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2018年11月25日 (日)

ナターシャ・ダウ・シュール「デザインされたギャンブル依存症」青土社 日暮雅通訳

本書は、アメリカでこの20年間に最新のマシン・ギャンブリングが急激に広まった意味を、ギャンブル行動のテクノロジー面での変遷と、ギャンブラーの体験の変化との関係を調べることによって、さぐろうとするものである。
  ――序 <マシン・ゾーン>のマッピング

この手のゲームのポイントは、プレイヤーたちに「自分は結果をコントロールしている」と感じさせることにある。
  ――第3章 偶然をプログラムする 魔法の計算

ある研究によると、「責任あるゲーミングの行動基準」に従おうとするギャンブラーは、ギャンブル業界の収益のたった4%にしか貢献していないという。
  ――第10章 修正に次ぐ修正 リスクを規制するためのヒント

【どんな本?】

 ラスベガスのカジノと聞いて、あなたはどんな風景を思い浮かべるだろう?

 髪をピッチリとポマードで固めたディーラーが、手品師のように鮮やかな手並みでカードをシャッフルし、またはダイスを転がす。緑色のラシャを張ったテーブルに客が群がり、その脇でバニーガール姿のウェイトレスがカクテルを配る。そこで行われるゲームは、ブラックジャックやバカラやルーレット。

 現実は、全く違う。21世紀の今日、ラスベガスのカジノの主役は、スロットマシンだ。

 かつてスロットマシンは、隅っこで素人や貧乏人が遊ぶゲームだった。だが今日ではスロットマシンが稼ぎ頭だ。アメリカ・ゲーミング協会会長のフランク・J・ファーレンコフ・ジュニアは語る。2003年、マシンが業界収益の85%以上をあげた、と。

 ギャンブラーも変わった。今のギャンブラーはテンガロンハットのカウボーイじゃない。

 1980年~2008年のあいだに、観光客は4倍に増え4千万人に達した。街の発展に伴い、居住者も45万人から200万人に増えた。居住者の2/3は、常習的にプレイする。近所のカジノにも行くが、ガソリンスタンド、スーパーマーケット、ドラッグストアなどでもプレイする。

 彼らが賭けるのは、勝つためではない。

 常習的ギャンブラーは語る。「私は勝とうとしてプレイしてるんじゃないんです」「プレイし続けるため――ほかのいっさいがどうでもよくなるハマった状態、<マシン・ゾーン>にいつづけるためです」。

 そう、彼らは依存症なのだ。ただし、ギャンブルの、では、ない。スロットマシンの、だ。それも、昔ながらの「片腕の山賊」ではない。現在のスロットマシンには、ゲーム開始を告げるハンドルも回転するドラムもない。みんなコンピュータのプログラムとディスプレイに変わった。

 クラックが麻薬依存の問題を大きく変えたように、スロットマシンもギャンブル依存の様相を大きく変えた。他のギャンブルに対し、ビデオ・ギャンブリング装置は、3~4倍早く依存症に陥る。ある依存症治療センターの患者は、90%以上がビデオ・ギャンブル依存だ。

 ラスベガスで何が起きているのか。それは私たちと、どんな関係があるのか。

 カジノ経営者・カジノを設計する建築家・スロットマシンの開発メーカー・ギャンブラー・依存症研究者など、様々な立場でスロットマシンに関わる人々への取材に加え、行動心理学者B・F・スキナーや社会学者アーウィング・ゴッフマンの研究を通し、驚愕の現実を明らかにしてゆく。

 今そこにある危機を、文化人類学者が落ち着いた筆致で暴き出す、衝撃のルポルタージュ。

【いつ出たの?分量は?読みやすい?】

 原書は Addiction by Design : MAchine Gambling in Las Vegas, by Natasha Dow Shull, 2012。日本語版は2018年7月10日第一刷発行。単行本ソフトカバー縦一段組みで本文約463頁に加え、訳者あとがき2頁。9ポイント46字×18行×463頁=約383,364字、400字詰め原稿用紙で約957枚。文庫本なら上下巻ぐらいの分量。

 文章はやや硬い。詳しくは、この本の二つの側面が関わっている。

 片方は、フィールドワーク、つまり取材や調査により事実を明らかにする、いわばルポルタージュの部分だ。こちらは比較的にこなれていて、翻訳物を読み慣れた人なら苦労しないだろう。

 もう片方は、著者が分析や考察する、つまり社会学の論文みたいな部分。こっちはかなり文章が硬い上に、内容も分かりにくい。哲学者・心理学者・社会学者の説や文献を引用し、独自の用語を使った回りくどい理屈が展開する。

 正直、こういう所は、社会学の悪い癖を引き継いでいると思う。「ワザともって回った表現を使って頭よさげに装ってるんじゃないの」、そんな疑念を私は社会学に持っているのだ。

【構成は?】

 各章は比較的に独立しているので、美味しそうな所だけを読んでもいい。が、まずは「序 <マシン・ゾーン>のマッピング」を読んでほしい。全体を巧みにまとめている上に、ツカミとして抜群の吸引力を持っている。

  • 序 <マシン・ゾーン>のマッピング
  • 第一部 デザイン
    • 第1章 <ゾーン>とインテリアデザインの関係 建物、雰囲気、感情
    • 第2章 体験をデザインする プレーヤー中心デザインの生産的経済
    • 第3章 偶然をプログラムする 魔法の計算
  • 第二部 フィードバック
    • 第4章 市場をマッチングさせる 新機軸、深刻化、習慣
    • 第5章 ライブデータ プレイヤーを追い、プレイをガイドする
    • 第6章 完全な偶然性 制御から衝動へ
  • 第三部 依存症
    • 第7章 ギャンブルですってんてん 人生の清算
    • 第8章 過熱状態 負けを追い求め、消滅するまでプレイする
  • 第四部 順応
    • 第9章 両天秤策 治療の二重拘束
    • 第10章 修正に次ぐ修正 リスクを規制するためのヒント
  • 終わりに 掛け金を上げる
  • 謝辞/訳者あとがき/註/参考文献

【感想は?】

 「序 <マシン・ゾーン>のマッピング」で、一気に引き込まれた。

 書名に「ギャンブル依存症」とある。だが、この本が主に扱うのは、競馬でもポーカーでもルーレットでもない。スロットマシンだ。それも、デジタル化・ネットワーク化された、コンピュータ・ゲームである。

 スロットにのめり込むギャンブラーの姿は、ゲーム廃人にソックリだ。

「完全にぼうっとした状態になり、ふと腕時計を見おろすと、あと二時間でまた仕事が始まるという時間になっているんです」
  ――第7章 ギャンブルですってんてん 人生の清算

 私もゲームにハマった事がある。今でもガンパレード・マーチの「幸福絶頂」(→Wikipedia)を聴くと血が騒ぐ。それ以上にハマったのが、Windows7 付属のフリーセルだ。これはヤバいと思い、PCからアンインストールした。そうでもしなけりゃ止められなかった。だから、彼らの気持ちがよくわかる。

 テトリスや上海にもハマったが、やがて飽きた。が、スロットは違う。次々と新しい物が出てくる。

「どんどん強いものがほしくなっていく。そして、私の欲求に合うマシンが必ず出てくるんです」
  ――第4章 市場をマッチングさせる 新機軸、深刻化、習慣

 カジノの経営者も、フロアを設計する建築家も、これに気づいている。そして、プレイヤーを惹きつけ逃さないため、工夫を凝らす。

「プレイヤーには“人間として可能な限り長く”マシンの前にいてもらう、それが彼らを負けさせる秘訣です」
「重要なのは、彼らをシートに座らせ、そこに釘付けにすることですよ」
  ――第2章 体験をデザインする プレーヤー中心デザインの生産的経済

 そしてもちろん、スロットの開発者も。

彼ら(ギャンブラー)のスキルに対する報酬は楽勝大当たりではなく、プレイ・セッションの延長なのだ。
  ――第4章 市場をマッチングさせる 新機軸、深刻化、習慣

「スロットマシンの設計から小さな子供向けのソフトウェアゲームの設計に変わって奇妙に思えたのは、これがそれほど大きな変化ではなく、実際、その二つはとても似ているところがあるということだった」
  ――終わりに 掛け金を上げる 註

 依存症に陥る人は、何かから逃げている人だ、なんて説もある。確かに、酒や薬物にハマる人には、そういう人もいる。

「逃げ場を見つけたの、言うなればあのスロットマシンに。あれでプレイしていると、何も……考えなくていいから」
  ――第8章 過熱状態 負けを追い求め、消滅するまでプレイする

 アル中が酒を憎むように、スロットを憎む人もいる。止めるきっかけが欲しいのだ。

「ときどき疲れて負けてしまいたくなることもあります。家に帰れるようにね。でも負けに近づいたところでもう一度勝つと、こう思うんです。参ったな、これがなくなるまでここに座っていなくちゃならない」
  ――第8章 過熱状態 負けを追い求め、消滅するまでプレイする

 こういう所は、「今夜、すべてのバーで」が迫真の描写をしてた。

 かつてのラスベガスは、ディーラーとギャンブラーが対決し、それを多くの野次馬が見物する、いわば社交の場だった。だが、今のラスベガスは、それぞれが一人でモニタを見つめる、個の集まりだ。孤独を求めてスロットに逃げ込むのだ。

「毎日人を相手に働いていたら、休みにはほかの人と話すなんてまっぴらだと思うようになる。人間関係から休暇を取りたいのね」
  ――第7章 ギャンブルですってんてん 人生の清算

 テトリスには多くのバージョンがある。私が一番好きなのは、最もシンプルなバージョンだ。アニメなし、BGMなし。余計なものにプレイを邪魔されたくない。ハマり込んでハイになっている時は、とにかく早くゲームを進めたい。

ゲーム開発者「当初気づかなかったのは、人々が本当は楽しみなど求めていないということです。私たちのベスト・カスタマーは、エンターテインメントには興味がありません――彼らが求めているのは、完全に没入し、リズムにのめり込むことです」
  ――第6章 完全な偶然性 制御から衝動へ

 そんな風に、のめり込んじゃった状態を、本書では<ゾーン>と呼んでいる。そして、プレイヤーをゾーンに引き込み留めるために、カジノは最大限の経営努力をする。

カジノ内にあるすべてのものは、客の注意を(略)マシンに集中させる役割を果たさなければならない。
  ――第1章 <ゾーン>とインテリアデザインの関係 建物、雰囲気、感情

 換金のために椅子から離れると、その拍子にプレイヤーは覚める。それじゃ困るから、カード決済を導入する。天井を低くして、余計なものが目に入らないようにする。人間工学を駆使して、疲れがたまらぬよう、ディスプレイや椅子を調整する。プレイヤーに取材するスロット設計者は、エンジニアの鑑だ。

「本物のテストは、(カジノの)フロアでしかできないんです」
  ――第5章 ライブデータ プレイヤーを追い、プレイをガイドする

 全てのスロット・マシンはネットワーク化され、カジノはプレイヤーを監視している。負けが込んで席を離れそうなプレイヤーには、ちょっとしたボーナスとして食事をおごることもある。あらゆる努力を惜しまず、カジノはプレイヤーを惹きつけ、もてなす。この辺は「ラスト・ドン」にも書いてあった。

 だから、弱い人だけがハマるわけじゃない。

「条件さえ整えば、ほとんど誰でもスロットに取り憑かれてしまうのです」
  ――序 <マシン・ゾーン>のマッピング 註

 カジノ法案に伴い、そんなカジノが日本にやってくる。

40億を超える人口に対して三万台に満たないスロットマシンしかない極東地域は、マシン・ギャンブリングの拡大と新しいプレイヤー習慣の確立の鍵ともいえる。
  ――終わりに 掛け金を上げる

 念願の極東進出だ。ラスベガスが発展し労働者を惹きつけたように、カジノ近辺も発展するかもしれない。そして、ラスベガス居住者の多くがスロット漬けになったように、近くに住む者もスロット漬けになるだろう。加えて自治体も…

「最大の依存症者は、(ギャンブル収益に)頼ることになった州政府だということです」
  ――終わりに 掛け金を上げる

 原書の出版は2012年で、日本語版は2018年7月だ。もっと早く出版して欲しかった。青土社が少々恨めしい。社会学の本としてはお高く留まった感があっていささか難があるが、ルポルタージュとしてはショッキングなエピソードの連続で文句なしの逸品だ。

 ただ、ゲーム好きの一人として、ギャンブル業界がスロットを「ゲーム」と呼ぶのは、ちと腹が立った。

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