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2018年12月 6日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」岩波現代文庫 三浦みどり訳

この(レニングラードの)子たちは封鎖された町で何を食べたか話してくれた。皮のベルトとか新しい皮靴を煮出したスープ、木工用の膠で作った煮こごり、カラシ入りのクレープ巻き、。街の中では猫も犬も食い尽くした。
  ――わが家には二つの戦争が同居してるの

負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる?  結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。誰にも自分たちが前線にいたことを言わなかった。
  ――受話器は弾丸を発しない

多くの人は身内が敵に占領された区域にいたり、そこで死んだりしていた。そういう人たちは手紙を受け取るあてがない。そこで、私たちが「見知らぬ女の子」になって代わりに手紙を書いたの。
  ――私たちは銃を撃ってたんじゃない 郵便局員

私たちが通った跡には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。兵士たちは後ろを歩きながら、気づかないふりをする……
  ――甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信 通信兵

これは数人の会話ではなく、二人きりの時と限られていました。三人目は余計なの、三人目が密告するから……
  ――間違いだらけの作文とコメディー映画のこと 看護婦

私たちのズボンは乾くとそのまま立てておけたほど。普通の糊付けだって、こんなふうに立ってはいないよ。血のせいだよ。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

【どんな本?】

 2015年度にはじめてジャーナリストとしてノーベル文学賞に輝いたベラルーシ出身の作家、スヴェトラーナ・アレシイエーヴィチの代表作。

 第二次世界大戦の独ソ戦では、約三千万人が亡くなったと言われる。赤軍には多くの女が志願し、またはパルチザンとしてドイツ軍に戦いを挑んだ。狙撃兵として終日雪に這いつくばった者、おむつの赤ん坊をダシに検問所をすり抜けた者、衛生兵として銃弾の中で負傷者を救い出した者…。

 彼女たちは何を考えて戦場に赴き、そこで何を見てどんな体験をして何を思い、戦後はどのように暮らしたのか。五百人を超える口の重い女たちを見つけ出し、訪ね、彼女たちの声を書き留め、厳しい検閲や妨害にもめげず数年がかりで出版にこぎつけた、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は У ВОЙНЫ НЕ ЖЕНСКОЕ ЛИЦО, 
Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 1984, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2008年7月に群像社より刊行、後に2016年2月16日に岩波現代文庫から第1刷発行。私が読んだのは岩波現代文庫版2017年3月6日発行の第4刷。

 文庫本で縦一段組み、本文約482頁に加え訳者あとがき7頁+澤地久枝の解説「著者と訳者のこと」8頁。9ポイント39字×17行×482頁=約319,566字、400字詰め原稿用紙で約799枚。文庫本としては厚い部類。

 文章は「おばちゃんが話しかける口調」で、親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。「第二次世界大戦ではドイツとソ連が戦った」ぐらいを知っていれば充分。が、正直言って、読み通すのは辛かった。とにかく生々しくショッキングな話が続々と続くためだ。覚悟して読もう。

【構成は?】

 各章は特定のテーマや兵科を集めたり、一つの町や村での声を束ねたもので、あまり強いまとまりはない。また、順番も特に意味はない。大半の章は、何人かの取材相手の「声」で構成されている。一つの「声」は数行~数頁の短いものだ。短めの記事を味見したり、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 人間は戦争よりずっと大きい 執筆日記1978年から1985年より
  • 思い出したくない
  • お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
  • 恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
  • しきたりと生活
  • 母のところに戻ったのは私一人だけ
  • わが家には二つの戦争が同居してるの
  • 受話器は弾丸を発しない
  • 私たちの褒美は小さなメダルだった
  • お人形とライフル
  • 死について、そして死を前にしたときの驚きについて
  • 馬や小鳥たちの思い出
  • あれは私じゃないわ
  • あの目を今でも憶えています
  • 私たちは銃を撃ってたんじゃない
  • 特別な石けん「K」と営倉について
  • 焼きついた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
  • 兵隊であることが求められたけれど、可愛い女の子でもいたかった
  • 甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
  • 工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きられないんですよ、お嬢さん方!
  • いまいましい天と五月のバラの花
  • 空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
  • 人間の孤児と弾丸
  • 家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
  • お母ちゃんお父ちゃんのこと
  • ちっぽけな人生と大きな理念について
  • 子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
  • 赤ずきんちゃんのこと、戦場で猫が見つかる喜びのこと
  • ひそひそ声と叫び声
  • その人は心臓のあたりに「てをあてて……
  • 間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
  • ふと、生きていたいと熱烈に思った
  • 訳者あとがき
  • 解説 著者と訳者のこと 澤地久枝

【感想は?】

 予想はしていたが、やっぱり東部戦線物はSAN値をガリガリと削られる。

 私は最近になって「イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45」や「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」などで東部戦線の地獄っぷりを知った。東部戦線には、帝国陸海軍の南方での戦闘とは、また違った恐ろしさがある。

 いずれも飢えと病に苦しむ点は同じだ。東部戦線だと、これに加えて寒さがある。また、両軍ともに、敵を人と見做さず、互いをケダモノのように扱った。陸戦協定もヘッタクレもない。

 それ以上に怖いのは、「戦場に住んでいた人々」の声だ。帝国陸海軍に従軍した方々の手記は日本で多く出ているが、戦場となったフィリピンなどに住んでいた人々の手記は滅多に見かけない。たぶん、沖縄戦を生き延びた方々の手記なら、この本の迫力に迫れるだろう。

 語り手の多くは、ウクライナやベラルーシに住んでいた人々だ。最初はドイツに占領され、焼け野原にされた。男たちばかりか、牛や馬まで兵隊にとられ、女と子供だけで犂を曳いて畑を耕す。その畑には死体が転がっていたり。おまけに地元の警官がドイツに寝返り、隠した食料も巻き上げてゆく。

 などの恨みが積もったり、または愛国心に突き動かされて、十代の娘たちが軍に志願したり、パルチザンとして闘ったり。みんなソ連は好きだけど、スターリンについては色々。

 軍に入り部隊に配属されても、最初は部隊長に「たかが小娘」と侮られる話も多い。それでも、「戦火をくぐって481人の負傷者を救い出した」なんて英雄もいたり。シモヘイヘのように敵を倒した人の名は残るけど、命を懸けて人を救った人の名は残らないってのは、なんだかなあ。

 ちなみに「前線での戦死者についての統計があるが、歩兵大隊の戦死者の次に医療班が多い」とか。証言者には看護師や衛生指導員が多いけど、ナメちゃいけません。銃弾が飛び交う中、負傷兵を引きずって連れ帰った勇者たちです。

 そんな負傷兵の中には、腹から腸が飛び出している者もいる。そして看護師に言うのだ。「俺を置いていけ、俺はもう死ぬんだから」。

 などの東部戦線の地獄っぷりには、何度読んでも身震いして、なかなか読み進められない。女の声を女が集めた本だから、ジェンダー的な部分ばかりがアピールされるけど、それを抜きにして戦場の生々しい報告としても、抜群の迫力を誇っている。

 とまれ、やはり女の立場ならではの記述もある。多くの人に共通しているのが、髪。みんなおさげにしていたのを、入隊してすぐに切られてしまい、それを悲しんでたり。服も男物しかない。当然、下着も。加えて、前線では排泄も辛い。男ならちょいとツマんで道端でできるが…

 中には従軍してから初潮が来てパニックになった人や、逆に止まっちゃった人も。そりゃおかしくなるよ。って、この人、「夜の魔女(→WIkipedia)」の一人だ、たぶん。親衛隊でPo-2だし。一晩12回の出撃って、無茶だけど、そういう状況だったんだなあ。

 などの地獄をくぐり抜け、戦争は終わっても、彼女たちの苦労は続く。工兵隊で地雷を取り除いたり、負傷した脚を切り取ったり。捕虜になって脱走しフランスでマキに加わって戦った人は、内通者と疑われたり。

 故郷に帰っても…

「あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主とねんごろになってたんだろ」
  ――人間の孤児と弾丸 狙撃兵

 ってな具合だから、彼女たちはずっと黙っていた。静かに、黙って、必死に生きてきた。

こういう人たちは日常、ほかの人に紛れてしまって目立たない。なぜなら、少しづつ亡くなっていって、ますます少なくなってきているからだ。
  ――お人形とライフル

そして、人生が黄昏を迎えた頃、おずおずと語り始める。そして、著者が取材を始めると、芋づる式に証言者が現れた。取材の噂が流れると、著者の元に多くの手紙が舞い込んでくる。

これは残るようにしなけりゃいけないよ、いいけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

 原書の初版は1984年。東欧崩壊の前だ。共産党の支配下で、取材は難しかったろうに、よくもここまで生々しい話を聞きだしたものだと感心する。1時間ドラマを数年分も作れそうな、濃い逸話が詰まったルポルタージュだ。

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