市川哲史「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」シンコーミュージックエンタテイメント
演る側も聴く側もそんな<利口だと思われたい>的な根深いコンプレックスに苛まされてたからこそ、プログレは誕生した。
――どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING僕にとってのプログレとはアレンジに対しての名称であって、曲そのものではない。
――はじまりはジョン・ウェットントニー・レヴィン「実を言うと自分がライヴで弾く必要に迫られるまで、昔のクリムゾンのレコードは聴いたこともなかったの」
――1993年10月のロバート・フリップデヴィッド・ギルモア「要はただショウを演って、自分と観客が愉しめればそれでいいんだってば」
――デイヴ・ギルモアは馬鹿だから偉いでも無理してまで聴かなくていいよカミング・アウトしようよ皆。
――イーノの弟
【どんな本?】
プログレッシヴ・ロック、略してプログレ。「進歩的」なんて名前とは裏腹に、1970年代に成立した無駄に曲が長いスタイルを、21世紀の今になっても堅持してたりする、よくわからない音楽ジャンル。
一時期は怒涛のパンク・ロックの嵐に押され時代の徒花になるかと思いきや、世紀末あたりから各バンドのメンバーが離合集散を繰り返したり、掘り出し音源がCD化されたりして、なぜか21世紀の今日になっても一定の市場を維持している。
十代の多感な時代にそんなプログレにかぶれ、ライターとしても活躍した著者が、ユーモラスな毒舌をたっぷり仕込んで送る、コラム&インタビュウ集。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2017年1月10日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約470頁。9ポイント37字×18行×470頁=約313,020字、400字詰め原稿用紙で約783枚。文庫本なら厚い一冊分。
文章は、とってもクセが強い。私は好きだけど。内容は…って、こんな本を読みたがるのは老いたプログレ者だけだろうから、どうでもいいよね。そういう人向けなだけに、「表向きは何があった事になっているか」は省き、「実はこうなんですよ」だけを書いている。
【構成は?】
とりあえず冒頭の「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING」が、この本の個性が強く出ているので、味見には最適。後は気になった所だけを拾い読みしてもいい。
- どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING
- 第1章 キング・クリムゾン ロバート・フリップ「被害者」の会
- §1 90年代のクリムゾン全史 たぶん世界でいちばん生々しい<Wトリオ>ドキュメンタリー
- §2 フリップ翁とダリル・ホール
- §3 宮殿の中の懲りない面々
- ⅰ はじまりはジョン・ウェットン
- ⅱ ごめんねデヴィッド・クロス
- ⅲ さよならエイドリアン・ブリュー
- ⅳ 1993年10月のロバート・フリップ
- §4 もしもクリムゾン
- 第2章 イエス たった紙一重の「理想と妄想」
- §5 ≪ABWH対90125イエス≫戦記
- §6 <牢名主>クリス・スクワイアの生涯
- §7 ロジャー・ディーンの≪地球幻想化計画≫
- 第3章 エマーソン・レイク&パーマー 「偏差値30」からのプログレ
- §8 キース・エマーソンは死なない
- §9 ELPのアートワークはなぜ、ズバ抜けてダサいのか に関する一考察
- 第4章 ピンク・フロイド 積み上げた「壁」は誰のもの
- §10 私がピンク・フロイドである(パート1)
- §11 デイヴ・ギルモアは馬鹿だから偉い
- §12 ロジャー・ウォーターズの被害妄想は偉い
- §13 私がピンク・フロイドである(パート2)
- 第5章 ジェネシス 永遠不滅の「B級」味
- §14 私、<ピーガブ抜きジェネシス>の味方です
- §15 ピーターと玉葱
- §16 その名はハケット
- どうしてプログレを好きになってしまったんだろう AT END
- ボーナス・トラック
- §17 誰が為にチューブラー・ベルズは鳴る
- §18 サンノブザッパ
- §19 イーノの弟
- §20 ダモ鈴木がやって来たダー!ダー!ダー!
【感想は?】
憑き物落としプログレ編。
そう、プログレは憑き物だ。何かをこじらせた十代の若者に憑く。ソコに何か深遠なモノがありそうな気がして、少ない小遣いをつぎ込むんだが、実際には底なし沼にハマっていくだけだったりする。
とか書いてて気が付いたんだが、これ新興宗教だな、まるで。そうか、若い頃からいろいろとこじらせていた私がオカルトや新興宗教にハマらなかったのは、既にプログレとSFにハマっていたからなのか。改めて考えると、確かにお布施も相当にハズんだしなあ。
ってな事を、最初の「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING」で諭してくれた。
とか書くと、何か高尚な事が書いてあるようだが、とんでもない。かつての古舘伊知郎のプロレス中継のように、彼独特の名調子・名文句が次々と飛び出す。なんじゃい<服を着た被害者意識>ってw でもまあ、確かに<利口だと思われたい>コンプレックスって、すんげえあるなあ俺。
まあ、そんなめんどくさい人たちに愛される音楽だからか、この本の主役もめんどくささNo.1のロバート・フリップだろう。彼自身のインタビュウはもちろん、周辺人物の声からも、翁のめんどうくささがよく伝わってくる。ところでキング・クリムゾンとロバート・フリップの違いって、何なんだろうね。
ある意味、更に面倒くさいのがジョン・アンダーソン。思った通りの能天気というか、あの天使の声がなければ路頭に迷うか新興宗教の教祖になるかのどっちかだろうと確信させる、大変な人だった。特に楽しいのが「90125」~「結晶」に至る話。
その辺に疎い私はてっきりクリス・スクワイアが被害者かと思っていたが、そうだったのかw トレバー・ラビンも幸運なのか不幸なのかw オトナだなあ。
そんなクリムゾン&イエス双方に関わっているのが、ビル・ブラッフォード。
この人もトレバー・ラビンとは違った意味で大人な人で。著者は糞味噌に貶してるけどwだいぶ前に他の所から聞いた話じゃ、セッション・ドラマーとして二番目にギャラが高いのがコージー・パウエルで、最高がブラッフォードだとか。さもありなん、と納得できる割り切ったビジネスマンぶりw
対照的なのが<ベースを抱えた渡り鳥>ジョン・ウェットン。ベース・プレイは勿論だが、プログレ界じゃグレッグ・レイクと並ぶ美声の持ち主だ。でもトレイ・ガンは「古臭い」とか言ってるけどw エイジアは確かに事件だったけど、彼にとっては必然だったのか。
まあ確かに事件ではあったが、「その前に『ラヴ・ビーチ』があったよね」などと私たちの古傷を容赦なくえぐって塩をすりこむから、著者は意地が悪い。でも私は好きだぞキャナリオ。そんなEL&P三人の意地の張り合いに対し、スティ-ヴ・ハケットのなんと潔いことか。
とかの内容は勿論面白いんだが、それ以上に面白さを引き立たせているのが、著者の独特の文体。
例えば一人称も、フリップ翁は「私」でキース・エマーソンは「僕」、クリス・スクワイアは「俺」と、人によって使い分けている。にしてもクリスの「がはがはがは」ってw デフォルメではあるんだろうけど、それぞれのキャラを立たせようと工夫をこらしていて、インタビュウの映像が目に浮かぶようだ。
そんなわけで、若い頃に沼にハマりいまだに抜け出せず足掻いているオッサン・オバサンが、昔を懐かしんで遠い目をしつつ、内輪向けの思い出話に興じては馬鹿笑いする、そんな雰囲気の本です、はい。
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