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2019年1月 8日 (火)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 1

ビール売り場のそばで男たちが汚いことばで党をののしることがあっても、KGBをののしることは絶対になかった。
  ――独裁政治の美とセメントの中の蝶々の秘密

【どんな本?】

 ウクライナに生まれベラルーシで育ち、2015年度にはジャーナリストとしては初のノーベル文学賞に輝いたノンフクション作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチによる、膨大なインタビュウ集。

 1989年の東欧崩壊に続き、1991年にはソ連が崩壊する。これによりバルト三国をはじめ多くの国がソ連から独立し、旧ソ連国内に居た人々の暮らしは一変した。時流に乗り大金を稼いだ者もいれば、つつましく年金で暮らす者もいる。

 いずれにせよ、検閲が緩んだことで、人々は本音を語れるようになった。

 大祖国戦争(第二次世界大戦の対独戦)で戦った兵士、自らや家族や知人が収容所に連行された人、砂糖を買うため何時間も行列に並んだ女、エリツィンに歓声をあげた若者、かつての大国の誇りを懐かしむ声、陰謀論者、元クレムリンの高官、年金生活者、教師。そして、そんな人たちの伴侶や子供。

 かつてのソ連の暮らしはどうだったのか。共産主義を信じていたのか。スターリンやゴルバチョフなどソ連の指導者をどう思うか。エリツィンに何を期待したのか。ソ連崩壊をどう感じたのか。そして、現在のロシアを、自分の暮らしを、人々の生き方を、どう感じているのか。

 激動の時代を生き抜いた旧ソ連人々の肉声を生々しく伝える、現代のスナップショット。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Время секонд хэнд, Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2016年9月29日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約600頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント48字×20行×600頁=約576,000字、400字詰め原稿用紙で約1,440枚。文庫本なら上中下の三巻でもいい大容量。

 文章はこなれていて読みやすい。もとがインタビュウ集で、「普通の人々」の声を集めたものだからか、あまり難しい言葉も持って回った言い回しもなく、親しみやすい言葉で訥々と語りかけてくる雰囲気だ。内容も特に難しくないが、ソ連~ロシアの現代史を知っていると、更に迫力が増す。

【構成は?】

 人びとの雑多な声を集めた形なので、気になった所をつまみ食いしてもいい。

  • 共犯者の覚え書き
  • 第一部 黙示録による慰め
  • 街の喧騒と台所の会話から(1991-2001)
  • 赤いインテリアの十の物語
    • 独裁政治の美とセメントの中の蝶々の秘密
    • 兄弟姉妹たち、迫害者と犠牲者……そして、選挙民
    • ささやき声とさけび声……そして感嘆
    • 孤独な赤い元帥と忘れられた三日間の革命
    • 思い出の施し、意味の渇望
    • べつの聖書とべつの信者たち
    • 炎の冷酷さと高みによる救済
    • 苦悩することの甘美さとロシア的精神の焦点
    • 殺人者のだれもが、自分は神に仕えていると思っている時代
    • 赤い小旗と斧の微笑
  • 第二部 空の魅力
  • 街の喧騒と台所の会話から(2002-2012)
  • インテリアのない十の物語
    • ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ
    • 共産主義のあと人びとはすぐに変わってしまった
    • 孤独、それは幸福にとても似ている
    • あいつらを皆殺しにしてやりたい、そう望んだあとの恐怖
    • 大鎌を持った老婆とうつくしい娘
    • 神様があなたの家の敷居に置いた他人の悲しみ
    • クソのような人生と白い小さな壺のなかの百グラムの軽い砂
    • 死者たちの無関心と塵の沈黙
    • 狡猾な闇と「そこから作りうる別の人生」
    • 勇気とそのあとのこと
  • 庶民のコメント
  • 訳者あとがき/関連地図/関連年表/人名注

【感想は?】

 書名の「セカンドハンドの時代」が、この本を巧みに表している。

 セカンドハンド、中古品、お古。少し前まで、ロシア人とパキスタン人が組んで日本の中古車をロシアにせっせと運んでいた。そういう、モノの中古品って話かと思ったが、全然違った。

 解説に曰く、「思想もことばもすべて他人のおさがり」。

 実はこれで少しカチンときた。なぜなら、日本はずっと他の国から学んできた国だからだ。奈良・平安時代は中国に学んで国を作り、明治維新・文明開化では西洋文明を学んでのし上がり、戦後は民主主義や品質管理を導き入れて這いあがった。漢字だって中国のおさがりだ。それで何が悪い。喧嘩売ってんのか。

 たぶん、これは日本とソ連の歴史の違いだろう。

 日本は独立しちゃいるが周辺国だ。周囲の国々を従える帝国じゃない。

 黎明期は中国の周辺国で、だから遣隋使や遣唐使で留学生を送り込み隋や唐に学ぶ。中世と近世は独自の国として過すが、黒船で危機に気づく。以後、欧米に学び産業革命を成し遂げたが、太平洋戦争でオジャンとなり、鼻っ柱をへし折られ、アメリカに次ぐナンバー2で満足するようになる。

 あくまでも日本の望みは独立の維持であって、他国を従えて世界のリーダーになる事じゃない。

 ソ連は違う。

 世界に先駆けて共産主義革命を成し遂げた。第二次世界大戦では最も多くの犠牲者を出しながらも、ナチスと大日本帝国にとどめをさした。戦後の冷戦でもアメリカと張り合い、二大国の一局を占めた。バルト三国・ベラルーシ・ウクライナ・グルジアなどに君臨し、東欧諸国も支配した。

 ソ連は世界のリーダーだったのだ。少なくとも国民の認識では。ニュースでも、初期の宇宙開発ではソ連がリードしていた。そして、国家もまた、国民にそう教えていた。

――ばんざーい! 無学の労働者がソ連のステンレス技術を開発――勝利だ! その技術がとっくの昔に世界の常識だったことを、わたしたちが知ったのはあとになってから。
  ――ささやき声とさけび声……そして感嘆

 そういう「偉大だった時代」を懐かしむ声も、けっこうある。豊かな暮らしより、偉大な国の一部であることを望む人もいる。たとえシベリア送りに怯える日々が続いても。

われわれは、あのように強くて大きな国にもう二度と住むことはないだろう。
  ――べつの聖書とべつの信者たち

 こういった気持ちを支える最も大きな記憶は、大祖国戦争の勝利だろう。

 戦争関係のエピソードも豊富だ。似たような記憶をイランも持っている。イラン・イラク戦争の勝利だ。おまけにイランはかつてのペルシャ帝国でもある。そんな「昔は凄かった」的な帝国意識というか屈折した優越感というか、そんなモノを抱えている人が多い。

 屈折した、というのは単純で、つまり現代の旧ソ連は二流国だからだ。

たいしたもんだ。敗戦国のやつらのほうが戦勝国のわしらより100倍もいいくらしをしている。
  ――炎の冷酷さと高みによる救済

 しかも、ソルジェニーツィンがバラしたりグラスノスチで明らかになったように、制度的にも暗黒面が明るみに出た。そのためか、年配者の中には経済以外の面に慰めを見出そうとする人もいる。

人は、偉大な思想をもたずに、ただ生きたがっている。これはロシアの生き方には今までなかったことで、ロシア文学もこのような例を知らない。
  ――共犯者の覚え書き

 素直に読めば「思想や文学や芸術が廃れ、モノとカネが取って代わった」とも取れる。でも、これ、どの国でも年寄りは似たような事を言うだよね。「俺たちの世代は高尚だった、でも近ごろの若いモンは軽薄で…」と。

 そもそも、いつでもどこでも、年寄りが好むモノは高尚とされ、若者の好みは軽薄とされる。これは別に旧ソ連に限ったことじゃない。

 とまれ、共産主義を信じていた人からは、「建設していた」って言葉がよく出てくる。今は貧しく苦しくても、前に向かって進んでいる、そういう希望があったのだ。それがみんなウソだったとは、なかなか受け入れられない。

 そういった、落ちぶれた国に住む者の屈折した想いや、国家が隠していた暗黒面から目を背けたい気持ち、現在の旧ソ連国の暮らしのシンドさ、いきなり変わった社会や価値観に抱く違和感、成金への怒り、知られざる内戦の数々など、様々な人々の雑多な言葉が、ほとんど生のまま本に詰まっている。

 そのいずれもが強烈なインパクトを持っていて、「こういう本だ」などとわかりやすく正確に説明するのは、私には無理だ。次の記事から幾つかエピソードを紹介する。少しでも雰囲気が伝われば幸いだ。

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