東京創元社「ランドスケープと夏の定理」高島雄哉
「反証できたら定理とは呼べなくなる。ぼくはただ、ずっと考えているだけだよ。自分があの夏、何を証明しようとしていたのかを。そして実際には何を証明したのかを」
――ランドスケープと夏の定理『問いを解くことは善か悪か』
――ベアトリスの傷つかない戦場…真実は、あるいは正しさは、わかりやすいとは限らない。
――ベアトリスの傷つかない戦場「宇宙の果てで待ってる」
――楽園の速度
【どんな本?】
2014年の第5回創元SF短編賞に輝いた「ランドスケープと夏の定理」に加え、その続編となる「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」を収録した、デビュー作品集。
知性定理。あらゆる知性は、会話が成立しうる。数学専攻のネルスが卒業論文で発表した定理は、第二執筆者が高名な姉であることも手伝い、大きな話題を呼んだ。姉のテオは22歳で教授になった宇宙物理学の天才だ。今は月の向こう側、L2で共同研究者の青花とともに研究に勤しんでいる。
気まぐれで強引な姉呼び出され、ネルスはL2に向かう。そこに待っていたのは、とんでもないモノだった。
最新の数学・科学・工学を駆使して知性の彼岸に真っ向から挑み、SFならではの目くるめく風景を描く、王道のサイエンス・フィクション。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年8月31日初版。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約275頁に加え、あとがき6頁+堺三保の解説4頁。9ポイント43字×20行×275頁=約236,500字、400字詰め原稿用紙で約592枚。文庫本なら標準的な厚さの一冊分。
文章は比較的にこなれている。内容は、理屈もガジェットもかなり歯ごたえがある、本格的なサイエンス・フィクションだ。
【収録作】
- ランドスケープと夏の定理
- ベアトリスの傷つかない戦場
- 楽園の速度
【感想は?】
極上かつ王道のサイエンス・フィクション。
SFならではのガジェットはさておき、まずは姉のテオがいい。絵にかいたようなマッド・サイエンティストである。研究者として優れているのはもちろん、性格も実にマッド。
この姉と弟の関係は、ケロロ軍曹の夏美と冬樹で考えればいいだろう。もっともテオは夏美を二桁ほどパワーアップした性格に、クルル曹長の頭脳と陰険さと用意周到さを足した感じだけど。才能はもちろん、自信と行動力に溢れ、走りはじめたら止まらない。
そんなテオの性格もを伝える工夫も巧い。予め予告しているとはいえ、彼女がL2に隠し持っていたアレで、「こりゃとんでもねえ奴だ」と読者も納得する。んなモンを見つけたってだけでも物理学に革命を起こす大ニュースなのに、それを隠して独り占めとはw
しかも、それを使ってやらかす事が、いかにもテオらしい。そんな所に放り込まれたネルスの気持ちたるやいかにw ただでさえ小突かれてっばかりの姉が、あんなんなったら…
とかのマッド・サイエンティスト物として読んでも、充分に楽しい。
そんな姉に鼻面を引き回されるネルスだけど、彼が発表した「知性定理」も、けっこうワクワクするシロモノ。
あらゆる知性は、会話が成立しうる。というか、会話を成立させるために必要な辞書が存在しうる。あくまでも「可能である」ことを示すだけで、具体的にどうするかは全く分からないんだけど。
数学だと、写像の概念に近いんだろうか。あらゆるプログラミング言語で書かれたプログラムは、チューリング・マシンで記述しうる、みたいな。中学の数学でも、幾何学と方程式(代数学)の関係がおぼろげに見えてきたような、そんな雰囲気かな?
この辺は、サイモン・シンの「フェルマーの最終定理」や、ダグラス・ホフスタッファーの「ゲーデル、エッシャー、バッハ」あたりが好きな人なら、ピンとくると思う。
この知性定理を導き出す過程も、なかなか数学っぽくって楽しい。つまりは目の付け所を変えるって事なんだけど、日頃から実務に追われていると、ちょっと思いつかないんだよなあ。研究の面白さの一つはパターンを見つける事なんだけど、フラクタルとかの発展の過程にちょっと似てるかも。
この知性定理は、続く「ベアトリスの傷つかない戦場」「楽園の速度」で、更なる進化を遂げるからお楽しみに。
加えて、工学的な面白さも盛りだくさん。小さなものでは、最初の宇宙遊泳の場面。こんな便利なモンがあったら、宇宙遊泳もだいぶ楽になるだろう。相応のインフラが整った所でしか使えないけど、回転を止めるぐらいなら、なんとかなりそう。
やはり楽しいガジェットが、「ベアトリスの傷つかない戦場」で活躍する「新兵器」。ある意味、現代の兵器の大半をガラクタに変え、戦場の姿を一変させかねない便利兵器だ。ここまでくると、ドラ〇もんと区別がつかないw 私は「デューン」のバトル・シーンを盛り上げるアレを思い出した。
ここで撒かれた騒動の種を刈り取るために、次の「楽園の速度」でテオが取る手段も、いかにもテオらしく豪快でいい。当然、更なる騒動を引き起こして、とんでもないことになるんだけどw ここまでいくと、グレッグ・イーガンというよりルディ・ラッカーな感じかも。
数学・科学・工学の最新の知見を折り込みつつ、強烈な性格のマッド・サイエンティストで物語を強引に引っ張りまわし、SF者が信奉する「知性」が行きつく先へとまっしぐらに突き進む、堂々たる王道を行くサイエンス・フィクションだ。
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