アン・レッキー「動乱星系」創元SF文庫 赤尾秀子訳
「船やステーションのAIは、製造もプログラミングもラドチャーイですから。AIはラドチから切り離せません」
――p120「ともあれ、予想したような悪い事態ではない」といった。「予想を遥かに超える、最悪の事態だ」
――p163「彼女、彼男、彼人……」
――p199「もし、先祖の遺したものが偽物だとしたら、わたしたちはいったい何者?」
――p239「てっとり早く犠牲にできるのは養護施設の子どもぐらいで、子どもたちも進んでそれに従う。ほかに行くところがないからね」
――p322
【どんな本?】
デビュー作「叛逆航路」のシリーズでSF界に大嵐を巻き起こしたアン・レッキーによる、同じ世界を舞台とした新作。
遠未来。人類が恒星間宇宙に広がり、母星の記録も定かでない。有力な勢力ラドチ圏はAIの独立で揺れている。人類は幾つかの異星種族とも出会い、危ういながらも和平を保っていた。
ここはラドチ圏から遠く離れたフワエ。ネタノ・オースコルドは強い野心を抱く有力な政治家だ。その養女イングレイは、後継者争いで義兄のダナックに後れを取っている。一発逆転を狙い、イングレイは賭けに出た。
ネタノの政敵エシアト・バドラキムの養子パーラドは流刑地にいる。パーラドの身柄を手に入れれば、価値の高い取引材料になるだろう。そこで大枚をはたき危ない橋を渡ってパーラドを救い出す…ハズが、現れたのは別人だった。
やがて事件はフワエ政界を越え近隣星系ばかりか異星種族も巻き込んだ騒ぎへと発展し…
【いつ出たの?分量は?読みやすい?】
原書は PROVENANCE, by Ann Leckie, 2017。日本語版は2018年9月21日初版。文庫本で縦一段組み、本文約406頁に加え、山之口洋の解説7頁。8ポイント42字×18行×406頁=約306,936字、400字詰め原稿用紙で約768枚。文庫本としては厚い部類。
文章は、けっこう読みにくい。特に会話が。複数の言語や方言が入り乱れる舞台なので、ワザと不自然な言葉遣いにしている所がある。また、遠未来で現代とは大きく異なる文化・社会の世界なので、最初は意味が分からない固有名詞もたくさん出てくる。巻末の用語集に栞を挟んでおこう。
「叛逆航路」三部作と同じ世界で、時間的には少し後、あの事件の波紋が広がりつつある頃。ただしお話としては独立しているので、この作品から読み始めても大丈夫。私は「叛逆航路」より、こっちの方がとっつきやすかった。ただし、慣れたためかもしれない。
【感想は?】
ハラハラ・ドキドキ・「え、どういうこと?」が続く、冒険SF作品。
正直、最初は主人公のイングレイがあまり好きじゃなかった。そもそもキッカケが「ママのご機嫌をとるため」だし。
こんな風に、人に依存するタイプの主人公は、宇宙空間を舞台とするSFじゃ珍しい。かの名作「たった一つの冴えたやり方」の主人公コーティーみたく、行動的で「我が道をゆく」タイプの人がウケるのだ。もっとも「敵は海賊」の匋冥みたく突き抜けちゃうと、少し議論が分かれるけど。
しかも、ヘアピンを無くした程度でウジウジしている。おいおい、大丈夫かよ。とか思ってたら、やっぱり大丈夫じゃなかった。
が、これも娯楽物語としての仕掛け。トラブルに巻き込まれ、踏んだり蹴ったりの目に遭い、腹に一物抱えた有象無象に小突き回されるうち、次第にイングレイは変わってゆく。その辺は読んでのお楽しみ。
そんな有象無象の最初の人物が、ティク・ユイシン。イングレイが高跳びに使うつもりの貨物船の船長。スターウォーズのハン・ソロ同様に、自分の船で宇宙を巡って稼ぐ、一昔前のトラック野郎みたいな稼業ですね。小さくとも一国一城の主だけあって誇り高く世知に長け、一筋縄じゃ行かないタイプ。
それだけに味方になれば頼りがいがある人なんだけど、何かとんでもない因縁を抱えてて…ってなあたりも、ハン・ソロみたいだw
続く正体不明の人物は、ガラル・ケット。イングレイの養親ネタノ・オースコルドの政敵エシアト・バドラキムの養子パーラド…のはずが、なぜかコイツがやってきた。普通なら慌てふためく状況なのに、なぜか悠然と落ち着き払っている。しかも奇妙な特技があって…
とかの得体の知れない連中もアレだが、イングレイの家族もなかなか強烈。
養親のネタノは野心満々の政治家。野心が強いのはネタノに限らず、政敵のエシアトや終盤で出てくるディカット議長も同様で、この人の描く政治家ってのは、こんなんばっかw まあいい。野心が強いだけでなく、養子のイングレイとダナックにも競争をけしかけるからタチが悪い。
そのダナックも政治的な立ち回りは巧みで、ライバルを蹴落とす機会は見逃さないタイプ。これじゃイングレイも屈折するよなあw
とかの小さな人間関係に、オースコルド家とバドラキム家の勢力争いと、フワエとオムケム連邦の陰険な外交が絡み合うだけでも複雑なのに、異星種族のゲックまで加わってくるからややこしい。
と、ドラマは、それぞれが思惑を抱えて腹を探り合う駆け引きが中心なので、できれば一気に読んだ方がいい。
そんなドラマが展開する舞台も、独特のクセがあるのが、この著者。「叛逆航路」シリーズではお茶と手袋が印象的だったが、この作品ではヌードルかな? この世界、服装はインドの文化の影響が強いように思うんだが、食べ物は中国や東南アジアの文化を継いでるみたいだ。
チラホラとラドチャーイの情勢が伝わってくるのも、シリーズの読者としては嬉しいところ。敢えて性を混乱させているのも相変わらず。でもトークリス、いい子だよねえ。加えてこの作品では、「家族」も大きなテーマとして浮き上がってきたり。
など、緻密で複雑な設定はあるものの、基本はイングレスの波乱万丈の冒険物語。ストレートな娯楽作品として、存分に楽しめた。
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