SFマガジン2019年2月号
「I'm fine.」
――わたしは元気です。
――宮澤伊織「キミノスケープ」二十文字じゃ足りないし、二十文字じゃ多すぎる。
――森田季節「四十九日恋文」この先、神体あり 危険 関係者以外立ち入り禁止
――幽世知能起動した、ゆえにわれ目的あり。
目的ある、ゆえにわれ忠勤する。
――スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳ほんとうの奇跡は、わたしたちに<意識>があるということだ。
――神林長平「先をゆくもの達」
376頁の標準サイズ。
特集は「百合特集」として、短編4作コミック1作に加え、インタビュウやガイドなど。
小説は12本。まず「百合特集」で4本。宮澤伊織「キミノスケープ」,森田季節「四十九日恋文」,草野原々「幽世知能」,伴名練「彼岸花」。
連載は5本。夢枕獏「小角の城」第51回,椎名誠のニュートラル・コーナー「インデギルカ号」,神林長平「先をゆくもの達」最終回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第24回,藤井太洋「マン・カインド」第7回。
読み切り&不定期掲載は3本。レベッカ・ローンホ-ス「本物のインディアン体験™へようこそ」佐田千織訳,スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第六話 不見の月」。
まず百合特集。
宮澤伊織「キミノスケープ」。人も動物も消えてしまった。残っているのはあなただけ。テレビもラジオもネットもノイズだらけ。でもなぜか電気などのインフラも残っているし、コンビニでは弁当などの生鮮食品は入れ替わる。一人でさまよううちに、あなたは見つける。誰かが残したメッセージを。
一人だけ取り残されたのか、それとも一人だけ別の世界に迷い込んだのか。いずれにせよ、メッセージが「俺はここにいるぞ」だったら、お話の感触はだいぶ違っただろう。そういう点では、百合特集に相応しい幕開け。ちょっと森奈津子の傑作「西城秀樹のお陰です」を思い出した。
森田季節「四十九日恋文」。死者の意識は、死後も49日はこの世に留まるとわかった。そこで限られた文字数だけ死者とメッセージの交換が許される。最初は49文字で、毎日一文字づつ文字数が減ってゆく。限られた文字数で、絵里は栞に思いを伝えようとする。
文字数が次第に減ってゆく、という仕掛けが、あまりに見事すぎる。生々しい煩悩を幾つも引きずり、未練タラタラの絵里と、妙に悟った感のある栞の対比が面白い。結局、葬式にせよ四十九日の法要にせよ、生きていかなきゃならん残された者のためにあるんだろうなあ。
草野原々「幽世知能」。幽世知能、それは幽世の持つ無限の情報処理能力を使ったコンピュータ。ただし適切な出力を汲み取るには、現し世との接点=神体が要る。わたしが幼い頃、森の神体を端末にする計画があったが頓挫した。神体の近くは神隠しの危険があり…
小学生の頃からの友達、アキナと、神体の近くで待ち合わせた与加能(とかの)。神隠しの危険が大きい今、なぜ? と不穏な雰囲気で始まった話は、アキナ登場に伴い更に物騒な方向に向かう。にしてもこの人、血みどろニチャニチャな場面が好きだなあ。
伴名練「彼岸花」。時代は大正十二年。舞弓青子と真朱、寄宿舎住まいの女学生どうしの交換日記。お姉様に焦がれる青子、いろいろと青子に助言を授ける真朱。だが文中には「紅筆」やら「死妖」やらと、奇妙な単語が並び…
わはは。なんとアレをネタにしてキム・ニューマンに挑んだかw 死妖姫って訳は、いかにもあやしげでいいなあw ちょっとジョージ・R・R・マーティンの「フィーヴァードリーム」っぽい仕掛けもあって。他に何を仕掛けてるのやら。あとパイプオルガンの場面が印象に残るなあ。いいよね、紅い鍵盤。ケン・ヘンズレーあたりが使ったら似合いそう。
百合SFガイド2018。シムーンは良かったなあ。私はマミーナが好きだ。ところで百合の神様はギリシャアルテミスでいいのかな? 他に思い浮かぶ百合作品といえばニコラ・グリフィス「スロー・リバー」,ダリル・グレゴリイ「迷宮の天使」、高瀬彼方「カラミティナイト」とか。
と、百合特集はここまで。
椎名誠のニュートラル・コーナー「インデギルカ号」。インデギルカ号は、恒星間世代継続型巨大宇宙船だ。目的地は地球から6パーセクの「ヒトデ座」だったが、途中で奇妙な天体を見つけた。テラフォーミングに向く球体と、それを取り巻くドーナツ型の連合惑星である。
内惑星からやってきたナグルスが、彼の過去を語るとともに、この奇妙な惑星の正体に迫る回。なのはいいが、距離感が相当にいい加減だな、おいw
冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第24回。ハンターはヴィクトル・メーソン市長ら<シザース>との面会に赴く。そこで語られる<シザース>の目論見は…。バロット&ウフコックのコンビは、<クインテット>と戦いつつ、バジルとの交渉を試みる。
お話も押し詰まってきたためか、だんだんと書けることが減ってきてつらい。特に今回の後半では、このシリーズ全体に関わりそうなネタまで飛び出してくる。加えてハンターばかりかバジルにまで肩入れしたくなってしまった。
レベッカ・ローンホ-ス「本物のインディアン体験™へようこそ」佐田千織訳。トゥルーブラッドことジェシー・ターンブラットはフェニックスの売れっ子だ。「旅行者」たちにインディアン体験を与える。ただし彼の知識は映画で得たもの。妻のテレサは屈辱的だと思っているが、失業よりはマシだと思っている。
なんでもかんでもショウにしちゃうアメリカの一面を浮き彫りにした作品。ニンジャも明らかに思い込みと勘違いでケッタイなことになってるし。とまれ、似たストーリーをどっかで読んだ気がする。夏の日、流れ者の芝刈り仕事を手伝ったら云々、みたいな話なんだけど、あなた覚えてます?
スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳。異星人の攻撃で人類の艦隊は壊滅、残るは廃船扱いの一隻のみ。緊急措置で出航にこぎつけ、少ないボットを駆使して修理しながら応戦に向かう。艦内最古の多機能ボット、ボット9の使命は艦内に潜む害獣の駆除だ。
どう考えても無謀な命令と知りつつ、次々と起きる艦の故障をなだめながら、作戦遂行を目指す人間のクルーたちと、目前のタスクを黙々とこなす…ように見えて、実は意外と感情豊かなボットたちの対比が楽しい。ボット9をお堅い侍言葉に、シルクボットをざっくばらんな町人口調にした訳者のセンスが光る。
神林長平「先をゆくもの達」最終回。ついに最終回。前回と同様に、語り手の視点を次々と切り替えてゆく。レイ・ブラッドベリの「火星年代記」の衝撃的なエンディングを受け、その更に向こう側を目指した作品…ってのは、考え過ぎかな?というのも。
植民地人だった開拓者たちが、独立してアメリカ人としての自覚を持つまでが「火星年代記」。その過程で原住民の虐殺などもあった。対して「先をゆくもの達」では…
菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第六話 不見の月」。画家の吉村輔は晩年をアフロディーテで過ごし、昨年亡くなる。晩年のシリーズ「不見の月」のうち、#18だけは手元に残していた。現在の持ち主は長女の亜希穂。その#18が、二人組の強盗に狙われる。うち一人は確保したが…
何やら曰くありげな#18には、どんな意味があるのか。私は芸術には疎いんだが、「完璧な赤」とかを読むと、新しい素材がクリエイターを刺激するの想像がつく。それをどう使うかは使い手によりけり。インターネットも私のような無能が使えば、こんなしょうもないブログにしかならんワケで。とまれ、折り合いの悪い親子の話でも、「カフェ・コッペリア」収録の「モモコの日記」とはだいぶ違うのは、登場人物の年齢のせいだろうか。
藤井太洋「マン・カインド」第7回。迫田とレイチェルは、トーマと合流する。迫田はチェリーかた聞いた内容を二人に告げる。なぜチェリーは捕虜を虐殺したのか。それをスクープした迫田の記事に対し、なぜ<COVFE>が低い評価しか与えなかったのか。
どの作品でもネタの新鮮さで驚かせてくれる藤井太洋だが、今回はさすがにブッ飛んだ。前回の休載は、あの事件を予測して、今回の連載に取り入れるためではないかと思ったほど。いったい、いつ原稿を編集部に渡したんだ?この人は忍者かCIAでも雇っているのか?
長山靖生「SFのある文学誌 第62回 直木三十五の未来戦記、川端康成の臓器移植 時代の先端の先にあるもの」。直木三十五の「夜襲」が、かなりの先見性。なんと1930年に太平洋戦争を予告し、空軍力が鍵と見做し、メガフロート・無人攻撃機・化学兵器まで登場してる。しかも「資本力の差が科学力の差となり、ひいては軍事力や国力の差になる」って、すんげえクールな分析力だ。
若島正「乱視読者の小説千一夜」。2018年11月15日に亡くなったウィリアム・ゴールドマンを追悼する記事。「プリンセス・ブライド」は映画しか思えてないけど、よかったなあ。王道のおとぎ話なのに、なぜかアンドレ・ザ・ジャイアントが出てた。記憶に残ったのは、初恋を美化しちゃうようなモンなんでしょう。
堺三保「アメリカン・ゴシップ 88 アメリカで映画を撮るということ」。『オービタル・クリスマス』制作の裏話で、SAG(スクリ-ン・アクターズ・ギルド=映画俳優組合)との行き違いの話。制作側には面倒だろうけど、役者にとっちゃ組合は有難いんじゃないかなあ。もっとも、それを皮肉った「マイク・ザ・ウィザード」なんて映画もあるけど。おバカで楽しい映画です。
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コメント
ガンビーさん、ありがとうございます。
まさしくジョー・R・ランズデール「ババ・ホ・テップ」収録の「草刈り機を持つ男」でした。
投稿: ちくわぶ | 2019年1月 3日 (木) 08時55分
百合も好きだけど、それなら薔薇の特集もやらないかなー、
受賞作特集もやって欲しいなーと載っていた受賞作リストに目を通していたら、シオドラ・ゴスが刊行予定とあって楽しみです。
芝刈りを手伝う話は、ランズデールの「ババ・ホ・テップ」に入っていた「草刈り機を持つ男」でしょうか?
投稿: ガンビー | 2019年1月 3日 (木) 03時54分