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2019年3月の10件の記事

2019年3月28日 (木)

鈴木静夫「物語 フィリピンの歴史 『盗まれた楽園』と抵抗の500年」中公新書

…フィリピンの歴史を、ラス・カサス的な曇りのない目で捉えなおしてみることにしよう。植民地主義者や帝国主義者の観点からではなく、何より原住民の立場で、彼らの追い込まれた境遇や息遣いに迫ることである。
  ――はじめに

…1898年6月12日、アギナルドによってフィリピンの独立が宣言された。
  ――7章 アメリカのフィリピン占領

ダグラス(・マッカーサー)は独立までに1万1千人の正規軍と、40万人の予備軍を作る計画を立案した。仮想敵国は当然日本であり、もし戦争となれば、最終的にはゲリラ戦をも想定した。
  ――8章 「友愛的同化」の虚と実

フク団との対立のさなか、フィリピンは1946年7月4日、アメリカ合衆国から独立した。
  ――12章 戦後の反政府活動

フィリピンの地主階級や金持ちは、多くの場合私兵を持つか、外部からの侵略に備えてガードマンを置くのが常である。
  ――13章 ニノイ・アキノとフィリピン政治

86年にエッドサで打倒されるまでに、マルコスは実に360憶ドルの対外債務をつくりだし、国家財政を麻痺させた。
  ――14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命

農地改革は、戒厳令で非常大権を握ったマルコス大統領ですら、ほとんど実効をあげることができなかった。
  ――14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命

【どんな本?】

 最近はドゥテルテ大統領の大胆かつユニークな政策が話題を呼んでいるフィリピン。巧みに英語を操る人が多いと同時に、南欧風の人名や地名も目立ち、カトリックが支配的ながらムスリムもいる。第二次世界大戦では激烈な戦場となり、戦後は独立したものの経済的な発展ではやや遅れをとっている。

 そんなフィリピンは、どのような歴史を辿ったのか。スペインと、その後のアメリカの支配はどのようなもので、いかにしてそこから独立を勝ち取ったのか。そして独立後の歩みはいかなるものか。

 文献だけに留まらず、現地フィリピンや旧宗主国であるアメリカにも足を運んで取材し、政府要人から反政府運動の活動家や宗教指導者などの声も集めて書き上げた、一般向けのフィリピンの歴史解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 1997年6月25日発行。新書版で縦一段組み、本文約300頁。9ポイント43字×17行×300頁=約219,300字、400字詰め原稿用紙で約549枚。文庫本でも普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。特に「そのころ日本は」的な記述が入っているのが有り難い。ただ、耳慣れない略語や人名がよく出てくるので、できれば索引か用語集が欲しかった。

【構成は?】

 ほぼ時系列で進むので、素直に頭から読もう。

  • はじめに
  • 1章 フィリピンの歴史を遡上する
  • 1 自由な天地で
    「ラグナ銅板碑文」の世界/中国人との海上交易
  • 2 アジア世界を求めて
    大航海時代の幕開け/マゼラン船団の出発/西と東 最初の出会い/マゼラン、ラブラブとの戦闘で敗北
  • コラム フィリピン人の名前と国名/世界一周、一番乗りの男エンリケ・デ・マラッカ

 

  • 2章 盗まれた楽園
  • 1 スペイン政府派遣の遠征隊
    レガスピ遠征隊、セブにとりつく/セブ―パナイ―マニラ
  • 2 エンコミエンダ制の整備
    植民地の拠点・マニラ
  • 3 もう一つの「海のシルクロード」
    フィリピン経済を破壊したガレオン貿易
  • コラム スペインを悩ませた倭寇と秀吉

 

  • 3章 カトリック宣教と原住民
  • 1 「改宗は簡単。押し付ければ信じる」
  • 2 修道会のフィリピン支配
  • 3 原住民の三重苦 貢税・奴隷化・強制労働
  • コラム モロ戦争の歴史1

 

  • 4章 全民族の抵抗運動へ
  • 1 原住民キリスト教徒の抗議 ダゴホイ事件 1744-1829
  • 2 対英協力で反スペイン闘争 ディエゴ・シランの反乱
  • 3 祈りによる抗議 アポリナリオ・デ・ラ・クルスの兄弟会
  • 4 巡回権問題と人種対立
  • 5 在俗司教のフィリピン化
  • 6 抵抗のもう一つの起爆剤 ゴンブルサ事件
    イスキエルドの着任
  • コラム モロ戦争の歴史2

 

  • 5章 中国系メスティーソの勃興と抵抗
  • 1 パリアン(生糸市場)から全国の流通を支配
  • 2 初期プロパガンダ運動と「フィリピン人意識」
  • 3 プロパガンダ運動の発展
  • 4 フリーメーソンからの支援

 

  • 6章 フィリピン革命
  • 1 三人の戦士 リサール、ボニファシオ、アギナルド
    「第三の社会」示したリサール/ボニファシオの歴史的直観の冴え
  • 2 「カティプナン」ついに蜂起
  • 3 リサール処刑される
  • 4 ボニファシオの処刑
  • 5 ビアクナバト 和平か売国か

 

  • 7章 アメリカのフィリピン占領
  • 1 太平洋に進出した米帝国主義
    太平洋の誘い/アメリカの“国盗り計画”/マニラ解放と米軍の背信
  • 2 束の間のフィリピン独立
    マロロス議会/フィリピン戦争の勃発
  • コラム フィリピン独立教会創設

 

  • 8章 「友愛的同化」の虚と実
  • 1 マッキンリー米大統領の政策表明
  • 2 タフトのフィリピン操縦術
  • 3 米国への併合願った連邦党
  • 4 宥和政策と「合法的独立運動」
  • 5 フィリピン戦争は収束せず
  • 6 独立法案とケソンの独裁
  • 7 フィリピン社会の変質
  • コラム モロ戦争の歴史3

 

  • 9章 1930年代の民族主義の軌跡
  • 1 農民意識の変化と社会主義運動
  • 2 サクダル蜂起
    ケソンの訪日
  • 3 第7回コミンテルン大会とフィリピン共産党
  • 4 反共から溶共へ 反ファシズム統一戦線の取り込み
  • コラム ダバオ開発の光と影

 

  • 10章 日本軍のフィリピン占領とエリートの“対日協力”
  • 1 日本の南方作戦 フィリピン戦
    日本軍のマニラ進軍/バタアン半島「死の行進」
  • 2 エリートの選んだ“民族主義的”対日協力
    バルガスを「大マニラ市」市長に任命/反米的な愛国者アキノ/ラウレル大統領の姿勢/レクト外相の愛国主義
  • コラム 日本軍の“傭兵”ガナップ、マカピリ隊

 

  • 11章 抗日人民軍(フク団)と米比軍ゲリラ
  • 1 共産党は抗日軍編成を迫られる
  • 2 フク団が発足
  • 3 村落統一防衛隊が誕生
  • 4 全土に産まれる各種のゲリラ組織
  • 5 マッカーサーは「待機せよ!」と指令

 

  • 12章 戦後の反政府活動
  • 1 米軍がフク団に向ける「むきだしの敵意」
  • 2 ロハスはフク団に接近
  • 3 アメリカ合衆国から独立 第三共和政成立
    タルクの「凱旋」
  • 4 キリノ政権でマグサイサイは辣腕を発揮
    天才記者ニノイとマグサイサイ大統領

 

  • 13章 ニノイ・アキノとフィリピン政治
  • 1 タルクの処遇をめぐり大統領と対立
  • 2 政治に手を染める 町長から大統領補佐官まで
  • 3 政治人間から農場経営者に、そして副知事に
  • 4 知事昇格と「タルラクの包囲」
  • 5 マルコス大統領の登場
  • 6 上院に議席を占め、マルコスを攻撃
  • 7 「独裁者、アメリカの走狗マルコス」

 

  • 14章 マルコス政治と“ピープル・パワー”(人民の力)革命
  • 1 ホセ・マリア・シソン 新しい民衆運動の興隆と背景
  • 2 マルコスの農地改革 全土を改革対象地域に指定
  • 3 ニノイ・アキノの暗殺 「フィリピン人のためなら死ぬ価値がある」
  • 4 国民が無視しはじめたマルコスの存在と戒厳令
  • 5 コラソン・アキノの大統領就任
  • 6 包括的農地改革法と農民の怒り、失望
    チノ・ローセスの叱正
  • 7 アキノ大統領が痛感する「国語問題」
  • おわりに
  • フィリピンの歴史・略年表/参考文献

【感想は?】

 人物を中心とした物語風の歴史はわかりやすい。その反面、著者の歴史観が強く出るので、「洗脳」されやすい。

 その点、この本は、最初の「はじめに」で、著者の姿勢を明らかにしているのが有り難い。この記事の冒頭に引用したように、もともとフィリピンに住んでいた人たちの立場で歴史を見る、そういう歴史観だ。

 よってスペイン人は侵略者として描かれ、次に来たアメリカも抑圧者となる。スペインやアメリカに対し、いかに抗って独立を手に入れたか、そんな流れとなる。

 ただ、フィリピンにも様々な人がいるんだが、記述の大半はマニアがあるルソン島に割かれ、南部のミンダナオ島の話が少ないのは寂しい。とはいえ、それぞれの地方まで書いてたら五冊ぐらいになっちゃうだろうから、仕方がないか。

 そういう姿勢ではあるんだが、スペイン襲来以前の歴史資料が乏しいのは辛い。高温多湿な気候が災いして、文書が残っていないのだ。1990年にルソン島で見つかったラグナ銅板碑文によると、十世紀には法に支配され活発な経済を営む社会があったらしい。

 また982年の宋の史書「文献通考」にも「モ・イ国の商人たちが商品を持って広東沿岸を訪れた」とあり、1225年の「諸蕃志」にも、役人が貿易船の荷を調べる様子が出てくる。

 日本も世界史に登場するのは魏志倭人伝だし、変な所で中国の存在感を感じてしまった。中国視点で世界史を書いたら、私が知っているのとは全く違う歴史になるだろうなあ。

 本格的に世界史に登場するのは、16世紀のマゼラン到来から。この時、住民の多くはムスリムだったのが、結構アッサリとキリスト教に改宗している。当時のイスラム教はユルかったんだなあ。つかキリスト教徒より前にイスラム教がフィリピンに来てるじゃん。アラビア語文献の発掘が進めば、フィリピン史はまた違ってくるかも。

 そのキリスト教の布教は侵略の尖兵だったと、よく言われる。その実態を細かく描いているのも、この本の嬉しいところ。悪名高いエンコミエンダ制(→Wikipedia)やガレオン船貿易で、商人ばかりか修道会も土地を食い荒らし荒稼ぎする。

 「コラム スペインを悩ませた倭寇と秀吉」にあるように、当時は日本人もフィリピンにいて、秀吉はなんと
フィリピン侵攻をほのめかす手紙を送っている。宣教師が侵略の尖兵だと、なぜ当時の日本の権力者たちが気づいたか。フィリピン情勢がヒントになったのかも。

 もちろん、フィリピンだって黙って支配に甘んじていたワケじゃなく…

(スペインへの)反乱は(16世紀から)19世紀末に向かって、一層激しさを増し、サイデによると「100回以上」、アゴンシリョによると「四、五年に一度の割」で起きている。
  ――4章 全民族の抵抗運動へ

 と、盛んに反乱を起こしている。情勢が大きく変わったのは米西戦争(→Wikipedia)で、以降もなんとかスキを見ては独立を勝ち取ろうと様々な組織が国内で動き始める。

 独立後の話では、なんといってもフェルディナンド・マルコス大統領の存在感が大きい。

 強引な独裁者として悪評高いが、リンドン・ジョンソンと交渉しベトナム派兵の見返りに3800万ドルをせしめる手腕はたいしたもの。もっとも、派兵したのは医療関係者で、貰った金は自分でガメちゃったんだけど。せめて国民のためにカネを使っていればなあ。

 そんなマルコスのライバル、ニノイ・アキノ(→Wikipedia)は、高潔な人格と卓越した能力を持ちながらも非業の死を遂げた英雄として描いている。ちょっと出来すぎな気もするが、これが現代フィリピン人の共通認識なんだろう。

 出版が1997年だけに、コラソン・アキノの苦闘で終わっている。彼女の苦労は土地改革に加え、ケッタイな教育体系にも表れている。国語・社会・図工・体育はフィリピン語、英語・算数・理科は英語で教えているため、理数系は脱落者が多いとか。そりゃそうだよなあ。

 カトリックが盛んで地主が私兵を雇うなど治安が悪く貧富の差が激しいあたりは、ブラジルやアルゼンチンなど南米の元南欧植民地とも似ているが、中国系商人やイスラムの影響もあるのは、やはり東南アジアならでは。著者の戦旗鮮やかな姿勢も相まって、物語としても楽しめる本だった。

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2019年3月26日 (火)

宮内悠介短編集「超動く家にて」東京創元社

「俺か。俺はZ80だ」
  ――エターナル・レガシー

十一名いるのだ。
  ――超動く家にて

御厨島は海底隆起によって生まれた新島で、国の領土がわずかばかり増えたという以外はあってないような島であったのが、いつしか各地より海女たちが集まり、海に潜ってメタンハイドレートを探るようになったそうなのだ。
  ――弥生の鯨

【どんな本?】

 「盤上の夜」でデビューして以来、快進撃を続ける宮内悠介の、ギャグ/ユーモア/パロディ作品を集めた短編集。

 雑誌「トランジスタ技術」のバックナンバーをいかに手早く薄くするかを競う男たちが熱い闘いを繰り広げる「トランジスタ技術の圧縮」、Z80を名乗る男と若い囲碁の棋士の短い交錯を描く「エターナル・レガシー」、読者の予想を裏切り続けるミステリ「超動く家にて」など、気分のリフレッシュに最適な作品16編に加え、充実したアフターサービスの「あとがき」も楽しい。

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」国内篇で8位に食い込んだ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年2月23日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約280頁に加え、本編並みに笑えるあとがき11頁と、酉島伝法による解説6頁。9ポイント43字×19行×280頁=約228,760字、400字詰め原稿用紙で約572枚。文庫なら普通の厚さの一冊分ぐらい。

 文章はこなれている。内容もわかりやすい。というか、大半はギャグやユーモア作品なので、あまり真面目に読まないように。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

トランジスタ技術の圧縮 / 電子雑誌「アレ!」VOl.7 2012年3月

 エレクトロニクス総合誌のトランジスタ技術は根強い読者に支えられながらも、異様な厚さがバックナンバーの保存を阻んでいた。その最大の原因である広告頁を取り除けばスリムになり、書棚を節約できる。やがて圧縮技術は競技として競われ、ゴールデンタイムに放送されるまでになったが…

 「トランジスタ技術の圧縮」って作品名からICのことかと思ったら、ソッチかい!って出オチでまず大笑い。そもそもトランジスタ技術を持ち出す時点で理系の人には楽しい上に、その後の展開もどっかで見たような対決物の定石を踏んでいて、ニヤニヤとガハハが止まらない怪作。通勤列車の中で読んではいけません。

文学部のこと / 同人誌「S.E.」2012年5月

 文学。英語圏ではそのままブンガクと呼ばれ、南米では日系人の影響かサクラと言われる。フランスではビュニャークだが、冠詞が男性形か女性形かでもめた。いまのところは日本産が好まれており、原産地などの基礎知識も大事だ。

 これも板面を見ただけでニヤニヤしてしまう作品。なにせ改行が少なく、ビッシリと文字で埋まっている。それぞれの文も無駄に長く、ダラダラと書いている割に特に意味はなかったり。と、いわゆる「ブンガク」をパロってるのかと思ったら、「原産地」なんて意外なモノが混じってきて…。やっぱりソレかいw

アニマとエーファ / 「ヴィジョンズ」2016年10月

 戦後、アデニは景観をウリにして観光客を集めようとする。とはいえ、目ぼしい観光スポットもない。そこで美術館に展示されたのがぼく、アニマだ。いちおう、地元の名士の作品ということになっている。作ったのはセメレ・アファールという爺さんで…

 内戦で荒れた東欧らしき都市を舞台とした、ピノキオみたいな人形の物語。エーファと出合うあたりは、しっとりとしたボーイ?・ミーツ・ガールっぽいんだが、商人のムルカンが登場するあたりから、物語は一気に加速してゆく。作家にとってはありがたいような、疫病神のような。

今日泥棒 / 同人誌「清龍」第11号 2012年11月

 今日も父さんが怒っている。日めくりが明日になっているからだ。出勤前の楽しみなんだ、と言う。そして犯人探しが始まる。ぼくか、妹か、母さんか。

 家族そろっての朝食の席を舞台としたミステリ…というか、お馬鹿ミステリ。確かに日めくりを破るのって、なんか楽しいよね。

エターナル・レガシー / SFマガジン2017年4月号

 葉飛立は囲碁棋士だ。六歳の時に限界を感じ、日本に来た。新人王を獲り有望な若手と言われたが、対コンピュータ戦で負けた。それ以降、どうも気分がすぐれない。そんなある日、奴と飲み屋で出会った。「俺はZ80だ」「こう見えて、宇宙にだって行ったことがあるんだぜ」

 アルファ碁が話題になっていた頃に発表された作品。Z80だのMSXだのと、その手の人には嬉しいクスグリがいっぱい。そうなんだよなあ、掛け算すらできないんだよなあw それでも予め計算しておいて表にしておくとか、当時は色々と工夫したんですよ、はいw にしてもサユリさん、なんで知ってるんだw

超動く家にて / 同人誌「清龍」第10号 2011年11月

 ここはルルウとエラリイ、二人だけの探偵事務所。主に所長のルルウが出かけていき、エラリイは事務雑務を引き受ける。とはいえ、エラリイの仕事はほとんどなく、暇を持て余した所にルルウが謎解きの問題を持ってきた。それはメゾン・ド・マニの平面図で…

 テンポよく、次から次へと読者の思い込みを覆してゆく、お馬鹿ミステリ。わざわざ8個ものイラストまでつけてくれるサービス精神が嬉しい。うん、やっぱり、こういう話は11人いないとねw

夜間飛行 / 人工知能Vol.29 No.4 2014年7月

 飛行任務中の軍用機と、それを遠隔地でサポートするアシスタントとの、会話だけで成り立っている作品。短いながら、いや短いからこそ、基本のアイデアとオチのキレがいい。

弥生の鯨 / 夏色の想像力2014年7月

 海底隆起で生まれた新島、御厨島。メタンハイドレートを採りに海女が集まり、一時は隆盛をきわめた。海女により発展したためか、島は女性中心の社会となった。離島で学校もなく、そんな島で生まれたわたしは海が学校のようなものだった。そして八歳のころ、岩場で弥生と出合い…

 いきなり「海女がメタンハイドレートを採る」で大笑い。いやちゃんとタネも仕掛けもあるんだけどw ボーイ・ミーツ・ガールかと思ったら、うん、確かにボーイ・ミーツ・ガールではあるんだがw

法則 / 小説トリッパー2015年夏号

 使用人としてオーチャードに仕えたのが最大の間違いだった。幸か不幸か、最初に訪ねた時、当時は高校生だった娘のジェシカに気に入られ、住み込みで働き始めた。やがてジェシカと親しくなったのはいいが、オーチャードにバレて…

 ミステリ・ファンにはお馴染みの「ヴァン・ダインの二十則(→WIkipedia)」をネタにした作品。なんだが、そう使うかw

ゲーマーズ・ゴースト / WebマガジンMATOGROSSO 2013年2月・3月

 駆け落ちだってのに、これじゃロマンチックさの欠片もない。そもそもライトバンだし。おまけにナナさんは途中で妙な奴を拾っちまった。欧米人ヒッチハイカーのレドモンドにチェロ弾きのアキオ。二人とも妙にノリがいい。おまけに、黒塗りのライトバンが後をつけてくる。

 なんじゃい「駆け落ち力」ってw シド・アンド・ナンシーだのボニー・アンド・クライドだのと、駆け落ちに変な思い入れたっぷりな語り手「ダンナ」,やたら心の広いナナさん,宿無しヒッチハイカーのレドモンド,追われる身のアキオ。能天気で脱線しまくりな四人の会話が楽しい。

犬か猫か? / 小説すばる2013年1月号

 友達からアリスがもらったぬいぐるみ。アリスはそれを犬だといい、エルヴィンは猫だと言い張る。ここイギリスでもファシストの黒シャツ隊が気勢を上げている。

 最後の参考文献で「おお!」となる作品。私は狸だと思ったw

スモーク・オン・ザ・ウォーター / Webサイト JTスモーカーズID 2016年

 八重洲に隕石が落ちた。幸い深夜なので、道路に穴が開いただけで済んだ。すかさず妹はバイクで出かけ、欠片を拾ってくる。業病で寝たきりとなり、鉱物コレクションが唯一の趣味な父のため、ペンダントにするのだ。父も喜んでくれた。ところが…

 仲の良い家族、奇妙な事件の連続、意外な謎の真相、そして心地よいオチと、お話の進み方は良質のジュブナイルそのもの。なんだけど、ネタがネタなために、お子様や若者にお薦めできるかというとw なんでこういうサイトにこういう話を書くかなあw

エラリー・クイーン数 / 同人誌「清龍」第9号2010年12月

 日本語版 Wikipedia の記事のパロディ。あくまで Wikipedia であって、アンサイクロペディアじゃないあたりが、作家の矜持というかw 

かぎ括弧のようなもの / 読樂2013年8月号

 「かぎ括弧のようなもの」を凶器とした殺人事件をネタにした、ミステリ仕立ての作品。ヴォネガットなのか。私はてっきり筒井康隆だと思った。たぶん虚航船団のせいだろうなあ。

クローム再襲撃 / 書き下ろし

 その晩、僕は相棒のボビイのロフトでクロームを襲った。僕たちは<ジェイズ・バー>で出会った。二人とも落ち目で、そろそろカイボーイをやめ引退を考える年頃だ。そこに万能札、巻き毛のリッキーが現れた。

 ウィリアム・ギブスンの「クローム襲撃」を村上春樹が書いたら、という思い付きをキッチリ短編に仕上げた作品。ギブスンのファンより村上春樹のファンにウケると思うんだけど、どうなんだろw やれやれ。

星間野球 / 小説野生時代Vol.109付録 野生時代読み切り文庫15 2012年

 既にたいした機能も果たさず、とりあえず保守しているだけの宇宙ステーション。駐在しているのは二人、杉村とマイケルだけ。暇を持て余した二人は、古い人工衛星を拾う。中から出てきたのは、子供たちのタイムカプセル。その一つが野球盤で…

 いい歳こいた野郎二人が、宇宙で野球盤に盛り上がる話。いくら歳を重ねても、男ってのはしょうもない生き物で。たかが野球盤、されど野球盤。お互い知恵を振り絞り秘技を繰り出し…って、をいw

 冒頭の「トランジスタ技術の圧縮」から、強烈なギャグで笑いっぱなし。ばかりか、最後の「あとがき」にまで、色々と仕込んでくれるサービス精神が嬉しい。疲れた時にこそ楽しく読めて気持ちをリフレッシュできる、そんな作品集だ。

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2019年3月24日 (日)

リチャード・H・スミス「シャーデンフロイデ 人の不幸を喜ぶ私たちの闇」勁草書房 澤田匡人訳

この本はシャーデンフロイデ、つまり人の不幸を喜ぶなんて恥ずべきものであるにもかかわらず、私たちの多くが抱く感情について書かれている。
  ――序章

自分が劣っていると嫌な気持ちになるように、優れていると良い気持ちになるものだ。
  ――第1章 優越の恍惚

私たちは、誰かが苦しんでいるのを見ると不快感を抱くのが普通だ。ところが、(略)自分たちが苦しいとき、自尊心の危機に直面したとき、あるいは、慢性的に自尊心が低いとき(略)、自分と同じくらいか――もしくは、よりいっそう不運な人と比べると、気力を取り戻す効果をもたらす。
  ――第2章 下を向いて上向こうよ

ほとんどの場合、不公平に(自分が)有利な状況は、不利な状況よりも問題にならない。
  ――第4章 自己と他者

悪い輩が相応の報いを受けるのを見るのは、とても愉快なのだ
  ――第5章 相応しい不幸は蜜の味

妬みを感じている人たちは、自分を犠牲にしてでも相手を貶めるのだ。
  ――第7章 屈辱エンターテインメント

シャーデンフロイデは人間の性質に反するものでなく、むしろ共存している…
  ――第11章 リンカーンだったら?

【どんな本?】

 シャーデンフロイデ。最近になってよく見聞きする言葉だ。ソレの中身は誰もが昔からよく知っている。「人の不幸は蜜の味」、ネットの俗語なら「メシウマ」。そんな風に、誰かの不幸を喜ぶ気持ちだ。卑しいとは思うが、やっぱり私たちはメシウマが好きなのだ。

 だが、なぜ私たちは人の不幸を喜ぶんだろう? 人が不幸になって、どんな得があるんだろう? 餌食になって美味しいのはどんな人で、どんな人がそれに食らいつくんだろう? ソレにはどんな性質があるんだろう? 使い道はあるんだろうか? なんとなく邪悪だと感じているけど、それは何故なんだろう? どうすれば防げるんだろう?

 シャーデンフロイデ研究のパイオニアが、一般向けに著した、心理学の解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Joy of Pain : Schadenfreude and the Dark Side of Human Nature, First Edition, by Richard H. Smith, 2013。日本語版は2018年1月20日第1版第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約255頁に加え、訳者あとがき5頁。9.5ポイント45字×20行×255頁=約229,500字、400字詰め原稿用紙で約574枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。実は出版社が勁草書房ということで覚悟していたんだが、拍子抜けするほど読みやすい。内容もわかりやすい。何せ肝心のテーマが「メシウマ」だ。誰だってそんな気持ちを持っているし、餌食になったこともある。

 ただ、アメリカ人向けに書いているため、例がゴルファーのタイガー・ウッズやアニメのザ・シンプソンズなど、アメリカの有名人・有名タイトルなのが難と言えば難かも。ましてマーサ・スチュアート,「プレデターをやっつけろ」,ジミー・スワガートなんて日本じゃまず馴染みがないし。もっとも、どんな人/番組かは、ちゃんと本文中に説明があるので、ご心配なく。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 日本語版への序文/謝辞/序章
  • 第1章 優越の恍惚
  • 第2章 下を向いて上向こうよ
  • 第3章 余人しくじるべし
  • 第4章 自己と他者
  • 第5章 相応しい不幸は蜜の味
  • 第6章 正義は人の為ならず
  • 第7章 屈辱エンターテインメント
  • 第8章 エンヴィーに首ったけ
  • 第9章 妬み転成
  • 第10章 解き放たれた邪悪な喜び
  • 第11章 リンカーンだったら?
  • 終章
  • 訳者あとがき/注/事項索引/人名索引

【感想は?】

 ブログをやっていると、炎上が怖い。「ネット炎上の研究」では、誰が煽るのかを分析していた。ここでは、それに加えて、なぜ煽るのか・餌食になるのは誰かについても、少し見えてくる。

 シャーデンフロイデなんて耳慣れない言葉より、メシウマの方が私にはシックリくる。

 まずは、美味しいのはどんな獲物か、だ。ジャイアンツの主力選手が怪我をすれば、阪神タイガースの熱狂的なファンは喜ぶだろう。この気持ちは合理的に説明がつく。ジャイアンツが弱くなればタイガースが有利になる。だが、それだけじゃ説明がつかない部分が、「メシウマ」にはある。

 例えば、菜食主義者だ。正直言って、私も彼らが気に入らない。彼らが肉を食べようが食べまいが、私には何の関係もない。なのに、なぜ気に入らないんだろう?

彼ら(菜食主義者)の存在そのものが、肉を食べる人からすれば道徳的にイライラさせるのだ。
  ――第5章 相応しい不幸は蜜の味 

 そう、彼らの「私は道徳的に優れています」的な態度が気に入らないのだ。いや別に菜食主義者が気取ってるってわけじゃない。私が勝手にそういう気配を感じているだけだ。自分は道徳的に劣っているんじゃないか、そう感じるのである。だから気に入らない。

 最近のニュースだと、神父による児童性虐待のニュースがメシウマだった。改めて考えると、子供が被害に遭ってるのに喜ぶとは酷い話である。だが、このニュースは実に都合がいい。だってメシウマと言わなくていいんだもん。子供の味方を装って神父を叩けばいい。

 ここに「メシウマ」の怖さがある。菜食主義者も神父も、「道徳的に優れている」と世間では思われがちな立場だ。それが失墜するのが心地いい。そこにあるのは、妬みだ。私だって、いい人と言われたい。でも現実にはウスラハゲのオッサンにすぎない。だから妬む。ところが、妬みってのは厄介なモノで…

一般に妬みを感じていることを私たちは否定する(略)妬んでいると認めることは、(略)自分の方が劣っていると認めるに等しい。
  ――第9章 妬み転成

 そう、たいていの人は、自分が妬んでいるとは認めない。そもそも、「妬みを感じていても、(略)それに無自覚である」。自分でもハッキリとは気づかない。そして、無意識のうちに…

妬みというのは、まず嫌悪に転成し、続いて、そこから高潔で正しい「相応しい」憎悪へと変貌を遂げる。
  ――第10章 解き放たれた邪悪な喜び

 「なんかアイツ気に入らねえ」的な気持ちになる。そこに動かぬ証拠なんてモンが出てきたら、錦の御旗を手に入れたようなものだ。それこそ大喜びで…。

 これを組織的に煽ったのがナチスで、餌食になったのがユダヤ人だ、と著者は説く。実はこの辺、ちと強引と感じた。いや結論が間違いってワケじゃない。そこまでの過程が怪しい。「本人が認めないからこそ、そうなんだ」って理屈なら、どんな無茶でも通ってしまう。とまれ、これを厳密に実証したら、それだけで数冊分になりそうだけど。

 まあユダヤ人虐殺は昔の外国のことだから、なんて他人事と思いがちだが、いじめや児童虐待やパワハラなど、私たちの身近で起きる騒動や小さな意地悪にも、その根底に妬みがあるケースが多いって気がする。

 その他にも、私たちが陥りやすい勘違いのメカニズムを教えてくれるのは嬉しい。

 例えば「公正世界信念」だ。Wikipedia では公正世界仮説となっている。不幸な人に対し、私たちは自業自得だと思い込みやすい。強姦の被害者を叩くのが、ありがちな例だろう。また「成果バイアス」なんてのもある。

他者は実際よりも悪い結果をコントロールできるはずと、私たちは見てしまう傾向にある
  ――第6章 正義は人の為ならず

 被害者はどんな状況でも冷静沈着で意思が強く理性的・合理的に思考・行動できるはず、と思い込みやすい。まあ、これは他者に限らず、往々にして「未来の自分」の意思の強さも過大評価しがちなんだけど。ありませんか、「後で運動するから一口だけ」とか「明日やればいいや、今日は寝ちゃおう」とか。私はしょっちゅうです。

 もう一つ、ありがちなのが「根本的な帰属の誤り」。この本では、病院の待合室で、看護師に食ってかかる男が出てくる。著者の最初の反応は「嫌な奴」だ。でも彼の妻が救急で運び込まれ、その後なんの連絡もないとしたら、どうだろう? 落ち着けという方が無理じゃないか?

 私たちは、他人の行いについて、「あの人はそういう性格」と見なしがちだ。そういう状態だ、とは思わない。冷静に振舞う男と、いきりたつ男。そんな二人を見たら、思わず冷静な男に味方したくなる。だが、本当は? 

 ウェブ炎上で済んでいるうちはともかく(いや自分が餌食になったらヒトゴトじゃ済まんけど)、最近のヘイトスピーチの風潮などからは、甘く見てると大変なことになりかねないって危機感がつのることがある。でもメカニズムを知れば、少しは落ち着いて考え直せるかもしれない。親しみやすく読みやすいわりに、心に深く突き刺さる本だ。

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2019年3月21日 (木)

シルヴァン・ヌーヴェル「巨神覚醒 上・下」創元SF文庫 佐田千織訳

科学者というのは子どものようなものだ。彼らは常にあらゆることを知りたがり、そろってやたらと質問ばかりして、けっして指示を守ろうとしない。
  ――上巻P36

守るべき理想がなければ、私のような人間になにができるでしょう?
  ――下巻p53

闘うのはやめるのです。あなたがたに勝ち目はない!
  ――下巻p110

【どんな本?】

 ロンドンの中心部に、何の前触れもなく巨大なロボットが現れた。

 形はヒトの男に似ているが、身長は約70mもある。その姿は、あのテーミスを思わせる。かつてサウスダコタで見つかった巨大な掌を先駆けに、世界中から部品を集め組み上げたテーミス。ロンドンのロボットは、今は何もせず、ただ茫然と立っているだけ。だが、テーミスと同じテクノロジーで作られているなら、ひとたび暴れはじめれば人類の手には負えない。

 世界中の話題になり、野次馬も集まってくるが、多くのロンドン市民はいつも通りの暮らしを続ける。軍と科学者たちは観察を続けるが、ほとんど収穫はない。具体的な対応を迫られた英国議会は…

 話題を呼んだ「巨神計画」に続く、巨大ロボットを描く娯楽SFシリーズ第二弾。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2019年版」海外篇12位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WAKING GODS, by Sylvain Neuvel, 2017。日本語版は2018年6月22日初版。文庫本の上下巻、縦一段組みで本文約356頁+319頁=約675頁に加え、堺三保の解説6頁。8ポイント42字×18行×(356頁+319頁)=約510,300字、400字詰め原稿用紙で約1,276枚。上下巻は妥当なところ。

【感想は?】

 ノリが大事な作品だ。だからノレるか否かが評価を左右する。

 異星人がもたらした(と思われる)、オーバーテクノロジー満載の巨大ロボット。最初は操縦法すらわからない。どうにかこうにか動かすことはできたが、マニュアルがあるわけでもない。いろいろ試してはみるが、時として思わぬ惨事すら招く。

 わはは。マジンガーZかいw まあ、そういうノリだ。ただし、ドクター・ヘルのような、分かりやすい敵がいるわけじゃない。前巻では、部品を集めて組み上げ、パイロットを揃えてなんとか動かすまでを描いた。なお、パイロットは単独じゃなく、特定の適性を持ったペアってのも、この作品の特色。パシフィック・リムかよw

 そういうお馬鹿なクスグリは、この巻でも健在だ。にしても、子供の名前で遊ぶなよw まあ、それ以外は大事に育てたみたいだからいいけど。

 この上下巻では、いきなり「別のロボット」が現れる。しかも、ロンドンのド真ん中に。すわ敵かと思いきや、たたヌボーッと突っ立っているだけ。何もしなけりゃ無害と思えそうなモンだが、既に人類は巨大ロボットと出合い、身の毛もよだつほどの威力を知っている。

 手探りで操縦法を身に着けた素人パイロットですら、都市を破壊しかねない威力を持つ。しかも謎の装甲で、傷をつける事すら難しい。他にどんな武器を備えているのかもわからない。そんな巨大ロボットに、プロのパイロットが乗っていたら…

 などと怯える者もいれば、ピクニックがてら能天気に見物に出かける野次馬もいたり。そりゃそうだよね。私だって異星人の巨大ロボットなんてあったら、きっと見に行っちゃうだろう。

 そんな素人連中をよそに、科学者たちは何とかコンタクトを取ろうと試みるが…。そう、これはファースト・コンタクト・テーマの一種でもある。パイロットの一人、ヴィンセント・クーチャーが、最初の巨大ロボットのテーミスを「動かそう」と試みるあたりは、意外とちゃんと考えてるなあ、と感心したり。

 なまじ設定がおバカなだけに、こういう細かい所でキチンと考察してると、一気に嬉しくなってしまう。やはり途中にある、時間旅行の難しさを語るあたりも、「よくぞ書いてくれた!」と感激してしまった。

 さて。得体は知れず、底知れない力を秘めているらしい、正体不明の巨大ロボットに対抗するには、やっぱり巨大ロボットだろう、ということで、テーミスにもお呼びがかかる。が、果たしてソレは、ファースト・コンタクトの方法として賢いやり方なのか。言われてみれば確かに、な理屈でもある。

 などと感心する暇もあらばこそ、物語は二転三転、とんでもない方向に転がってゆく。素直にバトルで必殺技を繰りだしたりしないあたりが、著者の曲者っぷりだよなあ。

 果たして異星人の目的は何か。いきなり姿を現したローズ・フランクリンは、どこから来たのか。正体不明の「インタビュアー」と、何かを知っているような「バーンズ」の正体は。果たして人類は生き残ることができるのか。

 この巻では、多くの謎を解き明かしつつも、終盤でまたもやアサッテの方向にスッ飛んでいくからたまらないw ちゃんと続きも刊行されているそうなので、期待して待とう。

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2019年3月18日 (月)

チャールズ・スペンス「『おいしさ』の錯覚 最新科学でわかった、美味の真実」角川書店 長谷川圭訳

食の喜びは心で感じる、口ではない。
  ――アミューズ・ブーシュ

オックスフォードとケンブリッジの研究者たちによると、皿やボウルのサイズを小さくすると、私たちが実際に口にする量はカロリーにして平均およそ10%(160カロリー)低下する。
  ――第3章 見た目

食の世界ほど思い込みに惑わされている分野も珍しい
  ――第4章 音

食べ物は手で食べたほうがほんとうにおいしい、と多くの人が私に報告してくれている。特にインド出身の人々のその傾向が強い…
  ――第5章 手触り・口当たり

BGMにクラシック音楽を流せば、人々が散財する傾向が強くなることもわかっている。
  ――第6章 雰囲気

食べ物を共有するというのは、人間という生き物にとって普遍的な現象だとされていて、考古学では一万二千年前に祝宴が行われていた証拠が見つかっている。(略)
最近の調査では、ともに食事をすることで、人は他人の意見に同意しやすくなることもわかった
  ――第7章 ソーシャルダイニング

…飛行機内の空気はだいたい高度1800mから2500mぐらいの大気と同じぐらいの圧力にあるように調整されているのだが、そのような条件下では甘さや酸っぱさ、あるいは苦さを感じるのが難しくなる。
  ――第8章 機内食

【どんな本?】

 著者は2008年度イグ・ノーベル賞栄養学賞の受賞者だ。ボテトチップスを食べる際、パリパリ音を強調すると、より新鮮に感じる、そんな研究である。

 先の研究が示すように、料理のおいしさには様々な要素が関わっている。味はもちろん、香り・食器や盛り付けや色・音・口当たりなどだ。レストランは店の飾りつけに凝るし、ケーキ屋は丁寧にケーキの形を整え、食品メーカーはパッケージ・デザインに気を配る。いずれもちゃんと理由がある。

 それぞれ具体的には、どんな要素がどのように影響するのだろうか? それぞれの要素に個人差はあるんだろうか? どんな料理にどんな食器が相応しいのだろうか? 食欲を増すには、または少ない量で満足するには、どんな工夫をすればいいんだろうか?

 オックスフォード大学の研究者が、数多くの実験に加え、一流シェフに協力を仰ぎ、さらに世界各国のレストランを食べ歩いたフィールドワークの成果を結集した、おいしくて楽しい一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GASTROPHYSICS : The New Science of Eating, by Charles Spence, 2016。日本語版は2018年2月28日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約365頁に加え、訳者あとがき7頁。9ポイント41字×16行×365頁=約239,440字、400字詰め原稿用紙で約599枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。

 文章はこなれている。内容も難しくない。出てくる食品や料理は欧米の物が多いので、ソッチに詳しい人ほど楽しめるだろう。ただし、体重が気になる人は、夕食後に読んではいけない。

【構成は?】

 大雑把に分けて二部に分かれている。第6章までは基礎編、第7章以降は応用編だ。基礎編では、何がどうおいしさに関わるかを語る。応用編では、それを受けてシェフや企業がどんな工夫をしているかを紹介する。

  • 序文 ヘストン・ブルメンタール
  • アミューズ・ブーシュ
    ガストロフィジックス 新しい食の科学/ガストロフィジックスとは?/“クロスモーダル”と“マルチセンソニー”/皿から口へ ナイフとフォークがいちばん便利?/直感のテスト/雰囲気はどのくらい影響する?/オフ・ザ・プレート・ダイニングとは?/おいしいものはおいしい?
  • 第1章 味
    それは味?それともフレーバー?(そんなことどうでもいい?)/期待に応える/どんな名前?/大きな期待/値段、ブランド、名前、ラベルの影響/味の世界/「味以上の味がある」
  • 第2章 香り
    バニラの香りは甘い?/背景としての香り/嗅覚をつくる/どうすればフレーバーの効果を拡大できる?/嗅覚ディナーパーティー/香りと感性
  • 第3章 見た目
    色を味わう?/形を味わう?/皿を味わう?/“フードポルノ”の歴史と今後/“卵黄ポルノ”とは?/マクバン/フードポルノの欠点は?/自宅でガストロポルノ?/消費のイメージ/醜いフルーツ/食という名のポルノ
  • 第4章 音
    調理の音/すべてはポテトチップスから始まった/食べ物の音/サクサクとパリパリ/昆虫を食べる?/ポテトチップスは袋もうるさい?/ザク、パリ、ポン/自宅の食べ物はどんな音?/「えっ、何?」/ディナーと騒音/音響強化フードとドリンク
  • 第5章 手触り・口当たり
    味とフレーバーに対する触感の影響?/マリネッティの触覚ディナー/最初に味わうのは手?/冷たくて滑らかな金属はお好き?/でこぼこのスプーンを使ってみたい?/重さは何かの役に立つ?/毛皮のカトラリー?/手で食べる/食べ物を口に運ぶ楽しさ?/感情の腹話術
  • 第6章 雰囲気
    ビートに合わせて/快適さは必要?/白いキューブの中で食事がしたい?/試飲イベント/<シングルトン・センソリアム>/<カラー・ラボ>/レストランにおける環境のコントロール/雰囲気の未来
  • 第7章 ソーシャルダイニング
    どうして一人で食事をする人が多いのか?/一人で食事をするのは悪いこと?/気が散る食事/一人の食事は楽しい?/ソロ・ダイニング/タパス化/どうして外食するの?/テレマティックディナー
  • 第8章 機内食
    過去の機内食/有名シェフは一万メートルの上空でも才能を発揮できるか?/飛行機の騒音とトマトの関係/超音速調味/空気圧/サービスのための簡単なヒント/マルチセンソリー体験のデザインは飛躍できる?
  • 第9章 記憶
    食の記憶/選択盲/“スティックション”とは?/何を注文したか覚えている?/何を食べたか覚えている?/忘れられた食事/食の記憶のハッキング/忘れないで……
  • 第10章 個人食
    みんな個人化が大好き/“自己優先化効果”とは?/レストランにおける個人化/誰もがあなたの名前を知っている場所/初めて訪れた客人をもてなす方法/個人化の未来/シェフのテーブルにて/選択の問題/“イケア効果”/ケーキづくり/「ちょっと塩とコショウをちょうだい」/カスタマイズする料理としない料理の違いは?/私の個人的な考え
  • 第11章 新しい食体験の世界
    芝居がかかった食事/凝った演出の盛り付け?/“そのほかの要素”/テーブル・パフォーマンス/テーブルで紡ぎ出される物語/テーブル劇場/食べ物を使ったパフォーマンスアート/食体験の未来
  • 第12章 デジタルダイニング
    3Dフードプリンター?/デジタルメニューで注文?/タブレットの味/火星でチーズケーキはいかが?/拡張現実ダイニング/「サウンド・オブ・ザ・シー(海の音)」を聞いたことがある?/びっくりスプーン/デジタルフレーバー/震えるフォークで素敵な食事?/電気味覚/食風景を変えるデジタル技術/ロボットの料理人は優れたシェフになれるか/
  • 第13章 未来派への帰還
    未来派料理 分子ガストロノミーは1930年代に発明されていた?/未来派パーティーを開こう!/食の未来の展望/ビッグデータと食べ物/共感覚体験のデザイン/「ゲザムトクンストヴェルク」とは?/より健康で、より持続可能な食の未来のために/最後に 健康な食生活とは?
  • 注釈/図の出典/謝辞/訳者あとがき

【感想は?】

 書名がうまい。「『おいしさ』の錯覚」だ。「『味』の錯覚」じゃない。

 本当は、みんな気づいてる。「おいしい」は、味覚だけじゃない。カレーやコーヒーは香りが大切だ。トーストはサクサクがいい。お好み焼きの上で鰹節が躍るとワクワクする。

 そう、「おいしい」には、味覚以外のものが関係している。豊かなにおい、歯触りや噛み応え、見た目の美しさや躍動感、そしてポテトチップスのパリパリ音。嗅覚・触覚・視覚・聴覚。「おいしさ」は、五感すべてが関わって創り上げる、総合的な感覚なのだ。

 そこまでは、誰でも気づいている。では、具体的に何がどう関わっているんだろう? 経験的に知っている人はいる。料理人や食品メーカーの開発者だ。店の飾りつけや炭酸飲料の色あいは、売り上げを大きく変える。

 ただ、彼らの知識は断片的で偏っている。高級レストランのシェフはジャンクフードを知らないし、ポテトチップスのメーカーは食器を気にしても仕方がない。そこで学者の出番だ。

 著者は各国のレストランを食べ歩いては(まったくもって妬ましい!)シェフと語らい、食品メーカーの開発者の相談に乗りつつネタを集め、そして時には研究者として実験を企画・実施してはデータを集め論文を書き、その結論をシェフや技術者に伝え…

 などの活動の成果がこの本だ。

 その結論は意外でもあり、また同時に「そうじゃないかと思っていた」ような所もある。例えば、何をおいしそうと感じるかは、人によって大きく違う。これは育った環境による部分もあれば、体質によるものもある。

 関西で生まれ育った人は、納豆が苦手な人が多い。著者も、日本の抹茶アイスで味わった「苦い」思い出を語っている。あの色からミントを期待して食べたが…。「おいしい」には、思い込みや期待も大切なのだ。当然、これは育った環境で変わる。私たちは「抹茶」の名で苦さを、著者はクールさを期待したのだ。

ところで抹茶アイスって原料は牛乳と卵と砂糖と抹茶だよね。日本人は茶に砂糖やミルクを入れるのを邪道と感じるけど、実はイケるんじゃね?

 こういった文化・社会的な要因もあるが、体質も関わってくる。塩味・甘味・酸味などは、人によって感度が違う。超味覚者と呼ばれる人もいて、そういう人の舌先には「普通の人の16倍もの味蕾がある」。特に違いが大きいのが苦味だそうだ。子供は私たちより苦味を強く感じるのかもしれない。

 もちろん、「おいしい」には匂いも大事だ。ところが、匂いの感じ方も人により大きく違う。「人口のおよそ1%は、バニラの香りを感じることができない」。匂いの元となる物質は星の数ほどあり、それぞれ人によって感度が違う。つまり…

人はそれぞれ違う味の世界に生きている
  ――第1章 味

 のだ。人により食べ物の好みが違うのも、当たり前なんだなあ。

 この匂いを巧みに使ったのが、食品メーカー。チョコレート味のアイスクリーム・バーに、ちょっとした工夫をした。本来、チョコレートは凍らせると香りが出ない。そこでメーカーは、パッケージの接着剤に、合成したチョコレートの香りを加えた。パッケージを開けると、チョコレートの香りが広がる。いいのかw

 訳者あとがきにもあるんだが、妙に和食・日本食の工夫を連想する記述が多いのも、この本の特徴の一つ。

 例えば、サンディエゴのレストラン≪トップ・オブ・ザ・マーケット≫の総料理長アイヴァン・フラワーズ。シェフに、カウンター席の客と会話するようにした。これ、寿司屋や屋台のおでん屋の親父がやってる事だよね。

 また、「イケア効果」なるものもある。

人は自分でつくったものは、ほかよりも価値が高いと感じる傾向がある。
  ――第10章 個人食

 何かをつくる趣味がある人なら、わかるだろう。私も、このブログの記事はとても面白いと思っている。これは料理も同じだ。少しでも自分の手が入っていれば、おいしく感じるのだ。これを巧みに取り入れたのが、お好み焼きだろう。焼くだけなんだけど、それでもおいしく感じるのだ。バーベキューも、そうなのかな?

 手を入れなくても、「自分の物」だと思うだけで、やはり価値が高いと感じる「授かり効果」なんてのがある。ボトルキープなんて習慣は、これだろう。脚注にも食品サンプルの話があったりするので、なかなか油断できない。

 後半では、レストランのシェフや食品メーカーなど現場の話が増え、特に終盤ではかなり過激な演出の食事会を紹介していて、シェフたちの創意工夫と新奇さを求めるヒトの欲望にアングリしたり。またダイエットに役立つ情報もチラホラあって、なかなか役立つネタも多い。

 ただ、楽しみながら学べるのはおおいに結構なんだが、出てくるメニューがとにかく食欲を刺激するのが困りもの。読むなら食前にしよう。間違っても夕食後の深夜に読んではいけない。

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2019年3月15日 (金)

スティーブン・ジョンソン「世界を変えた6つの『気晴らし』の物語 新・人類進化史」朝日新聞出版 太田直子訳

本書の歴史は、あまり実用性のない楽しみの話である。楽しそうだとか、びっくりするようなものだという事実のほかに、明らかな理由もなく生まれた習慣や環境の話なのだ(略)。
  ――序章 マーリンの踊り子

彼らを(地中海から)外洋へとおびきだした最初の誘惑は、単純な色だったのだ。
  ――第1章 下着に魅せられた女たち ファッションとショッピング

紀元前2000年、世界中の人間社会のほとんどは、まだ言語のための表記方法を発明していなかった。ところがどういうわけか、古代シュメール人はすでに楽譜をつくっていたのだ。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

紀元900年ごろのイスラムによる香辛料貿易の地図は、今日の世界中のイスラム教徒人口を示す地図に、ほぼぴったり合致する。
  ――第3章 コショウ難破船 味

熱帯地方におもしろい香辛料があるのは、基本的に熱帯地方にはあらゆるものがたくさんあるからだ。
  ――第3章 コショウ難破船 味

リチャード・アルティック「好奇心はつねに万民を平等にする」
  ――第4章 幽霊メーカー イリュージョン

私たちはゲームを、統治形態や法律、あるいは純文学小説ほどは深刻に受け止めないかもしれないが、どういうわけか、ゲームには国境を越えるすばらしい能力がある。
  ――第5章 地主ゲーム ゲーム

…メソアメリカの人々は、グッドイヤーが実験を始める数千年前に、加硫の手法を開発していたのだ。
  ――第5章 地主ゲーム ゲーム

私たちの脳は、世のなかの何かに驚かされると、注意を払うようにつくられているのだ。
  ――終章 驚きを探す本能

【どんな本?】

 現代社会は、幾つものテクノロジーに支えられている。歯車やピストンなどの機械工学、貿易を支える船と航海術、自動車のタイヤのゴム、そしてコンピューター。いずれも私たちの暮らしを便利にし、面倒な手間や苦労を省いてくれる。

 それらは役に立つ。だが、ルーツをたどると、最初は全く違った目的のために作られた技術や、考え出されたしくみ・制度も多い。役立たせるためではなく、人を驚かせ、または楽しませる、要は「面白さ」のために生み出されたものだ。

 ファッション・音楽・香辛料・幻影・ゲーム・娯楽施設など、いわゆる「気晴らし」のために生まれ発達したモノや考え方が、私たちの世界をどう変えたかを綴り、「遊び」の効用を再評価する、一般向けのちょっと変わった歴史のウンチク本。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WONDERLAND : How Play Made the Modern World, by Steven Johnson, 2016。日本語版は2017年11月30日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組み本文約371頁、9.5ポイント43字×17行×371字=約271,201字、400字詰め原稿用紙で約679枚。文庫本なら少し厚い一冊ぐらいの文字量。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。世界史や技術史に詳しいと更に楽しめるが、疎くても「そうだったのか!」な驚きをたくさん味わえる。特に、この本が扱う6つのテーマのいずれかに興味があれば、更に楽しめる。ただし、受験用の歴史学習にはほとんど役に立たないと思う。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、興味のある所から読んでもいいだろう。私は第2章の音楽と第4章の映画、そして第5章のゲームが特に楽しかった。

  • 序章 マーリンの踊り子
  • 最古のテクノロジー
  • 機械時計から生まれた初期ロボット
  • 屋根裏の美しい踊り子
  • 「気晴らし」の種はヨーロッパ以外で育つ
  • 「気晴らし」を探れば未来が見える
  • 第1章 下着に魅せられた女たち ファッションとショッピング
  • ティリアン・パープルへの欲求
  • 買い物が手段で無くなった日
  • 店舗ディスプレイと産業革命
  • 羊と羊の闘い
  • 木綿ビッグバン
  • 木綿が引き起こした史上最悪の出来事
  • ファッションは社会に挑む
  • 商業の大聖堂
  • 「百貨店病」の流行
  • 「売るための機械」が落とした影
  • ウォルト・ディズニーのイマジニアリング
  • モールか、モールなしか?
  • 第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽
  • 旧石器時代の音楽
  • 音楽は異質な音から生まれた
  • プログラムできる音楽
  • 音楽が模様をつくる
  • メディチ家の結婚式
  • 鍵盤からタイプライターへ
  • 音楽なくしてテクノロジーなし
  • 「バレエ・メカニック」のとっぴな「オーケストラ」
  • 自動演奏ピアノの軍事利用
  • 世界最古の電子楽器
  • 図形を音に変換する装置
  • 音楽はコンピューターの母だった
  • 第3章 コショウ難破船 味
  • 味覚のグローバル化
  • 世界を変えた香辛料
  • 世界最強の通貨
  • 盗賊になった宣教師
  • 銀と等価だったバニラビーンズ
  • 革命を起こした12歳の少年
  • 中世貴族に使えた香辛料師
  • ヨーロッパ人の誤解
  • エリザベス一世が伝えた神意
  • 香辛料のメッセージは「火事だ!」
  • 第4章 幽霊メーカー イリュージョン
  • ホラー映画を生んだ霊媒師
  • 幽霊ショーとマルクス
  • 階級の垣根を越えた、だまされる喜び
  • 視覚はだまされる
  • 360度の眺望を描く
  • パノラマが生んだ疑似体験
  • イリュージョンを駆逐した映画
  • 映画を芸術に持ち上げた欠点
  • ディズニーの『白雪姫』
  • 「1秒12フレーム」から疑似友人へ
  • 第5章 地主ゲーム ゲーム
  • 修道士が著した風変わりな本
  • チェス盤上に示された社会の有様
  • チェスと人工知能
  • 知られざるモノポリーの祖先
  • 神話化される偽のゲーム発明者
  • 社会を変えた「運」のゲーム
  • 運を確率論で説明した男
  • サイコロのデザインと統計学
  • コロンブスが出会ったゴムボール
  • ゴムのイノベーション
  • コンピューターゲームの誕生
  • 「スペースウォー!」とジョブスのつながり
  • カジノで使われた初めてのウェラブル
  • 人間にもっとも近い「ワトソン」の未来
  • 第6章 レジャーランド パブリックスペース
  • 人種の境界なき酒場の悲劇
  • 民主主義はバーで生まれた
  • もし歴史から飲み屋が消えたなら
  • LGBTにとってのバーという場所
  • 居酒屋のハチドリ効果
  • 人間とコーヒーの物語
  • トルコ人の頭
  • コーヒーハウスの使われ方
  • 奇妙なコレクションのあるコーヒーハウス
  • 詩人も地主も起業家も科学者も
  • 自然を楽しむというイノベーション
  • モンブラン踏破とダーウィンの進化論
  • 人間の楽園に変わった自然
  • 初めての動物園のおしゃれなオランウータン
  • 野生動物商人がつくった巨大テーマパーク
  • 世界は狭まり「遊び場」が生まれる
  • 終章 驚きを探す本能
  • 謝辞/原注/参考文献/クレジット

【感想は?】

 歴史はセンス・オブ・ワンダーでいっぱいだ。

 著者はソレを「ハチドリ効果」と呼んでいる。他の目的のために生まれた発想や技術が、全く別の分野に応用され、発展して世界を席巻してゆく、そんな現象である。

誰かが明確に一つの目的を持った装置を発明するが、その装置をより広い社会に導入することで、発明者が想像もしていなかった一連の変化が起こるのだ。
  ――第6章 レジャーランド パブリックスペース

 歴史の視点には大きく分けて二つの型がある。一つは人物に焦点を当て、王朝や英雄の活躍を語るもの。昔から物語のネタとしてよく使われた。もう一つは技術や産業の伝播や発達を追うもので、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」が代表だろう。

 この本は後者、すなわち技術や産業や概念の伝播と発達、そして変化や成長を追うタイプだ。ただしマクニール的に技術を追うタイプでも、「それが何の役に立つのか」が説得力の基礎をなす。だが、この本では、何の役にも立たないモノを主役に据える。

 この本が扱うのは、ファッション・音楽・香辛料・幻影・ゲーム・娯楽施設などだ。いずれも、現代では重要な産業を成している。が、無くなった所で文明が崩壊するわけじゃない。それでも、この本を読むと、こういった「遊び」こそが文明の発展の原動力なんじゃないかと思えてくる。

 上にあげた6つのテーマのうち、たいていの人なら一つぐらいは興味を惹くものがあるだろう。そこから読み始めてもいい。

 私が最も惹かれたのは、第2章の音楽だ。ヒトの音楽にかける執念は、パイプオルガンを見ればわかる(→「パイプオルガン 歴史とメカニズム」)。あのとんでもなく精密で大規模なメカニズムを、心地よい音を響かせるためだけに作ったのだ。この音を求める欲求は洞窟に暮らしていた頃からのものらしい。

旧石器時代の洞窟遺跡で発掘された骨笛のなかには、音を出せるぐらい無傷のものもあり、多くの場合、骨にあけられている指孔は、現在、完全四度および完全五度と呼ばれている音程を出す間隔になっていることを、研究者は発見している(略)。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

 音楽理論なんざ欠片もなく、狩りと採取で暮らしていた頃から、ヒトは「心地よいメロディー」を求めたのだ。幸い骨だからモノが今も残っているが、皮は残らない、考古学者によると、皮で作る太鼓は10万年以上の歴史があり、「音楽の技術は狩猟や体温調節のための技術とおなじぐらい古い」。樋口晶之のドラム(→Youtube)で血が騒ぐのは、そのためか。

 時は流れ9世紀。バグダッドのハイテク・エンジニア兄弟、バーヌ・ムーサは自動オルガンを作る。笛の穴を、指で塞ぐのではなく、シャフトで塞ぐ。シャフトはカムで上下する。カムというより太い円筒で、理屈はオルゴールに似ている。

 この発明の凄い所は、円筒を取り換えれば別の曲を奏でられること。つまり「プログラム可能だったのだ」。ハードウェアとソフトウェアが分かれたのだ。一種の万能機械といえよう。バーヌ・ムーサは得意絶頂だったろうなあ。ところが、この偉大なる発明は…

800年にわたって、人間はプログラム可能性という変幻自在の手段を手にしていながら、その期間、その手段をもっぱら心地よい音波のパターンを空中に発生させるために利用していたのだ。
  ――第2章 ひとりでに鳴る楽器 音楽

 と、音楽とからくり人形だけにしか使われなかった。これを変えたのがジョセフ・マリー・ジャカール、産業革命のきっかけとなったパンチカード式の自動織機である。このパンチカードはチャールズ・パペッジの解析機関へと引き継がれ、やがて現代のコンピューターへと発展してゆく。

 この章では、成功した発明だけでなく、消えていった発明も扱っている。中でも是非復活してほしいのが、ダフネ・オラム(→Wikipedia)が発明した楽器、オラミクス・マシン。発想が素晴らしい。オシロスコープは波形を画像にする。なら画像を波形、すなわち音にできるんじゃね?

 残念ながら当時のテクノロジーじゃ使い勝手が悪い上に、世間も電子音楽を受け入れる土壌が育ってなかった。でも現代なら、彼女が考えたインタフェースはシンセサイザーやDTMで実現できるだろうし、かなり面白いモノになると思う。

 終章では、なぜ遊びがイノベーションに重要かを解き明かしてゆく。遊びは気持ちをリラックスさせて想像力を刺激し、珍奇なアイデアを受け入れる心の余裕を広げるのだ。確かにギスギスした雰囲気だと面白い発想は出てこないしねえ。

 この記事では明るい話だけを取り上げたが、本書では胡椒や木綿が引き起こした惨劇もキチンと描いている。またクロード・シャノンの意外な人物像など、ドラマとして面白いネタも多い。ファッションが、音楽が、映画が、ゲームが好きな人に加え、エンジニアにもお薦めできる一冊。

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2019年3月13日 (水)

梶尾真治「クロノス・ジョウンターの伝説」徳間文庫

「彼女は、まだ、あの時点でぼくの救いを待ち続けているんです」
  ――吹原和彦の軌跡

『おとといはウサギを見たわ。きのうは鹿。そして、きょうはあなた』
  ――鈴谷樹里の軌跡

【どんな本?】

 ベテランSF作家の梶尾真治が、お得意の時間テーマで存分に腕を振るった「クロノス・ジョウンター」シリーズの集大成。

 クロノス・ジョウンターはP・フレック社が開発した、不完全なタイムマシンだ。行けるのは過去だけで、長くは留まれない。自動的に戻れるのはいいが、反動のためか旅立った時間より未来に戻る。遡る年月が遠いほど、留まる時間が長いほど、反動は大きくなり、より先の未来へ飛ばされる。

 過去へと赴き、何かを成そうとする者たち。何のために彼らは自らの人生を犠牲にしてでも時を越えようとするのか。彼らの望みは叶うのか。そして、時を越えた彼らの運命は。

 梶尾真治のリリカルな側面が強く出た、ロマンチックSF作品集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2015年2月15日初版。文庫本で縦一段組み、本文約637頁に加え、辻村深月の解説8頁。9ポイント40字×16行×637頁=約407,680字、400字詰め原稿用紙で約1,020枚、普通の文庫本なら上下巻に分ける大容量。

 文章は抜群に読みやすい。内容も特に難しくない。SFなガジェットは一つだけ、書名にもなっているクロノス・ジョウンターのみ。タイムマシンの一種だが、いささか不具合があって…。そんなわけで、映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネイター」が楽しめる人なら、問題なくお話に入っていける。

 なお、お話の舞台が1980~1990年代なので、テレホンカードなど当時の風俗を知っていると、懐かしさも手伝って更に楽しめる。

【刊行経緯】

 実は「クロノス・ジョウンターの伝説」と名のつく本は複数ある。人気はあるんだが、たぶんオトナの事情で複雑な運命を辿ったらしい。わかる範囲で今までの刊行経緯をまとめてみた。2019年3月現在だと、徳間文庫版が最も充実してます。

  • 1994年2月 季刊グリフォン新年号に、「クロノス・ジョウンターの伝説」の名で「吹原和彦の軌跡」を掲載。
  • 1994年12月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」。
  • 1999年6月 ソノラマ文庫ネクストから「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」。
  • 2003年6月 ソノラマ文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「朋恵の夢想時間」。
  • 2008年2月 朝日ソノラマから新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」。
  • 2015年2月 徳間文庫から「クロノス・ジョウンターの伝説」刊行。
    収録作は「吹原和彦の軌跡」「栗原哲也の軌跡」「布川輝良の軌跡」「鈴谷樹里の軌跡」「きみがいた時間・ぼくのいく時間」「野方耕市の軌跡」「朋恵の夢想時間」。

【収録作】

 それぞれ 作品名 / 初出。いずれも加筆・訂正している。

吹原和彦の軌跡 / 季刊グリフォン1994年新年号
 科幻博物館は、奇妙な発明品を集めた施設博物館だ。錬金術の装置群、さまざまな永久機関、空間転送機。その一つ、クロノス・ジョウンターの展示室に、不審な若い男が現れた。その男、吹原和彦は、クロノス・ジョウンターを開発したP・フレック社に勤めていた技術者で…
 いいねえ、科幻博物館。フリーエネルギーだの人体磁気調整装置だのと、怪しげなガジェット満載でw 他にもフィラデルフィア計画や「虎よ虎よ」とか、マニアックなクスグリがチラホラ。お話はいささかベタながら、主人公の吹原和彦が人付き合いを苦手とする典型的な理系の技術屋なので、私はすぐに気に入ってしまった。
栗原哲也の軌跡 / SF Japan 2007年Winter
 P・フレック開発三課の栗原哲也は、クロノス・ジョウンター開発に携わっている。仕事は忙しく、泊まり込みも多い。そこに母の訃報が届く。母子家庭だが、母とは折り合いが悪かった。母は小さな呑み屋を一人で営み、哲也とは顔を合わせる時間すら少なかった。幼い頃はベビーシッターが次々と入れ替わり…
 私が初めてこのシリーズに触れたのは「ソノラマ文庫ネクスト」。だもんで、だいぶ感触が違うなあ、と思ったら、比較的に新しい作品だった。親とは縁が薄く、しかも若くて仕事が忙しくやりがいもあるとなれば、どうしてもそうなるよなあ。
布川輝良の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説」1994年12月24日
 小学生の時に、布川輝良は建築家の廣妻隆一郎を知り、その個性的な作品の虜になった。残っているのは写真集だけで、現物は残っていない。最後の作品である朝日楼旅館も、1991年12月に壊されている。そこに「クロノス・ジョウンターのテストの志願者を募る」との知らせが入り…
 世の中には様々なマニアがいるもので、エスカレーターやらエアコンの室外機やら。そんなマニア心ってのはなかなか伝わりにくいんだけど、話が通っちゃうのは、やっぱり変人が多い理系の職場だからだろうか。ウザい傍役だと思ってた香山君が、意外とアレなのも泣かせます。
鈴谷樹里の軌跡 / ソノラマ文庫ネクスト「クロノス・ジョウンターの伝説」1999年6月29日
 1980年の夏、11歳の鈴谷樹里は小児性結核で入院していた。退屈な入院生活だが、談話室でヒー兄ちゃんこと青木比呂志と語る時間は楽しかった。ヒー兄ちゃんは本が好きで、よく童話を聞かせてくれた。その一つは「足すくみ谷の巫女」という話で…
 定番と言えば定番の難病物。まあ11歳から見れば「おじさん」だよなあw ネタにしているロバート・F・ヤング「たんぽぽ娘」は、古手のSFファンの多くが諸手を挙げて喝采する傑作。この作品も巧みに元ネタをなぞりつつ、見事にアレンジして見せた。ここでも傍役の古谷がいい味出してます。
きみがいた時間・ぼくのいく時間 / 単行本「きみがいた時間・ぼくのいく時間」2006年6月30日
 秋沢里志の人生は充実している。恋人の梨田紘未はプロポーズを受け入れてくれた。双方の両親も互いを気に入ってくれた。ただ、時おり紘未は暗い顔をする。なんでも、仕事を辞める前に、一人の男と会わなければならないのだという。
 何かと不自由なクロノス・ジョウンターにかわり、新兵器?クロノス・スパイラルが登場する作品。でもやっぱり意地悪な制限があって…。この作品もボスの若月さんや同僚の山部、酔っぱらいのイッサンなど、脇役が魅力的。また、今までの作品の登場人物が客演してるのも嬉しい。
野方耕市の軌跡 / 新書版「クロノス・ジョウンターの伝説∞」2008年2月29日
 野方耕市は間もなく80歳になる。妻は他界し、医院は息子の耕平が継いだ。ある日、機敷埜風天と名乗る老人が訪ねてきた。三年後に博物館を開く。その展示物の一つ、クロノス・ジョウンターに、解説のパネルをつけたい。そこで開発秘話を聞かせてくれないか、と。
 かつて自分が携わった仕事の話をしてくれ、なんて言われたら、そりゃ嬉しいよなあ。まして自分が隅々まで知っているとあれば、そりゃねえ。この作品も後年の作だけあって、前の作品のネタも少々。
朋恵の夢想時間 / 徳間デュアル文庫「少女の空間」2001年2月28日
 角田朋恵は派遣としてP・フレックで働いている。といっても研究員じゃない。主に事務や雑務をだ。この会社が何を開発しているのかは知らない。が、研究所員の立田山登が教えてくれた。「時間を超える装置を開発しているんですよ」
 これもまたクロノス・ジョウンターではないタイムマシン?が登場する作品。いやあ立田山君、いい趣味してます。長い髪、ジーンズと粗編みのセーターにナップザックって、おいw CC、何かと制限はキツいけど、「自分ならどう使うだろう」とか考え出すと、妄想が止まらなくなります。

 いささか登場人物の年齢は高いものの、読みやすさとテーマの気恥ずかしさでは、ライトノベルと呼んで差し支えない作品集だ。読んだ後はホンワカした気分に浸りつつ、クロノス・ジョウンターの使い道を考えると眠れなくなりそうな、心地よい作品集だ。

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2019年3月11日 (月)

ジェレミー・A・グリーン「ジェネリック それは新薬と同じなのか」みすず書房 野中香方子訳

本書は20世紀後半から21世紀初頭の米国における、ジェネリックの社会的、政治的、文化的歴史を記録し、二種類の薬を同一と称することのリスクを検証しようとするものだ。
  ――序 同じであって同じでない

「思うに、公聴会は、法案を求める声を作り出すために、つまり、国民を動かすために開くのです。言うなれば、公聴会は情報のために開くのです。と言っても、私が情報を得るためではなく、国民に情報を伝えるためです」
  ――第6章 同等性コンテスト

「ジェネリックはどこで入手できるのですか。ブランド薬との比較で、より安いジェネリックはどれですか。同一性の保証はどうすれば得られるのですか」
  ――第10章 囚われの身の消費者を開放する

2007年、市場調査企業のIMSヘルスは、世界の製薬市場についての報告の中で、ジェネリックの市場シェアと、ブランド薬をジェネリックに替えて倹約した金額に応じて、各国をランク付けした。米国はその両方でトップだった。
  ――第14章 地球規模のジェネリック

インスリンが最初に特許を得たのは1921年のことだったが、それから一世紀近くたった今でも、市場でインスリンのジェネリックを見ることはほとんどない。
  ――結論 類似性の危機

研究開発費10憶ドルあたりのFDAに承認された薬の数は、1950年から2010年までの間で、九年ごとに半減してきた。
  ――結論 類似性の危機

【どんな本?】

 ジェネリック薬。特許の切れた医薬品と同じ有効成分を持つ薬。たいてい既にある薬とは別の企業から売り出され、価格も安い。

 だが、それは本当に「同じ」なのか。どんな根拠で「同じ/違う」と主張するのか。それは信用できるのか。ジェネリックの流通は、医療にどんな影響をもたらすのか。製薬会社・医師・薬剤師・薬局・政府機関・保険会社そして患者は、どのようにジェネリックを見てきたのか。ジェネリックで医療費の高騰は抑えられるのか。

 アメリカの医療でジェネリック薬が辿った歴史を、医療の現場に加え、政治・法律そして市民運動の面からとらえ、ジェネリック薬がもたらす影響を描く、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は GENERIC : The Unbranding of Modern Medicine, by Jeremy A. Greene, 2014。日本語版は2017年12月15日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約373頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント45字×18行×373頁=約302,130字、400字詰め原稿用紙で約756枚。文庫本なら厚い一冊分。

 みすず書房の本の中では文章はこなれている方だろう。内容も特に難しくない。あまり医学・薬学・化学には踏み込まないので、理科が苦手な人でも大丈夫。むしろ企業・政府・政治家の動きなどの社会的な側面が多く、特に連邦政府と州政府の関係など、アメリカ独特の制度や事情が強く関係しているので、その辺に詳しいと更に楽しめる。

【構成は?】

 全般的に前の章を受けて次の章が展開する形なので、なるべく頭から読もう。

  • 謝辞
  • 序 同じであって同じでない
    ただほど高いものはない/甲状腺騒動/ジェネリックの歴史/同等性の科学/医薬品の脱ブランド化
  • Ⅰ 名前には何が込められているのか?
  • 第1章 治療の世界に秩序をもたらす
    命名法/薬局方の政治/医薬品向けに合理的な言語を考案する/合理的な命名法/不合理な顛末
  • 第2章 ブランド批判としてのジェネリック
    不安定なつながり/一般名と特定のもの
  • Ⅱ ジェネリックなんてものはない?
  • 第3章 匿名薬
    偽造の歴史 模造品と粗悪な薬/闇市場の医薬品
  • 第4章 控えめな業界の起源
    処方薬からジェネリックに移行 プレモ製薬/ラリーとボブと一緒に浴室で薬をつくろう ボラー製薬/昔の特効薬を蘇らせる ゼニス製薬
  • 第5章 ジェネリックの特異性
    安いが、危険なほど安いわけではない ピュアパック/ジェネリックのブランド化 SKライン、ファイファーメクス、レダール・スタンダード・プロダクツ/自家商標の危機 マイラン製薬/新薬はいつから旧薬になるのか/ジェネリック医薬品の誕生
  • Ⅲ 同等性の科学
  • 第6章 同等性コンテスト
    モノを同じにする/研究のカギ 薬物の溶出の生体外モデル/差異の科学に投資する
  • 第7章 差異の意義
    生産の違い/立証責任/複数存在する同等性/分断された同等性の科学/患者が服用しているその薬は一度も試験されていない/生物学的同等性を超えて
  • Ⅳ 代替調剤に関する法律
  • 第8章 代替の悪徳と美徳
    「増大する悪」ブランド代替を犯罪と見なす/代替のテクノロジー/代替を合法化する/代替のルール、地域で、また世界で
  • 第9章 普遍的な代替
    ジェネリック派の肖像 ウィリアム・ハダッド/ニューヨーク州ジェネリック調査/ニューヨーク州の処方集と大衆/ニューヨークからワシントンへ 互換性のある医薬品の結集/失敗した標準化 国政、そして代替の特異性/代替の地形
  • Ⅴ ジェネリック消費のパラドックス
  • 第10章 囚われの身の消費者を開放する
    囚われた薬剤消費者/ジェネリックのユーザーズガイド/ジェネリック利用のためのハンドブック/非合理な処方者/必須でない薬のための、必須のガイドブック/ジェネリック消費者になる
  • 第11章 診断書、薬局、スーパーマーケットでのジェネリック消費
    消費者としての医師/ジェネリック消費の場所 薬局とスーパーマーケット/禁欲の祝典/ジェネリックの分岐
  • Ⅵ ジェネリック医薬品
  • 第12章 模倣薬の科学と政治
    分子操作/薬はいつから十分良いものになるか/薬はいつから十分良いものでなくなるか/代替政策の復活
  • 第13章 推奨薬、公的に、あるいは民間で
    医薬品の手品(ごまかし、こじつけ)/公的推奨 薬効評価計画/公的及び民間の合理的行動
  • 第14章 地球規模のジェネリック
    必須医薬品と活動家の地位、ジュネーヴからリオ・デ・ジャネイロまで/輸出市場としてのジェネリック インド亜大陸での拡大/ジェネリック巨大企業
  • 結論 類似性の危機
    あらゆる分子、大きいのも、小さいのも/ジェネリックの歴史、ジェネリックの未来 同じだが同じではない
  • 訳者あとがき/原注/略語/索引

【感想は?】

 ジェネリック薬は最近のものだと思っていた。が、しかし。

 例えばアスピリン。今 WIkipedia で調べたら、なんとまあ。バファリンやケロリンもアスピリンを含むのか。他にもアスピリンのジェネリックは沢山ある(→KEGG DRUG)。ずっと昔から、ジェネリックは私たちの身近にあったのだ。

 そんなわけで、この本も、けっこう昔の話を多く含んでいる。特にジェネリックが社会的な脚光を浴び始めるのは、1960年代から。

 主な登場人物は、まず先行薬の製薬企業とジェネリックの製薬企業。それに医師・薬剤師・ドラッグストアなど、薬を扱う職業の人々。当然、医薬品の認可を司るFDAも重要な役割を果たす。それに保険会社や州政府・政治家・消費者団体なども絡んでくる。

 先行薬の企業はジェネリックに否定的で、後発薬の企業は肯定的だ。まあ当たり前だね。

 ところが、一部の大手先行薬企業も、ジェネリックに手を出してる。例えばファイザー社はジェネリック部門の「ファイファーメクス」を持ってたり。ファイザーのブランドで差別化を図ろうってわけ。対してジェネリックの企業は、「同じである」のがウリなだけに、差別化が難しい。

 保険会社や、州の健康保険関係者は、安上がりなジェネリックを歓迎する傾向が強い。独特の立場でジェネリックを推したのが、ウォルグリーン社。薬局のチェーン店だ。顧客にアピールするチャンスと見て、小冊子「処方薬での節約法」を配る。

 なぜ薬局が、と思うだろうが、ここに薬のややこしさが関係している。例えばアスピリン。幸い日本だと「アスピリン」が一般名で、複数の会社が同じ商品名=アスピリンを出している。が、全星薬品工業の商品名は「ゼンアスピリン」だ。

 処方箋は医師が書く。それを見て薬局が処方する。処方箋に「アスピリン」とあったら、まずもって全星薬品工業の「ゼンアスピリン」は処方しないだろう。

 では、処方箋に医師が書くのは商品名か一般名か。たいてい商品名を書くのだ。そして、医師は病気には詳しくても薬品、特に商品としての薬品には詳しくない。それは薬剤師の仕事だ。だから、医師は慣れた商品名で処方する。たいてい古株の先行薬の名前を書く。だって学校や先輩にそう習ったし。

 薬剤師は処方箋を見て薬を出す。処方箋に書かれたとおりに薬を出せば、たいてい高価な先行薬になる。安く上げようとするなら、ちと面倒な作業をしなきゃいけない。処方箋の商品名から一般名を調べ、同じ一般名の薬から安くて在庫のある薬を探すのだ。

 今ならRDBを使ってSELECT文一発だろうが、昔はそうじゃない。それを何とかしようとしたのが、ニューヨーク・ホスピタル。在庫管理のために院内処方集を作った。これが評判よくて、1961年には「国内の主な病院の60%に導入された」。なんかK&Rみたいな話だね。

 こういう動きは消費者にも出てくる。医師リチャード・ビュラックは『処方薬ハンドブック』を1967年に著し、これがッベストセラーとなるのだ。買ったのは医師じゃなくて消費者。日本でも「医者からもらった薬がわかる本」が売れてるなあ。

 は、いいが。これらには法律も絡んでくる。薬剤師が勝手に薬を変えていいのか? 薬を選ぶのは医師の仕事ではないのか?  また、何を根拠に「同じ」と見なすか、なんて問題もある。そんなわけで、政府機関や政治家も、この本では重要な役割を果たす。面倒なことにアメリカは州の権限が強く、州ごとに違ってたりするから大混乱だ。

ちなみに今の日本だと、医師と薬局の両方にジェネリック医薬品希望カードを示し「ジェネリックでお願い」と伝える必要があるらしい(→第一三共エステファ株式会社)。

 さらに終盤では、ブラジルやインドなど国際的な問題にまで触れ、また新薬開発が難しくなっている事もあり、製薬業界が大きな嵐に見舞われている現状を生々しく描いている。

 正直、私のような素人には、いいささか詳しすぎる内容だったが、同時にビジネスもロビー活動も激しいアメリカの空気が否応なしに伝わってくる迫力もあった。科学というよりは、ジェネリックの歴史と現状を伝えるドキュメンタリーの色彩が強い本だ。

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2019年3月 7日 (木)

マーチン・ファン・クレフェルト「エア・パワーの時代」芙蓉書房出版 源田孝監訳

1939年の時点で、(略)アメリカの工業力を3.0とすると、二番手のドイツは1.2であった。大英帝国は1.0、ソ連は0.8、日本は0.5、フランスは0.3そしてイタリアは0.24であった。
  ――第6章 工場の戦い、頭脳の戦い

B-29の開発経費は、初めて原子爆弾を開発した経費とほぼ同じであった。
  ――第8章 空母の戦いから最終決戦まで

激しい戦闘が行われた場合を除けば、(朝鮮戦争で)中国軍や北朝鮮軍の一個師団に必要な物量は、一日当たり40トンから50トンを越えることはなかった。(略)この量は同数のアメリカ軍の師団が第二次世界大戦の最終年に必要とした量のわずか1/10であった。
  ――第14章 朝鮮からシナイ半島へ

換言すれば、(第四次中東戦争で)アメリカが援助した真の動機は、戦争そのものの経過にあったのではなく、核を使用するというイスラエルの見え透いた脅迫によるものかもしれなかった。
  ――第15章 シナイ半島からテヘランへ

【どんな本?】

 19世紀末の気球に始まった航空機の軍事利用は、第一次世界大戦で脚光を浴び、第二次世界大戦の電撃戦に始まり原爆に至る華々しい活躍で、現代の軍における必須のものとなった。しかし、金満国家のアメリカでさえF-22の調達が削減されるなど、あまり芳しくない話もある。

 軍事に於いて航空機はどのように使われてきたのか。どう使えば効果があるのか。どんな指揮系統が相応しいのか。効果的に航空機を使えるのは、自然・社会的にどんな状況か。そして、航空戦力の将来はどこに向かうのか。

 「補給戦」や「戦争文化論」などの著作で知られる著者が、豊かな歴史・軍事知識を元に歯に衣着せぬ厳しい論を展開する、斬新な視点の空軍論。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Age of AirPower, by Martin Van Creverd, 2011。日本語版は2013年2月25日第1刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約527頁に加え、監訳者あとがき6頁。年寄りに優しい10ポイントで47字×20行×527頁=約495,380字、400字詰め原稿用紙で約1,239枚。文庫なら厚い上下巻か薄い上中下巻の大容量。

 この手の本にしては比較的に文章はこなれている。博覧強記の著者だけに、過去の軍事エピソードが次々と出てくる。が、「補給戦」に比べるとかなりわかりやすかった。その理由は二つ。まず、20世紀の例が大半なので、私が知っている例が多いこと。もう一つは、「補給戦」と違い、個々の例の背景を文中で説明していること。

 当然ながら、軍用機の名前もたくさん出てくる。実は知らなくてもあまり問題はない。が、もちろん、多少は知っていた方が楽しく読める。扱う年代の関係で、第二次世界大戦~1970年代が多いため、センチュリー・シリーズなどが好きな人は楽しめるだろう。

【構成は?】

 監修者あとがきが見事にこの本を要約しているので、忙しい人はあとがきだけを読めばいい。もう少し時間が取れるなら、最終章も加えよう。もちろん、できれば全部読んだ方が楽しいけど。

  • 日本語版への序/はじめに
  • 第一部 大空へ、1900年~1939年
  • 第1章 出自と始まり
  • 第2章 乗り越えた試練
  • 第3章 ビジョン、組織そして試練
  • 第4章 戦争と戦争の狭間
  • 第二部 史上最大の戦争、1939年~1945年
  • 第5章 勝利から膠着状態へ
  • 第6章 工場の戦い、頭脳の戦い
  • 第7章 閉じられた包囲
  • 第8章 空母の戦いから最終決戦まで
  • 第三部 目新しい戦争、1945年~1991年
  • 第9章 支配的な要因
  • 第10章 ジェット機とヘリコプター
  • 第11章 ミサイル、衛星そして無人機
  • 第12章 紙の上の戦争
  • 第四部 小規模戦争、1945年~2010年
  • 第13章 海軍航空の黄昏
  • 第14章 朝鮮からシナイ半島へ
  • 第15章 シナイ半島からテヘランへ
  • 第16章 見せかけの勝利?
  • 第五部 住民の中の戦争、1898年~2010年
  • 第17章 最初の40年間
  • 第18章 敗北と撤兵
  • 第19章 あまりにも遠い戦争
  • 第20章 ヴェトナム戦争を越えて
  • 最終章 凋落、1945年以降?
  • 監訳者あとがき/原書注/索引

【感想は?】

 軍用機、特に戦闘機が好きな人には、いささか辛い本だ。

 実のところ、私も少しモヤモヤしていた。その理由は機体数だ。零戦は1万機以上作った。だが、現在の航空自衛隊のF-15Jは200機少々である。F-4EJは150機ほど、F-2は100機に満たない。

 もちろん、性能は全く違う。が、いかに天下のイーグルといえど、さすがに空対空ミサイルを百発は積めない。なら安い戦闘機を沢山用意した方がいいんじゃね? なんて発想も出てくる。パイロットを使い捨てにする血も涙もない発想だけど。似たような事を、この本も最終章に書いてある。

1950年から1970年代初頭までの間、合計で1万5948機の戦闘機(略)が生産され、アメリカ空軍やその他の国で運用された。一方で1975年から2009年の間の戦闘機の生産数は、F-15やF-16を含めて、わずかこの1/3である。
  ――最終章 凋落、1945年以降?

 これは機体数だけでなく、種類もそうだ。第二次世界大戦中、軍用機は次々とモデルチェンジした。対してF-4ファントムのデビューは1960年代初頭である。既に半世紀以上の高齢だ。レーダーや電子系統は大きく変わっているし、シリーズが幾つかあるとはいえ、なんか変じゃないか?

 他にもある。使いやすさだ。ノルマンディー上陸作戦で、米陸軍航空隊のバイパー・カブ偵察機は、50mほどを整地すれば離陸できた。現在の空軍機で、それほど気楽に基地を動かせる機体はあるのか? こでは第二次世界大戦の電撃戦でも同様で…

(第二次世界大戦での)ドイツ空軍の最も感嘆すべき特徴は、敵の飛行場を奪取してすぐに使用できるように後方支援組織を前進させる能力にあった。
  ――第5章 勝利から膠着状態へ

 つまり遠距離砲撃のかわりに軽爆撃機を使うって発想だけじゃなく、使えるようにする整備や補給や飛行場建設の能力も優れていたのだ。これで痛い目を見たのが帝国海軍のガダルカナルで…。もっとも、今はカブやスツーカの役割をヘリコプターや無人機が担ってて、たいてい陸軍の管轄になってる。

まあ、でも、改めて考えると、専守防衛なら、非工場建設能力はなくてもいいんだよね。守るだけなら、敵地に飛行場を作る必要もないんだし。

 などと暗い話になったが。航空戦力が最も華やかだったのは、第二次世界大戦だろう。ドイツ軍の電撃戦に加え、米海軍も…

ミッドウェー海戦が終わってから二週間もしないうちに、アメリカ下院海軍委員会は、16インチ砲を搭載する五万八千トンのモンタナ(USS Montana)級戦艦五隻の建造計画を満場一致で廃案に(略)五万トンを超える新しい航空母艦の建造を承認した。
  ――第8章 空母の戦いから最終決戦まで

 と、航空戦力に舵を切り替える。ただし、海軍はともかく、陸上での使い方では、著者は厳しい。戦略爆撃はもちろん電撃戦みたいな使い方にも否定的で、最も効果的なのは…

上空である程度の行動の自由が確保できるとするならば、「三位一体(訳者注:政府、国民、軍隊が一体)」の軍隊に対する戦争において空軍を役立てる最善の方法は、近接航空支援や戦略爆撃ではなく、阻止でほぼ間違いないということである。
  ――第5章 勝利から膠着状態へ

 と、ちょっと変わった見解を示す。戦略爆撃は効果が疑わしいし、近接航空支援=敵前線部隊への攻撃は被害がデカい上に友軍への誤爆がある。阻止ってのは、敵の補給部隊や応援部隊を潰すこと。弾薬が無きゃ撃てないし、油が無きゃ戦車も止まる。逆に最も無駄なのは…

(第二次世界大戦のユーゴスラビアでドイツ軍の)エア・パワーは、反乱戦力を鎮圧する手助けにはほとんどなっていなかった。
  ――第17章 最初の40年間

 レジスタンスやテロリストなど、人ごみや山陰に隠れ軽装備で嫌がらせする敵に対しては、手間とカネがかかる割に、ほとんど効果がない。これはイスラエルのレバノン侵攻やアメリカのベトナム・アフガニスタン・イラクと、何度も証明されている。思えば日中戦争の重慶爆撃もそうだなあ。

 これは戦場の適不適もある。航空機は砂漠などの開けた場所で威力を発揮する。ジャングルや峻険な山、ゴチャゴチャした都市には向かない。おまけに高射砲や地対空ミサイルなどの進歩で、空は安全地帯じゃなくなった。しかも長距離ミサイルやヘリコプターや無人機などライバルも多い。

UAVに必要な設備は小規模かつ簡素であり、そのため運用コストが有人機の5%に過ぎないと言われている。
  ――第11章 ミサイル、衛星そして無人機

 極端な話、ドローンにスマートフォンを積めば、簡単な偵察機になるんだよね。加えて、空軍のもう一つの重要な任務、防空に関しても、長距離ミサイルと核の発達で…

入手可能な公刊情報から判断すると、2010年現在、断固たる攻撃から都市を1000%守ることのできるシステムを有している国家は存在しない。
  ――第11章 ミサイル、衛星そして無人機

 と、いいささか切ない状況にある。逆に都市攻撃にしても、大型爆撃機はB-52ぐらいしかない。え?B-1とB-2? 何か仕事したっけ? ああ、「レッド・プラト-ン」でB-1は活躍してたなあ。前哨基地の防衛だけど。

 と、そんなわけで、将来の展望としては…

軍用機、すなわち有人の作戦機に関しては、明らかに絶滅の方向に向かいつつあり、他の兵器の役割が増大していくため、多くの場合、空軍は、ずたずたにされることになるであろう。
  ――最終章 凋落、1945年以降?

 と、軍用機が好きな人にははなはだ悲しい結論になっている。もっとも、希望はある。

 軍というのは、いつだって直前の戦争から学ぶ。まずもって先見の明とは縁がない。今後も大きな戦争がなければ、ずっと今の状態が続く。だから、戦闘機ファンは、戦争が起きないように働きかけよう。戦争がなければ、これからも戦闘機が花形兵器でありつづけるだろう。

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2019年3月 3日 (日)

SFマガジン2019年4月号

「楽器人間。それはどういう……構文だ」
「構文じゃない。熟語だよ。ああ、肩書きかも知れない。『怪奇楽器人間』。それがこの街の夜を跋扈している。そして犯罪行為をおこなっている」
  ――飛浩隆「サーペント」

「おめでとうございます! みなさんは、生命進化を守る戦士に選ばれました!」
  ――草野原々「大進化どうぶつデスゲーム」

野生のエルヴィス・プレスリーをご存じだろうか。
  ――石川宗生「野生のエルヴィスを追って」

「高さ二万メートルのビルを泥が支えられるなんて、信じられない」
  ――ニール・スティーヴンスン「アトモスフェラ・インコグニタ」日暮雅通訳

 376頁の標準サイズ。

 特集は「ベスト・オブ・ベスト2018」。「SFが読みたい!2019年版」のランキング上位作家の短編を収録。

 お陰で今月は小説が多い。なんと16本だ。

 まず特集の「ベスト・オブ・ベスト2018」で9本。飛浩隆「サーペント」,郝景芳「戦車の中」立原透耶訳,円城塔「書夢回想」,上田早夕里「銀翼とプレアシスタント」,ニール・スティーヴンスン「アトモスフェラ・インコグニタ」日暮雅通訳,高島雄哉「無重力的新世界」,草野原々「大進化どうぶつデスゲーム」,石川宗生「野生のエルヴィスを追って」,樋口恭介「1000億の物語」。

 連載は夢枕獏「小角の城」第52回だけ。

 読み切りは6本。柞刈湯葉「たのしい超監視社会」,三方行成「折り紙食堂 エッシャーのフランベ」,片瀬二郎「ミサイルマン」,そして草上仁は三連発「半身の魚」「必殺!」「二つ折りの恋文が」。

 飛浩隆「サーペント」。学究都市クルーガーで事件が起きた。『怪奇楽器人間』。特殊楽器が関わるとの疑いもあり、カエキリア教授は技芸士の派遣をギルドに依頼する。やってきたのは技芸士セルジゥ・トロムポノク。さっそく現場に赴くと…

 「零號琴」の前日譚の冒頭のみ。すんません、まだ本編は読んでないです。葉巻型宇宙船だの<行ってしまった人たち動力>だので「ほえ?」と思ってたところに、「怪奇楽器人間」で腹筋が決壊w にしても、本当に「空の園丁」は出るんだろうか。

 郝景芳「戦車の中」立原透耶訳。村はすでに破壊されていた。連れの雪怪を村に送り込み、定点清掃を命じた。雪怪は高さ5メートルの工兵ロボットだが、戦闘能力もある。やがて雪怪から警報が来た。小型の機械車を見つけた、と。そこで雪怪は相手の基本情報を…

 徹底的に機械化された未来の戦闘の一幕を描く掌編。某大ヒット映画の冒頭や、フレッド・セイバーヘーゲンの「バーサーカー」シリーズを思わせる状況を描く。逆チューリング・テストって発想もいい。加えて、田中光の扉イラストも素晴らしい。

 円城塔「書夢回想」。そこは異端の組織が長い年月を費やして構築した巣、書店だ。今となっては、書籍に原本があることすら知らない人もいる。原本を読まずとも、要約機能でほぼ同等の読後感が得られる時代だ。また文章も読者に応じて自動的にふさわしく変換してくれる。

 だんだんと紙の本は肩身が狭くなってきている今日この頃だけど、案外と今後も生き残るんじゃないかって気がしてきた。というのも、人が最初に出会う本は、たいてい紙の絵本だからだ。それはそれとして、この作品は電子書籍がうんとこさ進歩した未来の物語。

 上田早夕里「銀翼とプレアシスタント」。土岐田和穂は海上保安庁のパイロットだ。かつて瀬戸内海と呼ばれた地域を巡回コース通りに飛び、予定の淡路北フロート群の海上空港に降りる。馴染みのカフェ Shin-Kai に寄る。何かあったらしく、蛙の置物がない。

 お待ちかね<オーシャンクロニクル・シリーズ>の前日譚の冒頭抜粋。既に海面上昇は起きていて、瀬戸内海もだいぶ様相が違っちゃってる。これに対応する日本政府の方針も相まって、ちと胡散臭くもあれば国際的でハイテクでもある不思議な社会ができてる模様。

 高島雄哉「無重力的新世界」。世界最大のオークション・サイト<799>の代表取締役は、ベンチャー運営の打ち上げ船で月の裏側を周回する旅に出る。同行者が11人のアーティスト。画家・彫刻家・作曲家・舞踏家・写真家・小説家・調香師・ゲームクリエイター・配信者・AIアーティスト・VRアーティスト。

 たった一週間って締め切りじゃ、悲鳴を上げる人も多いだろうなあ。漫画家を入れてもいい気がする。あとプログラマも。perl の 1 while s/(.*\d)(\d\d\d)/$1,$2/ /*数字3桁ごとに位取りのカンマを入れる*/ とか、私はアートを感じるんだけど。

 草野原々「大進化どうぶつデスゲーム」。星智慧女学院三年A組、十八人。ノンフィクションを好み我が道を行く空上ミカ、おとなしく古典文学が好きな峰岸しおり、雑誌の読者モデルをやっている白鳥純華、その取り巻き沖汐愛理、王子様タイプの竜造寺桜花、小柄でボーイッシュな飯泉あすか…。彼女らは人類の、いや宇宙の命運をかけたデスゲームに放り込まれ…

 長編、どころかシリーズ化予定作品の冒頭。さすがに十八人もいたらキャラがカブるかと思ったけど、なかなかに濃いキャラが揃ってます。私は神木月波ちゃんが気に入った。この突発事態に、アッサリと適応して、いきなりソレやりますかw つかポケットにナニを持ってるんだかw

 石川宗生「野生のエルヴィスを追って」。野生のエルヴィスは、環境に応じて様々な進化を遂げている。ただし生態の多くは謎のままだ。国際自然保護連合レッドリストでは近絶滅種に指定されている。そんな野生のエルヴィスを追う人々は…

 野生のエルヴィス・プレスリーってアイデアがいいw なんじゃい「エルヴィス・ハンター」ってw まさしく小説家の本道、「見てきたようなウソをつく」に真っ向から挑戦し、ナショナル・ジオグラフィックやBBCドキュメンタリー風の騙りで貫き通した作品。通勤電車の中で読んだら周囲から変な人だと思われます。

 樋口恭介「1000億の物語」。増え続ける人口を支えきれなくなった人類は、ソフトウェア化の道を選ぶ。量子サーバー内にグロタンディーク自治区と呼ばれる人工宇宙を作り、そこに住み暮らし子を成す。その一人メアリーは19歳として生まれた。恋人のパーシーは23歳。

 「第81Q」なんて言葉で一瞬ニヤリとしたり、設定からゼーガペインを思い浮かべたり。いやさすがにサーバは舞浜じゃないけど。システムを設計・導入する際は、将来に必要になるリソースの事も考えておきましょうね、という話…では、ないと思う。

 柞刈湯葉「たのしい超監視社会」。世界はオセアニア・ユーラシア・イースタシアの三大国に別れ、互いに争っていた。その一つイースタシアは、厳しい監視社会だ。かつての特高警察では膨大な人口を監視しきれない。そこで国民同士が互いに監視し合う制度を導入し…

 「イースタシアの歳出歳入を正確に知ることは、月の裏側を見るよりも難しい」とかの時事ネタはキャッチー。また歴代総統の肖像画とかも、作者ならでは。相互監視制度も、若い人はそれなりに楽しんでいるようでw でも私の下手な歌なんかを聞かされたら、迷惑だろうなあw

 ニール・スティーヴンスン「アトモスフェラ・インコグニタ」日暮雅通訳。エマは不動産業界で働いている。久しぶりに会った幼馴染のカールが、イカれた話を持ちかけてきた。高さ二万メートルの鉄製タワーを作りたい、協力してくれ、と。

 「七人のイヴ」では、軌道上の暮らしを科学・工学系の細部をキッチリ描いてくれた著者。この短編でも、高さ20kmの鉄塔なんてイカれたアイデアを、科学と工学に加え、産業にまで踏み込んでテンポよく描いてくれる。難問は重さだけじゃないあたりが読みどころ。終盤の展開には完全に脱帽。

 特集はここまで。以降は読み切り。

 三方行成「折り紙食堂 エッシャーのフランベ」。空きっ腹を抱えたあなたは、奇妙な店を見つけた。「折り紙食堂」。その名のとおり、カウンターには折り紙がびっしり並んでいる。中にいた店主らしき男も、折り紙に没頭している。出ていこうと思ったが、店主は何やら準備を始めてしまい…

 折り紙って、使える紙は一枚だけなのかと思ってたけど、幾つもの部品を組み合わせて作るのもあるのか。ある意味、「中国人の店で変なモノを買って…」のバリエーションの一つ。

 片瀬二郎「ミサイルマン」。五のつく日は納品日で大忙し。しかも年末となれば戦場である。なのにンナホナがいない。外国人労働者ながら、今までさんざん修羅場を切り抜けてきた強者なのに。社長の息子の俊介は、総務の末松を伴って、ンナホナのアパートを訪ねるが…

 最近の外国人労働者関係のニュースを聞くと、笑って済ませられない話。特にンナホナの故国のニュースを聞いた時の、俊介の反応とかは、いかにもこの手の人にありがちで、某選手の病気に対する某大臣のコメントを連想してしまった。

 おまちかね草上仁の三連発「半身の魚」「必殺!」「二つ折りの恋文が」。「半身の魚」は砂漠で見つけたオアシスでの一幕。やるな、とい言われると…なお話。「必殺!」は、藤田まこと主演の必殺シリーズのパロディ。にしてもオチが黒いw 「二つ折りの恋文が」は打って変わって異星での恋愛物語。つくづく芸幅の広い人だなあ。

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