マーチン・ファン・クレフェルト「エア・パワーの時代」芙蓉書房出版 源田孝監訳
1939年の時点で、(略)アメリカの工業力を3.0とすると、二番手のドイツは1.2であった。大英帝国は1.0、ソ連は0.8、日本は0.5、フランスは0.3そしてイタリアは0.24であった。
――第6章 工場の戦い、頭脳の戦いB-29の開発経費は、初めて原子爆弾を開発した経費とほぼ同じであった。
――第8章 空母の戦いから最終決戦まで激しい戦闘が行われた場合を除けば、(朝鮮戦争で)中国軍や北朝鮮軍の一個師団に必要な物量は、一日当たり40トンから50トンを越えることはなかった。(略)この量は同数のアメリカ軍の師団が第二次世界大戦の最終年に必要とした量のわずか1/10であった。
――第14章 朝鮮からシナイ半島へ換言すれば、(第四次中東戦争で)アメリカが援助した真の動機は、戦争そのものの経過にあったのではなく、核を使用するというイスラエルの見え透いた脅迫によるものかもしれなかった。
――第15章 シナイ半島からテヘランへ
【どんな本?】
19世紀末の気球に始まった航空機の軍事利用は、第一次世界大戦で脚光を浴び、第二次世界大戦の電撃戦に始まり原爆に至る華々しい活躍で、現代の軍における必須のものとなった。しかし、金満国家のアメリカでさえF-22の調達が削減されるなど、あまり芳しくない話もある。
軍事に於いて航空機はどのように使われてきたのか。どう使えば効果があるのか。どんな指揮系統が相応しいのか。効果的に航空機を使えるのは、自然・社会的にどんな状況か。そして、航空戦力の将来はどこに向かうのか。
「補給戦」や「戦争文化論」などの著作で知られる著者が、豊かな歴史・軍事知識を元に歯に衣着せぬ厳しい論を展開する、斬新な視点の空軍論。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は The Age of AirPower, by Martin Van Creverd, 2011。日本語版は2013年2月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約527頁に加え、監訳者あとがき6頁。年寄りに優しい10ポイントで47字×20行×527頁=約495,380字、400字詰め原稿用紙で約1,239枚。文庫なら厚い上下巻か薄い上中下巻の大容量。
この手の本にしては比較的に文章はこなれている。博覧強記の著者だけに、過去の軍事エピソードが次々と出てくる。が、「補給戦」に比べるとかなりわかりやすかった。その理由は二つ。まず、20世紀の例が大半なので、私が知っている例が多いこと。もう一つは、「補給戦」と違い、個々の例の背景を文中で説明していること。
当然ながら、軍用機の名前もたくさん出てくる。実は知らなくてもあまり問題はない。が、もちろん、多少は知っていた方が楽しく読める。扱う年代の関係で、第二次世界大戦~1970年代が多いため、センチュリー・シリーズなどが好きな人は楽しめるだろう。
【構成は?】
監修者あとがきが見事にこの本を要約しているので、忙しい人はあとがきだけを読めばいい。もう少し時間が取れるなら、最終章も加えよう。もちろん、できれば全部読んだ方が楽しいけど。
- 日本語版への序/はじめに
- 第一部 大空へ、1900年~1939年
- 第1章 出自と始まり
- 第2章 乗り越えた試練
- 第3章 ビジョン、組織そして試練
- 第4章 戦争と戦争の狭間
- 第二部 史上最大の戦争、1939年~1945年
- 第5章 勝利から膠着状態へ
- 第6章 工場の戦い、頭脳の戦い
- 第7章 閉じられた包囲
- 第8章 空母の戦いから最終決戦まで
- 第三部 目新しい戦争、1945年~1991年
- 第9章 支配的な要因
- 第10章 ジェット機とヘリコプター
- 第11章 ミサイル、衛星そして無人機
- 第12章 紙の上の戦争
- 第四部 小規模戦争、1945年~2010年
- 第13章 海軍航空の黄昏
- 第14章 朝鮮からシナイ半島へ
- 第15章 シナイ半島からテヘランへ
- 第16章 見せかけの勝利?
- 第五部 住民の中の戦争、1898年~2010年
- 第17章 最初の40年間
- 第18章 敗北と撤兵
- 第19章 あまりにも遠い戦争
- 第20章 ヴェトナム戦争を越えて
- 最終章 凋落、1945年以降?
- 監訳者あとがき/原書注/索引
【感想は?】
軍用機、特に戦闘機が好きな人には、いささか辛い本だ。
実のところ、私も少しモヤモヤしていた。その理由は機体数だ。零戦は1万機以上作った。だが、現在の航空自衛隊のF-15Jは200機少々である。F-4EJは150機ほど、F-2は100機に満たない。
もちろん、性能は全く違う。が、いかに天下のイーグルといえど、さすがに空対空ミサイルを百発は積めない。なら安い戦闘機を沢山用意した方がいいんじゃね? なんて発想も出てくる。パイロットを使い捨てにする血も涙もない発想だけど。似たような事を、この本も最終章に書いてある。
1950年から1970年代初頭までの間、合計で1万5948機の戦闘機(略)が生産され、アメリカ空軍やその他の国で運用された。一方で1975年から2009年の間の戦闘機の生産数は、F-15やF-16を含めて、わずかこの1/3である。
――最終章 凋落、1945年以降?
これは機体数だけでなく、種類もそうだ。第二次世界大戦中、軍用機は次々とモデルチェンジした。対してF-4ファントムのデビューは1960年代初頭である。既に半世紀以上の高齢だ。レーダーや電子系統は大きく変わっているし、シリーズが幾つかあるとはいえ、なんか変じゃないか?
他にもある。使いやすさだ。ノルマンディー上陸作戦で、米陸軍航空隊のバイパー・カブ偵察機は、50mほどを整地すれば離陸できた。現在の空軍機で、それほど気楽に基地を動かせる機体はあるのか? こでは第二次世界大戦の電撃戦でも同様で…
(第二次世界大戦での)ドイツ空軍の最も感嘆すべき特徴は、敵の飛行場を奪取してすぐに使用できるように後方支援組織を前進させる能力にあった。
――第5章 勝利から膠着状態へ
つまり遠距離砲撃のかわりに軽爆撃機を使うって発想だけじゃなく、使えるようにする整備や補給や飛行場建設の能力も優れていたのだ。これで痛い目を見たのが帝国海軍のガダルカナルで…。もっとも、今はカブやスツーカの役割をヘリコプターや無人機が担ってて、たいてい陸軍の管轄になってる。
まあ、でも、改めて考えると、専守防衛なら、飛行場建設能力はなくてもいいんだよね。守るだけなら、敵地に飛行場を作る必要もないんだし。
などと暗い話になったが。航空戦力が最も華やかだったのは、第二次世界大戦だろう。ドイツ軍の電撃戦に加え、米海軍も…
ミッドウェー海戦が終わってから二週間もしないうちに、アメリカ下院海軍委員会は、16インチ砲を搭載する五万八千トンのモンタナ(USS Montana)級戦艦五隻の建造計画を満場一致で廃案に(略)五万トンを超える新しい航空母艦の建造を承認した。
――第8章 空母の戦いから最終決戦まで
と、航空戦力に舵を切り替える。ただし、海軍はともかく、陸上での使い方では、著者は厳しい。戦略爆撃はもちろん電撃戦みたいな使い方にも否定的で、最も効果的なのは…
上空である程度の行動の自由が確保できるとするならば、「三位一体(訳者注:政府、国民、軍隊が一体)」の軍隊に対する戦争において空軍を役立てる最善の方法は、近接航空支援や戦略爆撃ではなく、阻止でほぼ間違いないということである。
――第5章 勝利から膠着状態へ
と、ちょっと変わった見解を示す。戦略爆撃は効果が疑わしいし、近接航空支援=敵前線部隊への攻撃は被害がデカい上に友軍への誤爆がある。阻止ってのは、敵の補給部隊や応援部隊を潰すこと。弾薬が無きゃ撃てないし、油が無きゃ戦車も止まる。逆に最も無駄なのは…
(第二次世界大戦のユーゴスラビアでドイツ軍の)エア・パワーは、反乱戦力を鎮圧する手助けにはほとんどなっていなかった。
――第17章 最初の40年間
レジスタンスやテロリストなど、人ごみや山陰に隠れ軽装備で嫌がらせする敵に対しては、手間とカネがかかる割に、ほとんど効果がない。これはイスラエルのレバノン侵攻やアメリカのベトナム・アフガニスタン・イラクと、何度も証明されている。思えば日中戦争の重慶爆撃もそうだなあ。
これは戦場の適不適もある。航空機は砂漠などの開けた場所で威力を発揮する。ジャングルや峻険な山、ゴチャゴチャした都市には向かない。おまけに高射砲や地対空ミサイルなどの進歩で、空は安全地帯じゃなくなった。しかも長距離ミサイルやヘリコプターや無人機などライバルも多い。
UAVに必要な設備は小規模かつ簡素であり、そのため運用コストが有人機の5%に過ぎないと言われている。
――第11章 ミサイル、衛星そして無人機
極端な話、ドローンにスマートフォンを積めば、簡単な偵察機になるんだよね。加えて、空軍のもう一つの重要な任務、防空に関しても、長距離ミサイルと核の発達で…
入手可能な公刊情報から判断すると、2010年現在、断固たる攻撃から都市を1000%守ることのできるシステムを有している国家は存在しない。
――第11章 ミサイル、衛星そして無人機
と、いいささか切ない状況にある。逆に都市攻撃にしても、大型爆撃機はB-52ぐらいしかない。え?B-1とB-2? 何か仕事したっけ? ああ、「レッド・プラト-ン」でB-1は活躍してたなあ。前哨基地の防衛だけど。
と、そんなわけで、将来の展望としては…
軍用機、すなわち有人の作戦機に関しては、明らかに絶滅の方向に向かいつつあり、他の兵器の役割が増大していくため、多くの場合、空軍は、ずたずたにされることになるであろう。
――最終章 凋落、1945年以降?
と、軍用機が好きな人にははなはだ悲しい結論になっている。もっとも、希望はある。
軍というのは、いつだって直前の戦争から学ぶ。まずもって先見の明とは縁がない。今後も大きな戦争がなければ、ずっと今の状態が続く。だから、戦闘機ファンは、戦争が起きないように働きかけよう。戦争がなければ、これからも戦闘機が花形兵器でありつづけるだろう。
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