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2018年12月16日 (日)

ディーン・R・クーンツ「ウォッチャーズ 上・下」文春文庫 松本剛史訳

「もうおまえを放したり、どこかの檻まで連れていくわけにはいかないな」
  ――上巻 p45

「アインシュタイン。いまからおまえの名前は、アインシュタインだ」
  ――上巻 p112

「それは<アウトサイダー>と呼ばれていた」
  ――上巻 p373

「もしもわれわれが、神の造りたもうべきものをこの手でつくりだせるまでになったのなら、つぎには神の正義と慈悲を行うことを知らねばならんのです」
  ――下巻 p112

『あんたたちにはまだ望みがある』
  ――下巻 p153

「まさしく、彼はヒーローだ!」
  ――下巻 p269

【どんな本?】

 アメリカのベストセラー作家、ディ-ン・R・クーンツの地位を決定づけた、長編サスペンス小説。

 トラヴィス・コーネルは36歳の孤独な男。ピクニックに行ったトラヴィスは、山で大型犬と出逢う。若い雄のゴールデン・レトリーヴァーだ。毛皮はもつれて泥だらけで、野良らしい。何かを恐れ怯えるかと思えば、やたらトラヴィスに懐いている。根負けしたトラヴィスは犬を連れて帰ることにした。

 ノーラ・デヴォンは30歳の独身女。異様に厳格な伯母のヴァイオレットに育てられ、友人もいない。ヴァイオレットが亡くなってからも滅多に家から出ず、対人恐怖症気味で、ヴァイオレットから相続した家に引きこもって暮らしている。ある日、テレビの修理を頼んだ男がストーカーと化し、つきまとい始めた。

 腕利きの殺し屋、ヴィンスことヴィンセント・ナスコは忙しい。ウェザビー博士を始末し、報告を終えたとたんに、次の仕事が入った。今度は二人、エリザベス・ヤーベック博士とジョナサンの夫婦だ。ソツのない依頼人は好きだ。それ以上に、ヴィンスは殺しが好きだ。というのも、ヴィンスは人を殺す度に…

 奇妙なゴールデン・レトリーヴァーは人々の運命を結びつけ、彼らの人生を大きく変えてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WATCHERS, by Dean R. Koontz, 1987。日本語版は1993年6月10日第1刷。私が読んだのは1993年10月1日の第4刷。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約398頁+375頁=約773頁に加え、訳者あとがき3頁。8.5ポイント42字×18行×(398頁+375頁)=約584,388字、400字詰め原稿用紙で約1461枚。上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。いちおうSFだが、ネタは一つだけ。小難しい説明をしちゃいるが、格好をつけるためのハッタリだ。中身はドラえもんやポケモンと同程度のシロモノなので、その辺について行けるなら大丈夫。

 それより、若い人には時代背景や風俗がピンとこないかも。1980年代の作品なので、携帯電話がないし、インターネットも未発達だ。出てくる有名人やブランドも、ジーン・ハックマンとかは馴染みがないだろうけど、わからなければ無視して構わない。

【感想は?】

 発表当時は全米のペットショップからゴールデン・レトリーヴァーを一掃したそうだ。さもありなん。

 なんてったって、アインシュタインと名づけられるゴールデン・レトリーヴァーが、やたらと可愛い。どう可愛いかというと、映画「トランスフォーマー」のバンブルビーの可愛さに少し似ている。

 …って、マニアックすぎて伝わりませんがな。

 犬を飼っている人は、愛犬の可愛さを思い浮かべて欲しい。私は飼ってないけど。幸いバンブルビーと違い、アインシュタインには尻尾がある。上巻を読んでる時は、アインシュタインが尻尾を振る場面じゃ、私もニヤニヤしてしまった。まあ、そういう可愛さです←余計わからん

 そのアインシュタインと出合う、最初の人間が、トラヴィス・コーネル。病や事故で家族や恋人や友人を次々と失い、自分は死神じゃないかと思い込んでいる男。誰とも親しくならず、孤独に暮らそうとしていたが、アインシュタインに懐かれ、連れて帰る羽目に。

 次にアインシュタインと出合うのが、ノーラ・デヴォン。人間嫌い、特に男が大嫌いな伯母に、籠の鳥のごとく育てられ、既に30歳。そでれもせめて大切にされていたならともかく、この伯母さん、ノーラのやる事なす事ケチばかりつけて育ててきた。お陰でノーラは対人恐怖症気味な上に自信のカケラもない。

  お互い30過ぎのクセに、いずれも人と親しくなるのを恐れている。そんな二人を、アインシュタインがキューピットよろしく仲を取り持とうとする場面は、とにかくアインシュタインが愛おしくてたまんないのだ。何せ言葉がしゃべれない。一生懸命に動作で示す、そのけなげさがたまんない。

 特に難しいのがノーラ。そもそも誰かが自分に好意を持つなんて事はあるわけない、そう思い込んでいるだけに、アインシュタインの努力もなかなか伝わらない。あれこれ思い悩む彼女の気持ちは、ちょっとジュブナイルっぽい気恥ずかしさもあるけど、まあ初恋だからしょうがないよね。

 なんて彼らに迫ってくるのが、アインシュタインの出生の秘密。まあ、上巻を読んでいれば、なんとなく見当はとくんだけど。

 これを追いかける者たちの一人が、レミュエル・ジョンソン、NSA(国家安全保障局)の腕利きの捜査官。悪い人じゃないのだ。やたら仕事熱心…を通り越してワーカホリック気味だが、己を厳しく戒め職務に邁進したがために、南カリフォルニア支局長にまで昇進した男。

 決して悪人じゃないんだが、立場上、この物語では悪役を割り振られてしまった人。中盤以降では、彼とトラヴィスらのチェイスが緊張感を作り上げてゆく。読者としては応援してあげたくもあり、空振りして欲しくもありの、ちょっと複雑な立ち位置にいる人。

 そして、レミュエルとトラヴィスらをつなぐ糸の一つが、この物語のもう一つの主役<アウトサイダー>。アインシュタインが○○の陽なら、<アウトサイダー>は陰を象徴する存在だ。

 単に陰であるだけでなく、それをわかってしまっているのが、何よりも悲しい。その行いは忌まわしくもあるが、そこに込められたメッセージは…

 もう一人の重要人物が、ヴィンスことヴィンセント・ナスコ。凄腕の殺し屋だ。クールでスマートに仕事をこなしつつ、ちょっと困った思い込みも持っている。人殺しを仕事にしてるような人だから、善悪の感覚なんか無いのかと思うよね。

 でも意外とそうでもなくて、かなり厳格な倫理感覚を持っているのだ。ただ、モノサシの角度が常識と大きく違っちゃってるだけで。作り話だから誇張されているけど、現実にも似たような倫理観の人がけっこういるから世の中は怖い。

 著者は「ベストセラー小説の書き方」なんて本も出してる人で、これが「面白い本」を探すにはかなり便利なブックガイドにもなってる。そのためか、この作品でも、登場人物の本棚を紹介する場面が、ちょっとしたイースター・エッグになっているので、本が好きな人はお楽しみに。

 終盤、ノーラの台詞でタイトルの意味が明らかになる場面は、この物語のクライマックスだろう。過酷な運命に心をへし折られ、人生を投げ出そうとした者たちが、アインシュタインを機に巻き込まれたトラブルの末に見出した、ヒトがヒトであることの意義。

 これを読んでしばらくは、ペットショップに行ってはいけない。特に体力と懐に余裕がある時は。

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