ジョン・パーリン「森と文明」晶文社 安田喜憲・鶴見精二訳
文明の発展を可能にした要因を木に求めるのは大胆な発想に思われるかもしれない。しかしまず、これまでずっと火を提供してきたのは木であるという点を考えてもらいたい。
――はじめに青銅器時代のキプロス島が精錬していた銅鉱石には、銅が4%しか含有されていなかったが、鉄は40%も含まれていた。燃料の消費量が同じならは銅よりも鉄のほうを多く得ることができたのである。
――4 鉄の時代へ キプロス島道を歩く荷馬車から線路を走る馬車に代えたことで、一日に運ぶ石炭は19トンから34トンへと増大した。
――9 産業革命はなぜ起きたか イギリスじつはインディアンの多くを死に至らしめたのが、こうした(毛皮と交換で手に入れた)ラム酒であった。
――11 帆柱と独立戦争 アメリカ国家が所有する資源のなかで鉄鉱石と木がもっとも本質な資源である
――11 帆柱と独立戦争 アメリカ「アメリカにおける製造業は、滝の近くで操業されている。水車を回すことができるからだ」
――11 帆柱と独立戦争 アメリカ架台と枕木は当然、木でできていた。では、レールはどうしていたかというと、これもやはり木で作られていたのである。
――11 帆柱と独立戦争 アメリカ開拓者がどこに入植するかを決めるさい、決め手となったのは入植地の土壌の質ではなく、そこに木があるかどうかということだった。
――11 帆柱と独立戦争 アメリカ
【どんな本?】
人類の文明の発祥の地となったメソポタミア。地中海を支配したギリシア。ヨーロッパの土台を築き上げたローマ。通商国家として栄えたヴェネツィア。
これら大国の繁栄を支えたのは森だった。そして、森が失われると共に、大国の威光も衰えた。
七つの海に覇を唱えた大英帝国も、フロンティアとして頭角を現したアメリカ合衆国も、その足掛かりとなったのは、豊かな森林資源だった。
文明になぜ森が必要なのか。森はどんな役割を担ったのか。人は森をどう扱ったのか。なぜ森が失われたのか。そして、森の喪失は文明の衰えと何の関係があるのか。
大量の資料を元に、文明の興亡を左右する森の機能を描き出す、一般受けの歴史書。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は A Forest Journey : The Role of Wood in the Development of CIvilizaation, by John Perlin, 1988。日本語版は1994年9月25日初版。私が読んだのは1999年7月10日の五刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約456頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント24字×20行×2段×456頁=約437,760字、400字詰め原稿用紙で約1,095枚。文庫本なら上下巻ぐらいの文字量。
文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、世界史、それも地中海周辺の歴史に詳しいと、更に楽しめる。また、地図が多く、何度も参照するので、栞をたくさん用意しておこう。
【構成は?】
多少の重なりはあるが、ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。
- 森から歴史を見つめ直す 序によせて レスター・R・ブラウン
- はじめに
- 旧世界の森の旅
- 1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア
- 2 森が青銅器を生んだ クレタ島とクノッソス
- 3 繁栄のはてに ギリシア 1
- 4 鉄の時代へ キプロス島
- 5 森をめぐる戦い ギリシア 2
- 6 闘技場と浴場の都 ローマ
- 7 海を越えて イスラムの地中海
- 8 ある通商国家の衰亡 ヴェネツィア
- 9 産業革命はなぜ起きたか イギリス
- 新世界の森の旅
- 10 砂糖の島・奴隷の島 マデイラ島、西インド諸島、ブラジル
- 11 帆柱と独立戦争 アメリカ
- 訳者あとがき/索引
【感想は?】
「もののけ姫」の見方が変わる一冊。
学校で学ぶ世界史は、人物を中心とした、ドラマ仕立てのものだった。これに対し、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」は、モノや地形や産業にスポットをあてた。この本の視点も、マクニールに近い。
ただし、マクニールと違うのは、資源を木に絞っていること。最初は意外に思ったが、ギリシアやローマの章を読むと、「さもありなん」と納得してしまう。
なぜって、当時の木は、現在の石油と同じか、それ以上の価値を持つ資源だからだ。現代でも、油田は大きな火種になる。ヒトラーはカフカスの油田に目がくらんだし、太平洋戦争も石油が引き金になった。今も中東は火花が散っているし、ロシアを支えているのも石油だ。
かつての森は、帝国を支える最も重要な資源だったのだ。
ローマ帝国の興亡は、ローマの燃料資源の増減と軌を一にするようにして起きているのである。
――6 闘技場と浴場の都 ローマ
前半では、メソポタミアから始まって、ギリシア・ローマ・トルコと、ほぼ同じメロディを繰り返し奏でる。いずれもイントロは、意表をつく風景だ。鬱蒼とした森である。「メソポタミア南部は(略)かつてはそこに広大な森林地帯が広がっていた」。
メソポタミア南部、今のイラク南部には、レバノンスギの森が茂っていた。ギリシアも、ローマもそうだった。イングランドも、ニューイングランドも大木に覆われていた。ニューイングランドは今でも面影が残っているけど、イラクやギリシアやローマは、ちと信じられない。
ローマやその近郊はかつては森におおわれていた。ローマのさまざまな行政管区の名前は、その行政管区に、もともとどのような木が育っていたかによってつけられていた。
――6 闘技場と浴場の都 ローマ
都市が栄えるには木が要る。まずは、薪だ。冬を越すには暖房が要る。煮炊きにも薪を使う。青銅や鉄の精錬、煉瓦や陶器を焼くにも、塩やガラスを作るにも、薪や木炭が要る。もちろん、家や工場や宮殿を建てるにも木材を使う。
それ以上に、国家として栄えるためには海軍が必要で、そのためにも船の材料となる、大きな木材が必要だ。
最初は都市周辺の森を使うが、すぐに使いつぶす。そこで、他の所から運んでくる。とまれ、木は重いし、嵩張る。運ぶのは大変だ。こういうモノは、水運の方が都合がいい。ってんで、上流の川の近くの木を切り倒して持ってくる。山は裾野から頂上に向かって裸になってゆく。
裸の山は怖い。木が遮っていた太陽が土にじかに当たり、土地が荒れる。今までは木陰でゆっくり溶けていた雪が、日光で急にとけ、鉄砲水となって土を押し流し、川に注ぎ込む。これが下流の都市に洪水となって襲い掛かる。
洪水は山から塩分を運び、耕作地をオシャカにする。豊かな農地は痩せ、牧草地にでもするしかなくなる。土砂は港も埋め、良港を遠浅の湿地帯に変える。そこには蚊がはびこり、マラリアが猛威をふるう。結果は、帝国の崩壊だ。
シュメールの沖積平野の塩分がますます高くなっていった時期は、メソポタミアによる北部森林地帯の破壊がはじまった時期にぴったりと重なっている。
――1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア
丘に牛や羊が遊ぶ光景はのどかだが、元は森だった。耕作すらできなくなり、牧草地にするしかなくなったのだ。
もちろん、帝国は黙って滅びたりはしない。版図を広げて近隣の森から木を伐り出し、または他の国を侵略して森を奪う。「5 森をめぐる戦い ギリシア 2」などは、アネテとスパルタの睨み合いを描く章だが、まるきし今日の油田をめぐる争いを見るようだ。
「テルマエ・ロマエ」で有名なローマの風呂も、こうして調達した薪に頼っていたわけで、そりゃ贅沢な話だよなあ。江戸時代の風呂屋は、どうやって薪を調達してたんだろ?
まあいい。大英帝国が七つの海を支配できたのも、イングランド南部に豊かな森林資源があったため。ところがご多分に漏れず資源を使いつぶし…
「もしいま以上に木を大切にしないと、イギリスはこれからずっと石炭にたよらなければならなくなるかもしれない」
――9 産業革命はなぜ起きたか イギリス
なんて台詞も出てくる。産業革命といえば石炭&蒸気機関だが、好きで石炭に切り替えたわけじゃないらしい。だって不快な煤が出るし。
特に製鉄には苦労したようで、石炭が含む不純物に苦しんでる。これを解決したのが、コーク(というか日本ではコークスの方がなじみが深い)。このアイデア、モルト(・ウィスキー)の蒸留から得たってあたりが、いかにもイギリスらしい。
なんにせよ、ブリテン島の森を使いつぶした大英帝国は、アイルランドも裸にし、やがて新大陸にも頼るようになる。当時のニューイングランドは鬱蒼とした森にインディアンが住み…
「もののけ姫」には様々な解釈がある。かつて森は豚の放牧地でもあった事を考えると、「もののけ姫」での乙事主の怒りにも、歴史的な意味がついてくる。また欧米人が日本の家屋を評して「木と紙の家」とと言ったが、その意味も少し違って聞こえてくる。彼らは木の家に住みたくても住めなかったのだから。
世界と歴史の見方が少し変わってくる、意外な拾い物だった。やっぱりモノや技術を通した歴史って面白いなあ。
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