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2019年1月29日 (火)

シーナ・アイエンガー「選択の科学 コロンビア大学ビジネススクール特別講義」文藝春秋 櫻井裕子訳

選択するためには、まず「自分の力で変えられる」という認識を持たなくてはならない。
  ――第1講 選択は本能である

人はあるがままの状態でいるとき、自分の選択の自由度が、自分にとって最適な水準にあると考えることが多いのだ。
  ――第2講 集団のためか、個人のためか

実用的な機能を果たさない選択ほど、人となりをよく表す。
  ――第3講 「強制」された選択

警察官、弁護士、裁判官、精神科医など、一般人より重大なウソに直面する頻度が高い職業に就いている人たちでさえ、(ウソを見破る能力は)平均的には一般人とそれほど変わらないのだ。
  ――第4講 選択を左右するもの

要するに、選びやすいものから取り組むのが得策だということだ。たとえば種類が少ないものや、自分の欲しいものがすでにわかっているものなどだ。
  ――第6講 豊富な選択肢は必ずしも利益にならない

自分にない選択の自由が他人にあるとき、または今ある選択の自由が失われようとしているとき、強い心理的反発が起こる。
  ――第7講 選択の代償

死は選択できるものだという考えに慰めを感じ、死が人生の選択の延長線上にあると考える人たちもいる。
  ――最終講 選択と偶然と運命の三元連立方程式

【どんな本?】

 人生は選択に満ちている。いつ、どこで、誰と、何をするか。朝に起きるときに始まり、着替えて通学または出勤するだけでも、いつ起きるか・何を着るか・どのルートで通うかなど、幾つもの選択肢がある。いや着替えるだけでも、袖を通すのは右手からか左手からかなど、実は細かい選択肢から成り立っている。

 ヒトは何を選択肢と考えるのか。何を基準に決断するのか。より楽に選ぶ、またはより賢く選ぶには、どうすればいいか。選ぶ状況や過程は、選んだ結果の満足度にどう影響するのか。選ぶ人が育った環境は、選択に何か関係があるのか。

 かの有名な「ジャムの法則」の提唱者が著した、ヒトの選択に関わる実験やエピソードを綴る、一般向けのノンフィクション。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Art of Choosing, by Sheena Iyengar, 2010。日本語版は2010年11月15日第一刷。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約322頁。9ポイント42字×20行×322頁=約270,480字、400字詰め原稿用紙で約677枚。文庫本なら少し厚めの一冊分。今は文春文庫から文庫版が出ている。

 文章はこなれている。内容も特に難しくない。ただ、アメリカ人向けに書いているので、一部の商品や有名人はピンとこないかも。でも大丈夫。大事なところは訳者が補っている。私は化粧品の名前がチンプンカンプンだったけど、だいたいの雰囲気は掴めた。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • オリエンテーション 私が「選択」を研究テーマにした理由
  • 第1講 選択は本能である
  • 第2講 集団のためか、個人のためか
  • 第3講 「強制」された選択
  • 第4講 選択を左右するもの
  • 第5講 選択は創られる
  • 第6講 豊富な選択肢は必ずしも利益にならない
  • 第7講 選択の代償
  • 最終講 選択と偶然と運命の三元連立方程式
  • 謝辞/ソースノート/主要参考文献一覧/訳者あとがき

【感想は?】

 有名な「ジャムの法則」のネタ元だ。ただ、巷に流布してる話とは微妙に違う。

 流布してる話はこうだ。試食コーナーのジャムの品ぞろえを、24種類と6種類を比べたら、6種類の方が売り上げが断然よかった。あまし選択肢が多すぎるのも考え物だね。

 実際は、こうだ。

 まず、舞台はドレーガーズ。大規模で高級感あふれ、充実した品ぞろえで知られるスーパーだ。ワインコーナーには二万本が並び、レストランのハンバーガーは$10、二階には料理教室もあり、「カメラを振り回すおなじみの日本人観光客」までいる。そこらの西友やヨーカ堂じゃない。

 他にも現実にありがちな状況とは違う。例えば試食コーナーを担当したのは研究助手だ。日本じゃたいていプロのマネキンさん(→Wikipedia)が担う。

 結果も、微妙な違いがある。

 24種類は客の60%が立ち寄ったが、6種類は40%だった。それぞれの客がコーナーにいる時間は24種類の方が断然長かった。そして問題の売り上げは。24種類の試食客の3%、6種類の30%が買った。仮に客が1000人なら。24種類は600人が訪れ、18人が買う。6種類は400人が訪れ、120人が買う。

 結論は同じように思える。ジャムの売り上げを考えるなら、選択肢を絞った方がいい。だが、別の目的、例えば「人を集めること」が目的なら、話は違ってくる。集まった客は24種類の方が200人ほど多い。しかも長居するんで、注目を集めただろう。

 加えて、他の商品の売り上げには、どんな影響があったんだろうか? そして何より、追実験は?

 とまれ、経験的に納得できる話ではある。終盤では退職金積立制度の401Kの話が出てくる。お金という重大な問題なのに、選択肢が増えるほど、加入者が減った。

 これ、すごくわかるのだ。だって、金融商品って、違いが分かんないんだもん。だいたい言葉がわかんないし。ファンドって何? たった今、検索して調べたけど、やっぱし流し読みしただけじゃピンとこない。

 もっと怖い話も出てくる。赤ちゃんが生まれたけど、早産で回復の望みがない。このまま植物人間として生かし続けるか、さっさと諦めるか。

 こんな選択、突きつけられたくないよね。こういう場合は、医師が賢明な選択を勧めてくれた方が、気が楽だ。

 が、逆に、全部を誰かさんに決められちゃうのも、やっぱりムカつく。ネットでよく見聞きする、「アニメやゲームを禁じられると逆にヲタクになる」、あれは本当かもしれない。「他の玩具では遊んでいいけど、ロビーだけは駄目、触ったらお仕置き」と禁じられた子供は、一週間たってもロビーに強くこだわった。

 ここでは、ちと卑怯な手も出てくる。「ロビーに触ると困るんだ」と柔らかくけん制した場合、あまし拘らない様子を見せた。上手いやり方のように思えるが、時として子供の心をねじ曲げる場合もある。詳しくは「カルトの子」あたりを参照してほしい。

 別の「悪用」もある。私が今、勝手に名前を付けた。夕鶴方式。いやダチョウ倶楽部方式でもいいけど。

 人は覗くなと言われると覗きたくなる。そこで、子供をシェイクスピア・マニアに仕立てたいパパは一計を案じた。まず「シェイクスピアはパパの本だから読んじゃダメ」と言い渡す。次に、シェイクスピアを隠す。ただし、子供でも見つけやすい所に。果たして結果は…

 とかは後半の話で、前半では育った環境の影響を語るエピソードが多い。自由や自主性を重んじるアメリカの文化と、集団への帰属を重んじるアジアの文化の違いだ。最初からして、普通の解説本と趣が違う。著者がシーク教徒であり、それはアメリカの文化とどう違うか、そんな事から語り始めるのだ。

だれしもが、自分の人生は自分でコントロールしたいと思っている。だが人がコントロールというものをどう理解しているかは、その人がどのような物語を伝えられ、どのような信念を持つようになったかによって決まるのだ。
  ――第2講 集団のためか、個人のためか

 生まれ育つ環境は、それぞれの人に物語を与える。それはまさしく「あなたの人生の物語」となる。アレックス・ヘイリーの「ルーツ」が多くの人の心を揺さぶった理由の一つが、そういう事なんだと思う。

 自分で選ぶ時。人に選ばせる時。ちょっとした工夫で、違いをもたらす事もできる。にしても、めざまし時計の「スヌーズンルーズ」は賢い上に怖いw 「モノのインターネット」に、こんな使い方があったとはw

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