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2019年1月 2日 (水)

マディソン・リー・ゴフ「死体につく虫が犯人を告げる」草思社 垂水雄二訳

昆虫学者の最も重要で基本的な貢献は、死後経過時間を決定することである
  ――第2章 虫の証拠を読み解く方法

膨満期を通じて、体の開口部や、外傷があればその傷口から体液がしみだしはじめる。こうした体液は、ウジの活躍によってつくりだされたアンモニアと一緒になって、死体の下の土にしみだし、土壌をアルカリ性にする。
  ――第3章 腐乱死体を研究する

…致死量および致死量の二倍のコカインを投与されたウサギの組織を食べたウジの発育速度が、統計的に有意な増加をしていることがはっきりと示されていた。
  ――第9章 殺虫剤と麻薬の影響

私にとって――あるいは他のどんな法医科学者にとっても――起こりうる最悪の事態は、誰かの代弁者になることである。
  ――第10章 つらすぎる仕事

法廷は、科学者にとって、およそ想像できるかぎり最も異質で敵対的な環境といえよう。
  ――第11章 証言台の昆虫学者

【どんな本?】

 1984年九月の朝、ハワイの真珠湾で女の死体が見つかる。内臓はすっかり失われ、頭骨もむきだしになっていた。舌骨が折れているため、手によって絞殺されたと考えられる。幸い歯科のレントゲン写真により身元は確認できた。19日ほど前に失踪届が出ている。

 だが、彼女が殺されたのはいつなのか?

 こで著者にお呼びがかかる。著者は遺体のさまざまな場所から昆虫を集める。特に多かったのはカツオブシムシ科の甲虫と、ハエの幼虫すなわちウジである。

 犯罪捜査に虫がどう役に立つのか。その関係を導き出すために、どんな研究が必要なのか。法医昆虫学とは何で、法医昆虫学者は何をするのか。新しい学問を立ち上げるには、どんな苦労があるのか。そして、学者の目からは、司法の世界がどう見えるのか。

 法医昆虫学を創り育て上げた著者が、ユーモアたっぷりに法医昆虫学の基礎と捜査協力の実際を描く、一般向けの解説書またはエッセイ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A fly For the Prosecution : How Insect Evidence Helps Solve Crime, by Madison Lee Goff, 2000。日本語版は2002年7月31日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約231頁に加え、訳者あとがき3頁。9ポイント45字×18行×231頁=約187,110字、400字詰め原稿用紙で約468枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分ぐらいの分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も特に難しくないが、グロテスクでウジが這いまわり臭気漂う場面が多いので、繊細な人には向かない。

【構成は?】

 科学の本としては頭から読んだ方がいい。が、エッセイ集として読むなら、気になった所をつまみ食いしてもいい。

  • プロローグ 1984年、ホノルル
  • 第1章 昆虫学者、死体と出会う
  • 第2章 虫の証拠を読み解く方法
  • 第3章 腐乱死体を研究する
  • 第4章 ハエはすばやく事件を嗅ぎつける
  • 第5章 乾いた死体を好む虫たち
  • 第6章 死体が覆い隠された場合
  • 第7章 ハチ、アリのたぐい
  • 第8章 海上の死体、吊り下げられた死体
  • 第9章 殺虫剤と麻薬の影響
  • 第10章 つらすぎる仕事
  • 第11章 証言台の昆虫学者
  • 第12章 法医昆虫学を認めさせる
  • エピローグ 新しい挑戦
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 ウジ大活躍だ。繰り返すが、繊細な人は避けた方がいい。ウジの群れに襲われる夢を見る。

 なぜウジか。著者ら法医昆虫学の主な職務が、「いつ死んだか」を調べる事だからだ。日本でも、夏に生ゴミを溜めると、すぐにハエがたかりウジが沸く。奴らは驚くほどの素早さで餌を嗅ぎつける。常夏のハワイなら、なおさらだ。

 私たちには鬱陶しいだけのウジだが、昆虫学者にとっては格好の研究材料だ。人が死んでから、ウジが沸くまで、どれぐらいの時間が必要なのか。ウジが蛹や成虫になるまで、何日ぐらいかかるのか。そこにいるウジは、どんなハエのウジなのか。

 これらがわかれば、「いつ死んだのか」が、だいたい見当がつく。それには、成長しきった成虫より、成長途中の幼虫の方が都合がいい。だがらウジなのだ。

 ただ、アリバイ証明または逆にアリバイ崩しに使うとなると、「だいたい」では困る。なるべく正確に、かつ絞った日時が欲しい。そのために、昆虫学者はデータを集めるために悪戦苦闘する。

 このデータを集める際の苦労が、読んでて楽しく、そして気色悪くもある部分。生き物はなんだってそうだが、環境によって成長の速さが違う。日本だと夏はハエが多いが、冬は滅多に見ない。要は暑い時にウジは速く育ち、涼しい時には育ちが遅くなる。

 気温に加えて湿度も大事だし、死体中の水分も意味を持つ。他の所で切り殺されてから、別の所に死体を運んで捨てた場合、体液の多くは殺害現場で流れている。これにより、死体にたかる虫の種類はだいぶ変わってくる。

 のはいいが、推定するには、基礎となるデータが必要だ。ところが、これを集めるのが一苦労。

 まさか人間の死体で実験するワケにはいかない。そこで主にブタを使うんだが、実験の手はずを整えるだけでも、色々とお伺いをたてなきゃいけない。

 なんたって、ブタの死体を放置して、たかる虫を調べるって実験だ。それも、暑い所、涼しい所、湿った所、乾いた所、地面に置いた場合、宙づりになった場合、箱に詰めた場合…と、幾つものパターンを試さなきいけない。

 想像してみて欲しい。数十kgもある豚肉を、夏の間そこらに放置してたら、どうなるか。匂いは酷いし、ハエがブンブンたかって真っ黒になる。それを見かけた人は、どんな反応を示すだろうか。住宅地が近ければ、大騒ぎになること間違いなしだ。

 ってなワケで、著者らはアチコチのお役所にお伺いをたて、イタズラ好きな学生どもを追い払い…

 とかに加えて、最近では農薬や麻薬の影響まで調べなきゃいけない。農薬は予想通りにウジの成長を抑えるんだが、意外なのがコカインやエクスタシーなど向精神薬の影響。コカインは上の引用の通り。エクスタシーもウジの成長を成長が早い上に、「死亡率も低かった」。ウジもラリるのか。生意気だぞ。

 終盤では、法廷や学会での面白エピソードが満載で、笑いが止まらない。病理学者は昆虫のスライドを見たがり、昆虫学者は死体のスライドを見たがるとか、学者も野次馬根性を持っている、というより野次馬根性の塊なんだなあ、なんて思ったり。

 何度も言うが、腐乱死体にウジャウジャとウジがたかる、どころかウジがシャワーのように落ちてくる場面まであり、潔癖な人には向かない。が、耐性があるなら、面白ネタは満載だし、台所の生ゴミにウジが沸く理由もわかる。もちろん、ミステリ好きにはアイデアの宝庫だ。

 にしても、私は正月から何を読んでいるんだろう。

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