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2019年1月10日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 3

生活はよくなったよ。
しかし、数千倍もよくなった連中がいるんだ。
  ――街の喧騒と台所の会話から(2002-2012)

モスクワでテロ事件が起きたのは、2000年、2001年、2002年、2003年、2004年、2006年、2010年、2011年である。
  ――あいつらを皆殺しにしてやりたい、そう望んだあとの恐怖

「ほんものの愛国者が望んでいるのは、ロシアが占領されることだけだ。ロシアをだれかが占領してくれることだ」
  ――大鎌を持った老婆とうつくしい娘

「女の部分をそっくり切り取ってください。手術してください。女でいたくないんです! 愛人でいるのもいや! 妻でいるのも、母親でいるのもいや!」
  ――クソのような人生と白い小さな壺のなかの百グラムの軽い砂

「ママだって知っているでしょ。わたしたちの国ではいつも、表向きは志願だけど実際には強制なんだから」
  ――死者たちの無関心と塵の沈黙

「あの人の目がすごく冷たく、すごくうつろになった。いつかわたしは殺されるわ。わかるの、あの人がどんな目をしてわたしを殺すか」
  ――狡猾な闇と「そこから作りうる別の人生」

町に繰りだしていたのは若者たちで、これは「お子さま革命」だった。
  ――勇気とそのあとのこと

 スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「セカンドハンドの時代 『赤い国』を生きた人びと」岩波書店 松本妙子訳 2 から続く。

【どんな本?】

 ウクライナに生まれベラルーシで育ち、2015年度にはジャーナリストとしては初のノーベル文学賞に輝いたノンフクション作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチが、旧ソ連に住む人々から、今までの暮らしと今の想いを聞き取り、その肉声を集めたインタビュウ集。

 1989年の東欧崩壊に続き、1991年にはソ連が崩壊する。これによりバルト三国をはじめ多くの国がソ連から独立し、旧ソ連国内に居た人々の暮らしは一変した。時流に乗り大金を稼いだ者もいれば、つつましく年金で暮らす者もいる。

 この記事では、「第二部 空の魅力」を中心に紹介する。

【内戦】

 東欧崩壊後、ユーゴスラヴィアは内戦になった。ではロシア崩壊後は?

 やはり、幾つもの地域で殺し合いが起きたのだ。私はほとんど知らなかったけど。この本には、有名なチェチェンのほか、ジョージアのアブハジア(→Wikipedia)・アルメニア・アゼルバイジャンなどが出てくる。

 その典型が「ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ」だ。

 語り手はマルガリータ・K、アゼルバイジャンのバクーに住んでいたアルメニア人。アゼルバイジャンはムスリムが多い。アルメニア人はキリスト教の正教。これはムスリムのロミオとクリスチャンのジュリエットの物語となる。

 ロシア崩壊前のバクーは国際都市で、ムスリム・アルメニア人に加え、ロシア人・ウクライナ人・タタール人などが混じって住んでいた。語り手もアブリファーズと結婚する。そこにロシア崩壊だ。少し離れた町に住む同僚から、語り手に連絡がくる。

「母は中庭に引きずりだされ全裸にされて、たき火のなかへ! 身重の姉はたき火のまわりでむりやり踊らされた……殺されたあと、鉄の棒であかちゃんがおなかからかきだされた」「父はめった切りにされた……オノで。親戚は靴を見てやっと父だとわかった」

 アルメニア人の虐殺が始まったのだ。アゼルバイジャン人の友人が語り手を匿う。屋根裏で暮らす場面は、まるきしアンネ・フランクだ。

 先の引用だとアゼルバイジャン人が悪役のようだが、事態は単純じゃない。語り手はホジャリに住む友人から話を聞く。互いの役割を交代しただけで、事態は似たように進む(→Wikipedia)。ロシア軍の介入で落ち着くが…

【新兵】

 「大鎌を持った老婆とうつくしい娘」は、新兵としてチェチェンに派遣された男。実に典型的な新兵イビリの様子を語ってくれる。「きつい長靴はない、なちがっているのは足の方だ」なんてのは可愛い方で、食料のピンハネやら強姦やら。

【遺族】

 「死者たちの無関心と塵の沈黙」の語り手は、チェチェンで亡くなった娘の母。

 娘は警察伍長。警官も戦地に行くんだなあ。当局の報告では自殺となっている。遺体はびしょ濡れの棺に入ってきた。「開けないでください。なかはゼリー状だ」と言い張り、面会させようとしない。スキを見て棺を開けると、きれいな顔のままで、頭の左側に小さな穴。

 他にも奇妙な点が多い。本来の年齢は28歳だが、書類は21歳。書類は「右側頭部に発砲」だが、穴は左側。娘の同僚たちは云う。「これは自殺じゃない、2~3mの距離から撃たれたんだ」。死亡日時は、書類だと11/13、実際は11/11。血液型も書類はO型、実際はB型。

 母は探り始める。一緒に出征した同僚たち。娘の隊長。だが、誰も語らない。やがて警察は母に告げる。「ここで質問するのはわれわれのほうだ」。それでも、母は真実を探り続ける。

 この物語のエンディングは、まるで池上永一の「ヒストリア」そのままだ。ソ連がロシアに変わっても、権力側の体質は何も変わっちゃいない。そういえば「レーニンの墓」に「メモリアル」なんて運動があったなあ、と思って検索したら、なんとまあ(→ハフポスト)。

【難民】

 先の「ロミオとジュリエット……ただし彼らの名前はアブリファーズとマルガリータ」は、モスクワで難民として暮らしている。難民といえば聞こえはいいが、不法入国者であり出稼ぎ労働者でもある。正規の身分証がない者の暮らしを鮮烈に描くのが、「神様があなたの家の敷居に置いた他人の悲しみ」だ。

 なにせ、そこに居ることすら違法な身だ。スキンヘッドのチンピラはウサ晴らしに殴る蹴る。雇う側はやりたいほうだい。賃金の踏み倒しは当たり前で、文句を言えばギャングが家族ごと始末しに来る。17人の労働者をコンテナに閉じ込めて火を放つ、なんて奴もいる。

 警察にも頼れない、どころか敵にすらなる。なんと警官が難民の娘を車に押し込んで人気のない所へ連れて行こうとする。目的は、まあそういう事だ。にも関わらず、警察の将官は語る。

「あなたがたのためなんですよ。あなたがたは一刻も早でていくようにね。モスクワには外国人労働者が200万人いて…」

 地下アパートに大勢で暮らすタジク人・ウズベク人たちの姿は、日本の違法労働者とソックリだ。年長の者はロシア語を話すが、若い者は話せない、なんてのも、日本と隣国の関係に似ている。そんなモスクワでも、内戦が無くて仕事があるだけ、故郷よりマシなのだ。

 違法労働者が増えれば、職を奪われる者も出てくる。血の気の多い若者の中には、ガイジンをボコってウサ晴らしする輩も増える。

 なぜチェチェン・マフィアが勢力を伸ばしたか、これで見当がつく。警察も頼れない難民は、自分で自分を守るしかない。だから武装して地下組織を作る。最初から違法な武装組織だ。国家の法なんざ知ったことか。どうせまっとうに働いたって食い物にされるだけだ。それなら…

 こういった過程は、シシリアン・フマフィアをモデルに「ゴッドファーザー」が巧みに描いていた。あの作品、やたらめったら面白いだけじゃなく、こういう背景事情もキチンと書き込んでたんだなあ。

 無計画に外国人労働者を受け入れるってのは、そういう事だ。ちゃんと彼らの人権を保障するならともかく、使い捨ての奴隷にするつもりなら、必ず後でツケが回ってくる。

【女】

 とか、わかったような理屈を並べたが、そういった賢しらな私を蹴っ飛ばすのが「狡猾な闇と『そこから作りうる別の人生』」。

 ここの主人公、レーナことエレーナの生きざまは、何とも言い難い。よき夫と幸福な家庭を築きながらも、離婚して会った事すらない死刑囚と結婚した女。と書くと、ただの頭のイカれた女にしか思えないが、彼女を「天使だよ」と語る人もいる。元夫も、彼女を温かく見守っている模様。

 まったく意味が分からないと思うが、私にもわからない。

【おわりに】

 やはり酒は業病のようで、酒癖の悪い男に苦しむ女の話は繰り返し出てくる。辛気臭い話が多い中で、広告マネージャーのアリサの話は、とてもバブリー。要はチャッカリと荒稼ぎしてる女なんだが、ぜいたくこそ人生と割り切る姿は、いっそ清々しくすらある。

 かと思えば「愛よね、愛」なんて、お前はクラシカロイドのリストかい!ってな人もいて、悲劇の隣にある色とりどりの人生模様って点では、「アンダーグラウンド」と似ている。決して難しい本じゃない。飲み屋でたまたま隣に座った人から、今までの半生を聞いた、そんな面白さがギッシリ詰まっている。

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