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2019年3月13日 (水)

梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」徳間文庫

「彼女は、まだ、あの時点でぼくの救いを待ち続けているんです」
  ――吹原和彦の軌跡

『おとといはウサギを見たわ。きのうは鹿。そして、きょうはあなた』
  ――鈴谷樹里の軌跡

【どんな本?】

 ベテランSF作家の梶尾真治が、お得意の時間テーマで存分に腕を振るった「クロノス・ジョウンター」シリーズの集大成。

 クロノス・ジョウンターはP・フレック社が開発した、不完全なタイムマシンだ。行けるのは過去だけで、長くは留まれない。自動的に戻れるのはいいが、反動のためか旅立った時間より未来に戻る。遡る年月が遠いほど、留まる時間が長いほど、反動は大きくなり、より先の未来へ飛ばされる。

 過去へと赴き、何かを成そうとする者たち。何のために彼らは自らの人生を犠牲にしてでも時を越えようとするのか。彼らの望みは叶うのか。そして、時を越えた彼らの運命は。

 梶尾真治のリリカルな側面が強く出た、ロマンチックSF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月15日初版。文庫本で縦一段組み、本文約637頁に加え、辻村深月の解説8頁。9ポイント40字×16行×637頁=約407,680字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚、普通の文庫本なら上下巻に分ける大容量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も特に難しくない。SFなガジェットは一つだけ、書名にもなっているクロノス・ジョウンターのみ。タイムマシンの一種だが、いささか不具合があって…。そんなわけで、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネイター」が楽しめる人なら、問題なくお話に入っていける。

 なお、お話の舞台が1980~1990年代なので、テレホンカードなど当時の風俗を知っていると、懐かしさも手伝って更に楽しめる。

【刊行経緯】

 実は「クロノス・ジョウンターの伝説」と名のつく本は複数ある。人気はあるんだが、たぶんオトナの事情で複雑な運命を辿ったらしい。わかる範囲で今までの刊行経緯をまとめてみた。2019年3月現在だと、徳間文庫版が最も充実してます。

  • 1994年2月 季刊グリフォン新年号に、「クロノス・ジョウンターの伝説」の名で「吹原和彦の軌跡」を掲載。
  • 1994年12月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」。
  • 1999年6月 ソノラマ文庫ネクストから「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」。
  • 2003年6月 ソノラマ文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「朋恵の夢想時間」。
  • 2008年2月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」。
  • 2015年2月 徳間文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」「朋恵の夢想時間」。

【収録作】

 それぞれ 作品名 / 初出。いずれも加筆・訂正している。

吹原和彦の軌跡 / 季刊グリフォン1994年新年号
 科幻博物館は、奇妙な発明品を集めた施設博物館だ。錬金術の装置群、さまざまな永久機関、空間転送機。その一つ、クロノス・ジョウンターの展示室に、不審な若い男が現れた。その男、吹原和彦は、クロノス・ジョウンターを開発したP・フレック社に勤めていた技術者で…
 いいねえ、科幻博物館。フリーエネルギーだの人体磁気調整装置だのと、怪しげなガジェット満載でw 他にもフィラデルフィア計画や「虎よ虎よ」とか、マニアックなクスグリがチラホラ。お話はいささかベタながら、主人公の吹原和彦が人付き合いを苦手とする典型的な理系の技術屋なので、私はすぐに気に入ってしまった。
栗原哲也の軌跡 / SF Japan 2007年Winter
 P・フレック開発三課の栗原哲也は、クロノス・ジョウンター開発に携わっている。仕事は忙しく、泊まり込みも多い。そこに母の訃報が届く。母子家庭だが、母とは折り合いが悪かった。母は小さな呑み屋を一人で営み、哲也とは顔を合わせる時間すら少なかった。幼い頃はベビーシッターが次々と入れ替わり…
 私が初めてこのシリーズに触れたのは「ソノラマ文庫ネクスト」。だもんで、だいぶ感触が違うなあ、と思ったら、比較的に新しい作品だった。親とは縁が薄く、しかも若くて仕事が忙しくやりがいもあるとなれば、どうしてもそうなるよなあ。
布川輝良の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」1994年12月24日
 小学生の時に、布川輝良は建築家の廣妻隆一郎を知り、その個性的な作品の虜になった。残っているのは写真集だけで、現物は残っていない。最後の作品である朝日楼旅館も、1991年12月に壊されている。そこに「クロノス・ジョウンターのテストの志願者を募る」との知らせが入り…
 世の中には様々なマニアがいるもので、エスカレーターやらエアコンの室外機やら。そんなマニア心ってのはなかなか伝わりにくいんだけど、話が通っちゃうのは、やっぱり変人が多い理系の職場だからだろうか。ウザい傍役だと思ってた香山君が、意外とアレなのも泣かせます。
鈴谷樹里の軌跡 / ソノラマ文庫ネクスト「クロノス・ジョウンターの伝説」1999年6月29日
 1980年の夏、11歳の鈴谷樹里は小児性結核で入院していた。退屈な入院生活だが、談話室でヒー兄ちゃんこと青木比呂志と語る時間は楽しかった。ヒー兄ちゃんは本が好きで、よく童話を聞かせてくれた。その一つは「足すくみ谷の巫女」という話で…
 定番と言えば定番の難病物。まあ11歳から見れば「おじさん」だよなあw ネタにしているロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」は、古手のSFファンの多くが諸手を挙げて喝采する傑作。この作品も巧みに元ネタをなぞりつつ、見事にアレンジして見せた。ここでも傍役の古谷がいい味出してます。
きみがいた時間・ぼくのいく時間 / 単行本「きみがいた時間・ぼくのいく時間」2006年6月30日
 秋沢里志の人生は充実している。恋人の梨田紘未はプロポーズを受け入れてくれた。双方の両親も互いを気に入ってくれた。ただ、時おり紘未は暗い顔をする。なんでも、仕事を辞める前に、一人の男と会わなければならないのだという。
 何かと不自由なクロノス・ジョウンターにかわり、新兵器?クロノス・スパイラルが登場する作品。でもやっぱり意地悪な制限があって…。この作品もボスの若月さんや同僚の山部、酔っぱらいのイッサンなど、脇役が魅力的。また、今までの作品の登場人物が客演してるのも嬉しい。
野方耕市の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」2008年2月29日
 野方耕市は間もなく80歳になる。妻は他界し、医院は息子の耕平が継いだ。ある日、機敷埜風天と名乗る老人が訪ねてきた。三年後に博物館を開く。その展示物の一つ、クロノス・ジョウンターに、解説のパネルをつけたい。そこで開発秘話を聞かせてくれないか、と。
 かつて自分が携わった仕事の話をしてくれ、なんて言われたら、そりゃ嬉しいよなあ。まして自分が隅々まで知っているとあれば、そりゃねえ。この作品も後年の作だけあって、前の作品のネタも少々。
朋恵の夢想時間 / 徳間デュアル文庫「少女の空間」2001年2月28日
 角田朋恵は派遣としてP・フレックで働いている。といっても研究員じゃない。主に事務や雑務をだ。この会社が何を開発しているのかは知らない。が、研究所員の立田山登が教えてくれた。「時間を超える装置を開発しているんですよ」
 これもまたクロノス・ジョウンターではないタイムマシン?が登場する作品。いやあ立田山君、いい趣味してます。長い髪、ジーンズと粗編みのセーターにナップザックって、おいw CC、何かと制限はキツいけど、「自分ならどう使うだろう」とか考え出すと、妄想が止まらなくなります。

 いささか登場人物の年齢は高いものの、読みやすさとテーマの気恥ずかしさでは、ライトノベルと呼んで差し支えない作品集だ。読んだ後はホンワカした気分に浸りつつ、クロノス・ジョウンターの使い道を考えると眠れなくなりそうな、心地よい作品集だ。

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