人工知能学会編「人工知能の見る夢は AIショートショート集」文春文庫
ただ、部屋の状況が。普段、普通に掃除機かけられる状態じゃない。これが大問題なんだよね。うん、お掃除じゃなくて、お片づけ。これができないひとが、部屋を汚しているんだよ。
――お片づけロボット 新井素子「僕が完成させるのは」
少年がきっぱりと言った。
「――死後の世界の人間と通信するシステムです」
――魂のキャッチボール 井上雅彦「これから石井さんが経験するのは、脳のバージョンダウンです。その過程を我々に教えてください」
――ダウンサイジング 図子慧
【どんな本?】
人工知能の学会誌「人工知能」に、2012年9月~2016年11月まで掲載した掌編小説を、テーマごとに分類し、専門家の解説をつけて編纂したもの。
SF界のベテラン新井素子やデビュー以来話題作を連発した宮内悠介から、ライトノベル界の大御所である神坂一など、豪華絢爛かつ色とりどりの執筆陣によるバラエティ豊かな作品が楽しめる。
私は寡作な森深紅や堀晃が読めるのが嬉しかった。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年5月10日第1刷。文庫本で縦一段組み本文約299頁に加え、初出および執筆者プロフィール10頁。9ポイント39字×18行×299字=209,898字、400字詰め原稿用紙で約525枚。文庫本としては普通の厚さ。
全般的に小説は読みやすいし、内容も特に知識は要らない。解説は様々で、業界の概況を無理矢理に数頁に収めた雰囲気のものもある。歯ごたえはあるが、専門用語を Google や Wikipedia で調べながら読むと、通ぶった会話ができる…かな?
【収録作】
- まえがき 学会の編纂意図 大澤博隆
- 対話システム
- 即答ツール 若木未生
- 発話機能 忍澤勉
- 夜間飛行 宮内悠介
- 解説 人と会話する人工知能 稲葉通将
- 自動運転
- AUTO 森深紅
- 抜け穴 渡邊利通
- 姉さん 森岡浩之
- 解説 自動運転:認知と判断と操作の自動化 加藤真平
- 環境に在る知能
- 愛の生活 林譲治
- お片づけロボット 新井素子
- 幻臭 新井素子
- 解説 「君の名は。」もしくは「逃げ恥」、それとも「僕の優秀な右手」:人とモノの関わり合いの二つの形 原田悦子
- ゲームAI
- 投了 林譲治
- シンギュラリティ 山口優
- 魂のキャッチボール 井上雅彦
- A氏の特別な1日 橋本淳一郎
- 解説 ゲームAIの原動力としてのSFとその発展 伊藤毅志
- 神経科学
- ダウンサイジング 図子慧
- 僕は初めて夢を見た 矢崎存美
- バックアップの取り方 江坂遊
- みんな俺であれ 田中啓文
- 解説 脳のシミュレーション:コンピュータの中に人工脳を作る 小林亮太
- 人工知能と法律
- 当業者を命ず 堀晃
- アズ・ユー・ライク・イット 山之口洋
- アンドロイドJK 高井信
- 解説 AI・ロボットが引き起こす法的な問題 赤坂亮太
- 人工知能と哲学
- 202x年のテスト かんべむさし
- 人工知能の心 橋本淳一郎
- ダッシュ 森下一仁
- あるゾンビ報告 樺山三英
- 解説 人工知能と哲学 久木田水生
- 人工知能と創作
- 舟歌 高野史緒
- ぺチアと太郎 三島浩司
- 人工知能は闇の炎の幻を見るか 神坂一
- 解説 どこからが創作? どこまでが創作? 佐藤理史
- 第4回星新一賞応募作品 人狼知能能力測定テスト 大下幽作
- 星新一賞への二回目の挑戦 佐藤理史
【感想は?】
やっぱりプロの作家は巧い。
最初の若木未生「即答ツール」からして、こんなんあったら私は思わず使ってしまうがな。
昔はメールといったら「暇なときに読めばいい」シロモノだった。そもそも、そういう目的でプロトコルもできてるし。でも今は何でも速く応答を返さなきゃいけない。文面を考えるのだって、推敲に時間がかかる。LINE なって地獄だ。そんな私に、こんなのがあったら…
と、最初の作品から引き込まれ、あとは最後まで一気。なにせ数頁の掌編ばかり。「もうちょっと、あと一編だけ」とか言いつつ、気が付いたら全部を読み終えてる。
同様に身につまされるのが、新井素子「お片づけロボット」。そうなんだよ、掃除が大変なんじゃなくて、その前の片づけ、掃除できる状態にするのが大変なの。だからルンバ買っても、今の私にはほとんど役に立たない。まず床の邪魔物を取り除かないといけない。
と、「あるある」ネタで読者を引き込みつつ、その後の展開も見事。人工知能は関係なくても、プログラマなら、「そうそう、そうなんだよっ!」と激しくうなずくこと間違いなし。一つのプログラムを動かすまでの苦難苦闘の道のりを、文章で実に鮮やかに再現している。なんで作家がソコまでわかるんだろ?
楽しみにしていた森深紅「AUTO」は、勤め人の話。イケイケが過ぎてパワハラ気味だった上司の佐藤に耐えかね、僕は転職した。その佐藤は、ここ三月ほど毎朝、同じ電車に乗り合わせている。かつての覇気は消え…
やっぱりクルマが好きなんだな、この人。で、テーマは「自動運転」。クルマ好きの人が自動運転に持つ、ちと屈折した想いが出てると思う。つまり、技術の進歩は喜ばなきゃいけないんだけど、エンジンやミッションやタイヤと会話を交わし、自らの手足としてマシンを操る楽しさは手放したくないのだ。
もう一人の楽しみにしていた作品が堀晃「当業者を命ず」。SF大賞受賞者は覆面作家だった。繊維メーカーに勤めながらSFを書いていたが、職務上の都合で正体を隠す必要があり…
そうか。「職場の居心地が悪くなって、それがきっかけでSFに専念することにしたわけです」って、職場での立場が悪くなれば、私は堀晃の新作が読めるのか。それなら←何をするつもりだ
堀晃と同様に、ベテランながら寡作な森下一仁の「ダッシュ」。小川のそばで、小学校低学年ぐらいのふたごの男の子に出会った。軽量ヘルメットをかぶり、母親らしき若い女性も近くにいる。私はカワセミを見つけて写真を撮ろうと慎重に近づくと…
AIの使い方として、このアイデアは実に上手い。エンジニアはついつい便利にする事ばかりを考えるけど、モノにはいろんな使い方があるのだ。
とかの小説に加え、ツボを突いた解説も、親しみやすかったり濃かったり。
音声認識に深層学習が活躍してるとは知らなかった。「道具」と「エージェント」の境目も、考えると妄想が膨らむ。これは使う人による違いも大きいんじゃないかな。持ち物に名前を付ける人は、エージェントと認識しがちな気がする。
掌編という親しみやすい形式ながら、いやむしろアイデアがダイレクトに伝わる掌編だからこそ、それぞれに読者の妄想マシーンに大量の燃料をくべる刺激的な作品が揃った、実はとっても濃い作品集だった。
あ、そうそう、神坂一の「人工知能は闇の炎の幻を見るか」も、ベストセラー作家らしい手慣れた語り口で、昔からのファンにはたまらない情景を繰り広げつつ、とんでもない所に落とす傑作です。
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