宮内悠介短編集「超動く家にて」東京創元社
「俺か。俺はZ80だ」
――エターナル・レガシー十一名いるのだ。
――超動く家にて御厨島は海底隆起によって生まれた新島で、国の領土がわずかばかり増えたという以外はあってないような島であったのが、いつしか各地より海女たちが集まり、海に潜ってメタンハイドレートを探るようになったそうなのだ。
――弥生の鯨
【どんな本?】
「盤上の夜」でデビューして以来、快進撃を続ける宮内悠介の、ギャグ/ユーモア/パロディ作品を集めた短編集。
雑誌「トランジスタ技術」のバックナンバーをいかに手早く薄くするかを競う男たちが熱い闘いを繰り広げる「トランジスタ技術の圧縮」、Z80を名乗る男と若い囲碁の棋士の短い交錯を描く「エターナル・レガシー」、読者の予想を裏切り続けるミステリ「超動く家にて」など、気分のリフレッシュに最適な作品16編に加え、充実したアフターサービスの「あとがき」も楽しい。
SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇で8位に食い込んだ。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年2月23日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約280頁に加え、本編並みに笑えるあとがき11頁と、酉島伝法による解説6頁。9ポイント43字×19行×280頁=約228,760字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。
文章はこなれている。内容もわかりやすい。というか、大半はギャグやユーモア作品なので、あまり真面目に読まないように。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 初出。
トランジスタ技術の圧縮 / 電子雑誌「アレ!」VOl.7 2012年3月
エレクトロニクス総合誌のトランジスタ技術は根強い読者に支えられながらも、異様な厚さがバックナンバーの保存を阻んでいた。その最大の原因である広告頁を取り除けばスリムになり、書棚を節約できる。やがて圧縮技術は競技として競われ、ゴールデンタイムに放送されるまでになったが…
「トランジスタ技術の圧縮」って作品名からICのことかと思ったら、ソッチかい!って出オチでまず大笑い。そもそもトランジスタ技術を持ち出す時点で理系の人には楽しい上に、その後の展開もどっかで見たような対決物の定石を踏んでいて、ニヤニヤとガハハが止まらない怪作。通勤列車の中で読んではいけません。
文学部のこと / 同人誌「S.E.」2012年5月
文学。英語圏ではそのままブンガクと呼ばれ、南米では日系人の影響かサクラと言われる。フランスではビュニャークだが、冠詞が男性形か女性形かでもめた。いまのところは日本産が好まれており、原産地などの基礎知識も大事だ。
これも板面を見ただけでニヤニヤしてしまう作品。なにせ改行が少なく、ビッシリと文字で埋まっている。それぞれの文も無駄に長く、ダラダラと書いている割に特に意味はなかったり。と、いわゆる「ブンガク」をパロってるのかと思ったら、「原産地」なんて意外なモノが混じってきて…。やっぱりソレかいw
アニマとエーファ / 「ヴィジョンズ」2016年10月
戦後、アデニは景観をウリにして観光客を集めようとする。とはいえ、目ぼしい観光スポットもない。そこで美術館に展示されたのがぼく、アニマだ。いちおう、地元の名士の作品ということになっている。作ったのはセメレ・アファールという爺さんで…
内戦で荒れた東欧らしき都市を舞台とした、ピノキオみたいな人形の物語。エーファと出合うあたりは、しっとりとしたボーイ?・ミーツ・ガールっぽいんだが、商人のムルカンが登場するあたりから、物語は一気に加速してゆく。作家にとってはありがたいような、疫病神のような。
今日泥棒 / 同人誌「清龍」第11号 2012年11月
今日も父さんが怒っている。日めくりが明日になっているからだ。出勤前の楽しみなんだ、と言う。そして犯人探しが始まる。ぼくか、妹か、母さんか。
家族そろっての朝食の席を舞台としたミステリ…というか、お馬鹿ミステリ。確かに日めくりを破るのって、なんか楽しいよね。
エターナル・レガシー / SFマガジン2017年4月号
葉飛立は囲碁棋士だ。六歳の時に限界を感じ、日本に来た。新人王を獲り有望な若手と言われたが、対コンピュータ戦で負けた。それ以降、どうも気分がすぐれない。そんなある日、奴と飲み屋で出会った。「俺はZ80だ」「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」
アルファ碁が話題になっていた頃に発表された作品。Z80だのMSXだのと、その手の人には嬉しいクスグリがいっぱい。そうなんだよなあ、掛け算すらできないんだよなあw それでも予め計算しておいて表にしておくとか、当時は色々と工夫したんですよ、はいw にしてもサユリさん、なんで知ってるんだw
超動く家にて / 同人誌「清龍」第10号 2011年11月
ここはルルウとエラリイ、二人だけの探偵事務所。主に所長のルルウが出かけていき、エラリイは事務雑務を引き受ける。とはいえ、エラリイの仕事はほとんどなく、暇を持て余した所にルルウが謎解きの問題を持ってきた。それはメゾン・ド・マニの平面図で…
テンポよく、次から次へと読者の思い込みを覆してゆく、お馬鹿ミステリ。わざわざ8個ものイラストまでつけてくれるサービス精神が嬉しい。うん、やっぱり、こういう話は11人いないとねw
夜間飛行 / 人工知能Vol.29 No.4 2014年7月
飛行任務中の軍用機と、それを遠隔地でサポートするアシスタントとの、会話だけで成り立っている作品。短いながら、いや短いからこそ、基本のアイデアとオチのキレがいい。
弥生の鯨 / 夏色の想像力2014年7月
海底隆起で生まれた新島、御厨島。メタンハイドレートを採りに海女が集まり、一時は隆盛をきわめた。海女により発展したためか、島は女性中心の社会となった。離島で学校もなく、そんな島で生まれたわたしは海が学校のようなものだった。そして八歳のころ、岩場で弥生と出合い…
いきなり「海女がメタンハイドレートを採る」で大笑い。いやちゃんとタネも仕掛けもあるんだけどw ボーイ・ミーツ・ガールかと思ったら、うん、確かにボーイ・ミーツ・ガールではあるんだがw
法則 / 小説トリッパー2015年夏号
使用人としてオーチャードに仕えたのが最大の間違いだった。幸か不幸か、最初に訪ねた時、当時は高校生だった娘のジェシカに気に入られ、住み込みで働き始めた。やがてジェシカと親しくなったのはいいが、オーチャードにバレて…
ミステリ・ファンにはお馴染みの「ヴァン・ダインの二十則(→WIkipedia)」をネタにした作品。なんだが、そう使うかw
ゲーマーズ・ゴースト / WebマガジンMATOGROSSO 2013年2月・3月
駆け落ちだってのに、これじゃロマンチックさの欠片もない。そもそもライトバンだし。おまけにナナさんは途中で妙な奴を拾っちまった。欧米人ヒッチハイカーのレドモンドにチェロ弾きのアキオ。二人とも妙にノリがいい。おまけに、黒塗りのライトバンが後をつけてくる。
なんじゃい「駆け落ち力」ってw シド・アンド・ナンシーだのボニー・アンド・クライドだのと、駆け落ちに変な思い入れたっぷりな語り手「ダンナ」,やたら心の広いナナさん,宿無しヒッチハイカーのレドモンド,追われる身のアキオ。能天気で脱線しまくりな四人の会話が楽しい。
犬か猫か? / 小説すばる2013年1月号
友達からアリスがもらったぬいぐるみ。アリスはそれを犬だといい、エルヴィンは猫だと言い張る。ここイギリスでもファシストの黒シャツ隊が気勢を上げている。
最後の参考文献で「おお!」となる作品。私は狸だと思ったw
スモーク・オン・ザ・ウォーター / Webサイト JTスモーカーズID 2016年
八重洲に隕石が落ちた。幸い深夜なので、道路に穴が開いただけで済んだ。すかさず妹はバイクで出かけ、欠片を拾ってくる。業病で寝たきりとなり、鉱物コレクションが唯一の趣味な父のため、ペンダントにするのだ。父も喜んでくれた。ところが…
仲の良い家族、奇妙な事件の連続、意外な謎の真相、そして心地よいオチと、お話の進み方は良質のジュブナイルそのもの。なんだけど、ネタがネタなために、お子様や若者にお薦めできるかというとw なんでこういうサイトにこういう話を書くかなあw
エラリー・クイーン数 / 同人誌「清龍」第9号2010年12月
日本語版 Wikipedia の記事のパロディ。あくまで Wikipedia であって、アンサイクロペディアじゃないあたりが、作家の矜持というかw
かぎ括弧のようなもの / 読樂2013年8月号
「かぎ括弧のようなもの」を凶器とした殺人事件をネタにした、ミステリ仕立ての作品。ヴォネガットなのか。私はてっきり筒井康隆だと思った。たぶん虚航船団のせいだろうなあ。
クローム再襲撃 / 書き下ろし
その晩、僕は相棒のボビイのロフトでクロームを襲った。僕たちは<ジェイズ・バー>で出会った。二人とも落ち目で、そろそろカイボーイをやめ引退を考える年頃だ。そこに万能札、巻き毛のリッキーが現れた。
ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」を村上春樹が書いたら、という思い付きをキッチリ短編に仕上げた作品。ギブスンのファンより村上春樹のファンにウケると思うんだけど、どうなんだろw やれやれ。
星間野球 / 小説野生時代Vol.109付録 野生時代読み切り文庫15 2012年
既にたいした機能も果たさず、とりあえず保守しているだけの宇宙ステーション。駐在しているのは二人、杉村とマイケルだけ。暇を持て余した二人は、古い人工衛星を拾う。中から出てきたのは、子供たちのタイムカプセル。その一つが野球盤で…
いい歳こいた野郎二人が、宇宙で野球盤に盛り上がる話。いくら歳を重ねても、男ってのはしょうもない生き物で。たかが野球盤、されど野球盤。お互い知恵を振り絞り秘技を繰り出し…って、をいw
冒頭の「トランジスタ技術の圧縮」から、強烈なギャグで笑いっぱなし。ばかりか、最後の「あとがき」にまで、色々と仕込んでくれるサービス精神が嬉しい。疲れた時にこそ楽しく読めて気持ちをリフレッシュできる、そんな作品集だ。
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