大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2013 さよならの儀式」創元SF文庫
愛情や共感は、人類の宿痾だ。
――さよならの儀式「あなた、笑ってますよ」
――コラボレーション「まったく、ウンディ弾きって奴は」
――ウンディ「あんたの依頼、俺たち武佐音研が叶えてみせるぜ」
――エコーの中でもう一度micapon17こそは、我々のもっとも注目するただひとりの心霊写真家である。
――今日の心霊「一枚食べたら……」(略)「もう引きかえせないからね」
――食書なあに難しいことを考える必要はない。好きにやればいいのである。
――科学探偵帆村「かつてのロボトミーは、乱暴で大雑把であった」
「ええ」
「だが、乱暴で大雑把だからこそ、守られたものがあったと言えるのだ」
――ムイシュキンの脳髄わたしはかつて、自分の人生の主人公だった。今は異なる。
――イグノラムス・イグノラビムス目に映るもの、体が感じるものをどう解釈するかは、人によって全く違う。通常なら理解できない他人の感覚をインタープリタが解釈できるのは、彼らが多かれ少なかれ、共感能力を持っているからだ。
――風牙
【どんな本?】
2013年に発表された日本のSF短編から、大森望と日下三蔵が選び出した作品に加え、第五回創元SF短編賞受賞作の「風牙」を収めた、年間日本SF短編アンソロジー。
芸の細かさと共に作家としての芯の太さを感じさせる表題作「さよならの儀式」,まさしく「今、そこにある未来」を描き出す「コラボレーション」,手慣れた職人芸が光る「ウンディ」,音響SFという新境地を切り開く「エコーの中でもう一度」…と、今回もバラエティに富んだラインナップが揃った。
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
2014年6月27日初版。文庫本で縦一段組み、全665頁。8ポイント42字×18行×665頁=502,740字、400字詰め原稿用紙で約1,257枚。上下巻どころか上中下の三巻に分けてもいい大容量。
【収録作は?】
それぞれ 作品名 / 著者 / 初出。
- 序文:大森望
- さよならの儀式 / 宮部みゆき / SF JACK
- 家庭向けの汎用作業ロボットが普及した未来。ロボット廃棄手続きの窓口に、若い娘が来た。申請内容は、廃棄するロボットの記憶回収と、新しく買う機体への移植。廃棄する機体はやたら古く、メーカーは既にない。長く使っていたらしく、娘は古い機体に強い愛着を持っていて…
- 窓口を担当する技師と、申請に来た娘の二人で話が進む。いかにもクールで合理的な技師、長く使った機体に思い入れたっぷりの娘。ってな雰囲気なんだが、改めて読み直すとガラリと印象が変わる。是非、二度読んでほしい。
- コラボレーション / 藤井太洋 / SFマガジン2013年2月号
- 検索エンジンの暴走でインターネットは崩壊し、認証付きのトゥルーネットが普及する。だが一部のサービスは様々な事情でインターネットに残り、「ゾンビ・サービス」と呼ばれている。これを監視していた高沢は、懐かしい文字列を見かける。
- curl だの vim だのと、IT技術者には突き刺さる用語もさることながら、<匿名主義者>の動きも、GNU などオープンソース系の運動を思わせ、ソッチの人にはたまらない作品。と同時に、最近の著者の作品を読むと、ここ数年で小説家としての腕がぐんぐんと上がっているのも感じる。
- ウンディ / 草上仁 / SFマガジン2013年12月号
- シロウとゲンバとズートは、長く三人でバンドをやっている。シロウの愛器サッコは、グレイの長毛種のウンディ。毛糸玉と揶揄される草食の節足動物だ。入門用とされる「セブン」だが、五年も使っていると愛着がわく。一週間後にコンテストを控え、三人はスタジオに集まった。
- 音楽SF。あまり売れないながらも、それぞれのペースで音楽を続け、長い付き合いで互いの呼吸も呑み込んでいる、ベテランのバンドの様子がよく出ている。が、それ以上に、サッコがやたらと可愛い。セッションを描くところも秀逸。
- エコーの中でもう一度 / オキシタケヒコ / SFマガジン2013年2月号 「波の手紙が響くとき」に収録
- 所長・佐敷裕一郎,チーフエンジニア・武藤富士伸,助手のカリン。三人だけの武佐音響研究所に、二つの依頼が飛び込んだ。ひとつは古いテープに録音された生活音の「洗濯」。もうひとつは、今をときめく音楽プロダクションの関係者から、失踪したミュージシャンの捜索。
- なんとも斬新な音響SF。日頃から、私たちは全く意識せずに音を聴いて、そこから多くの情報を得ている。何の音か、どれぐらい近くか、どこの音か。でも、なぜ、どんなメカニズムで、そんな事がわかるのかは、まずもって意識しない。そこを掘り下げていくと…。なお、このシリーズをまとめた「波の手紙が響くとき」は、この短編で張った伏線を含めた大ネタが最後に炸裂する傑作です。
- 今日の心霊 / 藤井可織 / 群像8月号
- micapon17。知る人ぞ知る、本物の心霊写真家だ。その才能は、なんと二歳の時から開花していた。当時はスマートフォンどころかデジタルカメラさえ普及しておらず、幼い彼女はフィルム式使い捨てカメラを使い…
- ホラーといえばホラーなんだが、それは心霊写真が関わっているため、とは言い切れないあたりが、なんともw それはそれで怖いようなユーモラスなような。それはともかく、私もブログ友達が欲しいぞ←結局それかい
- 食書 / 小田雅久仁 / 小説新潮9月号
- 主人公は、妻と別れひとり暮らしを始めた作家。本屋に入ったところで便意をおぼえ、トイレに駆け行ったはいいが、そこには先客がいた。その女は、あろうことか本のページを破り、食べ始めたのだ。
- そうなんだよなー。なぜか書店や図書館に入ると、トイレに行きたくなるんだよなー。とか思ったら、なんと「青木まりこ現象」なんて名前で Wikipedia に記事が載ってるw そうか、俺だけじゃなかったのか。いや全然そういう話じゃないんだけど←をい
- 科学探偵帆村 / 筒井康隆 / 群像12月号
- ポーレットが産んだ子はモンゴロイドだった。ローレンは処女懐胎した。いずれも身に覚えはない。この日本でも、奇妙な懐妊が相次いで起こる。この難事件に挑むのは、最新科学を駆使する老探偵・帆村壮六。
- 日本SFの始祖・海野十三の生んだ名探偵・帆村壮六を、これまた日本SFの重鎮・筒井康隆が書き継ぐ、ゴールデン・カード。とはいえ、映画ネタは絶対に楽しんで書いてるなあ。おまけにオチといい〆といい、完全に筒井節になってるしw
- 死人妻 / 式貴士 / 私家版「死人妻」
- 若くして亡くなった鬼才・式貴士の、未完成原稿。これだけで式貴士を判断しないでほしい。有名なカンタン刑を始め、エロチックでグロテスクで、時として切ない物語は、彼ならではの独特の芸風なのだ。それだけに読者を選ぶんだけど。
- 平賀源内無頼控 / 荒巻義雄 / SFファンジン57号
- 平賀源内は生きていた。田沼意次の意向で、密かに匿われていたのだ。遠州相良で余生を送る源内に、客がやってきた。田沼意次の深慮が報われる時がきたのだ。と言えば喜ばしいようだが、事態は急を要し…
- これまた著者が楽しんでのびのびと書いてるのが伝わってくる一編。「実は生きていた」ってのはアリガチな手口ではあるけど、そこはクセ者の平賀源内。虚実取りまぜてシリーズ化したら、色々と発展させる余地がありそう。
- 地下迷宮の帰宅部 / 石川博品 / ファミ通文庫「部活アンソロジー2『春』」
- MMORPGで遊んでいた俺はスカウトされ、なんの因果か地下迷宮を将軍として守る羽目に。なら魔物として悪事を楽しみたいところだが、使命は迷宮の奥にある封印の間を守ること。仕方なく手下の魔物をアチコチに配して陣を整えようとするが…
- 舞台や道具立てや語り口は流行りの異世界物。だが、この芸風はフレドリック・ブラウンやロバート・シェクリイなど50年代以前のアメリカSF作家や、その流れを受けた星新一や草上仁を思わせる、ヒネリの利いた短編作家の香りがする。
- 箱庭の巨獣 / 田中雄一 / アフタヌーン2月号
- 凶暴な巨大生物が暴れまわる未来。人々は「巣」に籠り、一匹の巨獣に守られて暮らしていた。その巨獣は…
- 巨大な威容を誇るグロテスクな巨獣の姿もさることながら。細かいながらもハッキリした線でミッチリと書き込まれた風景に対し、人物のアップのコマは思い切って背景を省く、そのコントラストが見事。お陰でコマごとの「主役」がとってもわかりやすい。
- 電話中につき、ベス / 酉島伝法 / 第53回日本SF大会なつこんプログレスレポート2号
- この世界の外にあるトゥクヴァなる村から客として招かれた。そこでしばらく世界を留守にするとになった。数年前、、この世界を訪れた旅人に、世界の様々な逸話を語って聞かせた。それを旅人が広めたのかもしれない。
- 2014年茨城県つくば市で開催の日本SF大会の参加申込者に送られる小冊子に掲載したもの。「村じゅうのわたし」とか代理自律格とか、読者の意識を根底から突き崩す魔術的なフレーズが次々と飛び出してくる。
- ムイシュキンの脳髄 / 宮内悠介 / 小説現代7月号 「彼女がエスパーだったころ」に収録
- ムイシュキンこと網岡無為は伝説のバンド、プテリドピュタの中心人物だった。些細なことで激高する癖に悩んだ網岡は、オーギトミーを受け、それを機にバンドは解散する。そのオーギトミーには多くの議論があるが、正確な知識はあまり知られていない。
- 性格は偏っているが優れた業績を残す人がいる。IT業界ではビル・ゲイツを始めアスペルガー気味の人が多い。ミュージシャンはカート・コバーン,ジャコ・パストリアス,キース・ムーンなど枚挙にいとまがない。だが、その性格を「矯正」したら…
- イグノラムス・イグノラビムス / 円城塔 / SF宝石
- 「ワープ鴨の宇宙クラゲ包み火星樹の葉添え異星人ソース」。世界中の食通が絶賛する逸品だ。その食材の調達で、わたしは莫大な富を築き上げた。だが、今のわたしは…。いや、確かに美味しいとは感じる。だが…
- いきなりレストラン「宇宙の果て」なんて小ネタで読者のガードを緩めておいて、相変わらずの円城塔らしいメタっぽい話へと向かってゆく。「暗がり仮説」とかは、別にセンチマーニに限らず、歴史物の小説を書こうとすれば誰もが突き当たる障壁じゃなかろか。
- 神星伝 / 冲方丁 / SF JACK
- 頬白哮は母を殺された。哮は悪友たちと組み、母のプラグの履歴を解析する。かすかに残った思念から、犯人の狙いは哮だった事が判明する。母は最期まで哮を守る努力を続けた。怒りに燃える哮は復讐を誓う。
- 平安時代の木星を舞台とした合体○○アクション…って、無茶苦茶なようだけど、そうなんだから仕方がないw 話の分かるジャンク屋の親父、気のいい悪友たち、お高くとまった優等生、幼馴染の美少女と傍役もバッチリで、まるきしアニメの開幕編みたいだ。
- 風牙 / 門田充宏 / 第五回創元SF短編賞受賞作
- 社長の不二が倒れ、意識が戻らない。彼を救い出すために、珊瑚は潜行を試みる。彼女はインタープリタ。同じモノを見聞きしても、それをどう感じるかは人によって違う。他人の感覚を解釈するには、特別の能力が必要だ。珊瑚は…
- 関西弁のヒロインが斬新。というか、登場人物がみんな口が悪いw 短いだけあって、緊迫感あふれる場面が次々と展開する中で、ユーモラスな会話が巧みに緩急を生み出している。孫くんは可愛らしいし、お話にも王道の感がある。込み入った設定をなんとかすれば、ライトノベルとしてもウケそう。いや漫画やアニメなど絵で見せる方が向いてるかな?
- 第五回創元SF短編賞選考経過および選評 / 大森望・日下三蔵・瀬名秀明
2013年の日本SF界概況 / 大森望
後記 / 日下三蔵
初出一覧
2013年日本SF短編推薦作リスト
ここでは新人扱いの藤井太洋は、今じゃベストセラー作家の貫禄を備えてるなあ。「科学探偵帆村」や「平賀源内無頼控」には、ベテランの余裕を感じた。「神星伝」も、娯楽作品のお手本として職人の手堅い手腕が伺える。「地下迷宮の帰宅部」は、一見流行りものに見えるけど、別の素材も巧みに扱えそうな雰囲気がある。いずれにせよ、相変わらずバラエティ豊かなのが嬉しい。
【関連記事】
- 2018.2.9 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2012 極光星群」創元SF文庫
- 2018.3.19 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2011 拡張幻想」創元SF文庫
- 2015.11.23 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2010 結晶銀河」創元SF文庫
- 2016.06.05 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2009 量子回廊」創元SF文庫
- 2016.07.24 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2008 超弦領域」創元SF文庫
- 2015.11.20 大森望・日下三蔵編「年刊日本SF傑作選2007 虚構機関」創元SF文庫
- 書評一覧:SF/日本
| 固定リンク
« ココログ:古い「カテゴリ別書評一覧」から各記事の旧URL 一覧を作るVBScript | トップページ | ココログ:リンク切れ一覧と旧URL一覧と公開記事URL一覧を突き合わせるOpenOfficeCalc »
「書評:SF:日本」カテゴリの記事
- 酉島伝法「るん(笑)」集英社(2022.07.17)
- 久永実木彦「七十四秒の旋律と孤独」東京創元社(2022.04.06)
- 菅浩江「博物館惑星Ⅲ 歓喜の歌」早川書房(2021.08.22)
- 小川哲「嘘と正典」早川書房(2021.08.06)
- 草上仁「7分間SF」ハヤカワ文庫JA(2021.07.16)
コメント