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2019年3月24日 (日)

リチャード・H・スミス「シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇」勁草書房 澤田匡人訳

この本はシャーデンフロイデ、つまり人の不幸を喜ぶなんて恥ずべきものであるにもかかわらず、私たちの多くが抱く感情について書かれている。
  ――序章

自分が劣っていると嫌な気持ちになるように、優れていると良い気持ちになるものだ。
  ――第1章 優越の恍惚

私たちは、誰かが苦しんでいるのを見ると不快感を抱くのが普通だ。ところが、(略)自分たちが苦しいとき、自尊心の危機に直面したとき、あるいは、慢性的に自尊心が低いとき(略)、自分と同じくらいか――もしくは、よりいっそう不運な人と比べると、気力を取り戻す効果をもたらす。
  ――第2章 下を向いて上向こうよ

ほとんどの場合、不公平に(自分が)有利な状況は、不利な状況よりも問題にならない。
  ――第4章 自己と他者

悪い輩が相応の報いを受けるのを見るのは、とても愉快なのだ
  ――第5章 相応しい不幸は蜜の味

妬みを感じている人たちは、自分を犠牲にしてでも相手を貶めるのだ。
  ――第7章 屈辱エンターテインメント

シャーデンフロイデは人間の性質に反するものでなく、むしろ共存している…
  ――第11章 リンカーンだったら?

【どんな本?】

 シャーデンフロイデ。最近になってよく見聞きする言葉だ。ソレの中身は誰もが昔からよく知っている。「人の不幸は蜜の味」、ネットの俗語なら「メシウマ」。そんな風に、誰かの不幸を喜ぶ気持ちだ。卑しいとは思うが、やっぱり私たちはメシウマが好きなのだ。

 だが、なぜ私たちは人の不幸を喜ぶんだろう? 人が不幸になって、どんな得があるんだろう? 餌食になって美味しいのはどんな人で、どんな人がそれに食らいつくんだろう? ソレにはどんな性質があるんだろう? 使い道はあるんだろうか? なんとなく邪悪だと感じているけど、それは何故なんだろう? どうすれば防げるんだろう?

 シャーデンフロイデ研究のパイオニアが、一般向けに著した、心理学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Joy of Pain : Schadenfreude and the Dark Side of Human Nature, First Edition, by Richard H. Smith, 2013。日本語版は2018年1月20日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約255頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×255頁=約229,500字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。実は出版社が勁草書房ということで覚悟していたんだが、拍子抜けするほど読みやすい。内容もわかりやすい。何せ肝心のテーマが「メシウマ」だ。誰だってそんな気持ちを持っているし、餌食になったこともある。

 ただ、アメリカ人向けに書いているため、例がゴルファーのタイガー・ウッズやアニメのザ・シンプソンズなど、アメリカの有名人・有名タイトルなのが難と言えば難かも。ましてマーサ・スチュアート,「プレデターをやっつけろ」,ジミー・スワガートなんて日本じゃまず馴染みがないし。もっとも、どんな人/番組かは、ちゃんと本文中に説明があるので、ご心配なく。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版への序文/謝辞/序章
  • 第1章 優越の恍惚
  • 第2章 下を向いて上向こうよ
  • 第3章 余人しくじるべし
  • 第4章 自己と他者
  • 第5章 相応しい不幸は蜜の味
  • 第6章 正義は人の為ならず
  • 第7章 屈辱エンターテインメント
  • 第8章 エンヴィーに首ったけ
  • 第9章 妬み転成
  • 第10章 解き放たれた邪悪な喜び
  • 第11章 リンカーンだったら?
  • 終章
  • 訳者あとがき/注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 ブログをやっていると、炎上が怖い。「ネット炎上の研究」では、誰が煽るのかを分析していた。ここでは、それに加えて、なぜ煽るのか・餌食になるのは誰かについても、少し見えてくる。

 シャーデンフロイデなんて耳慣れない言葉より、メシウマの方が私にはシックリくる。

 まずは、美味しいのはどんな獲物か、だ。ジャイアンツの主力選手が怪我をすれば、阪神タイガースの熱狂的なファンは喜ぶだろう。この気持ちは合理的に説明がつく。ジャイアンツが弱くなればタイガースが有利になる。だが、それだけじゃ説明がつかない部分が、「メシウマ」にはある。

 例えば、菜食主義者だ。正直言って、私も彼らが気に入らない。彼らが肉を食べようが食べまいが、私には何の関係もない。なのに、なぜ気に入らないんだろう?

彼ら(菜食主義者)の存在そのものが、肉を食べる人からすれば道徳的にイライラさせるのだ。
  ――第5章 相応しい不幸は蜜の味 

 そう、彼らの「私は道徳的に優れています」的な態度が気に入らないのだ。いや別に菜食主義者が気取ってるってわけじゃない。私が勝手にそういう気配を感じているだけだ。自分は道徳的に劣っているんじゃないか、そう感じるのである。だから気に入らない。

 最近のニュースだと、神父による児童性虐待のニュースがメシウマだった。改めて考えると、子供が被害に遭ってるのに喜ぶとは酷い話である。だが、このニュースは実に都合がいい。だってメシウマと言わなくていいんだもん。子供の味方を装って神父を叩けばいい。

 ここに「メシウマ」の怖さがある。菜食主義者も神父も、「道徳的に優れている」と世間では思われがちな立場だ。それが失墜するのが心地いい。そこにあるのは、妬みだ。私だって、いい人と言われたい。でも現実にはウスラハゲのオッサンにすぎない。だから妬む。ところが、妬みってのは厄介なモノで…

一般に妬みを感じていることを私たちは否定する(略)妬んでいると認めることは、(略)自分の方が劣っていると認めるに等しい。
  ――第9章 妬み転成

 そう、たいていの人は、自分が妬んでいるとは認めない。そもそも、「妬みを感じていても、(略)それに無自覚である」。自分でもハッキリとは気づかない。そして、無意識のうちに…

妬みというのは、まず嫌悪に転成し、続いて、そこから高潔で正しい「相応しい」憎悪へと変貌を遂げる。
  ――第10章 解き放たれた邪悪な喜び

 「なんかアイツ気に入らねえ」的な気持ちになる。そこに動かぬ証拠なんてモンが出てきたら、錦の御旗を手に入れたようなものだ。それこそ大喜びで…。

 これを組織的に煽ったのがナチスで、餌食になったのがユダヤ人だ、と著者は説く。実はこの辺、ちと強引と感じた。いや結論が間違いってワケじゃない。そこまでの過程が怪しい。「本人が認めないからこそ、そうなんだ」って理屈なら、どんな無茶でも通ってしまう。とまれ、これを厳密に実証したら、それだけで数冊分になりそうだけど。

 まあユダヤ人虐殺は昔の外国のことだから、なんて他人事と思いがちだが、いじめや児童虐待やパワハラなど、私たちの身近で起きる騒動や小さな意地悪にも、その根底に妬みがあるケースが多いって気がする。

 その他にも、私たちが陥りやすい勘違いのメカニズムを教えてくれるのは嬉しい。

 例えば「公正世界信念」だ。Wikipedia では公正世界仮説となっている。不幸な人に対し、私たちは自業自得だと思い込みやすい。強姦の被害者を叩くのが、ありがちな例だろう。また「成果バイアス」なんてのもある。

他者は実際よりも悪い結果をコントロールできるはずと、私たちは見てしまう傾向にある
  ――第6章 正義は人の為ならず

 被害者はどんな状況でも冷静沈着で意思が強く理性的・合理的に思考・行動できるはず、と思い込みやすい。まあ、これは他者に限らず、往々にして「未来の自分」の意思の強さも過大評価しがちなんだけど。ありませんか、「後で運動するから一口だけ」とか「明日やればいいや、今日は寝ちゃおう」とか。私はしょっちゅうです。

 もう一つ、ありがちなのが「根本的な帰属の誤り」。この本では、病院の待合室で、看護師に食ってかかる男が出てくる。著者の最初の反応は「嫌な奴」だ。でも彼の妻が救急で運び込まれ、その後なんの連絡もないとしたら、どうだろう? 落ち着けという方が無理じゃないか?

 私たちは、他人の行いについて、「あの人はそういう性格」と見なしがちだ。そういう状態だ、とは思わない。冷静に振舞う男と、いきりたつ男。そんな二人を見たら、思わず冷静な男に味方したくなる。だが、本当は? 

 ウェブ炎上で済んでいるうちはともかく(いや自分が餌食になったらヒトゴトじゃ済まんけど)、最近のヘイトスピーチの風潮などからは、甘く見てると大変なことになりかねないって危機感がつのることがある。でもメカニズムを知れば、少しは落ち着いて考え直せるかもしれない。親しみやすく読みやすいわりに、心に深く突き刺さる本だ。

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