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2018年12月の12件の記事

2018年12月31日 (月)

SFマガジン2019年2月号

「I'm fine.」
――わたしは元気です。
  ――宮澤伊織「キミノスケープ」

二十文字じゃ足りないし、二十文字じゃ多すぎる。
  ――森田季節「四十九日恋文」

この先、神体あり 危険 関係者以外立ち入り禁止
  ――幽世知能

起動した、ゆえにわれ目的あり。
目的ある、ゆえにわれ忠勤する。
  ――スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳

ほんとうの奇跡は、わたしたちに<意識>があるということだ。
  ――神林長平「先をゆくもの達」

 376頁の標準サイズ。

 特集は「百合特集」として、短編4作コミック1作に加え、インタビュウやガイドなど。

 小説は12本。まず「百合特集」で4本。宮澤伊織「キミノスケープ」,森田季節「四十九日恋文」,草野原々「幽世知能」,伴名練「彼岸花」。

 連載は5本。夢枕獏「小角の城」第51回,椎名誠のニュートラル・コーナー「インデギルカ号」,神林長平「先をゆくもの達」最終回,冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第24回,藤井太洋「マン・カインド」第7回。

 読み切り&不定期掲載は3本。レベッカ・ローンホ-ス「本物のインディアン体験™へようこそ」佐田千織訳,スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳,菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第六話 不見の月」。

 まず百合特集。

 宮澤伊織「キミノスケープ」。人も動物も消えてしまった。残っているのはあなただけ。テレビもラジオもネットもノイズだらけ。でもなぜか電気などのインフラも残っているし、コンビニでは弁当などの生鮮食品は入れ替わる。一人でさまよううちに、あなたは見つける。誰かが残したメッセージを。

 一人だけ取り残されたのか、それとも一人だけ別の世界に迷い込んだのか。いずれにせよ、メッセージが「俺はここにいるぞ」だったら、お話の感触はだいぶ違っただろう。そういう点では、百合特集に相応しい幕開け。ちょっと森奈津子の傑作「西城秀樹のお陰です」を思い出した。

 森田季節「四十九日恋文」。死者の意識は、死後も49日はこの世に留まるとわかった。そこで限られた文字数だけ死者とメッセージの交換が許される。最初は49文字で、毎日一文字づつ文字数が減ってゆく。限られた文字数で、絵里は栞に思いを伝えようとする。

 文字数が次第に減ってゆく、という仕掛けが、あまりに見事すぎる。生々しい煩悩を幾つも引きずり、未練タラタラの絵里と、妙に悟った感のある栞の対比が面白い。結局、葬式にせよ四十九日の法要にせよ、生きていかなきゃならん残された者のためにあるんだろうなあ。

 草野原々「幽世知能」。幽世知能、それは幽世の持つ無限の情報処理能力を使ったコンピュータ。ただし適切な出力を汲み取るには、現し世との接点=神体が要る。わたしが幼い頃、森の神体を端末にする計画があったが頓挫した。神体の近くは神隠しの危険があり…

 小学生の頃からの友達、アキナと、神体の近くで待ち合わせた与加能(とかの)。神隠しの危険が大きい今、なぜ? と不穏な雰囲気で始まった話は、アキナ登場に伴い更に物騒な方向に向かう。にしてもこの人、血みどろニチャニチャな場面が好きだなあ。

 伴名練「彼岸花」。時代は大正十二年。舞弓青子と真朱、寄宿舎住まいの女学生どうしの交換日記。お姉様に焦がれる青子、いろいろと青子に助言を授ける真朱。だが文中には「紅筆」やら「死妖」やらと、奇妙な単語が並び…

 わはは。なんとアレをネタにしてキム・ニューマンに挑んだかw 死妖姫って訳は、いかにもあやしげでいいなあw ちょっとジョージ・R・R・マーティンの「フィーヴァードリーム」っぽい仕掛けもあって。他に何を仕掛けてるのやら。あとパイプオルガンの場面が印象に残るなあ。いいよね、紅い鍵盤。ケン・ヘンズレーあたりが使ったら似合いそう。

 百合SFガイド2018。シムーンは良かったなあ。私はマミーナが好きだ。ところで百合の神様はギリシャアルテミスでいいのかな? 他に思い浮かぶ百合作品といえばニコラ・グリフィス「スロー・リバー」,ダリル・グレゴリイ「迷宮の天使」、高瀬彼方「カラミティナイト」とか。

 と、百合特集はここまで。

 椎名誠のニュートラル・コーナー「インデギルカ号」。インデギルカ号は、恒星間世代継続型巨大宇宙船だ。目的地は地球から6パーセクの「ヒトデ座」だったが、途中で奇妙な天体を見つけた。テラフォーミングに向く球体と、それを取り巻くドーナツ型の連合惑星である。

 内惑星からやってきたナグルスが、彼の過去を語るとともに、この奇妙な惑星の正体に迫る回。なのはいいが、距離感が相当にいい加減だな、おいw

 冲方丁「マルドゥック・アノニマス」第24回。ハンターはヴィクトル・メーソン市長ら<シザース>との面会に赴く。そこで語られる<シザース>の目論見は…。バロット&ウフコックのコンビは、<クインテット>と戦いつつ、バジルとの交渉を試みる。

 お話も押し詰まってきたためか、だんだんと書けることが減ってきてつらい。特に今回の後半では、このシリーズ全体に関わりそうなネタまで飛び出してくる。加えてハンターばかりかバジルにまで肩入れしたくなってしまった。

 レベッカ・ローンホ-ス「本物のインディアン体験™へようこそ」佐田千織訳。トゥルーブラッドことジェシー・ターンブラットはフェニックスの売れっ子だ。「旅行者」たちにインディアン体験を与える。ただし彼の知識は映画で得たもの。妻のテレサは屈辱的だと思っているが、失業よりはマシだと思っている。

 なんでもかんでもショウにしちゃうアメリカの一面を浮き彫りにした作品。ニンジャも明らかに思い込みと勘違いでケッタイなことになってるし。とまれ、似たストーリーをどっかで読んだ気がする。夏の日、流れ者の芝刈り仕事を手伝ったら云々、みたいな話なんだけど、あなた覚えてます?

 スザンヌ・パーマー「知られざるボットの世界」中原尚哉訳。異星人の攻撃で人類の艦隊は壊滅、残るは廃船扱いの一隻のみ。緊急措置で出航にこぎつけ、少ないボットを駆使して修理しながら応戦に向かう。艦内最古の多機能ボット、ボット9の使命は艦内に潜む害獣の駆除だ。

 どう考えても無謀な命令と知りつつ、次々と起きる艦の故障をなだめながら、作戦遂行を目指す人間のクルーたちと、目前のタスクを黙々とこなす…ように見えて、実は意外と感情豊かなボットたちの対比が楽しい。ボット9をお堅い侍言葉に、シルクボットをざっくばらんな町人口調にした訳者のセンスが光る。

 神林長平「先をゆくもの達」最終回。ついに最終回。前回と同様に、語り手の視点を次々と切り替えてゆく。レイ・ブラッドベリの「火星年代記」の衝撃的なエンディングを受け、その更に向こう側を目指した作品…ってのは、考え過ぎかな?というのも。

 植民地人だった開拓者たちが、独立してアメリカ人としての自覚を持つまでが「火星年代記」。その過程で原住民の虐殺などもあった。対して「先をゆくもの達」では…

 菅浩江「博物館惑星2 ルーキー 第六話 不見の月」。画家の吉村輔は晩年をアフロディーテで過ごし、昨年亡くなる。晩年のシリーズ「不見の月」のうち、#18だけは手元に残していた。現在の持ち主は長女の亜希穂。その#18が、二人組の強盗に狙われる。うち一人は確保したが…

 何やら曰くありげな#18には、どんな意味があるのか。私は芸術には疎いんだが、「完璧な赤」とかを読むと、新しい素材がクリエイターを刺激するの想像がつく。それをどう使うかは使い手によりけり。インターネットも私のような無能が使えば、こんなしょうもないブログにしかならんワケで。とまれ、折り合いの悪い親子の話でも、「カフェ・コッペリア」収録の「モモコの日記」とはだいぶ違うのは、登場人物の年齢のせいだろうか。

 藤井太洋「マン・カインド」第7回。迫田とレイチェルは、トーマと合流する。迫田はチェリーかた聞いた内容を二人に告げる。なぜチェリーは捕虜を虐殺したのか。それをスクープした迫田の記事に対し、なぜ<COVFE>が低い評価しか与えなかったのか。

 どの作品でもネタの新鮮さで驚かせてくれる藤井太洋だが、今回はさすがにブッ飛んだ。前回の休載は、あの事件を予測して、今回の連載に取り入れるためではないかと思ったほど。いったい、いつ原稿を編集部に渡したんだ?この人は忍者かCIAでも雇っているのか?

 長山靖生「SFのある文学誌 第62回 直木三十五の未来戦記、川端康成の臓器移植 時代の先端の先にあるもの」。直木三十五の「夜襲」が、かなりの先見性。なんと1930年に太平洋戦争を予告し、空軍力が鍵と見做し、メガフロート・無人攻撃機・化学兵器まで登場してる。しかも「資本力の差が科学力の差となり、ひいては軍事力や国力の差になる」って、すんげえクールな分析力だ。

 若島正「乱視読者の小説千一夜」。2018年11月15日に亡くなったウィリアム・ゴールドマンを追悼する記事。「プリンセス・ブライド」は映画しか思えてないけど、よかったなあ。王道のおとぎ話なのに、なぜかアンドレ・ザ・ジャイアントが出てた。記憶に残ったのは、初恋を美化しちゃうようなモンなんでしょう。

 堺三保「アメリカン・ゴシップ 88 アメリカで映画を撮るということ」。『オービタル・クリスマス』制作の裏話で、SAG(スクリ-ン・アクターズ・ギルド=映画俳優組合)との行き違いの話。制作側には面倒だろうけど、役者にとっちゃ組合は有難いんじゃないかなあ。もっとも、それを皮肉った「マイク・ザ・ウィザード」なんて映画もあるけど。おバカで楽しい映画です。

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2018年12月30日 (日)

2018年に面白かった小説3つノンフィクション3つ

 はい、例年通り、ノリと思い付きで選んでます。

【小説】

ケン・リュウ編「折りたたみ北京 現代中国SFアンソロジー」新☆ハヤカワSFシリーズ 中原尚哉他訳
 活況を呈している現代中国のSFシーンから、選りすぐりの短編を集めた珠玉のアンソロジー。現代中国の社会問題を鋭くえぐる陳楸帆「鼠年」,幼い子供の目を通し、日本同様の高齢化問題に対峙した夏笳「童童の夏」,階層社会を鮮やかに視覚化した郝景芳「折りたたみ北京」,秦の政王(後の始皇帝)と、その暗殺を目論む荊軻を中心にマッドなアイデアを展開する劉慈欣「円」など、SFとしての読みごたえは抜群。
 それに加えて感慨深いのが、中国も日本同様に、SFは欧米からの輸入文化であること。終盤のコラムでは輸入文化と中国人としての自己認識の葛藤が垣間見える。が、中国人でも欧米人でもない日本人の目で作品を見ると、主要人物像はもちろん、端役の振る舞い・風景・ガジェットなどの細部に、隠しようのない中華風味が漂っている。
新井素子「星へ行く船」出版芸術社
 兄のパスポートを失敬してコッソリ宇宙へと家出した森村。個室を予約したはずが、なぜか先客がいる。どうもダブル・ブッキングされたらしい。しかも先客は物騒な奴で…。若き新井素子が当時の若者たちを熱狂させた、ジュブナイルSFの傑作。
 サクサクと読める文章の親しみやすさ、ユーモラスで個性あふれる会話、コロコロと転がってゆくストーリーと、現代ならライトノベルに相当する市場への訴求力は今でも全く衰えていない。加えて「通りすがりのレイディ」から登場するレイディの破壊的な魅力は、それこそ「ヤバ」だ。
ディーン・R・クーンツ「ウォッチャーズ 上・下」文春文庫 松本剛史訳
 36歳の独身男トラヴィス・コーネルは、ピクニックの途中で野良のゴールデン・レトリーヴァーを拾う。やたら人懐っこいが、どこか妙な所がある犬に、トラヴィスはアインシュタインと名づける。アインシュタインを介して知り合ったノーラ・デヴォンにトラヴィスは惹かれ…
 発売当初、全米のペットショップからゴールデン・レトリーヴァーが払拭したとの伝説を持つベストセラー。伝説の真偽は不明だが、読めば本当だろうと思えてくる。とにかくアインシュタインの可愛さったらない。お話の流れは直球の王道だが、それだけに読了後の心地よさもひとしおだ。

【ノンフィクション】

ヨアヒム・ラートカウ「木材と文明 ヨーロッパは木材の文明だった」築地書館 山縣光晶訳
 現代に生きる私たちにとって、木材は構造材の一つという印象が強い。だが歴史的に木材、というか森は、もっと様々な役割を果たしてきた。領主にとっては種猟場であり、農家にとっては家畜の放牧場であり、また薪の補給地でもあり、海軍にとっては軍船の材料だった。特に燃料としての価値は重要で…
 木の性質に注目すれば生物学や工学の側面もあり、農民の暮らしに注目すれば農学や生活史であり、軍船の素材だから軍事学でもあり、薪に注目すれば経済学であり、森の保全を考えれば政治学・社会学でもある。そんな広範囲の学問を含む林学へと読者を誘う、野次馬根性旺盛な者には危険極まりない本。似たテーマを扱った「森と文明」は歴史学の色が濃いが、やはり読み応え・面白さ共に素晴らしい。
アナスタシア・マークス・デ・サルセド「戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係」白揚社 田沢恭子訳
 ハムや瓶詰に始まった、軍事技術が生み出した食品の保存技術は、現代においてインスタントコーヒーからレトルトカレーまでを生み出す。乾燥したインスタントコーヒーはともかく、大量の水分を含むレトルト食品は、なぜ腐らないのか。そこには最新の科学と工学を駆使した米軍の計画的な研究体制があった。
 軍事技術と最新科学が、私たちの暮らしに染み込んでいる事を、毎日食べる食品を通じて否応なしに思い知らせてくれる本。たかがレトルトと馬鹿にしちゃいけない。そこにはとんでもないハイテクが使われてたりする。これは牛乳やジュースも同じで…
マーチン・ファン・クレフェルト「戦争文化論 上・下」原書房 石津朋之監訳
 クラウゼヴィッツは戦争論で主張した。「戦争は政治の延長だ」。戦争とは利害に基づくものであり、勝敗は目的を達したか否かで決まる、と。これに対しクレフェルトはいきなりカマす。「この考えは見当違いもはなはだしい」。ではなぜ戦争が起きるのか。
 いかにもタカ派が好みそうな書名だが、むしろハト派こそが読むべき本。どう見てもリベラルなスティヴン・スピルバーグが創った映画「プライベート・ライアン」に、世界中の軍ヲタは歓喜の声をあげた。CNNが映す湾岸戦争やイラク戦争に、人々はかじりついた。なぜなら…

【終わりに】

 もちろん「われらはレギオン」や「七人のイヴ」や「巨神計画」も面白かったけど、まだ最後まで読んでないし。あ、いや「アイアマンガー」も頭クラクラしましたよ、はい。「ヒストリア」の池上ヒロイン大暴れも楽しかったし、「架空論文投稿計画」にもニヤニヤしたし。

 身のまわりの科学って点じゃ「雑学科学読本 身のまわりのモノの技術」も良かったし、ジョエル・ベストの統計シリーズも少しニュースの見方が変わった。歴史じゃ「平和を破滅させた和平」と「完璧な赤」が読み応えバッチリで、軍事じゃ「戦争は女の顔をしていない」の読みやすさと中身のギャップが凄い。「ヒトはなぜ神を信じるのか」は宗教やオカルトの根源に迫る傑作で、「ネットリンチで人生を壊された人たち」は煽情的な書名と裏腹にヒトの心の働きに切り込んで…と、今年も面白い本を挙げていったらキリがないので、この辺でおやすみなさい。

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2018年12月26日 (水)

クリントン・ロメシャ「レッド・プラトーン 14時間の死闘」早川書房 伏見威蕃訳

これから述べるのは、ひとりの物語ではなく、小隊全体の物語である。
  ――序章 いまよりマシにはならない

最終的には、おたがいを信じる身内組の緊密な核のまわりを、溶け込めそうにない一匹狼のばらばらな塊が周回することになる。
  ――第2章 手勢をそろえる

要するに、キーティングは遠陬にあり、孤立し、補給がほとんど不可能で、俯瞰射撃に対してあまりにも無防備なので、防御するには大規模な砲兵部隊と航空力を必要とする。
  ――第3章 キーティング

「おれたちはすごい強兵だから」コプスはそういうときにレッド小隊のことを自慢する。「うんこ缶とも戦うんだ」
  ――第4章 金魚鉢のなか

ベラミーはバンダーマンに、フリッチーが全方位からの大規模な射撃にさらされていると説明した。その大部分が、重火器でキーティングを支援できないように、迫撃砲掩体壕に集中していた。
  ――第10章 視野狭窄

フォート・カーソンで戦闘訓練の際に、兵士たちの頭に植え付けたもっとも重要な注意点は、複数の方向から攻撃されているときには、ひとりもしくはひとつの集団のみに神経を集中してはいけないということだった。
  ――第10章 視野狭窄

小さく固まるのは、全滅を覚悟して最後の抵抗の準備をするときだけだ。
  ――第12章 「敵が鉄条網内に侵入」

「あんたたちは外のやつらを片付けてくれ。われわれはなかの敵をすべて殺す」
  ――第14章 そいつらを燃やせ

“死体はつぎの死体を惹きつける”
  ――第18章 生きている!

訓練の際の、経験と常識に基づいた方式では、離隔距離――爆発点ともっとも近い兵員の距離――は、1ポンド当たり90cm以上でなければならないとされている。
  ――第19章 B-1

【どんな本?】

 2009年10月3日。アフガニスタン北東部ヌーリスタン州にある、米軍の戦闘前哨(COP)キーティングは、タリバンの激しい攻撃を受ける。基地を守るのは合衆国陸軍第4歩兵師団第4旅団戦闘団第61騎兵連隊第3偵察大隊B中隊の約50名のほか、アフガニスタン国軍の40名ほど。攻撃側のタリバンは300名ほどと見られる。

 キーティングは周囲を山に囲まれ、すり鉢の底のような所にある。四方から見下ろして狙撃できるため、防衛には最悪の地形である。以前からタリバンは軽い攻撃を繰り返し、米軍の反撃パターンを学び、効果的な攻略法を編み上げていた。

 朝6時に攻撃が始まると、たちまちアフガニスタン国軍の将兵は散り散りになって逃げてしまう。米兵50名で、300名のタリバンに応戦しなければならない。近く撤収の予定があるためか、ロクに陣も築けていない状況で、B中隊は四方からの銃撃・砲撃に晒される。

 「キーティングの戦い」と呼ばれるこの激戦で、前線に立ち戦闘を指揮したクリントン・ロメシャ二等軍曹が、自らの記憶に加え共に戦ったB中隊の面々や、支援に駆け付けたヘリコプター・戦闘機・攻撃機部隊などへの綿密な取材、そして米軍が提供する資料を元に、壮絶な戦いを分単位で再現する、迫真の戦闘記録。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Red Platoon : A True Story of American Valor, by Clinton Romesha, 2016。日本語版は2017年10月25日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約400頁に加え、訳者あとがき6頁。9ポイント45字×21行×400頁=約378,000字、400字詰め原稿用紙で約945枚。文庫本なら上下巻でもいい分量。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も軍事物のわりに意外とわかりやすい。戦闘物なので兵器の名前が次々と出てくるが、大半は説明があるので、丁寧に読めば素人でも雰囲気は掴める。ただし用語集のような形にはまとまっていないので、多数の栞を用意しよう。

 敢えて言えば、小銃・重機関銃・擲弾銃・迫撃砲の違いがわかるといい。小銃は普通の歩兵が持つ銃。重機関銃は地面において撃つ大型の機関銃。擲弾銃は銃弾の代わりに小型の爆弾を打ち出す。迫撃砲は擲弾銃より大きい爆弾をより遠く正確に撃てる。

【構成は?】

 ほぼ時系列に進むので、素直に頭から読もう。

  • 本書への賛辞
  • 序章 いまよりマシにはならない
  • 第1部 ヌーリスタンへの道
    • 第1章 部下を失う
    • 第2章 手勢をそろえる
    • 第3章 キーティング
    • 第4章 金魚鉢のなか
    • 第5章 だれでも死ぬ
  • 第2部 最大発射速度での連射
    • 第6章 「だれかを殺しに行こうぜ」
    • 第7章 重度の接触
    • 第8章 コンバット・カーク
    • 第9章 運
    • 第10章 視野狭窄
  • 第3部 蹂躙
    • 第11章 唯一の応戦陣地
    • 第12章 「敵が鉄条網内に侵入」
    • 第13章 アラモ陣地
    • 第14章 そいつらを燃やせ
  • 第4部 こいつを取り戻す
    • 第15章 反撃開始
    • 第16章 持ちこたえられない
    • 第17章 オックスとフィンチ
    • 第18章 生きている!
    • 第19章 B-1
  • 第5部 ステファン・メイスを救う
    • 第20章 「そいつを片付けろ」
    • 第21章 遺体回収
    • 第22章 火災
    • 第23章 さらばキーティング
    • 第24章 残り火
  • エピローグ
  • 追悼/情報源についての覚書/謝辞
  • 訳者あとがき

 登場人物が多く、多数の兵器や略語が出てくるので、登場人物一覧と用語集が欲しかった。

【感想は?】

 つくづく思う。アメリカ軍は強いが、アメリカ政府は戦争が下手だ。

 キーティング基地からして、素人でも最悪の場所だとわかる。なんたってすり鉢の底だ。四方から見下ろして打ち放題である。で、実際、B中隊はそういう目に遭う。

 陸路での補給もできないんで、補給はヘリ頼り。だってのに、ヘリの発着場は基地の外、橋を渡った向こう側。築陣もなってない。二次大戦中のドイツ軍ならコンクリート製の強固な要塞を建てたろうに、塹壕すら掘ってない。

 運営もなっちゃない。地元民に工事を頼むって、朝鮮戦争で痛い目を見たのを忘れたのか(→コールデスト・ウィンター)。どころかアフガニスタン治安警備隊(アフガニスタン国軍とは別組織)の指揮官が基地内に店を開き、そこに地元民も出入りしてる。内情はタリバンに筒抜けじゃん。つか店の商品は横流し品だろ。

 隊の編成も出鱈目。B小隊、以前はイラクにいたんだが、20名の隊員中、帰国後に残ったのは3人だけ。小隊長も変わる。ってんで、中身はほぼ総とっかえ。しかも途中で補充兵がくる。エイブラム・カーディナーが補充兵のヤバさをさんざん警告してるのに(→戦争ストレスと神経症)。そんな有象無象をチームに仕立てる軍曹さんの苦労がしのばれる。

 衛生状態も医療関係者が読んだら卒倒しそうなシロモノで。なんじゃい小便チューブって。糞も焼却かいw しかもシャワーは週に一度ありゃいい方で、ノミが跳梁跋扈。きっとシラミもいるんだろうなあ。

 対するタリバンは、だいぶ前から軽い攻撃を繰り返して米軍の応戦パターンを掴むなど、かなり用意周到。当日の作戦も見事で、単に四方から撃ちまくるだけじゃなく、ちゃんと標的の優先順位も考えてる。何より発電機をヤられたのが痛い。しかも護衛の砲術基地も同時に攻撃する周到さ。

 前日譚じゃ少しイラクの話も出てきて、輸送隊が道路を逆走する意味もわかった。「戦場の掟」や「ブラックウォーター」じゃ狙撃を避けるためとあったが、ここでは敵を挑発するため、となっている。敵を狩る目的で小隊を指揮する軍曹としては適切な行動だが、イラクの安定が目的の米軍としちゃどうよ。

 そんな前日譚に続く当日の様子は、まさに分刻みの精密な描写に驚く。これが単に基地内だけではなく、なんと中東のカタールにまで及んでいる。混乱を極めた戦闘を、ここまで鮮やかに再現できたのは、綿密な取材あればこそ。同じ地獄を味わった戦友、という絆が可能にしたんだろう。

 戦闘では、まずMk.19自動擲弾銃(→Wikipedia)の有難みが光る。要は手榴弾をバラまく銃だ。機関銃と違い、爆弾を飛ばすんだから、だいたいの狙いを付けりゃ多少外れても構わないし、木や岩の影にいる敵もその後ろに当てれば吹っ飛ぶから、威力は絶大だ。富豪米軍ならではの贅沢な装備。

 終盤ではMQ-9リーパー無人機・AH-64アパッチ攻撃ヘリ・F-15Eイーグル戦闘機・A-10サンダーボルト攻撃機・AC-130Hスペクター攻撃機が入り乱れ、KC-135ストラトタンカー空中給油機・KC-10空中給油機に加え、カタールからB-1ランサー大型爆撃機まで出演する大盤振る舞い。つくづく米軍の金満ぶりにあいた口がふさがらない。

 冒頭では「ホース・ソルジャー」や「アフガン、たった一人の生還」など、同じアフガニスタンを舞台とした作品への言及もあり、著者の視野の広さをうかがわせる。と同時に、一つのトラックの中に閉じ込められた数人の兵の動きを鮮やかに再現するなど、細かい部分の解像度も凄まじい。

 徹底してリアルに戦場の一日を、分刻みの細かさで描き出すことで、圧倒的な迫力を持つことに成功した、戦場記録の傑作だ。

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2018年12月23日 (日)

谷甲州「工作艦間宮の戦争 新・航空宇宙軍史」早川書房

「下河原特務中尉の見解には、同意できません」
  ――イカロス軌道

戦術指揮がすぐれていれば、雑多な規格の戦闘艦艇群でも、強力な敵艦を圧倒できるはずだ。ただ一度の接敵で、標的を撃破する必要はない。統一行動がとれないことを逆手にとって、数次にわたる波状攻撃を標的にしかけるのだ。
  ――亡霊艦隊

【どんな本?】

 ベテラン作家の谷甲州による人気シリーズ航空宇宙軍史の、「コロンビア・ゼロ」に続く再起動第二弾。

 第二次外惑星動乱は、地球軌道上にある航空宇宙軍の軍港コロンビア・ゼロへの奇襲で始まった。時は2140年、外惑星連合の主力をなす木星と土星の軌道が近接する時期である。奇襲は大きな効果を上げた。

 兵力と産業力で劣る外惑星連合は、この機に乗じ一気に戦況を決めようとする。対する航空宇宙軍は残った艦艇をかきあつめ、その場しのぎの策で応戦を試みるが…

 圧倒的な技術的ディテールでマニアを唸らせる本格スペースオペラの連作短編集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2018年5月25日発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約296頁。9ポイント43字×18行×296頁=約229,104字、400字詰め原稿用紙で約573枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 素っ気ない文章だが、余計な比喩や形容詞がない分、むしろ物語の流れは掴みやすい。科学や工学の裏付けが楽しい樂品だが、必要な事は作品内で充分な説明があるので、理科が得意なら中学生でも楽しく読めるだろう。

 敢えて言えば、光速は秒速約30万kmであることと、軍の階級を知っているといい。あと、幾つかの物語は火星や土星の衛星やその近くが舞台なので、調べておくと便利かも。

 続き物だが、これから読み始めても大丈夫。情勢としては、地球と火星は航空宇宙軍、小惑星群は中立、木星と土星が外惑星連合、と覚えておこう。

【収録作は?】

 それぞれ 作品名 / 初出。

スティクニー備蓄基地 / SFマガジン2016年4月号
 火星の衛星フォボスにスティクニー備蓄基地がある。重水素タンクなど主な施設は千mの地下にあり、防御は万全だ。フォボスは長径30kmにも満たず表面重力が弱いためか、建設作業中に漂い出た工具などが近い軌道を漂っており、よくデブリとなって降り注ぐ。その日、当直の羽佐間少尉は振動に違和感を覚え…
 冒頭からデブリの怖さが身に染みる。WIkipedia によると拳銃弾の初速は秒速340mぐらいからだけど、国際宇宙ステーションは秒速約7660m。桁が違います。その分、艦艇の装甲を厚くしようにも、あまし重いと動きが鈍くなり燃費が悪くなる。だもんで厚い岩盤で守られてる天体は大変ありがたい。そこをどう攻めるかというと…
イカロス軌道 / SFマガジン2016年8月号
 タイタン防衛宇宙軍の特設警備艦プロメテウス03は、土星軌道の外側を哨戒航行中に、早期警戒システムが重力波源をみつける。質量も速度も異様に大きく、太陽系の外縁から急速に接近してくる。下河原特務中尉はその正体と目的を探るが…
 宇宙空間では下手に電波などを出せば、敵に自分の位置や正体を晒してしまう。そこでお互いに相手の出す熱や反射光などのかすかな情報を受動型センサーで探り、手元にある敵艦のラインナップなどから正体と目的を探ろうとする。現代の潜水艦戦を思わせる、緊張感の漂う頭脳戦が楽しい一編。
航空宇宙軍戦略爆撃隊 / SFマガジン2016年12月号、SFマガジン2017年4月号
 イカロス42、元は外宇宙艦隊のイカロス探査船。太陽系外の探索のため建造された艦だけに、隔絶した航行能力がある。コロンビア・ゼロの奇襲で艦艇が払拭した航空宇宙軍は、外宇宙探索船まで改造して作戦に投入した。その作戦は早乙女大尉が若い頃に書いた論文を元にしたもので…
 あー、早乙女大尉の気持ちもわかるわー。上司に出した計画案が改悪され、しかも自分が現場の担当者になる。最悪だねー。そりゃ不貞腐れるよなー。しかもドサクサとはいえ現場は混乱の極でスケジュールも人員も異例づくしとくりゃ、毒づきたくもなるよねー。
 …はい、もちろん、私怨バリバリ入ってますw
亡霊艦隊 / SFマガジン2017年8月号
 泥縄式に集めた有象無象の艦隊で波状攻撃をしかける。石蕗提督は、そんな無茶な艦隊を指揮する羽目になる。航空宇宙軍は小惑星帯のセンサー群を堅持しつつ、戦線は火星軌道にまで縮小し態勢立て直しを目論んでいるようだ。産業力で優る航空宇宙軍は時間を稼げば優位になる。
 これもまた偵察機Kr-02の扱いをどうするかが主題で、情報戦の緊張感が漂う作品。にしても、「産業力で劣る側が奇襲攻撃で一発カマし、敵がフラついたところで和平交渉」って発想、かつての某国を思わせる戦略で気分が暗くなるんだけど気のせいだろうか。
ペルソナの影 / SFマガジン2017年12月号
 タイタン防衛艦隊の木星系ガニメデ派遣部隊の保澤准尉は、小惑星帯に奇妙な天体を見つけた。正体を探るには、中立である小惑星ケレスが持つデータベースを漁る必要がある。通信のタイムラグもあり、仮想人格の「オフェンダー」を放つことにしたが…
 「コロンビア・ゼロ」収録の「ギルガメッシュ要塞」「ガニメデ守備隊」に連なる作品。今でも合衆国海軍をはじめ各国の海軍は海洋調査にとても熱心で、それというのも海底の地形や海流の情報が、手の読み合いになる潜水艦戦では切り札になるからで、これを宇宙での戦いに当てはめると、この作品になるわけです。それに加えて、通信のタイムラグの使い方も巧み。
工作艦間宮の戦争 / 書き下ろし
 工作艦間宮への命令は常識外れだった。修理中のヴェンゲン09を放り出し、ただちにセンチュリー・ステーションから発進せよ、と。工廠長のハディド中尉は納得しないだろう、そう艦長の矢矧大尉は考える。何しろ命令は無茶なだけでなく、目的すらわからない。
 工作艦は、壊れた艦艇を修理する役割を担う。いわば艦艇が相手の医師。そのためか、矢矧大尉やハディド中尉が抱く、艦への愛着が伝わってくる一編。にしてもハディド中尉の達人ぶりはすごい。過労で死ななきゃいいけど。

 太陽系内を舞台としたスペース・オペラではあるものの、派手な砲撃戦はほとんどなく、少なくあやふやな観測データと既存のデータベースを組み合わせた、緊張感漂う頭脳戦が中心となるのが、このシリーズの特徴だろう。何度も書いたが、息詰まる潜水艦戦が好きな人にお薦め。

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2018年12月21日 (金)

市川哲史「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう」シンコーミュージックエンタテイメント

演る側も聴く側もそんな<利口だと思われたい>的な根深いコンプレックスに苛まされてたからこそ、プログレは誕生した。
  ――どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING

僕にとってのプログレとはアレンジに対しての名称であって、曲そのものではない。
  ――はじまりはジョン・ウェットン

トニー・レヴィン「実を言うと自分がライヴで弾く必要に迫られるまで、昔のクリムゾンのレコードは聴いたこともなかったの」
  ――1993年10月のロバート・フリップ

デヴィッド・ギルモア「要はただショウを演って、自分と観客が愉しめればそれでいいんだってば」
  ――デイヴ・ギルモアは馬鹿だから偉い

でも無理してまで聴かなくていいよカミング・アウトしようよ皆。
  ――イーノの弟

【どんな本?】

 プログレッシヴ・ロック、略してプログレ。「進歩的」なんて名前とは裏腹に、1970年代に成立した無駄に曲が長いスタイルを、21世紀の今になっても堅持してたりする、よくわからない音楽ジャンル。

 一時期は怒涛のパンク・ロックの嵐に押され時代の徒花になるかと思いきや、世紀末あたりから各バンドのメンバーが離合集散を繰り返したり、掘り出し音源がCD化されたりして、なぜか21世紀の今日になっても一定の市場を維持している。

 十代の多感な時代にそんなプログレにかぶれ、ライターとしても活躍した著者が、ユーモラスな毒舌をたっぷり仕込んで送る、コラム&インタビュウ集。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年1月10日初版発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約470頁。9ポイント37字×18行×470頁=約313,020字、400字詰め原稿用紙で約783枚。文庫本なら厚い一冊分。

 文章は、とってもクセが強い。私は好きだけど。内容は…って、こんな本を読みたがるのは老いたプログレ者だけだろうから、どうでもいいよね。そういう人向けなだけに、「表向きは何があった事になっているか」は省き、「実はこうなんですよ」だけを書いている。

【構成は?】

 とりあえず冒頭の「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING」が、この本の個性が強く出ているので、味見には最適。後は気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING
  • 第1章 キング・クリムゾン ロバート・フリップ「被害者」の会
    • §1 90年代のクリムゾン全史 たぶん世界でいちばん生々しい<Wトリオ>ドキュメンタリー
    • §2 フリップ翁とダリル・ホール
    • §3 宮殿の中の懲りない面々
      • ⅰ はじまりはジョン・ウェットン
      • ⅱ ごめんねデヴィッド・クロス
      • ⅲ さよならエイドリアン・ブリュー
      • ⅳ 1993年10月のロバート・フリップ
    • §4 もしもクリムゾン
  • 第2章 イエス たった紙一重の「理想と妄想」
    • §5 ≪ABWH対90125イエス≫戦記
    • §6 <牢名主>クリス・スクワイアの生涯
    • §7 ロジャー・ディーンの≪地球幻想化計画≫
  • 第3章 エマーソン・レイク&パーマー 「偏差値30」からのプログレ
    • §8 キース・エマーソンは死なない
    • §9 ELPのアートワークはなぜ、ズバ抜けてダサいのか に関する一考察
  • 第4章 ピンク・フロイド 積み上げた「壁」は誰のもの
    • §10 私がピンク・フロイドである(パート1)
    • §11 デイヴ・ギルモアは馬鹿だから偉い
    • §12 ロジャー・ウォーターズの被害妄想は偉い
    • §13 私がピンク・フロイドである(パート2)
  • 第5章 ジェネシス 永遠不滅の「B級」味
    • §14 私、<ピーガブ抜きジェネシス>の味方です
    • §15 ピーターと玉葱
    • §16 その名はハケット
  • どうしてプログレを好きになってしまったんだろう AT END
  • ボーナス・トラック
    • §17 誰が為にチューブラー・ベルズは鳴る
    • §18 サンノブザッパ
    • §19 イーノの弟
    • §20 ダモ鈴木がやって来たダー!ダー!ダー!

【感想は?】

 憑き物落としプログレ編。

 そう、プログレは憑き物だ。何かをこじらせた十代の若者に憑く。ソコに何か深遠なモノがありそうな気がして、少ない小遣いをつぎ込むんだが、実際には底なし沼にハマっていくだけだったりする。

 とか書いてて気が付いたんだが、これ新興宗教だな、まるで。そうか、若い頃からいろいろとこじらせていた私がオカルトや新興宗教にハマらなかったのは、既にプログレとSFにハマっていたからなのか。改めて考えると、確かにお布施も相当にハズんだしなあ。

 ってな事を、最初の「どうしてプログレを好きになってしまったんだろう A BEGINNING」で諭してくれた。

 とか書くと、何か高尚な事が書いてあるようだが、とんでもない。かつての古舘伊知郎のプロレス中継のように、彼独特の名調子・名文句が次々と飛び出す。なんじゃい<服を着た被害者意識>ってw でもまあ、確かに<利口だと思われたい>コンプレックスって、すんげえあるなあ俺。

 まあ、そんなめんどくさい人たちに愛される音楽だからか、この本の主役もめんどくささNo.1のロバート・フリップだろう。彼自身のインタビュウはもちろん、周辺人物の声からも、翁のめんどうくささがよく伝わってくる。ところでキング・クリムゾンとロバート・フリップの違いって、何なんだろうね。

 ある意味、更に面倒くさいのがジョン・アンダーソン。思った通りの能天気というか、あの天使の声がなければ路頭に迷うか新興宗教の教祖になるかのどっちかだろうと確信させる、大変な人だった。特に楽しいのが「90125」~「結晶」に至る話。

 その辺に疎い私はてっきりクリス・スクワイアが被害者かと思っていたが、そうだったのかw トレバー・ラビンも幸運なのか不幸なのかw オトナだなあ。

 そんなクリムゾン&イエス双方に関わっているのが、ビル・ブラッフォード。

 この人もトレバー・ラビンとは違った意味で大人な人で。著者は糞味噌に貶してるけどwだいぶ前に他の所から聞いた話じゃ、セッション・ドラマーとして二番目にギャラが高いのがコージー・パウエルで、最高がブラッフォードだとか。さもありなん、と納得できる割り切ったビジネスマンぶりw

 対照的なのが<ベースを抱えた渡り鳥>ジョン・ウェットン。ベース・プレイは勿論だが、プログレ界じゃグレッグ・レイクと並ぶ美声の持ち主だ。でもトレイ・ガンは「古臭い」とか言ってるけどw エイジアは確かに事件だったけど、彼にとっては必然だったのか。

 まあ確かに事件ではあったが、「その前に『ラヴ・ビーチ』があったよね」などと私たちの古傷を容赦なくえぐって塩をすりこむから、著者は意地が悪い。でも私は好きだぞキャナリオ。そんなEL&P三人の意地の張り合いに対し、スティ-ヴ・ハケットのなんと潔いことか。

 とかの内容は勿論面白いんだが、それ以上に面白さを引き立たせているのが、著者の独特の文体。

 例えば一人称も、フリップ翁は「私」でキース・エマーソンは「僕」、クリス・スクワイアは「俺」と、人によって使い分けている。にしてもクリスの「がはがはがは」ってw デフォルメではあるんだろうけど、それぞれのキャラを立たせようと工夫をこらしていて、インタビュウの映像が目に浮かぶようだ。

 そんなわけで、若い頃に沼にハマりいまだに抜け出せず足掻いているオッサン・オバサンが、昔を懐かしんで遠い目をしつつ、内輪向けの思い出話に興じては馬鹿笑いする、そんな雰囲気の本です、はい。

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2018年12月19日 (水)

ニール・スティーヴンスン「7人のイヴ Ⅰ」新☆ハヤカワSFシリーズ 日暮雅通訳

何の前ぶれもなしに、はっきりとした理由もわからぬうちに、月が破裂した。
  ――p13

「私たちはみんな、何らかの問題を抱えているのよ」
  ――p111

質量を宇宙に開放し、そのまま取り戻せないようなことになる活動はごくわずかだ。
  ――p156

ここでの状況は、縦揺れする、舵のない釣り船に必死で群れをなして乗り込む人々のものと、不愉快なほどに通っている。
  ――p176

「これは人類が直面した最大の試練だ。しかし、われわれは生き残る」
  ――p260

「宇宙においては、編隊飛行といったものは存在しません。二つの近接した物体は、物理的に近づくか離れるかしかないのです」
  ――p264

【どんな本?】

 アメリカの人気SF作家ニール・スティーヴンスンによる、近未来パニック長編三部作の開幕編。

 突然、月が破裂した。地球からは、ぼやけた黄色い球に見える。実際は、大きな七つの塊と、数多の小さな欠片に分かれた。今のところは、従来の月とほぼ同じ軌道で地球の周囲を巡っている。しかし小石程度の大きさのものは、流星となって地球に降り注ぎ始めた。中には隕石として地表に達するものもある。

 七つの塊と無数の欠片は複雑な軌道を描いて衝突を繰り返し、その度に砕け幾つもの破片に分かれる。破片の数は時と共に指数的に増え、いずれ地球に無数の隕石として降り注ぐだろう。地球の気候は激変し、人類の文明は崩壊する。

 タイムリミットはたったの二年。生きのびるために、人類は国際宇宙ステーションを基にした「方舟」に希望を託そうとするが…

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Seveneves, by Neal Stephenson, 2015。日本語版は2018年6月25日発行。新書版で縦二段組み本文約261頁に加え、牧眞司の解説「アクチャルな宇宙、迫真の未来、人類の選択」7頁。9ポイント24字×17行×2段×261頁=212,976字、400字詰め原稿用紙で約533枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。

 文章はこなれている。もちろん内容はSFガジェット満載。なんたって滅びゆく地表を離れ宇宙で生き延びようとする話だ。なので、宇宙・ロケット関係の科学・工学ネタが次々と飛び出す。加えて長期にわたり暮らすとなれば、他にも意外な分野が続々と絡んでくる。そういうリアルで濃いSFが好きな人向け。

【感想は?】

 スピード感あふれる展開と、次から次へと出てくる科学・工学ネタに、眩暈がしてくる。

 この感触は、映画「シン・ゴジラ」に似ている。「シン・ゴジラ」は人間ドラマを最小限に抑え、ゴジラvs人類の闘いに焦点を当てた。お陰でキビキビとストーリーが動き、テンポの良い作品になった。

 この作品も、「シン・ゴジラ」同様、一種のパニック物だ。しかも地球規模ともなれば、国家内・国家間で激しい軋轢が起きるだろう。が、この巻では、そういう場面を、出来る限り排している。もちろん政治的な問題がある由は示すけど、あくまで舞台裏の空気を匂わせるだけ。

 その分、フォーカスを当てるのが、科学・技術・工学のお話。特にロケット小僧が小躍りして喜ぶネタは数知れず。みんな知ってるダクトテープの伝説から、ちょっとマニアックな軌道変更の手順、そしてバイコヌール基地横の野菜畑なんてコアなネタがギッシリ詰まってる。お子様大喜びのトイレネタには笑った。

 そういう、お話作りの工夫で巧いと思ったのは、視点の多くが国際宇宙ステーション「イズィ」で展開すること。

 地球上空400kmを約90分で周回する国際宇宙ステーション「イズィ」。モデルはもちろんISSだ。2018年現在のところ、地上以外で人間が常に暮らしている所は、ISSしかない。地表が地獄となれば、逃れられる所は宇宙だけ。となれば、当然、「イズィ」が人類生存の足掛かりとなる。

 ったって、「イズィ」はあくまで科学研究用だ。滞在できるのは、人数にしてせいぜい十数人、期間にして数年ってところ。しかも、常に地上から支援物資を送ってもらって、の話である。

 ところが、月の破裂なんて異常事態だ。人類の避難先となり、大人数が自立して生き延びられる環境を整えなきゃいけない。そんなわけで、「イズィ」のメンバーは無謀な要求に対し無茶に無茶を重ねて対応する羽目になる。

 なんたって、足りないモノは山ほどある。まず人手が足りない。そのため地上から人足を呼ぶんだが、彼らの労務状況はブラックなんてモンじゃない。こんな状況だから残業手当どころじゃないのはともかく、ある意味、究極のタコ部屋暮らしだw

 そんな「人足」たちを苦しめるのは、ブラックな労働環境に加え、容赦ない物理法則も襲い掛かってくる。もっとも、これは「イズィ」も同じで。

 何せ宇宙空間である。周囲に空気がない。

 これは呼吸できないってだけじゃなく、他の問題も引き起こす。私たちが使っている「エネルギー」とは、たいてい何らかのエネルギー勾配を使ったものだ。水力発電ならポテンシャルの勾配、内燃機関なら化学エネルギーの勾配、蒸気機関は化学エネルギー→熱エネルギー→運動エネルギーと変える。

 いずれにせよ、あらゆるエンジンは、最終的にエネルギーを熱に変え、何らかの形で熱を吐き出す。自動車のエンジンにはラジエーターがあり、コンピューターのCPUには空冷ファンがついている。周囲の空気で冷やすわけだ。ところが宇宙空間では…

 とかの昔からの問題もあるが、現代ならではの解決法やツールをふんだんに盛り込んでるのが、SF者としては嬉しいところ。Wikipedia や Google なんてインターネット関係はもちろん、ちょっと前にISSで使われニュースになったアレ(ちょいネタばれ、→Wired)とか。

 人類滅亡という暗い舞台設定でありながら、主な視点を国際宇宙ステーションのロボット工学者に置くことで、「今、そこにある」ホットなテクノロジーと産業を前面に押し出し、テンポよくワクワクさせてくれる風景を見せてくれる、王道まっしぐらの本格サイエンス・フィクションだ。

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2018年12月17日 (月)

バリー・シュワルツ「なぜ選ぶたびに後悔するのか 『選択の自由』の落とし穴」ランダムハウス講談社 瑞穂のりこ訳

わたしたちは選択肢があるとき、それが多すぎることの弊害を自覚しないかぎり、無視できない。
  ――第1章 お買い物に行こう

過去の経験のうれしさ、不快さに関する記憶は、ほぼ全面的に、つぎのふたつの要因で決まるという。ピーク(最高の瞬間あるいは最悪の瞬間)にどう感じたかと、終わったときどう感じたかだ。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちは、損失の可能性が関わるとき、リスクをとろうとする傾向がある。
  ――第3章 決断と選択

わたしたちはオプションが一握りしかなく、じっくり吟味できるときでさえ、まちがいやすいようにできている。しかも、決断の数と複雑さが増幅すると、ますますまちがいやすくなる。
  ――第3章 決断と選択

「欲しい」と「好き」とでは、それを認識する脳のシステムが基本的に異なる。
  ――第5章 選択と幸せ

たいていの場合、オプションは、他のオプションと比較することで、評価が下がる。
  ――第6章 あきらめた機会

「オプションがありすぎるとどうなるかというと、なにが起こっても、それは自分のせいだということになる」
  ――第6章 あきらめた機会

後悔に影響する要因には、以下のふたつがある。
1.結果に自分が責任を負っているかどうか。
2.事実とはちがう、いまよりいい状態を想像しやすいかどうか。
  ――第7章 「もし……していれば」 後悔の問題

わたしたちはまずたいていのことには順応できる。だが将来を見通すとき、この順応効果を頭から無視する、あるいは過小評価する。
  ――第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題

「ちがいのわかる災い」
  ――第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?

社会に深く関与したいなら、自己を従属させるしかない。
  ――第10章 選択がうつをもたらすとき

【どんな本?】

 かつて私は、初めて入った定食屋やレストランで、何を食べるのかを決めるのに、やたら時間がかかった。ある時から、スンナリ決められるようになった。一つのルールを決めたからだ。「日替わり定食があれば、それにする」。

 現実を顧みると、実はあまり上のルールを守っていない。けっこう、その日の気分で選んでいる。でも、決定は速くなった。極端な場合だと、私がメニューを見る前に、周りの者が勝手に「お前はいつもの日替わりだろ」と決めてくれる。

 パソコンやスキー用品など、何かを初めて買うときに、目の前にある選択肢の膨大さに目がくらんだ経験は、誰にでもあるだろう。特に最近は何でも商品ラインナップが充実している上に、大型の専門店も増え品ぞろえが豊かになったので、何を買えばいいのか素人にはサッパリわからない。

 買い物程度なら買いなおせば済む。だが、就職先や結婚相手や住宅となると、やり直しは難しい。昔は知人のコネやお見合いや近所の不動産屋などで、最善ではないにせよ、とにかく決まった。でもインターネットが発達した今は、いずれも膨大な選択肢が私たちの目の前に並んでいる。

 すぐに決められる人と、なかなか決められない人の違いは、何だろう。選択肢が増えて便利になったハズなのに、なぜ私たちの悩みが増えるんだろう。

 私たちが何かを選ぶときに、心の中で何が起きているか。選んだあとで、私たちはどう感じているか。そして、より幸福に生きるには、どうすればいいか。「拙宅と幸福」について心理学者が語る、一般向けの解説書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は The Paradox of Choice : Why More is Less, by Barry Schwartz, 2004。日本語版は2004年10月20日第1刷発行。単行本ハードカバー縦一段組みで本文約270頁に加え、訳者あとがき4頁。9ポイント43字×18行×270頁=約208,980字、400字詰め原稿用紙で約523枚。文庫本なら普通の厚さの一冊分。なお、今はソフトカバーの新装版が出ている。

 文章はこなれていて読みやすい。内容も分かりやすい。むしろ、誰でも身につまされるエピソードがたくさん出てくるため、身もだえして読み進められないかも。というか、私がそうでした。

【構成は?】

 結論だけが欲しい人は、「第11章 選択にどう向き合うか」だけを読めばいい。でも他の章も面白エピソードが満載ですよ、と釘を刺しておく。

  • 第1部 なにもかもが選べる時代
  • 第1章 お買い物に行こう
  • 第2章 新たな選択
  • 第2部 選択のプロセス
  • 第3章 決断と選択
  • 第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足
  • 第3部 満たされないのはなぜ?
  • 第5章 選択と幸せ
  • 第6章 あきらめた機会
  • 第7章 「もし……していれば」 後悔の問題
  • 第8章 選んだ品にがっかりするのはなぜか? 順応の問題
  • 第9章 比べるとつまらなくみえるのはなぜか?
  • 第10章 選択がうつをもたらすとき
  • 第4部 満足して生きるための選択術
  • 第11章 選択にどう向き合うか
  • 訳者あとがき

【感想は?】

 マック・ユーザーよ、あなたは正しい。

 なんたって、マックは選択肢が少ない。高いか安いか、デスクトップかノート型か。この二つを決めるだけで、買うべきモノは決まる。

 それだけじゃない。マックを買えば、必要なモノは一緒に全部ついてくる。マウス,キーボード,スピーカ,モニタ,カメラ。余計なドライブやスロットは、ない。あなたは難しく考えなくていい。あなた相応しいマックは何か、アップル社が決めてくれる。

 製品ラインナップを整理し、選択肢を減らすのは、ユーザの自由を妨げているように感じる。でも、そうすることで、かえってアップル社はユーザの好感を勝ち得た。これが、選択のパラドックスだ。時として、私たちは、選択を人任せにしたいのだ。

賢く選ぼうとしても、自分にはその手だてがないと感じるとき、選択の機会は天の恵みではない。
  ――第5章 選択と幸せ

 そもそもアップル社が狙うユーザは、コンピュータおたくではない。医師やイラストレーターや経営者、つまりコンピュータ以外の事で稼いでいる人だ。彼らはコンピュータに詳しくない。が、それでいいのだ。私だって、医者にかかるなら、コンピュータおたくな藪よりコンピュータを知らない名医の方がいい。

オプションを調べ尽くそうとすると、「情報コスト」が莫大になり、それは投資を最大化する方法ではなくなる。
  ――第4章 最高でなければだめなとき 最大化と満足

 そもそもコンピュータは私たちの時間を食いつぶす悪魔の手先だ。下手にコンピュータについて調べ始めると、時間が幾らあっても足りない。「私は忙しい。コンピュータなんぞを選ぶのに時間を無駄遣いできない」、医師や経営者なら、そう言うだろう。

 そんな人たちに、アップル社はこう言っているのだ。「あなたはあなたの仕事に専念してください。コンピュータについては、私たちにお任せを」。頼もしいではないか。

 とか言う私は Windows10 を使っているんだが、まあそれはそれでw

 この本のメッセージは簡単だ。選択肢が多いほど幸福とは限らない。時として何かの縛りを入れて子選択肢を減らした方が、幸福感が増す。

 これを自分に適用して読んでもいいし、商品陳列や製品デザインの参考にする手もある。例えば「第1章 お買い物に行こう」では、有名なジャムのエピソードがある(→はてなキーワード)。

 文章を書くとき、「何でもいい」と言われると、なかなか出てこない。でもお題を与えられると、何か出てくる。縛りを入れて選択肢を減らすと、かえって楽になる事もある。この記事の頭に書いた、食事のメニューの決め方もそうだ。この本では、次の四つが出てくる。

  1. 自分ルール。「外食は鮮魚」とか。
  2. デフォルト。「あれば日替わり定食」とか。
  3. 基準。「魚ならなんでも合格」とか。
  4. 習慣。「毎日、魚を食べる」とか。

 当然、上のルールに従うと、「最善の選択」には、ならない。でも悩みは減る。常に最善を目指すと、後悔が増えるよ、ほどほどで満足しようよ、そんなメッセージを、この本は発している。

 もちろん、「銀メダリストより銅メダリストの方が満足感が高い」とか、「『終わりよければすべてよし』は案外と正しい」とか「医療は充実してるのに健康不安は高まっている」とか、面白エピソードは数多い。また、埋没費用の誤謬(→Wikipedia)やアンカーリング(→Wikipedia)など、有名なネタもある。

 このブログを書くことで、もしかしたら私も少し幸せになっているのかもしれない、そんな気がしてくる一冊だった。

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【どうでもいい話】

 などとアップルを持ち上げたが、一つケチをつけておこう。AppleScriptだ。

 AppleScript の発想そのものは、とても優れていると思う。全てのアプリケーションを、たった一つのプログラム言語で操作できる。このアイデアは、とても素晴らしい。

 ただし、一部の文法で気に食わない所がある。いわゆる構文糖(Syntax Suger,→Wikipedia)だ。AppleScript だと、b of a でも a's b でも、同じ意味になる。どっちでも書けるんだから親切なようだが、素人には「どっちで書けばいいの?」とか「どう違うの?」とか、悩みの種になりかねない。

 これはプログラム言語の思想の違いだ。アップル社はこう考えた。「英語=自然言語の文法に近い方が、素人には親しみやすい」。英語だと、b of a も a's b も、同じ意味だ。だから、英語っぽくしたんだろう。

 私の考えは違う。「プログラム言語の文法は、なるたけ単純で機械的で不自然な方が、素人には学びやすい」。なぜか。

 自然言語で語るときと、プログラムを書くときは、脳みその使い方が違う。人間相手なら「テキトーにやっといて」が通じるが、マシンはそうじゃない。細かい所まで、いちいち指示しなきゃいけない。プログラマは、プログラムを書く際に、脳みそのモードを切り替えている。

 言語の文法が全く違えば、モード切り替えがスムーズにいく。「マックは英語がわからないんだから仕方がない」のだ。でも、自然言語に近いと、これが難しい。「人間ならわかってくれるのに、なんでマックはわかってくれないんだ!」などと無茶を言い出す。

 おまけに、構文糖があると、覚える事が増える。「b of a も a's b も同じ意味」なんて事まで覚えなきゃいけない。親しみやすいように見えて、かえって習得を難しくしている。

 構文糖そのものが悪いってワケじゃない。perl などは、構文糖の塊だ。でもいいのだ。だって perl を使うのはマニアだけだから←偏見です。

 何より perl は、「とりあえず使えるものを手早くデッチ上げる」ための言語である。使い捨てプログラムの量産が、perl の使命だ。だからなるたけタイピングの数を減らしたい。そのためには構文糖が役に立つ。だって便利じゃん $a++ とか起動オプションの -ane とか。

 でも AppleScript は違う。AppleScript はプログラマのためのプログラム言語じゃない。InDesign や Illustrator ユーザのための言語だ。だから、なるたけ楽に覚えられなきゃいけない。そのためには余計な構文糖は邪魔なだけだ。

 ついでに言うと、文法はもっと単純化した方がいい。そもそも演算子に優先順位があるのが気に入らない。なぜ優先順位が要るのかというと、それは演算子が中置きだからだ。forth や PostScript のように後置きか、LISP や scheme のように前置きなら、優先順位は要らない。

 そんなわけで、AppleScript はS式にすべきである←暴論

 いやマジ世の中S式が標準なら、HTML も CSS も JavaScript もみんなS式でイケたのにブツブツ…

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2018年12月16日 (日)

ディーン・R・クーンツ「ウォッチャーズ 上・下」文春文庫 松本剛史訳

「もうおまえを放したり、どこかの檻まで連れていくわけにはいかないな」
  ――上巻 p45

「アインシュタイン。いまからおまえの名前は、アインシュタインだ」
  ――上巻 p112

「それは<アウトサイダー>と呼ばれていた」
  ――上巻 p373

「もしもわれわれが、神の造りたもうべきものをこの手でつくりだせるまでになったのなら、つぎには神の正義と慈悲を行うことを知らねばならんのです」
  ――下巻 p112

『あんたたちにはまだ望みがある』
  ――下巻 p153

「まさしく、彼はヒーローだ!」
  ――下巻 p269

【どんな本?】

 アメリカのベストセラー作家、ディ-ン・R・クーンツの地位を決定づけた、長編サスペンス小説。

 トラヴィス・コーネルは36歳の孤独な男。ピクニックに行ったトラヴィスは、山で大型犬と出逢う。若い雄のゴールデン・レトリーヴァーだ。毛皮はもつれて泥だらけで、野良らしい。何かを恐れ怯えるかと思えば、やたらトラヴィスに懐いている。根負けしたトラヴィスは犬を連れて帰ることにした。

 ノーラ・デヴォンは30歳の独身女。異様に厳格な伯母のヴァイオレットに育てられ、友人もいない。ヴァイオレットが亡くなってからも滅多に家から出ず、対人恐怖症気味で、ヴァイオレットから相続した家に引きこもって暮らしている。ある日、テレビの修理を頼んだ男がストーカーと化し、つきまとい始めた。

 腕利きの殺し屋、ヴィンスことヴィンセント・ナスコは忙しい。ウェザビー博士を始末し、報告を終えたとたんに、次の仕事が入った。今度は二人、エリザベス・ヤーベック博士とジョナサンの夫婦だ。ソツのない依頼人は好きだ。それ以上に、ヴィンスは殺しが好きだ。というのも、ヴィンスは人を殺す度に…

 奇妙なゴールデン・レトリーヴァーは人々の運命を結びつけ、彼らの人生を大きく変えてゆく。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は WATCHERS, by Dean R. Koontz, 1987。日本語版は1993年6月10日第1刷。私が読んだのは1993年10月1日の第4刷。文庫本で縦一段組み上下巻で本文約398頁+375頁=約773頁に加え、訳者あとがき3頁。8.5ポイント42字×18行×(398頁+375頁)=約584,388字、400字詰め原稿用紙で約1461枚。上中下の三巻でもいい大長編。

 文章はこなれていて読みやすい。いちおうSFだが、ネタは一つだけ。小難しい説明をしちゃいるが、格好をつけるためのハッタリだ。中身はドラえもんやポケモンと同程度のシロモノなので、その辺について行けるなら大丈夫。

 それより、若い人には時代背景や風俗がピンとこないかも。1980年代の作品なので、携帯電話がないし、インターネットも未発達だ。出てくる有名人やブランドも、ジーン・ハックマンとかは馴染みがないだろうけど、わからなければ無視して構わない。

【感想は?】

 発表当時は全米のペットショップからゴールデン・レトリーヴァーを一掃したそうだ。さもありなん。

 なんてったって、アインシュタインと名づけられるゴールデン・レトリーヴァーが、やたらと可愛い。どう可愛いかというと、映画「トランスフォーマー」のバンブルビーの可愛さに少し似ている。

 …って、マニアックすぎて伝わりませんがな。

 犬を飼っている人は、愛犬の可愛さを思い浮かべて欲しい。私は飼ってないけど。幸いバンブルビーと違い、アインシュタインには尻尾がある。上巻を読んでる時は、アインシュタインが尻尾を振る場面じゃ、私もニヤニヤしてしまった。まあ、そういう可愛さです←余計わからん

 そのアインシュタインと出合う、最初の人間が、トラヴィス・コーネル。病や事故で家族や恋人や友人を次々と失い、自分は死神じゃないかと思い込んでいる男。誰とも親しくならず、孤独に暮らそうとしていたが、アインシュタインに懐かれ、連れて帰る羽目に。

 次にアインシュタインと出合うのが、ノーラ・デヴォン。人間嫌い、特に男が大嫌いな伯母に、籠の鳥のごとく育てられ、既に30歳。そでれもせめて大切にされていたならともかく、この伯母さん、ノーラのやる事なす事ケチばかりつけて育ててきた。お陰でノーラは対人恐怖症気味な上に自信のカケラもない。

  お互い30過ぎのクセに、いずれも人と親しくなるのを恐れている。そんな二人を、アインシュタインがキューピットよろしく仲を取り持とうとする場面は、とにかくアインシュタインが愛おしくてたまんないのだ。何せ言葉がしゃべれない。一生懸命に動作で示す、そのけなげさがたまんない。

 特に難しいのがノーラ。そもそも誰かが自分に好意を持つなんて事はあるわけない、そう思い込んでいるだけに、アインシュタインの努力もなかなか伝わらない。あれこれ思い悩む彼女の気持ちは、ちょっとジュブナイルっぽい気恥ずかしさもあるけど、まあ初恋だからしょうがないよね。

 なんて彼らに迫ってくるのが、アインシュタインの出生の秘密。まあ、上巻を読んでいれば、なんとなく見当はとくんだけど。

 これを追いかける者たちの一人が、レミュエル・ジョンソン、NSA(国家安全保障局)の腕利きの捜査官。悪い人じゃないのだ。やたら仕事熱心…を通り越してワーカホリック気味だが、己を厳しく戒め職務に邁進したがために、南カリフォルニア支局長にまで昇進した男。

 決して悪人じゃないんだが、立場上、この物語では悪役を割り振られてしまった人。中盤以降では、彼とトラヴィスらのチェイスが緊張感を作り上げてゆく。読者としては応援してあげたくもあり、空振りして欲しくもありの、ちょっと複雑な立ち位置にいる人。

 そして、レミュエルとトラヴィスらをつなぐ糸の一つが、この物語のもう一つの主役<アウトサイダー>。アインシュタインが○○の陽なら、<アウトサイダー>は陰を象徴する存在だ。

 単に陰であるだけでなく、それをわかってしまっているのが、何よりも悲しい。その行いは忌まわしくもあるが、そこに込められたメッセージは…

 もう一人の重要人物が、ヴィンスことヴィンセント・ナスコ。凄腕の殺し屋だ。クールでスマートに仕事をこなしつつ、ちょっと困った思い込みも持っている。人殺しを仕事にしてるような人だから、善悪の感覚なんか無いのかと思うよね。

 でも意外とそうでもなくて、かなり厳格な倫理感覚を持っているのだ。ただ、モノサシの角度が常識と大きく違っちゃってるだけで。作り話だから誇張されているけど、現実にも似たような倫理観の人がけっこういるから世の中は怖い。

 著者は「ベストセラー小説の書き方」なんて本も出してる人で、これが「面白い本」を探すにはかなり便利なブックガイドにもなってる。そのためか、この作品でも、登場人物本棚を紹介する場面が、ちょっとしたイースター・エッグになっているので、本が好きな人はお楽しみに。

 終盤、ノーラの台詞でタイトルの意味が明らかになる場面は、この物語のクライマックスだろう。過酷な運命に心をへし折られ、人生を投げ出そうとした者たちが、アインシュタインを機に巻き込まれたトラブルの末に見出した、ヒトがヒとであることの意義。

 これを読んでしばらくは、ペットショップに行ってはいけない。特に体力と懐に余裕がある時は。

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2018年12月12日 (水)

ジョン・パーリン「森と文明」晶文社 安田喜憲・鶴見精二訳

文明の発展を可能にした要因を木に求めるのは大胆な発想に思われるかもしれない。しかしまず、これまでずっと火を提供してきたのは木であるという点を考えてもらいたい。
  ――はじめに

青銅器時代のキプロス島が精錬していた銅鉱石には、銅が4%しか含有されていなかったが、鉄は40%も含まれていた。燃料の消費量が同じならは銅よりも鉄のほうを多く得ることができたのである。
  ――4 鉄の時代へ キプロス島

道を歩く荷馬車から線路を走る馬車に代えたことで、一日に運ぶ石炭は19トンから34トンへと増大した。
  ――9 産業革命はなぜ起きたか イギリス

じつはインディアンの多くを死に至らしめたのが、こうした(毛皮と交換で手に入れた)ラム酒であった。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

国家が所有する資源のなかで鉄鉱石と木がもっとも本質な資源である
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

「アメリカにおける製造業は、滝の近くで操業されている。水車を回すことができるからだ」
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

架台と枕木は当然、木でできていた。では、レールはどうしていたかというと、これもやはり木で作られていたのである。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

開拓者がどこに入植するかを決めるさい、決め手となったのは入植地の土壌の質ではなく、そこに木があるかどうかということだった。
  ――11 帆柱と独立戦争 アメリカ

【どんな本?】

 人類の文明の発祥の地となったメソポタミア。地中海を支配したギリシア。ヨーロッパの土台を築き上げたローマ。通商国家として栄えたヴェネツィア。

 これら大国の繁栄を支えたのは森だった。そして、森が失われると共に、大国の威光も衰えた。

 七つの海に覇を唱えた大英帝国も、フロンティアとして頭角を現したアメリカ合衆国も、その足掛かりとなったのは、豊かな森林資源だった。

 文明になぜ森が必要なのか。森はどんな役割を担ったのか。人は森をどう扱ったのか。なぜ森が失われたのか。そして、森の喪失は文明の衰えと何の関係があるのか。

 大量の資料を元に、文明の興亡を左右する森の機能を描き出す、一般受けの歴史書。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は A Forest Journey : The Role of Wood in the Development of CIvilizaation, by John Perlin, 1988。日本語版は1994年9月25日初版。私が読んだのは1999年7月10日の五刷。単行本ハードカバー縦二段組みで本文約456頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント24字×20行×2段×456頁=約437,760字、400字詰め原稿用紙で約1,095枚。文庫本なら上下巻ぐらいの文字量。

 文章は比較的にこなれている。内容も特に難しくないが、世界史、それも地中海周辺の歴史に詳しいと、更に楽しめる。また、地図が多く、何度も参照するので、栞をたくさん用意しておこう。

【構成は?】

 多少の重なりはあるが、ほぼ時系列順に進むので、素直に頭から読もう。

  • 森から歴史を見つめ直す 序によせて レスター・R・ブラウン
  • はじめに
  • 旧世界の森の旅
  • 1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア
  • 2 森が青銅器を生んだ クレタ島とクノッソス
  • 3 繁栄のはてに ギリシア 1
  • 4 鉄の時代へ キプロス島
  • 5 森をめぐる戦い ギリシア 2
  • 6 闘技場と浴場の都 ローマ
  • 7 海を越えて イスラムの地中海
  • 8 ある通商国家の衰亡 ヴェネツィア
  • 9 産業革命はなぜ起きたか イギリス
  • 新世界の森の旅
  • 10 砂糖の島・奴隷の島 マデイラ島、西インド諸島、ブラジル
  • 11 帆柱と独立戦争 アメリカ
  • 訳者あとがき/索引

【感想は?】

 「もののけ姫」の見方が変わる一冊。

 学校で学ぶ世界史は、人物を中心とした、ドラマ仕立てのものだった。これに対し、ウィリアム・H・マクニールの「世界史」は、モノや地形や産業にスポットをあてた。この本の視点も、マクニールに近い。

 ただし、マクニールと違うのは、資源を木に絞っていること。最初は意外に思ったが、ギリシアやローマの章を読むと、「さもありなん」と納得してしまう。

 なぜって、当時の木は、現在の石油と同じか、それ以上の価値を持つ資源だからだ。現代でも、油田は大きな火種になる。ヒトラーはカフカスの油田に目がくらんだし、太平洋戦争も石油が引き金になった。今も中東は火花が散っているし、ロシアを支えているのも石油だ。

 かつての森は、帝国を支える最も重要な資源だったのだ。

ローマ帝国の興亡は、ローマの燃料資源の増減と軌を一にするようにして起きているのである。
  ――6 闘技場と浴場の都 ローマ

 前半では、メソポタミアから始まって、ギリシア・ローマ・トルコと、ほぼ同じメロディを繰り返し奏でる。いずれもイントロは、意表をつく風景だ。鬱蒼とした森である。「メソポタミア南部は(略)かつてはそこに広大な森林地帯が広がっていた」。

 メソポタミア南部、今のイラク南部には、レバノンスギの森が茂っていた。ギリシアも、ローマもそうだった。イングランドも、ニューイングランドも大木に覆われていた。ニューイングランドは今でも面影が残っているけど、イラクやギリシアやローマは、ちと信じられない。

ローマやその近郊はかつては森におおわれていた。ローマのさまざまな行政管区の名前は、その行政管区に、もともとどのような木が育っていたかによってつけられていた。
  ――6 闘技場と浴場の都 ローマ

 都市が栄えるには木が要る。まずは、薪だ。冬を越すには暖房が要る。煮炊きにも薪を使う。青銅や鉄の精錬、煉瓦や陶器を焼くにも、塩やガラスを作るにも、薪や木炭が要る。もちろん、家や工場や宮殿を建てるにも木材を使う。

 それ以上に、国家として栄えるためには海軍が必要で、そのためにも船の材料となる、大きな木材が必要だ。

 最初は都市周辺の森を使うが、すぐに使いつぶす。そこで、他の所から運んでくる。とまれ、木は重いし、嵩張る。運ぶのは大変だ。こういうモノは、水運の方が都合がいい。ってんで、上流の川の近くの木を切り倒して持ってくる。山は裾野から頂上に向かって裸になってゆく。

 裸の山は怖い。木が遮っていた太陽が土にじかに当たり、土地が荒れる。今までは木陰でゆっくり溶けていた雪が、日光で急にとけ、鉄砲水となって土を押し流し、川に注ぎ込む。これが下流の都市に洪水となって襲い掛かる。

 洪水は山から塩分を運び、耕作地をオシャカにする。豊かな農地は痩せ、牧草地にでもするしかなくなる。土砂は港も埋め、良港を遠浅の湿地帯に変える。そこには蚊がはびこり、マラリアが猛威をふるう。結果は、帝国の崩壊だ。

シュメールの沖積平野の塩分がますます高くなっていった時期は、メソポタミアによる北部森林地帯の破壊がはじまった時期にぴったりと重なっている。
  ――1 『ギルガメシュ』叙事詩の声 メソポタミア

 丘に牛や羊が遊ぶ光景はのどかだが、元は森だった。耕作すらできなくなり、牧草地にするしかなくなったのだ。

 もちろん、帝国は黙って滅びたりはしない。版図を広げて近隣の森から木を伐り出し、または他の国を侵略して森を奪う。「5 森をめぐる戦い ギリシア 2」などは、アネテとスパルタの睨み合いを描く章だが、まるきし今日の油田をめぐる争いを見るようだ。

 「テルマエ・ロマエ」で有名なローマの風呂も、こうして調達した薪に頼っていたわけで、そりゃ贅沢な話だよなあ。江戸時代の風呂屋は、どうやって薪を調達してたんだろ?

 まあいい。大英帝国が七つの海を支配できたのも、イングランド南部に豊かな森林資源があったため。ところがご多分に漏れず資源を使いつぶし…

「もしいま以上に木を大切にしないと、イギリスはこれからずっと石炭にたよらなければならなくなるかもしれない」
  ――9 産業革命はなぜ起きたか イギリス

 なんて台詞も出てくる。産業革命といえば石炭&蒸気機関だが、好きで石炭に切り替えたわけじゃないらしい。だって不快な煤が出るし。

 特に製鉄には苦労したようで、石炭が含む不純物に苦しんでる。これを解決したのが、コーク(というか日本ではコークスの方がなじみが深い)。このアイデア、モルト(・ウィスキー)の蒸留から得たってあたりが、いかにもイギリスらしい。

 なんにせよ、ブリテン島の森を使いつぶした大英帝国は、アイルランドも裸にし、やがて新大陸にも頼るようになる。当時のニューイングランドは鬱蒼とした森にインディアンが住み…

 「もののけ姫」には様々な解釈がある。かつて森は豚の放牧地でもあった事を考えると、「もののけ姫」での乙事主の怒りにも、歴史的な意味がついてくる。また欧米人が日本の家屋を評して「木と紙の家」とと言ったが、その意味も少し違って聞こえてくる。彼らは木の家に住みたくても住めなかったのだから。

 世界と歴史の見方が少し変わってくる、意外な拾い物だった。やっぱりモノや技術を通した歴史って面白いなあ。

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2018年12月 9日 (日)

G・ウィロー・ウィルソン「無限の書」東京創元社 鍛治靖子訳

「あれはおまえたちの物語ではない。われらの物語だ」
  ――p11

「ちがうわ。これはアルフよ。『千一日物語』」
  ――p60

「検閲官は御伽噺には、とりわけ昔話には興味がない。理解できないんだ。あいつら、ああいう話はみんな子供のものだと思ってる。『ナルニア国物語』がほんとうはどんな意味をもっているのか知ったら、きっと死んじまうだろうな」
  ――p98

「あの本に触れるものはたいてい、年老いて安らかな死を迎えることができないんだよ」
  ――p300

「見えざるものは見えざるものだ。だけど人は見えるものから逃れることはできない」
  ――p382

【どんな本?】

 アメリカ出身でボストン大学卒業後にイスラム教に改宗した異色の新鋭作家、G・ウィロー・ウィルソンの小説デビュー作。

 舞台はペルシャ湾沿いにある、オイルマネーで潤う専制国家。地元有力者の父親とインド人で第二夫人の母の間に生まれた23歳のアリフは、匿名サーバーを運営している。イスラム圏は検閲が厳しい。そこで、正体を隠したまま、ポルノでも革命の扇動でも、好き勝手なサイトを作れるサービスだ。

 恋焦がれるインティサルにフラれたアリフは、彼女の目からネット上のアリフを完全に見えなくするプログラムを作る。意外と上手くいったと思ったのも束の間、困った事態になった。凄腕の検閲官<ハンド>が、アリフのマシンに侵入した形跡がある。

 突然、インティサルから奇妙な本を託されたアリフは、検閲官に追われ、本に導かれるように奇妙な世界へ足を踏み入れ…

 アラブ圏の社会と文化を背景に、伝説の魔物たちと情報テクノロジーを折り込み、現代アラビアを舞台にしたファンタジイ。

 2013年世界幻想文学大賞の長編部門受賞。SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017海外篇でも7位に食い込んだ。

ところで今気が付いたんだが「SFが読みたい!2018年版」ベストSF2017海外篇、巻頭の「発表!ベストSF2017 海外篇」は「わたしの本当のこどもたち」が6位で「無限の書」7位なのに、作品ガイドじゃ順位が逆になってる。どっちが正しいんだろう?

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Alif the Unseen, by G. Willow WIlson, 2012。日本語版は2017年2月28日初版。単行本ソフトカバー縦二段組み本文約386頁に加え、訳者あとがき5頁。9ポイント22字×21行×2段×386頁=約356,664字、400字詰め原稿用紙で約892枚。文庫本なら厚い一冊か上下巻ぐらいの長さ。

 文章は比較的にこなれている。SFガジェットとしてはコンピュータとインターネットが中心だが、ハッキリ言って大半がハッタリなので分からなくても気にしなくていい。それより千一夜物語に出てくるような異界の者たちが活躍するので、ファンタジイの色が濃い。

【感想は?】

 色々な魅力があるけど、私が最も気に入ったのは、「ペルシャ湾岸の専制国家」の様子。

 例えば主人公アリフの立場。父は地元の有力者だが、彼の未来は明るくない。第二夫人の子ってのもあるが、それ以上に母がインド人ってのが辛い。母も地元の有力者なら、相応の地位を狙えただろう。でも、出自で人生が決まる土地だと、混血は大きなハンデになるらしい。

 そのアリフは、検閲の厳しい湾岸で、匿名サーバを運営している。ああいう所だから、当局の追及も厳しい。サーバを押さえれば、不良分子を一網打尽にできる。ってんで当局の目の敵にされてるんだが、連中の目をくらましてサービスを続けているあたりで、かなりデキる奴なのは見当がつく。

 コンピュータの世界は腕がモノを言う。血筋で人生が決まる現実世界とは、見事に対照的だ。ちなみにアリフは彼のハンドル名で、本名つまり現実世界の名前じゃない。彼が本名を嫌いハンドル名を好むのも、アリフの気持ちの表れだろう。

 アリフの母が南方のインド人なのを始め、国際色が豊かなのも、この社会の特徴。幼馴染のダイナちゃんはエジプト系で、町にはマレーやフィリピンやシーク教徒や北アフリカ人など、八方から人が集まっている。あの辺の流通は、こういう人たちが支えているんだね。

 こういう猥雑な世界に背を向け、コンピュータの世界に逃げ込むアリフだが、一冊の本を機に、現実世界がアリフの世界へと侵入してくる。そして、また別の世界も。

 などの世界の他に、脇役も魅力的な人が多い。

 なんといっても可愛いのが、アリフの幼馴染のダイナちゃん。12歳の時に面衣=ニカブを付けると宣言した。これ、出家と少し意味合いが似ていて、「私は敬虔なムスリムとして生きます」みたいな宣言らしい。出家と違い結婚はするけど、厳しい戒律を守ると誓った印だ。

 って、「来て見てシリア」のうろ覚えなんだけど。なんにせよ、この面衣が、終盤で重大な意味を持ってくる。そういう宣言でもあるのかあ。いいい子だなあ。

 やっぱり楽しいのが、ヴィクラムとアザレルの幽精=ジンの兄妹。そう、 『千一日物語』なんて名前で分かるように、そういう世界の者も出てくる。いずれも異界の者だけに何を考えているのかイマイチ掴めないあたりが、胡散臭いような頼りになるような、不思議なスパイスを利かせてくれる。

 ちなみに私の脳内じゃヴィクラムの声は石田彰が当ててました。

 はいいけど、アザレルちゃんの出番が少ないのは悔しい。まあ、あんまり目立つと、日本のライトノベルみたいなノリになっちゃうから、仕方がないかw でも私的にはアザレルちゃんこそ、この物語のメイン・ヒロインです、はい。

 そして意外な味を出してくるのが、アル・バシーラ大モスクの長老ビラル師。私たちから見えるイスラムの長老って、イランのハネメイをはじめとして、妙に過激な人ばかりが目立つ。お陰でかなり偏った印象を持っちゃうけど、ビラル師は全く違う。

 むしろ老いた禅僧に近い雰囲気で、台詞の一つ一つに枯れた知恵と経験が詰まっている様子がうかがえる。宗派も最近流行りのワハブ派じゃなく、長い伝統を感じさせる。いや具体的には知らないけど。スター・ウォーズだとヨーダかなあ。別に直接アリフを導くわけじゃないけど。

 もちろん、ダースベイダーに当たる<ハンド>の不気味さも充分。しかも暗黒面に堕ちた感まであって…

 と、近年のペルシャ湾岸の社会に、アラビア風ファンタジイを混ぜ、演技が達者なベテランの傍役が頼りなげな主役を支える、異色のファンタジイだった。やっぱり私はヴィクラムとアザレル…というか主にアザレルちゃんが好きだなあ。

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2018年12月 6日 (木)

スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチ「戦争は女の顔をしていない」岩波現代文庫 三浦みどり訳

この(レニングラードの)子たちは封鎖された町で何を食べたか話してくれた。皮のベルトとか新しい皮靴を煮出したスープ、木工用の膠で作った煮こごり、カラシ入りのクレープ巻き、。街の中では猫も犬も食い尽くした。
  ――わが家には二つの戦争が同居してるの

負傷したことは誰にも言えなかった。そんなことを言ったら、誰が仕事に採用してくれる?  結婚してくれる? 私たちは固く口をつぐんでいた。誰にも自分たちが前線にいたことを言わなかった。
  ――受話器は弾丸を発しない

多くの人は身内が敵に占領された区域にいたり、そこで死んだりしていた。そういう人たちは手紙を受け取るあてがない。そこで、私たちが「見知らぬ女の子」になって代わりに手紙を書いたの。
  ――私たちは銃を撃ってたんじゃない 郵便局員

私たちが通った跡には赤いしみが砂に残った。女性のあれです。隠しようもありません。兵士たちは後ろを歩きながら、気づかないふりをする……
  ――甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信 通信兵

これは数人の会話ではなく、二人きりの時と限られていました。三人目は余計なの、三人目が密告するから……
  ――間違いだらけの作文とコメディー映画のこと 看護婦

私たちのズボンは乾くとそのまま立てておけたほど。普通の糊付けだって、こんなふうに立ってはいないよ。血のせいだよ。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

【どんな本?】

 2015年度にはじめてジャーナリストとしてノーベル文学賞に輝いたベラルーシ出身の作家、スヴェトラーナ・アレクシエーヴィチの代表作。

 第二次世界大戦の独ソ戦では、約三千万人が亡くなったと言われる。赤軍には多くの女が志願し、またはパルチザンとしてドイツ軍に戦いを挑んだ。狙撃兵として終日雪に這いつくばった者、おむつの赤ん坊をダシに検問所をすり抜けた者、衛生兵として銃弾の中で負傷者を救い出した者…。

 彼女たちは何を考えて戦場に赴き、そこで何を見てどんな体験をして何を思い、戦後はどのように暮らしたのか。五百人を超える口の重い女たちを見つけ出し、訪ね、彼女たちの声を書き留め、厳しい検閲や妨害にもめげず数年がかりで出版にこぎつけた、衝撃のドキュメンタリー。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は У ВОЙНЫ НЕ ЖЕНСКОЕ ЛИЦО, 
Святла́на Алякса́ндраўна Алексіе́віч, 1984, 2013。綴りは自信ない。日本語版は2008年7月に群像社より刊行、後に2016年2月16日に岩波現代文庫から第1刷発行。私が読んだのは岩波現代文庫版2017年3月6日発行の第4刷。

 文庫本で縦一段組み、本文約482頁に加え訳者あとがき7頁+澤地久枝の解説「著者と訳者のこと」8頁。9ポイント39字×17行×482頁=約319,566字、400字詰め原稿用紙で約799枚。文庫本としては厚い部類。

 文章は「おばちゃんが話しかける口調」で、親しみやすく読みやすい。内容も特に難しくない。「第二次世界大戦ではドイツとソ連が戦った」ぐらいを知っていれば充分。が、正直言って、読み通すのは辛かった。とにかく生々しくショッキングな話が続々と続くためだ。覚悟して読もう。

【構成は?】

 各章は特定のテーマや兵科を集めたり、一つの町や村での声を束ねたもので、あまり強いまとまりはない。また、順番も特に意味はない。大半の章は、何人かの取材相手の「声」で構成されている。一つの「声」は数行~数頁の短いものだ。短めの記事を味見したり、気になった所だけを拾い読みしてもいい。

  • 人間は戦争よりずっと大きい 執筆日記1978年から1985年より
  • 思い出したくない
  • お嬢ちゃんたち、まだねんねじゃないか
  • 恐怖の臭いと鞄いっぱいのチョコレート菓子
  • しきたりと生活
  • 母のところに戻ったのは私一人だけ
  • わが家には二つの戦争が同居してるの
  • 受話器は弾丸を発しない
  • 私たちの褒美は小さなメダルだった
  • お人形とライフル
  • 死について、そして死を前にしたときの驚きについて
  • 馬や小鳥たちの思い出
  • あれは私じゃないわ
  • あの目を今でも憶えています
  • 私たちは銃を撃ってたんじゃない
  • 特別な石けん「K」と営倉について
  • 焼きついた軸受けメタルとロシア式の汚い言葉のこと
  • 兵隊であることが求められたけれど、可愛い女の子でもいたかった
  • 甲高い乙女の「ソプラノ」と水兵の迷信
  • 工兵小隊長ってものは二ヶ月しか生きられないんですよ、お嬢さん方!
  • いまいましい天と五月のバラの花
  • 空を前にした時の不思議な静けさと失われた指輪のこと
  • 人間の孤児と弾丸
  • 家畜のエサにしかならないこまっかいクズジャガイモまでだしてくれた
  • お母ちゃんお父ちゃんのこと
  • ちっぽけな人生と大きな理念について
  • 子供の入浴とお父さんのようなお母さんについて
  • 赤ずきんちゃんのこと、戦場で猫が見つかる喜びのこと
  • ひそひそ声と叫び声
  • その人は心臓のあたりに「てをあてて……
  • 間違いだらけの作文とコメディー映画のこと
  • ふと、生きていたいと熱烈に思った
  • 訳者あとがき
  • 解説 著者と訳者のこと 澤地久枝

【感想は?】

 予想はしていたが、やっぱり東部戦線物はSAN値をガリガリと削られる。

 私は最近になって「イワンの戦争 赤軍兵士の記録1939-45」や「スターリングラード 運命の攻囲戦 1942~1943」などで東部戦線の地獄っぷりを知った。東部戦線には、帝国陸海軍の南方での戦闘とは、また違った恐ろしさがある。

 いずれも飢えと病に苦しむ点は同じだ。東部戦線だと、これに加えて寒さがある。また、両軍ともに、敵を人と見做さず、互いをケダモノのように扱った。陸戦協定もヘッタクレもない。

 それ以上に怖いのは、「戦場に住んでいた人々」の声だ。帝国陸海軍に従軍した方々の手記は日本で多く出ているが、戦場となったフィリピンなどに住んでいた人々の手記は滅多に見かけない。たぶん、沖縄戦を生き延びた方々の手記なら、この本の迫力に迫れるだろう。

 語り手の多くは、ウクライナやベラルーシに住んでいた人々だ。最初はドイツに占領され、焼け野原にされた。男たちばかりか、牛や馬まで兵隊にとられ、女と子供だけで犂を曳いて畑を耕す。その畑には死体が転がっていたり。おまけに地元の警官がドイツに寝返り、隠した食料も巻き上げてゆく。

 などの恨みが積もったり、または愛国心に突き動かされて、十代の娘たちが軍に志願したり、パルチザンとして闘ったり。みんなソ連は好きだけど、スターリンについては色々。

 軍に入り部隊に配属されても、最初は部隊長に「たかが小娘」と侮られる話も多い。それでも、「戦火をくぐって481人の負傷者を救い出した」なんて英雄もいたり。シモヘイヘのように敵を倒した人の名は残るけど、命を懸けて人を救った人の名は残らないってのは、なんだかなあ。

 ちなみに「前線での戦死者についての統計があるが、歩兵大隊の戦死者の次に医療班が多い」とか。証言者には看護師や衛生指導員が多いけど、ナメちゃいけません。銃弾が飛び交う中、負傷兵を引きずって連れ帰った勇者たちです。

 そんな負傷兵の中には、腹から腸が飛び出している者もいる。そして看護師に言うのだ。「俺を置いていけ、俺はもう死ぬんだから」。

 などの東部戦線の地獄っぷりには、何度読んでも身震いして、なかなか読み進められない。女の声を女が集めた本だから、ジェンダー的な部分ばかりがアピールされるけど、それを抜きにして戦場の生々しい報告としても、抜群の迫力を誇っている。

 とまれ、やはり女の立場ならではの記述もある。多くの人に共通しているのが、髪。みんなおさげにしていたのを、入隊してすぐに切られてしまい、それを悲しんでたり。服も男物しかない。当然、下着も。加えて、前線では排泄も辛い。男ならちょいとツマんで道端でできるが…

 中には従軍してから初潮が来てパニックになった人や、逆に止まっちゃった人も。そりゃおかしくなるよ。って、この人、「夜の魔女(→WIkipedia)」の一人だ、たぶん。親衛隊でPo-2だし。一晩12回の出撃って、無茶だけど、そういう状況だったんだなあ。

 などの地獄をくぐり抜け、戦争は終わっても、彼女たちの苦労は続く。工兵隊で地雷を取り除いたり、負傷した脚を切り取ったり。捕虜になって脱走しフランスでマキに加わって戦った人は、内通者と疑われたり。

 故郷に帰っても…

「あんたたちが戦地で何をしていたか知ってるわ。若さで誘惑して、あたしたちの亭主とねんごろになってたんだろ」
  ――人間の孤児と弾丸 狙撃兵

 ってな具合だから、彼女たちはずっと黙っていた。静かに、黙って、必死に生きてきた。

こういう人たちは日常、ほかの人に紛れてしまって目立たない。なぜなら、少しづつ亡くなっていって、ますます少なくなってきているからだ。
  ――お人形とライフル

そして、人生が黄昏を迎えた頃、おずおずと語り始める。そして、著者が取材を始めると、芋づる式に証言者が現れた。取材の噂が流れると、著者の元に多くの手紙が舞い込んでくる。

これは残るようにしなけりゃいけないよ、いいけない。伝えなければ。世界のどこかにあたしたちの悲鳴が残されなければ。あたしたちの泣き叫ぶ声が。
  ――ふと、生きていたいと熱烈に思った 衛生指導員

 原書の初版は1984年。東欧崩壊の前だ。共産党の支配下で、取材は難しかったろうに、よくもここまで生々しい話を聞きだしたものだと感心する。1時間ドラマを数年分も作れそうな、濃い逸話が詰まったルポルタージュだ。

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2018年12月 2日 (日)

月村了衛「機龍警察 狼眼殺手」早川書房

 「ここが俺達の腕の見せどころだ。カネの絡んだ事案なら、特捜や一課の連中がどうあがいても俺達にかないっこないってところを見せてやろうぜ」
  ――p75

「由紀谷志朗。おまえのことはよく知っている。<白鬼>か。おまえは俺たちの側の人間だ。警察なんかに入らず、こっちの世界に来ていればよかったものを」
  ――p92

「こうなると、警視庁と地検との全面対決だ。先ほど総監から私のデスクに連絡が入った。徹底してやれとな」
  ――p105

「私だって、警察官です」
  ――p484

【どんな本?】

 アニメの脚本などで活躍した月村了衛による、近未来を舞台とした警察ハードボイルドSFシリーズ「機龍警察」シリーズ第6弾。

 高級中華料理屋で五人が殺された。被害者はフォン・コーポレーションの程詒和,その部下の仲村啓太,金融コンサルタントの花田猛作,木ノ下貞吉参議院議員の私設秘書の湯浅郁夫、そして巻き添えと思われるウエイトレス。

 神奈川県警が現場に赴くが、いきなり警視庁の捜査二課が割り込んだ。本来は詐欺・選挙違反・贈収賄など知能犯を担当する部署である。フォン・コーポレーションの程詒和を追う過程で、事件を嗅ぎつけたのだ。現場には[聖ヴァレンティヌス修道会]の護符が残されていた。

 殺人でもあり、捜査一課も乱入してくる。他の殺人事件との絡みで、経産省主導の国家事業である新世代情報通信クイアコンが浮かび上がってきた。政財界に広く関わる事件だけに、様々な圧力が予想される。その弾除けとして警視庁特捜部を立て、合同捜査が始まった。

 警視庁特捜部。お堅い警察の中では、異例づくしの新設部署である。トップは元外務官僚の沖津旬一郎。また得体の知れない技術を使った龍機兵=ドラグーンを擁し、それを操るのは三人のヨソモノ。元傭兵の姿俊之、ロシアの元刑事ユーリオ・オズノフ、元IRFの闘士ライザ・ラードナー。

 クイアコンは大規模なプロジェクトだけに、関係者も多い。大掛かりな捜査は覚悟していた面々だが、捜査が進むうち想像を超えた多方面へと事態が発展し…

 SFマガジン編集部編「SFが読みたい!2018年版」のベストSF2017国内篇で11位。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 2017年9月15日初版発行。単行本ハードカバー縦一段組み本文約477頁。9ポイント45字×22行×477頁=約472,230字、400字詰め原稿用紙で約1181枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 警察物だけに、ちょっと見は文章が硬そうに見えるが、読み始めると意外とそうでもない。というか読み始めると、早く続き読みたい気持ちと、じっくり事態を把握したい気持ちとの板挟みに苦しむだろう。

 この巻だけでも一応は完結しているので、ここから読み始めても構わない。とはいえ、今までのシリーズで掘り下げてきた人物像や、積み上げてきた人間関係が、重要な下味として効いているので、できれば最初の「機龍警察」から読んだ方がいい。

 この巻だとSFガジェットはあまり出てこないので、SFが苦手な人でも大丈夫。

【感想は?】

 ドSの著者、再びライザちゃんをいぢめまくり。クールな美女に恨みでもあるのか。

 お話はミステリの定番に従い、予告殺人風に始まる。高級中華料理店に残った聖ヴァレンティヌス修道会の護符。これは七枚セットのうちの一枚だった。過去の殺人事件を洗ううち、他の二枚も出てきて…

 と、連続殺人の様相を呈してくる。残るはあと四枚。今までの三枚の共通点は何か。次に狙われるのは誰か。犯人(たち)は誰で、その目的は何か。わざわざ遺留品を残す理由は。

 これに加え、警察内の縄張り争いを中心に、警察組織内の軋轢を巧みに浮かび上がらせてゆく。これは今までのシリーズも同様なのだが、この巻では、一つの頂点に達した感がある。

 新参者の特捜部は、当然ながら他の部署から嫌われている。それでも、今までは確執を乗り越えて、なんとか協力してきた。「暗黒市場」では組織犯罪対策部第五課=マル暴、「未亡旅団」では公安部外事三課。

 この巻でも、殺人を扱う捜査一課と知能犯担当の捜査二課が、冒頭からいきなり角突き合わせてたり。おまけに殺された者の一人は中国のフォン・コーポレーション関係のため、公安も絡み…。

 捜査が進むに従い、話はさらに大きくなり、意外な連中も絡んでくるあたりは、冒険物語の「少しづつ仲間が集まってくる」ワクワク感が漂ってきたり。ほんと、意外な連中が絡んでくるからお楽しみに。

 などに加え、巻を重ねたことで、人間関係にも面白さが深まってきた。「未亡旅団」でロリコン疑惑を掛けられた(←をい)由紀谷主任に対し、体育会系な夏川主任はあまりスポットが当たらなかったが、この巻では男の哀愁が漂いまくり。お互い頑固そうだしなあ。

 などのレギュラー陣は、今までの仕込みがバッチリ効いて、一つ一つの台詞の重みがグッと増している。中には小野寺警視みたく、軽さが増してる人もいるけどw 果たしてただの嫌な奴なのか、何か考えがあるのか。

 ゲストでは財務捜査官の仁礼草介がいい味出してます。彼の台詞、特に特捜部技術部の鈴石さんとの会話は、階級を意識しながら読もう。この人の性格がよく出てる。にしても、この場面は、なんというか、同病相憐れむというかw

 ある意味、ハッカーなんだな。人に対する態度は一見丁寧なようだけど、実はワンパターン。場面や相手によって使い分けてない。当たり障りのないパターンを一つ憶えておけば、それでいいじゃん、みたいな感じ。余計な事にはリソースを割かないタイプ。鈴石さんとは気が合いそうだけど、はてさて。

 銃器への拘りは相変わらずで、今回は弾丸にまで凝ってたり。でもライザちゃんは相変わらずM629Vコンプなのでご安心を←ってなにをw

 終盤では少しだけ異例だらけの特捜部設立の狙いも見えてきて、シリーズもいよいよ盛り上がりまくり。早く次の巻を出して欲しい。あ、それと、ライザちゃんにはもう少し手加減してあげて。その代わり姿をいぢめてもいいから←をいw

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