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2018年12月17日 (月)

バリー・シュワルツ「なぜ選ぶたびに後悔するのか 『選択の自由』の落とし穴」ランダムハウス講談社 瑞穂のりこ訳

わたしたちは選択肢があるとき、それが多すぎることの弊害を自覚しないかぎり、無視できない。
  ――第1章 お買い物に行こう

過去の経験のうれしさ、不快さに関する記憶は、ほぼ全面的に、つぎのふたつの要因で決まるという。ピーク(最高の瞬間あるいは最悪の瞬間)にどう感じたかと、終わったときどう感じたかだ。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちは、損失の可能性が関わるとき、リスクをとろうとする傾向がある。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちはオプションが一握りしかなく、じっくり吟味できるときでさえ、まちがいやすいようにできている。しかも、決断の数と複雑さが増幅すると、ますますまちがいやすくなる。
  ――第3章 決断と選択

「欲しい」と「好き」とでは、それを認識する脳のシステムが基本的に異なる。
  ――第5章 選択と幸せ

たいていの場合、オプションは、他のオプションと比較することで、評価が下がる。
  ――第6章 あきらめた機会

「オプションがありすぎるとどうなるかというと、なにが起こっても、それは自分のせいだということになる」
  ――第6章 あきらめた機会

後悔に影響する要因には、以下のふたつがある。
1.結果に自分が責任を負っているかどうか。
2.事実とはちがう、いまよりいい状態を想像しやすいかどうか。
  ――第7章 「もし……していれば」 後悔の問題

わたしたちはまずたいていのことには順応できる。だが将来を見通すとき、この順応効果を頭から無視する、あるいは過小評価する。
  ――第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題

「ちがいのわかる災い」
  ――第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?

社会に深く関与したいなら、自己を従属させるしかない。
  ――第10章 選択がうつをもたらすとき

【どんな本?】

 かつて私は、初めて入った定食屋やレストランで、何を食べるのかを決めるのに、やたら時間がかかった。ある時から、スンナリ決められるようになった。一つのルールを決めたからだ。「日替わり定食があれば、それにする」。

 現実を顧みると、実はあまり上のルールを守っていない。けっこう、その日の気分で選んでいる。でも、決定は速くなった。極端な場合だと、私がメニューを見る前に、周りの者が勝手に「お前はいつもの日替わりだろ」と決めてくれる。

 パソコンやスキー用品など、何かを初めて買うときに、目の前にある選択肢の膨大さに目がくらんだ経験は、誰にでもあるだろう。特に最近は何でも商品ラインナップが充実している上に、大型の専門店も増え品ぞろえが豊かになったので、何を買えばいいのか素人にはサッパリわからない。

 買い物程度なら買いなおせば済む。だが、就職先や結婚相手や住宅となると、やり直しは難しい。昔は知人のコネやお見合いや近所の不動産屋などで、最善ではないにせよ、とにかく決まった。でもインターネットが発達した今は、いずれも膨大な選択肢が私たちの目の前に並んでいる。

 すぐに決められる人と、なかなか決められない人の違いは、何だろう。選択肢が増えて便利になったハズなのに、なぜ私たちの悩みが増えるんだろう。

 私たちが何かを選ぶときに、心の中で何が起きているか。選んだあとで、私たちはどう感じているか。そして、より幸福に生きるには、どうすればいいか。「拙宅と幸福」について心理学者が語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Paradox of Choice : Why More is Less, by Barry Schwartz, 2004。日本語版は2004年10月20日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約270頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント43字×18行×270頁=約208,980字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。なお、今はソフトカバーの新装版が出ている。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。むしろ、誰でも身につまされるエピソードがたくさん出てくるため、身もだえして読み進められないかも。というか、私がそうでした。

【構成は?】

 結論だけが欲しい人は、「第11章 選択にどう向き合うか」だけを読めばいい。でも他の章も面白エピソードが満載ですよ、と釘を刺しておく。

  • 第1部 なにもかもが選べる時代
  • 第1章 お買い物に行こう
  • 第2章 新たな選択
  • 第2部 選択のプロセス
  • 第3章 決断と選択
  • 第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足
  • 第3部 満たされないのはなぜ?
  • 第5章 選択と幸せ
  • 第6章 あきらめた機会
  • 第7章 「もし……していれば」 後悔の問題
  • 第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題
  • 第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?
  • 第10章 選択がうつをもたらすとき
  • 第4部 満足して生きるための選択術
  • 第11章 選択にどう向き合うか
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 マック・ユーザーよ、あなたは正しい。

 なんたって、マックは選択肢が少ない。高いか安いか、デスクトップかノート型か。この二つを決めるだけで、買うべきモノは決まる。

 それだけじゃない。マックを買えば、必要なモノは一緒に全部ついてくる。マウス,キーボード,スピーカ,モニタ,カメラ。余計なドライブやスロットは、ない。あなたは難しく考えなくていい。あなた相応しいマックは何か、アップル社が決めてくれる。

 製品ラインナップを整理し、選択肢を減らすのは、ユーザの自由を妨げているように感じる。でも、そうすることで、かえってアップル社はユーザの好感を勝ち得た。これが、選択のパラドックスだ。時として、私たちは、選択を人任せにしたいのだ。

賢く選ぼうとしても、自分にはその手だてがないと感じるとき、選択の機会は天の恵みではない。
  ――第5章 選択と幸せ

 そもそもアップル社が狙うユーザは、コンピュータおたくではない。医師やイラストレーターや経営者、つまりコンピュータ以外の事で稼いでいる人だ。彼らはコンピュータに詳しくない。が、それでいいのだ。私だって、医者にかかるなら、コンピュータおたくな藪よりコンピュータを知らない名医の方がいい。

オプションを調べ尽くそうとすると、「情報コスト」が莫大になり、それは投資を最大化する方法ではなくなる。
  ――第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足

 そもそもコンピュータは私たちの時間を食いつぶす悪魔の手先だ。下手にコンピュータについて調べ始めると、時間が幾らあっても足りない。「私は忙しい。コンピュータなんぞを選ぶのに時間を無駄遣いできない」、医師や経営者なら、そう言うだろう。

 そんな人たちに、アップル社はこう言っているのだ。「あなたはあなたの仕事に専念してください。コンピュータについては、私たちにお任せを」。頼もしいではないか。

 とか言う私は Windows10 を使っているんだが、まあそれはそれでw

 この本のメッセージは簡単だ。選択肢が多いほど幸福とは限らない。時として何かの縛りを入れて子選択肢を減らした方が、幸福感が増す。

 これを自分に適用して読んでもいいし、商品陳列や製品デザインの参考にする手もある。例えば「第1章 お買い物に行こう」では、有名なジャムのエピソードがある(→はてなキーワード)。

 文章を書くとき、「何でもいい」と言われると、なかなか出てこない。でもお題を与えられると、何か出てくる。縛りを入れて選択肢を減らすと、かえって楽になる事もある。この記事の頭に書いた、食事のメニューの決め方もそうだ。この本では、次の四つが出てくる。

  1. 自分ルール。「外食は鮮魚」とか。
  2. デフォルト。「あれば日替わり定食」とか。
  3. 基準。「魚ならなんでも合格」とか。
  4. 習慣。「毎日、魚を食べる」とか。

 当然、上のルールに従うと、「最善の選択」には、ならない。でも悩みは減る。常に最善を目指すと、後悔が増えるよ、ほどほどで満足しようよ、そんなメッセージを、この本は発している。

 もちろん、「銀メダリストより銅メダリストの方が満足感が高い」とか、「『終わりよければすべてよし』は案外と正しい」とか「医療は充実してるのに健康不安は高まっている」とか、面白エピソードは数多い。また、埋没費用の誤謬(→Wikipedia)やアンカーリング(→Wikipedia)など、有名なネタもある。

 このブログを書くことで、もしかしたら私も少し幸せになっているのかもしれない、そんな気がしてくる一冊だった。

【関連記事】

【どうでもいい話】

 などとアップルを持ち上げたが、一つケチをつけておこう。AppleScriptだ。

 AppleScript の発想そのものは、とても優れていると思う。全てのアプリケーションを、たった一つのプログラム言語で操作できる。このアイデアは、とても素晴らしい。

 ただし、一部の文法で気に食わない所がある。いわゆる構文糖(Syntax Suger,→Wikipedia)だ。AppleScript だと、b of a でも a's b でも、同じ意味になる。どっちでも書けるんだから親切なようだが、素人には「どっちで書けばいいの?」とか「どう違うの?」とか、悩みの種になりかねない。

 これはプログラム言語の思想の違いだ。アップル社はこう考えた。「英語=自然言語の文法に近い方が、素人には親しみやすい」。英語だと、b of a も a's b も、同じ意味だ。だから、英語っぽくしたんだろう。

 私の考えは違う。「プログラム言語の文法は、なるたけ単純で機械的で不自然な方が、素人には学びやすい」。なぜか。

 自然言語で語るときと、プログラムを書くときは、脳みその使い方が違う。人間相手なら「テキトーにやっといて」が通じるが、マシンはそうじゃない。細かい所まで、いちいち指示しなきゃいけない。プログラマは、プログラムを書く際に、脳みそのモードを切り替えている。

 言語の文法が全く違えば、モード切り替えがスムーズにいく。「マックは英語がわからないんだから仕方がない」のだ。でも、自然言語に近いと、これが難しい。「人間ならわかってくれるのに、なんでマックはわかってくれないんだ!」などと無茶を言い出す。

 おまけに、構文糖があると、覚える事が増える。「b of a も a's b も同じ意味」なんて事まで覚えなきゃいけない。親しみやすいように見えて、かえって習得を難しくしている。

 構文糖そのものが悪いってワケじゃない。perl などは、構文糖の塊だ。でもいいのだ。だって perl を使うのはマニアだけだから←偏見です。

 何より perl は、「とりあえず使えるものを手早くデッチ上げる」ための言語である。使い捨てプログラムの量産が、perl の使命だ。だからなるたけタイピングの数を減らしたい。そのためには構文糖が役に立つ。だって便利じゃん $a++ とか起動オプションの -ane とか。

 でも AppleScript は違う。AppleScript はプログラマのためのプログラム言語じゃない。InDesign や Illustrator ユーザのための言語だ。だから、なるたけ楽に覚えられなきゃいけない。そのためには余計な構文糖は邪魔なだけだ。

 ついでに言うと、文法はもっと単純化した方がいい。そもそも演算子に優先順位があるのが気に入らない。なぜ優先順位が要るのかというと、それは演算子が中置きだからだ。forth や PostScript のように後置きか、LISP や scheme のように前置きなら、優先順位は要らない。

 そんなわけで、AppleScript はS式にすべきである←暴論

 いやマジ世の中S式が標準なら、HTML も CSS も JavaScript もみんなS式でイケたのにブツブツ…

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