、ロシアを代表する蟻学の研究者だ。蟻の化石が見つかったとの報を受け、鉱山にやってきた。鉱山監督のボルゴロフはスターリンにコネがあるらしく、ふんぞり返っている。空気を読まないピョートルをヨシフがなだめつつ、肝心の蟻の化石の調査を始めると…
 冷戦時代のソ連を風刺した作品。ルイセンコ論争(→Wikipedia)が示すように、当時のソ連の科学界は悲惨な状況で。ロケットの父、セルゲイ・コロリョフですら収容所送りになってるし。まあ、似たような事は他の国でも起きてるんだけどね。
暴虐の物語 / Atrocity Story / 大森望訳 / 本書初出
 第二次世界大戦が終わり、解放されたアメリカ人捕虜の中で、わたしたちは最後のグループになった。戦争犯罪テントに呼ばれたのは三人。わたし、ドニーニ、そしてジョーンズ。マロッティが略奪の罪で銃殺された件を聞きたいらしい。マロッティは衛生兵で、ドレスデン爆撃のさなかにドイツ人の出産を助けたこともある。
 お得意の捕虜経験、それもドレスデン爆撃を元にした物語。ほんと、戦争ってのは何が生死を分けるかわからない。

セクション2 女
解説:ジェローム・クリンコウィッツ / 鳴庭真人訳

誘惑嬢 / Miss Temptation / 宮脇孝雄訳 / サタディ・イヴニング・ポスト1956年4月21日号
 スザンナは夏季劇場の端役女優で、消防団詰所の上に部屋を借りていた。夏の間、村のみんなは彼女にあこがれていた。彼女が話しかける相手は、ドラッグストアの薬剤師、72歳のビアス・ヒンクリーだけ。でもその日は違った。18か月の朝鮮での兵役を終え、フラー伍長が帰ってきたのだ。
 いろいろと若さを感じさせる作品。若くして朝鮮の戦場に送られ、そのショックに呆然とし、怒りでしか気持ちを表せないフラーを、村の人々がどう扱うかというと…。ヴォネガットが望んだアメリカの姿を、比較的ストレートに描いた話。
小さな水の一滴 / Little Drops of Water / 大森望訳 / Look at the Birdie 2009
 バリトン歌手のラリーは、副業にボイストレーニングのトレーナーもやっている。生徒は決まって豊かで若く美しい、歌手を目指す娘だ。たいてい生徒たちはラリーに憧れ恋をし、やがて「卒業」する。ラリーの暮らしは規則正しいスケジュールに従っていて、生徒や恋人、まして妻に割く時間はほとんどなかった。エレン・スパークスもラリーの教え子で…
 ヴォネガットにしてはテレビドラマ向きの作品で、今ドラマ化しても充分にイケる。主役はジャニーズあたりのイケメンがいい。向こうが了解すれば、だけどw 1950年代のリチャード・マチスンやロバート・シェクリイ、フレドリック・ブラウンの職人芸を感じさせる、スマートな短編だ。

 戦争がテーマなだけに、やはり捕虜の体験をネタにした作品が多い。私は「追憶のハルマゲドン」のような馬鹿話が、ヴォネガットらしくて好きだなあ。「小さな水の一滴」みたく小技の利いた作品も書けるとは知らなかった。いかにも売れそうな短編なのに。

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2019年4月 5日 (金)

サイモン・シン「数学者たちの楽園 『ザ・シンプソンズ』を作った天才たち」新潮社 青木薫訳

398712+436512=447212
  ――第3章 ホーマーの最終定理

優れたクイズとジョークは人を考えさせ、答えがわかった瞬間に、人を微笑ませる
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「…アニメは純粋数学に似ている。あるセリフにどんなニュアンスを含めるか、セリフ回しをどうするかまで、徹底的にコントロールできる。あらゆることがコントロール可能だ。アニメは数学者の宇宙なんだ」
  ――第4章 数学的ユーモアの謎

「信じられない、幾何学が何かの役に立つなんて」
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

平均的人間には、乳房がひとつと、睾丸がひとつある。
  ――第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

この問題が誕生してから30年以上を経ているというのに、力ずくの計算をせずにすむよう、パンケーキ数を予想する式を見いだした者はいないのだ。
  ――第9章 無限とその向こう

ウォルト・ディズニー「金銭的なことを言えば、六分半の短いアニメを構成する四万五千枚の作画について、すべての手から指を一本減らせば、スタジオとして数百万ドルの経費削減になる」
  ――第12章 πをもうひと切れ

「白鳥座X-1で起こることは、白鳥座X-1にとどまる」
  ――第17章 フューチラマの定理

【どんな本?】

 アメリカで人気の長寿アニメ番組「ザ・シンプソンズ」。ユルくてお気楽極楽なファミリー・ドラマかと思いきや、実はごく狭い市場に向けた濃いネタをゴマンと仕込んでいたのだ。仕込んだのは、シンプソンズの脚本チーム。そこには、数学や物理学の学位を持つ者が寄り集まっていた。

 数学や科学の優れた才能を持つ者が、なぜアニメの脚本家になったのか。人によっては頭痛すら訴えるほど嫌われる数学のネタを、リラックスして楽しむべき番組に、なぜ、どのように仕込んだのか。どんなネタを、どこに仕込んでいるのか。そのネタには、どんな意味があるのか。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」など、現代の最新科学・数学トピックを、わかりやすく、かつエキサイティングに伝えてきたサイモン・シンが、人気番組「ザ・シンプソンズ」に隠された暗号を読み解く、マニアックでユーモラスなドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Simpsons and Their Mathmetical Secrets, by Simon Singh, 2013。日本語版は2016年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約358頁に加え、訳者まえがき8頁+訳者あとがき4頁、それにジョーク集「算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験」15頁+数学のエピソード集「付録」9頁。実に豪華なオマケだ。

 9ポイント35字×18行×358頁=約225,540字、400字詰め原稿用紙で約564枚、文庫本なら普通の厚さの一冊分。と言いたいところだが、実際はもっと多い。というのも、少し手の込んだレイアウトのため。紙面の下1/4ほどが脚注の領域になっていて、頁をめくらずに脚注を読めるようにしている。編集の手間は増えるが、読者には嬉しい工夫だ。

 文章はこなれている。ネタの多くは数学だが、中学卒業程度でもなんとかなる。加減乗除と累乗が分かれば、大半のギャグが笑えるだろう。加えて虚数を知っていれば充分。というか私がその程度だ。あ、それと、数学以上に、実は英語の素養が大事だったりする。なんたってギャグの基礎は地口だし。

 もう一つの重要なネタは、シンプソンズそのもの。キャラクターはアチコチで見かけるものの、番組は見たことはない人が多いだろう。実は私もそうだ。でも大丈夫。必要なことは文中に全部書いてある。

【構成は?】

 各章はほぼ独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。シンプソンズを知らない人は、「訳者まえがき」と「第0章 シンプソンズの真実」だけは読んでおいた方がいいかも。

  • 訳者まえがき
  • 第0章 シンプソンズの真実
  • 第1章 天才バート
  • 第2章 πはお好き?
  • 第3章 ホーマーの最終定理
  • 第4章 数学的ユーモアの謎
  • 第5章 六次の隔たり
  • 第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王

 

  • 第7章 ギャルジェブラとギャルゴリズム
  • 第8章 プライムタイム・ショー
  • 第9章 無限とその向こう
  • 第10章 案山子の定理
  • 第11章 コマ止めの数学
  • 第12章 πをもうひと切れ
  • 第13章 ホーマーの三乗
  • 第14章 フューチュラマの誕生

 

  • 第15章 1729と、「夢のような出来事」
  • 第16章 一面的な物語
  • 第17章 フューチラマの定理
  • エπローグ
  • 謝辞/訳者あとがき
  • 算術(コチョコチョ)と幾何学(クスクス)の試験
  • 付録/索引

【感想は?】

 サイモン・シンの本は、ややお堅くて難しそうな雰囲気がある。

 「宇宙創成」「フェルマーの最終定理」「暗号解読」とか、タイトルからしていかにも「お勉強」な空気が漂ってるし。でも 実際に読むと、わかりやすいわワクワクゾクゾクするわで、楽しんだ上に賢くなった気分が味わえる、とってもおトクな本だ。

 その点、この本は、カバーがラッカーで塗ったようなまっ黄色な上に、テーマがアニメの「ザ・シンプソンズ」。親しみやすさは抜群だろう。で、読んでみると、やっぱり印象がだいぶ違う。何が違うと言って、エピソードの多くが「ギャグ」なのだ。思いっきり読者を笑わせてくれる本なのである。

 お陰で書評が書きにくくってしょうがない。だってギャグのネタを明かすのはミステリで犯人をバラすようなもんだし。ちなみにこの記事の最初の引用もギャグだ。サイモン・シンの本だってのがスパイスになってるのも憎い。

 優れた本格ミステリは、謎解きの際に証拠と論理の道筋を辿る場面が楽しい。この本でも、一つのギャグからそのネタを辿る道筋が楽しかったりする。

 例えば「第6章 リサ・シンプソン、統計と打撃の女王」だ。シンプソン家の次女で八歳の天才児、リサ・シンプソンが少年野球チームのコーチを引き受ける話である。当然、賢いリサはデータ野球に突っ走る。となればしめたもの、脚本陣はやりたい放題だ。これは著者のサイモン・シンも同じで、「マネー・ボール」の話を得々と語ったり。

 ちなみに、ちゃんと「マネーボール」の後日談もある上に、付録にはサッカー版までついてます。

 こういう寄り道が楽しいのもサイモン・シンならでは。私はネイピア数e(→Wikipedia)の話が面白かった。いや意味わかんないんだよね、eって。「自然対数の底」とか言われても、何それ美味しいの?だし。でもこの本みたく具体的に語られると、なんか分かった気分になれる。いや「なぜその値に収束するのか」と言われると、やっぱり説明できないんだけど。あとP=NPもわかりやすかった。

 残念ながら、世の中には数学や科学を嫌う人も多い。そんな人にも、シンプソンズはウケる。これは脚本陣がちゃんとわきまえてて、「わかる奴だけわかりゃいいい」な態度でネタを仕込んでるからだ。どころか、「いや普通わかんねーだろ」な仕込み方までしてるから困る。

 注目すべきポイントの一つは、文字だ。分かりやすいのは本の背表紙や黒板の式だが、何の気なしに出て来た数字も重要だったりする。こういうのは注意深く見てけば気が付くが、時おりワザとわからなくしてるのがあるから困るw ダラダラと長い文章が流れてきたら要注意で、中には「たった四秒ほどのシーンに、34ものコマ止めギャグ」を仕込んでたり。

 それでも文字は、ちゃんと目印があるからいい。難しいのはちょっとした落書きの絵や部屋にある小物で、ティーポットがマニアックな意味を持ってたりとかは、誰に向けて脚本を書いてるんだかw

 制作陣がコレだから、観る側も意地になってスロー再生して探したり。こういう油断もスキもない番組作りを真似する奴が、日本にも出てきたから困る。なんじゃいスーパーバリザーって。まあいい。マジになるのがオタクだけならともかく、本職の数学者までアツくなって論文を書いちゃうから怖い。

 これはネタを探すというより、アニメのネタを数学の問題として解くって形になるんだが、「数学ってのはどこにでも転がってるんだなあ」なんて感心してしまった。晩飯のメニューを決めるなんて問題も、きっとどっかの数学者が論文を書いてるに違いない。いや制約条件が色々あるでしょ、冷蔵庫のなかの食材とか昨日のメニューとか調理の時間とか財布の中身とか。

 一見、何の関係もなさそうなアニメと数学を、どういう因果かつないでしまった「ザ・シンプソンズ」の制作陣と、それを鋭く嗅ぎつけて徹底的にほじくり返したサイモン・シンの、絶妙なコンビネーションが産んだ、ユーモアたっぷりのドキュメンタリー。ちょっとした暇つぶしのつもりで読み始めてもいい。その後、しばらくは数学の問題に頭を占領されるかもしれないけどw

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2019年4月 3日 (水)

ヴィクトル・ペレーヴィン「iPhuck 10」河出書房新社 東海晃久訳

本テクストはアルゴリズムによって書かれたものだ
  ――前書き

マシーンやプログラムに主体性なんかない。こいつらの監視対象は僕らじゃない。監視対象は情報なんだ。
  ――第一部 ギプスの時代

残念ながら、ロシアのアーティストが世界にとって興味があるのは、連邦保安庁に囚われたチンポとしてでしかないんですね。
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

こういう状況で偉大な文豪たちは何をしてきたんだろうか?
彼らは
<酒を飲み、鴨でマスかき、硝子を割って、高みを目指した>
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

明瞭な意味を失った哲学の蜘蛛の巣でこういうものを作るとなると、その結果は二つあるうちの分かりにくい方の蜘蛛の巣と同じくぼんやりとして印象的なものに仕上がるだろう。
  ――第三部 メイキング・ムービーズ

あるのはね、新たな波止場を……というか、新たな牢獄を無意識に探してるコードだけ。
  ――第四部 ダイバーシティ・マネージメント

【どんな本?】

 現代ロシアの人気作家、ヴィクトル・ペレーヴィンによる、ギミックを満載したミステリ仕立ての最新長編小説。

 21世紀後半。ジカ3の蔓延で人類の多くは直接の性交をやめ、アイファックやアンドロギュノスに移行する。ポルフォーリィ・ペトローヴィチは一種の人工知能だ。正式名称は刑事文学ロボットZA-3478/PH0バージョン9.3.物理的な身体はない。本庁に所属し、本来なら事件の捜査に当たる…はずが、今回は民間にレンタルされた。当然、有償で。

 依頼主はマルーハ・チョー、美術史家でキュレーター。依頼内容は<アート市場の機密調査>。主な対象はギプス、21世紀初頭から30年ほどに発生したオブジェで、後期バルト海沿岸社会主義リアリズムとも呼ばれる。

 事件捜査の傍ら、ポルフォーリィは捜査の様子を小説に書く。それがこの作品で…

 近未来に人工知能が事件を元に書いた小説という体裁をとり、現代ロシアの社会事情や、そこで足掻く芸術家たちと、それを取り巻くアートシーンを戯画化しつつ、タイトルで分かるように情報テクノロジーの行く末をシモネタ満載で描き上げる、メタで過激で濃密な現代ロシア風SFミステリ小説。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」海外篇28位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は iPhuck 10, Ви́ктор Оле́гович Пеле́вин , 2017。日本語版は2018年8月30日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約454頁に加え、訳者あとがき15頁。9ポイント47字×20行×454頁=約426,760字、400字詰め原稿用紙で約1,067枚。文庫本なら上下巻ぐらいの大長編。

 正直、かなり読みにくい。ロシア語・英語・イディッシュなど幾つもの言語を取りまぜた言葉遊びをギッシリと詰めこんでいて、訳者の苦労がしのばれる。また現代ロシアの事件や有名なロシア文学を元にしたネタも次から次へと出てくる。これも「オモン・ラー」の熊狩りのネタとか、私はてっきり作り話だと思っていたんだが、現実の話が元になっていたりするんで、全く油断できない。

 そういう点で、巻末の訳者あとがきはとても親切だ。本編を読む前はあまりピンとこないが、この作品が成立した背景、特に現代ロシアの社会情勢がよく伝わってくる。ギプスとかは、あとがきがなければ私は何の事だかサッパリわからなかった。

【感想は?】

 うう、重い。

 いや、語り口は軽いのだ。人工知能が書いた小説という体裁だが、書き手のポルフォーリィ君、言葉遣いは時代のネットスラングに通じているし、卑猥な軽口も叩く。というか叩きすぎ。

 人工知能とはいえ刑事という立場のためか、導入部は探偵物のハードボイルド小説みたいな雰囲気もある。一人称はオレだし。なんて恰好つけてるけど、民間にレンタルされシケた調査をやらされるのには、少々不満な様子。もっとも、あくまでアルゴリズムなので感情はない…はずなんだけど。

 彼の創作手法も、私のような底辺ブロガーにはなかなか突き刺さる方法で。ええ、すんません、オリジナリティなんかありゃしません。気に入ったフレーズの切り貼りで記事をデッチ上げてます。おかげで…

オレたちの作りだしてる情報の総量は信じられないスピードで増えてるけど、その情報の有用性が全く同じスピードで落ちてってる…
  ――第二部 自分だけのための秘密の日記

 なんて言われちゃったり。ああ、耳が痛い。

 本作のテーマの一つは現代のアートだろう。バンクシー(→Wikipedia)なんて名前も出てくるし。彼(女ら)の作品のややこしい所は、それが壁の落書きだったりすること。状況や環境もアートを構成する要素なので、バンクシーの筆による部分だけを取り出したら意味が失われてしまう。

 中でも強烈なのがピョートル・パヴレンスキィなどのアクショニズム。口を縫い付け、広場にタマを釘で打ち付け、耳朶を切り落とす。単なる露出狂のマゾじゃないかと思うが、それぞれちゃんと政治的なメッセージがあるのだ。

 とはいえ、メッセージを理解するには、彼のおかれている現代ロシア社会の現状がわかってなきゃいけない。それ以上に厄介なのは、アートとはいえ、絵画や彫刻と違って、彼の「作品」は美術館に飾れないこと。その時その状況で口を縫う行動に意味があるんで、その映像を撮ってもあまり意味がない。

 ってんで、ポルフォーリィ君の雇い主マルーハ・チョーの、美術史家&キュレーターって肩書が意味を持ってくる。こういう所は、人様の作品にゴタクをくっつけて記事にしてる私には、グサリとくる。

 加えて、タイトルにもある iPhuck だ。名前で見当がつくように、シモネタもある。と同時に、何でもコピーできる現代のデジタル技術の象徴でもある。更に、ネットワーク機器でもある。

 昔は自由な楽園または無法者の跳梁跋扈する荒野だったインターネットだが、今は法律や自主規制でかなり面倒くさい場所になってしまった。このブログも、スマートフォンで見ると広告がウザい。そういう余計なお世話が増えてきて、これに政治思想が絡まると…

 ばかりでなく、ロシアン・サイバーパンクとしても、案外と楽しめるのが意外だった。いや失礼かもしれないけど。「連装配列」や「ディストリ」などのソレっぽい用語も、ちゃんと座りのいい文脈で使ってるし。中でもRCPの発想は魅力的。でも「シンギュラリティ」を、そう使うかw

 そういう点だと、終盤の展開は、サイバーパンクの代表作を彷彿とさせる大ネタを繰り出してきて、立派にSFとしても成立してるのが嬉しい。

 現代ロシアの社会状況、文学とは何か、アートとは何か、批評とは何か、デジタル・ネットワークと多国籍資本の行く末、移民に揺れ動く欧州、政治的な正しさなど、重いテーマをこれでもかとブチこみつつ、言葉遊びとお下劣なシモネタで一見軽そうに仕立てた、とんでもない怪作。心身のコンディションがいい時に、たっぷり余裕を取って挑もう。

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2019年4月 1日 (月)

素人が考える高校野球のルール

 高校野球にはいろいろ批判がある。素人考えだが、ハッキリと利益目的の興行と位置付けて、プロ化すればいんじゃね?とも思う。そうすれば、児童福祉法と労働基準法が球児たちを守るし。とはいえ、どうせオトナの事情で無理だろうなあ。

 それはそれとして。大きな問題の一つは、投手をコキ使いすぎることだ。投手の肩は消耗品なんて説もある。それが本当かどうかは知らないが、あまり無理をさせるのは良くないだろう。とはいえ、高校野球独自の事情もある。春休み・夏休みに開催するので、期間が限られるのだ。

 そこで、今のスケジュールでどうにかできる案を考えた。素人考えなんで穴だらけだろうけど、馬鹿話の一つとして笑ってやってください。

 ルールは次の三つ。

1.試合の回数

地区予選の序盤に限り、以下の形で攻守の回数を減らす。
 1回戦:5回まで
 2回戦:6回まで
 3回戦:7回まで
 4回戦:8回まで
 5回戦以降:9回まで

2.ポイント制

投手の投球数をポイント制とする。
試合で投手が打者に1球投げると、ポイントは1増える。
*ピッチャーゴロの処理や走者への牽制はポイントに数えない。
地区予選の最初の登板ではポイントは0。
日付が変わるとポイントは半分に減る。小数点以下は切り捨て。
ポイントは101を越えてはいけない。

例:
1回戦で75球投げた:ポイントは75。余りは25ポイント。
次の日:ポイントは75/2=37.5 切り捨てで37。余りは63ポイント。試合はなし。
次の日:ポイントは37/2=18.5 切り捨てで18。余りは82ポイント。試合はなし。
次の日:ポイントは18/2=9ポイント。試合で投げていいのは91球まで。

3.花いちもんめ

ポイント制だと、投手が少ないチームは苦しい。
そこで花いちもんめだ。
勝ったチームは、負けたチームから、選手を3人まで引き抜いていい。
投手陣が苦しければ敵のエース(+捕手)を、打者が欲しけりゃ敵の主砲を戴いてしまえ。

 飛びぬけた投手が引っ張るタイプのチームだと、ポイント制は厳しい。だが序盤は回数制限があるので、切り抜けやすい。中盤以降は花いちもんめで獲得した敵チームの投手をリリーフに使える。また県大会の終盤や全国大会では、オールスターに近いチームのぶつかり合いになり、より高レベルのゲームになるだろう。スター選手もフィールドに残りやすいので、ファンにも嬉しい。

 …ダメかな?

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