ジュディス・メリル編「SFベスト・オブ・ザ・ベスト 上」創元SF文庫
「あなたにとって、サイエンス・フィクションとは生活手段じゃなく、生活習慣なのね」
――序文そういうわけであんたは、自分自身と忍耐力コンテストをすることになる――どれだけ長く、その隔壁にかまわずにいられるかという競争だよ。
――シオドア・スタージョン / 隔壁
【どんな本?】
ジュディス・メリルはアメリカの有名なSF編集者だ。1955年度~1966年度にかけて、年間のベストSF短編を選んだアンソロジーを出した。うち1960年度~1966年度分は、創元SF文庫より「年間SF傑作選 1~7」として日本語版が出ている。
この本は1955年度~1959年度の五冊分から、ジュディス・メリル本人が更に選りすぐった作品を集め、1967年に出版したもの。
上巻では、シオドー・スタージョン,ゼナ・ヘンダースン,クリフォード・D・シマックなど、今にして思えばビッグネームがズラリと並ぶ贅沢なラインナップが揃った。
…というのは言い訳で、実は先日亡くなったキャロル・エムシュウィラーの「狩人」が目当てです、はい。訳はもちろん小尾芙佐のゴールデン・コンビ。
【いつ出たの?分量は?】
原書は SF The Best of the Best, Edited by Judith Merril, 1967。日本語版は上巻が1976年8月13日初版、下巻が1977年2月18日初版。私が読んだのは1998年2月20日の6版と1998年2月20日の3版。着実に版を重ねてる。
文庫版で縦一段組みの上下巻で332頁+345頁=677頁に加え、浅倉久志の解説7頁。8ポイント43字×18行×(332頁+345頁)=523,998字、400字詰め原稿用紙で約1,310枚に加え、。上中下でもいいぐらいの充実した分量。
それぞれ文章はこなれている。さすがに60年以上も前の作品だけに、難しい仕掛けも出てこないので、理科が苦手な人でも大丈夫。ただしスマートフォンはもちろんインターネットも出てこないアナログな世界だし、1940年代~50年代が舞台の作品もある。当時の風情を思い起こしながら読もう。
というか、ぼちぼち私も老眼のせいで8ポイントは辛くなってきた。
【収録作は?】
著者ごとに著者紹介が1頁ある。著者紹介と序文の訳は浅倉久志。各作品は 日本語著者名 / 日本語作品名 / 英語著者名 / 英語作品名 / 訳者 / 初出 の順。
- ジュディス・メリル / 序文
- ウォルター・M・ミラー・ジュニア / 帰郷 / Walter M. Miller, Jr. / The Hoofer / 深町真理子訳 / ファンタスティック・ユニヴァース1955年9月号
- 日焼けした顔に白いゴーグルのあと。誰もが一目で宇宙飛行士だとわかる。バスに乗り込むなり酔いどれた口調でご婦人にからむホーギイ・パーカーは、やっと地球に帰ってきたところだ。家じゃ妻のマリーが待っている。生まれた子供と一緒に。
- 著者は「黙示録3174年」が有名。現代の宇宙飛行士は超エリートだ。でもこの世界は宇宙飛行が普及して、飛行士は現代の外洋航行の商船員みたいな立場らしい。稼ぎはいいが、長い期間を宇宙で過ごす。船員が海の暮らしに順応するように、ホーギイも宇宙に慣れて…
- シオドー・スタージョン / 隔壁 / Theodore Sturgeon / Bulkhead / 深町真理子訳 / ギャラクシイ(年月は不明、1955年以前、タイトルは「だれ?」
- 厳しい訓練を経て、辿りついた最終試験は、遠宙訓練。たった一人で、長い航宙に耐える。船には本もゲームも幻覚剤も揃っている。いくらでも時間を潰せるはずだ。だが、インターコムのボタンに触っちゃいけない。ボタンを押せば、隔壁の向こうの誰かに会える。だが…
- 「最終試験」物。宇宙船の船長には、極めて優れた資質が求められる。長い旅を、たった一人で耐えなければならない。となれば、この最終試験も孤独に耐える試験だろう、と思ったが…。スタージョンにしては読みやすい、ストレートなアイデア・ストーリー。
- ゼナ・ヘンダースン / なんでも箱 / Zenna Henderson / The Anything Box / 深町真理子訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年1月号
- わたしの担任は一年生だ。新学期が始まって二週間ほどして、リン・スーに目をとめた。特に問題があるわけじゃない。でも、ときおり、両手に隠した何かを見つめている。その時のリン・スーはしあわせそうだ。
- 教師の経歴を活かした作品。特に教師同士の会話は、いかにもありそうな雰囲気が出てる。謄写版(ガリ版)、懐かしいなあ。50年代アメリカSFの大らかな雰囲気を漂わせつつ、空想にふける癖のあるSF者にとっては、何かと心に染みる作品。
- リチャード・M・マッケナ / 闘士ケイシー / Richard McKenna / Casey Agonistes / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年9月号
- おれは九人の仲間と軍の結核病棟にいる。仲間の一人はヒューイット、すっかりやつれたんで気づかなかった。カーナハンは隣のベッドだ。いつもクスクス笑ってる。ラジオをイヤホンで聞いてるせいかと思ったが…
- これまた海軍の経歴が活きた作品。当時の結核は死病だったんだろう。それでも兵隊らしく図体のデカい悪ガキみたいなノリは健在で、気に入らない医者や婦長をからかう?場面では、妙な明るさがあったり。などと油断していると…
- クリフォード・D・シマック / 孤独な死 / Cliford D. Simak / A Death in the House / 浅倉久志訳 /ギャラクシイ1959年10月号
- 牛を追う途中で、モーズじいさんは異星人を見つけた。不気味な姿で嫌なにおいがするが、死にかけているらしい。やもめ暮らしの汚い家まで抱えていき、ベッドに寝かせる。が、看病しようにも、何をどこから食べるのかすらわからず、どうすりゃいいのか皆目見当がつかない。
- シマックらしい田園が舞台の作品。やはり50年代らしい、おおらかでユーモラスな雰囲気のファースト・コンタクト物。頑固な田舎者で、長いひとり暮らしに慣れてマイペースだが人情はある、モーズじいさんの人物像が楽しい。
- フリッツ・ライバー / 跳躍者の時空 / Frits Leiber / Space Time for Sprinfgers / 深町真理子訳 / スター・サイエンス・フィクション第四集1958年
- 仔猫のガミッチは天才だ。同居人は≪馬肉の大将≫≪ネコこっちおいで≫≪赤ん坊≫、しゃべらないシシーと、床の皿から馬肉を食べるアッシュールバニパルとクレオパトラ。ガミッチは知っている。本当の真実を。
- 天才仔猫ガミッチ君シリーズ。同じ深町真理子訳だが、河出書房新社の「跳躍者の時空」とは少し違っている。好奇心もとい知識欲に溢れ、全てが驚異と冒険に満ちている仔猫の目には、世界がどう映っているのか。というか、子供の頃って、人間もそうだよなあ。
- キャロル・エムシュウィラー / 狩人 / Carol Emshwiller / Pelt / 小尾芙佐訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1958年11月号
- クイーンは白い犬だ。主人と共に氷の世界ジャクサ星に降り立った。クイーンはここが好きだ。樹のかげに、何がひそんでいる。大きい。こっちを見張っている。でも、それより獲物だ。追いかけよう。何かが目の前に立ちはだかった。すばらしい毛皮だ!
- 猫SFの次は犬SFが続く。主人公は猟犬のクイーン。彼女の視点で、異星でのハンティングを描く。「カルメン・ドッグ」もあるし、著者は犬が好きなのかな? クイーンの視点から見ると、人間は鼻も効かず足も遅いノロマに見える。でも主人には従ってしまう犬の性分を、切なく鮮やかに描き出す手腕はさすが。テーマ的にも、「カルメン・ドッグ」と共通するモノがあるような気がする。
- デーモン・ナイト / 異星人ステーション / Damon Knight / Stranger Station / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年
- 二十年に一度、異星人ステーションに異星人が訪れる。それを迎える任務にあたるのは、ただひとり。人類と異星人、両者のへだたりは大きく、接触すら苦痛だといわれている。報酬につられ志願したウォッスン軍曹は、ステーションに一人で取り残された。
- ファースト・コンタクト物。ソレが近くにいる、ただそれだけで人類は苦しむ。その科学的な理由は全く説明なしなのも、当時のおおらかさだろう。それでも律義に20年に一度、一人だけと接触を繰り返す。異星人の、そして人類の目的は何か。
- シオドー・L・トマス / 衝突進路 / Theodor L. Thomas / Satelite Passage / 小尾芙佐訳 / イフ誌1958年12月号
- 地球軌道上。このまま進めば、ロシアの衛星船と衝突しかねない。最も近づく時で距離約15m。かといって、ビビって避けたらメンツが丸つぶれだ。地上のコントロール・ポイントと話し合ったが、結論は同じ。避けるな。困ったことに、ロシアも同じ結果に達した。
- さすがに軌道上の描写は、最近のサイエンス・フィクションに比べるとかなり雑だ。とはいえ、こんな風に小説になると、当時の米ソ冷戦の実態がよくわかる。1962年のキューバ危機にしても、つまりは珍走団のチキン・レースと同じ、イキがったオス同士の意地と面子の張り合いなのだ。
- マック・レナルズ / 時は金 / Mack Reynolds / Compounded Interest / 浅倉久志訳 / ファンタジー・アンド・サイエンス・フィクション1956年8月号
- 1300年。ヴェネツィアの大商人ゴルディーニ家に、スミスと名乗る男がやってきた。十枚の見慣れぬ金貨を出して、こう語る。これを私の代わりに運用してほしい、利息は年一割の複利で。ただし、清算は百年後。
- 利息が利息を生む複利の恐ろしさを伝える寓話…では、もちろん、ないw 年利1割ってあたりに、50年代の景気の良さを感じるけど、史記とかを読むと、歴史的にも1~2割は妥当らしい。にしても、オチはしょうもないw
- ロバート・アバーナシイ / ジュニア / Robert Abernathy / Junior / 小尾芙佐訳 / ギャラクシイ1956年1月号
- 今日もジュニアはどこかをフラついている。心配してメイタアは泣き、ペイタアは怒る。浅瀬で遊んで潮だまりにはまりこんだか、深遠に迷い込んで怪物に食われたか。そろそろ落ち着く頃なのに、ジュニアは泳ぐのをやめない。
- ヒトではない知性を描くのも、SFのテーマの一つ。この作品だと、イソギンチャクなのかな? ペイタアが語る、知性生物のあるべき姿は、私たちとは全く違う。それは同時に、私たちが知性に対し持っている偏見を映す鏡でもある。
さすがに60年も前の作品だけに、科学の面を見るとおおらかな作品が多い。が、アイデアの幅はむしろ今より広かったりする。シマックの「孤独な死」などは、短編映画にも向きそう。
そしてお目当てのエムシュウィラー「狩人」は、狩猟犬クイーンの目線で描く、異星でのハンティングの物語。なんだが、解釈次第で様々に受け取れるお話や、どうにもモヤモヤする読後感は、やはりエムシュウィラーならではの味。もっと翻訳が出て欲しい。
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