谷甲州「工作艦間宮の戦争 新・航空宇宙軍史」早川書房
「下河原特務中尉の見解には、同意できません」
――イカロス軌道戦術指揮がすぐれていれば、雑多な規格の戦闘艦艇群でも、強力な敵艦を圧倒できるはずだ。ただ一度の接敵で、標的を撃破する必要はない。統一行動がとれないことを逆手にとって、数次にわたる波状攻撃を標的にしかけるのだ。
――亡霊艦隊
【どんな本?】
ベテラン作家の谷甲州による人気シリーズ航空宇宙軍史の、「コロンビア・ゼロ」に続く再起動第二弾。
第二次外惑星動乱は、地球軌道上にある航空宇宙軍の軍港コロンビア・ゼロへの奇襲で始まった。時は2140年、外惑星連合の主力をなす木星と土星の軌道が近接する時期である。奇襲は大きな効果を上げた。
兵力と産業力で劣る外惑星連合は、この機に乗じ一気に戦況を決めようとする。対する航空宇宙軍は残った艦艇をかきあつめ、その場しのぎの策で応戦を試みるが…
圧倒的な技術的ディテールでマニアを唸らせる本格スペースオペラの連作短編集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2018年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。
素っ気ない文章だが、余計な比喩や形容詞がない分、むしろ物語の流れは掴みやすい。科学や工学の裏付けが楽しい樂品だが、必要な事は作品内で充分な説明があるので、理科が得意なら中学生でも楽しく読めるだろう。
敢えて言えば、光速は秒速約30万kmであることと、軍の階級を知っているといい。あと、幾つかの物語は火星や土星の衛星やその近くが舞台なので、調べておくと便利かも。
続き物だが、これから読み始めても大丈夫。情勢としては、地球と火星は航空宇宙軍、小惑星群は中立、木星と土星が外惑星連合、と覚えておこう。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 初出。
- スティクニー備蓄基地 / SFマガジン2016年4月号
- 火星の衛星フォボスにスティクニー備蓄基地がある。重水素タンクなど主な施設は千mの地下にあり、防御は万全だ。フォボスは長径30kmにも満たず表面重力が弱いためか、建設作業中に漂い出た工具などが近い軌道を漂っており、よくデブリとなって降り注ぐ。その日、当直の羽佐間少尉は振動に違和感を覚え…
- 冒頭からデブリの怖さが身に染みる。WIkipedia によると拳銃弾の初速は秒速340mぐらいからだけど、国際宇宙ステーションは秒速約7660m。桁が違います。その分、艦艇の装甲を厚くしようにも、あまし重いと動きが鈍くなり燃費が悪くなる。だもんで厚い岩盤で守られてる天体は大変ありがたい。そこをどう攻めるかというと…
- イカロス軌道 / SFマガジン2016年8月号
- タイタン防衛宇宙軍の特設警備艦プロメテウス03は、土星軌道の外側を哨戒航行中に、早期警戒システムが重力波源をみつける。質量も速度も異様に大きく、太陽系の外縁から急速に接近してくる。下河原特務中尉はその正体と目的を探るが…
- 宇宙空間では下手に電波などを出せば、敵に自分の位置や正体を晒してしまう。そこでお互いに相手の出す熱や反射光などのかすかな情報を受動型センサーで探り、手元にある敵艦のラインナップなどから正体と目的を探ろうとする。現代の潜水艦戦を思わせる、緊張感の漂う頭脳戦が楽しい一編。
- 航空宇宙軍戦略爆撃隊 / SFマガジン2016年12月号、SFマガジン2017年4月号
- イカロス42、元は外宇宙艦隊のイカロス探査船。太陽系外の探索のため建造された艦だけに、隔絶した航行能力がある。コロンビア・ゼロの奇襲で艦艇が払拭した航空宇宙軍は、外宇宙探索船まで改造して作戦に投入した。その作戦は早乙女大尉が若い頃に書いた論文を元にしたもので…
- あー、早乙女大尉の気持ちもわかるわー。上司に出した計画案が改悪され、しかも自分が現場の担当者になる。最悪だねー。そりゃ不貞腐れるよなー。しかもドサクサとはいえ現場は混乱の極でスケジュールも人員も異例づくしとくりゃ、毒づきたくもなるよねー。
- …はい、もちろん、私怨バリバリ入ってますw
- 亡霊艦隊 / SFマガジン2017年8月号
- 泥縄式に集めた有象無象の艦隊で波状攻撃をしかける。石蕗提督は、そんな無茶な艦隊を指揮する羽目になる。航空宇宙軍は小惑星帯のセンサー群を堅持しつつ、戦線は火星軌道にまで縮小し態勢立て直しを目論んでいるようだ。産業力で優る航空宇宙軍は時間を稼げば優位になる。
- これもまた偵察機Kr-02の扱いをどうするかが主題で、情報戦の緊張感が漂う作品。にしても、「産業力で劣る側が奇襲攻撃で一発カマし、敵がフラついたところで和平交渉」って発想、かつての某国を思わせる戦略で気分が暗くなるんだけど気のせいだろうか。
- ペルソナの影 / SFマガジン2017年12月号
- タイタン防衛艦隊の木星系ガニメデ派遣部隊の保澤准尉は、小惑星帯に奇妙な天体を見つけた。正体を探るには、中立である小惑星ケレスが持つデータベースを漁る必要がある。通信のタイムラグもあり、仮想人格の「オフェンダー」を放つことにしたが…
- 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」に連なる作品。今でも合衆国海軍をはじめ各国の海軍は海洋調査にとても熱心で、それというのも海底の地形や海流の情報が、手の読み合いになる潜水艦戦では切り札になるからで、これを宇宙での戦いに当てはめると、この作品になるわけです。それに加えて、通信のタイムラグの使い方も巧み。
- 工作艦間宮の戦争 / 書き下ろし
- 工作艦間宮への命令は常識外れだった。修理中のヴェンゲン09を放り出し、ただちにセンチュリー・ステーションから発進せよ、と。工廠長のハディド中尉は納得しないだろう、そう艦長の矢矧大尉は考える。何しろ命令は無茶なだけでなく、目的すらわからない。
- 工作艦は、壊れた艦艇を修理する役割を担う。いわば艦艇が相手の医師。そのためか、矢矧大尉やハディド中尉が抱く、艦への愛着が伝わってくる一編。にしてもハディド中尉の達人ぶりはすごい。過労で死ななきゃいいけど。
太陽系内を舞台としたスペース・オペラではあるものの、派手な砲撃戦はほとんどなく、少なくあやふやな観測データと既存のデータベースを組み合わせた、緊張感漂う頭脳戦が中心となるのが、このシリーズの特徴だろう。何度も書いたが、息詰まる潜水艦戦が好きな人にお薦め。
【関連記事】
- 2015.11.12 谷甲州「コロンビア・ゼロ 新・航空宇宙軍史」早川書房
- 2018.4.26 谷甲州「エミリーの記憶」ハヤカワ文庫JA
- 2013.12.09 谷甲州「NOVA COLLECTION 星を創る者たち」河出書房新社
- 2017.07.17 小川一水「天冥の標Ⅸ ヒトであるヒトとないヒトと PART1・2」ハヤカワ文庫JA
- 2015.07.09 藤崎慎吾「深海大戦 Abyssal Wars 漸深層編」角川書店
- 2011.06.19 山口優「シンギュラリティ・コンクェスト 女神の誓約(ちかひ)」徳間文庫
- 書評一覧:SF/日本
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